●リプレイ本文
「みんなが‥‥みんなが笑顔でいられる明日が‥‥欲しくて、僕は戦って‥‥いるんです‥‥なのに‥‥なんでっ!」
ぬかるみ気味な地面に膝をつき、金城 エンタ(
ga4154)が、己の膝を握り締めていた。
「なんで子供が撃たれなきゃいけないんです、死ななきゃいけないんですかっ!」
「なぁ、アンタ、ちいとばかり話しせんか‥‥?」
エンタの嗚咽の合間を縫い、彼の耳に響く囁き。
眼を転じると、エミールがじっと、彼のことを見つめていた。
「エミールさん、先日の不義理はごめんなさいね」
「ん、いや、気にせんといて‥‥」
蛇穴・シュウ(
ga8426)の言葉に、首を振るエミール。
別の依頼での事であるが、色々事情もある。エミール自身、あまり細かい事は気にしないタチだ。
「不法侵入と窃盗未遂で死刑は重過ぎる、ね。いや、まぁ、ありがちって言えばありがちだけど、さ」
ひょいと肩をすくめる水流 薫(
ga8626)。
「だけど、ねぇ?」
「少年が撃たれた、なーんて、弟がいた身としてはな‥‥」
応じた鴉(
gb0616)が苦笑した。言葉が過去形になっているのは、その弟も既に居ないからだ。
「難民生活は私も経験がありますが‥‥」
溜息交じりに眼を伏せるアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)。あれほど不安で、極限状態に追い込まれたことはない。そんな人々の足元を見る――なんともやりきれなかった。あまり過激な事を望みはしないが、かといって、見てみぬ振りもできなかった。
「黒川丈一朗(
ga0776)さん‥‥と言ったね。それで用件は、自分を雇えとか?」
ケーンの言葉に、丈一朗が小さく頷く。
「羽振りが良いと聞いたんでな。ラストホープに帰る前に一稼ぎしたいんだ。能力者の傭兵を、バグア以外で雇える機会なんてそうないぞ」
口元からぷかりと煙草の煙を吐き、丈一朗は続けて喋りだす。
「報酬は現金で。前金と後払いで、それぞれ同金額でな」
「ふむ‥‥」
身辺が騒がしいのは確かであったし、能力者の力というものを、自身の眼で確認しておこうという心理も働いた。そして、丈一朗が睨んだ通り、ケーンは金を基準にして損得で物事を考える男だ。感情で動く人間は信用ならないと考えている。
ケーンが頷く。
「宜しい」
身辺警護を主な任務として、彼は私兵に雇い入れられた。
●一日目夜
難民キャンプに、甘みのある香りが漂っていた。醤油や黒酢の入り混じった香りだった。容器を手に順番に並ぶ難民達。ほぼ立ち食い状態のまま、彼等は受け取った水ギョーザを口に運ぶ。
「なんと無残な‥‥私もっと早く来ればよかたヨ」
怪しげな訛りで、張央(
ga8054)が水ギョーザを配っていた。
愚痴をこぼしていた難民が、溜息混じりに水ギョーザを受け取った。
「人の心忘れる、きっと報いあるヨ。今に天罰下るネ。驕れる者久しからずヨ」
人の良さそうな笑顔を浮かべる張央。
が、周囲からはそれと解らないものの、その脇には銃が吊り下げられている。手伝いのシュウも同じように銃を隠し持っている。
焼け出された難民達の気持ちというものを、シュウも解らないではない。
まな板の隣に置かれる材料。材料や道具も、全て自前。張央が自腹を切って10万程都合した。買える分量はタカが知れている。それでも、不満のガス抜きぐらいには、十分な筈だと思われた。
(これほどの資産を持ちながら、苦しんでいる人達に目も向けない‥‥なんとも狭量ですね)
並ぶ倉庫を眺めながら、アイロンは心の中に呟く。
ドアを開いて中に足を踏み入れ、隠れ潜む素振りも見せず、うず高く詰まれた荷に手をつける。そして、わざと荷の山を突き崩した。
盛大な音が鳴り響き、複数の足音が彼女の元に迫る。
「動くな!」
ライフルを構えるケーンの私兵。
既に覚醒を解除しているアイロン。小脇に抱えていた物資を手放さず、懇願するような声を絞り、叫んだ。
「お願いします、私達に食料を分けて下さい!」
足元を弾丸が跳ねた。
「ケーン様、また盗みです。如何致しますか?」
通信機で連絡を取っていた隊長がちらりとアイロンを見やる。
「解りました。では、後ほど警察に引き渡すという事で‥‥」
その言葉と共に別の私兵が銃を振るい、彼女を銃底で殴りつけた。乱暴に引きずって外へと連れ出して行く。これぐらいの仕打ちは覚悟の上だ。まずは、奴等に捕まってしまわなくてはならない――うずくまるアイロンは、一人、笑みを噛み殺した。
屋敷の屋根を何者かが走る。鴉だ。
警備兵が周囲に居ない事を確認すると、そっと窓を開いた。就寝前のワインを呷っていたケーンが、驚き、振り返る。
男は小太りで、その顔はマスクに隠れていており、唯一口元でだけ、皺が寄っている事を認められた。とは言えその実、この出で立ちはアイロンの協力による変装だ。腹部にはタオルが仕込まれ、口元はメイクで整えられている。実際の鴉は、もっと優男な風だ。
「私の名はブラン。親バグア派の強化人間だ」
「何‥‥?」
息を呑むケーンを相手に、鴉は続ける。
自分の属する親バグア勢力に協力しろ、と。その内容は、UPCに渡るのを避ける為に食料売却を引き伸ばし、生身の人間を寄越せという過激なものだ。
「高値でも人が欲しい。うるさいものが売れるんだ、良いだろう? だが怪我があれば格段に値を下げるぞ」
人身売買とは、余りに危険な賭けだ。だが今の彼には、手元に捕らえた盗人がある。少なくない逡巡が彼の表情に浮かぶも、最終的に結論を下したのは、金だった。鴉がごとりと置いたケースの中に、札束が詰まっていた。この金も、アイロンの都合したもの。
100万いえば、彼のような資産家には大した額ではない。されど、人を用意すれば金を準備するぞという証明としては、十分だった。
「宜しい、人間でも何でも用意しよう」
「よし。ところで、警察の関係者で仲間に取り込める者はいないか?」
眉を持ち上げるケーン。頭に思い浮かんだのは、あの警察署長だ。しかし、あの署長は小物だ。信用ならない男で、こんな綱渡りに参加させては、事を仕損じると思えた。
「さぁ、心当たりは無いな‥‥」
「そうか? なら仕方ないな」
承諾したケーンに念書を書かせ、口外すれば地獄を見るぞと念をおし、鴉は屋敷を立ち去った。
●二日目夜
私兵向けにと宛がわれた部屋で、丈一朗が煙草を揉み潰した。
「そろそろか‥‥」
立ち上がり、廊下へと出る。窓に寄りかかってうとうととしている私兵を見つけると、彼は問答無用で拳を叩き込んだ。流れる電流に悲鳴一つあげられず、身体を折り曲げて崩れる私兵。無線機を取り出すと、彼は待機している仲間達へと連絡を入れた。
「おっ、連絡が入った、ね」
通信機を手に、薫がにやりと笑みを浮かべる。
「隠密ってのは柄じゃないんだけど、一つ間違えれば台無しになるからな」
応じて、筋肉 竜骨(
gb0353)がセリアティスを握り締めた。
覚醒と共に逞しい肉体がますます逞しく盛り上がり、彼はセリアティスを肩に背負い、夜の屋敷へと駆け出した。
「さて、それじゃ俺も行くか」
スコーピオンをホルスターから抜き、薫も後に続く。
「少し眠っててもらおうか!」
飛び出す竜骨に、私兵が驚き、銃を向ける。
しかし、傭兵の素早さに対応できる訳も無い。セリアティスの柄で殴られ、気を失って昏倒する。立ちはだかる私兵を次々と気絶させ、突き進む竜骨。とある部屋を蹴破った。中で腰掛けていたのは、アイロンだ。
銃底で殴られた部分が、少しあざになっていた。
「助けに来たぜ」
「有難う御座います。後は皆さんの動き次第、ですね」
屋敷の隣に、トラックが横付けされた。
積荷は私兵。全て気絶させられ、手足は縛られている。
「それじゃ、これが手紙」
鴉が懐から手紙を取り出し、丈一朗に手渡す。
竜骨は荷台から顔を出すと、声も上げずに豪快な笑みを浮かべた。
「こいつらの事は任せておけ」
親指を立てる竜骨。ゆっくりと、トラックは屋敷から離れていった。向かうのは街の郊外。人目に付きにくい場所へ兵士ごと置き去りにしてくる手筈だ。ケーンを屋敷から連れ出すまでの間おとなしくしていて貰えれば、それで良い。
砂利を蹴って走るトラック。
その音に、ふと、ケーンが眼を覚ました。
「‥‥誰かいるか。何の音だ?」
常夜灯のスイッチを入れるケーン。
ドアをノックする音に、胸騒ぎでも覚えたのか、神経質そうな声で入れと命じる。ドアを開いて足を踏み入れたのは、丈一朗だった。傍らには、シュウの姿もある。
「ポストにこの手紙が入っていた」
手紙には、難民達に事が露見してしまった事、資産については保証するという事、保護する為に指定場所で待っていろとの旨が記されていた。どういう事だ、私兵どもはどうしたと喚くケーン。
「どこへ行ったのかは解らない。ただ、難民に傭兵が味方しているらしいな」
丈一朗は、決して嘘をついていない。
「能力者と言ってもこの程度か‥‥役立たずめ!」
「まぁまぁ、抑えて抑えて」
飄々とした声が、廊下から聞こえる。シュウだ。護衛に遣わされたのだと告げるシュウに疑いの眼差しを向けるケーン。
「ご自分でどうにかできるというのなら、ま、帰りますけど?」
「くっ‥‥!」
手早く着替えたケーンが、手荷物一つで屋敷を飛び出す。
玄関に横付けされていた車へ乗るようにと促すシュウ。運転しているのはエミール、助手席には、エンタが腰掛けていた。
「貴様はクビだ!」
動じる様子も無く肩をすくめる丈一朗。
むしろ好都合だったからだ。
「これにサインして頂けませんか?」
エンタから差し出された書類に、ケーンは首を傾げる。
その書類は食料物資の類を、全て難民に開放すると誓約するものだ。資産の保障や、新たな地位のポストを約束する、とエンタは念を押した。彼は断るが、難民を宥める一時的なものだと言われれば、止むを得ない。
最早、彼には選択肢が残されていないのだ。
●制裁
競合地域へと差し掛かり、車は停車した。
「ど、どうした?」
「降りろ」
エミールの一言に、眼を見張るケーン。
隣ではシュウがライターを探してポケットを叩いて、やがて諦め、銃を引き抜く。
「火が無いや‥‥まぁ、彼方にはこちらの火で」
「どういう事だ‥‥」
「私がこの世で一番嫌いなものはバグアです。二番目に嫌いなものは、連中の作り出した状況に便乗するゲス野郎です」
何が起こったのかを理解したケーンが、ドアを開き、転がり落ちるように車を降りる。続けて降りる三人の傭兵。その様子を、遠くから薫と張央が眺めていた。
「こうも見事に嵌ってくれて、感謝します‥‥これで、心置きなく‥‥っ!」
SMGの銃底が、エンタの言葉と共に思い切り振り下ろされる。
「盗みを働いたのは奴等だ、俺が何の法を犯した!?」
痛む肩を抑え、後ずさるケーン。
「彼方が、もう少しだけ優しければ‥‥!」
「ま、待て!」
容赦なく、エンタは銃を振るい続ける。
「あの子は‥‥盗みに入らなかった‥‥」
「やめてくれ! わた、私が悪かった! 私が悪かっ‥‥!」
「死なずに済んだ、筈ですっ!」
大きく振り上げ、彼は力いっぱい銃を振り下ろした。
「助けてくれぇ!」
泥水に汚れながら、血の混じる己の頭を抱え、ケーンが顔を伏せる。続く衝撃を彼は恐れたが、何時まで待てども、何もおこらない。そっと瞳をあげる。エンタはエミールにタックルされ、二人共々、地に倒れていた。
「もう良い‥‥もう良いんだ」
ゆらりと顔を上げるエミール。
「約束しろ、あの誓約書は撤回しないと」
「解った、約束する!」
「なら行っちまえ!」
腰を抜かしたまま後ずさるケーン。
そんな彼を、シュウが持ち上げた。残る左目で、ぎろりとケーンを睨みつける。
「人は法に従って生きるべきですよ、人道にもとるゲス野郎を守る結果になるものだとしてもね」
時折躓きながらも、ケーンは一目散に駆け出した。
元はといえば、完全に私的制裁、ヤクザな理屈。処遇はお天道様に任せるのが筋ではないか、とも彼女は思う。良いのかと問われて、エミールは通信機を手にした。
泥水にへたり込んだまま、張央へ通信回路を開く。
「――あぁ、良えんよ。奴は反省すると言うた。もし、もしそれが本当やと言うんなら、構わへん‥‥」
『そうか』
万が一始末するならと申し出ていた張央だったが、その必要も無いかと思われた。やや暫くして、ケーンが走ってくるのが見えた。彼の前に立ちはだかり、薫が姿を現す。
「ここは戦場真っ只中、このまま荒野を行っても野垂れ死ぬだけです、よ? 国内――いや、地域価格の十倍の値を支払って頂けるなら、売っても構いません」
いつか聞いたその言葉にケーンは言葉を詰まらせ、懐から出した財布を丸ごと投げつけ、薫がキャッチした。声を荒げ、ジーザリオへ向かうケーン。
「覚えていろ‥‥奴等を許しはしない! 屋敷に戻ったら、小うるさい難民共々、必ず‥‥!」
乾いた銃声が響いた。
張央が銃を構え、静かに佇んでいた。
「上海にも色々な奴がいましたがね‥‥」
裏社会を生きてきた彼は知っている。人それぞれに過去や主義があるものだ。だが、それでも確かな一線が存在している――やむを得ぬ結末だったろう。決して、皆が望む結末ではなかったかもしれないが。
ふと、香港ノワールを思い出した。彼自身は、上海の出身だったが。
「拉致監禁の噂があるので調査に来ました。が、どうやら本当だったようです、ね」
難民達を前にする薫。
その腰には銃が吊り下げられており、物資を受け取る難民達を眺めている。武装している彼が見渡している以上、列を乱したりするような事はそうそう起こらなかった。
「人間笑顔が一番ってものよ!」
力自慢に荷物を配る竜骨。
彼等の立場は、あくまで無償で協力に訪れたフリーランス。
他にも鴉が、ケーン直筆の誓約書をマスコミに届けている。無論、あの変装は解き、すらりとした細身のままで訪れていた。丈一朗によるバグアに協力していた疑惑に対する言及もあった。
一方、ケーンの遺体は遠く離れた競合地域で発見された。
その遺体を見て、警察署長は己の置かれた立場を理解したのだろう。息を呑み、親バグア派に殺害されたとして早々に処理してしまった。
そして――物資の譲渡を記した書類のサインもまた、ケーン直筆によるものだ。死の直前に書かれたそのサインに、遠くはなれた競合地での射殺体。バグアに協力していたのではないかという疑惑と、物資を無償提供するような慈善家という二つの顔を与えられて、ケーンはこの世を去った。
傭兵の存在は噂だけに終わり、もちろん難民に嫌疑は掛けられていない。
後日、粗末な墓に花が添えられていた。
誰が置いていったのか、それは誰も知らない。