●リプレイ本文
●英国王立兵器工廠の逆襲
「えー、皆様、本日はお集まり頂き、誠に有難う御座います」
一角の会議室、傭兵達以外に数名の男達が着席している。
挨拶の口火を切ったのは、髪を短く切り揃えたメガネだ。居並ぶ傭兵達の姿格好‥‥それこそ年齢性別から人種まで様々である事を見て、さも珍しそうに眺めている。
「私の名前はワトソン。こちらはエスケプさんに、コンプラインさん。それから‥‥」
それぞれを紹介するワトソン。
曰く、収益やら宣伝やら需要やら様々な検討担当者だの退役軍人だのが顔を出しているとの事だ。このような方法で最新機種を検討する事に対しては、少なからず反発もあったらしく、ワトソンは、最後に宜しく御願いしますと付け加えた。
では左端から――彼は、着席順での提案を促した。
部屋に入った順で着席している為、順番は偶然によるもので、バラバラだ。
促され、左端に座っていた鯨井昼寝(
ga0488)がすくっと立ち上がる。
「私の提案するのは、高性能な水中用ナイトフォーゲルよ」
挑戦的な笑みを浮かべ、昼寝は工廠の人間を見回した。
数人の男性、特に退役軍人がおやと眉を持ち上げる。
現在、水中用に配備されている機体は、W−01とKF−14の二種類のみ。どちらも主力として使うには甚だ疑問が残る。
「需要が大きいとは言い難いけど、ある程度の固定客が望めるのは間違いないわ」
内容は細部に至った。まず、敵として想定するのは今後現れるであろう水中での強敵だ。海中では遮蔽物が無い上、かといって高機動戦を展開するのも難しい。そこで、正面からの激突に耐え得る火力と耐久力が必要となる。主力として使うのだから、特殊能力も必要だと述べる昼寝。
「イメージ的にはリヴァイアサンってトコロかしら? 英国王立の名を冠しているんだもの。ロイヤルネービーに相応しい、威風堂々たる海戦機に力を入れないのは嘘でしょ?」
最後のウィンクに、にへらと笑う研究者数名。
モテない理系の泣き所だ。辛いところというか何というか。
「じゃ、次は俺の番だな」
立ち上がるアッシュ・リーゲン(
ga3804)。
咥えていた煙草を灰皿で磨り潰した。彼が参加してきた依頼では、試作段階まで漕ぎ着けているものが殆どで、イチから意見を聞くという形式を、彼は楽しみにしていた。
「俺が提案させてもらうのは、近距離支援機だ」
機体の発想は安定型。S−01をベースに基礎能力のベースアップを図り、英国工廠お得意のブースト機能を搭載するというもの。普段は前衛を支援し、適時格闘戦に持ち込むというものだ。提案する特殊能力も、機能を限定する事で持続力を兼ね備えてはどうかとしている。
提案はまだ続く。
「スナイパーライフルは使い勝手が良いのは確かだが、やっぱりリロードがネックなんで――」
提案したのは、KV版の即射とでも言うべき特殊能力に、火力の底上げを図る同時攻撃機能。話しを聞く研究者達数名が、顔を見合わせて手元を動かしている。その相談する様子や動きを見るに、リロードについて何かを話し合っているらしかった。
説明を終え、再び煙草を口に着席する。
入替りで、平坂 桃香(
ga1831)が口火を切る。
普段は耳のヘッドフォンも、今は首に掛かっていた。
「値段については、いっそ200万から250万程度が良いのではないかと思います」
いきなりの言葉に場がどよめいた。
そもそも今回の計画は、そこそこの値段で値段以上の性能を持ちつつ、前線のニーズに対応するというものだ。200万代前半となると、現行機の中でもかなりの価格になる。
だが、その価格についても、決して考え無しの提案ではない。
「ディアブロが一気に普及したという実例もありますからね。傭兵にとっては、性能が優れていれば値段は二の次ですので、安くてもそこそこの能力ではあまり売れないかと」
市場調査の担当者が、気難しそうな顔で前にのめった。
「機体案は、命中と回避に特化したタイプと、武器の有効範囲を広げた二案を提案させてもらいます」
桃香によれば、現在の高級機と同等の値段で、それ以上の性能にするべきと言う。方向性についても、特化――特徴を持たせつつ弱点を作るべきではないと主張する。他社のディスタンだけでなく、ナイチンゲールやワイバーンもそれぞれに弱点がある。決して悪くは無い工廠の機体が普及しなかったのは、その弱点にあると指摘したのだ。
それらを克服する為にも、性能を優先したオールラウンダーである事は必須条件である。当初の主旨からは外れる面もあるが、桃香の意見にはかなりの説得力が兼ね備えられていた。
続けて、白髪の男性が立ち上がった。ロジャー・ハイマン(
ga7073)だ。
第二の故郷には是非とも名誉を回復してもらいたい、という事で、かなりの意気込み。意見は、初手から厳しいものだった。
「英国製は、コンセプトに無関係の性能にも並以上の性能を保たせようとしている為、その皺寄せが値段にきているんじゃないか、と言うのが個人的意見ではあります」
しょんぼりと萎縮する技術者達。
「そこで自分が提案したいのが、運動性のみに重点を置いた機体です」
ナイチンゲールは全ての性能に高性能を求めた結果、完成度、いわば使い勝手に比べて値段が割高になってしまっている。これがロジャーの見解だ。彼に限らず、ナイチンゲールには失敗点があると考える傭兵は、この場に多い。
方向性としては機能特化、分化による低コスト化だ。
防御より回避、回避より命中という方向性。
「‥‥自分の、無い頭をひねりにひねった意見です」
謙虚に、彼は言葉を締めくくった。
「それじゃ、次はあたしね」
雪村・さつき(
ga5400)は、ロジャーと同じく英国育ち。同様に、英国が第二の故郷である。
提案するプランは基本ラインに沿ったもの。
阿修羅やバイパーと言った中堅を基準に、コストと性能を見直しつつ考えた。
「目標は、ナイチンゲールで実現できなかった貧者のバイパーを完成させる事」
両機の利点を抑えつつ、高い次元で機体を纏めてほしいと要望した。
特殊技術も、ナイチンゲールのブースターを改良発展してはどうかと言う。一方、第二案で提示したものは、コスト度外視の高級機だ。騎兵をイメージし、機動力に定評があるワイバーンをメインにパワー面の強化を図り、重量強化をマイクロブーストで補う。人型の騎兵でありながら、四足とする事で安定性にも言及している。ケンタウロスのようなものだろうか、と、一人が首を捻る。
本当は好きなだけスペックを追求したくなるのが技術者だ。もちろん、足りぬ足りぬは工夫が足りぬな環境もまた、技術の見せ所であるが――ともかく。高級機を望む声が意外と多い事に、社員達は唸り声を上げた。
「は〜るばるきぃ〜たぜ〜」
突然の歌声に紅茶を吹く社員数名。
一曲歌わんばかりの勢いを見せるリュウセイ(
ga8181)。最初に、ワイバーンについて、知人からの伝言を告げた。意図が通じ辛かったのか、具体例があればまた頼みますね、と返される。
さて肝心の提案は、純粋陸戦型だ。
「戦車発祥の地らしいし、バイパー並の重装甲をそれなりの価格で再現するってのはどうだろ?」
移動しつつ攻撃する機能を持たせ、戦車に近い形式とする事で積載量の増大を図る。回避を多少捨ててでも命中精度を維持してはどうかと、彼は付け加えた。第二案は海戦機。それも、岩龍等のような電子戦機の類。潜水艦のようなデザインにジャミングやソナーを搭載する事で、前線の支援に徹するというものだ。
「とりあえず、そんなとこだな!」
熱弁をふるい終え、立ち上がりと同じように、元気良く着席する。
●後半戦
アッシュの配ったスコーンを頬張りつつ、会議は続く。
彼は休憩してはどうかと提案したが、中々奇抜な案が並び、工廠の人間達は休憩を拒否した。どうも、ややハイテンション気味のようだ。
新たな紅茶がずらりと配られ、ほのかに湯気を立てている。
「さてと、じゃ、次は俺だな」
にやりと笑う須佐 武流(
ga1461)。
「今までのKVはドッグファイトに弱い。というよりむしろ弱過ぎる」
ズバリと真正面から切り込んだ。
相手が慣性制御などという反則技術を持っていようと、前線に傭兵にとっては、知ったことではない。より戦場に最適化した機体、敵に対抗できる機体こそが欲しい。
「ワイバーンの命中精度と速度、移動力‥‥そしてディスタンや隼、阿修羅の機動性を両立させた機体だ」
攻撃力や防御力はある程度諦め、機動性を徹底的に強化する。彼もまた、詰め込みすぎたナイチンゲールが失敗している、という認識を持っていた。ただ、その注文は中々難しい。急制動に耐え得る剛性を持たせると同時に軽量化を図り、装備重量を確保すべきとしたのだ。
「とにかく、俺はこの辺りが必須と考えるな」
ブーストやIRSTはワイバーンのものを流用すれば良いとして、頑丈にしつつ軽量化を図るのは簡単ではない。技術者達は頭を捻り、考え込んでしまった。
続いて立ち上がるのは、柊 香登(
ga6982)。
普段はぶっきらぼうな彼だが、仕事が仕事故に、あるいは緊張してか真面目な面持ちを見せる。
発想は堅実だ。
博打的な要素は可能な限り排除。
先鋭化よりも汎用性。
瞬発力よりも持続力。
価格以上の将来を持った将来性。
「機体価格は150万前後とし、加速力はR−01以上は欲しいと思います。攻撃性能は通常攻撃か知覚に特化し、防御面においても、ある程度の重点的な強化を行うべきです」
特殊能力は他の多くの傭兵達と同じく、ブースタータイプ。
マイクロブースターとハイマニューバの中間か、高効率化を検討するべきとしている。
その特化はカバー可能な範囲に留めるとしており、特定の戦場で最高の性能を発揮できるというものでもなく、一見すれば地味な提案ではあるが、そのコンセプトには明確な方向性がある。特別の目新しさは無いものの、いかにも英国王立兵器工廠好みで、隙が無い。
「では、次は自分が意見を述べさせていただくであります」
稲葉 徹二(
ga0163)が資料を手にする。
レンタル価格が100万に満たない機体はR−01、S−01、岩龍、W−01、LM−01、ハヤブサの六機種。初期搭乗機体には性能面で不安が残り、その他の機体も特殊用途機であったり、極めて先鋭化された機体であったりする。
100万台前半では、阿修羅とバイパー。
中堅のメイン、或いはベテランのサブ等として人気のある機体だ。
機体の改造やバージョンアップを考えれば、重攻撃機はバイパーがあれば十分だ。攻撃と回避に特化したアタッカーとしては阿修羅がある。
「以上の事から、価格は100万台前半、生存性の高いKVが必要であると考えます」
前線において安定して戦闘を持続する――回避性能と耐久性を重視する事で、バイパーを後衛とし、前線に飛び込む為の機体。いわば、機動性を持ち、攻撃面を削ぎ落としたディスタンに近いものだろう。
他にナイチンゲールの改修案も考えていたが、バージョンアップが既に発表されており、こちらは別件として検討する旨が回答される。そして徹二のナイチンゲール改修案に、アリス(
ga1649)が言葉を繋ぐ。
静かに、淡々と口を開いた。
「‥‥ナイチンゲールの弱点をフォローするために‥‥機体性能そのものの再考を」
ナイチンゲールの弱点を指摘しつつも、彼女の提案はそれに一歩踏み込んだものだ。価格面のみならず、安定性の更なる強化の為、機能分化とマイクロブーストの強化を徹底するというもので、攻撃と知覚等、一面においては機能の低下も有り得る。
――が、それ以上に研究者達の気をひいたのは、彼女のもう一つの提案だ。
「攻撃や知覚へ出力を効率的に‥‥廻す技術。例えば錬力の消費先を‥‥切り替え可能にするとか、ね」
隅の席に座っていた、白衣の女性がのっそりと顔を上げる。
今の今まで聞いていたんだか聞いていなかったんだかもよく解らないような、机にぐったりともたれ掛かっていた女性だ。眼がぼんやりとしており、口の隅には涎。多分、居眠りだ。というか絶対居眠りだ。
ごねれば、多少ごり押しも考えていた。
ところがそんな必要も無く、ワクワク顔で食いついてくる。
とは言え、表情を大きく変えずに淡々と喋るアリスの態度――雰囲気は、プレゼン向きとは言えない。その研究者がによによと笑っているだけで、他からは大きな反応が無かった。
●変態
出席者が居なくなった部屋に、先程の技術者が残っていた。
隣には、冒頭のワトソンが立っている。
「ルーシーさん、もう帰りましょうよ」
「あー、もうちょいもうちょい」
その手には、今日出された提案の資料。
内容は様々で多岐に渡っており、じっくりと読み込めばかなりの時間を喰う。それでも先程の寝ぼけた顔のまま、だらぁーっと資料を捲り続けている。
「おもしろい提案はありましたか?」
「んー、聞く? それ聞いちゃうの君?」
「早く切り上げて帰りたいんですよ」
その言葉に、不満そうな表情を見せるルーシー。
「あぁ冷たい、冷たいねぇオイ。世の中は荒んでるよ、仕事しろと言ったりもう帰ろうと言ったり。矛盾だらけじゃない! ねぇ!?」
「冷たいのを嘆くか矛盾を嘆くかどっちかにして下さいよ!」
「まぁとにかくさぁ、傭兵達だってまだ言い足りないって顔じゃん? 細部検討の為にもまだまだ足を運んで貰わないといけないと思う訳ですよ。ねぇ?」
冷め切ったコーヒーを飲み干し、彼女は立ち上がった。
後日、傭兵達には再び集まって欲しいとの収集令状‥‥ではなくて、招待状が届けられた。
子細検討の結果、提案は統合されつつ、基本案が二つにまで絞られた。
来るべき水中での戦いを想定し、価格よりも性能を重視した最高級機。
そして、低価格に抑えつつも、前線での生存性を重視した中堅主力機。
どちらも、現在の機体ラインナップには欠けている。
一定の需要が見込まれつつも、その一方で、傭兵にとって本当に必要な機体が何であるかという事を考えての決定だ、と英国工廠からの手紙には記されていた。とはいえ、退役軍人から経理担当まで様々な担当者が居た事を考えると、外向けのアピールという可能性もあるのだが。
また、その細部についてはまだ検討段階であり、まだ本決定ではない。特殊能力についても、まだ未決定と言う。これについては当日改めて報せるとの事だった。