●リプレイ本文
●出撃
天幕で、如月・由梨(
ga1805)が呟く。
「こちらのルートの方が宜しいでしょうか?」
机には地図が広げられており、数名の傭兵達がこれを囲んでいた。すぅっと引かれている矢印。予定ルートだ。彼等は、前線を回避する西廻りのルートを利用する事にしている。
「お待たせ」
天幕の中に、諫早 清見(
ga4915)が顔を出す。
その手には何枚かの資料が抱えられている。周辺バグアの目撃情報や予測、制空権に関する資料だ。決して潤沢にある訳ではないが、戦闘回避には少なからず役立つ。
「こういう活動を支援できるのは、嬉しいね」
はにかむ様に笑う。
「ラジオゲリラの方達には、是非とも頑張って頂きたいですからね」
「できる限りの支援物資を届けたいところです」
淡々と、レイアーティ(
ga7618)は応じた。危険な放送活動の苦労は察するに余りある。何としても作戦を成功させねばならない。それも、できるだけ多くの物資を届けて。
一方、ルナフィリア・天剣(
ga8313)は少なからず緊張しているようにも見えた。
彼女は今回の依頼が傭兵としての初依頼だ。心して堅実に努めなければと気負う一方、戦闘を回避する事は難しいのではないか‥‥彼女には、そうも思えた。
「短波は世界を駆け巡るんや」
「うーん‥‥」
祖父から聞いたと胸を張るのは、三島玲奈(
ga3848)だ。
何の事か――と首を傾げていたモーリスが、あぁ、と呟いて手を叩いた。テントの方へ駆け込み、やや間を置いてから顔を出す。
「これの事でしょうか?」
彼が手に差し出したカードは、粗末なものだった。
アフリカ地域での地下放送、受信できたよという報告書を送る事は極めて困難だ。それでも、より多くの人に周波数等を知らせる為、名刺大のカードを配っているという。粗末ではあるが、無い無い尽くしの現地で何とか作成しているのだろう。
「ありがとなー」
カードを受け取ると、彼女はサインペンをくるりと回した。
大型コンテナの蓋が、がちりと閉じられた。
今回投下されるコンテナは、A型が六個にC型が三個。数は足りている。
C型のコンテナは小型で、中には緩衝材も敷き詰められているので、あまり多くの物は入らない。今回彼等が詰め込んだのは、医薬品や食料といった品から、空と録音済それぞれのカセットテープ等で。絶対必要ではないがあると格段に助かる、というものが多い。
無論、それだけではない。
彼は隙間を見て、箱に詰められた小ビンをコンテナに入れている。
「何だ、それは?」
問い掛ける風羽・シン(
ga8190)に、寿 源次(
ga3427)が振り返った。
ジャラジャラとした音のなる小瓶。中には赤紫にも似た色の丸薬がぎっしり。田舎に行くと何でもこれで直そうとする人がいたりもする、日本の国民的な常備薬だ。虫歯や頭痛にも効きそうな気がするが、気のせいだ。多分。
「自分の経験上、腹痛には激烈に効くんだぞ? におうけどな」
その花は――と、返して源次が問う。
「謝意を形に、な」
さもぶっきらぼうに答えるシン。その態度は、花などどうでも良いとすら言い放ちそうであったが、しかし、整備兵に手渡した花には、カードのようなものが差し込まれていた。
「それと、じきにリラが届く。巧く入れてやってくれ」
続けて現れたのは、ゼシュト・ユラファス(
ga8555)だ。銀色の長髪が風に揺れている。
「なに‥‥支援物資だけでは味気ないと思ってな? 宜しく頼んだぞ‥‥」
「解りました」
彼の言葉に、整備兵が大きく頷く。
皆、思い思いに様々なものをコンテナには詰め込んでいる。
由梨にいたっては、支給品のコーヒーに緑茶紅茶、林檎ジュースまであらゆる飲物を積めるだけ積み込んだ。これらの品々は、別に余っていたという訳で無い。多分、おそらく。
●地中海沿岸
前線を避ける西廻りのルート上、八機のKVは順調な飛行を続けていた。
「こちら寿機、青空だがオールグリーンってやつだ」
見上げる空はからりと晴れ渡っている。
実際の所、隠密行動時に晴天はマイナスであるが、天気ばかりは、人間の力では如何ともし難い。ただただ、気をつけて慎重に進むだけだ。
彼等はコンテナ搭載と護衛に分かれてそれぞれを分担していた。
各機は前方に位置する由梨やレイアーティに続き、足並みを揃えて編隊を組んでいる。中央には天剣の岩龍が飛び、全機をアンチジャミングの効果範囲内に収められるよう留意していた。
集団行動を前提とした作戦はバッチリだ。
選定したルートは大まかには西廻り、その上で、途中で幾度かの方向変更を加えている。諫早の集めてきた情報が元だ。各地の戦況は流動的で、どこのルートを通れば確実に敵を回避出来るとか、そんなに都合の良い話は無いのだが、それでも有ると無いではかなりの差が出る。
事実――
「こちらレイアーティ。10時の方角にヘルメットワーム3機」
白いディアブロは梟のように広げた翼を、僅かに揺らす。
ヘルメットワームはかなりの遠方を飛んでいた。進行方向はシシリー島の方角らしく、こちらに向かって来る様子‥‥気付いている様子は無い。
交戦空域、目撃空域を避けていればこそ、正面から向き合うという事も無い。
「どうする?」
「避けるべきだろうな」
天剣の呟きに、ゼシュトが言葉を返す。
元より避けられる戦いを戦おうとする者は居ない。幸い距離はあり、傭兵達は機首を傾け、雲の陰へと機体を滑り込ませた。敵のレーダーによって捕捉される可能性はあるものの、目視での発見は避けられるだろう。
大きな雲は長々と続き、傭兵達は眼下に海を眺め、雲の陰に沿って進んでいく。
先ほどヘルメットワームを確認した方角へ、皆意識を集中する。レーダーには、その機影は捉えられていない。出来る事ならば、あちらからも機影を捉えられていなければ良いのだが。
雲を、抜けた。
レーダー、目視、共にヘルメットワームを確認できず。
小さく息を吐いた。
「ほんまに緊張したわ」
玲奈がシートにもたれかかる。
「ここまででまだ半分だ。先を急ごう」
シンの言葉に頷く傭兵達。再び加速を掛けて、目的地を目指した。
そうして敵を発見して回避したのは、実に三回にも及ぶ。敵が最前線に集中しているという事もあるだろうが、その前線を避け、目視とレーダーによる休み無い警戒を怠らなかった事こそが、順調な飛行の理由だったろう。
青色の眩しかった景色が、砂色へと変化する。
地中海を抜けた先に広がるのは、荒れ果てた岩砂漠だった。少し奥へ踏み込んだだけであっと言う間に渓谷へと様変わりする。だだっ広い砂漠へ投下していては敵にも発見されやすい。海岸線に近く大きな都市が近くに無い渓谷であれば、投下ポイントにはうってつけだった。
投下ポイントが迫る。
画面上の地図にも減速や高度に関する警告が踊り、ポイントに至るまでの距離等が刻一刻と変化する。
KVの高度が下がる。
「たかが海賊ラジオたぁ言え、その放送に勇気付けられてる人々がいる以上‥‥」
シンの提案により、投下高度はギリギリまで下げられる事になっていた。
投下中に敵から発見、攻撃される事を避ける為だ。
「援助は欠かせられんわな」
その高度は――コンテナが破損しない――限界まで下げられ、全機、同時にコンテナを放出する。
低空から放出されたコンテナは、その投下と同じように、ほぼ同時にパラシュートを展開、渓谷へと降って行った。
「人々の希望の灯、もう暫く頼まれてくれ」
地上へ向け、源次は敬礼した。
例え伝わらなくても構わない、そう思っての敬礼だった。だが、ふと地上を見れば、誰かが大きく手を振っていた。それが誰であったか、確証は得られない。まったく無関係の現地人だったのかもしれない。それでも彼は、現地活動家だと思うことにした。
「花束は投げ入れた。帰還する」
コールサインを発しつつ、天剣は呟く。
「急ぎましょう、敵に発見される可能性もありますから」
踵を返す機影。
往路とは逆に、由梨のKVはその最後尾、殿の位置に機体を滑り込ませる。
今のところ、バグアが追撃や迎撃に現れる様子も無く、傭兵達は来た道を逆に辿り始めた。このまま何も無く帰投できれば言う事は無い‥‥のだが、世の中そう上手くも行かないらしく。
「前方にヘルメットワーム3、真っ直ぐこっちに向ってきてる」
あるいは回避する術が無いとは言えない。
ただ、その為にはバグアの勢力圏内で大きく迂回する事になる。
「帰るまでが依頼とは、昔の人はよく言ったもんだ」
「回避は不可、ですか。できるだけ一気に片をつけましょう」
源次と由梨、それぞれの言葉に、皆が頷く。
巡航速度から戦闘速度へと切り替える為の加速。心地良い負荷が身体にかかる。
「腹の届け物は、もう宅配済みだからな‥‥全力で斬り込ませてもらう!」
元々は小型のコンテナを抱えていたが、それは既に投下されている。武装で一歩譲る面はあるものの、荷物を気遣う必要は既に無い。
もちろん、それは他の傭兵達にとっても同じだ。
――正面衝突。
先手を取ったのは傭兵の側だ。
「いっけーラジオ玲奈、生放送で弾丸お送りします!」
捕捉したヘルメットワーム目掛けてスナイパーライフルD2が火を吹く。優先的に狙われたのは先頭のヘルメットワームだ。装甲に食い込む弾丸。慌てて回避運動を試みるヘルメットワームに、源次の第二撃が叩き込まれた。
辛うじて回避するヘルメットワーム。だが、無理な回避行動を取ったが為に、瞬間、姿勢が崩れる。
「よそ見はいけませんね‥‥君の相手は私です!」
そのヘルメットワームを、由梨とレイアーティの放った弾丸が同時に貫く。
先手を取っていたとは言え、一機のヘルメットワームが瞬殺され、呆気なく爆散した。
だが、バグアはそれでも果敢に戦いを挑んできた。
撃破された味方の爆煙に紛れて現れ、プロトン砲を辺りに放つ。一斉に散開するKV。
「この距離なら!」
「こいつの威力を見縊るなよ」
正面に現れたヘルメットワームを前に、天剣と清見が反射的にトリガーを押す。纏まっている二機目掛けて放出される試作型G放電装置が、敵影を捉えた。更に続く岩龍の高分子レーザーが、ヘルメットワームのわきを掠めて焼く。
動きの鈍った敵が、爆発に跳ね上げられた。
シンの放ったホーミングミサイルだ。
「こんな場所で動きを止めて、正気か?」
更に接近する彼は、容赦なくレーザーを叩き込んだ。すれ違いざま、装甲を引き裂かれるヘルメットワーム。続けて撃ち込まれた由梨のレーザーに機体を貫かれ、遂に火を吹きあげた。
「やりましたね」
心の中で、小さくガッツポーズ。
その由梨の後方へと、残る一機が回り込もうと動く。
「はいはい素敵なプレゼント、地獄の招待券片道進呈ー」
そうはさせじと、リロードが済んでいないD2ではなく、玲奈はホーミングミサイルを放った。長い煙を吐いてくるりと回転したミサイルが、敵のどてっぱらを弾く。驚いたように方向を転換するヘルメットワーム。だが、しかし、その場に居たのは玲奈のバイパーではなく、ゼシュトのディアブロだった。
「何度見ても無粋なヤツだ‥‥」
真正面、ぶつかってしまいそうな近距離で、ディアブロの機首がきらめいた。
「墜ちろ!」
直後、ヘルメットワームの正面に大穴が穿たれる。
隠し玉の試作型リニア砲から放たれた弾丸が、敵の装甲をまるで紙でも貫いたかのように突破したのだ。戦闘は一方的だった。ヘルメットワームがかわいそうに思えるぐらいに。しかし、何故多勢に無勢で戦いを挑んできたのか――その理由は、すぐに判明した。
「む‥‥?」
天剣が、レーダーに視線を走らせる。
岩龍のレーダーが、周囲の機影を捉えた。それも、今とは比べ物にならない数だ。
「今のは足止め、だったようですね」
由梨が問い掛けるように、一人ごちた。
「この状況で、相手にする必要は無いよね」
「いつか奴等をアフリカから叩き出してやりたいものだがな」
再び編隊を組む各機。天剣が各機をアンチジャミングの効果範囲内に収める一方、清見のワイバーンが、煙幕弾の発射準備に入る。後方から迫るヘルメットワームの編隊へ向け、ゼシュトが機首を翻した。攻撃を加えてくると思ったのか、敵の編隊は即座に散開し、半包囲体制を示す。
「誰が付き合うと言った‥‥馬鹿め」
不必要に戦うつもりは無い。
物凄い量の煙が辺りを包み、煙に紛れて再度機首を翻すゼシュト。その隙に清見が更なる煙幕を展開し、ブーストに点火する。傭兵達は次々とブーストに点火し、一斉に戦場を離脱していった。機を逃したヘルメットワームは、暫くの間加速を続けていたが、やがて諦め、全機とも、アフリカ方面へと引き返して行った。
●花束
最終的に、帰路で敵と接触したものの、往路での戦闘を回避で来た事は大きなメリットだった。往路で戦闘に突入してしまえば行く先々に敵が待伏せていたであろうし、何より投下作戦に気付かれてしまった可能性もある。
その点帰路であれば、最終的には何らかの投下作戦であったと気付かれるとしても、往路で接触するのに比べれば段違い。気付かれる前に物資を回収する事も容易だ。
帰投した傭兵達のうち、清見とレイアーティは作戦司令部へ顔を出し、敵情を報告していた。
地図を前に、敵の動き等、解る範囲の全てを伝え、UPCの将兵がそれをメモしている。
「それから、こちらに敵の‥‥」
「あぁ! ここに居ましたか、ちょっと来て下さい」
ドアを開いてモーリスが顔を出す。
きょとんとした二人を前に、いいからいいからと手招いた。
駆け足に急いだ先には、全員が集まり、ラジオを一台囲んでいる。やがて、雑音混じりに響いてくる、どこかからの放送。
『やっほー♪ 傭兵達へ、聞いて‥‥かしら? こ‥‥ら、地中海の花束‥‥花の種は受け取った』
聞こえた女性の声に、わっと声があがる。
ラジオ放送があるという事は、物資が彼等の手に届いたという事だ。
『いつか、アフリカの大地が花園となる事を祈り、私達も戦って行くわ』
花は無事だったらしいな、と、シンとゼシュトが顔を見合わせる。
『The voice to the world――世界に声を! チャオ♪』
放送は短く、簡素なものだった。
やや暫くして、UPCはイタリア解放に成功し、その一方でシシリーをはじめとする島々を放棄する事になる。地中海の花束に対する支援作戦は、その間隙を縫ったベストタイミングだったという事になるのだが――それはまた別の話である。