タイトル:【GF】AVE MARIAマスター:御神楽

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/06 23:57

●オープニング本文


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 居間で、エンツィオがソファに腰掛けていた。
 向かいの椅子にはヴィンセントが座っており、新聞を眺めている。
「なぁ、兄さん。僕はあまり言いたくないが‥‥」
「何だ?」
「人類の一員として義憤を感じる、バグアとは戦っていかなくちゃならない、そう言いたいのは解るよ。けど‥‥」
「もう少しファミリーの事も考えてくれ、か?」
 機先を制したその言葉に、エンツィオは頷く。
「反バグア活動に、ファミリーの金を使いすぎだ」
 紙のこすれる音。
 新聞紙を投げ捨てたヴィンセントが不機嫌そうに両腕を広げた。エンツィオを睨みつけ、口元はへの字に曲がっている。
「エンツィオ。それじゃ何か? ファミリーをそのへんのゴロツキにしろってのか?」
 挑発的なその言葉に、エンツィオは手のひらを振るい、自らの顔を覆い隠すように叩いた。
「何でそうなるんだよ。僕が言いたいのは、もうちょっと現実的な見方を‥‥」
「馬鹿言うな、昨年はこのイタリアだってバグアに乗っ取られる寸前だったじゃねえか。カプロイアの野郎だって何だかんだ言って自費を叩いてイタリア防衛に貢献してやがった」
 立ち上がり、水差しを手に取るヴィンセント。
「俺らファミリーが最も重んじるものは何だ? え?」
「‥‥名誉だ」
「そうさ。名誉だ! それを忘れたら終わりだ」
 目を閉じ、深い溜息を吐くエンツィオ。
「兄さん。そうじゃない、そうじゃないんだ。ただ僕は‥‥」
「昼食が出来たよ!」
「おぉ、エッタ! どうだ、今日の出来栄えは!?」
 ひょっこりと顔を出したヘンリエッタに飛びついて、ヴィンセントはその頭を撫で回す。
「姉さんと一緒だったから安心して。エンツィオ兄さんも早く」
「エッタ、今僕達は真面目な相談を‥‥」
「エンツィオ、後にしよう。昼食を食べてからまた聞いてやる。な」
「ったくもう‥‥」
 肩を並べ、三人は歩いていく。
 マフィアとはファミリーだ。本来であれば生まれに左右される家族の関係を、赤の他人と、第三者と共に築き上げてゆく事だ。

●笑顔で作る嘘
「マッシモさんは誰が怪しいと思いますか?」
 傭兵の言葉に、マッシモはゆっくりと振り向いた。
「なぜ私に聞くのかね?」
「この世界で、そこまで信頼を獲得している方の意見を、伺いたくて」
「‥‥怪しいと思う者がいれば、先に手を打つよ」
「良ければ‥‥」
「ん?」
「‥‥笑顔で嘘を付く人の見分け方とか、ご教授頂けませんか?」
 更に続く彼の言葉を前にして、やれやれと溜息をつく。
 胸元から紙煙草を一本取り出すと、マッシモはそれを口にくわえて再び傭兵の方へと目を向けた。
「まず信じる事だ」
「信じる‥‥?」
「疑い出せば、全てが裏切り者に見える。嘘をついた人間は、慎重になっている。だから、自分が疑われていやしないかと、常人以上に敏感になっている」
 大きく息を吸い込む。
 ちりちりと小さな音を立てて短くなってゆく煙草。
「人間は、相手が、自分に警戒心を抱いていないと知れば安心する。安心は油断を生む」
「‥‥」
「そしてボロを出す」
 煙草の尻を叩く。灰皿に煙草の灰が積もる。
 話すマッシモの様子を、目元と口元を、その傭兵は眺めていた。傭兵の表情は普段と変わらず、自然な笑みを浮かべて、ただ静かだった。


●沈黙の掟
 ヴィンセントの元に、傭兵達が集められた。
 そこに、今まで仲介に回っていたエミールの姿は無い。マッシモにその動きを悟らせない為で、無論、マッシモの姿も無かった。
「そろそろ終わりにしちまいたいものさ」
 だが。
 言葉を続けて彼は、机に腰掛けた。
「その前に、マッシモが寝返った相手を洗わなきゃならん。マッシモが裏切ったという証拠を確実にする為にも、な」
 マッシモが通じているとすれば、おそらく彼らコッポラファミリーと敵対しているジュリアーニファミリーだろう。ジュリアーニもまた、中〜東欧一帯ではかなりの規模を誇るファミリーだ。
 戦争をやるとすれば、コッポラにも相応の覚悟が要る。
 ところが、ジュリアーニは新興マフィアという事もあってか、その実態は大部分が秘密に包まれている。ただ解っている事は、その過激で、露悪的なやり口だけだ。たかが末端のギャング程度と思われていたジュリアーニは、わずか2,3年で急成長したのだ。
「近く、チェコスロヴァキアで、クルメタル・プラハ支社主催のパーティーがある。そこには、ジュリアーニファミリーの幹部も出席するとの情報は得ている。そこで、だ。俺のファミリーからはマッシモと、エッタをやる」
 何らかの接触がある筈だろうから、そこを狙えと、彼は静かに告げた。
 本来であれば、その他の信頼できる幹部をやるべきだろう。
 だが、マッシモは仮にも重臣の一人。重臣二人をパーティーにやるというのもおかしい。しかしヘンリエッタであれば、社会勉強だ何だと、理由は何とでも付けられる。
 ヴィンセントは付け加える。
 傭兵達の立場については深く言及しなかった。護衛という形でも、別人の振りでも、必要に応じて自らの姿を変えろと言った。重要なのは、こちらが陰謀に気付いた事を、今はまだ相手に知られていない事だ、と。
「――以上だ」
 話を切り上げようとするヴィンセント。
 傭兵の一人が怪訝な表情を見せ、待ってくれと割り込む。
「どうした?」
「彼はどうするんですか」
 彼――傭兵は、直接名前を呼ぶ事はしなかった。
「奴の友人が誰か。それがハッキリするまでは泳がせるさ。だが、それがハッキリした後は‥‥」
 ヴィンセントの眼が乾いた輝きを見せた。
「沈黙の掟を――オメルタを守らせる」

●参加者一覧

翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
ジュリエット・リーゲン(ga8384
16歳・♀・EL
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA

●リプレイ本文

●チェック
「何とかならないものでしょうか?」
「‥‥しかしですねぇ」
 武器持込の交渉は、難航していた。
 カルマ・シュタット(ga6302)はシュテルンを愛用しており、ゾディアックの撃墜作戦に参加していた事や、勲章の事等、自分自身の名誉を武器に担当者との交渉を進める。
「この勲章の名誉に掛けて誓います。必ず、貴社の害となることはしません」
 渋る担当官が、口を開く。
「しかし、持ち込まれるその武器は、一体何に使用なさるのですか?」
「それは‥‥」
 その質問に、思わず言葉を詰まらせるカルマ。
 一般客としてパーティーに参加する以上、持ち込まねばならぬ理由が希薄になっていた事に、彼は今気付かされた。
「私個人としては彼方に何らかの事情があると推察しますが、目的を明かして戴けぬようでは認める訳には参りません」
 これ以上無理をして、余計な問題を起こすのは、彼自身望んでいない。この辺りが潮時かと考え、彼は武器を置いてパーティー会場へと向かった。


 タクシーから、旗袍、チャイナドレスの女性が降り立つ。
「さて、と‥‥」
 辺りをちらりと見回す風代 律子(ga7966)。その視界に、翠の肥満(ga2348)とホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の二人が映る。しかし彼女は、二人と特に挨拶を交わす事も無く、会場へと歩を進める。
 傭兵達は今回、何手かに分かれて会場へ潜入する手筈になっており、会場ではあくまで他人。無用な接触は避けねばならない。
「えぇと‥‥シモン・モラレス様に、ローラン・ハンド様ですね」
「フリーのルポライターでしてね。プレゼンの取材を」
 説明を続けるホアキンの後ろではグリーンがバッグやカメラを肩からぶら下げ、待っていた。二人の名刺を受け取ったボーイは、続いて撮影等に関する諸注意を続けた。
 説明は極々一般的な範囲に留まり、程なくして、二人も会場へと向かう。
「上手く行きましたね」
「ま、実際、新型の機関銃には興味もありますし」
 ホアキンの言葉に小声で応じるグリーン。
「さて、後はマッシモ氏が来るのを‥‥おっと」
 噂をすれば何とやら。彼らが早々に立ち去った後に続いて、マッシモとエッタ、それから護衛約として同行する綾野 断真(ga6621)、鹿島 綾(gb4549)、それからジュリエット・リーゲン(ga8384)の三名。
 ただ、ジュリエットだけはあくまでエッタの友人という体裁だった。
 カルマに続き、武器の持込み交渉をする綾野。
「サプレッサーだけは預からせて戴きます」
 気難しそうな顔をして、担当者が告げる。
 提案としてはあくまで護衛、場合によっては全体の警備に協力するという条件であったが、やはり、護衛という明確な立場、目的が示されている事が大きかった。


●ホール
 ホールに足を踏み入れて、エレノア・ハーベスト(ga8856)が辺りを見回す。
 京友禅、雲取りぼかしに桃山文様。
 髪の毛も黒く染めて、和装と揃え、一見すれば日本人女性に見えなくも無い。元々、血の半分は日本人だ。この格好が目立つのでは、と少し気になったが、どうやら杞憂のようだった。メガコーポレーションは世界的なコングロマリットであり、参加者には様々な人種、服装が見られた。
「‥‥」
 注意深く周囲を見回し、探すのはジュリアーニ幹部。もしコッポラで把握していた人物が居れば、接触を探るのはかなり楽になる筈だった。
 本当は、会場スタッフを買収して参加者リストを入手できないかとも思った。ただヴィンセントの答えは、金なら出すがやるなら自分達で、というものだった。そこまで仕掛けられないのは、時間も無く、やむを得なかった。


「おや。こんばんは、マッシモさん」
 突然の挨拶に、つい、マッシモは怪訝な表情を返した。
 言葉の主はカルマだ。偶然を装い、ホールに入ったばかりのマッシモへと声を掛けた。
「こんな所で何を?」
「俺も、一般客としてパーティーへ参加を」
「ほう?」
 やや警戒の色を見せるマッシモ。
 思いがけない人物と接触すれば、多少の警戒心が生まれても仕方が無いというものではある。カルマはマッシモの後ろを歩くヘンリエッタへ眼をやって、笑みを浮かべた。
「マッシモさんも、ヘンリエッタが可愛いからって変な気は起こさないようにして下さいよ」
「‥‥馬鹿を言っちゃいけないよ」
「すいません」
 再び笑みを浮かべ、軽く頭を下げるカルマ。
「それじゃ、俺はこれで‥‥」
 ある程度警戒も解きほぐせただろうと見て、そのまま、彼はマッシモの前から離れていった。マッシモ達も、カルマの後に続いてホールの中を歩き始める。
「ふぅん‥‥いかにも上流階級の集まり、という感じね」
 やれやれとでも言いたげに、ジュリエットは辺りを見回す。
 彼女は黒いイブニングドレスにポニーテール、服の下には何点かの武器も隠し持っている。ただ、もみあげの縦ロールだけは普段通り、一部の隙も無く崩さない。
「人によっては戦場に立つのが馬鹿らしくなりそう」
「ここにいるよ、一人」
 その言葉に、ふと振り返る。
 エッタがバツの悪そうな表情で、小さく舌を出した。マフィアの世界とは、そういう世界だ。最上流から最下層までを行き来して生きねばならぬ。
「色々と大変なのね」
 思わず肩をすくめ、微かな苦笑を浮かべる鹿島。
 しかも時には、こうして裏切り者を炙り出さねばならないのだ。裏切り、裏切られ。人類の敵が現れても変わらぬ人の営みだ。人助けと、余計な憶測をせずに割り切るしかない。
 ツツと近寄るジュリエット。
「少し情報収集に廻ってくるわ」
「解ったわ。こちらは任せて」
「それじゃっ」
 小声でそう告げると、食べ物を物色する風を装って席を離れる。
「すいません、そこのハムを取って下さいませんか?」
 人の良さそうな老人に声を掛けるジュリエット。
 低い背が有利に働いたと見るべきか、どうか。老人は嫌な顔ひとつせず、彼女の皿にハムを取り分けてやった。豪華なパーティーですね、クルメタルは凄いですねと、ジュリエットの側から雑談に興じる。
「メガコーポレーションは、時には一国の政府より力を持った存在だからね」
「それなら‥‥例えばスパイとかマフィアみたいな方々も」
「そうだね、顔を出す事も多いよ」
 あくまで田舎出のおませな少女を装い、興味津々と言った顔で眼を輝かせるジュリエット。
「正確な理由までは私も知らないがね。ただ、こういったパーティーは戦場だよ。ポーカーのようなもので、皆ニコニコとしていても、裏では激しい駆け引きが――いや、こんな事、君には解らないかな?」
 そんな事無い、と応じるも、老人は気を使わせたのかと思ったのか、それ以上の深入りを避けた。少女らしい振る舞いは、警戒心を解くには良かったものの、相手から深い話を引き出すには、不利だったのかもしれない。
 老人に謝意を述べ、ジュリエットは再び会場の人ごみに紛れ。
 その途上、『ジャーナリスト』の二人とすれ違う。
(今のはジュリエット嬢か‥‥)
 眼を馳せるホアキン。
 今の二人はあくまでジャーナリスト。グリーンはカメラマンとして、カメラを準備して周囲を見回しているが、その様子に違和感を抱く者は少ない。
「えぇ、つまり今回の新製品についてですね――」
 酒を勧めつつの取材。何人かは投資筋の動向について語ったものの、これといって目ぼしい情報は無い。経済紙であれば情報源として拾うかもしれないが、彼等が探しているのはジュリアーニについての情報だ。
「そういえば、ジュリアーニがこの投資に一枚噛んでいるという噂もありますが‥‥?」
「ジュリアーニ? い、いや、俺は知らないよ」
 ジャーナリストと名乗ったホアキンの行動は、他者からはスクープ狙いと写った。
 だから彼の立場を怪しんで警戒するような事は無かったが、誰も、余計な揉め事に巻き込まれる可能性を考え、口を濁す。
(やはり、そう簡単にはいかないか‥‥)
「ホアキンさん、美味しそうなメシが色々並んでますぜ。牛乳が無いのが気に入らんけど」
「一応、ヨーグルトならあるようだ」
「へぇ、どれどれ‥‥」
 指差した先へ眼を向け、近寄るグリーン。
『皆様、本日はお集まり戴き――』
 それとほぼ同時に始まるプレゼン。
「ゆっくり食べてる暇も無いか。お仕事してる振りだけでもしとくかね」
 仕方なく彼は、カメラのレンズを壇上へと向ける。と同時に、バッグの正面をマッシモの方角へと向けた。
 彼のバッグは、二重底になっている。
 手にしたカメラとは別にもうひとつ、本命の隠しカメラが仕込んであった。
 今は、まだ動きが無い。だが、何らかのアクションを見せるであろうその時を逃すつもりも、また無かった。


 廊下に響く、ハイヒールの音。
「洗面所の位置は‥‥」
 案内板と照らし合わせつつ、風代は先へ、先へと歩いていく。
 左手に洗面所、少し行ってエレベーターホール、更に進めばエントランス。人目につかぬ場所ではないが、ホールでは既にプレゼンが始まっている。人影は少ない。喫煙の為に休憩している者が数名、と言ったところか。
 エントランスには、カウンターに常設スタッフが一名。他に、スーツ姿の私服警備員らしき男。死角となりうる場所は、幾らでもある。
「あのぅ、すいません」
「‥‥?」
 穏やかなその声に、振り返る。
 そこには、振袖姿のエレノアが困った表情で立っていた。
「道に迷うてしもて‥‥良ければホールの位置を教えて貰えませんやろか?」
「‥‥良いわ。案内してあげる」
 並んでホールへと向かうエレノアと風代。その途上で、先程までの表情を崩さず、エレノアが呟く。
「どう思いはりますか?」
「可能性が高いのはエントランスね」
 洗面所や廊下の脇で密談が無いとは限らないが、スーツ姿の男達がコソコソとしていれば、それこそ目立つ。それよりは、エントランスのソファーや観葉植物の陰に腰掛けていた方が自然だ。
 ただ、ホールまでの距離は短い。彼女は皆までは言わなかった。
「なるほど‥‥護衛やけど、ホールの外では、警備員以外にそれらしい方はいらしゃりまへんでした」
 つまり、密談があるなら二人きりでか、ホールから護衛が同道するという事だ。
「さ、ついたわ」
「お手数をお掛けしました」
 後は連絡役たるホアキンへ伝えるだけ。二人は初対面らしく極自然に、互いを気にする様子も無く離れていった。


●動く
 綾野は護衛として、変わらずマッシモの傍に居た。
 時折、彼の動きを気にするマッシモ。そんなマッシモに悟られぬようにしつつ、彼は視線の後を追う。そのマッシモの視線が一箇所でぴたりと止まった。視線の先に、スーツ姿の男が一人。左右には体格の良い男が二名、脇を固めている。
(なるほど、あの男ですか)
 髪をポマードで固めた、眠そうな表情をした男だ。
「‥‥」
 時計を見る。
 頃合としては、丁度良い。
「すみません」
「ん?」
 綾野の呼びかけに、マッシモが顔を向ける。
「会場を一回りしてきます。先程の警備協力の約束がありますから」
「‥‥そうだな。約束した以上、その信頼は守った方が良い」
「ありがとう御座います。では‥‥」
 彼がこんな言葉を言うのか――心のどこかで呟きながら、綾野は足を進める。途中、エレノアの近くでちらりと目配せしてみせた。応じて、視線の先を見やるエレノア。
(‥‥居た)
 リストで見た顔だ。
 ならば、自分ひとりの情報としておく訳にはいかぬ。
 すっとその場を動き、彼女はホアキンとグリーン等の方へと向かった。ジュリアーニの幹部がふらりと動く。その前後を歩く護衛。そして、続けて動いたマッシモ。カルマは、視線が合う前に慌てて眼をそらし、食事に手をつけた。
 傭兵達の間で、俄かに増す緊張感。
 マッシモの動きを見咎め、鹿島は問いかける。
「マッシモさん。どちらへ?」
「ン、ホールは禁煙だからな」
 口元に指を2本宛がい、煙草を吸う仕草で意を伝えるマッシモ。
 特に追求する事も無く頷く鹿島。すぐ戻る――そう言って、マッシモは出入り口へ歩いて行く。
 見送り、ややしてから、無線機へ口を近づける鹿島。
「こちらは変化無し」
 その言葉が合図だ。
 綾野はその言葉を受け、ホアキンやグリーンの方へと眼を向ける。既に、隙を作るタイミングは通告済みだ。綾野とホアキンは眼で合図しあい、グリーンはバッグを肩から下ろしてホールを出て行った。


●別れ道
 コートのポケットには、カメラを仕込んである。
 覗き穴から、視界も画質も良いとは言えないが、証拠には、人物の判別がつけばそれで十分だった。
(‥‥風代さんの言った通り、かな?)
 人目につかぬ場所で覚醒し、隠密潜行で後を追う。
 マッシモはエントランスへと入ると、ソファーに腰掛けた。観葉植物の裏側、やや奥まった場所だった。エントランスには他にもちらほらと人影があるが、警備員の視界からは、外れた場所だ。
 カウンター近くへ移動し、カメラの入ったポケットを向けるグリーン。
「‥‥から、け‥‥のは‥‥」
(聞き取るのは無理か)
 已む無く、ポケットのカメラを操作する。
 ジュリアーニ幹部らしき男と、マッシモの密談は、時間にして十数秒。最後に一袋、互いに封筒らしきものを交換した。たったそれだけで、相手の男は立ち上がり、先にエントランスを後にする。接触を最低限に保ち、あとは封筒の中身――それが電子的なものか紙媒体かは解らないが――で必要な情報をやりとりしたのだろう。
 しかし、そのたった十数秒が、マッシモの運命を決定付ける。
 彼は事前の言葉通り、胸元から煙草を取り出して火を点けると、一服するや否や席を立つ。
 慌てて、グリーンは身を隠した。


「‥‥戻ってきたわね」
 再びホールへと姿を現した、ジュリアーニ幹部。
 その姿を認めて、鹿島は小さく言葉を漏らした。
 勤めて冷静に、客観的な姿勢を保って、その様子を監視する。
 男は眠そうな眼でホール会場をぐるりと見回していた。ホールの中でも外でも、護衛は片時も彼の傍を離れていない。男が連絡役か首謀者か。そんな事まではわからないが、その間延びした外見に似合わず、中々用心深いようだった。
 一方でエレノアもまた、戻ってきたマッシモを眺めていた。
(マッシモはん一人の単独行動なんやろか。これだけの事を一人で出来るとは思えへん。まだ内側に親玉が居そうやね、さて、いるとしたら誰やろか)
 ここへ来る前、ホアキンは、エッタにファミリーについて聞いた。
 ヴィンセントが死んだら次は誰か――その質問に少し眉をひそめたエッタだが、次男であるエンツィオ、続いて三男マクシミリアンの可能性が高いと言う。姉は、疾うに既婚者、コッポラ姓に無い。
 ただ同時に、祖父が生きている内は、後継者の決定には祖父の強い意向が介在するだろうとも付け加えていた。
 プレゼンと共に夜は更けていく。
 マッシモにそれ以上の動きは無かった。彼が見せた隙は、本当に一瞬の出来事だった。