●オープニング本文
前回のリプレイを見る●途中経過
椅子に座ったヴィンセントが、葉巻をがじがじと噛んでいる。
「それで、調査の方はどうなんだ?」
「はい‥‥」
マッシモは頷き、前回の調査資料を広げる。
そこには、傭兵達の調べた幹部達の動向が記されている。今のところ、明確な不審点、決定打は無い。コッポラファミリーの幹部達がピリピリしているのは確かだが、シロともクロとも言い難い状態だった。
ただ――
「そら見ろ、グイードの野郎は違うって言ったろうに」
葉巻に火を点けながら、マッシモの方へ向き直るヴィンセント。
「しかし、嘘をついている可能性も」
「馬鹿言うな。傭兵の報告によりゃ、奴は内偵だとは気付いてなかったじゃねぇか。もちろん、気付いたからこそああいう言い方をしたのかもしれんけどな。なァ、マッシモ?」
「‥‥」
ヴィンセントの言葉に黙るマッシモ。
もちろん、ヴィンセントはグイードの事を信頼しているが、謀略とは笑顔の裏でこそ張り巡らせるものだという事実も知っている。そして同時に、グイードほどでは無いにせよ、他の二人に対してもそれなりの信頼を寄せているのだ。
「‥‥傭兵達にはもう少し調査させろ。調査報告は俺が直接聞く」
「なっ!? そ、それは危険です! いや、傭兵の中には容疑者も‥‥」
慌てて身を乗り出すマッシモ。
「元、だろうに。いいから一度ここへ来させろ。良いな?」
ヴィンセントから強い口調で告げられれば、マッシモは黙るしかなかった。
渋々承諾し、会釈して退席していくマッシモ。部屋の外には、ヴィンセントの弟であるエンツォが待っていた。キレのある男だ。エンツォとマッシモは互いに会釈してすれ違い、マッシモは屋敷の玄関へ、エンツォはヴィンセントの部屋へと歩いていった。
護衛の部下たちが、厳しく辺りを見張っている。
何せ、暗殺騒ぎが二度だ。
他ファミリーとの抗争もあるし、バグアからの手が伸びてきていないとも限らない。警戒を厳しくするには、こした事が無かった。
●汝は人狼なりや?
「ちくしょうめ〜」
酒を呷り、エミールが不満そうな顔を見せた。
「何で俺が疑われなあかんねん。こちとら配置換えも知らされてなかったってぇの!」
おかわり! と突き出すジョッキに黒ビールが並々と注がれる。
酢昆布をバリバリと齧って、エミールは足を組み、頬杖をつく。
確かに不満はあるのだが、コッポラファミリー――つまるところマッシモから廻ってくる依頼は金払いも良く、中々美味しい仕事だ。そうそうやめるつもりも無い。
「‥‥とりあえず、調査続行せなしゃーないか」
彼はひとりごち、おかわりのビールをぐっと呷った。
前回の調査によって得た情報も多い。それらを活用すれば本人達にも接触したり、より深い情報を探る事だって可能だ。そう、誰がクロで、誰がシロなのか。
誰が人狼なのかを、だ。
●リプレイ本文
人を疑うのは嫌な事だ――如月・由梨(
ga1805)は、生真面目だ。
疑うより、信じる事を好む人間だった。
彼女が今『疑って』いるのは、ドラグーティン。尾行はぎりぎりで可能な距離を保ち、時折見失いかけた事もあるが、今のところ順調だった。
普段の純和風な出で立ちを隠す為、ワンピースを着込み、顔や髪型もメイクセットで普段の雰囲気を払拭してある。
「‥‥」
遠めにちらりと見やると、何やら、新聞を買い、そのまま売店で話し込んでいる。
その視線を、脇へとそらした。その視線の先に立っているのは、ファーザー・ロンベルト(
ga9140)だ。
ドラグーティンが歩き去った後、会話していた店へと向かい、新聞を買った後、にっこり笑いかけた。
「そういえば、最近ホテルで襲撃事件等もありましたね」
「おっ、あれか。あれは実はな‥‥」
マフィアの抗争らしいぜ、と今更な事を耳打ちしてくる店主。
「暴力で物事を解決しようとは、何とも罪深い‥‥」
ロンベルトは、今巡回神父の格好をしていた。傍目にも敬虔な神父に見え、彼を警戒する者は殆ど居ない。ただ、当初は少し躓きもした。セルビアの住民は殆ど正教徒だ。カトリックとは険悪と言う訳ではないが、やはり違う宗派だったからだ。
「けどな神父さん、噂じゃあ仕掛けたのはジュリアーニって話さ。あそこはやりたい放題で、評判が悪いんだ。マフィアは嫌いだが、ジュリアーニに比べりゃシュトゥリッチの旦那の方がマシだね」
「おや、それはそれは‥‥」
「おっと、神父様に聞かせるような話じゃなかったか」
しまったな、という顔で口に手をやる店主。
「いえ、構いませんよ」
ロンベルトは小さく会釈をして、その場を離れようとした。
「あぁ、神父様、これを持って行ってくれ」
「‥‥どうもありがとう御座います」
笑顔でクッキーを一袋渡され、ロンベルトは苦笑しつつも、改めて深く会釈してその場を離れた。
(詳しい事は知らないようですね)
ドラグーティンには家族が居る。
ロンベルトは、彼、及び彼の家族の行動範囲を調べ、知人等から何か情報を得ようと苦心したが、クロに繋がる情報は無かった。また、近年は合法路線を選択して経済マフィア化しているというのだから、ヴィンセントの暗殺に加担した、とは考え辛いかもしれなかった。
「あちらの方角は、確か‥‥」
尾行していた由梨は、ふと気付いて遠くを見やる。
そう、襲撃のあったホテルだ。ドラグーティンがそちらに向かう可能性が高いと見た由梨は、尾行対象である彼を追い越し、手鏡で後方の様子を窺った。
「やはりホテルへ向かうようですね」
ホテルへは、香原 唯(
ga0401)が顔を出している。
幸い、唯は面が割れていない筈だ。由梨は先んじてホテルへ足を踏み入れ、顔を合わせてしまわぬよう、そのままエントランスの隅に着席した。
そんな彼女の様子に気付いて、唯がウィンクを投げかける。由梨は眼で頷き、静かにサングラスをかけた。
ボーイが飲み物を手に、唯の前へ現れる。
「ありがとう御座います。ねぇ、私こういうものなんですが‥‥」
スッと名刺を差し出す。
ボーイが不思議そうに受け取ると、そこにはゴシップ雑誌の誌名等が記されていた。
「このホテルにコッポラ氏がお泊りになったとか、本当ですか?」
「えっ? いやぁ、その件はちょっと‥‥」
「独身でイケメンな資産家って言えば、マダム達が騒ぎそうと思いません?」
困ったようなボーイを前に、にこにこと笑顔を向ける唯。
辺りをきょろきょろと見回して、参ったな、といった表情で顔を近づけたボーイは、テーブルを拭く真似をしつつ、小さく口を開いた。
「記者さんなら、事件は知ってるだろ? うちの従業員‥‥新人のメイドだったかな? とにかく、うちの従業員にも犯人が居たんだから」
ひそひそと喋るボーイは、ドラグーティンが正面の自動ドアーから現れたのを見、更に言葉を続けた。
「ほら、あの髭の人。マフィアか何かじゃないかって噂だけど、その資産家さんはあの人の知り合いとか言う話で、予約が入ったのは一週間前頃だったかな。特別丁重にってオーナーからキツく言われて‥‥あれ?」
ふと、ボーイが首を傾げる。
「おかしいな。メイドが来たのは二週間前だったと思うけど‥‥ま。どちらにしても、あんま関わらない方が良いと思うよ」
唯の差し出したチップを受け取り、俺が喋ったのは秘密にしてくれ、と告げて、ボーイは席を離れていった。その他、襲撃犯の遺体は警察が引き取ったらしいが、身元は殆どが不明であり、調査が済み次第無縁墓地に葬られる予定との事だった。
●老人
グイードの行動は、すぐに洗い出すことができた。
「では、その日は市議会議員の葬儀へ?」
隣に座った帽子の男へと、綾野 断真(
ga6621)が問い掛ける。
「ではその時に接触した方は‥‥」
「そう来るだろうと思ってな。ほら、名簿だ」
机の下。紙袋を足で寄せる情報屋。
今回、調べものを頼むにあたり、彼等はグイードやコッポラの息がかかっていない者を探した。仮にも組織のお膝元、完全に無関係、という情報屋はそう見つかるものではないが、幸い、特別懇意にしてはいない者を見つけられた。
足元の紙袋へと視線を落とす断真。
後々この名簿を調べてみると、確かにグイードによる記帳が確認された。また、他の記帳者も一通りチェックしてみたが、不審な者は見当たらなかった。
「助かりました。料金はこちらに‥‥」
周囲に視線が無いのを確認してから、札束を取り出す。
「‥‥何だ、多いな?」
「口止め料というやつです。解りますね?」
「あぁ、俺ぁ信用第一でな」
ギッと椅子をならし、情報屋が軽食屋を後にする。
それと入れ替わるように、レールズ(
ga5293)とエミールが姿と現した。レールズは万一の襲撃に備えて警戒していたのだ。
「この名簿を調べて、あとは拡大路線への反対理由を探る予定です」
断真の言葉にレールズが頷く。
長い接触は周囲に関係を悟られる。表立った行動はレールズが請け負うと申し出たので、その点だけを軽く打ち合わせし、断真はさっそく行動に移った。彼を見送り、カウンターに座るレールズとエミール。
「そういえば、前回は余計なまねをしてしまって、すみませんでした」
彼の言う余計な事とは、エミールをちょっとおどかした例の一件だ。
「いやはや、もう少しで俺の首が飛んでましたよ。さすがは筋金入りのレジスタンスですね」
「んにゃ、それ以前に、アンタが本気やったら俺は後ろから撃ち殺されてるがな」
二人は苦笑して、互いに顔を見合わせた。
お詫びにワインを奢る、というレールズの申し出にエミールは、なら今回の軽食はレールズ持ちでと提案し、レールズは再び苦笑を浮かべた。
「人と人との戦争、ねぇ‥‥?」
バーに足を運んだレールズと断真の言葉に、マスターは首を傾げた。
「セルビアだかであった襲撃の犯人が誰なのかは知らないけど、この町はコッポラ系の天下だからねぇ。そんな町で戦争をおっぱじめる組織があるとは思えないな」
店内に他の人影は無い。
結論から言ってしまえば、特に目新しい情報は得られなかった。
グイードが拡大に反対していた理由は、彼が極めて古いタイプのマフィアである事に起因していた。彼は地縁や血縁を最重視する古典派の男で、イタリアの地縁から切り離されるバルカン半島への進出はリスクが大きく、取り込まれた外様、新参が信用ならないと漏らしているらしかった。
(‥‥やはりシロ、でしょうか?)
断真はふと、顎に手をやって考え込んだ。
思い込みは視野狭窄を招く。だが彼は、以前話した時のグイードに、裏切り者のそれを感じなかったのだ。そしてそれは、より一層強化されるばかりだった。
●女の武器
時を同じくして、エンヴィルの調査にあたるカルマ・シュタット(
ga6302)も、首を傾いでいた。
(これで三人目か‥‥)
エンヴィルの自宅近くに陣取り、カルマは黙々と来客者の確認を行った。
家の周囲には、武器を携帯していると思しき男たちが常にたむろしており、門のところで一々来客者をチェックしている。
来客者をリストアップしては彼等の素性を洗うというやり方だ。盗聴器の設置は許可されたが、良い手段を思いつかなかった事もあり、リスキーなので実施していない。とはいえ、ここ数日張り込んでいてジュリアーニ関係者の来訪も無い。
「ん‥‥?」
ふと気付いて、彼は眼を向けた。
今日幾度も見た車が、エンヴィルの自宅を過ぎ去って行く。それは、彼と同じく、エンヴィルの自宅を窺っているようにも見えた。今は、彼等が調査を行っている。コッポラの関係者という事は無いだろう。
彼は車がこちらに来ると気付き、サッと隠れた。
であれば、ジュリアーニか。
もっとも、監視が警察等の政府系の組織という可能性もありえる。
車だけでは判断できないが、もしジュリアーニの手の者であれば、ジュリアーニとの関係は残っていないだろう。関係が残っていれば、こんな風に監視する筈が無いからだ。
(こればかりは、現段階で判断する訳にはいかないか)
一方、風代 律子(
ga7966)は、昨日連絡を確保したエンヴィルの部下、ブランを呼び出し、バーへと歩いていた。今日もチャイナドレスを中心に衣服を纏めて、大人の女性を演出している。ただ、靴にだけは少々場違いな雰囲気も残ってしまっているが。
「やぁ、突然だな」
「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃって」
「良いって事さ。それより良い店を知ってる」
近くのバーに入った彼と共に食事を愉しむ傍ら、律子は、彼が仕事を匂わせれば話を引き出し、聞けば褒め、喜べば笑顔で応じるといった調子で、相変わらずブランはすぐにデレデレと相好を崩す。
「それにしても、ジュリアーニファミリーって、とっても危険な家なんでしょ? そんな怖いところと手を切るなんて、貴方のボスって勇気のある人なのね」
大丈夫なの、と心配そうに顔を覗き込まれ、幹部はニヤリと笑みを浮かべた。
「俺のボスはもっと怖いのさ。この前も、ジュリアーニの送り込んできた鉄砲玉を始末して、冷凍便で送りつけてやったりな」
「まぁ、怖いわ‥‥」
「怖がるなよ、悪かった悪かった」
幹部は、彼女が怖いわと答えたそれを笑い飛ばしてみせる事で、自身の勇気を誇示しているようにも見えた。コッポラとはうまくいってるのか、と問い掛けられても、平気平気と笑い飛ばしている。
「コッポラは古くセエし何かとうるさいが、うちのボスは利益にならねえ事はやらねえ主義さ。金以上に重要な利益があるって事だろうさ」
「ボスを信頼してるのね?」
「ま、俺らが何を言ったって無駄って事、だな」
律子は、ブランの返すどんな言葉に対しても、まずは褒めた。女の褒め言葉は男の虚栄心をどこまでもくすぐるもの。強力過ぎる事を思えば、包括的な条約で禁止しても良いぐらいだ。
むろん、バーの払いも、経費を落とすまでも無くブランが持った。
「無茶はしないでね、生き残る事こそが一番素敵なのだから‥‥」
その頬に軽くキスをして、その夜は別れた。
コッポラへの不満について黙っておいてやる心積もりなのは、騙している事への僅かばかりの罪悪感から、なのかもしれなかった。
●エレノア
マッシモは、親父の代からの古参さ。俺が物心付いた頃から幹部だった――とは、ヴィンセントの言葉。
エレノア・ハーベスト(
ga8856)はマッシモについての不審点を調べる為、予めヴィンセントに幾つかの点で確認をとっておいた。マッシモに対する内偵許可、内偵についての緘口令――ヴァ・ベーネ。OK、解った。
レールズの口ぞえも、あった。
『本当にその人の事を信じられるのなら、全力で疑っても、決して白い駒が黒い駒になる事は無いと、俺はそう思います』
『それは、そうだろうがな』
彼女はまず、マッシモ行きつけの店をリストアップし、それらを廻って足で情報を稼ぐ事にしたのだ。
「‥‥これで10件め。やっぱり、少し疲れますなぁ」
ふうと小さく溜息をつき、彼女は店の中へ足を踏み入れた。
店は何の変哲も無い食堂で、中はガラガラだった。
「よう、いらっしゃい」
太った店主がグラスに水を注ぎ、エレノアはコーヒーを一杯注文した。
やがて本題のマッシモについて問いかけると、店主はギョッとした表情で彼女を見たが、過去に出会った人間について聞きたいだけだと知ると、幾らか警戒心を解いた。
「それで、見かけん人と会うていたとか‥‥」
言葉を濁し、小声で唸る店主。
「ちょっと思いだせんなぁ」
「そうですか‥‥」
残念そうに眼を伏せたところで、彼女はハッと気付いた。
そうだった。前回、断真がモンタージュを作成していたではないか――その事実を思い出した彼女は、手荷物の中からその時作成されたモンタージュを差し出す。店主はまじまじとそれを眺めた後、何かを思い出したように手を打った。
「その男なら見た覚えがある。いや、ロッセリーニさんと話してたかまでは思い出せないが、この店に顔を出しているのは確かだ‥‥あ、えぇと‥‥」
言っておいてから、店主は、何かマズイ事に巻き込まれたのではないかと、表情を青褪めさせた。
●報告
葉巻を口にヴィンセントは傭兵達を出迎えた。ただし、律子は顔を出しておらず、調査内容は伝言を頼んである。
「やはり、ただの資産家では無かったのですね」
由梨が静かに問えば、ヴィンセントは悪かったな、と笑って見せた。
「ま、遅かれ早かれバレるとは思っていたが、傭兵の実力を知りたくて、それで君らを雇ったのさ。最初は、な」
そう、それが予想外の銃撃戦に突入し、今は、黒幕が誰かを探らねばならぬ状況にまで発展している。
「ところで、ヴィンセント様から見て、お金を儲けるならバグア側に付くのは賢いやり方だと思いますか?」
唯が、ふと問い掛ける。
その質問にヴィンセントはきょとんとした顔を向けた。聞かれるまでも無い、といったところなのだろう。
「ありえん事さ。金は好きだが、俺はそれ以上にバグアが嫌いでな?」
やれやれ、と言った感じで椅子へ腰掛けるヴィンセント。
「ぶっちゃけて聞きますけど、マッシモはんとは上手い事いってます?」
「そのつもりだったんだがな」
エレノアの質問に、ヴィンセントは頷いた。
「懐が広いことは個人的には好きです。ですけど、一つのファミリーのボスとしては少し開きすぎではないですか?」
カルマの指摘に、ヴィンセントは煙を吐いた。
古参の幹部から内通を疑われる人間を出したのだ。確かに、彼の言うとおり、新しい人間であれば余計に警戒も必要となりそうだ。
「‥‥他に内通者に心当たりはありませんか? 幹部だけではなく、例えば‥‥身内とか」
「ま、家族とは仲良くやってるさ。エッタにはちょっと嫌われてるかもしれん、けどな?」
苦笑するその眼元は、笑っていなかった。