タイトル:【GF】Dont Bother noneマスター:御神楽

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/15 22:51

●オープニング本文


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●ヴェネツィアにて
 ヴィンセント・コッポラが、ばつの悪そうな顔で酒を呷っていた。
 煌々と太陽が照りつけるプールサイド、彼の隣には白髪の老人が椅子に沈んでいる。
「なぁ、親父よう」
「どうも私は、結婚式より先に死神から声が掛かりそうだな」
 ヴィンセントのその言葉に、親父と呼ばれた老人がじろりと目をむける。その表情はといえば、拗ねたような駄々をこねるような、いかにも恨みがましそうな顔つきだった。
「嫁を連れてこなかったのは謝る。だが仕方ないだろう、暗殺騒ぎが二回もあったんだぜ?」
 やれやれと言った感じで頭を抱えるヴィンセント。
「それで、内通者は割れたのかね?」
「‥‥今調査中さ」
 その言葉に、老人はちらりと目を向け、オレンジジュースをその手にとる。
「なぁ、ヴィンセントよ。私はおまえに期待してる。だから、基本的にはおまえのやり方に口を挟むつもりは無いんだが‥‥」
「何を言いたいんだよ」
「まぁ待て。口を挟むつもりは無いが、私は、おまえの葬式には出席したくないんだ」
「‥‥」
 ヴィンセントが、ぐっと押し黙る。
「内通者は近しい者の中にいるぞ」
 答えぬヴィンセントを横に、それ以上言葉を続けぬ老人。
 曖昧な表現ではあったが、幹部を疑え――そう言っているのだと、ヴィンセントは判断した。
「おじいちゃーん、ボールとってー!」
 プールの中から小さな男の子が顔を出し、手を振った。
 その様子ににっこりと微笑むと、老人は億劫そうにボールへ手を伸ばす。孫を可愛がるただの好々爺にしか見えないこの老人こそ、一代でコッポラ家を築き上げた男、アルフレッド・コッポラだった。
「あぁ、いいよ親父。俺が投げよう」
 アルフレッドは、既に心臓をやられている。それで、長男のヴィンセントに後を譲り、隠居したのだ。そんな彼からビーチボールを受け取り、力の限り投げたヴィンセントだったが、ボールは明後日の方向へと飛び、床をバウンドする。
「おじさん、ヘタクソだぁ!」
「何だとマイケル! もっぺん言って見ろこらあ!」


●内部調査
 ヴィンセント・コッポラを前に、一人の男が難しい表情をしている。
 男はマッシモ・ロッセリーニ。傭兵達へ指示を出している、コッポラ・ファミリーの中で最も重要な幹部の一人だ。
「こいつらを洗え」
 そのマッシモの表情が沈んでいる理由は明白だ。
 二度の襲撃を手引きした容疑者の中に、幹部連中を加えるからだ。
「この三人‥‥ですか?」
「そうだ」
 嫌疑を掛けられているは、エンヴィル・イノニュ、ドラグーティン・シュトゥリッチ、グイード・グラツィアーニーの三名だ。
 エンヴィルはトルコ系マケドニア人。コッポラファミリーの中では最も新参の外様だ。28歳という若さで同国に拠点を構えるこの男は、元ジュリアーニ・ファミリーの一員。コッポラと敵対する同ファミリーを裏切り、コッポラへ参じた。ただ、コッポラへの参入後、麻薬の取り扱い等について度々意見が衝突もしている。
 ドラグーティンはセルビア出身で、コッポラにもジュリアーニにも属さず、独立して一家を構えていた男だ。しかし、コッポラ・ファミリーの圧力に抗し切れず、傘下に加わった。つまり、エンヴィルと同様、彼も外様である。彼等の拠点は先の暗殺騒ぎが起こったベオグラードであり、襲撃されたホテルには彼の資本も参入している。
 最後に、グイードであるが、彼は二人とは違い、コッポラ・ファミリー創立時からの最古参で、メッシーナを預かっている。だが、ヴィンセントが推し進めているファミリーの拡大路線には露骨に反対の意を表明しており、ヴィンセントとは意見の対立が続いている。ヴィンセントはまさかと一笑に付したが、実際がどうなのかわからないのも事実だ。
 全員、ヴィンセントの旅行の事は知っていた。
 うちドラグーティンとグイードの二人は宿泊ホテルや人員の配置をある程度把握しており、エンヴィルは詳細こそ知らないものの、麻薬についての相談がてら、市内でヴィンセントと食事をとっている。
「さてと‥‥諸君を直接呼んだ理由は解るか?」
 三人についての顔写真等を手渡した後、マッシモは並んだ傭兵達を見渡した。
「エミール・ブレゴビッチ――彼にも、嫌疑が掛けられている」
 大きく溜息をついて、マッシモは椅子にもたれかかった。
「他に、事前に警備状況を知っていたのは、彼ぐらいなものだ。もちろん、実際の襲撃は配置換えの合間を狙って行われたものだが、疑うには十分過ぎる。調査には彼も同行させるが、その挙動には十分注意を払ってくれたまえ」
 そう言って立ち上がるマッシモ。
「エミールには、これから連絡する。彼への伝え方で何か要望があれば、承ろう」
 そうして窓へ振り返ると、傭兵達からの要望を聞いたうえで、依頼は以上だと告げ、傭兵たちを退席させた。

●参加者一覧

フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
ジーン・SB(ga8197
13歳・♀・EP
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
神父ロンベルト(ga9140
32歳・♂・CA

●リプレイ本文

●エンヴィル・イノニュ
 マッシモから聞き出したエンヴィルの本拠は、マケドニア首都スコピエ。
 フェブ・ル・アール(ga0655)とジーン・SB(ga8197)はそれぞれ、各地の酒場等を廻って脚で情報を稼いでいた。
「私も大概堅気じゃないけど、しかし、こいつはちょいとハードだね。気を引き締めていこうか」
「ふっふっふ。しかし、私は情報収集においてもエキスパートだ‥‥とはいえ、確かに中々難題だな」
 フェブの言葉に頷くジーン。二人は歓楽街にある程度目星をつけ、手分けしての聞き込みを始めた。
 フェブが向かったのはジャズバー。非合法薬物を捌いているのはここだ、とマッシモから教えられた。カウンター席でそれとなくマスターに問いかけると、一人でボックス席を占領している男を、その尖った顎で指し示した。
「この席、良いかしら」
 勧められた席に腰掛け、身分は明かさず、買い物に来たと伝えるフェブ。
「悪いけど、今売り切れだ。ブツが上から廻ってこねえんだ」
「へぇ、おかしいじゃない? どうして?」
「‥‥お前さん、ブン屋か何かか?」
「ま、そんなトコね」
 辺りをちらりと見回し、男は手を差し出した。迷うことなく紙幣を置くフェブ。男が手を引っ込めずに居るのでもう一枚置いてやると、男は満足そうに引っ込めた。
 男はその金で新しくワインを注文し、二人分を注ぐ。
「俺もケチな下っ端だからな。詳しい事は知らないぜ。とりあえず、聞いた話じゃ、コッポラファミリーはヤクの売買に良い顔をしてねえって話だろ。その関係でエンヴィルの旦那も商売を控えてるって話しだ。そうさな‥‥前に比べると、流れてくるのは半分以下になってんじゃねえかな」
「そんなので商売になるの?」
「まぁ、殆ど独占商売だしな。ただ最近は、女子供に売るなとか、色々とうるさくて仕方ねえよ。まぁコッポラに鞍替えしたから‥‥おっと、これぐらいにしとこう。俺の事は黙っといてくれよ、ブン屋さん?」
 ワインをくっとあおり、立ち上がるフェブ。
「解ってるわ。あなたみたいな小物をわざわざ売ったりなんてしないわよ」
「有難いね」
 互いに苦笑を投げかけて、フェブは店を後にした。

 一方のジーン。聞き込みに際してジーンは、お人形さんのような可愛らしい服装へと着替えた。
「ふ。私は人畜無害さに於いてもエキスパートだ」
 ヴィンセントのお気に入り‥‥という触れ込みこそ使う訳にはいかなかったが、彼女の雰囲気はまさしくお人形のようで、自身曰く、自分の見た目は傭兵をやっている事にこそ違和感を感じるというもの。
 ただ――問題が、ひとつ。
「エンヴィル・イノニュ?」
「んむ」
 カウンター席に手を掛け、鷹揚に頷いてみせるジーン。
 グラスを煽っていた酔っ払いの女性は、にっこりと笑ってジーンの頭を撫で回した。
「全く、誰かしらねぇ。こんな小さい子を、こんな時間にお使いさせるなんて」
「ちっ、違うぞ! 私は‥‥」
 そう、きちんと相手にされないのだ。
「エンヴィルさんか? 怖いぞ〜?」
「まったくの流れ者からのし上がった男だしなぁ」
「マスター、この子迷子か何か?」
 次から次に声を掛け、あれやかれやと聞いてみても、傍目には、彼女は10代も前半。特に酔っ払って上機嫌な人間を狙った事もあって、真面目な会話と思って貰えないのだ。
「うぅ‥‥」
 エキスパートらしからぬミス(?)もあり、彼女の情報収集は中々上手く運ばなかった。
「上手くいっていないようね」
 5件目のバーを出た所で声を掛けられ、ジーンは振り返った。風代 律子(ga7966)がそこに立っていた。彼女の服装も、ジーンらと同じく、普段と違う。とはいっても、お人形さんのような可愛らしい服装ではなく、チャイナドレス主体で大人っぽい。
「そちらはどうだった?」
「上々ね」
 ピッと差し出したのは一枚のメモ。
 そこにはブラン・グルエフスキーの名前。エンヴィル配下の幹部で、さっきまで彼女と同じホテルに居た。寝た訳ではない。じゃんじゃん呑ませて潰してから部屋を出たのだ。
 彼女は、ジーンと同じくバー等で幹部の姿を探していた。
『ご一緒しても宜しいかしら?』
 特に不忠という噂のある男ではなかったが、せっかくの獲物。彼女は、少数でカウンター席に座っていた幹部に声を掛けた。彼もまた若く、やや迂闊な所があった。マフィアの事を話題に出したりしつつ様子を探り、あくまで褒める方向で話す彼女を相手に、その幹部は我慢できなくなったのだろう。自分はそのエンヴィルの幹部だと耳打ちする。
 すかさず大袈裟に驚き、自尊心をくすぐる律子を前に、幹部はすっかり気分を良くした。
 そしてとんとん拍子に会話は進み、後はホテルで酒を飲んで帰ってきたという訳だ。出る前に頬にキスマークは残しておいた。連絡先もゲット済み。会おうと思えば不自由はしないだろう。
「エンヴィルの配下は‥‥少なくとも彼の場合は、特にこれといった不満は抱いて無いみたいね。しいて言えば‥‥」
 気になった一言が、あった。
 ホテルでも酒を煽り続けて酔いもだいぶ回った頃だ。幹部が溜息交じりに、軽く不満を口にした。
『何でコッポラに鞍替えしたんだか‥‥ジュリアーニについてた頃の方が待遇が良かったんだがなぁ。ま、うちのボスは切れ者だ。何か考えがあっての事だろーけどさぁ』
「部下が不満に感じても、それでもあえて鞍替えした、という事なのか‥‥」
 ジーンの問いかけに、律子は静かに頷いた。


●ドラグーティン・シュトゥリッチ
「ヴィンセントはんには会えまへんでしたね‥‥」
 はふ、と溜息をつくエレノア・ハーベスト(ga8856)。
 如月・由梨(ga1805)やファーザー・ロンベルト(ga9140)、そしてエレノアの三人が額を付き合わせる。
「ただの資産家、という訳では無さそうですね‥‥」
 ぽつりと呟く由梨。
 当初から変だとは思っていたが、内々に調査を依頼する等、今回の件で疑惑はかなり決定的になった。おそらくは表に公に出来ぬ立場にいるのだろう。もちろん、依頼に応じた以上、依頼を完遂するつもりではあるが。


 調査の基本は足で稼ぐ。
 エレノアはエンヴィル調査班と同じように、ベオグラード市内のバーや水商売の通り等へ足を運び、ドラグーティンの人柄を聞きまわった。こう言ってしまえば簡単な事だが、実際にはかなり大変だ。
 さりげなく、当たり障り無くそういった事を聞き出すには、チャンスを待たねばならない。
 あちこちの店を廻ってその調子なのだから、当然の事ながらお金を喰う。経費と認められなければ嫌になっただろう。
「ドラグーティンさんねぇ‥‥あ、あのヒゲの人かな?」
 夏の日差しの中、カフェテラスでくつろいでいた女の子達がヒソヒソと言葉をかわす。
「あの人、結構乱暴だよね。ま、明るくて面白いし、金払いは良いけど」
「まぁ、この辺のこういった仕事は、殆ど全部に一枚噛んでるって噂はあるけど、実際のところはどうなのか‥‥」
「でも確かに、何の仕事してるかってよく解らないよね。秘密主義なのかしら?」
 色々と聞きまわるエレノア。
「う〜ん、やっぱり素人同然ですしなぁ‥‥うちらでどこまで調べられるのか‥‥」
 気になった事をメモしつつ、昼夜を問わず彼女は歩き回った。


 ドラグーティンがどこに現れるかは、だいたいの時間帯をマッシモから聞き出しておいた。
 それでも正確な日付が解るものではなかったが、その時間帯については、エレノアがゲットしている。そういった店には当然の事ながらドラグーティンが足を運んでいる訳で、さり気なく店長から話を聞きだしてしまえば、後はこちらのものだった。
 怪しまれぬよう、由梨はドラグーティンに前後してレストランへと向かった。
 聞き出したのはエレノアで、実際にレストランを訪れたのは由梨。エレノアの情報を元にして、長時間その場で待機せず、彼を食事に誘う事ができる。
「お一人ですか?」
 にこりと笑みを見せ、声を掛ける由梨。
「ん? お嬢さんもお一人で?」
 振り向いた肩幅の広い大男は、顔の右半分に大きな傷を持っていた。
 眉の辺りからもみあげの辺りまで、一直線に走った大きな傷跡だ。が、目元こそ険しいものの、その表情は、意外と人懐っこさも感じさせる笑顔だった。一方、服装や服飾品、これらの類は傍目に見ても高級品。景気は、悪くないらしい。
「ですので、良ければご一緒にどうかと‥‥」
「あぁ、悪い事をしたな。今日はこれ、家族サービスという奴でね。すぐに家族が来るんだ」
「そうでしたか‥‥いえ、お邪魔するつもりはありませんから」
 すっと身を引き、元の席へ戻る由梨。
 ややして、子供の声が聞こえてきた。グラスに映る彼の席を見ていると、二人の子供と奥さんが現れ、ドラグーティンと共に楽しそうな声を響かせ始めた。


「申し訳ありません、お待たせしました」
「おや。支配人は、シュトゥリッチ氏と聞いていたのですが‥‥」
 現れたホテル支配人を前に、ロンベルトはやや首を傾げた。
「あぁ、似たようなものですよ。氏は大切な出資者ですからね。それより立ち話も何です。こちらへ‥‥」
 支配人に促され、応接室へ足を進めるロンベルト。
 訪れているホテルは、前回、ヴィンセントを狙って事の起こったホテルだ。彼等は当時の護衛に参加しており、襲撃者達に攻撃を加え、撃退している。当然、彼らの顔を支配人が覚えていない訳も無く。特に警戒する事なく、ロンベルトは迎え入れられた。
「申し訳ありませんでした。我々が油断したばかりに、襲撃を未然に防げず‥‥」
「とんでもありません。死傷者も殆ど無く、感謝しているぐらいです」
 謝罪がてらの会話が進む。
 あの事件の後、ホテルは急いで修繕され、とりあえず通常営業に復帰しているらしい。
 が、そこはやはり部外者だからか、売り上げへの影響といった類の話は、大丈夫ですよ、と営業スマイルで返されてしまう。
「まぁ、VIPを死なせたとあれば、それこそ言い訳できませんからね」
 支配人の言葉の端々からは、ドラグーティンやコッポラと関わってる時点で、ある程度はやむを得ないという考えが窺い知れた。明言された訳ではないが、保険金と、ドラグーティンからの追加出資でホテルは修理された。だから実害はさほどではない、という事らしかった。


●グイード・グラツィアーニー
 残るレールズ(ga5293)と綾野 断真(ga6621)、それにエミールの三名はメッシーナ市、グイードを担当した。マッシモによれば、彼が護衛の件等を知ったのは、前日か、前々日辺りだったという。
 レールズとしてはグイードと会う機会が無いかとマッシモに求めたのだが、それは無理だと断られた。
「裏切り者、ですか‥‥エミールさんも疑う事になるとは」
 前回の襲撃者を見た傭兵達の証言を元に作成したモンタージュ。これを手に、断真はメッシーナに出かけていた。もしかすれば襲撃者との接触可能性もあるからだ。
 小さな食堂から顔を出すグイード。
 老いてなおかくしゃくとしたその男性は、しっかりとした足取りで歩き始めた。数名、護衛が彼の周囲を固めている。
 向かった先は市場。
 車で乗り入れずにぶらぶらと歩く老人は、並ぶ店を冷やかしながら、時折果物等を買い、護衛に持たせて行った。どの店主ともそれなりに面識があるのか、ただ買い物をするだけではない。売り物を手にしながら、彼は店主と歓談をしていったりもする。
 接触した人間のリストを作る予定だった断真だったが、途中で解らなくなってきた。
 相手が多過ぎるのだ。
 グイードが後にした店へ歩み寄り、彼と同じものを手に取る。
 言ってしまえば所詮は市場。たいした高級品を買っていった訳ではないようで、羽振りが良いか否かで言えば、あまり良いようには思えない。
(‥‥バーに入るようですね)
 彼の入った店に続き、足を踏み入れ、そして、彼は動きを止めた。
 木製のドアを開いた途端、彼の眼前には銃口が並んでいた。護衛達が拳銃が引き抜いており、バーの奥ではグイードが椅子に腰掛け、煙管から煙を立ち上らせている。
「‥‥」
「あまり私の身辺を嗅ぎ回らないでくれるかね」
「何時から、ですか?」
 その気になれば、覚醒して逃げ切る事も簡単だ。だが、断真は落ち着き払って背筋を伸ばし、グイードを相手に会話を引き伸ばす。
「市場を出た頃からだ」
 大きく煙を吐くグイード。
「どこの組織の情報屋か知らんが、調査を依頼した奴に伝えておけ。私には隠し事なぞ無い。そういう小手先のやり方は好かんとな」


 エミールは自分の調べてきた情報を確認し、つらつらとメモに書き留めていた。
 ぼんやり、ガジガジとポッキーを齧っていた彼女の背中に、何かの異物が突きつけ、彼女は動きを止めた。
(‥‥不覚だ! クソッ!)
 冷や汗混じりに奥歯をかみ締めるエミール。
「動くな‥‥」
 聞こえてきたのは、レールズの声だった。
「ばれてますよ、内通者さん‥‥」
「なっ‥‥!?」
 驚き、表情を曇らせるエミールは、ぴたりと動きを止めている。対するレールズも動きを止めたまま、じっくりとその反応を窺っていた。ピリピリとした、静電気の通ったような緊張感が場を支配していた。
 ふいに、空気が緩む。
「なんて‥‥」
 銃をおろし掛けたレールズ。
 その瞬間、机に腰掛けていたエミールが飛び上がり、眼を輝かせてレールズへと襲い掛かった。いつの間にか、エミールの手にはナイフが握られていた。片足を軸にターンし、その切っ先がレールズの喉に向かい、辛うじてそれていった。
 壁にナイフが突き刺さり、深々と壁紙を切り裂いていく。
「‥‥ンもぉぉぉお! 危ないじゃんか! やめてよね!」
 冗談、降参‥‥と両手を掲げていたレールズを見て、エミールはへなへなと力を抜いた。
「エミールさんが、私から冗談だと言う前に床を蹴るからですよ」
「なんやそれ! 俺が悪いんかいな!」
 レールズの脛目掛け、つま先を走らせるエミール。
「蹴らないで下さいって」
 先ほどまでの真剣な表情と打って変わって、レールズは冗談交じりに苦笑していた。
 対するエミールはかなり怒っている。顔を真っ赤にして地団太を踏み、きいきい喚いていた。おそらく、冗談云々もさりながら、油断していたとは言え、背後を取られたのが悔しくて堪らないのだろう。
「はぁ‥‥解りましたよ、降参です。あなたにも注意しろって指示でしてね」
「む〜ん‥‥」
 むくれ面のエミールがソファに飛び込み、腕を組み沈む。
「二人とも大丈夫ですか?」
 声の主に、同時に振り返る。
 ホテルのドアを開いて顔を見せたのは、断真だった。
「もうレールズさんが教えてしまったんですね‥‥どうでしょう、エミールさん、一杯奢りましょうか?」
「‥‥‥‥ん。呑む」
 ムスッとしているエミールは唇を尖らせたまま立ち上がる。
 断真の誘いに、二人はホテルを後にした。