●リプレイ本文
●ウィザード隊
基地を発進した彼等は、ポルトガル領内をサラマンカの緯度まで北上、スペインへ侵入した。
「‥‥さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
コックピットで呟く風羽・シン(
ga8190)。
「情報が無ければ対応のしようがありませんからね‥‥必ず持ち帰ってみせないと‥‥」
「薮蛇かもしれんが、行って確かめてみん事には分からんわな」
ヴァシュカ(
ga7064)が応じ、シンは、更に言葉を続けた。
(地中の新型の次は空の新型‥‥しかも、かなりの強敵か)
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)は面を上げ、周囲を見回した。4機はしっかりとフォーメーションを組んで崩さず、スペイン領内へと侵入していく。
「案外、空色に機体をペイントしたら、向こうも気が付かなかったりしてな‥‥うむ、冗談じゃ」
ふと、思い付いた事を口走った。
「いや、悪くないかもな?」
応じて、緋沼 京夜(
ga6138)が笑う。
時刻は日の出。
彼等の前に、太陽が出現した。山肌を抜き、弾けた朝日が、KVの編隊を照らす。
(‥‥眩しいな)
ヴァシュカは眼を細めた。
幾らコックピットの中、パイロットスーツに身を包んでいるとは言え、アルビノにこの光は辛かった。
ちくりとした痛みが、眉間を刺激する。
眩しさのせいかとも思ったが、違う。そういった類のものではない。
「‥‥こちらウィザード3、頭痛がします‥‥」
些細な変化だが、その変化に思い当たる節は、十分だ。
キューブワーム――シンはレーダーサイトを睨むが、乱れ始めている。パイロット達はそれぞれの方角へ視線を走らせた。キューブワーム単体での存在は、罠の可能性がある。離脱せねばならないだろうか――京夜が思案を始めたまさにその時、朝日を背に受けて、機影が空に輝いた。
「こちらウィザード4、いたぞ!」
シンが叫ぶ。
レーダーサイトの乱れが激しくなった。どこから湧いて現れたのか、突如として姿を現した多数のキューブワーム。そして太陽を背にする、正体不明の機影。
「ウィザード1より各機へ、離脱だ!」
正体不明機と呼ぶ必要すら無い。
スペイン戦線の偵察作戦におけるこれまでのパターンを考えれば、敵影の正体に悩む必要など無い。
レッドデビル――ファームライド。
「薮蛇だったか!」
「‥‥あらゆる状況を考えて、動じぬ心の手練れたれ‥‥Sleight of Mind」
誰に告げるとでもなく、呟くヴァシュカ。
急制動を掛けて反転するシンのディアブロ、その後ろ、ヴァシュカ機が太陽を背に、シンの後ろに付いた。何かが輝いた直後、京夜機が爆ぜ、身体を大きく揺さぶる。
「くそッ!」
京夜のディアブロが赤い機体を揺らし、煙幕弾を放つ。
激しく噴き上げられた煙が周囲へと広がっていく。大ダメージを受けたとは言え、初撃には耐え切って見せた。しかも、現れたファームライドは一機‥‥倒せるとは考えていないが、離脱するには十分な時間がある。
相手が一機であれば。
「京夜! 上じゃ!」
藍紗の叫び声に、ハッとなる。
接近するファームライドの真後ろから、もう一機の赤い悪魔が上昇した。直後、空を覆うホーミングミサイルが、京夜の機体を襲う。一瞬の事だった。藍紗が援護に入る隙も無かった。
「おのれっ!」
京夜の背後に付けていた藍紗が、加速を掛けた。
一度は退却に向ったヴァシュカも、撃墜された京夜の救出に向いかける。
「俺に構うな、離脱しろ!」
煙を吹いて地表に向う機影からキャノピーが弾き飛ばされ、椅子ごと機外に放出される。京夜の言葉を無下にする訳にはいかなかった。ぎゅっと唇を噛み、離脱を開始する藍紗とヴァシュカ。
離脱し始めた三機めがけ、接近する二機のファームライド。
「機体性能に驕っておるな?」
相手が人間であればその呼吸を読める筈だ。事実その動きには、ある程度の――癖がある。
「なればその裏を取る!」
無理な機動が藍紗の身体をきしませるも、初撃を、避けた。レーザーは機体を掠って空を熱する。だが、一度だけだった。まるで、回避を見越しているかのように、彼女の機体を光が貫いた。
奴等は二機存在している。しかもそのチームワークは、完璧に等しく。
振り返ったヴァシュカの虹彩に、ファームライドのエンブレムが映った。
ジェミニ――双子座だ。
「少しは時間を稼いだ筈だ‥‥後は他の隊に期待するしかない、な」
シンの独白が、小さく響いた。
●ヴォルシュテッド隊
彼等の隊は、キューブワームとヘルメットワームの混成部隊を素早く殲滅し、先を急いでいた。時折発見された地上レーダーを破壊しつつ進むヴォルシュテッド隊。数分間は、それ以上の事は起こらなかった。
もはや定石となった、キューブワームの出現。
遠方に影が揺らぐ。
「光学迷彩‥‥来ます!」
南部 祐希(
ga4390)が唇を結んだ。
現在位置はサラマンカよりおよそ35km地点。
「‥‥誰も欠けずに、還ってこよう‥‥ね」
反射的に、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)が呟く。
急加速するファームライドは、まるで、待ち構えていたかのようだった。あの性能があれば、僅か四機のKVぐらい簡単に撃破出来るであろうものを、何故か、このタイミングで仕掛けてくる。必ず、キューブワームとのセットだ。
漸 王零(
ga2930)が急制動を掛けて煙幕をばらまく。
「撤退だ! 夜柴!」
「皆‥‥幸運を祈る」
周囲こそキューブワームに囲まれているが、ファームライドとの距離は、およそ3km。夜柴 歩(
ga6172)の岩龍は足が遅い。しかし、これだけの距離があれば、十分逃げ切る時間がある。彼等はそう考えていた。
数秒――僅か数秒だった。
「なっ‥‥!」
しかも、攻撃を加えるだけの余裕を持っていた。
機首が輝くと同時に、祐希のディアブロがエンジンを貫かれ、爆発する。一瞬機体が跳ね、そしてそのまま、くるくると回転する。
二機のファームライドは、明らかに偵察機である歩の岩龍を狙っている。
先頭に並んでいた祐希と王零の二機。祐希が攻撃を受けて王零が無視されたのは、ルート上に居たか否か、その違いだけらしかった。
「‥‥震えるなっ!」
一人、コックピットで歯を鳴らす歩。
震える己を否定し、必死に操縦桿を握る。
だが、岩龍の足では、ファームライドから逃げ切る事など、とうてい叶わない。
あっと言う間にロックオンされ、警告音が鳴り響くよりも早く、多量のホーミングミサイルが吐き出された。脆い岩龍が喰らえば、一たまりも無い。
歩を逃がそうと王零機が加速を掛けるが、間に合わない。
その瞬間、何物かが空を裂いた。
「誰も、欠けさせない‥‥ッ!」
ラシードのワイバーンだった。
「ラシード!?」
歩が顔を上げた時には、ワイバーンがぼろ雑巾のようになって、真っ逆さまに落下していた。
直後、ワイバーンのエンジンが爆発を引起した。
歩の頬を涙が伝う。恐怖か、怒りか、悲しみか、その感情が何であるか、それは本人にしか窺い知れない。そしてそれでも、ファームライドが攻撃の手を休める事は無い。冷たい、冷め切った殺意だ。
レーザーに羽をもがれる岩龍。
だが、続く攻撃は、寸でのところで、阻止された。
王零の、G放電装置だ。辺り一帯を包み込む放電が、ファームライドを巻き込んでいる。
「やったか?」
しかし、動じない。
かすり傷一つ受けたようにも見えない。そしてディアブロを包んだ、爆発。だがそれは、G放電を受けたファームライドからのものではない。祐希を狙っていた筈のファームライドが、突如として反転、彼を狙って来たのだ。
その攻撃は、執拗だ。異常なほどだった。
明らかに、当初狙っていた歩や祐希を放ったらかしにしている。
――それも、攻撃を受けた僚機の為に、だ。
火を吹き上げ、高度を下げていく王零機。
その後方に並ぶ、赤い二機。トドメを刺されるか――そう覚悟した瞬間、祐希が動いた。ブーストを掛け、ファームライドにぶつけるような勢いで機体を割り込ませる。
「やらせない‥‥」
今の祐希に、恐怖は無い。
チキンゲームなら負けはしなかった。
ファームライドは、攻撃のタイミングを失したのだ。
そのまま王零と祐希を追い越すファームライド。二機はそのまま地面へと激突するはめにはなったが、辛うじて、トドメをさされるような事態は回避する事が出来た。
そして――ファームライドはそのまま反転、戦場を離脱して行った。
「見たか?」
「覚えた‥‥」
祐希に肩を貸し、立ち上がる王零。
あの瞬間、二人が見たのは、双子座のエンブレムだけではない。コックピットに見えた影があった。線の細そうな――子供だ。
●スカウト隊
数分後――サラマンカ周辺。
封鎖されていた無線が、開かれる。
「スカウト1、撹乱に入る」
「っ‥‥エンゲージ!」
先行するエミール・ゲイジ(
ga0181)のナイチンゲールに、ファファル(
ga0729)が続く。
前方には多数のキューブワームが浮かんでおり、地上のワームからの火砲が弾幕を張っているが、ヘルメットワーム、そして、ファームライドの姿は見えない。
「目標発見、10時方向だ!」
「確認しました、あそこです!」
ソード(
ga6675)の言葉と同時に、各機にデータが送付される。
「全機にグッドラック、ってところだな!」
データを受け取ると同時に、ダニエル・A・スミス(
ga6406)のワイバーンが、加速を掛けた。
エミールのナイチンゲールが眼前に現れたキューブワームをUK−10AAMで撃墜し、露払いに入る。ソードが示したそこには、荷の山があった。上空に入り、速度を落すダニエル機。それを狙い、地上の対空砲が火を吹いた。
その対空砲が爆発した。ファファルの放った3.2cm高分子レーザー砲が、砲座を貫いたのだ。
「さすがに対空砲火がきついな‥‥」
急旋回に耐え、呟くファファル。
右上へと視線を走らせ、ダニエルのワイバーンを見た。
「‥‥邪魔だ」
AAMが空を舞い、キューブワームを撃墜する。
「時間はかけられないんだよね。早めに潰させてもらうよ」
ソードのディアブロが、機首を翻した。
「敵機、ロック完了。カプロイアミサイル発射します」
K−01小型ホーミングミサイル。芸術的なミサイルの群れが、立ちはだかるキューブワームへと殺到する。
「酷い頭痛だ‥‥たまらないな」
余裕を覗かせながらも、辛そうに声を洩らすエミール。残ったキューブワームを撃ち落して行くが、数が多過ぎた。墜としても墜としてもキリが無い。
「オーケー! ベストショットだ!」
皆が待っていた言葉が、発せられた。
速度を落としていたダニエル機が再度加速を掛け、対空砲の網を突破する。皆が続き、集積所を後にしていく。後は、ここを離脱するだけだった。
「スカウト隊、退却を開始‥‥クッ!」
レーザーが、尾翼を吹き飛ばした。
「レッドデビルか?」
遅れて現れたファームライド。
その機体には、ジェミニのエンブレムがあった。しかしこの時はまだ、奴等が遅れた理由に気付いていない。
「エミールさん、俺が代わります」
ソードが告げた。
「いや、行ってくれ」
小さく、笑う。
偵察役のダニエルを逃がさなければ、作戦が成功とは言えないが、ナイチンゲールの足では、逆に足手まといにもなりかねない。殿で、構わなかった。スカウト隊目掛け、後方から迫るファームライド。その速度は、人類側KVの加速を遥かに上回っている。誰かが殿にならなければ、どうしようもなかった。
「相手は俺が‥‥!」
エミールのナイチンゲールが、即座にハイマニューバを起動した。
煙幕と共に、相手の進行方向上に無理矢理機体を滑り込ませる。それでも機体を避け、突破する片割れ。自身の機体だけで妨害するには、一機が限界だ。それも、自機を犠牲にしてのもの。ハイマニューバを起動しようと、まるで無駄で、一閃の元に撃墜されてしまう。
傭兵達が弱いのではない。
エミールにしても、経験豊富な歴戦の猛者だ。それでもなす術が無かったのだ。
迫るファームライドへ、ファファルのR−01が追いすがる。
「相手をしている暇がないのでな‥‥」
ロックオンし、3.2cm高分子レーザー砲のトリガーに指を掛けたその時。
赤い影が――消えた。
直後、響き渡るロックオンアラートに、火を吹くファファル機。バランスを崩した彼の機体を追い越し、ミサイルが、ダニエルに殺到する。
ダニエルのワイバーンが、ミサイルの群れの隙間を縫い抜ける。
満身創痍で、弾幕を抜けた。
しかし、そんな辛うじての突破さえも、微かな可能性さえも、ファームライドは打ち砕く。
「――シット!」
真横に、ファームライドが並んでいた。
少年か少女かも定かでない子供が、ダニエルに笑みを浮かべた。
●WANNABE
一面が真白だった。
「‥‥ッつ!」
一気に覚醒した脳が身体を起こさせるが、胸の痛みに、動きを止める。身体中に包帯を巻いているのは、ラシードだった。辺りをきょろきょろと見回す。おそらく病院だろう。
ふと、視線を落す。
ベッドの上では、歩が頭を伏せ、寝息を立てていた。
「目が覚めたか?」
病室の出入り口、腕を組んでシンが立っていた。
その言葉に釣られ、参加した皆が顔を出す。皆それぞれ、あちこちを怪我している。
機体と共に帰還できたのは四名。撮影データも失われ、当初の目的から言えば、作戦は失敗だ。
だが、収穫もあった。
まず第一に、幾らデータが失われたとはいえ、傭兵達が直接見てきた情報がある。
状況を積み重ねるだけでも、少なく無い情報を得る事は出来る。
彼等は3方面に分かれてサラマンカへ接近したが、奴等の襲撃には時間差があり、全ての小隊で『ジェミニ』を目撃した。これら一連の襲撃は全て同じ二機という事になる。
その速度から考えても不可解な迎撃の遅れ――補給か、あるいは何か別の理由か、それについては推察するしかないが、少なくとも、ファームライドの持戦能力は限りなく低いと思われた。キューブワームの効果範囲外に追って来ないという事もあるだろうが、それにしても、一歩踏み込めば攻撃を仕掛けられる距離にあったのだ。
二人の子供が、ベンチに腰掛けている。
「ねぇユカ。僕達、ずっと一緒だよね」
「うん、当然だよ、ミカ」
空を見上げるその容姿は、まるで、鏡あわせのようだ。
「邪魔する奴は――」
――殺してやる。
綺麗な唇が、同時に小さく呟く。
陰惨さは無かった。
寄り添う二人は、どこまでも穏やかな表情をしていた。
眼を閉じて互いにもたれかかり、二人肩を寄せあう。重ねられた掌に、絡められた指。夜空には、赤く禍々しい凶星が輝いていた。