●リプレイ本文
来る欧州での大規模な戦闘――これに間に合わせる為、海岸線の試験場に、多くの傭兵が集まった。
「ボクはグラップラーの荒巻 美琴(
ga4863)。宜しくね〜♪」
活発な女性が、笑顔で挨拶する。
「我の名はシリウス・ガーランド。クラスはエクセレンターだ」
「新人で専門的な事の解らへん素人やけど、本日は宜しゅう頼みます」
集まった開発陣、傭兵達の顔合わせの場で、シリウス・ガーランド(
ga5113)やエレノア・ハーベスト(
ga8856)、技術者達も互いに自己紹介をしていった。
「飛行艇キットにSES搭載魚雷、どちらも実用化できれば、かなり応用が利きそうですね」
白銀の髪を揺らし、気楽そうな飄々とした表情で、斑鳩・八雲(
ga8672)が切り出す。
「魚雷は武装として完結しているからまだ良いとして‥‥」
応じたのは白鐘剣一郎(
ga0184)だ。
「このキットが、運用上どういった状況まで想定しているのか教えて貰えるか?」
身を乗り出すようにして、問いかける。
その問いかけに、技術者は図面を広げた。素人目には解らない、様々な計算式や走り書きのある設計図だ。技術者の主張を統合すればこうだ。まず第一に、現在の戦場では、能力者が主力であり、多数の能力者が、傭兵として活躍している。傭兵達の活動範囲は広く、例えば、正規の滑走路が無い地域で戦う事もざらである。かといって、飛行艇を新たに買う余裕も、傭兵達には中々無いだろう。
つまりこの飛行艇キットは、大規模な作戦を展開する正規軍向けというよりは、小規模、ゲリラ的に戦う局面が多い傭兵向けの開発で、乗りなれた現行機を最小限の仕様変更で戦えるように考えられている。
「いずれにせよ今回で問題点を洗い出すしかない、か」
剣一郎が呟く。
一通りの説明を受け、テストは開始された。まずは、飛行艇キットからだ。
●水上の滑走路
「カプロイア‥‥」
ナイトフォーゲルS−01が、水飛沫をあげ、空に舞った。
「イタリアの軍需メーカー。こだわりがある企業としても知られる、だったな」
コックピットで呟くのは、神楽坂・奏(
ga8838)だ。陸ではサングラスに崩したネクタイとやや軽く見られるが、これでも元教師。しか担当科目は現代社会だった。カプロイアがどういう会社であるかは、よく心得ている。
それに、KV操縦の勘を取り戻すためでもある。
久々のフライトなのだ。
一方、空中からの着水テストも、同時進行で実施されている。
「剣一郎さん、いい機会ですから、今回はその操縦をとくと学ばせていただきますよ」
先に着水する剣一郎のKVを、八雲がじっと見据えた。
そして自分も、KVの機首を下げ、かなりの速度で降下、着水を掛ける。既に、着水テストは数回目。計算上可能とされている限界速度に、幾度もアタックしている。
離水や着水に必要な距離は、さほどでも無い。陸上と同じ程度の距離があれば良いとのスペック上の性能は、実機でも十二分に発揮された。
先ほど、奏が無事離水した事からも、これは明らかだ。
「ふーっ」
ヘルメットを外し、頭を振るう鏑木 硯(
ga0280)。
髪の乱れる様から何まで、傍目には可愛らしいが、これでもれきとした男性。横目に、八雲の着水を眺めながら、駆け寄る技術者が声を掛けてきた。
「印象としては、どうでしたか?」
コックピットから身体を乗り出した。
「できれば水中からの攻撃の盾になってくれるくらいの強度があれば、嬉しいんですが‥‥」
どちらかといえば、独り言のように呟く。
テストを掛けたのは波の立っていた海岸近く。やや危険なテストではあったが、水面次第で引っくり返るなんて性能では、戦場で使い物にならない。どの程度の腕があれば着水に対応できるのかも含め、主に、環境に対する柔軟性をテストした。
離着水には、問題は無い。
八雲の実験を眺めていても、かなりの速度で着水しているから、実際、それなりの強度がある事は確かだ。ただ、攻撃に対する盾となるか、と言えば、それはまた別だった。
ふと、頬に冷たい水滴が弾けた。
着水したKVが、そのまま硯の隣へ滑り込んでくる。KVは鯨井昼寝(
ga0488)のナイトフォーゲルF−104・バイパー。昼寝は、先ほどから、休む間もなく離着水を繰り返しており、久々の休憩、といったところ。その熱心さと言えば、遠くから眺めていたモーリスなぞは、昼寝という名前の割に勤勉だなぁ、等と思ったり、思わなかったり。
閑話休題。
「どうでしたか?」
「悪くは無いな。ただ――」
カプロイア社はブランド志向。
十分な安全性と性能が確保できなければ、店頭には並ばない可能性も高い。その事も含め、テスト回数をこなして問題点を洗い出すのは重要だ。鯨井自身は、今回の大規模作戦で、岩龍による水中戦へのサポート体制を構築したいと考えている。岩龍のみが飛行形態を維持するというものだ。
キットと魚雷が完成すれば、安全面と攻撃面での、岩龍の不安が幾らかは解決されるという事になる。
「やはり、飛行時の抵抗にならぬような工夫が必要だな」
剣一郎はキット装着による性能低下を最小限に抑える事や、緊急着水にも耐え得る耐久性など、基本的な要望に加え、パージ機能なども要望している。奏に言わせれば、この辺りについては――ユニット化されているかどうかを別としても――飛行艇の短所であり、どうしても重量、燃料の消費が跳ね上がる。
問題はどの程度まで小型化する事ができるか、という点で、これがクリアされれば、離発着や整備性の向上というような長所と併せ、飛行艇キットにとっての大きなアドバンテージとなる。
相手はカプロイア。中途半端な性能では納得すまい。
となれば、多少価格が張っても良い。基礎的な面での性能の底上げ。飛行艇キットに対する傭兵達の要望は、大筋で取り入れられた。
●そして、雷撃戦
銀河重工のヨーロッパ支部にも、ある程度前例となった情報は伝わっている。
8式短魚雷だ。空母「サラスワティ」に試験的に供与されたもので、ある程度の空対潜戦闘を実現した兵器だ。榊兵衛(
ga0388)自身、その8式短魚雷を利用した事がある。となれば、今度の新型魚雷への期待値が高まるのも当然の事。
性能的にも、完成度の面でも、8式短魚雷を踏襲したものであってほしいとの思いは強い。
「それじゃあ、始めさして貰います」
ぺこりと頭を下げ、エレノアがコックピットに身を沈める。
「こちらこそ、宜しく御願いします」
笑顔で手を振る技術者達。が‥‥。
「殆どまともに飛んだ事あらへんから、不安やわぁ」
「え‥‥?」
ぼそりと呟いた言葉に、一瞬だけ空気が凍った。
それはともかく、KVには飛行艇キットが装着されており、魚雷も搭載済み。テスト内容はボートのように水上を滑ったままの魚雷発射テストだ。技術者達は海中発射や空中投下は想定していたが、この点についてはあまり考えて居なかったらしく、正直意外といった風。
ただ、テスト自体は成功。
特別問題も無く、水上からの発射には成功した。
「よし、発射テストに入るぞ」
ぶっきらぼうに、九条・命(
ga0148)が告げる。
コックピットで操縦桿を握り締め、ナイトフォーゲルR−01を降下、水面へ近づける。
投下スイッチに応じて、静かに魚雷が放され、海中に沈んだ。直進する魚雷。雷跡――つまり、魚雷が推進している痕跡――は殆ど無く、魚雷は静かで、技術屋の睨み付けるモニターにさえ、殆ど反応しない。
やがて、水柱と共に廃船が弾かれた。ぐらりと傾くどころか、廃船はただの小型漁船だ。傾く暇もなく、木っ端微塵に粉砕された。
上空を飛ぶ九条は、眼下にその様子を認めた。
これなら、対潜兵器として十分だ。市販されている魚雷や、あるいは対潜ホーミングミサイルと比べても、十分な性能を誇っている。何よりも眼を見張ったのは、その爆発力だ。SESに対応し、水素を満載した魚雷は圧倒的な破壊力を誇る。
「ふーん、こういう感じになるんだぁ‥‥」
美琴のナイトフォーゲルW−01・テンタクルスが、水素魚雷を振り回す。魚雷搭載状態での運動性には問題が無い。
「ふむ‥‥此処までは悪くないようだな」
自分自身で使い心地を反芻し、シリウスはソナーを確認した。
海中での使い心地に関しては、美琴と同じく、大きな不満は無い。良い感触だ。
「標的があれであれば命中率は‥‥まあこんな物か」
――と、何機かの標的を撃沈した後、荒巻とシリウス、それぞれのテンタクルスが対峙する。
海中での標的はまだ残っている。ただ、シリウスが、より実戦的なテストを希望した。なんなら我が標的役をしてやっても良いぞ――とはシリウスの弁。魚雷からは弾頭が外され、バランスを取る為のバラストを入れてある。
美琴も標的が底をついたら無弾頭でテストを、と考えていたのだから、このテスト自体は歓迎だ。
合図と共に、互いに戦闘機動を開始。
隙を伺いつつ、魚雷が放たれる。微かにソナーが、魚雷の動きを捉える。
互いの放った魚雷はそれぞれの狙いに従って縦横無尽に海中を走り、テンタクルスへ喰いつく。
「無弾頭魚雷といえど、命中した際の衝撃はキツイな‥‥」
シリウスのテンタクルスが、魚雷を避けきれずに大きくよろめく。がりがりと凄い音を立てて、装甲にぶつかった魚雷が逸れていった。
「おっ、とと‥‥!」
美琴機のすぐ脇を、魚雷が駆け抜けていった。
シリウスとは反対に、美琴のテンタクルスはこれを避け、脇を走る魚雷を眺めた。
「うわぁ‥‥当っても爆発しないって解ってても、ちょっと怖いね‥‥」
ぽつりと、洩らす。
『いや、今のは命中らしいな』
通信機から飛び込んでくる、シリウスの言葉。どういう事かと首を傾げると、機材の数値を読み上げる。つまり近接信管が作動し、魚雷は真横で爆発したのだ。火薬が無いから爆発しなかっただけで、本来なら二人ともお陀仏、相撃ちだった。
その事を考えても、この魚雷の性能は十分。
ただ問題は――装弾数だ。
一発一発が十分な威力を誇るとはいえ、装弾数が一本では心もとない。
魚雷については、主に開発を急ぐべき、との意見と性能を優先してほしいとの意見、それぞれが提出された。ただ、装弾数の増加については、最低3発前後は必要、といった方向で意見が一致している。
重量にもよるが、装弾数は多ければ多い程良い。それが、前線で実際に戦う彼等傭兵の総意だった。
●布石
テスト終了の後、傭兵達がテントの下に集まる。
強面の傭兵達を前に、技術者達が唾を呑む。
ざっと見ただけでも、新提案された技術やシステムは様々。
「魚雷は、確か銀河重工製だな。ハヤブサ改良に関する依頼で挙がった案だが、翼面超伝導流体摩擦装置を魚雷に応用出来ないだろうか?」
剣一郎が口火を切ったのは、魚雷への翼面超伝導流体摩擦装置の応用だ。
これは却下となった。
性能的には一定の成果が見られるだろうが、海中での動作性能の問題もあるし、使い捨てである魚雷にこのシステムを搭載する事のコスト的な問題が大き過ぎる。
「問題は、とにかく装弾数です。俺としては、このままでは厳しいと思います」
硯がスペックを指して述べる。
これについては兵衛も完全に同意見だ。超えるべき基準として、8式短魚雷を具体例に挙げている。
それに付け加えて彼が望むのは、アスロックとしてのシステム化だ。
KVとしての航空投下の為には、非常に有用であるし、技術者達も検討していた。この辺りのユニット化に関する提案は、シリウスからもなされている。問題は魚雷のサイズで、現行のものをそのままアスロックとするのは、やや難しそうだ。だが、検討の余地はある。
「水中専用機を多く揃える事が難しい現状では空対潜兵器の充実こそが求められている。難しいと思うが是非良い兵器を開発して欲しい」
他、飛行艇キットに関して出された意見は、パージ機能だ。
これについては、若干の改良さえ加えれば問題なく搭載できる。他にも収納機能や、エレノアからは人型への変形機能を阻害しない事が提案されたが、これは流石に無理だった。汎用的にKVへ装着できるものを目指している以上、機種ごとにシステムが異なる変形に対応させるのは、物理的限界がある。
「相談だがそのフロートやボードを、試作型でもいいんで次の大作戦で貸してくれないか?」
「我々としては、むしろ先行量産型を納入したいぐらいです」
技術者は意気込みを見せた。実際にどのタイミングで出荷できるかは解らないものの、意気込みだけは十分そうだった。
「他には、何か‥‥?」
技術者が辺りを見回す。
問いかけに応じて、一人が手を挙げた。美琴だ。
「お姉ちゃんのアニメコレクションで、水中用のレーザーみたいな兵器が出てきたよ。フォノンメーザーていうんだけど、これの実用化は当分先なのかな?」
アニメコレクションと聞き、カプロイア社の技術者が困惑する一方、俄然乗り気なのは銀河重工。そうか、ゾックか! ――と膝を叩く。ワクワク顔でメモを取る。ジークジオンとか叫び出す。収拾が付かない。つけられる訳が無い。
「ところで――」
割り込むように、八雲が身を乗り出した。
「SESを搭載した機雷は開発できないものでしょうか?」
もし可能であれば、海上封鎖や牽制等、利用の幅は広い筈、だけども、返答は却下だった。SESの原理上、能力者と離れて放置する武器は有効な性能を発揮できない。驚くような解決策、発想の転換が無い限り、検討は難しかった。爆雷のようなシステムが限界だろう。
「素人のうちがいうんもなんやけど‥‥サーフィンみたいに、人型状態で脚部にボードを装備して水上を奔る様なん出来へんやろか?」
おだやかな言葉ながらも、エレノアは、かなり突飛な提案をした。
とはいえ、自身でそう言った様に、彼女は素人。所々詰まりつつ、考えながらの提案だ。これに、奏も賛意を示す。フォノンメーザーとは違い、今度は逆にカプロイア社が食いついた。今回テストされた飛行艇キットも上々な結果を出した以上、ある程度の技術的自信もある。水圧兵器や盾としての機能など、実際にどこまで可能かはさておき、興味を引いた事は確かだ。
おそらく、飛行艇はパージ機能や細部の微調整を加えて戦場でのテストを実施する事になるだろう。魚雷については、弾数と性能の両立に課題が残るものの、機能分化等を計る事で、投入を急ぐ事も可能だ。
一通りのテスト結果、感想、提案を受け取り、開発陣は引揚げていく。
大規模作戦は間近に迫っている。