●リプレイ本文
「ウォルター先生、どうも」
ぱっと手を掲げるヨグ=ニグラス(
gb1949)。
「やぁ、君達か」
「で、ちゃんと単位にはなるでんすよね?」
シルバーラッシュ(
gb1998)がニッと口元を釣り上げ、兵舎を眺めた。
「安心したまえ。時間辺りで実技に出席した事になる」
「よっし、なら文句は無え!」
手を打ち合わせ、兵舎の方角を眺めた。
よくよく眼をこらせば、彼等能力者には、時折小さな虫が飛ぶのが見える。おそらく、それがキメラだろう。
「あの兵舎近くに居るって訳だな」
「じゃ、先生、今日は宜しく頼むぜ」
既にAUKVを着込んだアレックス(
gb3735)が後に続き、同様に兵舎を眺めた。
本当なら先生に顔を覚えてもらおう、とも考えていたのだが、残念ながら彼はAUKVを(殆ど)脱がない。もっとも、彼のAUKVには特徴的なペイントがなされているのだが。
「んと‥‥手負いですけど、拓那兄様も呼ぶですっ」
受話器を取り出したヨグが、手早く電話をかけた。
『はいもしもし、新じょ』
「‥‥来い」
一方的に回線を切るヨグ。
慌ててかけ直しては居たが、一瞬、地だったように感じられるのは気のせいだろうか。
●はた迷惑な蜂
顔から双眼鏡を離し、新条 拓那(
ga1294)は顔をしかめた。
「巣はあそこかぁ‥‥」
「付近住民――は居ないにせよ、これは素早く排除せねば」
口元に手をやる鯨井レム(
gb2666)。手にした双眼鏡を覗き込み、遠目に巣を見やる。
「それじゃあ、俺は一度巣に行って来る」
鮫島 流(
gb1867)が立ち上がった。
束ねられた薪をぶら下げ、その手にはジッポライター。
「待って下さい、蜂型キメラは小型とはいえ、侮れませんよ」
「ん?」
声を掛けたのは辰巳 空(
ga4698)だ。続けて、鯨井が鮫島を見やる。
「スズメバチは獰猛で攻撃的だ。それに、アレはキメラだ。おそらく、接近を察知したら攻撃してくるだろう」
「それだけではありません。集団で暮らす生物はえてして‥‥例えば、普段は温厚な蜜蜂であっても突如攻撃に転じたりするものです」
網を肩に担ぎ、辰巳が周囲の兵舎を見回した。
とにかく、キメラが攻撃的である以上、逆を言えば、そう簡単には逃亡する筈が無い。例え一部が逃亡しようとも、こうして周囲を網で囲っておけば、幾らかは時間が稼げる筈だった。
「よし! じゃ、網張りから始めるか!」
一升瓶をどかりと床に置く御巫 ハル(
gb2178)が、立ち上がり、早速網を持ち上げる。幸い、基地という事もあり、この程度の資材は簡単に手に入った。
「蜂って言ったら蜂蜜! キメラの蜂蜜ってどんな味なのかな〜?」
テンションも高く、ノリノリで仕事に取り掛かるハル。
その点は鮫島も一緒だ。やはり、蜂といえば蜂蜜、という事らしかった。
「‥‥ふむ?」
彼等の様子に、辰巳はふと首を傾げた。
●蜂退治
壁の隙間から、巣の方角をこっそりと見やる五條 朱鳥(
gb2964)。
「あんなのに住み着かれたんじゃ、おちおち寝てもいられねーな」
窓の中からは兵士達が事の成り行きを眺めている。武器があればともかく、生身のままでは如何ともし難い。
彼等は風下から、建物と建物の間等に網を張って廻った。距離もあり、今のところ、蜂がこちらに気付いた様子は無い。
「はた迷惑な蜂を更に迷惑にしてくれて‥‥本調子ならすぐにでも蹴散らしてやるのに」
いたた、と痛みに顔をしかめる新條。シャツの胸元に、ちらりと包帯が見えた。
トランシーバーから聞こえる、網を張り終えたとの言葉。
その言葉に、皆がそれぞれの武器を手にとる。
「よし、アレス、先手必勝で行くぜ!」
七ツ夜 龍哉(
gb3424)が長弓を構え、遠目に巣を睨む。
「行け、七つ夜!」
龍哉を背にミカエルをローラーダッシュさせれば、その勢いそのままに、龍哉が肩を蹴る。一気に距離を詰めての、弾頭矢による先制。
木々の隙間で、数匹の蜂が巻き上げられる。
「インテーク開放、ランス『エクスプロード』、イグニッション!」
後に続けと飛び出すアレックス。
「まっさきに飛び出る後衛があるかよ!」
シルバーラッシュのリンドヴルムが走る。
彼はその手にイリアスとレイシールドを握り、大騒ぎを始めた蜂の只中に突っ込んでいった。敵を恐れるのはアホだが、侮るのはもっとアホだ、とは彼自身の言葉。蜂のタックルを盾で防ぎつつ、弾かれた蜂目掛け、逆手に持った剣を振るう。
「おい、毒針に気をつけろっ」
イグニートで蜂を薙ぎ払い、朱鳥は大声を張り上げた。
彼女の目の前では、既にシルバーラッシュとアレックスが次々と蜂を叩き落している。そんな彼等を取り囲もうと、四方から蜂が接近しつつあったのだ。
「毒針ぃ? ンなもん、AUKVがありゃ大丈夫だろ」
「違うっ、関節部だ!」
「あ? 関せ‥‥いってぇ!?」
激痛に、武器を取り落とすシルバーラッシュ。
「チッ、アホってのは俺の事かよ‥‥」
侮るのはアホだ。その言葉をまさか自分自身に言う羽目になるとは考えていなかった。
動きが鈍ったと見て、嵩にかかって殺到する蜂。慌てて、朱鳥が前へと出る。
「んなろーっ!」
「後退して!」
朱鳥と新條がそれぞれ火炎瓶を取り出し、投げつける。ごうと炎が広がる。準備しておいた即席の火炎瓶だ。キメラを焼き殺す程の威力は無いものの、大きな炎に怯み、キメラの勢いが殺がれていく。
同時に朱鳥が、竜の翼を発動してシルバーラッシュをひき戻す。
「すまねぇ、助かったぜ」
「大丈夫かい?」
駆け寄る新條が救急セットを取り出す。蜂の警戒範囲から一度後退し、応急措置だけでもしておく為だ。
同様にじりじりと後退し、アレックスが槍を掲げる。
竜の瞳を用いたその攻撃は、攻め寄せる蜂を正確に仕留めた。
「関節からやれるなんてな」
「相手が小さ過ぎる、という事か‥‥」
鯨井は手首の関節部分をじっと見詰め、ミカエルのバイザーを下す。そのまま、盾を前面に押し立てて突出し、引きつける様に派手に動き回る。
「俺らにとったら、関節も何も無いけどなぁ!」
続けて前進するハル。
「頼むぜっ、暴風雨!」
握り締めた片手斧を敵目掛けて振るえば、窓を震わす程の轟音が当たりに響き渡った。ハリケーンの鳴らすその音に怯むキメラ。所詮は虫レベルの知能だ。威嚇と攻撃の正確な判別ができるものではない。
怯んだキメラ目掛けて広がる散弾。
辰巳のショットガンだ。
群体で動き回る敵に対しては、彼の武器や、拓那の超機械のような武器が有効なのは言うまでも無い。
「一気に縫い付けてやる!」
龍哉が長弓を掲げると、弦がキリキリと音を立てる。
瞬天速での接近。至近距離、蜂が一列に並んだと見た瞬間に、彼は矢を放つ。しかし――放たれた矢は一匹を巻き込むだけで、壁へと突き立った。
蜂の全長は数センチ。
ただでさえ小さなキメラを相手に串刺しを狙うのは流石に無理があった。むしろ、それを狙えば、その分手数が減りかねない。減る手数以上に敵を仕留められるかと考えると、流石に難しいところだった。
そうこうするうちに、逆に懐へ回りこまれ、顎目掛けて強烈な体当たりをくらわされた。
「チィ!」
「危ないのです!」
再度龍哉を狙った蜂が、僅かな放電と共に焼き切れる。
ヨグの手にするバトルハタキが、近くを飛び回っていた蜂を一気に追い払ったのだ。
距離をとったヨグが、弓に弾頭矢を宛がう。鈍い音と共に弾頭が炸裂して、低空を飛ぶ蜂が巻き上げられた。
その煙の中からわっと現れる蜂。
迫る蜂を、辰巳がショットガンで吹き飛ばす。
一々始末した数を数えている訳ではないが、これだけ始末してもまだ現れる。
「やはり、数が多い‥‥!」
「キッチリ数減らすしかねーか?」
シルバーラッシュのリンドヴルム頭部から、スパークが迸る。竜の瞳によって正確となった攻撃が、しつこく接近する蜂へ正確な攻撃を加える。
そうして途切れた突撃の隙を突き、一歩を踏み出して、ハルはハリケーンを振り回した。
「だが、減ってる! 一気に押し切るぞ」
「当然だ」
皆へと呼びかければ、鯨井が力強く応えた。
極力こちらのダメージを減らす為にも、余計な時間を掛ける訳にはいかない。後衛から離れ過ぎない範囲で、彼等は蜂の群れを圧迫した。
数匹が塊となって迫る。
「むっ!」
鯨井の掲げたシールドに鈍い振動が響いた。
シールドに防がれて動きの鈍ったところへ、鮫島のシエルクラインが叩き込まれた。次々と潰され、地面に落ちる蜂の群れ。
「いっくぞぉ! 蜂蜜は俺らのもんだ!」
カートリッジを替えながら辺りを見回す、彼の赤い瞳。
銀色に変わった長髪を揺らし、更に前進して、蜂全体の動きを窺った。キメラの動きはこれまで通り攻撃的なものであるが、こちらが押しかかるようになってから、何かが違う。
「何だ?」
「そろそろ巣をやろう!」
超機械を掲げる新条。
巣のサイズは1メートルにも満たない。中のキメラごと巣を焼ききるつもりだった。
「待って、あれを見てください!」
巣の中から、一際大きな蜂とその取り巻きが姿を現した。それらの一群はこちらに対して攻撃を仕掛けず、じりじりと距離を取って飛び立とうとする。その動きに合わせ、そのほかの蜂が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「まさか女王蜂か? 逃がしゃしねぇぞ!」
「行け、アレス!」
女王蜂を眼で追うアレックス。龍哉や鮫島らが射撃でその動きを支援する中、龍の翼で女王蜂へと一気に接近する。
「燃え尽きろ! フレイム・ストライクッ!!」
盛大な掛け声と共に一撃。
スキルを重ねたエクスプロードの一撃が、女王蜂に接触すると同時に炎を吹いた。一回り大型とはいえ、所詮は小型キメラ。女王蜂はその一撃でバラバラに砕け散り、四肢は一瞬で燃え尽きた。
●キラービー始末記
その後、女王蜂を失った蜂の群れは、完全に混乱した。
一丸となって攻撃を仕掛けてくる訳でも一斉に逃げ出す訳でもなく、散発的な攻撃に終始し、そうなっては、彼等傭兵の敵ではなかった。
彼等はあらかたの蜂を始末し終えると、巣を叩き落した。
「これで一安心、ですね」
辰巳の言葉に、皆が頷く。
「よし、ご苦労。まずは負傷者を運び出すとするか」
姿を現したウォルターが、待機させていたジープを呼び出す。負傷した兵士はそれに乗せられ、軍病院の方角へと運ばれて行った。
「よしっ! 伯爵センセー、これだけ頑張ったんだし、今までの未提出課題とかも‥‥」
「ん? ハハハ、提出を待っているよ」
「やっぱしダメですか、そうだよね‥‥」
そんなところへ、ヨグがちょこちょこ歩いて来る。
「んと、先生、もう解散しても良いんでしょうか?」
構わないと告げられて、ヨグは新条のもとへと駆け寄った。
「拓那兄様、行くですよ。学校を案内するです!」
「ありがとう、しかし大きい学校だね」
兵舎から学校の方角を眺める拓那。ふと、もしかして変形してロボットに‥‥なんて想像が頭を過ぎった程だ。おそらく、そんな事は無いだろうが。
「んじゃ、俺はここら一帯を見回っとくか」
武器を手に立ち上がるシルバーラッシュだが、生憎ドクターストップ。
先程さされている以上、治療がある。もっとも、授業をサボれるという点ではまぁ悪くはない。見回り自体であれば、一般の兵士にも可能だろう。
そして――
「ふっふっふ、これが楽しみで来たんだよなぁ」
鼻歌交じりの鮫島が、片手斧を取り出し、巣に迫る。
叩き落された時に少し形を崩したが、おそらく問題は無い。
「焦らさないで、早く開きなってば」
わくわくとした表情で巣を覗き込むハル。
「まぁそう慌てなさんな‥‥っと!」
瓶を準備し、さくりと半分に割った。半分になった蜂の巣の断面からはとろりと蜂蜜が流れ出す――筈。だったのだが。
「‥‥」
「‥‥」
巣を覗き込む二人が固まった。
中には蜂蜜なんぞ無く、幼虫がボトボトと落ちてくるだけ。
「‥‥あぁ、がっかりだ」
頬に手をやり、やれやれと首を振るうハル。蜂蜜が無かっただけではない。これから、この幼虫を始末する仕事が始まるのだ。何とも気分が塞ぐ。
「ぬがーあ! おのれぇー!」
兵舎に、鮫島の涙混じりの雄叫びが響き渡った。