タイトル:ロケットダイブに庭弄りマスター:御神楽

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 11 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/21 23:03

●オープニング本文


●朝飯前?
 何だかんだと言いながら引越しの終わった学生寮。
 とはいえ、まだまだ、学生寮の生活は万事問題無しとは言えぬ。
「やぁ、これは酷い‥‥」
 庭を眺め、先生が思わず呟いた。
 私の言った通りだろう、とふんぞり返るのは高貴なニート。
「これは由々しき事態であろう?」
 以前、引越しの際、ウォルターはここで紅茶を飲んでいたが、今や庭の状態は悪化に悪化を重ね、その時の比ではなくなっている。雑草の背丈なんて1m越えもざらで、小学生前後の生徒では、歩くだけで顔を草に叩かれてしまうだろう。
「管理部がぽつぽつ動き出したとは言え、まだまだ権限や予算も少ない。ここは一つ、生徒の無償労働という形で手入れをさせるべきではないかね?」
「‥‥何で無償労働なんですか?」
 怪訝そうな顔をし、首を傾げる先生。
 それはそうだ。業者に頼んでしまえば綺麗に刈り取ってくれる筈だ。それを、何でわざわざ、と。
「いや何、その料金の何割かでも、生徒達の為に使ってやるべきだ」
「むむっ‥‥」
 道理といえば、道理と言えなくも無い。
 同じ生徒の生活に使うなら、こういう簡単な事は生徒の自助努力、パーティーだ兵舎の改造だと、そういう事にお金を使った方が良い気もしてくる。
 ‥‥何だか言いくるめられてる気もするが、気のせいだ。多分。


 さて、改めて庭を見回してみる。
 庭は大きく仕切って二箇所。寮の周囲と、男女寮に挟まれた中庭。
 周囲の庭は、要するに廊下や大部屋から見える位置にある為、寮周辺の景観の問題になってくる。また、夏や冬に備え、それなりに木々も並んでいる。
 一方の中庭は、寮の一階、各自の部屋から直接繋がっているし、何より空間的に『内』にある。他と比べてももっと密着した生活の場になる事相違ない――が、その割にはえらく殺風景で、本当に、まさしく文字通り雑草が庭の主状態だった。
 しかも雑草が多いのだから、当然――

 がさがさ。わしゃわしゃ。

 何かがうごめいてる。雑草もこんだけ生えていれば多少虫が住んでいてもおかしくないが、どうも虫とかそういうレベルの大きさではない。
 あるいは研究部から逃げ出した実験動物は居るかもしれないが、逃げ出したという報告も無い以上、おそらく野良だろう。あるいは野生化してしまったか‥‥と思ったら、妙に筋肉質で濃ゆい顔のニワトリが頭を出した。実験動物決定。
『庭の草むしりを実施します』
 かくして、校内掲示板に張り紙が出された。
 参加は自由意志で、お小遣いの類は出ない。ついでに庭の整備についての意見も受け付けるし、何なら勝手にやっても良いとのお達しだ。
「ふうむ‥‥」
 募集要項を眺め、ウォルターは首を傾げた。
 これで構わぬ気もするが、いささか寂しい。何より下々の者は利が無いと動かぬものだ――だなんて、『下々の者』と呼ばれる側としてはムカつく事を考えたウォルターは、しかし、ならばと文章を追加した。
『お昼の弁当と飲料、お菓子が支給されます』
 一筆加え、満足そうに頷くウォルター。
「うむ。ハンバーグ弁当が良かろうな。子供はハンバーグに弱い」
 子供なめとんのか、おどれは。

●参加者一覧

/ ネオリーフ(ga6261) / 鮫島 流(gb1867) / 御門 砕斗(gb1876) / ミク・ノイズ(gb1955) / シルバーラッシュ(gb1998) / 紫藤 望(gb2057) / 芝樋ノ爪 水夏(gb2060) / 鯨井レム(gb2666) / 斑鳩・南雲(gb2816) / 水無月 霧香(gb3438) / エリザ(gb3560

●リプレイ本文

「酷いよなぁ、これは」
 辺りを見回して、ミク・ノイズ(gb1955)は思わず溜息をついた。
「‥‥どっかの河川敷か、此処は」
「確かに、改めて見れば酷い状態ですね」
 やれやれと顔をしかめる御門 砕斗(gb1876)。
 二人の言葉に、芝樋ノ爪 水夏(gb2060)が頷いた。彼女は校章のはいったジャージに身体を通していたが、彼女のみならず、殆どの参加者は汚れても大丈夫な服装で中庭に集まっている。
 もっとも、斑鳩・南雲(gb2816)が着ているのは割烹着だ。
 彼女自身としては、洋装の学園服に割烹着を重ねるのはどうなのかと思わなくもないが、これはこれでアリだろう。
「よぉし、打ち上げで騒ぐ為‥‥じゃなくて、快適な寮生活の為にガンバッテ行こー!!」
 拳を握り上げ、紫藤 望(gb2057)は中庭の草を掻き分け始めた。
「しょーがねえ、少しばかり働くとするか!」
「ま、やることはやるさね。」
 鮫島 流(gb1867)やミクも身体を軽く動かしつつ、中庭に向かった。
「あぁ、少し待って下さい」
 さっそく雑草をと身を屈めていた幾人かは、水夏の制止に面を上げる。
「草むしりをするのでしたら、班を分けてある程度分担を決めた方が早いと思いまして」
「ふむ、それはそうかもしれないな」
 腕まくりをしていた鯨井レム(gb2666)が、小さく頷く。
 他に反対意見も無く、水夏は早速おおまかに人数を割り振り、それぞれ違う方向から草むしりを始めるよう分担を宛がった。庭は広いが、この人数で分担すれば手早く終える事だって可能だ。
「皆で頑張って、綺麗にしましょうね」
 皆は頷き、改めて草むしりに取り掛かった。


●コケコッコ強襲!
「‥‥改めて見てみると、荒れ放題って感じだねー」
 草の根をぐっと掴む南雲。
 がさがさと草が揺れて、ひょいと奥を覗き込んだ。
「なんだか人を化かす狐か狸でも出そうだよっ」
「うん? そんな事は無いと思うがな‥‥」
 そうして首を傾げて、ふいに草むらの中央へ眼をやると、草の中から紫藤が顔を出した。何故そんな中央にと二人が不思議そうに眺めれば、突然、彼女は覚醒した。爆発的にオーラが放出されると同時に斧を握り締め、足を軸にぐるりと回転する。
 カンヴィクションアックスが雑草をなぎ倒し、ぐるりと一回転した彼女は、そのまま覚醒を解いた。
「何をしてるんだ?」
 呆れたといった様子で、砕斗は眉間に手をやる。
「雑草刈りといえば回転切りって決まってるよー!」
「そういうのはきちんと周囲へ言ってからやって下さい! 危ないですっ」
 眼鏡を揺らしながら、水夏が草むらに飛び込む。
「えへへー、ごめんなさい」
 誤魔化し笑いを見せる紫藤を前にして、水夏は生真面目そうに、何故そういう事をしてはならないか懇切丁寧に諭していた。
「でも大丈夫、もうやらないよ、今のでなんだか満足しちゃった」
「約束して下さいね?」
 彼女は紫藤に指を突きつける。
 紫藤はこくこくと頷いた。
「うーん‥‥わたくしは武器を野良道具に使う事自体、気が引けてしまいますわ」
「そうなのですか?」
「えぇ、一本一本抜くしかありませんわ」
 エリザ(gb3560)としては、斧を鍬代わりに‥‥と思いもしたのだが、先程彼女自身が言ったように、野良道具として使うのには気が引けたのだ。そしておそらく、というか結果的に、彼女の判断は正しかった。
 何故なら、耕した年はスッキリするのだが、そのやり方では、耕された土中に種がばら撒かれ、雑草を育てるのと同じ事になってしまう。非常に危険なのだ。
「そうです、たとえ腰が疲れようとこうして‥‥」
 黙々と雑草を引き抜いていくエリザ。
 がさり、と音がして、彼女ははたと顔をあげた。
「‥‥あ」
 鶏と眼があった。
 両者の間に緊張が走る。
 出会いたくないものに、出会ってしまった。くどい顔をした鶏が一歩を踏み出し、エリザは思わず後ずさった。すぐ隣を見回すと、同じ班になったシルバーラッシュが面倒臭そうに雑草を引き抜いたところだ。
「皆様、例の鶏が出‥‥」
『クケーッ!』
「って、やめて下さいまし!」
 羽根を広げ、続けざま地を蹴る鶏。その強襲をひらりとかわして、エリザは身構えた。
「おうっ、鶏が出たのか!?」
 雑草をがさがさと掻き分け、鮫島が顔を出す。
「出ましたわ! ですから早‥‥何でこちらに来るんですのーっ!?」
 エリザの言葉に反応して、鶏は再び地を蹴る。
 みなぎる筋肉を宙に浮かせ、蹴りを繰り出した。
「砕斗! そっちから追い込んでくれ!」
「やれやれ。仕方ないな‥‥」
 嫌々ながらも、砕斗は鶏へ駆け寄った。エリザは追い払おうと腕を振るうが、鶏は中々に素早く、その腕をひらりと避け、更にはカウンターまで狙ってくる。顔面への突きを紙一重でかわすエリザ。
 彼女の目の前を、鶏の濃ゆい顔が過ぎ去っていった。
「何なんですのこの鶏! キモイですわ!」
「おとなしくしなさい、逃げ道はありませんよ!」
 着地した鶏目掛け、水夏が手を伸ばす。
 あと少しで首に届くというところで、鶏は手元をすり抜けていった。
「そっちに行きました!」
 しまったと手を握りしめる水夏。
「任せとけ!」
 鶏側面に回り込み、鮫島は鶏目掛けて飛び掛る。
 ハッと驚く鶏の胴体を、彼の腕がむんずと抱きかかえた。
「まず一匹!」
「油断すんな、もう一匹いるぜ」
 シルバーラッシュが激しく揺れる雑草を指差し、飛び出してくるところを狙い、待ち構える。雑草の海を突破し、二匹目の鶏が現れた。彼は、地を駆けるその鶏を捕まえんと飛び掛った。
 直撃コースだった。だが、鶏は素早く地を一蹴りしたかと思うと、そのまま飛び上がって彼の背を踏み、更に高く舞い上がった。
「げっ、俺を踏み台に!?」
 その鶏の着地先に、砕斗が立ちはだかる。
「ほれほれ逃げろ逃げろ‥‥」
 威嚇するように鶏ににじりよる砕斗。
「‥‥大群で襲ってきたりしないよな」
 頭の中を過ぎった心配事に、彼はふと気を緩めた。ちょっと古いゲームソフトを思い出して、それで何となく頭の中を過ぎったのだが、鶏はこの隙を見逃さなかった。先ほどまでじりと引き下がっていた鶏は、果敢にも打ち向かってきたのだ。
「くっ、この!」
 砕斗が、何とか掴みかかろうと手を逃す。
「砕斗君、離さないでね!」
「えっ?」
 草むらの中から突然響いた紫藤の言葉に、砕斗は頬を持ち上げた。
 嫌な予感がした。
 そしてこういう場合のそれは、往々にして正しい。
「ドラグーン・チキンキャッチャーッ!」
「なっ!?」
 草むらの中から勢いよく飛び出す紫藤。
 両手を広げて鶏を捕まえんと試みるが、砕斗が待てと制止する暇も無い中、鶏は小さく身を屈めていた。となれば当然、紫藤のタックルは鶏の上を掠め、その後ろの誰かさん目掛けてのものとなる訳で‥‥。
 どすんと、一際鈍い音が響いた。
「‥‥こんなので、死ぬのは洒落に‥‥ならん‥‥」
 砕斗が、ぐらりと倒れ込む。
 がばりと起き上がる紫藤が、きょろりと辺りを見回すと、鶏はまだ元気で、鮫島と壮絶な追いかけっこを繰り広げていた。
「ぬおおお〜っ! まてコラ〜!」
 覚醒し、腰まで伸びた銀髪を盛大に振り乱す鮫島。
「お前等、絶対とっ捕まえて焼き鳥にしたる! 砕斗の仇だぁ!」
 鮫島の怒鳴り声に、何かを思い出した紫藤は、隣でぐったりしている彼を見下ろした。
「‥‥おわぁ!? 砕斗君が大変な事にっ!」
 紫藤自身、犯人が自分だという事は自覚していたが、とりあえず黙っておく事にした。


●休息
「やっ、頑張っとるか〜」
 のんびりとした声に、皆が草むらから顔を出す。みなの視線が集まった先では、着物姿の水無月 霧香(gb3438)が笑顔で手を振っていた。
「甘い蜜と美味しい水の到着やで〜」
 ずっしりと重い手提げカバンを掲げる霧香。
「持ってきたんは、レモンの蜂蜜漬けとスポーツ飲料や。種類多いけど、数少ないから早いもん勝ちやで?」
 カバンの中身は様々だ。
 まず、定番と言えば定番、レモンの蜂蜜漬けに、先程言ったとおりスポーツ飲料。他にも色々入っているが、他は後々のお楽しみだ。
「南雲はん〜、手伝いにきたで〜」
「ありがとっ、本当に助かるよ!」
 ぞろぞろと霧香の元に集まってくる寮生達。
 ただ、幾人かはぐったりと顔色が悪い。というか、むしろ全身泥だらけの草だらけだ。その原因は、詳しく述べるまでも無く、中庭の隅に縄で繋がれた鶏。
「これ‥‥鶏なんか? 顔に何か違和感を感じるんやけど」
「大方実験動物か何かじゃねぇのかな」
 答えるミクが、縄の範囲外から鶏へと眼を向ける。
 視線が合うとじろりと睨まれて、彼女は思わず顔をしかめた。妙に好戦的な鶏だ。
「大変、だったね‥‥大丈夫?」
 心配そうに首を傾げるネオリーフ(ga6261)。もっとも、彼は長身も良いところなので、相手の顔を覗き込む‥‥というようにはいかない。
「下手なキメラより強いんじゃねえか? なあ?」
「え? え、えぇ、そうですわね」
 うんざりとした様子のエリザが慌てて頷いた。
「何だ? 大丈夫か?」
「とっ、当然ですわ! この私がこれくらいの事でへこたれると思いまして!?」
 むむっと口を結ぶ彼女を前に、鮫島は眉を持ち上げ、ネオリーフはきょとんと再度首を傾げた。
「まっ、なら良いんだけどさ」
(実は泣きそうなぐらいへこんでますわ‥‥!)
 長い金髪はひっつき虫だらけで、鶏にはあちこち蹴り飛ばされた。
 しかし、これもノブレス・オブリージュ――高貴なる者の義務――を実践する過程で受ける、避けられざる苦難なのだ‥‥と思えば、他人に涙は見せられない。
「まったく、諸君はだらしがない」
 さて、もう一方の『高貴な何とか』は、やれやれと溜息をついた。
「鶏にここまで翻弄されるとは、情け無いと思わないのかね?」
 眉間に手をやって首を振るウォルターだが、後頭部で束ねた毛は完全にほつれ、胸元は紅茶でびっしょり濡れている。おおかた、鶏から後頭部キックでも貰ったのだろう。ツッコまないであげるのが子供の優しさと言うものだ。
「それはそうと、草むしりはどれぐらい終ったん?」
「ちょうど半分ぐらいですね」
 中庭を眺める霧香の疑問に、レムが答える。
「意外と手早くで進んでますよね。この調子ならお昼過ぎには終るでしょうか?」
 後を継いで、水夏が続ける。
「そうだな。まぁこの人数でも、専用の道具か、牛馬でもいればもっと楽だが‥‥」
「‥‥ん。そういえば、何人かいらっしゃいませんね?」
 砕斗の言葉にふと気付き、水夏が疑問を投げかける。
 有志が集まっている以上まさかサボる事は無いだろうと思っていたが、そのまさかかもしれない‥‥だが、そんな疑問を打ち消すように、レムは首を振った。
「シルバーラッシュなら土木部を廻っているよ」


●Before
「よう、例のブツ、受け取りに来たぜ」
「なんだ、アンタか」
 ガラガラとドアを開くシルバーラッシュを認めて、木工部の生徒はよっこらせと腰を持ち上げた。そのまま縄で結んだ木材を奥から持ち出してきて、シルバーラッシュへと預ける。
「良いか。これは第三木工部のものだからな。先生にはきちんとそう言ってくれよ?」
「あぁ、解ってるって。大工さん木工部だろ?」
「違うって、第三土木部! だいさん!」
 にへらっと笑みを見せたシルバーラッシュに食って掛かり、木工部員が溜息をついた。
「本当に大丈夫なのかなぁ」
「何だ? 嫌なら別に良いんだぜ。別にアンタんところが無理ってんなら、他にも声掛けてるからな」
 交渉は、押し出しでシルバーラッシュの白星だった。
 彼は他にも幾つか土木や工作関係の部を廻っており、事前に話をつけて廻っている。人手こそ確保できなかったものの、皆が庭の手入れに使う道具や材料の類は、殆ど集められた。
 最悪自腹で材料を集める事も考えていただ、どうやら不要らしい。
「まっ、こんなもんかな?」
 そういえば、名称から言って第一木工部や第二木工部もあるんだろうか――彼は改めて材料を抱えると、そんなどうでも良い事を考えつつ寮へと戻って行った。


 ネオリーフがひたすら雑草を抜いていた。
 もう、とにかく黙々と。特に何と言って喋る事もせず、大きな背を丸めて一株抜いたらもう一株、と言った調子で、彼の様子は、見る人次第で真面目にも不思議にも見えたろう。
 火をつけると危ないし、刈るだけではまた伸びてしまう。
 この点については多くの寮生は意見が一致している。先程紫藤が回転斬りを決めていたが、あれはいわばお遊びで、本番では満足してきちんと抜いている。
「んー‥‥」
 同様に、その事を理解しているからこそ、ネオリーフもひたすら雑草を抜いているのだが、その様子は、どことなく楽しそうにも見えた。不思議に思い、エリザが隣から声を掛ける。
「楽しそうですわね?」
「んー? うん、同じ事の繰り返しって、何だか好きなんだ‥‥」
「ふうん?」
 やはり不思議だ、と思いはしたが、全く理解できないではない。
 もっとも、彼女自身は屈んだり起き上がったりが面倒だったし、少し腰痛も感じ始めている。草むしりを再開しても、倣って楽しく‥‥という訳にはいかなかった。
「ねね、この抜いた草もってくよ〜?」
「了解ですわ」
 南雲が詰まれた雑草を回収し、中庭の隅へと寄せていく。
 更には落ち葉等も箒で集めてきて、一山積み上げると、自分のカバンへと駆け寄った。
「ふっふっふ‥‥」
「ん〜? 何するんや?」
 日傘の霧香が着物の裾を揺らし、しずしずと歩み寄る。
「じゃーん!」
 南雲が笑顔と共に取り出したのは、サツマイモ。
 サツマイモといえば当然――
「ろーどーのたいかとして、焼き芋くらいやってもバチはあたらないよね!」
 うきうき気分でサツマイモを抱え、彼女は雑草の山に駆け寄る。
 落ち葉はもちろん、そこへススキ等の比較的乾燥した、萌えやすい草を積み上げていく。
「火は付きそうか?」
 スブロフを手に、南雲に歩み寄る砕斗。
「んー、ちょっと待ってね〜‥‥」
 幾度かカチカチとライターを擦り、ススキの穂へと近付ける南雲。ふわりと炎が広がり、やがて、ちりちりと音を立て始めた。その様子に、皆も作業の手をとめ、遠巻きに焚き火へと歩み寄る。
「これがヤキイモ‥‥ニホンの伝統食ですの?」
 エリザはドイツ生まれ。日本の風習には馴染みが無い。
「まぁ、伝統食って言やあ伝統食かもな」
 腕組みをして、鮫島が答える。
「もう。皆さん、まだ途中ですよ?」
 そんな彼等を見て、生真面目そうに口を尖らせて、水夏は眼鏡に手を当てた。


 庭を遠目に眺めたりしつつ、レムは片眼を閉じる。
 眼を閉じておおよその完成予想図を想像し、目的の場所へと立った。彼女の隣にはレンガの山、そしてたらいに並々と揺れるモルタルがある。
「やはり、ここが最適か」
 おおよそのサイズを確認した彼女はがりがりと土に線を引き、さっそくレンガを手にした。
 当初は簡素な花壇にしようと考えていた彼女だが、本や知人から教わった限り、努力すれば、素人にも凝った花壇を作れる事が解ってきた。となれば、良いものを作りたくなるのは至極当然の事。
 そして何より――
「えーっと、長さがこんなもんだから‥‥」
「ちょっと長いんじゃないか?」
 鋸の音が威勢良く周囲へ響く。
 ――そう、中庭の隅では、シルバーラッシュが日曜大工に勤しんでいた。彼が鋸を引き、木材を押さえているのは鮫島だ。目的は鶏小屋。既に四本目の支柱を整え始める彼を見て、レムは決意を新たにする。管理部の部長として、一般部員に負ける事は許されない。
 たとえそれが、単なる日曜大工であったとしてもだ。
「‥‥よしっ」
 彼女は小さく拳を握り締めると、さっそく土台作りから取り掛かった。


●ハンバーグ弁当
 甲高い笛の音が、辺りに響く。
 何だ何だと皆が顔を上げたころ、霧香が小さく手を掲げた。日傘と和服故の仕草故に、何だか少しおしとやかに見えた。
「みんな〜、お昼の準備はできとるで〜休憩や〜」
 その言葉に、そういえばおなかが減ったなと空を見上げる寮生達。
 見やれば、太陽は真上に昇りきっている。
「梨も切っといたから、好きなように食べや〜?」
「さぁ、諸君。遠慮せず食べたまえ」
 ウォルターの鷹揚な態度に、シルバーラッシュはニッと口を曲げる。
「言われなくても遠慮なく戴くさ」
「そういえば、霧香さんはお弁当どうするの?」
 ヤキイモの火を見ていた南雲がハッとして、心配そうに振り向いた。
「大丈夫、おにぎり握ってきとうよ〜」
 振り返ると、そこに霧香は立っていた。
 隣に腰を下ろし、南雲の分の弁当を手渡す。
「それでものは相談なんやけど、揚げ串を多めに作ってきたんよ、何かと交換はどや?」
「良いよ〜、ハンバーグ食べる?」
 弁当のハンバーグを切り分け、カツ串を受け取る南雲。
 にんまりと笑って、霧香はハンバーグを指差した。
「箸ないんで、食わせてくれへんか?」
「しょうがないな〜、はい、あーん」
「あーん‥‥」
 フォークに刺さったハンバーグを、霧香はぱくりと頬張った。


「‥‥ハンバーグ‥‥フフフ〜♪」
「涎、たれてますよ?」
 水夏に指摘され、思わず口元を拭くネオリーフ。しかしハンバーグ弁当の事を思うと、崩れた様相を立て直す事はできなかった。
 皆、それぞれに食事の挨拶をし、ハンバーグ弁当に手をつける。
 先程涎を拭いていたネオリーフは、当然の事ながらますます様相を崩していた。フォークをハンバーグに突き刺してナイフで切り分けると、その一片をゆっくり口に運んだ。
「あーん‥‥」
 ぱくりと口に含めれば、甘いデミグラスソースの味でどこまでも幸せになれる。
「フフフ〜♪」
 見事なまでの満面の笑みだ。
「まったく、いい歳した男がだらしないぜ」
 そんな彼の様子を見て呟き、鮫島はハンバーグ弁当にがっつく。
 が、かくいう彼もかなり頬が緩んでいる。正確なところは知りようも無いが、しかし、端から見てもハンバーグが好きだという事は一目瞭然だ。それも、頬を緩めてしまうぐらいには。
「そうですわ、わたくし達は住環境を改善するという為に集まったのです。ハンバーグに釣られるなんてさもしいですわっ!」
 ほっこりとした表情でハンバーグをもぐもぐやるエリザ。周囲の視線に気付いてコホンと咳払いしてみせる。何も言わないのが優しさというものだろう。


「ところで先生」
「ん、何かね?」
 椅子に腰掛けていたウォルターが、ミクに呼びかけられて振り向いた。
 まず彼女は、小脇に抱えていた資料を差し出した。
「ふむ‥‥?」
「その資料は、この寮で出る生ゴミと、その処理に必要な諸経費の一覧です」
 資料を受け取り、その紙へと眼を通すウォルター。一通りの確認をしてもらったであろう段階で、ミクは口を開いた。
「機械処理型のコンポスト導入を検討して頂きたい」
 資料には、コンポスト設置に必要な維持費やその管理費、そこから生成される飼料と花壇の維持に必要な資料の比較等が並び、専門業者に頼む事で生じる経費とどちらがより安価か、また、初期投資がどの程度の運用で回収できるのかが記されていた。
 もちろん最後に、レムによる管理部のサインもある。
(まっ、もとより私はそういう立場じゃねーからな)
 ミクとしては、寮に必要な機材の設置である以上、管理は彼女等に任せるのが筋だと思えたし、実績にすれば良いと考えていたからだ。
「なるほど‥‥中々よく調べてある」
 資料をパラパラと捲り、ウォルターは残った紅茶をくっと呷った。
「しかし、対費用効果の面でいえば、自然処理型は更に安価ではないかね?」
「確かに、機械処理型に比べて安価なのですが‥‥処理に日数が掛かるのと、景観への悪影響、なにより臭いが問題になりますので」
 その理由は最もだ。
 ウォルター自身も半ば解っていて、どう答えるか見たかったのだろう。小さく頷くと、資料をカバンの中へ入れた。
「よろしい、では会議にでも掛けて見よう」
「先生、それから‥‥」
 ひょいと顔を出す、南雲と紫藤。
 南雲の差し出したヤキイモが、ちょこんと机に置かれる。
「先生! 今日のバーベキューに、ウォルター先生にも共は‥‥引率のよーな感じで参加して頂きたいです!」
 そう言って南雲が手を挙げれば、続けて紫藤が。
「是非バーベキューの資金を! 皆頑張ったんだから、大人のカッコいい包容力を‥‥ね?」
「はぁ‥‥似合って無いぞ」
 最後は可愛らしく首を傾げても見たのだが、その演技に砕斗が溜息をついた。ぷうとむくれる紫藤だったが、元より、可愛らしいおねだりに転ぶウォルターではない。こうなると、交渉は持久戦の様相を呈してきた。二人して手を変え品を変えウォルターを突きまわし、ウォルターも流石に困ってきたのか、時折欠伸が漏れる。
「英国貴族なら、下々の生徒達の貧しい懐事情も理解しては下さいませんか?」
「‥‥仕方ないな。今回は私の負けとしよう」
「やったね!」
「よっし!」
 南雲と紫藤がパンと掌を打ち合わせる。
 こうして辛うじてバーベキュー資金を確保した彼等であったが、砕斗としては何だか悲しくなってきた。とはいえ懐事情が貧しいのは事実な訳で、どうにも違うと言い切れないのが余計にわびしかった。


●After
 モルタルを塗り、レンガを積む。
 レンガを積み、モルタルを塗る。
 基本はこれの繰り返しだ。交互に段々と重ねてゆき、少しずつかたどって行く。ぐるりと一周すると結構な広さになり、後は腐葉土等を入れて花を植えれば立派な花壇が完成する。
「あとは、モルタルが乾燥するのを待つだけだな」
「お疲れさん。片付けは俺も手伝うぜ」
「ありがとう、助かる」
 鮫島が余ったレンガを一輪車に積み上げていく。
「うん‥‥少し見てくれないか。どうだろう?」
 レムは数歩下がって花壇を眺め、エリザに問い掛けた。
「えぇ、良いと思いますわ。ただ‥‥」
「ただ?」
「噴水やベンチがあると、もっと雰囲気が出るのではないかしら?」
 口元に手をやり、ざっと辺りを見回すエリザ。
「それは難しいだろう。予算が無い」
「それでしたら、石畳に季節の花、バラ園のような庭‥‥いけませんわ、どうもお金が掛かってしまいますわね」
「先生か学校に頼むしか無さそうだね」
「そうみたいですわねぇ‥‥」
 頭の中で、ベンチに腰掛けて優雅にティータイムと洒落込むイメージを想像してはみたものの、ここへ美しい景観を加えるとなると、かなりの費用が必要だ。イメージばかりが先行するもどかしさに、エリザは思わず溜息をついた。
「よう、花壇も終ったのか?」
 二人の後ろから、シルバーラッシュの声が聞こえた。
「小屋はどうだ?」
 振り返りざま、レムが問い掛ける。
「何とかうまくいったぜ」
 親指を立てて白い歯を見せるシルバーラッシュ。彼の顔を見れば、『何が上手くいった』のか一目瞭然だ。あちこちに生傷がある。
「‥‥だが、鶏は気に入ってくれたみたいだな」
 小屋を覗き込むと、鶏はおとなしく座っていた。
 扉を閉じて鍵を落とせば逃げる心配も無いし、板張りと金網で作られた壁は、犬や猫が簡単に突破できるような構造でもない。
「マッスルもここが気に入ったらしいからな、置いておいてやるさ」
「マッスル?」
 聞きなれぬその言葉に、思わずエリザは聞き返す。
「鶏の名前だよ。筋肉質だからマッスル。マッスル一号に、マッスル二号」
「‥‥ますますこの鶏が不気味になって参りましたわね」
 だがともかく、草むしりはほぼ完了し、花壇や鶏小屋も並んで生活空間としての中庭らしくなってきた。先生の反応を見るに、おそらく機械型コンポストも設置されるだろうし、あとは石畳や噴水が聞き入れられるかどうかだ。
「ふむ。こうして皆で何かひとつの事をやるというのも、悪くはないな」
 綺麗に整備された庭を見渡し、レムは一人ごちた。


「それでは、庭弄りの完了を祝して、カンパーイ!」
 紫動が元気良く杯を掲げる。
 皆が、それに続いて杯を掲げた。
 庭は綺麗さっぱりとし、苦労して働いた彼等はまずはシャワーを浴びて身体の汚れを落とし、その間にバーベキューの準備を整えた。
「バーベキューも‥‥楽しみだったんだ」
 相変わらずニコニコとした笑顔で、ネオリーフが串を手に取る。
「良いですか皆さん、あまり強くは言いませんが、近所迷惑だけは気をつけて下さいね?」
 眼鏡を直してにっこりと微笑む水夏。
 そんな調子で始まったバーベキューだが、皆、今まで働いて疲れているせいか、特に驚くべきアクシデントも無く、のんびりと串を焼く時間が続いた。
「サイトくんも、今日は手伝ってくれてありがとねー」
「おかげで助かったぜ」
 紫藤や鮫島から感謝の意を告げられるが、砕斗自身はどうにも納得いかないのか、疲れた表情でジュースを喉に流し込んでいた。
「ふう、まったく、こうやって引っ張り出されても正直困るんだがな‥‥?」
「‥‥」
 紫藤からの返事が無く、砕斗は片眉を持ち上げる。
 聞こえてるのかと問いかけようとしたその時、ふわりと紫藤がもたれ掛かってきた。
「どうした?」
「‥‥ま、偶には悪くは無いか」
 鮫島の問い掛けに、砕斗は思わず苦笑する。
 隣では、紫藤がうつらうつらと寝息を立てていた。