タイトル:【入学式】カリヨンの誓いマスター:御神楽

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 41 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/15 12:00

●オープニング本文


 エビフr‥‥英国紳士の朝は早い。
 朝7時に起床すると、程なくしてメイドが紅茶を手に部屋を訪れる。
 身体を起こし、こなれた手付きでカップを持ち上げる。
 彼の名前はウォルター・マクスウェル伯。彼は欧州軍准将の地位にあり、アフリカ戦線においても一定の戦果をあげたエリート中のエリート。更には英国出身のリヴァプール伯爵の爵位を持つ貴族――つまりは高貴なニートである。イラっとするぐらい完璧な経歴だ。
「君の淹れる紅茶は素晴らしい。ところでこの紅茶は何かな? ダージリンかね?」
「いいえ、近所のスーパーでティーバッグを」
「あぁ、そう‥‥」
 濃い紅茶で頭をすっきりさせると、彼はメイドに着替えを手伝わせ、パリッと乾いたシャツを着てリビングへと出る。椅子に腰掛けた後、朝食が並ぶのはキッカリ7時半。本日2度目の紅茶を愉しみながら1日遅れのロンドン・タイムズを読みふけり、彼は、新聞の到着が遅いと文句を言う。現地の新聞を読めばいいのに、それをしない。
 時間になればコートを羽織り、杖を手に寄宿舎へ向かう。
 この時点で時刻は8時半。
 平日であれば、これと同じ時間に学校へ訪れている。当然、遅刻出勤だ。彼は時間にうるさい男だが、しかし、彼にとっての「時間」とは「自分の生活リズム」の事だ。これで満足なのである。休日であればこうして散歩だ。
「おはよう諸君」
 道行く生徒と言葉を交わしつつ、彼は寄宿舎を訪れた。
 いや、学生寮だろうとも言いたくなるが、彼は寮を寄宿舎と呼んでいる。ここをロンドンか何かと勘違いしているとしか思えない。
「ふむ‥‥寄宿舎を管理する部は、早々に募集せねばなるまいな」
 寮をぐるりと見回すウォルター。
「とはいえ、まずは入寮生の引越しが先、と言ったところかな?」
 基本的に、カンパネラ学園においては、様々な部活動が生徒の自主性に任されている。先生が関与するのは、生徒から相談を持ちかけられた時ぐらいなもので、それは、各種管理系の部活においても同様だ。
 ただ、引越しとなると話は別だ。
 右も左も解らぬ生徒達に勝手にせい、と言う訳にいかない。
「あぁ、マクスウェル先生、こちらにいらしたんですか」
 ふと振り向くと、別の先生が書類を手に駆け寄ってくる。
「それで、先生、当日の引越し業者の手配ですが‥‥」
「ハハハ、そのようなもの、不要だ」
 にやりと笑うウォルターを前に、その先生は怪訝な表情を見せる。
「生徒達の自主性を尊重し、彼らに任せようではないか」
「は?」
「皆で協力し合って引越しを成功させる事で、生徒達の信頼関係を深めるのだよ。入寮生自身もそうだが、彼らの保護者や後見人にも現役の能力者は多い。体力ならば、下手な引越し業者よりよっぽどあろう?」
 自信満々に話すウォルター。
「しかし、それで大丈夫でしょうか‥‥?」
 困ったな、という表情で、先生は食い下がる。
「大丈夫だとも。何ならカンパネラに誓おう」
「あの、マクスウェル先生、そんな言葉で誓われましても、それ、生徒達の間でしか使われてないような俗語で‥‥」
 もはや呆れだすその先生に目もくれぬウォルター。
 カンパネラの誓い――その言葉の意味する所は単純で、『カンパネラに誓って』という事場は、つまり鐘に誓う事。もっと言えば、十字架や神様仏様に誓って!、というようなもの。
「おぉ、そういえばカリヨンの誓いというのもあったな」
「いやあの。ですからね、先生。そういうのは生徒達が勝手に‥‥」
 杖を鳴らし、彼はその切っ先を寮へ向ける。
「同性であれ異性であれ、潔白を誓いつつ先輩が後輩の面倒を見てやる‥‥将来を背負って立つ新しい世代に求められるべきは、隣人に対する誠実さだよ。カリヨンの誓いとは、まさしく自主性と誠実さの発露ではないかね。うむ、素晴らしい」
「あ、えと‥‥」
「おっと、時間だ。私は帰る」
「きが くるっとる」
 言いたい放題言い終えた晴れやかな気分を胸に、ウォルターは寮を後にする。残された先生は、一人頭を抱えた。

●参加者一覧

/ 伊藤 毅(ga2610) / アヤカ(ga4624) / シェリー・神谷(ga7813) / 百地・悠季(ga8270) / 不知火 獅炎(gb0864) / 鹿嶋 悠(gb1333) / 神崎 聖弥(gb1851) / 岩崎朋(gb1861) / 二条 更紗(gb1862) / 鮫島 流(gb1867) / 御門 砕斗(gb1876) / 如月・菫(gb1886) / リシェル・バンガード(gb1903) / GIN(gb1904) / 美空(gb1906) / しのぶ(gb1907) / 鬼道・麗那(gb1939) / 都築俊哉(gb1948) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / チェスター・ハインツ(gb1950) / ミク・ノイズ(gb1955) / 嵐 一人(gb1968) / 月影・白夜(gb1971) / シルバーラッシュ(gb1998) / 姫咲 翼(gb2014) / 文月(gb2039) / 紫藤 望(gb2057) / 芝樋ノ爪 水夏(gb2060) / 田中 直人(gb2062) / ジェームス・ハーグマン(gb2077) / 芹沢ヒロミ(gb2089) / 九条・護(gb2093) / 雨衣・エダムザ・池丸(gb2095) / 高橋 優(gb2216) / プエルタ(gb2234) / ミスティ・K・ブランド(gb2310) / 鯨井レム(gb2666) / 七海真(gb2668) / 依神 隼瀬(gb2747) / 斑鳩・南雲(gb2816) / ドライツェーン(gb2832

●リプレイ本文

●ようこそ学生寮
 ガヤガヤと騒がしいのは、二棟の学生寮前。
 集まったのは入寮希望者、及び彼等の引越し手伝い、そしてその他紛れ込んだ人々。
 引越しの舞台となった件の学生寮は男子寮女子寮が別々ではあったが、互いに向かい合っており、二つの学生寮は資材運搬用の通路で繋がっていた。離れているとは言っても、窓を開けば会話できなくもない距離だ。
「中々良さそうな感じじゃないか」
 軽トラックで乗り入れ、伊藤が呟いた。
 助手席には友人のジェームスが乗り込んでおり、彼は引越し手伝いに軽トラを借りてきたのだ。他にも数名の荷物や生徒が、荷台の秋スペースに乗り込んでいる。
「すみません伊藤さん、わがまま聞いてもらって」
「構わないよ、僕も暇だったからね」
 ジェームズが申し訳無さそうな顔をするが、伊藤はそれを笑って受け流す。
 彼等はそのまま駐車場へ軽トラを乗り入れた。
「引越しも自力かよ‥‥全く、自力本願な学校だぜ」
 ぼやきながらAU−KVで乗り入れる嵐一人。
 彼は敷地内入り口に立つ看板を見やり、駐車場を確認する。バイク状態のままそこで停車させると、車体は自動で固定された。
「おや、これは‥‥?」
 同じくバイクを止めたチェスターは、その様子に思わず感心した。
 説明書きを見るに、エミタそのものがキーとなって自動でロックを掛けてくれるらしい。
 最新システムの塊であるAU−KVを盗まれてはたまらないという事だろう。こういう辺りは能力者向けの学校であるが故だ。
「よし、まずは部屋の割り当てから‥‥そうがっつくな、慌てなくとも寮は逃げんぞ?」
 ミスティががりがりと机を引きずってきて、見取り図を広げた。
 管理者不在の寮だ。まずは年長者である自分が、と思っての事。他にもレムや水夏が、手伝いにと椅子へ腰掛ける。
「あ、部屋は‥‥」
「あたしは入寮者と違うニャよ〜」
 呼び止められたアヤカは、そのままひょいと中を覗き込む。
 玄関は広く、当然、靴入れも沢山並んでいる。
「中々広くて綺麗ニャね〜?」
「ここが‥‥寮ですか‥‥」
 続けて足を踏み入れた白夜が、感慨深そうに辺りを見回した。
 何と言ったって新築だ。玄関は新品のシートと似たような、何となく気分の良い匂いがする。それに、広さも十分で、荷物を持ち込むのに不自由はしなさそうだった。
「ささ、どいて下さい、さっさと終わらせてしまいましょうっ」
 そんな二人を押しのけるように、文月が寮へ駆け上がる。
 とにかく素早く列に並び、彼女は最上階の最深部に部屋を確保した。歩く距離が長ければその分鍛錬になる筈、という中々珍しい理由での希望だ。荷物や掃除道具片手に、彼女やしのぶは廊下をパタパタと駆けて行った。
「よーし、お掃除お掃除!」
「‥‥ま、待てよ、掃除なんて頼んでないし!」
 しのぶの後を追い、慌てて駆けて行く優。
「次の人?」
 ミスティが次々と希望部屋を聞き、なるべくバッティングしないよう部屋を割り振っていく。
「あ、私達は相部屋でお願いしマス」
「ん?」
 首を傾げるミスティ。顔を上げた先には、プエルタと隼瀬の二人が並んでいた。
 二人を見比べて、ミスティは渋い顔をした。
「ふむ‥‥男女の相部屋は少しな。それに障害は多ければ多いほど盛り上がると言うだろう?」
 美少年と大人の女性の組み合わせ。これを相部屋にして後々間違いがあっては――と考えたのだ、が。
「俺、女だよ?」
 隼瀬が告げる。
 普段なら訂正もせず放っておくが、相部屋でなくなってしまうとなると、少し。
「‥‥何?」
「だから、女なんだって」
 にっと笑う彼女の肩で、白い烏がカァとひと鳴きした。


●引越し開始
「さて、手伝いに来ましたよ」
「ありがとう、助かります」
 鹿嶋の頼もしい言葉を前に、菫が軽く会釈する。
 他にも、鮫島や芹沢といった同じく入寮予定の二人も彼女の荷物運びを手伝いに来ていた。白夜も手伝うと言っていたのだが、あいにく、彼はまだ自分の分が終わりそうにない。
「よし、とにかくちゃっちゃと運んじまおうぜ」
 芹沢が拳と掌を叩きつけた。
 ここだけでなく、寮内のあちこちでバタバタと埃が立ち込める。新築とはいえ、大荷物を運び込んでドタバタと歩き回れば埃も舞い上がる。掃除に走る者あり、荷解きに忙しい者あり、皆様々だ。
「さてと、どうしたものかしらね‥‥」
 自分の荷物を前に、悠季は腕を組んだ。
 どうしたものか、と言うのは今後の身の振り方だ。戦災者であるが故にバグアも嫌いだが能力者も嫌いだった彼女は、しかし衣食住につられてカンパネラ学園に来てしまった。とはいえ、とりあえずこの荷物だ。
「‥‥あのう、すいません」
 彼女はにっこりと笑って、荷物片手にたむろしていた鮫島と不知火を呼び止めた。
「あ、俺?」
「もし宜しければ荷物を持って頂けませんか?」
 人当たりの良い作られた笑顔が、二人に向けられる。
「お、女に重いもん持たせるっつぅは男が廃るってもんや! あっちで軽いもんでも運んで、重い荷物は俺に任せとき!」
 向けられた鮫島は、笑顔の真意云々以前に、そういう細かい事を気にはしなかった。
 言葉通り、男を廃らせる訳にはいかない。
「その通り。さあ! どんな仕事でも頼んで下さいッス!」
 不知火も、ファイターとしての自信がある。頼まれた仕事は必ず請け負う心積もりで手伝いに来ているのだ。それも、悠季の荷物はトランク類、このぐらいの仕事はお安い御用。まったく上機嫌に、彼は軽々とトランクを担ぎ上げる。
 その後ろで悠季がペロっと舌を出した。


「えっと、この部屋はこの壁紙でいいかな?」
 薄い花柄の壁紙を広げ、シェリーが問いかける。
「は、はいっ、それでお願い、します」
 大きく広げられ、壁に貼り付けられる影が身を見て、池丸は思わず顔を輝かせた。今まで、彼女は入院生活を強いられてきた。壁は白一色の味気ないもので、私物があり、壁紙で飾られた部屋というのは新鮮だった。
「わぁ‥‥」
 思わずきょろきょろと見回してしまうぐらい、嬉しくてたまらない。
「こんなもんかな、じゃ、私は次の部屋にいくから」
 軽く手を掲げ、シェリーは隣の相部屋へと向かう。
 そう。この部屋は相部屋だ。となれば当然同じ部屋に入る誰かがそのうち来る筈で。
「この部屋かしら? あら、初めまして」
「よ、宜しくお願いしますっ」
 ひょっこりと部屋に顔を出す水夏。
 礼儀正しいその挨拶に、池丸も思わず頭を下げた。水夏は自分で荷物を運ぶつもりだったが、幸い、手伝っても良いという入寮生は数多い。彼女の本が詰められた段ボール箱二つを、ジェームズと伊藤の二人が持って現れた。
「どうも申し訳ありませんでした」
 ぺこりと頭を下げる水夏。
「いえ、気にしないで下さい。父の転勤がありましたから、引越しには慣れてるんですよ」
 ジェームズが首を振る。
 そのまま、二人は揃って、他の部屋へと手伝いに向かった。
「しかしごった返してるなぁ」
 とにかく、部屋も順次埋まっていき、皆、それぞれの引越し荷物を部屋へ運び込もうとてんやわんやだ。不知火のように自分の荷物を運び終えた者や、鹿嶋等元々手伝いで来ている者も多い。
 特に力自慢の能力者には自身の荷物が少ない傾向もあって、あちこちから引っ張りだこだった。
 もちろん、力に自信がなくとも他の人を手伝おうという者も多い。
 ただ、問題も少しあったりして――
「今日は一日メイドとして御手伝いに参りました」
「‥‥」
 メイド姿でスカートの裾をつまみ、ちょこんと挨拶する更紗。
 共同で荷物を片付けていた嵐と姫咲は、あまりに突飛な彼女の登場に、思わず口をぽかんと開けた。
「‥‥嬉しかったりします?」
「ってオマエなんて格好してるんだー!?」
 嵐のツッコミが辺りに響く。真赤になっている辺り、普段クールを気取っていても――いや、気取っているが故に、こういう事態に対応できないのだ。
 もちろんツッコミを入れてはみたものの、更紗のメイド姿も中々に眩しくて。
「似合いませんか?」
 きょとんと首を傾げるその仕草に、姫咲は思わず顔を赤らめた。
「ま、まぁ、似合ってない事も無いぞ‥‥」
「では、この不肖二条更紗、一日メイドとしてお手伝いさせて頂きます」
 この空気で、誰が今更断れる。
 彼女がパタパタと荷解きを始めると、二人とも顔を見合わせ、服装の事は(できるだけ)忘れて荷解きを再開した。


 一人、部屋の壁を叩く音がする。
 九条だ。
「どーお、響く〜?」
 窓を開け、隣の部屋へと大声を投げかけた。
「オッケー、大丈夫だよ!」
 答えるのは紫藤。九条は自分の音響機器やテレビが多く、他の部屋に音が響かないかを心配したのだ。窓から窓へと渡り、危なっかしく部屋に戻る紫藤。部屋のつくりを見回して、御門が感心の声を漏らした。
「おうおう、結構暮らしやすそうじゃあねえか、おい!」
 普段通りの冷静なまま、彼はべらんめえに捲し立てる。
 荷物を素早く運ぼうと覚醒している為だ。
 備え付けの小型冷蔵庫に、水道、トイレ、小さなシャワールーム。二人部屋の場合は二段ベッドになっており、床はフローリング。ただ、畳マットもあるらしく、男子寮の白夜ら、一部生徒はベッドを引き払って布団を敷く事にしている。
「あっ、そうだ! 私パーティーの準備しなくちゃ、サイトくん、あとお願い!」
 慌しく部屋を飛び出していく紫藤。
 その途中、水夏とすれ違う。
「あっ、廊下は走っちゃいけません!」
「ごめんなさ〜い!」
 謝りつつも、そのまま駆けて行く紫藤。
「まったく!」
 ぽやんと呆気にとられた池丸を横に、むすりと頬を膨らませる水夏。
 どうも規則にうるさいタイプらしく、この調子でフリーダムな生徒に関わっていると、気苦労が絶えなそうではある。
「で、でも、確かにルールは必要でしょうね‥‥」
 ちょうどその場に居合わせたGINと聖弥。聖弥がその高い背に似合わず、おどおどと呟いた。
「早速、皆さん散らかしてしまってますし‥‥」
 しょんぼりとした感じでゴミ袋を覗き込む。二人で拾い集めたゴミの中には何かこうあられもないというか、とにかく萌えるゴミも混ざっている。誰が捨てたかは解らないが。おのれッ、と言わんばかりに拳を振るわせるGIN。
「オレには許せないものが三つあります。一つは図書館や本屋で取った本を元の位置に戻さないこと。もう一つは何にでもマヨネーズをかけるマヨネーズ原理主義者。そしてもう一つが、ゴミを分別しないで出すFNGだ!」
「ねえキミ達」
 ふいに、ぶっきらぼうな声が発せられた。
 声に気付いて、皆が振り返る。
 そこに立っていたのは眼帯をしたレムだった。
「寮を管理する者がいないというのは由々しき問題だ。ウォルター先生に管理部の立ち上げを申請しようと思うんだが」
「管理部か。面倒クセェな‥‥チッ、だが仕方ねェ。生徒会に取り入るには実績も必要だからな」
 頭を一掻きして、踵を返すシルバーラッシュ。彼は連絡先の作成に取り掛かる事にした。各種ライフラインの必要な連絡先等で、まずは簡単なところから。他に、ゴミ出しや規律の問題等、色々と不満のある生徒達も、各自の要望をまとめる事にした。


 高貴なニートは優雅にティータイムと洒落込んでいた。
 雑草でぼうぼうの庭に椅子と机を並べ、隣にメイドを並べて小憎たらしくティーカップをつまんでいる。
「ほう、管理部かね」
 他にもシルバーラッシュら、レムを手伝うつもりの者や、部屋の模様替えをしたい白夜ら、数名の入寮生がウォルターの下へと押しかけていた。
「うむ。許可しよう?」
「‥‥ん?」
 意外とあっさり許可がおり、シルバーラッシュは首を傾げた。
 これでもこの男、何とも遠大な目的があって部活動の実績を欲している。打算のある人間は、物事がとんとん拍子に進むと疑いを持つものだ。そして事実、話には続きがあった。
「ただし――」
「ただし?」
 身を乗り出すレム。
「――もう解っているかもしれないが、まぁ、許可はほぼ誰にでもおりる。実際に予算や権限を獲得できるか否かは、その『活動実績』に掛かっているのだよ」
 つまりはこういう事だ。
 如何な部活動であれ、問題視されるような内容でもなければ、部活にはほぼ許可が降りる。問題はその後だ。部費や権限は、ウォルターがのたまったように、実際の活動実績を考慮して与えられる。
 つまり、幾つもの同系部活動が並び立ち、互いに覇を競って争う、という事もあるのだ。
 優秀な部員を偽手紙で引き抜き、ライバルを二虎競食の計で蹴落とすその様はまさしく戦国乱世の如――閑話休題。
「それでもやるかね?」
 意地悪そうな笑みを浮かべるウォルター。
「解った。それでも、僕はその役を引き受けよう」
 片目を不敵に笑わせて、レムは大きく頷いた。
 ところで、と、レムの後ろからひょいと顔を出す影。
 斑鳩南雲だ。
「よければ一緒にお茶しませんか?」
「パーティーもやるんです」
 二の句を告ぐ、白夜。
 斑鳩はこれでも旧家の出身。上流階級に興味があっての誘いで、白夜は覚醒を解除していないせいか、尻尾や耳がパタパタと揺れている。二人の提案に暫し首を捻っていたウォルターであったが、やがて、やれやれと言った感じに首を傾げた。
「生徒からの誘いかぁ。それでは仕方ないなぁ」
 とか言いつつ、満更ではない。
「えーっと、先生」
 GINがビシッと手を掲げた。
「少しばかりの好奇心で尋ねさせてもらうんですが、ミッドナイトサマー映画祭でチョット賞なんてもらっちゃったドラグーンボーイ、口端に上ったりとかしてます?」
「ふむ、そのあの映画祭の事かね」
 GINの顔をちらりと見やるウォルターは、何かに気付いたかのように態度を改めた。
「知らんよ」
「うっ‥‥」
「高名は一日にして為らぬという事だ、精進したまえ」
 ちょっとばかりショックそうなGIN。本人が気付いたかどうかは定かではないが、ウォルターの様子を見るに、彼はわざと知らないと言っている。この男、どうにも意地が悪い。
「‥‥」
 そんな雑談を寮の窓から見下ろす人影が二人。
「なんつうか‥‥」
 姫咲と嵐だ。
「ホントに何もしないんだな‥‥ウォルター卿は」
「さっきから、ずっとあすこにいるよな」
 姫咲の言葉に頷く嵐。
「お二人は、あの華の香りがするような誓いは結ぶんですか? 絵になると思いますけど」
「結ばん! っていうかどんな想像したおまえ!?」
 メイド姿以上に唐突な、その言葉。
 大口を開けて抗議する嵐だが、更紗に気後れの様子も無く。
「そだ、アレを男女で結ぶとどうなるんでしょ」
「‥‥‥‥さて、な?」
 顔を赤らめ、明後日の方を向く嵐。
「あ。顔が赤いですね」
「う、うるさいな!」
「まぁ、更紗さんもそのぐらいに」
 自分もやや顔を赤らめながら、姫咲は思わず間に割って入った。


●てんやわんや何をいわんや
 簡単に荷解きが終わった部屋があったかと思えば、その一方で、てんやわんやの様相を呈し始めた部屋もあった。
「うーん、こんなにありましたっけ‥‥?」
 困ったように首を傾げるリシェル。
「その辺の荷物もトシに運ばせようか?」
 隣で、朋が感心したように荷物を見回した。
 彼女の荷物は服や装飾品に、実用的な家電製品ぐらいだった。それと比べると、リシェルの荷物は比較的インテリアに比重が置かれており、妙な趣のある、味わい深い壷なんかもある。何とも良い音色が鳴りそうな、曰く、『イイモノ』らしい。
「と、朋の荷物は運び終えたよ‥‥」
 疲れた表情で、トシこと俊哉が顔を出す。
「アリガト、あそうだ、トシの荷物整理も手伝ってあげるわ」
「え、別に大丈‥‥」
「良いから、良いから♪」
 トシの言葉を無視して、荷解きに掛かる朋。
「‥‥大変そうですね」
 同居人のリシェルが、ぼそりと呟く。確かに、少し大変かもしれないね、と答えるトシだが、心底困っているという様子でも無さそうだった。
 今回の寮では、一人部屋を希望した生徒以外は概ね相部屋に配された。
 ミスティが集団行動訓練だと考えて部屋を割り振った側面もあるが、やはり、学園側にとっても部屋数の節約といった側面が大きい。ただもちろん、相部屋は其の分部屋が広いので、同居人との仲さえ良好に保てれば、一人部屋と比べて損という事もない。
 あとは相部屋でどうも過ごしづらければ、改めて一人部屋に移れば良さそうだった。
 とにかく、手早く片付けようと荷解きに掛かる彼等に、大きな影が掛かる。
「この机は、ここでええが‥‥?」
 のしりと部屋に現れた、2mは優に超えようかという長身の男性に、朋と俊哉は少し目を丸くする。ドライツェーンの体格は、筋骨隆々で厳つい。見る者によっては、周囲とのパースが狂ってしまいそうなぐらいだ。
 そして、それだけ大きいんだから当然――
「ごあっ」
 おでこをぶつけてふらついた。
「大丈夫ですかっ?」
 リシェルだけでなく、俊哉や朋も何事かと駆け寄る。おでこも特に怪我した訳ではないし、ドライツェーンは大丈夫そうなのだが、ただ。
「それより‥‥人が、いっぱいで‥‥酔いそう‥‥」
 その厳つい巨体に反し、彼は酷く落ち着き無く周囲を見回した。
 とてつもない外観をしているが、しかし、彼はとても引っ込み思案だった。どうにも戸惑い気味なまま荷物を下ろすも、既に気疲れからくたくたになっている。身体は平気でも気力の方が疲れてしまっていたのだ。
「ありがとう御座いますっ」
 申し訳無さそうな表情をみせるリシェル。
「一息ついたらココアでも用意しますね」
「本当に色んな人がいるんだなぁ‥‥」
 何となくその様子を眺めて呟く俊哉。
 彼自身は、入寮によって朋と若干距離を置ければ少しは気が楽になるかも‥‥と期待している。ただ、今はまだ朋が隣にいて――
「トシ、これなに?」
「ん?」
 振り向いた彼が見たのは、女性用の水着やブルマ。
 朋の白い目を見れば解る。絶ッ対に、誤解されている。色々と。本気で。
「‥‥それは‥‥ロッタさんがくれたんだよ」
「本当に‥‥?」
 ジト目で見つめる朋を相手に、俊哉は苦笑した。
 余計な誤解――本当に誤解だ――を避けようと思い、彼は欲しけりゃやると告げる。疑い半分のままではあったが、とりあえず、朋はそれを受け取る事にしておいた。


「手伝ってくれだなんて言ってないし‥‥」
 ぶつぶつとぼやきながら、優は荷物を片付けていた。
 隣のしのぶは優の部屋に勝手に上がりこみ、あちこちをパタパタと掃除して廻っている。
「あんた、結構荷物あるんだねぇ?」
 しのぶはと言えば、これが結構上機嫌で、中々気分良く世話を焼いていた――と、そんな掃除中、ふと、彼女は床に落ちている本を手にした。中を見ると何やらお子様には相応しくないようだが、ここは黙ってベッドの下に隠してやるが親切心。
 けど、その本はそもそも優のものではない。
 このとんでもない誤解を解くには優がベッド下の本を発見するのを待たねばならなかったが、それはまた別の話。
「仕方ないからしのぶの荷解きも手伝ってやるし」
 掃除道具を一気に持ち上げ、担ぐ優。
「あれ、持って行ってくれるの?」
「‥‥女性に重い物、持たせるわけにはいかないでしょう」
 無表情を装いつつ、優は荷物を持ち上げた。
「わぁ〜、流石男の子! 力持ち〜!」
 わざとらしく驚いてみせ、その後ろを女子寮へと歩くしのぶ。
「だけどまぁ、しのぶがちゃんとした女の子かどうかは別だし」
「‥‥何って?」
 ぼそりと呟き、嘲笑を浮かべる優。しのぶがむすっとふくれて抗議しようとして、ベッドマットに遮られた。担いでいるのは、芹沢と直人だった。
「悪いけど通るぞ〜っ」
 慌てて避けるしのぶ。
 テンポよく運ぶ二人はそのまま女子寮の廊下を走り、如月の部屋へと入っていった。
「手ぇ離すぞ。せーの‥‥っ」
 芹沢と直人の二人が、タイミングを合わせて手を離す。
 どんと鈍い音がして、ベッドマットが落ちた。
「よし、ベッドはこれでOKだな」
 一息つき、起き上がる直人。
「隙ありッ、喰らえぇい!」
「なっ、待っ‥‥!」
 そんな彼の背中に、芹沢のタックルが決まった。
 二人はそのままベッドへ倒れこみ、ヘッドロックだ四の字固めだとジタバタ遊んでいたが、それを、よく通る声が中断させた。
「あぁ、解らない〜!」
 ちょっと涙ぐみながら、次々とダンボールの箱を開く菫。
「うぅ、武器はどのダンボールだったかしら‥‥」
 ついに自立だ! と喜んだのも束の間、彼女はホームシックや友人関係を心配する以前に、ダンボールの山にうんざりしなければならなかった。山のように小分けにされたダンボールに内訳を書き忘れたのだ。
「まぁ、一息入れて落ち着きましょう」
 やや大人びた、温厚な声が出入り口から聞こえた。
「あ、鹿嶋センパイ」
 直人相手にマウントポジションをとっていた芹沢が、ひょいと顔を上げる。見れば、鹿嶋が腕に飲み物を抱え、部屋へと上がっていた。部屋の三人にそれぞれ飲み物を渡し、自分も床へ腰掛ける。
「頂きます」
 礼を言い、ぐすんと受け取る薫。
「‥‥あ、そうだ」
 林檎ジュースに口を付けかけてふいに思い出し、彼女はカバンに手を入れた。
 受け取ってと言って、彼女はプロミスリングを差し出した。
 後で鮫島や白夜にも渡すつもりだ。
「へぇ、これは‥‥」
 プロミスリングを手首に巻きつけ、まじまじと眺める直人。
「‥‥しょぼいとか言わないでよ?」
「言いませんよ、大切にさせてもらいます」
 心配そうに呟いた菫へ顔を向け、笑顔を見せた。
「そうだナオヒト、もうあの誓いって奴の相手とか、見つかったか?」
「いや、まぁ、まだ引越しで忙しいから」
「相手がいねーなら俺と誓いでも立てねーか?」
 良い考えだろう、と笑い掛ける芹沢。
 暫く腕を組んでどうしようかと考えていた直人だったが、やがて、大きく頷づいて腕を掲げた。
「よし! 互いに背中を預け並び立てる様に。これからもよろしくな、ヒロミ」
 プロミスリングの巻かれた手首を、二人はがっちりと打ち合わせた。


「‥‥大変そうだな。手伝うか?」
 廊下をぶらぶらと歩いていた七海が、文月と行き交った。
 声を掛けられた文月はダンボール二個を抱え、視界が悪い状態で歩いていた。傍目に見てもどうにも危なっかしく、それで声を掛けたのだが――
「い、いえ、私ひとりで大丈夫ですからっ」
 かなり強く断られて、思わず七海は面食らう。
 何でだろうとは思ったものの、あまり詮索する柄でもない。彼はそのまま彼女の元を後にして、廊下の角へと消えていく。
「‥‥ふぅ、助かった」
 やれやれと溜息をついて、部屋に荷物を運び込む文月。
 そのダンボールを開いてみれば、箱の中はぬいぐるみとコミックで埋まっていた。
 周囲に誰がいない事を確認して部屋の鍵を閉めると、彼女は手早くクローゼットへとぬいぐるみを並べていく。距離が――と言うのは実は方便。彼女はこれを見られまいとしていたのだ。
 部屋は無機質に保ちつつ、クローゼットに鍵を取り付ける。
 最後にしっかりと戸を閉じて、彼女は小さくガッツポーズをした。


●暗躍
 綺麗に片付いた部屋を見回して、チェスターは大きく溜息をついた。
 部屋の中は綺麗に整理整頓され、各所に楽器のキーボードやCDプレイヤー、今まで書き溜めてきた大量のメモ帳等が並べられている。
 窓とドアを開けば、爽やかな風が廊下へと抜けていく。
 最上階で景色もよく、ほぼ希望通りの部屋だ。
「ふう、やっと終わりましたね」
 自分の部屋を片付ける前は他の人を手伝っていたし、自分の荷物整理はそれからだった。かなり疲れていたが、気力でもって最後まで片付けきった。M−121ガトリングのような大きな武器も、ちゃんとクローゼットへ片付けられた。
 彼は非常に満足して、ベッドに寝転がって天井を見上げた。
 ちょうどその頃――
「それでは、これより闇の生徒会承認式を執り行います‥‥」
 暗い部屋の中、蝋燭のあかりがぼうっと灯る。
 蝋燭に照らされて、薄っすらと黒い笑みを浮かべる麗那。
 その向かいには、ヨグがちょこんと座っている。二人とも黒装束を身に纏い、窓の閉め切られた暗い部屋と言い、何とも荘厳な雰囲気だ。
「若輩ながら、この私が名誉ある『闇の生徒会』会長を引き継がせて頂きます」
「えと、は、はいっ」
 どきどきと緊張するヨグ。
「皆さん、共にカンパネラ学園を黒き清浄なる‥‥はっ!?」
 その時だ、部屋に不意に明かりが差し込んだ。
 がばりと身を翻して振り返る麗那。
「やっぱりここに居たですね」
 視線の先には、にこにこと敬礼する美空が居た。
「引越しパーティーをやるそうなのでお二人も‥‥ど、どうしたのでありますか?」
「‥‥うぅ」
 美空の問いかけに、麗那はがくりと項垂れた。
 仕方が無くカーテンをさっと開くヨグ。
 明かりが差し込み、部屋がパッと明るくなる。その部屋は――屋根裏だった。出入り口は麗那の部屋の押し入れの天井板ただひとつ。情報通り抜け道があるところまでは良かったが、通じている先は広々とした屋根裏だった。
「えと、麗那様‥‥」
 気まずそうに声を掛け、黒装束を引きずるヨグ。
 屋根裏には二人だけだった。
 本当は先輩等から引き継いで大義名分を得たかったところなのだが、残念ながら引き継ごうにも『卒業間近の先輩』というものが居ない。何とか雰囲気を出そうとはしてみたが、まだまだ道のりは遠そうだ。
「はぁ‥‥」
 それでも無理に盛り上げていた緊張の糸が途切れ、ふわと姿勢を崩す麗那。
 慌てて、ヨグが支えた。
「いつも助けてもらってばかり‥‥ゴメン」
「んと、そ、そんな事ないですっ!」
 存外に力強く頷く、ヨグ。
 そんな彼に、麗那も少なからず絆を感じたりして、そして――
「うーん‥‥ここ、何かいるのかな‥‥?」
 ハインツは一人、不可解そうな表情で天井を見上げていた。
 更に更に、屋根裏のもひとつ上。
 言うまでも無い、屋上だ。
「ここが妥当かなぁ」
 ノイズはやれやれと言った感じで辺りを見回した。
 庭を歩いてみても、まだ青々とした木は少なかった。だが一転して、屋上には緑が並んでいる。今はまだ簡素ではあるが、屋上を緑地化しようと試みた痕跡があり、作りかけの庭が放置されていた。
 管理部の無い寮であるが故か、やはり屋上も管理は行き届いていないのだが、日当たりはもちろん、見晴らしも良く、周囲からそう簡単に見つかる場所とも思えない。
 そして、それ以上に彼女にとってラッキーだったのは‥‥
「温室、か?」
 驚き、ドアに触れる。無用心にも鍵は開きっぱなしで、中に入ると様々な観葉植物が並んでいる。ソファーか何かでも置いてしまえば完璧なサボり場所の完成だ。学校から来るには少し骨だが、屋根もあれば、暖房も完備で、まる一日サボるならこれ以上の場所は無い。
 思わぬ収穫を得て、彼女は一人笑みを浮かべた。


●どんちゃん騒ぎ
「えー、カンパネラに集う者達のカリヨンの集い――略して、カンパイ!」
 御門がグラスを掲げる。
「カンパーイ!」
 大部屋に集まった入寮生達が、一斉に杯を持ち上げた。
「さぁ、とりあえず盛り上がっていきましょう!」
 大きな声をあげ、拳を振り上げる不知火。近くの者と互いにグラスを打ち合わせ、ジュースやお茶を煽る生徒達。ところが、そんな楽しそうな一室をヨソに――
「おや、お帰りですか?」
 駐車場で、鹿嶋と伊藤がばったりと出くわした。
 鹿嶋は自腹で飲み物を差し入れてきたのだが、パーティーに参加する事なく部屋を後にしている。伊藤も一応、帰りに航空施設等を見学して帰る計画はあるが、所持品のジュース類をジェームズに預け、引越しがひと段落ついた段階で寮を後にしたのだ。
「邪魔な大人は、さっさと退散しようと思いましてね」
「そうですか‥‥私も同じです。後は学生さん達で愉しんで頂こうと思いまして」
 丁寧に会釈して、そのまま伊藤と鹿嶋はそのままそれぞれの方向へと帰って行った。


 パーティーはそんなにきちんとしたものではなく、いかにもホームパーティーといった趣であったが、並んだ軽食は彩り豊かだった。
「何だこりゃ?」
 不思議そうな顔で料理を眺めるシルバーラッシュ。
 彼の目の前には、薄味ソース、鰹節、青海苔の掛かった丸い玉と平べったい物体――ここまで言えばこれが何かは明白だろう。
「俺の得意料理、たこ焼きとお好み焼きや」
 それも、関西風味。東西で何がどう違うかまでは述べない。確かに違うものではあるのだが、異邦人には中々理解し難いものだからだ。とはいえ、いずれにせよ、美味い。好みの問題はあるが、東西が違っても美味いものは美味い。
 他にも、更紗が焼いたクッキーやヨグの作った抹茶プリン、リシェル力作のココアもある。ココアを嫌いとは言わせない、とはリシェルの弁だが、ドライツェーンは特に嫌うでもなく、おいしそうにココアを飲んでいる。彼自身は、本来は隅でおとなしくしているつもりだったのだが、ドライツェーンに無理矢理引っ張り込まれてしまった。
「‥‥美味しいですね、苦労したかいがあるのですっ」
 抹茶ぷりんを少しずつ口に運び、美空は幸せそうに表情を崩した。
「ふっふっふ、プリンはまだまだ奥が深いですよ、心の友よ!」
 鷹揚に頷くヨグ。
 美空を相手に熱心な指導を行い、その勢いに乗ってプリン教室まで開いていた。
「料理が出来ましたよっ」
 ガラリと扉を開く南雲と聖弥。
 その両手にはお盆があり、サンドイッチやから揚げといった軽食が皿に並んでいる。二人とも料理は得意で、特に南雲は、家庭科は「4」をキープしていたと自慢だ。
「そ、それと、その、蕎麦も‥‥」
 おどおどと後に続く池丸。
 引っ越し蕎麦なる日本文化を聞きかじり、それならばと準備した。とはいえ、不安だった。美味しいかどうかもそうだが、そもそも皆が食べてくれるかどうかの自信が無い。
 緊張でかちこちになりながら、彼女は机に蕎麦のお盆を置いた。
 ところが、池丸の声が小さかったせいか、皆、中々気付かない。
「あ、引越し蕎麦いただきっ」
 そんな中、七海がひょいと蕎麦を手に取る。
 そのまま慣れた手つきですする。
「‥‥お、なかなかいける」
 彼は単に、目の前にあった蕎麦を食しただけだったが、池丸にはそれで十分満足だった。心なしか嬉しそうな様子で、飲み物の方へとその場を離れた。
 パーティーといえば料理ももちろんだが、こういった席には人が集まる。
 人が集まるという事は、勿論。
「鐘狼で‥‥一緒に活動してみませんか‥‥?」
 感情が昂ぶって、覚醒と共に尻尾が揺れる白夜。
 その手には冊子がある。
 曰く、トラブルや問題を解決する、揉め事処理屋のような部活動『鐘狼』を発足させると言う。その性格は管理部に似ているが、少し違う。揉め事処理といえば、つまるところ学園内で起こる揉め事であれば、分け隔てなく何でも請け負うといった方針だ。
 七海は興味ありげに冊子を眺めていたが、だが、やはり自分の性に合わないんじゃないかと思い、そのまま断りを入れた。七海にとってみれば、部員を募集しているからと言っても、今慌てて入る事も無い。どんな部活があるかじっくり見回ってからでも遅くは無いからだ。
「うーん、残念です‥‥」
 耳の垂れ下がる白夜。
 だが、学園に貢献する部を、鐘を護る鐘楼を目指す活動は始めたばかり、まだまだこれからだ。


 今更ながらに、アヤカは入寮生を見回した。
「う〜ん、本当に色々な人が居るニャね〜」
 アヤカ自身は何と言うか、誤解を恐れずに言うなら、ちまい。実年齢より5歳前後は若く見られる事もあり、この輪の中に加わっていても何ら違和感は無いのだが、其の分、逆に入寮者の層の厚さにも思い至った。
 小学生のような年齢から自分より年上と思しき生徒まで、様々な入寮生がいる。
「これからどうなるニャかね〜頑張ってほしいものニャ」
 牛筋をがじがじと噛んで肴にし、彼女はビールを煽った。彼女だけでなく、成年が数名、アルコール類を煽ってはいるが、幸い、未成年者はアルコールに手をつけていない。御門や水夏の怖い視線も光っていて、当然と言えば当然か。
「――で、あの部屋はゲームセンターにして‥‥」
 けらけらと上機嫌で酒を煽るプエルタ。
 相部屋の早瀬も同様にカクテルを傾けている。彼女は未成年に見えるが、これでもれっきとした21歳。アヤカと同様、5歳は若く見られるタイプだ。
 そういえば、愛鴉の真那白が件はウォルターに問うてものらくらとかわされた。
 幸い、管理部もまだ本格始動していないので、彼女は既成事実として飼ってしまう事にしている。今も、私服に着替えた彼女の肩でおとなしく座っている。
『それじゃ、歌いま〜す♪』
 スピーカーから響いた声に、何事かと彼女は首を捻る。
 ノリノリでマイクを掴んでいるのは、九条だった。アニメのコスプレをして、もうエンジン全開で趣味を発露させている。こういうのは隠したって仕方ない。
「よし、なら俺のサウンドを聞かせてやる」
 覚醒し、ギターを手に立ち上がる直人。
 興味無さそうに眺めていた嵐も、直人がギターを鳴らすとなれば黙ってはいられない。演奏が始まって九条が歌いだすと、急いで部屋へ戻り、ギターを持ち出した。スローテンポに盛り上げる、等と悠長にはいかないようだ。
 二人が音楽に合わせて即興で弦を弾けば、重低音がスピーカーから放たれる。
 徐々にテンションがあがり、わいわいとざわつく大部屋の空気。そんな中、悠季は一人、部屋の隅で静かにしていた。
 キャミソールを重ね着した彼女は、静かではあっても笑顔は崩さず、声を掛けられれば卒なく対応する。しかし、その目は周囲を鋭く観察していた。彼女が把握に努めていたのは、この場の力関係だ。
(さて‥‥)
 ざっと辺りを見回す。
「程々にしないといけませんよ、他人に迷惑をかけないようにして下さいね」
 生真面目そうに、成年グループへ声を掛ける水夏。
 相手が誰であろうと物怖じせず、羽目を外しそうな行動には予め釘をさして回っている。こういう生真面目なタイプは、敵にすると後が怖い。ところが、同様に目を光らせている御門の方は、この場の雰囲気を考えてか、多少大目に見ている様子だった。
(今後取り入るなら、誰か、ね‥‥)
 ジュース片手に少しずつ眺め渡す悠季。
 途中、ウォルターの姿も目に入ったが、生徒の自主性に我関せずなウォルターでは、おそらく取り入っても仕方がない。もちろん、先生が動かねばならないような事態ともなれば、意味はあるかもしれないが。


「それで、良ければドラグーン以外の能力者も正式な生徒として入学できた方が良いと思うんです」
 パーティーの最中、シェリーの真面目な顔を前に、ウォルターは腕を組んだ。
「きっちりとした教育を受けたほうが、傭兵の生存率も高くなると思うんだけど」
「ふむ、確かに一理あるが、どんなものかな‥‥?」
 首を傾げ、目を閉じるウォルター。だが、シェリーもこれからの戦いが厳しくなる予想を訴え、是非にと食い下がる。強いお願いに、のらくらとかわしていたウォルターも、遂に首を縦に振った。
「ただ、あくまで提案だけだ。許可が降りるかどうかは、私にも解らないからね」
「あ、いたいた!」
 ちょうど会話が終わった頃、紫藤がウォルターの姿を見かけ、ぱたぱたと駆け寄った。
「何かようかね?」
「良ければ、先生にスポンサーになってもらえないかな、って」
「ふぅむ‥‥」
 あごひげに手をやるウォルター。
 とはいえ、ここまで来て断るというのも器量が小さい。斑鳩は先生を共犯者にしてしまおうと企んだが、その意味では作戦は的中。では――と、彼は財布へ手をやり、5万Cを出した。
「‥‥」
 反応に困る紫藤。
 微妙だ。
 ウォルターの様子を見ていると、もっと羽振りも良さそうなのだが、それでも5万Cは出している。もっと出せ、と言えるほど額が少なすぎる訳でも無い。スポンサー料としては、中々痛い所を突いてきた。
 ハッとして顔を見ると、ウォルターの頬が一瞬にやりと動いた。
(手ごわい‥‥というかせこい‥‥っ!)
 今更ながらに、この男は曲者だ、と思う紫藤だった。

 とにかく、学園生活はスタートした、少し遅れて入寮もした。
 寮へ入るかどうかは様子見の生徒も多いが、多くの生徒は、これから数年間、この寮や学園で新たな生活を送る事になる。皆、胸にある想いは様々だが、とりあえず、退屈しそうにない事だけは確かそうだった。