タイトル:六月はバラをマスター:御鏡 涼

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/09 23:05

●オープニング本文


 何故、どうして‥‥白いドレスが、こんなに‥‥。
 この色は何? ふふ、とても赤い‥‥真っ赤だわ。
 これは、バラ?

 ‥‥いいえ、これは、弟妹たちの血。

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 時は遡ること数時間前のことでした。

 神の前で永遠の愛を誓うこの良き日に、花嫁の幼い弟妹たちが姉へのプレゼントを探していました。
 そこに現れたのは白いタキシードの男。
 大好きなお姉さんのお婿さんと良く似た格好をしたその男は、顔の上半分を隠す白いマスクの奥で温和な微笑みを浮かべながら右手を胸に当てて恭しく礼をしました。

「お姉さんへのプレゼントにお困りかな?」
「すごーい、なんでわかったの??」
「それはお兄さんが魔法使いだからだよ」

 いつの間にか男の手には一輪の白いバラが握られていて、幼子たちは目を輝かせてそれを見上げました。

「このバラでお姉さんへのブーケを作って差し上げては如何かな?」

 その白バラは見るからに瑞々しい美しさを纏い、凛とした風情が美しさを更に際立たせているようで、幼子たちは力いっぱいに頷くのでした。
 男は町の外れを指差してバラの在り処を教え、更にはバラを摘むための鋏すらも手渡しました。
 揚々と花畑へと向かう幼子たちの後姿を、男が怪しい笑みを浮かべて見送っていました。

「そう、この花はお前たちのような者にこそ、相応しい‥‥」

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 両手いっぱいに抱えた白バラを手渡そうとする幼子たちの頬は少し上気していてまさにバラ色の頬。
 満面の笑みであった事を報告しようとする幼子たちは、間違って酒を飲み酔ったかのように少し呂律が回っていない。
 喜んでもらおうとバラを渡そうとするが、良く見れば細い蔦が彼らの腕に巻きつき、その先を皮膚の下へと沈み込ませている。
 周りの大人たちは驚き慌てバラを引き抜こうとするが中に棘が突き刺さり、心地良さそうにしていた幼子たちがその痛みに泣きだしたことで断念せざるを得なかった。
 この異変に教会の前は一瞬にしてパニックになった。
 悲鳴を上げて逃げる者。急いで傭兵に連絡を取りに行く者。泣いている幼子を宥める花嫁。
 バラの中心が脈に沿って赤く染まり血管のような赤い筋が見えてくると幼子たちの泣き声が止み、再び心地良さそうな表情を浮かべながら石畳に倒れた。
 その姿はとても良い夢を見ているように穏やかだったが、幼子の身体を養分として体内を這った蔦が外側へと破り出て、バラはますます咲き誇る。
 花嫁の白いドレスが赤い飛沫を浴びた。

 ちょうどブーケを届けに来ていた花屋が見上げた屋根に、白いタキシードの男が風にマントを揺らしていた。
 目があうと、白い男は口角だけを上げて愉快そうな笑みを浮かべて何事かを囁く。
 声が聞こえなくても、花屋には解っていた。
『久しぶりだな』
 白い男の言葉を聴き終わらないうちに鞄を持って物陰に走りこみ、中から白い男と同じ形の仮面を取り出し、黒いマントを羽織って覚醒する。
 黒と白のタキシードが惨劇の前で対峙した。
 その姿は鏡に映したようにそっくりで、着ているものが一緒ならば見分けがつかないほどだ。
「これは、貴方の仕業なのか‥‥兄さん‥っ」
「‥‥感動的な兄弟の再会の場面で初めの言葉がそれとは、哀しいね」
 同じ声で交わされる言葉の後ろで、血染めのバラが幼子たちの身体を覆い隠していく。
 安らかな顔だけが蔦の間からのぞき、傍らで花嫁が呆然と座り込んでいた。
「どうかな、このバラの出来は」
 白いバラの薫りを楽しむように、白い男が微笑む。
 黒い男が武器を抜こうとする袖を、白バラの棘が切り裂いてそのまま地面に突き刺さる。
「お前はネコの相手をするが良い‥‥au revoir」
 白い男は身を翻して姿を消し、黒い男は新たに現れた大人ほどの大きさもある獅子に足止めされてその場を動くことは出来なかった。

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「と言うことで、至急現地へ‥‥え?新しいキメラですか?」
 能力者たちに状況を知らせるオペレーターのもとへ追加の情報が届く。
 その瞬間、植物型キメラからの一般人の保護に、大型のライオンキメラ四体の討伐が加えられた。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
水瀬 深夏(gb2048
18歳・♀・DG
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
ノーン・エリオン(gb6445
21歳・♂・ST

●リプレイ本文


 初夏の青い空に白い雲が浮かび、雲のヴェールの隙間から太陽が覗く昼下がり。
 フラワーシャワーの祝福を受けるはずの花嫁は、白いドレスに赤を散らせてバラの前で呆然と座り込んでいた。
 花嫁が背を向けて放るはずだったバラのブーケは足元へパステルカラーの花弁を散らし、本来ならば人々の笑顔と明るい声が響いていたであろうこの場所に聞こえるのは、獅子の咆哮と剣戟の音だった。
 顔の上半分を隠す白のファントムマスクに、キメラにつき立てられた爪や牙で傷ついた黒いタキシードとマントを身に纏った男は、疲労の色を見せながらも必死に戦っていた。
 座り込む花嫁とバラに包まれた幼子を背中に置いて倒れる事など彼には許されなかった。

 ついに膝をつき力が抜けてしまいそうになった時、横を複数の影が通り過ぎる。
 バイクの排気音をさせながら現れた彼らは、到着してすぐに作戦通りに展開していく。
 鋼の鎧を身につけた浅川 聖次(gb4658)が、濃い水の蒼を髪と瞳に湛えたファブニール(gb4785)が、飄々とした雰囲気の中に緊張感を漂わせたノーン・エリオン(gb6445)が、すぐさまライオンキメラと黒いタキシードの男との間に立ちふさがる。
 冷める思考に合わせるように瞳の色が赤から青く変わったフィルト=リンク(gb5706)が、攻撃を寄せ付けない硬さの皮膚に金色の闘気を纏った須佐 武流(ga1461)が、AU−KVに炎の揺らめきを漂わせた水瀬 深夏(gb2048)が、ライオンキメラへと向かっていく。
「安心しな! 俺達が来たからには心配いらねぇぜ!」
 追い抜きざま水瀬がかけた声は、暗くなりかけていた雰囲気を吹き飛ばすように明るい。
 能力者たちの登場は、絶望的な終わりが見えていた状況に射した一筋の光のようだった。


(「本当に‥‥無粋なことをしてくださいますね‥‥」)
 剣に盾を構えAU−KVを装着したフィルトが、冷静な中にも静かな怒りを含ませてライオンキメラの群れへと一気に近づき、複数の個体を相手しながら仲間が揃うまでの間花嫁たちの方へ押されないようつとめる。
 銀の細剣で尻尾を払い、龍の彫られた盾は爪を防ぐ。その様はまさに騎士。
 護るべきもののある背中は細くとも広く頼もしい。
 止まることなく走りこんだ須佐の身体が宙を舞い、つま先に取り付けられた爪がライオンキメラの一匹へ傷をつける。
「面倒だ‥‥お前らまとめてかかって来い」
 挑発に乗せられたライオンキメラがひとつ吼えて、須佐をにらむ。
 上方に振りかざされた前脚の大きく鋭い鉤爪が、わずかな光を残して弧を描く。
 しかしただまっすぐ振り下ろされた筋など予想するまでもなく、獅子の爪は虎の爪にいなされてライオンキメラは地に転がり、ますます苛立った様子で牙を剥きだしにして唸った。
 飛び掛るライオンキメラの腹の下へ滑り込む水瀬は、己のすべてを拳に乗せて突き上げる。
 大きく開けた口を強制的に閉じさせられたライオンキメラは石畳にのた打ち回り、それを助けるように相手のいない一頭が水瀬に体当たりを仕掛ける。
 起き上がるキメラの陰となり、襲い来るキメラへの対応が一瞬遅れる。
 牙がまともに水瀬を捉えそうになる瞬間、後方から飛んできたパステルカラーのバラがライオンキメラの鼻先を掠めて、攻撃の勢いが削がれる。
 振り返れば黒いタキシードの男が、肩で息をしながらも立ち上がりライオンキメラへと向かってきた。
 しかし男の傷はノーンの練成治療で支障がないほどには治っているものの前線で戦えるほどではなく、少し後ろから能力者たちの戦いに若干のフォローをするにとどまった。

「さてと、彼にはもう少し頑張ってもらおうか」
 ノーンの言葉は軽いが、振り返り幼子を見る目は真剣そのものだ。
 地面に横たわる二人の表情はまだ幸せそうな笑みを浮かべている。
「貴女は下がっていて下さい」
 浅川が力なく首を振って動こうとしない花嫁に優しく声をかけ、両親のところへ下がらせる。
 人々が祈りを捧げる中、既に幼子の傍らへ膝をついているファブニールとともに三人で処置を始める。
 少し伸びた蔦を取り、切断を試みる。
 幼子は痛みを感じているのかいないのか、痛がる素振りも見せずに眠ったままだ。
 切断されたバラは水の代わりに吸い上げた血液で綺麗な深紅に染まっていたが、本体から切り離されて花弁の先からゆっくりと錆色に変わっていく。
 錆色に変わった蔦の先は皮膚に埋もれる様子はなく、刈り取ること自体に問題はなさそうだった。
 それを確かめた彼らは気をつけながらも手早くバラを刈り取り、蔦に埋もれて確認できなかった脈を測る。
 が、脈が弱いのか確認することが出来ない。
 それどころか、持ち上げて判る腕の感触は筋肉の張りではなく細い管状のものが詰まっているような感覚で、子供の腕にはおよそ似つかわしくない筋がところどころに見える。
「こんな、こんなこと! 無事でいてくれ!」
 ファブニールの叫びは、状況を目の当たりにした者たち全ての願いだった。
 蔦を掻き分けても核になるようなものは見つからず、脈の中心である左胸のあたりから生える蔦が多いことを考えると答えは明確であり、ノーンはその哀しい確信に核をつくつもりで構えていたアーミーナイフを静かにしまうことしかできなかった。
 取り付いた核を除く以外にバラキメラを幼子の体内から一気に取り除く術は能力者たちに思い当たるものはなく、今できることと言えばこれ以上の養分を求めた蔦が伸び進まないよう皆から遠ざけることだけだった。
 抱えあげるファブニールの腕に蔦が絡み付いてくるが、浅く食い込んだそれを引き抜く痛みなど、他に感じる痛みに比べればたいしたことではなかった。
 運ばれる幼子に手を伸ばす花嫁と両親に、包囲を飛び出してライオンキメラが迫る。
「これ以上傷つけることは許しません‥‥っ!」
 浅川がAU−KVに淡い光を纏わせながら割り込み、自らの咆哮までも響かせながら深蒼の槍でライオンキメラを前線へと押し戻し、追うように前線へと加わる。
 幼子に手が施せない以上、ライオンキメラを倒すことが彼らに残された仕事だった。

 バラキメラに対応していた三人が前線へ加わったことで状況が皆に伝わるが、ここでも水瀬が声をかけて重たくなる空気を意識的に浮上させる。
 今はライオンキメラへ怒りの矛先を向けて、一刻も早く脅威を遠ざけなければならない。
「くらいやがれっ!」
 出力を上げた激熱が放電し、空気を引き裂きながらライオンキメラへ叩き込まれる。
 攻撃の強さだけではない重い一撃を受けて、ライオンキメラの一頭がそのまま動かなくなった。
 フィルトが構えていた盾を降ろし剣を構えなおして、攻勢に転じる。冷徹な瞳には一片の容赦もない。
 隙を的確に突いてはライオンキメラの体力を殺いでいき、動きの鈍ったキメラの眉間目掛けて剣を振り下ろす。
 動かなくなったのを確信して残りの個体へ目を向けた先では、身軽に動いた須佐がライオンキメラをかく乱している。
 多方向からねじ込まれる爪に翻弄されるキメラは、まともな反撃をすることができないまま地へと伏せ倒れた。
 見渡せばもう一頭も仲間の手によって既に倒れており、静かになった広場に誰かが石畳を殴りつける音が響いた。


 結婚式は中止され、代わりに黒い服を着た人々が再び教会に集まる。
 キメラに寄生された幼子は小さな棺に納められて、火葬の準備が進められる。
 他の人への寄生の可能性が捨てきれず、そのまま埋葬することはできなかった。
 万が一に備えるため能力者たちは最後まで立ち会う形となり、黒いタキシードの男からじっくり話を聞き出す時間ができた。

「で、それをばら撒いた奴に心当たりがあるようだが‥‥」
「あの白タキシード何者だ?」
「‥‥あれは、僕の兄です」

 今はタキシードを脱いだ彼が言うには、白タキシードの男は行方不明になっていた彼の双子の兄らしい。
 そしてこのような形での再会は予想していなかったので驚いている、とも。
 兄が行方不明になってからエミタ特性が発見されて能力者となった彼は、実家の花屋を継いで働く傍らこの近辺のキメラ退治をしてきたのだと言う。
 姿を消してしまった以上は今兄がどこに居るのかも判らないが、場合によってはどうなっても仕方ないと彼は大きく息を吐いた。

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 白いバラを手に取って、仮面の男が口を歪ませる。
「また会いに行くよ‥‥」
 翻る白いマントの後ろには、咲き誇る白いバラ。
 幼子が摘んだ枝も、既に伸びて新しい花が咲いている。そして近くには、体からバラの生えた猫。
 そのバラもじきに紅く染まっていき、夕闇迫る空の下、紅白のバラが風に揺れた。