タイトル:三月は突風をマスター:御鏡 涼

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/24 03:17

●オープニング本文


 花が咲いている
 一面が鮮やかな黄色で埋め尽くされるほどに。
 花が咲いている。
 特徴的な花弁が、まるで整列した器楽隊のように同じ方向を向いて。

 それはある女性が手塩にかけた花畑。
 毎年少しずつ広げた彼女だけの花畑。
 黄色い花に祈りと希望を込めた花畑。
 待人は帰らないと知っていたけれど。

 突然、青空に映えるその花が突風に激しく揺らされた。
 春間近の暖かい陽の光を遮るように、それは姿を現した。
 鷲の前脚とくちばしで花を踏みつけ、馬の後脚が地面を蹴散らし、背中に広がった大きな翼が起こす風に黄色い花は地に落ちる。
 そのキメラの足元には蝙蝠のような羽を生やし蛇の尻尾を持った鶏が数羽いて、騒ぎに逃げる小動物を追い掛け回しては突付いている。
 傷を追った小動物は麻痺したように四肢を震わせ動きを止め、なすすべなく自分を引き裂く相手を見つめていた。


 キメラが発生したのは集落近くの小高い丘。
 羽の生えた馬型が一体と、蛇の尻尾の雄鶏型が三体の計四体。
 集落の女性が大切な人の無事を願いながら整えた花畑の隅で、飛び立つ様子も見せずに我が物顔で居座っている。

 その花は、ラッパスイセン。
 ヒガンバナ科スイセン属の一種。内側の花被片がラッパのように突き出た黄色い花で西ヨーロッパに分布。
 春の訪れとともに咲き、希望の象徴とされる。
 花言葉は『あなたを待つ』

「『希望』を揺るがすなど、見逃せません。
大変な時期だとは思いますが通常任務も大切な仕事ですから、宜しくお願いします」

●参加者一覧

比企岩十郎(ga4886
30歳・♂・BM
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
黒須 信哉(gb0590
22歳・♂・DF
田中 直人(gb2062
20歳・♂・HD
レベッカ・マーエン(gb4204
15歳・♀・ER
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
宗像 霊凰龍麟(gb5219
23歳・♀・FC

●リプレイ本文

●ふきつけるかぜ
 キメラは花畑と言えば荒らすのがお約束なのかと口元だけの微笑みを浮かべ、黒須 信哉(gb0590)は首元に揺れる十字架を弄んだ。
「手折る事しか出来ない風に、容赦なんて無用だよね」
「とりあえずさっさと退場してもらいましょう。花畑には邪魔ですよ」
 ギター型超機械のチューニングをする田中 直人(gb2062)の人懐っこい黒い瞳はAU−KVのフェイスシールドの中で空を映したような青に変わり、陽光を受けた猫の目のように瞳孔を細くした。
「困ってる人は本気だからな。こっちも全力であたるのが能力者の役目なのダー」
 甲にエンブレムのついた手袋が白い円を描き、ぴたりと空を示す。掛け声とともに変身を終えたヒーローのようにポーズを決めたレベッカ・マーエン(gb4204)の右目が金色の光を宿した。
 レベッカとは対照的に、静かにトレンチコートの襟を正す紅 アリカ(ga8708)の瞳が赤に変わる。表情に出さない感情が蒼い炎となって身体をつたい、銃を握る手の甲に鮮やかな赤炎の印が浮かび上がった。
 苛立った心を落ち着かせるように煙草の煙を吐いたヤナギ・エリューナク(gb5107)の表情は晴れないままで、覚醒すると漂うはずの妖艶な雰囲気も伏せられがちの視線が邪魔をする。
「まさに『花を踏みにじる』だな。許せ無ェ‥‥」
「全ては、ただ足元に菫の花を咲かすため。そのためだけに戦うのも悪くはありませんわ」
 淡い赤霧の中に身を置いた宗像 霊凰龍麟(gb5219)は口元に優雅な微笑みを湛えた。
「かれらも花が好きなんじゃないですか」
 花畑に居座るキメラに悪意は感じないと瓜生 巴(ga5119)は言い、もう一度作戦の手順を確認する。
「あれで、危険が無いなら問題ないのだが。そうも行くまい」
 穏やかな口調で言った比企岩十郎(ga4886)の顔が雄獅子に変わる。黄褐色のたてがみを丘から吹き降ろす風になびかせ、他人より小さく見える大剣を悠々と構えた。
 切先は丘の上へまっすぐに向けられ、皆がそれを追うように黄色い花畑の方へ目を向ける。
 風に乗って、キメラの鳴き声が聞こえた。

●ゆれるすいせん
 首を前後に揺らし、大型キメラの周りを歩く小型キメラの額には赤い鶏冠。
 全体的には雄鶏の形をしているが、尾羽があるはずの場所には生きた蛇が尻尾のようについている上に、時折広げる両翼は鶏とは似ても似つかない蝙蝠の飛膜になっており、その姿は神話に聴くコカトリスに良く似ている。
 コカトリスキメラたちの歩く中央には、全体的には馬の形で鷲の前脚と翼を持ったキメラが落ち着かない様子で辺りを見回していた。
 歯が並んでいるはずのところには鷲のくちばしがついていて、雄のグリフィンと雌馬の間に産まれると言われるヒポグリフの姿をしている。
 見通しが良いのはお互いに有利でありながらお互いに不利であり、寧ろ能力者たちを見下ろすキメラたちの方に若干の分があった。
 比企の警告に皆が散開するも、先制を取ったのはキメラたちだった。
 しかし蝙蝠の羽ばたきも能力者たちの足を止めさせることができないまま、彼らは一気に丘を駆け上る。起こされた突風にスイセンの黄色い花弁が烈しく揺れた。
 ヒポグリフキメラを取り巻くコカトリスキメラを手順どおりにツーマンセルで引き離し、隙間を縫った紅がレベッカとともにヒポグリフキメラの足止めに入る。足元を撃たれたヒポグリフキメラは、不機嫌そうに地面を踏み散らかした。
「さて、器楽隊とセッションと行こうか」
 ST−505の弦を鳴らし、田中がギターロックを奏で始める。その旋律は激しく、時に優しく辺りに響き渡り、コカトリスキメラの翼へ向かって収束する。
 自らもベースを演奏するヤナギとの連携は、曲のリズムに合わせて隙がない。
 宗像のTEPES1431もコカトリスキメラの羽を狙う。二丁の銃から放たれる太さ10mmの釘弾がキメラの羽を撃ち貫き、空へ逃れる術を奪った。
 銃を槍に持ち替える宗像の傍らでは瓜生が盾と剣を構える。単純な今回の作戦が実戦に慣れる良い機会だと、完全に宗像のサポートに回り混戦にならないように周囲を注意している。
「チャンスは作るものなのダー! 勝利へと導け、超機械スキルモード!」
 紅の銃身が淡い光に包まれると放つ弾丸が重さを増し、続けて向けられたレベッカの超機械が僅かにヒポグリフキメラのフォース・フィールドを薄くする。
 ところが作戦自体は上手く運んでいるのだが、思いの外コカトリスキメラの動きが素早く、思うように攻撃できない状況が続く。
 黒須が注意を引きつけた隙に比企のバスタードソードが何度も叩き込まれるが、見た目以上にタフで一気に決着が着きそうにない。それは他の二組も同様で、中々削りきれない。
 更にコカトリスのくちばしが突付く横から尻尾の蛇が噛み付こうとするために、攻撃よりも防御に重点を置きがちな戦法は、寧ろジリ貧の消耗戦になりかけている。
「そろそろ、お帰り願おうかしら‥‥っ」
 業を煮やした紅が、銃を剣に持ち替える。眩い光を放つ剣を閃かせ一気に畳み掛けた。
 フォース・フィールドの弱まっているヒポグリフキメラは少しずつ動きを鈍らせ、抵抗むなしく刃を前にし地に伏した。
「さぁ、次に行くのダー」
 最終目標は全キメラの討伐であり、その為には順番など気にしている暇はなかった。
 しかし受け流しきれない傷ができる度、武器を握る手に、走る足に、徐々に痺れが蓄積されていく。
 黒須が使用したスキルは己の細胞を活性化させ消耗した体力を回復させたが、循環の良くなった身体には麻痺毒が回ってゆく。
「待って!」
 練成治療を行おうとしていたレベッカを慌てて止め、回復よりも攻撃をするよう叫ぶ。状況を察したレベッカはそのまま手近のコカトリスキメラに電磁波を浴びせた。
 既にヒポグリフキメラは倒れ、キメラ一体に対する能力者たちの手数は増えている。力で押し切ることは可能だった。
―――人は皆 不安を抱え 人は皆 道を失い―――
 更に田中の歌が皆の背中を押す。
 ヤナギがコカトリスキメラの尻尾の蛇を剣で薙ぎ払いながら、身体に銃弾を叩き込む。
 怯んだ隙に、大きく振りかぶったイアリスを渾身の力を込めて振り下ろす。
―――人は皆 希望を求め 人は皆 未来を想う―――
 黒須の流し斬りに、比企が獅子の咆哮を響かせ合わせる。
 傷ついた飛膜では空へ逃げることも叶わず、退路を絶たれたコカトリスキメラは両断された。
「因果応報。これは‥‥花が受けた痛みですよ」
―――この身 ただ一振りの刃に この身 ただ一帖の楯に―――
 瓜生の機械剣が残るコカトリスキメラを焼き、動きを確実に鈍らせていく。
 宗像は槍で突き刺したキメラを地面へと叩きつけ、自らは全体重を乗せるように浮いた柄へ飛び乗って磔にする。
「さようなら、あんたらにこの丘は似合わないわ」
―――この身 ただ「人」の為に 例え この身 力尽きても―――
「‥‥力尽きるのはまずくないですか?」
 機械剣のレーザーを納めた瓜生が田中に突っ込みを入れる。
「無事だったんだし、許してくださいよ‥‥」
 AU−KVの装甲を解いた田中が誤魔化すと、ギターの残響に皆の笑い声が重なった。

●いちめんのはなばたけ
 戦場になってしまった花畑は、無残な姿を晒していた。
 修復を申し出た黒須たちの言葉に、花畑の主は申し訳なさそうにしながらも、それ以上に嬉しそうにしていた。
 痛んだ花を取り除き、改めて土を運び入れ、新しい花を植える。
 作業は大変だったけれど春の陽気はぽかぽかと暖かく、これから芽吹くであろう他の花々の気配を感じさせて自然と笑い声が上がる。
 大切な『あなたを待つ』ために植えたこの花は、いつしか『もう一度愛して欲しい』と言う『報われぬ想い』の象徴になった。
 けれど今は、優しい思い出としてこの丘に『気高く』咲いている。
 帰り際、レベッカは折れていないスイセンを指差し、譲って欲しいと言った。
「これから激しい戦いになるみたいだし、気休めでもあったほうがいいのダー」
 主の女性は状態の綺麗なものを選んで、抱えられるほどの花束を作り微笑んだ。
「皆さんがいつも無事に戻られるよう、わたしもお祈りしています。
 今回は本当にありがとうございました」

 その笑顔は、頭上に広がる青空のように晴れやかだった。