タイトル:真っ赤な衣装と薔薇の花マスター:御鏡 涼

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/01 22:48

●オープニング本文


 バラの蔦に締め上げられ、その棘に身体を貫かれ。
 男の白い衣装が、紅く染まる。
 男から伸びる蔦は、紅い洋靴の女が抱えた花束へと繋がっている。
 伝い流れる血が、黒ずんだ女の衣装を紅く染め直した。
 傍らでは黒い毛並みの大きな犬が、男と同じ白い衣装の女を食い散らかしている。
 血のように紅い女の唇が、笑みの形に歪んだ。

「‥‥ふふっ」

 とある教会の前。
 その日新しい門出を迎えるはずの二人を包んだのは祝福の声ではなく、悲鳴だった。


 出現したのは人型キメラ。
 真っ赤なドレスを着た女の姿をしており、左手に大きなバラの花束を抱え、傍らに黒い大型犬を数匹従えている。
 何故この地域にこのようなキメラが現れたのかは一切不明だが、最初の事件で知った顔だったという目撃証言があり、何らかの理由でキメラの素体にされた女の記憶で動いている可能性がある。
 しかし既に経緯を調べるあてはなく、被害を抑えるためにも即刻処分をする必要があった。

「皆さんはレッドキャップと言う妖精をご存知でしょうか」

 愛用の斧で人間を殺しその血でかぶっている帽子を紅く染め直し続ける妖精は、帽子が乾くと死んでしまうという。
 そのレッドキャップのごとく、キメラは移動しながらドレスを染め直しているのだ。

「どんな事情があれ、彼女は既に人間ではありません。
 集落にキメラが到着する前に処分をお願いします」

 オペレーターは静かに頭を下げた。

●参加者一覧

犬塚 綾音(ga0176
24歳・♀・FT
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
赤宮 リア(ga9958
22歳・♀・JG
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
エリス・リード(gb3471
18歳・♀・FT
冴木 舞奈(gb4568
20歳・♀・FC
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG

●リプレイ本文


「人間素体のキメラかぁ、なんだか胸糞悪くなるね」
 予想到達地点で待機する樋口 舞奈(gb4568)がいつもより苦く感じるチョコレートをかじる横で、ルノア・アラバスター(gb5133)が初任務への緊張か拳を握りながらゆっくりと目を開く。
「皆さん、宜しく、お願い、します」
 紫から深紅に色を変えた右の瞳がキメラ達の向かってくるであろう方向を見つめ、一陣の風に黒髪を遊ばせる秘色(ga8202)の青を帯びた銀色の目には迷いなどなかった。
「キメラとされたは哀れじゃが、キメラとなりては倒すのみ」
 体を包む光が黒い影を見せながら揺らめき、宙に浮かぶ死神を背に負ったエリス・リード(gb3471)は、不機嫌そうに眼鏡の位置を直す。
(「覚悟しておく事ですね、妖精気取りの身の程知らず‥‥」)
 夜十字・信人(ga8235)の後方に黒い羽が広がり、その羽を背中につけた黒髪の少女が夜十字の輪郭と重なるように姿を現した。少女は見る人の心持ちで悲しんでいるようにも微笑んでいるようにも見えるような表情を浮かべ、夜十字の背後に静かに佇んでいる。
「人であろうとキメラであろうと。笑顔を壊す存在を自分は許さない」
 夜十字を兄と慕う蒼河 拓人(gb2873)はそれまで見せていた笑顔を曇らせながら呟く。その瞳が色を定めないままゆらゆらと煌いた。
 犬塚 綾音(ga0176)がジャケットの襟を直し、白から赤に変わった長髪を後ろへはね上げる。
「幸せな門出を邪魔するってのは気に入らないね」
 気迫に応えるように、髪が風を受けるように浮き上がった。
 行方不明の姉が自称していた妖精と似た行動をするキメラに手がかりを探す赤宮 リア(ga9958)の脳裏に最悪の事態がよぎる。それを確かめるためにもこの事件を見過ごすわけには行かなかった。
 気を取り直すようにトレードマークの赤い帽子を被りなおす。炎のように赤いオーラとともに凛々しい雰囲気が身を包んだ赤宮の視線の先に、赤黒いドレスを身に纏い、大きなバラの花束を抱えた女と三頭の黒犬が姿を現した。
「皆さん! 散開して下さいっ!」
 赤宮の言葉に全員が位置につく。時刻は夕刻前。星屑にまだ手は届かない。


「さあ、戦いの始まりだ。容赦は‥‥出来ない」
 射程ぎりぎりまで引き寄せた蒼河の弾頭矢が群れの中央に放たれる。着弾を合図に夜十字が女キメラに斬り込み、けん制の蔦を腰の鞘から引き抜いたラジエルで焼き掃う。普段からの知り合いだけに連携は阿吽の呼吸だ。
「邪魔よ犬、大人しく地に伏せろ」
 エリスはどこかクールになりきれないまま、いつもよりもイラつき気味に大鎌を振り下ろす。
 その隙に盾を構え別の犬に突っ込む樋口。
 傭兵になる時覚悟を決めたとは言え、実際に事件を目にすると決心が揺らぎそうになる。しかしそんなことを言ってはいられず、ぶどうジュースの変異した試作型機械剣のグリップを強く握りしめた。
「あんたの『恐怖の赤』か、あたしの『情熱の赤』か‥‥どちらが強いか決めようじゃないか!」
 犬塚が淡く光る刃を女キメラに振り下ろすが、黒犬に阻まれる。
「援護、します、行って、下さい」
 ルノアが後方からガドリング砲を打ち込み出来た隙に、秘色のつま先が赤い軌跡を描き犬塚へと向かう黒犬を蹴り飛ばす。
「おぬしの相手は、わしらじゃ。‥‥主は別に相手がおるでな」
 一言言うと、優美な所作で蛍火を構え直した。
「気を、付けて‥‥!!」
 蒼河がルノアの警告に身を翻すも、けん制に軌道を変える蔦にギリギリのところで絡めとられてしまった。花束から伸びる細い蔦は思ったよりも強い力で蒼河の動きを封じ、その棘を深く突き刺してくる。一般人ではひとたまりもないが、エミタの恩恵を受けた能力者には多少の傷で済むのが救い。しかし、蔦の巻きついたところからはじわりと血が滲んだ。
 女キメラの紅い口元が笑みの形に歪み、右手の銃がエリスを捉える。音の割りに重い衝撃が革のジャケットに傷を作り、銃撃に続いて爪を立てた黒犬が不機嫌に振り払われた。
 引き離され女キメラの元に戻ろうとする黒犬が樋口へと体当たりをするものの、大きく頑強な盾に阻まれて戻ることが出来ない。唸り声を上げる黒犬を機械剣で斬りつけながらコンビを組む赤宮との距離を見て連携を図る。
「赤宮流! 神風乱射っ!!」
 矢継ぎ早に放った弾頭矢が黒犬のフォース・フィールドを突き抜けて赤く弾ける。衝撃に伏した黒犬はそのまま起き上がらなかった。
「やれやれ、あの犬っころ達も、もっと小さかったら可愛いんだけどねぇ」
 軽い口調のままにバラの蔦を掃う犬塚の後ろでは、能力者たちの攻勢が始まっていた。
 助けを借りながらもほぼ自力で蔦から抜け出した蒼河が番天印で狙いを定めた一撃は、黒犬の後ろ足に的確に吸い込まれて行き、動きの鈍ったところへエリスが攻撃を叩き込む。
 後ろ足の傷を抉るように大鎌の柄を突き刺し死角に回ると、刃を下から掬い上げるように横腹へ入れて勢いのままに両断する。背中に負う死神の鎌に、エリスの纏う光が緩やかな曲線を伝うように煌いた。
「当てて、みせ、ます!!」
 秘色が蛍火と砂錐の爪を交えながら柔らかくも強い太刀筋で黒犬の動きを鈍らせる。ガドリング砲の照準機を通したルノアの赤い瞳が、その隙を見逃さずに温存していた強弾の雨を浴びせ仕留める。
「おぬしで最後じゃ」
 秘色が黒犬から返す刃で放ったソニックブームが女キメラの体勢を崩す。
 防護の薄さを黒犬のカバーリングでまかなっていた女キメラは避ける間もなく脇腹を切り裂かれ、黒く変色し始めているドレスは再び鮮やかさを取り戻した。
 女キメラが悲鳴を上げながら眼前の犬塚へ銃を向ける。すぐさま秘色が銃を蹴り飛ばすが発砲には間に合わず、夜十字が身を盾にした。
「あ、本気で盾になる羽目になった‥‥」
 夜十字は野郎じゃなくて乙女なら良いやと軽口を利き何もなかったように傷を治す。思わず舌打ちした犬塚の体全体が揺らめく炎のような赤い光に包まれ、引火するように蛍火が発した淡い赤色を受けて光る金色の瞳が女キメラをにらみつけた。
「このあたしの気合いの一撃‥‥受けられるものなら受けてみなっ!」
 犬塚の気迫の篭った一太刀が女キメラに膝をつかせ、夜十字が剣を銃へと構え直す間に伸び行く蔦を、赤宮と蒼河が撃ち落とす。
「最後は自らの血で‥‥染めなさいッ!!」
「よっちーアニキの邪魔はさせない」
 困惑したように辺りを見上げた女キメラの顔を伝う血が涙のように見えた。
「すまないな。俺は神父だが、言葉では君を救えそうに無い」
 ロザリオに短い祈りを捧げた夜十字が女キメラの胸と眉間を打ち抜いて、女キメラは悲鳴すらあげられないまま何かを掴むように手を伸ばしてゆっくりと後ろへ倒れていく。
 まるで終焉を告げるかのように、紅い花が風に散った。


 虚ろしか映さなくなった瞳を閉じさせる頃には大分陽が傾き、二度目の死を迎えた今、女は人類の敵からただの屍に戻った。
「ごめんね‥‥‥自分にはこれくらいしかできないから」
 集落の教会で紅く濡れたドレスを落ち着いた黒いドレスに変え、女の口唇に紅を引きなおす。死化粧をする蒼河の手が離れた女の顔が、心なしか穏やかに笑っているように見えた。
 結局女の正確な身元はわからずじまいで、参列者は先ほどまで刃を交えていた能力者たちだけだった。
「紅はわしも好きじゃがの‥‥血を流すは好まぬよ」
 祈りの言葉が流れる中、花を捧げる秘色が哀しい瞳をして呟いた。

 教会をあとにした皆が見上げた空には満点の星。
 結局手がかりを得ることが出来なかった赤宮は、行方が知れないままの姉に想いを馳せ小さく溜息を吐いた。
「お姉様‥‥一体、何処で何をして居られるのでしょう‥‥」
 星の命に比べれば、人の一生など一瞬の煌きに過ぎぬのかも知れない。それでもその輝きは他のものには変えられない大切なもの。
 それを一方的に消される者の悲しみを取り除けるのは、一握りの儚くも強い者たちだけだ。

 まだ戦いは終わらない。伸ばした手が、あの赤い星に届くまで‥‥。