●リプレイ本文
樹木の隙間からは抜けるような青い空。
季節柄気温は低いが、木漏れ日の下は仄かに暖かい。
戦場でなければ陽光を目一杯浴びたいと思えるそんな気候だ。
しかし、静寂はいつまでも続かない。
ここは間違いなく戦場なのだ。
「カウフマン‥。もうすぐだ‥!」
マサキは待ちきれないという様子で大剣の刃を見つめていた。
その指は僅かに震えていた。息も僅かに荒い。
最初は怒りに震えているようにも見えたが、どうもそうではないらしい。
「‥マサキ、どうかしたの?」
「なんでもない」
心配して声をかけた瑞姫・イェーガー(
ga9347)を乱暴に振りほどく。
が、いつもほどの力は無かった。
「何でもない事はないだろう」
御影・朔夜(
ga0240)がマサキの腕を掴み、力を篭める。
いつもならその程度でどうこうなる彼ではないが、
御影に押されて小さく呻く。
確実に、弱っていた。
「お前達の一人分ぐらいは戦ってみせる」
マサキは弱っていたが、目だけは異様に輝いていた。
「それは結構なことだ。なら、カウフマンの最後も奪って見せろ。
貴様が思う以上に私達は早いぞ?」
御影は手を離し、新しい煙草をポケットから探し始めた。
その様子を横目で見ていた藤村 瑠亥(
ga3862)は、
興味を失ったようにマサキから視線を離した。
彼ら2人は特に、この件に同情していなかった。
彼へのスタンスは個々人で差はあるが、
マサキの様子は尋常ではないのは誰の目にも明らかだった。
佐伽羅 黎紀(
ga8601)が見かねて口を開く。
「マサキさん、気負いすぎないでくださいね」
「ん?」
「カウフマン博士を倒す事は通過点です。
貴方にはもっと大事な目的が、この後に控えているのですから」
「‥わかっている」
それきりマサキは押し黙った。
辺りは木々のざわめきだけが聞こえている。
ほんの少しの間のあと、遠くから遠雷のような音が聞こえてきた。
「始まったよ」
空を見上げていたイスル・イェーガー(
gb0925)が空の一点を差す。
陽動に出た傭兵達のKVと、基地防衛のHWが戦闘を開始したのだ。
遠くからでもわかるくらいの発光。
プロトン砲の光が空を照らす。
遠い空の仲間を気遣うも、ここからでは安否を確認できない。
「これまた派手だね! 航空支援に感謝だ。
さぁ、一気にアイツのところまで駆けつけてやろうぜ」
新条 拓那(
ga1294)はツーハンドソードを抜き、
山の斜面を下り始める。
その後方を、秋月 九蔵(
gb1711)、緑(
gc0562)らが無言で続く。
「行こう、マサキ」
「ああ‥」
覚醒する。
半病人のような有様が一変し、戦士としての面持ちを復活する。
それでも、以前ほどは気迫は感じられない。
この覚醒は、彼の残り少ない命の炎なのだ。
◆
HWが出撃したとはいえ内部の防衛戦力が居なくなるわけじゃない。
通路という通路全てにキメラの群がたむろしている。
突破は容易ではなかった。
四足歩行の獣に似たキメラならばそれでも通路を埋め尽くすことも無かったのだが、
残念な事にここはカウフマン博士の本拠地である。
植物型のキメラは通路全体に根を張り葉を茂らせ、隙間がほとんどない。
「クソッ! 部屋に篭ってばっかりのオタク野郎が、更生施設にぶち込んでやる」
秋月が忌々しげに吐き捨てる。
ブラッディローズで片っ端から薙ぎ払って行くが、
相手の勢いが弱まっているような気がしない。
数の多さよりも質量の大きさに、傭兵達は苦戦した。
「植物をこんなことに使うなんて‥」
緑が如来荒神を引っさげ走る。
鞭のように振るわれる蔓を、あるいは回避し、あるいは切り捨て、
一気に間合いをつめる。
走った勢いをそのままに、一番太い幹に如来荒神を突き立てた。
叫びも身動ぎもせずに、キメラが動きをとめていく。
植物型のキメラは血液のように樹液を噴出させると、
みるみるうちに萎んでいった。
同時に張っていた根や蔦でその個体に繋がる部分が枯れ始める。
「植物と動物の特性を併せ持っているようですね」
かれた蔓を払うと、監視カメラが設置されてあった。
佐伽羅はすぐさまターミネーターで銃弾を打ち込み、カメラを破壊する。
こちらの侵入がばれないとは思っていないが、
手の内を曝す意味も無い。
「如来荒神‥‥いい刀だ。
これならきっと痛みを感じる間も与えず屠ってあげられるかな」
緑は刀を振って、付いていた樹液を散らした。
彼にとって動植物をこのように利用するキメラは許しがたい存在だ。
彼がこの仕事に志願した理由は、カウフマン博士への怒りが大きい。
「この先に行けば、カウフマンの研究所みたいですね」
イスルが通路の先を示す。
キメラの防衛は厚い。
今のキメラが更に何体もうごめいているのが見える。
だが、ここまで来た以上引き返すような選択肢はなかった。
◆
研究室は基地の奥まった一角にあった。
部屋に入った傭兵達を迎えたのは、壁一面を蔦が覆う異様な部屋だった。
天井からは人口の陽光が振り注ぎ、辺りからは密林のような濃い匂いがする。
部屋の中央には薄緑の培養液が詰まった透明なシリンダー。
中には大きな蕾と長い根を持つ、キメラらしきものが浮かんでいる。
「来ましたね‥」
シリンダーの並びの奥に、一人の男が立っていた。
何人かにとっては見間違いようもない人物だ。
「カウフマン!!」
マサキが声を荒げる。
イスルや新条が彼を抑え、危ういところで一人で突っ込むことだけは止めさせた。
「俺達をここに呼び寄せて何のつもりだ?」
藤村が刀の切っ先をカウフマンに向ける。
カウフマンは笑みを崩さない。
カウフマンが指を鳴らすと、甲高い音を立て、円柱の培養層が内部からはじけた。
一斉にキメラがカウフマンの前を塞ぐ。
大きな蕾をもったキメラ達は、能力者に体を向けたまま一斉に開花。
赤、白、黄、桃と4体がそれぞれに人の大きさ以上もある大輪の美しい花を咲かせる。
「どうです? 美しいでしょう? この子達をどうしても見せたくて」
それが外見だけの話ではないのは明らかだった。
「キメラは任せて、マサキはカウフマンを」
「ここは俺達がなんとかする」
新条、緑、秋月、佐伽羅が前に立つ。
4人がキメラに飛び掛るのと同期し、残った5人は回り込んでカウフマンへと向かう。
キメラの花の中央が光り、熱波が立て続けに発射された。
傭兵達は一斉に散らばって回避。
「おらっ!」
秋月がブラッディローズの散弾を正面から撃つ。
狙いたがわずそのほとんどが命中するが、あまり効いている様子はない。
着弾の衝撃で毒の花粉が撒かれた程度だ。
「させないっ」
佐伽羅が超機械「天狗ノ団扇」で旋風を起こし、花粉を吹き飛ばす。
風の刃は同時にキメラの花びらや葉を傷つけるが、
これもやはり大して効いているような節は無い。
彼らにとって切り捨てることが可能な部位ばかりなのだろう。
「助かったぜ。しっかし、こいつは‥」
「うん。嫌なぐらいタフだね‥」
新条がうんざりした声で言う。
ツーハンドソードで蔓の触手をなぎ払ってみるが、これも外れ。
痛覚がないのかもしれない。
そうだとすると厄介だ。
「いや、効いていますよ」
訂正したのは太刀を構える緑だった。
緑の視線はキメラの花柄の部分を見ていた。
通常の植物と違ってやたらと太いそこには、佐伽羅の攻撃の痕があった。
「さっきの攻撃の時、ざわつきが消えた。弱点はそこです」
言うなり緑は飛び込んで如来荒神を振りぬく。
大きく花柄を切り裂かれたキメラは、樹液を撒き散らしながら徐々にしぼんでいった。
「なるほど。これなら余裕だ」
新条はツーハンドソードを構えなおし、目の前の一体に切りかかっていった。
一方、カウフマン博士に向かった5人だが、
こちらも苦戦していた。
研究員とは言え強化人間には違いない。
見た目ほど弱いわけじゃない。
足元に潜んでいたキメラが床を破って現れ、
接近しようとする能力者に襲い掛かる。
「このっ!」
イスルがライフルでカウフマンを撃つが、
キメラが盾になって一発も届かない。
「こいつら、再生が早すぎる‥」
瑞姫は片っ端から薙刀で触手を切り開いていくが、
それよりも回復が早く、こちらも前に進めない。
薙刀を振るう瑞姫の足を、一本の蔓が絡めとる。
「しまっ‥!」
切り裂いて逃げようとするが遅く、次々に蔓が身体を縛る。
足首の次は腕、腰、最後は首。
徐々に圧力を強めて締め上げる。
「ボサっとするな。まだ居るぞ」
瑞姫に撒きついた蔓を、藤村がなぎ払う。
次から次へと触手は湧いて出るが、全てを切り裂き一切寄せ付けない。
「雑魚はどいていろ、邪魔だ」
触手の元になった一体に刃を突き立てる。
無限にも思えた守りに、ほころびが見えた。
綻びを御影がこじあけ穴に変えていく。
「‥‥」
御影のジャッジメントが火を噴くたびに、
銃弾がキメラの幹を大きく抉る。
攻撃が着実に核となるパーツを捉えるため、
キメラに反撃の余地がない。
防戦一方のまま、幾つものキメラが死滅していった。
その時の御影の目は、味方から見ても恐ろしく映っただろう。
感情が無いのではない。
渦巻く怒りを、銃弾にこめて撃っている。
一匹でも多く殺戮するために、引き金を引いているのだ。
「いくよ‥瑞姫‥‥」
「いつまでもやられてると思うなよ」
イスルのライフルが瑞姫を狙う蔓を次々に撃ち抜く。
体勢を立て直した瑞姫の薙刀からソニックブームが飛び、
カウフマンを守るべく伸びた触手を纏めて薙ぎ払った。
「カウフマン!」
空いたキメラの隙を縫って、マサキが走る。
マサキの大剣が吸い込まれるように、カウフマンの胸を貫いた。
大量の血が、カウフマンの口から溢れる。
「‥マサキ?」
胸を刺し貫かれたカウフマンは驚いたようにマサキを見ていた。
自分がなぜこの状況に置かれているのか、全く理解できていないとでも言うように。
「‥カウフマン?」
マサキはカウフマンの目を見る。
それは、彼が一番良く知っている眼差しだった。
カウフマンは何かを悟ったように微笑み返すと、
刃を強引に引き抜いてマサキを突き飛ばした。
次の瞬間、カウフマンの身体は内部から破裂し、
原型を留めないほどの数の肉片となった。
「そちらも終わったようですね」
緑は刀についた樹液をぬぐい、鞘に収める。
本来なら言いたい言葉もあったが、そのほとんどが霧散してしまっていた。
マサキの言葉を信じるなら、カウフマンも彼と同じ物を愛した人間だ。
正気に戻った彼を、鞭打つような真似はできない。
「上の連中が派手にやっているようだな。
ここも崩れるかもしれない。外に出よう」
御影は銜えていた煙草をポケットの携帯灰皿に突っ込むと、
新しい一本を取り出して火をつけた。
ここにはもう、敵の気配はない。
「悪く思うなよ先生、またこんな敵を作らないためだ。まぁ‥火葬と思ってくれ」
秋月がまわりの機械に銃弾を打ち込むと、可燃物のタンクに直撃した一発が爆発炎上。
辺りに転がる植物型キメラに燃え移り、徐々に火の勢いを増していった。
カウフマンの肉片も、瞬く間に火に撒かれていく。
「マサキ、どうしたの? 引き上げるよ!」
「さっさと帰ろう。あの子達と恋人待ってるよ」
「あ‥ああ」
イスルと瑞姫は半ば呆然とするマサキをなんとか立ち上がらせる。
一行はカウフマンだったものを置き去りにして、部屋を後にした。
10分後、味方の脱出を確認したKV部隊が施設への攻撃を更に激化。
カウフマンの研究施設はその全てが地中に埋まってしまった。
◆
カウフマンの遺体はキメラの遺体と混じって回収できず、
結局、空の棺のみが故郷に送られた。
見送ったマサキの表情は複雑だった。
最後の最後で友人として振舞った彼の姿が、
いつまでも網膜に焼き付いて離れなかった。
(代筆:錦西)