●リプレイ本文
「なにもありませんね」
しゃがみこみ、足元の雪の様子を確かめていた新居・やすかず(
ga1891)が呟く。彼らは、雪山で発見されたという謎の巨大な影を調査するため、山の中へと入っていた。
「足跡が発見されたという場所はこの辺りで間違いないようです」
「まぁ、さすがに残ってはいませんね」
地図と方位磁石を確かめて位置を測っていた南部 祐希(
ga4390)は、そうやすかずに伝える。やすかずは納得しているように頷き、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がるとわかるが、男性のやすかずより、女性の祐希のほうが圧倒的に背が高い。やすかずは、話しかける際に祐希の顔を見上げなければなかった。そんなやすかずと祐希は、お互い腰に紐を繋げ命綱としている。安全を確かめあう相棒、いわゆるバディというものであった。
「こちらはいかがですか? 何か見つかりましたか?」
そんな二人に、同じ班の鳴神 伊織(
ga0421)が声をかける。彼女と、バディの南雲 莞爾(
ga4272)は周囲の様子を見て回っていた。
「あんたの身長はこの雪原で良く目立つ。いい目印だな」
「す、すいません‥‥」
何も無い白い雪原の中、2メートル近い祐希の身長はよく目立つ目印になる。莞爾の言葉に、祐希がビクッと怯えたように頭を下げた。莞爾はその様子に、訝しげに眉を顰める。
「‥‥? 褒めているのだが。だがたしかに、戦場でその身長はいい的だ」
「すいません‥‥」
「まぁ、ここには敵のスナイパーがいるわけでもないですし」
続く言葉に祐希がもう一度頭を下げる。やすかずは苦笑を浮かべて、二人の間に入った。
「それで、どうですか? お二人の方はなにか? こちらの足跡のほうは消えてしまっているようです」
「いえ、これといったものは発見できませんでした。やはり日が経ってしまっていますから」
「そうですね、とりあえず地道に捜索するしかありませんか」
「はい、まだ始まったばかりですし‥‥焦らず行きましょう」
やすかずに伊織が答えて、お互いに頷きあうのだった。
「山からの景色は綺麗ね‥‥」
長い髪をたなびかせながら緋室 神音(
ga3576)は、眼下に広がる景色を眺めた。そこに広がるのは広大なアメリカの大地。そして、山の麓には小さな街が。
「街の人間を守るためにも、未知の不安要素は取り除かなければならない」
そう呟き、双眼鏡を取り出して、山の中に不審なものはないかと探す神音。天候は良く、空は青空が広がっている。しかし、眩い太陽の光が雪に反射し、辺りを見づらくしていた。
「特にこれといった異常は見受けられませんね。しかし、こう明るいと逆に細かい異変を見つけることが難しいですね」
神音とバディを組んだ里見・さやか(
ga0153)が、同じように双眼鏡を眺めながら、神音とは反対方向を注意深く見つめて呟いた。
「そうね、こういう天気のときは雪崩にも注意しなくては」
「ええ、急激な気温の上昇は、雪崩の危険に繋がりますから」
二人は確認しあうように頷くと、再び周囲の捜索を開始した。
「まったく、命綱なんて動きづらくて仕方ないわね」
「そう言わずに。これも遭難などがないようにとの為ですから」
「そんなことはわかってるわ、くれぐれもあたしからはぐれない様に注意しなさいね」
腰に巻いた命綱を気にする江崎里香(
ga0315)に、落ち着いた口調でそれを宥める叢雲(
ga2494)。叢雲の言葉に、憮然とした様子で答える里香だが、心中では叢雲と命綱で繋がっていることに小さな安堵を覚えていた。
「それにしても、本当にそんな巨大ななにかなんているのかしら。まさか、テレビの特番のように、見つからなかったで終わるなんてことはないでしょうね」
昔見たテレビの未確認生物捜索の特番では、それらしい情報ばかりで、結局最後までその存在を見つけることはできなかった。里香は雪の上を歩きながら、なんとなくそんな番組に酷似しているなと、呟いて双眼鏡を覗きこむ。
「歩きながら双眼鏡を覗くと危ないですよ」
「あたしが、それくらいでミスを犯すと‥‥ひゃぁ!」
「おっと‥‥」
叢雲の忠告に耳を貸さなかった里香。突然、足元に段差を感じ、里香は前のめりに倒れこんでしまう。それを、叢雲がそっと手を出して身体を抱きとめた。パフッと軽い音を立てて、叢雲の胸に収まる里香。
「ほら、だから危ないと言ったじゃないですか」
「っ!! ちょ、ちょっと躓いただけで、転びなんかしな‥‥!」
軽く窘める叢雲に、里香は慌てて身体を離してそっぽを向いた。その顔が微妙に赤いのは、寒さだけではないだろう。
「そ、その、一応感謝だけは‥‥あ、ありが‥‥」
「‥‥? 江崎さん、これを見てください」
「な、なによ?」
お礼を言おうとした里香だが、叢雲の落ち着いた声で、彼の指差すほうを見る。そこは、さきほど里香が躓いた段差。良く見れば何か重いものが雪を踏みつけた跡のように見える。
「これって‥‥足跡!?」
「たぶん‥‥、しかもこれほど大きいものは、通常の動物ではありませんね」
「それじゃ、本当にキメラ‥‥」
「ええ、間違いないでしょう。この山には、巨大なキメラかなにかがいます」
その跡は人の足跡に似ていた。しかし、その大きさは叢雲達の足のゆうに数倍はある。どうみても、自然ではありえないことであった。
「早く、この足跡を追いかけるわよ!」
「待ってください。まず里見さん達と合流しましょう。我々だけでは危険すぎます」
「っ! ‥‥そうね」
今にも駆け出しそうになった里香を、叢雲が引き止める。その落ち着いた声に、里香は一瞬逡巡するが、すぐに落ち着いて叢雲に頷いた。
その後、さやか達と合流した里香達は、再び足跡の追跡を行ったが、途中で足跡は消えており、結局目標を発見することはできなかった。そして、安全のため遅くなるまえに下山することになった。
次の日も、一行は謎の影の捜索を行うため、雪山へと入る。その日は、あいにくの曇りであり、いまにも吹雪いてきそうな天気だった。一行は昨日と同じく、二つの班に分かれて捜索を行う。
「今日は発見地域から予想されるルートの延長線を調べて見ましょう。この辺りは森林部になっているので、何らかの痕跡が残っている可能性が高いかと」
「そうですね‥‥野生動物の動きも注意していきましょう。化け物がうろついている場所には動物は近寄らないでしょう。逆算で発見できる、かもしれません」
やすかずの意見に、祐希が同意する。他の二人も異論はなく頷いた。A班は前日に調べた場所から少し離れた森林部を探索する。
「これは‥‥」
しばらくして、伊織が見つけたのは2メートルを越える大きな熊の死骸であった。
「なにかに強い力で殴られたようだな」
「やはりバグアが?」
「そうだろう、こんな風に熊を殺せるのバグアしかない、人間以外はな」
莞爾は熊の様子を確かめると答える。
「状態から、殺されてからまだ時間は経っていない。たぶん、この辺りにいるぞ‥‥」
「わかりました、新居さん達を呼びましょう」
莞爾の言葉に、伊織は頷くと借りた無線機で、やすかずと祐希を呼び寄せる。
「そうですか、やはり。僕達もへし折られている木々を見つけました。もしかすると近くにいるかもしれませんね」
話を聞いたやすかず達は、頷いて自分達の発見したものを報告する。強い力で折られた木々、大きな足跡、目標が近いことを示しているようであった。
「大丈夫ですか?」
「いえ‥‥なんでもないです」
祐希がブルっと身体を震わせる。熊を倒し、木々をへし折る怪力を持った敵。祐希はそれに恐怖を感じていた。それを見かけたやすかずは、その震えを寒さのためだと思った。周囲には雪が降り出し、強い風がそれを吹き荒らし始めている。
「探索を再開するぞ。だが、今度はお互い放れず慎重にいくぞ、時間が無いのは分かっている‥‥だが、そんなに焦るべきではない」
莞爾の言葉に、全員が頷き一行は再び探索を開始した。
「雪が酷くなってきたわね」
「温かいコーヒーが恋しいです‥‥」
神音とさやかは雪で悪くなった視界を気にしながら、双眼鏡を覗きこんだ。だがやはり、白く染まった視界にはとくにおかしな所はなく、時折野生動物の姿が映るだけであった。
「あ、あれは‥‥」
「なに?」
そんな時、さやかが何かを見つけたように呟いた。彼女は双眼鏡で気になった所を確かめて答える。
「洞窟がありますね。もしかすると、なにか見つかるかもしれません」
「わかったわ、行って見ましょう」
さやかは相手を目上の者と考え、自分から行動を移すことはせず、報告して指示を待つというスタンスを取っている。神音もそれがわかっているのか、すぐに頷き指示を出した。
「酷い匂いね」
一行は洞窟の中へと入り様子を探った。洞窟の大きさは人間ならば十分に立ったまま歩ける大きさ。中は独特の獣臭が充満しており、里香は顔を顰めて鼻を押さえた。
「冬眠中の熊なんてオチはないでしょうね」
「いえ、どうやら違うようですよ‥‥」
里香の呟きに、叢雲が答える。彼はしゃがみこみ洞窟の隅で何かを拾い上げた。
「毛?」
「ええ、しかも通常の獣の毛ではないようです」
叢雲の拾った毛は、色は白く、まるで針金のようにピンと硬いもので、野生動物とは別のもののように思えた。
「それは持ち帰って、検査しましょう」
神音の指示で、白い毛を袋に入れて保存する。しかし、その後は目ぼしいものは見つけることができなかった。
「洞窟の主はお留守のようですね。どうします、ここで帰りを待ちますか?」
「いえ、吹雪も強くなっているし、そろそろ下山しましょう。我々が遭難しては元も子もないわ」
さやかの問いに神音が答える。さやかはそれに頷くと、地図に洞窟のだいたいの位置を記した。そして一行は洞窟を後にする。しかし、その帰りに‥‥。
「いた‥‥」
やすかず達は、巨大な足跡を追って捜索を行っていた。そして、吹雪の中ようやく巨大な影を発見する。それは、たしかに3メートルを越える大きさで、横幅もかなりの大きさだった。
「仕掛けるか?」
「いえ、私達の目的はあくまで調査です。もうしばらく観察していましょう」
莞爾の問いに、伊織が小さく首を横に振り、双眼鏡を取り出して影を見る。双眼鏡から見える影は、人型をしており、身体は白く巨大で、しかも足と腕がみょうに大きな姿をしていた。
「イエティだな」
「イエティ?」
「アメリカではビックフット、サスカッチと呼ばれる、雪山に現れるという伝説の雪男だ。まぁ、たぶんバグアのキメラだろうが」
莞爾がイエティと呼んだそのキメラは、ゆっくりとした足取りで歩いている。どうやら、莞爾達には気づいていないようで、彼らの反対方向へと進んでいた。莞爾達は、それを観察するように少しずつイエティに近づいていく。しかし‥‥。
「なんだ? 奴の動きが突然‥‥」
「も、もしかすると、なにか獲物を見つけたのかも‥‥」
突然イエティは何かを見つけたように走り出す。その様子に、祐希が怯えたような口調で思ったことを呟く。
「獲物ってもしかして‥‥」
やすかずの呟きに、一行はお互い頷きあってイエティを追いかけ始めた。
「な、なによこいつ!」
「どうやら、洞窟の主のようですね」
洞窟からの帰り、里香達の前に現れたのは、白く巨大な化物。一瞬、その大きさに驚く里香に、叢雲は落ち着いた口調で答える。
「鉢合わせなんて、運が悪いわね。どうやら向こうは襲う気のようだし、迎撃するわよ。アイテール‥‥限定解除‥‥」
冷静に状況を判断した神音は、自分が名づけたエミタ制御用AIに指示を出し、能力を覚醒させる。瞳が金色に輝き、その背に虹色の翼が浮かび上がる。
「こうなってしまっては仕方ありませんね」
さやかも、その長い髪を金色に、黒い瞳は碧色へと変化させた。
「いいわよ、やってあげるわ」
里香は、見た目は変わらないが、先ほどの驚きがスッと消え、機械のように感情の無い瞳で対象を見据える。そして二丁のライフルを両手に構えた。
「できれば戦闘は避けたかったのですが」
そう呟いた叢雲は、瞳を深紅に変え、前髪の一部が銀色へと変化する。ライフルをキメラの頭部へとポイントし、目を細めた。
彼らの変化に呼応するように、キメラも雄たけびをあげて突進してくる。その動きは、比較的遅いが、巨体は脅威で周囲の雪が舞い上がり雪煙となる。
「援護します」
叢雲が鋭覚狙撃で狙いを定め、イエティの頭部へと銃撃を行う。だが、イエティもそれを察したのか、太い腕で頭部をガードし、致命傷を避ける。
「抜く前に斬ると知れ――剣技・桜花幻影ミラージュブレイド」
続いて、神音が高速の踏み込みで、刀を鞘から抜き打ちざまに切る。イエティの太い足に、鋭い切り傷ができ、鮮血が飛び散る。しかし、イエティはそれに怯まず神音を腕でなぎ払う。
「ちっ!」
神音は、それを辛うじて避け、間合いを外す。そこへ、電撃がほとばしりイエティを撃ち抜く。
「だいじょうぶですか?」
さやかのスパークマシンによる援護だった。電撃はことのほか効いたらしく、イエティが苦痛で動きを止める。
「いまよ」
そこへ里香が追撃を行おうと銃を構える。しかし、一歩早く立ち直ったイエティは、突然口から猛烈な冷気のブレスを吐き付けた。
「くぅ」
たまらず腕でそれを防御する里香、そこへイエティの腕による一撃が‥‥。
「っ!?」
その攻撃が届く瞬間、イエティは足元への攻撃を受けて体勢を崩した。そして外した攻撃が地面に当たり、盛大に雪煙をあげる。
「大丈夫ですか?」
そこに現れたのは、伊織達。イエティに追いついた彼女達は、襲われているのが里香達と知り、援護を開始したのだ。
「当たってよかったです」
「ええ、彼女は無事のようです」
後方で祐希がライフルを構えたままホッと息をついた。先ほどの足への一撃は彼女とやすかずによるものだった。
「‥‥始めるしか、無いようだな」
莞爾が前に立ち、剣を構えた。彼の見た目は変わらないが、雰囲気はたしかに覚醒した者の物であった。
「ちっ、逃げるか」
しかし、イエティは敵の数が増えたと知ると、一目散に逃げ出す。足に怪我を負っているとは思えないほどの速さで、彼らに背を向け吹雪の中を走り出した。
「追うか?」
「いえ、無理な追跡は止めましょう。この吹雪では見失う可能性が高いわ」
「でしたら‥‥!」
莞爾の問いに、神音が首を横に振る。そこへ、さやかがハンドガンを構えイエティの背中へと弾を放った。それはペイント弾で、目標を識別するためのものだった。
その後、下山した彼らは、抗戦したキメラを『イエティ』と名づけて報告した。今後、この情報を元に、キメラの対処を考えていくのだろう。
「いや、初めての依頼で緊張しましたよ」
「全然、そうは見えなかったわ‥‥」
余談だが、最後に叢雲が呟いた言葉に、里香一同全員が呆れたように頷いたそうだ。