タイトル:嵐の鷹 花粉の園マスター:緑野まりも

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/03 05:34

●オープニング本文


 某国某所、人在らざる者が支配する土地。ある一室で一人の少女が、勉強の講義を受けていた。
「ここはこうなり、これの応用でこの答えを導き出す。理解できたかアイリーン」
「は、はい‥‥」
「ならば、この問題を解いてみよ」
「う‥‥ここがこうなって‥‥こうだから‥‥こ、こうかな‥‥?」
「だめだ! お前は何を聞いていたのだ! 我が妹なら、この程度の問題ぐらい簡単に解けないでどうする!」
「ご、ごめんなさい‥‥」
 勉強を教える男、デューイの叱責に身体を縮ませ恐縮するアイリーンと呼ばれた少女。だが、その勉強の内容は、大学で学ぶ以上に難しいもので、本来少女の年齢程度の者が理解できなくてもなんらおかしくない。むしろ、すでにこの段階まで学ぶに至っていること事体が驚くべきことなのだ。
「理解できていないのであれば、曖昧な返事はよせ。お前は今後、これ以上のことを学び、理解し、より新しき知識を生み出す者にならねばならんのだ」
「‥‥はい」
 デューイの厳しい言葉に、アイリーンはうつむいたまま小さく頷く。彼女は、父兄弟と共にバグアに拉致されて以来、こうやって高水準の知識を叩き込まれている。その目的は明確に知らされていないが、彼女を何らかの学者として育て上げ、新しい知識の探求を行わせようとしているように感じられた。
「どうだいアイリーン、勉学ははかどっているかね? デューイもあまり無理はさせないようにな」
「お父様!」
「お父さん‥‥」
 そこへ現れたのは、二人の父である初老の男。アイリーンはその姿に、少しホッとしたように父を呼び、デューイはその注意に困ったように眉を顰める。
「アイリーン、何か不自由は無いかね? 敷地の外へと出ることはできないが、出来る限り不便が無いよう取り計らってもらうよ」
「‥‥あのお父様。バグアという宇宙人は、いったい私達に何をさせようというのですか? こんな毎日、高度な知識を覚えさせようとして‥‥。私は、何かに利用されているのではないでしょうか?」
「アイリーン! お前はまだそんなことを! バグアは人間を救うために、この地球に来たと教えたはずだ! 現にお前はこうして、なに不便無く生活させてもらっているではないか」
「でもデューイ兄さん! 私のような人間はごく一部で、他の人々は酷い環境で管理されているって‥‥」
「なにを馬鹿なことを! いったいどこでそんな妄言を‥‥」
「デューイ、お前は少し黙っていなさい」
「し、しかしお父さん」
「デューイ‥‥」
「は、はい‥‥」
 アイリーンの問いに、激昂するように怒るデューイ。しかし、父の声にしかたなく押し黙る。そして、ジョーンズ博士はアイリーンに優しげな笑みを浮かべて答えた。
「アイリーン、お前がこのような場所に閉じ込められて不安でいる気持ちはよくわかる。父さんだって、時折不安になることはある。だがね、彼らはとても紳士的で、信用に足る存在だと私は思う。だから私は彼らの保護の下でこうやって研究を続けている。そしてアイリーンも、きっといつかわかってくれると思う。アイリーンは父さんを信じられないか?」
 父の優しげな笑みと、その言葉に、アイリーンはしぶしぶと納得するように頷く。
「お父様がそこまでおっしゃるのなら‥‥。でも、お母様やマサキ兄さんは‥‥」
「アイリーン‥‥、何度も言うがマサキのことは忘れなさい。あれはもういないのだ‥‥」
「‥‥‥」
 しかし、兄の名を出したところで、表情を一変させた父の冷たい視線が突き刺さり、言葉を飲み込むように表情を曇らせて俯いた。
「さて、私は研究に戻るとしよう。デューイ、少し話がある。ではアイリーン、勉強をがんばりなさい」
「私が戻るまで、しっかりと今のところを復習しておくようにな」
 再び表情を笑みに戻し、それで話は終わったとばかりに視線をデューイへと移したジョーンズ博士。そしてそのまま、デューイを連れ部屋を出て行った。
「お父様どうして‥‥。マサキ兄さん、早く帰ってきて‥‥」
 それを見送ったアイリーンは、父の様子と、消えた最愛の兄の姿に、その愛らしい顔に影を落とすのであった。

「あれの出来はどうだ?」
 部屋から出たジョーンズ博士は、さきほどの柔らかい笑みを消し、冷たい表情でデューイへと語りかける。
「はっ、まずまずといったところでしょうか。同年代の人間と比べて高水準の知能を持っています。ただ、まだまだ成長段階で、ヨリシロとしては‥‥」
「よい、まだ時間はある。じっくりと育て上げればよいだろう」
「はっ、しかし私はいつまで子守りを行えば‥‥」
「お前の謹慎が解けるのはまだ先だ。もうしばらく、子守りをしておれ」
「はっ‥‥」
 そして、ジョーンズ博士の厳しい指示に頭を下げるデューイ。その間に、父子の情は一切無いようで、あるのは上司と部下の関係だけであった。
「しかし、今後の作戦は‥‥」
「お前がおらぬとも、問題は無い。ちょうどあの男が、新しい実験を開始したところだ」
「あの男‥‥ですか‥‥」

「これはまた‥‥やっかいそうな内容だねぇ。これは、彼らの出番かな」
 UPC北米基地の一室で、ミハエル少佐が書類を見ながら苦笑を浮かべた。彼は、通常のUPC部隊とは別に、特殊部隊『S.T.O.R.M. Hawks』、通称『嵐の鷹』というエミタ能力者の傭兵で構成された荒事専門の部隊を持っていた。今回、彼にもたらされたその報告は、その特殊部隊に適したことのようで、部隊の指揮者であり、ミハエル少佐の妹でもあるアンナ中尉を呼び出すことになる。
「君は花粉症というものを知っているかい?」
「花粉症? え、ええ、もちろん、杉などの植物の花粉によるアレルギー疾患の一種であると思いますが、それがなにか?」
「実は、ある地域の住民がその花粉症に似た症状で苦しんでいるのだが」
「花粉症では?」
「その地域の『全て』の人間が、同じ症状で苦しんでいるんだよ。通常の花粉症ならば、その症状には個人差があり、ましてや全ての人間が同じ症状になるということはない。で、その地域を調査したのだけれど。その原因というのがキメラのようなんだ」
「キメラと花粉症?」
「うん、植物型のキメラのようでね。それから排出される花粉のようなものが、その症状を引き起こしているらしい。ほとんど、天然の催涙ガス発生器だね。今回は、それの排除を行ってもらいたい。どうやらガスマスクもほとんど効果がないようでね、一般の兵士では無理なんだ」
「それだったら、我々も変わりは無いはず、どうして我々に?」
「それが、なんでもエミタ能力者ならその症状を緩和できるらしい」
「なるほど‥‥緩和ということは完全に無効ではないと?」
「そうなんだろうねぇ。ともかく、このままだとその地域は壊滅状態、呼吸困難やフェラキシキーショックで死者も出始めている。早急に解決をお願いするよ」
「‥‥了解しました」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
アーシェリー・シュテル(gb2701
16歳・♀・DG
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG

●リプレイ本文

 任務を受けた特殊部隊『S.T.O.R.M. Hawks』のメンバーは、車を使い現地へと急行していた。その途中、被害を受けている町に入ったところ、彼らは信じられないものを見ることになる。
「うーわ、凄まじいな。何か花粉でもや、かかってない? 何となく、見ているだけで体がむずむずしてくるよ」
 移動用の二台の車のうち、一台を運転する新条 拓那(ga1294)が頬を引き攣ったような笑みを浮かべながら車のワイパーを動かした。町は、一面黄色い霧のようなものが掛かり、酷く視界が悪い。
「これほどの花粉が散布されていようとは‥‥これは早急な対応が必要になるな」
 同乗していた部隊指揮官アンナ中尉も、この現状に顔をしかめる。対策処理された車の中でならまだ平気のようだが、少しでも車の中に花粉が入り込めば彼らもその被害を免れることは出来ないだろう。
「ま、あれの効果に期待しましょ」
 そう言った拓那の視線の先には、白鐘剣一郎(ga0184)の運転しているもう一台の車に詰まれた二台の大型送風機。これで花粉を吹き飛ばし、少しでも被害を抑えてキメラを討伐する作戦である。
「あの、拓那さん、長時間の運転でお疲れではありませんか?」
「ん? ああ、平気平気! これぐらいなんてことないよ」
 そんな中、拓那を気遣う声を掛けたのは石動 小夜子(ga0121)。といっても、半日程度の運転ならば、鍛えられた傭兵であれば疲れを感じることもない。それはただ、親愛によるものなのだろう。
「ふふ、仲の良いことだな」
「そ、そんな‥‥」
「い、いや、違うって! そんなんじゃなくて‥‥俺達は相棒だから‥‥な、なぁ?」
 その様子を、少し茶化すように微笑むアンナ。それに、拓那と小夜子はお互いに顔を見合わせて照れるように頬を赤らめた。
「‥‥‥」
「ん、どうした柿原?」
 ふとそこで、一人そわそわとアンナの視線を避けていた柿原ミズキ(ga9347)に気づき、アンナは声を掛ける。
「どうした、体調でも悪いのか? もしや花粉症の症状が?」
「ち、ちがいます‥‥」
「ではどうした? なにやら落ち着きがないようだが‥‥」
「う‥‥ちゅうい‥‥ごめんなさいボクだけこんなふざけてるみたいに成っちゃってさ‥‥やっぱり迷惑だよね‥‥こんなぼくなんか」
 舌っ足らずな様子でそういうミズキは、過去の負傷で時折幼児退行してしまう不安定さを恥じたように俯いた。しかし、そんなミズキをアンナは優しく頭を撫でてやる。
「そんなことはない、大丈夫だ。柿原の実力は分かっているし、今回も期待しているぞ」
「っ! ありがとう、ちゅうい! ぼくがんばるよ!」
 アンナの言葉に、パァッと表情を明るくして笑うミズキ。その様子に、アンナも表情を綻ばした。
「お優しいことですね、中尉」
「う、こ、これは違うぞ。私は隊長として、部下の自信をだな‥‥ごにょごにょ」
「おや、そのように照れることもあるのですね」
 それに対してアンジェラ・D.S.(gb3967)の掛けた言葉に、アンナは照れたように慌ててごまかす。その様子に、珍しいものを見たと目を細めるアンジェラ。拓那と小夜子もクスクスと笑いあったのだった。

「あれが問題の花畑か‥‥」
 剣一郎は双眼鏡を覗き込みながら、前方に見える花畑へと目を凝らす。一行は、報告にあった花畑の手前で車を止めると、その様子を確認することにした。
「微かにですけど、虫型キメラも見かけますねぇ」
 同じく花畑を観察していた佐伽羅 黎紀(ga8601)が言うように、花畑の周囲には巨大な昆虫のような姿も見ることが出来た。しかし、花粉によるモヤのせいで正確な数までは把握できない。
「この視界不良は‥‥狙撃を行うには面倒‥‥でも赤外線スコープならば‥‥まぁ、狙撃に必要なのは『鷹の目』でなく、『蛇の心』‥‥だけどね。‥‥早く終わらせよう‥‥目にくると辛い」
 ウラキ(gb4922)は誰に言うでもなく呟きながら、霧のようにあたり一面に散布された花粉が、自らが行う狙撃にどのように影響するかを冷静に判断する。
「慎重に行きたいところだが、あまり時間をかけるわけにも行かないな。やはり花粉が相当に厄介だ。時が経つ程状況はこちらに不利になるので、速攻を心掛けよう」
「そう‥‥でありますな。できれば‥‥クシュン‥‥早めに終わらせたいところで‥‥ありまクシュン!」
 そう言った剣一郎に、アーシェリー・シュテル(gb2701)が同意する。が、一人だけ車ではなくバイク型のAU−KVでここまで来たアーシェリーは、すでに花粉症の症状が発症しており、必死に目の痒さとクシャミに耐えているようだ。
「どうやらB班も準備ができたようだ、作戦通り行くぞ。この特注ファンの威力の見せ所だな」
 剣一郎達A班の役割は、大型送風機による花粉の駆除と、昆虫キメラの陽動。一行は、準備が完了したことを確認すると、花畑へと向かって車を進める。
「よし、この位置ならば十分風が届くだろう。全員、対花粉防御はいいな? 作戦を開始する」
 花畑へと近づいたところで、剣一郎の指示のもとA班は車から降りて作戦を開始した。車の荷台に積んだ二台の大型送風機を花畑へと向け、一行は昆虫キメラの攻撃に備える。車から降りた一行は全員できるかぎりの花粉対策を行っており、覚醒状態の今はまだ花粉の影響を受けていないが、完全には防ぐことは出来ていないのか、身体の変調を感じていた。しばらくすれば、それは明確な症状として現れるだろう。
「相当強力だから吹き飛ばされないよう注意してくれ。稼動開始」
 剣一郎が送風機の電源を入れた。大型のファンが回転を開始し、風が送り出される。やがてそれは、台風の中のような風力で、花畑を吹き散らした。そのおかげで、花畑周囲の花粉も後方へと吹き飛び、モヤが薄くなるのを確認できる。
「ファンに気付いたで‥‥くしゅん‥‥ありますか、しかしやらせないであります」
「これならば‥‥十分に狙いが定められる‥‥」
 やがてその異変に気づき、花畑を守る昆虫キメラ達が送風機に向かってきた。アーシェリーとウラキがライフルによる狙撃で、送風機防衛と陽動を行っていく。
「狙い放題‥‥とはいえ」
「数が多い‥‥」
「だな、押し切られないよう注意しなければ」
 剣一郎と黎紀も、それぞれ弓と銃を持って、昆虫キメラがこちらに意識を向けるよう射撃を行った。しかし、花畑から出てくる昆虫キメラは数が多く、加えて蜂が空中から、蟻が地上から襲い掛かってきており、完全に防ぎきるのは難しい状況だ。一行はいつでも近接戦闘を行えるよう、準備を整えるのだった。

「始まったな」
 A班の送風機と敵の陽動が開始されたことを確認し、側面で待機していたB班も行動を開始する。
「よし、B班も作戦を開始しなさい。目標は花粉の元凶である植物キメラ、ただし植物とはいえ反撃も予想される、くれぐれも気をつけなさい」
「了解! コールサイン『Dame Angel』、鼻腔障害を蒙る。植物キメラと護衛する昆虫キメラを直ちに駆除実行するわよ」
 アンナの指示にアンジェラが応え、一行は花畑へと接近する。そのあいだ、昆虫キメラに発見された様子は無く、送風機により花粉濃度も幾分か薄めといった感じだ。
「よし、そろそろこいつを食らわせられる距離だな」
 拓那が取り出したのは、アルコール度数99度の酒スブロフを使って作った火炎瓶。同じものをミズキも用意している。これで花粉を焼いてしまおうというものだ。
「せーのでいくぞ」
「うん‥‥あはは、ぜんぶもえちゃえばいいんだ、せーのっ!」
 拓那とミズキは同時に火をつけた火炎瓶を花畑へと投げ込む。それらは、弧を描き花粉の濃い場所へ‥‥。
「っ!! 伏せて!」
 だが、その様子を見守っていたアンジェラが、何かに気づいたように叫び、近くにいたミズキを押し倒して地に伏した。と、同時に一行に激しい衝撃が襲う!

「なんだ!?」
 ちょうどそのころ、昆虫キメラを相手に戦闘を行っていたA班。すでに武器を剣に持ち替え迫り来る蟻キメラを切り飛ばしていた剣一郎と黎紀は、突然の爆発音に驚きと共に視線を花畑へと向けた。すると、花畑の中心に残っていたはずの花粉のモヤが吹き飛んでいる様子が見て取れる。
「なにがあったというのでしょう。あのような爆発は作戦には無いはず」
 黎紀にも何があったのか分からない様子。もちろんアーシェリーやウラキにも、謎の爆発の理由は分からない。
「緊急事態であります、キメラが花畑のほうへ向かっているであります」
「逃がさない‥‥くそ‥‥視界が‥‥花粉の影響!?」
 そうするうちに、今の爆発で昆虫キメラの注意が花畑へと向けられてしまったようで、何匹かが花畑方面へと戻っていってしまう。すぐさまウラキが狙撃を試みるが、花粉症の症状で涙が目に溜まり視界がぼやけだした。同じく、他の者も花粉症の症状が現れだし、体調のコンディションが低下するのだった。
「まずい、ファンが狙われる‥‥!」
「くっ、いまはこの場を離れるわけにはいかない。仲間達を信じるしか‥‥」
 一瞬の隙をついて、蟻キメラが酸を吐き出し送風機を攻撃。黎紀が身を挺して酸をガードする。酸の焼ける痛みに顔を歪めながら、活性化により回復する黎紀。今は仲間達を信じ、自分達の役割を全うしようとするA班であった。

「大丈夫? みんな!」
 突然の爆発に、咄嗟に身を伏せたアンジェラが、仲間の安否を問う。
「うん、だいじょうぶだよ。でもいったいなにがあったの?」
「君のおかげで助かったぜ。大丈夫か小夜子?」
「は、はい‥‥」
 アンジェラに庇われたミズキ、声に反応し小夜子を庇って身を伏せた拓那が、それぞれ返事を返す。
「たぶん‥‥いまのは粉塵爆発ね。濃い花粉に引火して起きたものでしょう」
 アンジェラの言うように、先ほどの爆発はどうやら火炎瓶の火が濃度の濃い花粉に引火したため起きた粉塵爆発のようだ。
「まぁでも、花粉は吹き飛んだし、結果オーライじゃないか」
 たしかに拓那の言うように、さきほどの爆発で花粉は散っていた。花畑には先ほどの残り火が残っており、熱対流で花粉は上空へと舞い上がり、地上の濃度はかなり薄くなっている様子。
「来たよ! 邪魔なんだよ花の化け物が‥‥全て断ち切ってやるよ」
 ミズキが仲間に注意を促す。3メートルを越える巨大な花畑の花達が、蠢きだしたかと思うと、その蔓を鞭のようにしならせて一行を攻撃してきたのだ。ミズキは子供のような口調から荒々しい口調へと変化させて、二刀の太刀を両手で振るう。
「あはは、楽しいなキメラを倒すのは気持ちが良い‥‥」
「援護する。周囲は気にせず、一気に花の根元を切り落としなさい!」
「よし、いくぞ小夜子!」
「はい、拓那さん!」
 ミズキとアンジェラが援護を行い、拓那と小夜子が花畑へと突入する。ミズキの太刀が切り裂き、アンジェラのライフルが撃ち抜く。それによってできた道を、拓那と小夜子は絶妙のコンビネーションでお互いに敵の注意を分散して、植物キメラの根元へと疾走する。
「はぁっ!」
「たぁぁ!」
 そして、樹木のような幹を刀と大剣にて横薙ぎに切り裂いた。寸分たがわぬ位置を切り裂いた二刀により、花キメラは茎の根元が切り離され花弁が地面に倒れこむ。
「よっしゃ、次ックション!」
「拓那さん!? ん‥‥だめ、鼻が‥‥クシュン!」
 しかし、花弁が倒された拍子に舞い上がる花粉に、二人はくしゃみを我慢しきれなかった。視界もかすみ、鼻も詰まって呼吸がし辛くなる。その隙を狙って、他の植物キメラが襲い掛かかるのを、瞬天速で辛うじて退避する。
「っくしょ! ったく聞いてた以上に厄介だね! これ毎年耐えてる人たち、尊敬するよ‥‥」
 拓那は鼻をこすりながらそう言って、再び花畑へと突っ込む。だが我慢できないことは無い程度の症状とはいえ、その動きには先ほどの精彩さは無い。植物キメラの蔓の防衛に阻まれ的確な攻撃ができないうえ、いつのまにか昆虫キメラも戻ってきている。
「う、虫‥‥でも負けません!」
 虫が苦手な小夜子が、一瞬昆虫キメラに怯むが、すぐに気合を出して刀を振るう。
「これは予想以上にやっかいね‥‥」
「もう一度‥‥僕が道を切り開くよ」
 状態不良に思うように援護ができないアンジェラ。ミズキが再び太刀に力を込め、周囲を振り払おうとするが、彼女の力だけでは状況を打破するには少し足りない。そこへ‥‥。
「援護するでありまックシュン!」
「いい加減‥‥この症状にも‥‥慣れたよ」
 現れたのはA班。彼らは送風機を襲ってきた昆虫キメラを殲滅し、B班への協力に駆けつけたのだ。アーシェリーは武器を剣に変え、周囲の蔓を切り裂いていき。ウラキはライフルによる射撃で昆虫キメラを撃ち落としていく。
「皆下がれ、もう一度花粉を吹き飛ばす! 巻き込まれるなよ‥‥破っ!」
 そして、剣一郎の放った弾頭矢が植物キメラの花弁に命中。矢に込められた火薬と、粉塵爆発により再び花粉が吹き飛ばされる。
『いまだ! 全員一気に殲滅せよ』
 そのタイミングにあわせ、アンナが総攻撃の指示を出し。全員が渾身の力で植物キメラ達を殲滅していく。それはまるで、今までの不快感の恨みを全てぶつけるかのようであった。

「あー、辛かった」
「う〜、まだ目が痒いよ〜」
「はい、水です。これでよく洗ってくださいね」
「眼球を取り出して、洗浄したい気分ですわぁ」
「戻ったらシャワーも欠かさずにね」
 ようやく植物キメラを殲滅し終えて、一行は深く安堵の表情を浮かべた。全員、目は赤く、声も鼻声になっており、顔も涙の後などで見苦しい様子になっている。
「何とか片付いたか。後始末が大変だな、これは。っとまだ覚醒は解くなよ。症状が悪化する」
「帰りも花粉の中を走らないとならないかと思うと憂鬱であります」
「しかし元凶は絶った‥‥しばらくすれば収まるだろう‥‥」
 剣一郎の言葉に、アーシュリーは少しうんざりした様子で肩を落とす。ウラキは自分よりも先に銃器の手入れを行いつつ、朽ちた植物キメラを眺めた。
「みんなよくやってくれた! これで今回の任務は完了だ。後のことは軍に任せ、帰還の準備を開始してく‥‥ハックション!」
 皆と同じように赤い目をしているアンナがそう締めたことに、一同はただ苦笑を浮かべたのであった。

「あー、うん、報告は聞いてるよ。大変だったそうだね。でもこっちも大変だったんだ‥‥君たちの作戦で花粉が広範囲に散布されちゃってね。その被害報告と苦情で色々とね‥‥」
「う、申し訳ありません‥‥」
 その後、帰還したアンナ中尉は、上官のミハエル少佐に苦笑で迎え入れられた。どうやら、送風機と火を使ったことによる上昇気流などで、予想以上に花粉が散布されてしまい、被害が広がってしまったようだ。任務自体は成功であったが、結果として残念なことになってしまったのだった。