●リプレイ本文
「ここか‥‥やはり攫った子供を隠せる場所が怪しいか‥‥」
運転席から降りた白鐘剣一郎(
ga0184)は、学校の様子を眺めながらそう呟き、周囲に異変が無いかと眼を凝らす。
「あまり暗くならないうちに見つけ出したい所ですが‥‥」
追走していた漆黒のバイクから降りた天宮(
gb4665)は、空を見上げて少し表情を曇らせる。
「焦りは禁物だけど、そうも言ってられないか‥‥探し物が探し物だしね」
剣一郎の車から降りた夜刀(
gb9204)は、軽く肩をすくめるも、真剣な表情で校舎を睨みつける。
「‥‥‥」
「どうしました、リャホフさん?」
「ん‥‥少し体調が優れなくて‥‥。でも大丈夫です、やれますから」
そんな中、車から降りても、口数少なくぼーっと校舎を眺めていたベラルーシ・リャホフ(
gc0049)の様子に、天宮が声をかける。それに対し、ベラルーシは小さく首を横に振って表情を引き締めた。
「ならば打ち合わせ通り、迅速的確に行こう」
その答えに、一度ベラルーシの様子を確かめるように見つめたあと、剣一郎は作戦の開始を宣告する。それに一行は頷き、廃校の中へと足を踏み入れるのだった。
一方その頃、もう一つのチームは北東の神社の前にいた。
「ここが北東にある神社か。完全に廃墟だな‥‥かつては良き場所であったろうに」
車から降りた鬼非鬼 つー(
gb0847)が、倒れた鳥居の様子に顔をしかめる。鳥居の先は崩れた石段が続いており、小山の上に本殿があるようだ。かつては静かな中にも神聖な雰囲気のある場所であったのだろうが、バグアによる破壊とその後の放置により荒れ果て、すでに見る影も無い。
「感傷か‥‥? この上が怪しいな」
同じく車から降りた赤い霧(
gb5521)が、石段の上を睨みつけ、斧を肩に担ぎ上げる。
「この先に、敵がいるのですか?」
「でもどうしてここが一番最初なんです?」
バイク形態のAU−KVを鳥居の前に止め、湊 影明(
gb9566)と沖田 護(
gc0208)が、いくつか候補にあがった捜索場所の中で、一番にここが選ばれた理由に首をかしげた。
「この神社は、町の中心から見て、北東の位置にあたる。北東というのは、鬼門と呼ばれ鬼が出入りする忌むべき方角だと言われている。曲がりなりにも鬼を名乗っている以上、鬼門は外すに外せないはずだ」
「たしかにバグアって変に凝り性なところがあるらしいですし、十分可能性はあるような気がします」
「もともとこの神社も、鬼門から街を守るために建てられたんだろう。我ら鬼と神社は密接に関係するからな」
鬼非鬼の説明に納得するように頷く護。自らを鬼と称する鬼非鬼にとっても、北西は重要な意味を成すのだろう。
「神社の由来か‥‥関係のない話だ。準備ができたのなら、捜索に入ろう」
先を促す赤い霧に、一同は頷き鳥居を抜け本殿へと続く石段を登っていくのだった。
「どうだ見つかったか?」
「いえ、残念ながら」
校舎へと足を踏み入れた剣一郎達は、まず上の階から順番に探索を行っていった。しかし、校舎には人の気配は無く、特に荒らされた様子も無い。放置され埃を被ったままのように見えた。
「ここははずれかぁ? 急がないと日が暮れちまうな」
「そう結論付けるのは早いな。まだ、地下のボイラー室が残っている」
夜刀の意見に、剣一郎は学校の見取り図を指して答える。しかし、冬の日は早く落ち、まもなく夕暮れ時となってしまうだろう。
「ではボイラー室へと向かいましょう。見落としは無いようにしなければ」
「そう‥‥ですね。私も、ここには何かありそうな気がして‥‥。勘みたいなものですが」
雨宮の言葉に、ベラルーシはコクリと頷く。校舎に入る際に掛けた『GooDLuck』のスキルのせいか、ベラルーシには何か予感めいたものが感じられていた。そして一行は、一階の階段を下り、ボイラー室のプレートが張られたドアの前へと立つ。
「鍵は‥‥開いているか」
塗装が剥げ錆び付いた金属のドア。本来なら、厳重に封鎖されているはずのその場所だが、ノブを回せば鍵が開いていることがわかる。剣一郎達は警戒をしながら慎重にドアを開け、中を覗き込んだ。室内は暗く、一行の覚醒の淡い輝きが微かに照らす程度。少しずつ目が慣れてくると、部屋の奥に小さな影が見えた。
「いたぞ! 子供達だ!」
その影に夜刀が急いで駆け寄る。確かにその影は、うずくまる子供達のものだが反応が無く、一見しただけでは生きているのか死んでいるのかも分からない。夜刀が子供達に触れようと腰を落とした瞬間。
「待て、夜刀! 上だ!」
「!!」
剣一郎の声に、夜刀が顔を上げると天井から何者かの影が降りてくることに気づいた。とっさに夜刀は両手に持った剣を十字に構えて身を守る。そこへ、影から振り下ろされた斧がぶつかりあい、激しい火花を散らしてその姿をあらわにした。
「青鬼ですね!」
「あれが‥‥鬼‥‥」
その姿に雨宮とベラルーシが声をあげる。厳つい顔を怒りの形相に歪め、ギラギラと光る金色の瞳、剥き出しとなった牙は虎のように鋭く、頭部には二つの角が生えている。そして、その肌は青黒く染まり手には斧を持っていた。まさにその姿は、日本に語り継がれる『鬼』と呼ばれるモノである。
「そのままやらせるわけにはいかないな!」
「これくらいで、やられてたまるかっての!」
剣一郎はすぐさま鬼の背中へと斬りつける。その隙に鬼の怪力に負けじと、夜刀が鬼の斧を押し返した。鬼は、奇襲が失敗したためか、一度距離を取り、凄まじい怒りの形相で一行を睨みつける。
「雨宮と夜刀は子供を連れて一度学校の外へ、俺とリャホフは鬼の足止めを行う」
「了解しました」
「わかりました、ですが無理はなさらず」
「了解、子供達は任せろって」
その視線にひるむことなく、剣一郎は冷静に仲間に指示を出す。それに従い、ベラルーシは大鎌を構えて鬼の前に立ち、雨宮と夜刀は3人の子供達を抱えてその場から脱出した。
「これで憂いは無くなった、古来より人に仇為す鬼は討たれるが定めと知れ。天都神影流、白鐘剣一郎‥‥推して参る!」
「造られた器と悲しき御霊‥‥。私は貴方を救えませんが、私は‥‥貴方を忘れない」
そして、雨宮達が子供達を連れ出したのを確認した剣一郎とベラルーシは、気迫を込めて鬼に立ち向かうのであった。
「よかった、まだ息はあるようですね」
「怖かっただろ? ほら、お菓子があるから食べろ。お腹空いただろう?」
それから、子供を連れて脱出した雨宮と夜刀は、意識を取り戻した子供達に食料を与える。幸い、子供達に大きな怪我は見られず、衰弱していたが食欲もあるようだ。用意した水と食料のおかげで、子供達に命の心配は無さそうであった。
「とりあえず大丈夫のようですね、あとは‥‥」
ほっと安堵のため息をつき、雨宮達は校舎へと視線を向ける。その直後、大きな爆発音と共に、校舎の壁の一部が吹き飛び、土煙の中、鬼が校庭へと姿を現した。どうやら、剣一郎とベラルーシの猛攻に、鬼が耐えられずに壁を突き破って逃走しようとしたらしい。
「大丈夫だぞー! 絶対兄ちゃん達が悪い鬼をぶっ飛ばしてやるからな!」
その鬼の姿に再び怯える子供達に、夜刀は明るく声を掛ける。そして、AU−KVを身に纏った雨宮と共に、鬼の前に立ちふさがる。
「いっそ、お前達みたいになれば楽なのかもな‥‥だけど決めたんだ。背負ってくよ‥‥本当の、最後まで」
「死神の鎌‥‥思い知るがいい」
怒り狂うように暴れる鬼の攻撃を器用にいなしながら流し斬りをいれる夜刀。続けて、作物を刈り取るがごとく無造作に大鎌を振るう雨宮。二人の攻撃に、鬼は明らかに怯みを見せる。そこへ、追いかけてきた剣一郎とベラルーシが加わり、激しい戦闘の末、鬼を討ち取ることに成功した。
「よし、これでまずは一匹か」
「子供達を安全な所に送り届けたあと、次の場所へ向かいましょう」
「次は裏鬼門、南西の森だな」
鬼を退治し、無事に子供達を助け出せ、ほっと息をつく一行。そんな中、子供達にロシアンティーを振舞っていたベラルーシが、仲間達にもお茶を振舞う。
「‥‥そのまえに、皆さんも暖かいお茶で一息つけませんか?」
そして一行は、次の捜索場所へと急行するのであった。
「いたぞ‥‥」
そのころ、神社の本殿へと向かったB班は、石段の上で赤鬼を発見した。そして一行は覚られないよう、木陰に隠れながら鬼の様子を確認する。
「ふっ、なかなか鬼らしい堂々とした様子じゃないか」
赤鬼は右手に剣、左手に松明を持ち、本殿前の広場にて仁王立ちしている。その様子に、鬼非鬼が少し満足そうにニヤリと笑う。
「子供達は‥‥いました! 本殿の柱のところ!」
護の指差す先には、三人の子供の姿。縛られてはいないが、身動きを取る様子は無く、生死を判断することは出来ない。鬼はその子供達の前に立ちはだかるように立ち、何かを待ち構えているようにも見える。
「子供は任せた、自分はアレを壊す」
「囮か‥‥我も出よう」
「人攫いは鬼の仕事か‥‥良いだろう、任された!」
「わかりました、必ず僕達が助け出しますので!」
影明と赤い霧の言葉に頷く、鬼非鬼と護。そして、影明と赤い霧は、鬼の前へと飛び出した。
「グルルルァ」
「鬼が鬼を斬るか‥‥これまた滑稽」
「鬼よ‥‥民話は民話らしくお話の世界へ帰って貰おうか‥‥」
現れた二人に、威嚇するように恐ろしい唸り声を上げる鬼。それに怯むことなく、黒いAU−KVを身に纏い二刀を構える影明と、斧を肩に担ぎながら、獣のように牙を剥き出しにする赤い霧。
「ガァ!」
叫び声と共に、二人に襲い掛かる鬼。豪腕による剣の一撃が風を切り、二人の下へ振り下ろされた。
「フン!」
その一撃を影明が刀を十字に構えて受け止める。鬼は続けざまに左手に持った松明を横薙ぎに振るうが、それを赤い霧が斧で受け止め、鬼と二人との力比べ状態へと持ち込んだ。
「攫うぞ」
「はい!」
そのチャンスを待っていた鬼非鬼と護は、木陰から飛び出して一直線に子供達のいる本殿の柱へ。スキルを使い、一瞬のうちに子供達のもとへとたどり着くと、そのままの勢いで子供達を抱え、素早く脱出する。
「うが?」
「ハァァァァ!」
「ゥォォオオオオオオ!」
あまりの速さに、一瞬何が起きたのかわからないといった様子の鬼。その隙を突き、影明と赤い霧は、渾身の力を込めて鬼の攻撃を押し返す。
「さて、お仕置きの時間だ、残酷に殺して‥‥いや壊してやる」
「グゥオオオオオオオオッ!」
そして、子供達がいなくなったことにより憂いが無くなったか、影明は残酷な言葉を発し。赤い霧は獣のような咆哮をあげて、鬼へと突っ込んでいくのであった。
「よく頑張ったな、偉いぞ」
「怖かったよね、よくがんばったね。もう大丈夫、鬼退治したら家に帰れるよ」
子供達を救い出した鬼非鬼と護は、車の場所まで戻り意識を取り戻した子供達に食料を与えて励ました。幸い大きな怪我も無く、すぐに元気を取り戻す子供達。その様子に少しホッとした二人だが。
「そっちに行ったぞ! 気をつけろ!」
石段の上から影明の声。と同時に、鬼が鬼非鬼達の前へと降りてきた。すでに影明達との戦いで片腕を失っている姿であるが、逆に手負いの凶暴さが浮き彫りになっている様子で危険さは変わらない。その様子に再び怯える子供達。そして叫び声を上げながら襲い掛かってくる鬼。
「負けられない、この子たちを救えないなら、能力者になった意味がないんだ!」
そこへ、AU−KVを身に纏い子供達の前に出る護。護の意思が反映されたようにマントのようなオーラが子供達を護るように広がり、盾を構えて、鬼の突進をその身で押し止める。
「すげぇ! ロボットだ!」
「かっけー!」
その様子は、子供達にとって素晴らしいものに見えたようで、恐怖を忘れて喝采をあげる子供達。
「子供は暢気だねぇ。ともかく、貴様ら雑魚が好き勝手に暴れるとこっちの商売あがったりなんだ」
子供達の様子に苦笑しつつ、鬼非鬼は愛用の鬼金棒を振り上げ、鬼へと叩きつける。
「裂けろォォオオオオオオッ!」
そこへ、石段を飛び降りた赤い霧の一閃が残った腕をも切り飛ばした。
「泣いても許さないよ、赤鬼。最初のは子供たちの痛み、2つ目はご家族の痛み。そこから先は全部ぼくらの怒りだ」
「キメラでも死ぬのは怖いのか?」
怯んだ鬼に、護が剣を両手に構えて振り下ろす。そして、止めとばかりに影明が鬼の首に刀を突き刺した。鬼は断末魔の声をあげ地に倒れ伏すのであった。
「まずは一匹か、A班も一匹やったって話だし、残りは一匹‥‥」
安全な場所に子供達を送り届け、そう呟く鬼非鬼。そこへ、空に一発の照明弾が打ち上げられる。それは、A班が鬼を退治した合図。裏鬼門とされる南西の森で、黒鬼を発見、それを無事退治し子供達を見つけ出したようだ。
「ふっ、どうやら先越されちまったようだな。ともかくこれで依頼は終了か」
「良かったですね」
「まあな。しかし、鬼の仕事はまだ終わっちゃいない」
「?」
無事に依頼が終わった事に笑みを浮かべる護に、鬼非鬼はニヤリと笑って盃の酒をグイっと喉に流し込むのだった。
「がっはっはっは! 鬼が来たぞー!」
それから数日後、鬼非鬼達の申し出で鬼で苦しんだこの町に、鬼退治のお祭りでそれを祓って不安を払拭しようということになった。鬼非鬼と影明が自ら退治される鬼として、町中の住民から豆攻撃を受けようというものだ。大人も子供も関係無く、町中の者が鬼に扮した二人に豆を投げつける。
「今度は皆で鬼をやっつけるぞー! やれやれーっ!!」
そんな中、夜刀も投げる側に混ざって、しかも覚醒してまで全力で豆を投げつけている。じっさいただの豆飛礫とはいえ結構痛いのではなかろうか。
「ふっ‥‥たまにはこういうのもいいですね」
「だろう! これも一つの鬼の仕事ってやつだ」
全身に豆をぶつけられながら、苦笑しながらも少し楽しそうに笑う影明に、鬼非鬼も大きく頷いて、鬼としての役割を果たすのだった。ちなみに、あとで全身みみず腫れになったのは言うまでも無い。
「鬼‥‥とは、恐怖や嫉妬、差別から生み出された妖怪だと聞きます。確かにそれはバグアによって生み出されたものなのでしょう。しかし原型となったものは、私達人間の心に潜む闇‥‥私には向いていませんよね、この仕事」
お祭りの喧騒をよそに、ベラルーシは鬼であったものを埋葬し苦笑を浮かべた。
「その優しい心こそ、私達が最後まで持ち続けなければならないものではないでしょうか」
それに対し、雨宮は優しく笑みを浮かべてベラルーシに声を掛ける。
「いえ、これは戒め‥‥。律して、強く保たなければ、鬼として退治されるのは」
「‥‥‥」
ベラルーシは小さく首を横に振り、その場を立ち去る。雨宮はそれを優しい瞳のまま、無言で見送った。