●リプレイ本文
その日、バーチャルゲーム開発スタッフは大慌てで、フェンサーの職業をマニュアルに記載したそうだ。
「お待たせいたしました。フェンサーの方は、職業剣士になり、スピード重視の軽装の装備を身にまとった姿になります。ご希望によっては、日本のサムライの姿にもできますよ」
こうして、フェンサーについての不備は解消されることとなる。
「良くぞ集まった勇者達よ。貴殿らの力で、魔王バグアを倒してくれ」
王様のお決まりの台詞と共に、バーチャルシミュレーションゲーム『エミタクエスト』が始まった。参加者は一様に中世ファンタジーな衣装を身にまとい、広いお城の謁見の間に集まっている。
「あら、なかなか素敵なお城ですね。物語に出てくる中世のお城が、本物のように感じられるなんて」
御崎 栞(
gb4689)は視界に広がる豪華絢爛なお城の様子に、感心した様子でつぶやく。そう言った彼女も、美しい刺繍の施されたローブを身にまとい、魔道書のような本を小脇に抱えているといった魔法使いのような姿をしており、お城の世界観とマッチしていた。
「うわすっご! 王様豪華! 城広すぎ! つうか、なにこれ! うそ、本物じゃないの! あ、この服すごくかっこいいかも!」
同じく感心しながらも、厳格な雰囲気をぶち壊すように王様を指差して大きな声をあげるのは魔風(
gb5102)。鮮やかなマントを纏った軽装の剣士の姿で、一見すると凛々しく見えなくもないが、中身が変わらないので場違いになっている。
「そこ、うるさいザマス。もう少し、静かにできませんの?」
「おお、エルフに怒られた! え? 本物?」
「あまりジロジロ見るのは失礼じゃ無くて? まぁ、庶民にはわたくしのような高貴な者を見るのは珍しいのでしょうが。わたくしは、世界樹の森に住まう高貴なるハイエルフにして、貴族の娘。どうです、この美しい洋弓ルーネは? すばらしいでしょう? そしてこの服は‥‥」
長い金の髪と長い耳を持った、いわゆるエルフと呼ばれる姿をしているのは三島玲奈(
ga3848)。豊満な肉体を惜しげもなく見せ付けるような露出度の高い衣装を身に纏った姿は、本来の彼女の姿とは似ても似つかない。そして彼女は、自分が設定したキャラを演じるようにオホホと笑った。
「ずいぶんと気合の入ったなりきりですの。私も負けてられないですのよ」
「リアも十分気合入ってるよ。ね、ノア?」
「‥‥うん。フェリアさんもアルちゃんもすごい‥‥。コスプレ?」
そんな玲奈の様子を横目で見ながら、フェリア(
ga9011)が対抗心を燃やしてグッとこぶしを握り締める。それをアルジェ(
gb4812)が苦笑しながら隣のルノア・アラバスター(
gb5133)に声をかけるが、ルノアから見れば、二人とも似たようなもののようだ。ちなみに、フェリアは重甲冑と二本の3メートル弱の大太刀を持ったヴァルキリー風。アルジェは幕末志士風の侍。ルノアが動きやすそうな布地の洋服を纏った狩人である。三人とも小学生ぐらいの小さな少女なので、どこかの遊園地のアトラクションに遊びに来た子供達にも見える。
「ふふ、可愛らしいですわね」
「そうですね」
そんなフェリア達を楽しそうに眺める美環 玲(
gb5471)は、黒い甲冑を纏った美環 響(
gb2863)に声をかけた。響は顔を完全に隠したフルフェイスの重装甲だが、重い感じは無く、視界もさえぎられていないので動くことに支障はない。玲は漫画に出てくるような露出の高いビキニアーマーといった感じだが、やはり不思議と防御は低くないようだ。どちらもとても似合っており、まさに騎士のいでたちといった感じである。ちなみに、今回の参加者では響は唯一の男性だった。
「貴殿らはまず三つの試練を受け、三種の神器を手に入れるのだ。そうすれば、魔王バグアの城へとたどり着くことができるだろう。行け勇者達よ!」
「三種の神器ってセーラーブルマスク水ですわね? 分かります」
そんなワイワイガヤガヤと騒ぐ参加者達を無視して、王様は決められたプログラム通りに次の道を指し示す。ハイエルフ玲奈の中身の素が出ちゃってるが、王様はまったく気にした様子も無い。そして、一行は三つの試練を受けるため、次のステージへと進むのであった。
「うわ、寒そうな場所!」
一行が始めに向かったのは水の試練。そこは、吹雪が吹き荒れる雪山であった。例によって元気に叫ぶ魔風。
「玲さん、そんな格好で大丈夫ですか? 寒ければ僕のマントでも」
「いえ、それが不思議とさほど寒くないですわ。響さんこそ、金属の鎧なのに平気そうですわね」
「オホホ、この程度の寒さ、高貴なる者には効果は無いザマスよ」
露出の高い玲を心配する響だが、吹雪が吹き荒れているというのに、さほど寒くはないようで。同じく露出している玲奈も、余裕で高笑いなどしている。
「見た目は雪‥‥でも触っても冷たくないですね。不思議な感じ」
栞が地面の雪を掬ってみるが、多少は冷たさを感じるも、本物と比べればほとんど冷たくない。どうやら、あまり強い刺激は与えないように配慮されているようだ。
「ともかく、先へ進みましょう」
「がんがんいくのです!」
「おー」
「‥‥おー」
一通り雪山の様子を堪能した一行は、響を先頭に先へと進むことにした。フェリアの元気な声に、アルジェとルノアが腕をあげた。
「おや、なにやら広い場所に」
それからしばらくして、一行は明らかに怪しい場所へとたどり着く。途中、イエティや氷のガーゴイルなどがいたが、極力無駄な戦闘は避けていた。
「ぐがぁあああ!」
突然、山の上から、巨大な猛獣が飛び降りてきた。それは、真っ白い狼の姿をしており、その大きさは3メートルを超えている。間違いなく、これがフェンリルであろう。一行は、現れたフェンリルと対峙し、武器を構えた。
「良くも悪くもバランスのいい敵ですね。‥‥飼い慣らせたら仲間になったりしないでしょうか」
「すれ違い様に叩く!」
フェンリルは、動きも早く、牙や爪も高い威力を持っており、全体的に弱点が無いように見えた。その様子に感心する栞は、魔道書で召喚したゴーレムを身に纏い、強力なパンチを行った。そして、フェリアが巨大な刀を振り回し、ダメージを与えていく。そして、着実にダメージを与えていき、やがてフェンリルを倒すことに成功する。
「ふぅ、弱くはなかったですが、強くもありませんでしたね」
「剥ぎ取り、出来ない、かな‥‥」
カチンと剣を鞘に収め、玲が一息つく。ルノアは倒れたフェンリルに近づいて何か無いか探そうとするが、フェンリルの死体は光の粒子になって消えさってしまう。そして、綺麗な青い宝玉が残された。
「これは後の切り札になりそうですね」
ルノアが拾い上げた宝玉を見て、栞がつぶやく。そして、一行は次のステージへと進むのだった。
次に彼らが選んだのは、雷の試練。先ほどの雪山とは打って変わって、広い草原が広がり、上空には黒い雨雲、そして周囲のあちこちに雷が落ちていた。
「ひえ〜、これ、当たったら死ぬんじゃないの!?」
驚きの声をあげる魔風。他の者もこの光景に一瞬驚かされるが、すぐにこれは現実ではないことを思い出し、恐れることなく先へと進むことにした。
「これ、なにか怪しいですね」
広い草原は目印も無く迷いそうになる。しかし、『GooDLuck』や『探査の目』を活用して、なんとか謎のストーンサークルを発見した一行。
「ふにゃら!?」
「大丈夫、リア?」
突如起きる、一際大きな稲光に驚いたフェリア。抱きついてきたフェリアを、アルジェが優しく背中を撫でる。そして、稲光の中から現れたのは、神々しいまでに光り輝いた一匹の鹿、これが神獣麒麟なのだろう。麒麟は雷を纏いながら、目にも留まらぬ速さで駆け回る。そして、時折曲がりくねった角に溜めた電撃を一行に放ってきた。
「こんなときこそ、先ほど手に入れたドロップアイテムを使う時でしょう!」
麒麟の動きの翻弄される一行。魔風は対抗策として、フェンリルを倒して手に入れた宝玉を使ってみることにした。
「雷に水‥‥ちょっと待ってくだ!」
「うぎゃー!」
水の宝玉を使うと、自分の周囲が水に包まれる。しかし、水は電気伝導体であり、雷を良く通す。とっさに止める玲だが、時すでに遅く、魔風は電撃でびりびりとしびれるのだった。
「まったく、しかたありませんわね!」
「動き、捉えました」
そんな中、狩人の玲奈とルノアは動き回る麒麟を捉え、射撃を行った。麒麟は悲鳴をあげながら、闇雲に電撃を発して、一行に突っ込んでくる。そこへ、アルジェが立ちふさがり、一瞬目を閉じ、麒麟が目前に迫る瞬間に目を開く!
「はぁ! またつまらぬ者を斬ってしまった」
刀を一閃、走り抜けていく麒麟が、しばらくしてバタリと倒れた。そして、アルジェはポツリとつぶやき、刀を鞘に収めるのだった。
「これは鏡ですね」
麒麟が消え去った後に残ったのは、麒麟の模様が描かれた鏡。鏡を覗いてみると、姿見は映されず、代わりに雷のようなものが渦巻いていた。
「ともかく、これで二つ目。次がラストですわ」
鏡を道具箱にしまい、一行は最後のステージ、炎の試練へと向かうのだった。
「マカゼは暑いの、駄目なのにー‥‥」
炎の試練は、溶岩が流れる火山の洞窟を進むこととなった。実際に感じる熱さはさほどではないのだが、リアルな溶岩が流れている様子は、それだけでなんとなく熱くなった気がする。
「こんなときこそ、水の宝玉ではないですか?」
「な、なるほど‥‥」
そんな中、栞が水の宝玉を取り出して使用する。すると、一行は水のヴェールに包まれて、なんとなく涼しくなったように感じた。火には水、水には雷なのだろう。
「もう少しで頂上ですね」
響の先導のもと、一行は長い溶岩洞窟を抜け、山の頂上へとたどり着く。途中では、火トカゲや溶岩でできたゴーレムが襲ってきたが、水のヴェールのおかげで難なく切り抜けることができたようだ。
「グルゥァァァ!」
頂上へたどり着くと、巨大なドラゴンが待ち受けていた。ドラゴンはその巨体を揺り動かし、長い尻尾や炎のブレスで一行に襲い掛かってくる。
「我が身は盾、何人たりともこの盾を貫くことはできないと知れ!!」
「単純に考えれば私と一番相性がよさそうな敵ですね」
重装備の響と、ゴーレムを身に纏った栞がドラゴンの正面に立つ。そして、その攻撃を受け止めながら、仲間の攻撃するチャンスを作り出した。
「私の動きについてこれるかしら? 私が治めている剣術は、人を生かす活人剣。ゆえに敗北は許されず、一撃一撃が魂さえも砕く必殺と知れ!!」
「今月今夜、国士無双はドラゴン殺しに昇華する!」
玲の光の剣がドラゴンの羽根を付け根から切り落とし、フェリアの大太刀は尻尾を叩き斬った。そして大きなダメージを受けて弱ったドラゴンに、全員が総攻撃を行う。やがて、ドラゴンは地響きを立てながら地面に倒れ付した。
「これで終了ですね。おやこれは炎の剣?」
ふぅ、と一息ついて響はフルフェイスのマスクを外した。長い髪がふさっと流れ、玲とそっくりの綺麗な顔があらわになる。そして、ドラゴンの消えた場所に残る炎の剣を引き抜いた。こうして、一行は全ての試練をクリアし、最終ステージへと向かう。
全ての神器を集めた一行は、ついに魔王の城へとたどり着く。
「ふはは! よく来た勇者どもよ! しかし、貴様らの冒険もここまでだ!」
広い大広間には、全長5メートル以上もある巨大な化け物が待ち構えており、恐らくこれが魔王バグアなのであろう。魔王は高笑いと共に一行にお約束の口上を述べようとする。
「この魔王バグアがじきじきに引導を‥‥」
バキューン! 魔王が口上を述べている途中で、突然の銃声。どうやら、ルノアが口上を無視してライフルで魔王を撃ったらしい。
「まだ撃っちゃ、ダメ、でしたか?」
「今ですの!」
そして、フェリアとアルジェが魔王のもとへと駆け出そうとする。
「渡してくれようぞ!」
「あれ?」
だがしかし、魔王へと放たれた銃弾は途中で掻き消え、何事も無かったように魔王は口上の続きを述べた。そして、魔王が手をかざしたと思えば、突然の電撃が放たれ、一行は完全に身動きが取れなくなる。
「な、なんですのこれはー」
「これは困りましたね、完全に動けない」
「すっごい! 金縛りとか貴重体験してる!」
完全に出鼻をくじかれたフェリア。響も笑みを浮かべながらも何もできず、魔風にいたっては逆に喜んでいるようだ。他の者達も一様に動けず、何もできない状態に陥った。
「さぁ、これで終わりだ。消え去れ愚か者ども!」
そして、魔王の手のひらに巨大なエネルギーが集まり一行に向けられる。動けない状態で、それをまともに受ければ、さすがに危ないかもしれないと、一瞬恐怖を感じる一行。そして、巨大なエネルギー弾が一行に放たれた!
「なに!?」
「‥‥動ける?」
しかし、エネルギー弾は一行に当たる直前で止まり、一行は動けるようになった。何がおきたのかわからず呆然とする一行の前に、手に入れた三種の神器が浮かびあがる。
「なるほど、これで倒すのですね」
「ぐおおお! この力は一体なんなのだ! これが三種の神器の力か!?」
栞が冷静な口調で、浮き上がった三種の神器へと触れる。すると、魔王は突然苦しみだし、何かを恐れるように叫んだ。そして、三種の神器の力によって、魔王のエネルギー弾が魔王に向かって跳ね返された。
「ぎゃああああ!」
エネルギー弾が魔王を撃ちぬき、断末魔の悲鳴をあげて魔王の姿が光の粒子になって消えさった。どうやら、完全に決められたプログラム通りの展開になるようになっているようだった。そして、鳴り響く勝利のファンファーレ。やがて、全てのプログラムが終了したことアナウンスが流れ、一同は現実世界へと戻ることとなる。
「もう終わりですの!? せっかく色々考えておいたのに。にゃ‥‥我が体も崩れ落ちていく!? 我が‥‥邪悪暗黒魔神帝皇フェリアリオンが、こ、こんな所でぇ! うわらばっ! とか‥‥」
「残念だったね」
「次は‥‥きっと上手くできます‥‥よ」
全てが終わると、魔王戦で色々と演出を考えていたらしい三人少女が残念そうに肩を落とす。全てはプログラムの上で決められたことだったのだろう。
「まぁ、最後はあれでしたが、なかなか楽しめましたね」
「ええ、私は結構満足でしたよ」
「結構楽しかったです。暇があればまたやりたいですね」
響と玲はそう言って満足そうに微笑む。栞もそれに同意するように頷いた。他の者達も、なんだかんだといって楽しんだようだ。そして、彼らの冒険は終わりを告げた。そして、ゲームの中で勇者と呼ばれた彼らは、現実の世界ではただの傭兵。しかし、いつか彼らが本当に勇者と呼ばれる日が来るかもしれない。それは今後の彼らの活躍次第であった。