●リプレイ本文
カカオ農場に現れたキメラを退治するという依頼を受けた能力者一行は、現場である南米のカカオ農場へと向かった。
「ホント、2月は胃が痛くなる季節なのよ」
現場に着き車を降りた藤田あやこ(
ga0204)は、生い茂る木々を忌々しい物を見るような表情で見つめてつぶやいた。
「何が嫌って、誰が始めたのか知らないけど義理チョコが嫌。バレンタインなんか無くなって欲しい。男性の世界はどうかしらないけど、参加して当たり前みたいな空気が嫌‥‥」
あやこはこの時期に催されるバレンタインというイベントに否定的のようで、そのイベントの中核を成すチョコレートの原料であるカカオに対しあまり良い印象が無いようだ。
「藤田様は何を言っているのでしょうか‥‥」
「ほっとけほっとけ、単なる逆恨みだろ。バレンタインでなくても、チョコは色々と必要なんだがな」
「はぁ‥‥」
ぶつぶつと一人で愚痴り続けるあやこの様子を、心配そうに見ている水無月 蒼依(
gb4278)に、織部 ジェット(
gb3834)が呆れた口調で肩を竦めて見せる。
「ここ最近、あちらこちらでバレンタインについて色々と話題になっているようですね。賛成とか中止とか。僕には多分関係無いので賛成でも反対でもありませんが、楽しみにしている人たちに水を差すような事はしたくないなぁ、と思いますね」
「僕はバレンタイン賛成派です。バレンタインに大量のチョコが消費されるということは、それだけ経済も活発に動いているということ。景気の良い話は大好きです。ですからバレンタインがどんなイベントであれ、チョコさえ消費されていれば良いのです。それを阻害しようなんて、なんてキメラたちなのでしょう。絶対にカカオ農園は守りきってみせますよ!」
「大切なものを護るため‥‥死力を尽くします‥‥!」
ハミル・ジャウザール(
gb4773)もあやこを横目で見ながら穏やかな調子で考えを口にした。それに天羽・夕貴(
gb4285)が話を続けるように返し、シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)もやや大げさだが同意するように頷く。どうやら、今回集まった能力者達はバレンタイン賛成派が多いようだ。
「ウチもどちらかというと賛成派やねぇ。イベントうんぬんは置いておいて、チョコレートは美味しくて、色々と便利な食料品やしねぇ」
「そのとおり、イベントの賛否はこの際置いておいて、チョコ自体に恨みはありませんっていうかチョコ好きですし。チョコの供給が減ってもそれは困るのです」
不知火 チコ(
gb4476)ものんびりと首を横に傾けつつ微笑みながら賛成し、鋼 蒼志(
ga0165)も少し歯に何か挟んだ口調ながらも、カカオを守ることは同意する。
「義理チョコに参加しないと徹底的にマークされてハブられるし、今度は、妥協して義理チョコに参加しちゃったら、今度は周囲がラブラブファイアーの影で一人泣いちゃってると思う。チョコ結構高いし‥‥」
「ふむ‥‥バレンタインを中止したいというその意思はよく分かります‥‥が」
いまだ愚痴り続けているあやこに、蒼志が苦笑しつつ諦めてくれとばかりに首を横に振る。しかしあやこはそれに対して、なにやらボルテージが上がってきたように叫ぶ。
「わかってない、みんなわかってない‥‥! 供給うんぬんって言うけどね、バレンタインでチョコが大量に消費されたら、その分本当にチョコを必要としている人への供給が減るのよ! しかも、チョコに資財が浪費されれば、他にまわされるお金が減って、経済にも大打撃を与えてるに違いないわ!」
「む、それはたしかに‥‥。いやしかし、そこまでの影響は‥‥。だがモテ男が、こんなにチョコ貰っても食えねえ、とか言ってるのはムカつきますが‥‥。ああ、でもチョコに恨みは無いわけで、義理でもなんでも食べられれば‥‥」
「バレンタインは逆に経済に打撃を与えている? そういった考えもありでしょうか‥‥。しかし、なんであれ物が売れるということは経済の活性化に‥‥」
あやこの叫びに、蒼志と夕貴が思わず考え込んでしまう。
「それになによりも!」
「なによりも?」
ついにボルテージが最高潮になったあやこは拳を握り締めて声を大にして叫ぶ。それに、一同があやこへと視線を向けて続く言葉に耳を傾ける。
「こんなに可愛いのに何故!? 私が!? 非モテなの!?」
「結局それかよ!」
そしてあやこの心からの叫びに、他の全員がツッコミを入れるのだった。
「キメラ、現れませんね」
一行が農場に着いてから数日。すぐに一行は農場の警備に付いたが、すぐには問題のキメラは現れなかった。そこで一行は、下手にキメラを誘き出すよりも、農場への被害の最小限を考えて、警備を重視するようにした。
「それにしても、こんな状況なのに収穫作業はやめないんですね。農場よりもまず人命の安全を確保することが重要だと思うのですが」
「書き入れ時だろうし仕方ねえんじゃねえの? ここで収入が減れば、普段の生活が苦しくなるだろうし。ま、守る側にもなれって思うけどな」
農場で働く人達の姿を見て困ったように言う蒼依に、ジェットも同じように苦笑する。どうやら農場の管理者は、バレンタインの件もあり収穫を止めることはできないと、一行に警備を任せながら収穫作業を続けるようだ。
一行が農場内での警備を行っている頃、あやこは。
「農家の収入なんか知ったこっちゃ無いです、今まで儲けたでしょ」
農場から少し離れた場所にある民家の一角で、双眼鏡を覗きながら索敵を行っていた。しかし、何故かチアガールの服装をしており、メイクもばっちり決まっている。健康美脚姫と呼ばれるほどの見事な美脚が、ミニスカートからスラリと伸びて目に眩しい。
「ふふん、中はブルマだから見られても大丈夫よ♪」
誰に対してかわからないが、そう説明してウィンクしてみせた。
「はぁ、それなのに何で誰も寄ってこないわけ? いいもん、男が駄目なら百合を食べて凌ぐもん」
おそらく、アピールする場所やタイミングが間違っているのだろう。そんなことをしながらも、あやこは何かを見つけたようにつぶやいた。
「ん、あれは‥‥」
「きゃー!」
突然の悲鳴に、一行は意識を緊張させた。どうやら農場の一角で働いていた従業員達のものであるようだ。
「現れたか!」
「あちらからのようや、すぐに向かいましょう」
声に反応し、すぐさま能力を覚醒させると、急いで向かう蒼志とチコ。
「ここは任せて、全員決められたとおり避難しろ!」
避難の指示を出しながら、こちらへと逃げてくる従業員達を一気に飛び越え、現場へと向かう二人。そこには、カカオの木を倒し、その実を貪り食う複数の猛獣達の姿があった。猛獣は全長2メートルほどのトラに似たキメラだが、口から多くの鋭い牙が突き出しており、その凶悪な姿は既存の生物とはかけ離れている。
「俺達が一番近かったか。人間には目もくれず、カカオに飛びつくとは、よほどカカオが好きなようだな‥‥。よし、やつらをなるべくカカオから引き離すぞ」
「任せとき。フフフ‥‥さぁウチとも踊ってもらいましょ〜か?」
両手に構えたドリルスピアを回転させる蒼志に並び立ち、チコが黒い爪を装着する。二人は、キメラの注意を引くようにしながら、慎重に間合いを計って動く。
「グルルゥア!」
その動きに気づいたキメラ達は、一斉に二人へと視線を向け唸り声をあげた。その目は狂ったように充血しており、口からは多くの体液が零れ落ちている。そして、一瞬の間を置いて飛び掛るように襲い掛かってきた。
「ほら、お得意の数の暴力ってのをしてきたらどうだ? ――尤もそれに屈するつもりはないがな!」
キメラの一撃目を受け流しつつ挑発する蒼志。言葉が通じているわけではないだろうが、キメラ達は蒼志を狙って連続で襲い掛かってくる。
「ほなあんたらとウチ、どっちの爪が鋭いか教えたるわ」
その隙をついて、チコが素早い動きでキメラを切り裂く。爪は皮を切り裂き、キメラから鮮血が飛び散った。
「グルァ!」
「ちょ、痛み感じてへんの!? きゃあ!」
しかし、キメラは切られたこともものともせずチコへと体当たりを繰り出した。それに反応が遅れたチコは、体当たりを受けて吹き飛ばされ、後ろの木へと叩きつけられる。
「ちっ、油断しやがって。大丈夫か!?」
「ぐ‥‥なんとか平気やわぁ」
「ともかく、注意はこちらに向いた、予定地点まで退くぞ」
チコを追撃しようとするキメラの間に入る蒼志。チコは痛みに顔を歪めながらも何とか立ち上がり、二人はキメラから間合いを取り、農場に被害が出ない場所へとキメラを誘導していった。
「無事か!」
「お待たせしました!」
そこへ、シンとハミルが合流する。シンはハミルに銃器を貸し、二人は蒼志達を援護するように、銃弾をキメラ達に撃ちだした。
「気をつけろ、あいつらまるで痛みを感じていない。まるで暴走しているようだ」
しかし蒼志の忠告通り、キメラは銃弾を受けても速度を緩めることなく突進してくる。
「やっかいですね!」
「足を止めるな、囲まれる」
キメラの様子に顔を顰めるハミル。キメラ達は計画的に分散して動いており、シンの言うように、足を止めればすぐに周囲を囲まれることになるだろう。一見暴走しているようでも、獣の本能で狩りをしているのかもしれない。
「この辺りで十分だろう!」
なんとかキメラの猛追をしのぎきり、比較的戦い易い場所へと誘導した一行。そこへ、先回りしていたジェット達が合流した。
「ナイスセンタリング! ゴールは任せろ!」
「地に足がついていれば、私の間合いです。お覚悟を」
「せっかく銃を用意したのですけれど、巨鳥はまだ現れないようですね」
蒼志達を追いかけてきたキメラ達を挟撃するように、ジェット、蒼依、夕貴の三人が攻撃を繰り出す。さすがの暴走キメラ達も、数の優位がほとんど無くなり、ダメージが蓄積してくると徐々に動きが鈍くなってきた。
「とりあえず、動きを封じてしまえば‥‥」
蒼依は遠心力を利用した居合い斬りで、キメラの足の腱を切り裂く。そしてそのまま、流れるように渾身の縦斬りへと繋げようとして‥‥。
「いけない! 蒼依さん、上です!」
「えっ!?」
そこへ突然、上空から太い木が落ちてくる。いち早く気づいたのはハミル。すぐに蒼依に警告を出すが、モーションに入っていた蒼依はすぐには動けない。
「させるかぁ!!」
怒声と共にシンが上空へ向かってエネルギー弾を連射。弾は次々と大木に命中し、間一髪のところで、大木を粉砕する。砕かれた木の破片が、一行の上に降り注いだが、誰も大きなダメージは受けずに済んだ。
「いい度胸だ‥‥魂まで滅ぼしてやろう!!」
「クェェェェ!」
シンの視線の先には、太陽を背に巨大な羽を広げる怪鳥。その姿は全長5メートルもあり、羽ばたきの風圧だけで、周囲の木々が揺れるほどである。シンは続けて銃撃を行うが、巨鳥は素早く反転し、攻撃の範囲から出てしまった。
「ここは俺達に任せて、予定通りあんたらはあの鳥野郎をやってくれ。放っておけば、また落としにくるぞ!」
「わかりました、そちらも気をつけてくださいね」
「はい、修行中の身ですが、そう簡単にやられるつもりはありません」
蒼志の言葉に夕貴が頷き、返す言葉に蒼依が答えた。そして、一行は二手に分かれ、夕貴達は巨鳥の退治へと向かう。
「シンさん、この番天印、お借りしておきます!」
「ああ、無茶するなよ」
ハミルがシンから借りた銃を構え、シン達が猛獣キメラの包囲を抜けられるよう援護する。蒼志達もそれぞれキメラと対峙し、シン達の道を作るのだった。
「残念ながら、俺はバレンタインよりお前らの方が嫌いなんでな――穿ち貫く!」
「神速には及ばぬ剣ですが、あなたたちを葬るには十分です」
「これ以上のオイタはさせませんぇ」
「ほら、あなた達、遅いわよ!」
シン達が包囲を抜け、巨鳥を追いかけると、途中であやこが合流してきた。
「あやここそ、今までなにやってたんだっつの!」
「私は民間人の保護と誘導してたのよ。それと、民家に向かってきたキメラの退治!」
「そちらにもキメラが来ていたのですか。ご苦労様です」
ジェットの非難の声に、あやこは先ほどまで逃げ出してきた民間人を保護していたことを話す。どうやら、はぐれたキメラから守っていたようだ。夕貴はその話に、少し申し訳ない表情で言葉を返した。
「ほら、巨鳥はあっちよ! 急ぐ! あれがまた木を引き抜きに降りてくる時がチャンスよ」
あやこが指差す先には、空を飛ぶ巨鳥の影。その影が、徐々に高度を降ろしてくる。どうやら、落とすための大木を引き抜こうとしているようだ。やがて、全力で走った一行は降りてきた巨鳥の足元付近にまで追いつく。
「いまだ!」
シンは持ち替えておいた銃に込められた、貫通弾で巨鳥の羽の付け根を打ち抜く。加えて、ペイント弾で一瞬相手を怯ませた。
「銃って、あまり使わないから苦手なんですよ、ね!」
「俺も直接蹴るほうが得意だな!」
夕貴とジェットも銃を持ち、一斉に弾丸を放つ。さすがの巨鳥も、集中的に羽を狙われては飛ぶこともままならないようで、周囲の木々をなぎ倒しながら地面に落ちる。
「今がチャンスね、練成弱体! 一気に畳み掛けて!」
キメラが地面に落ちたところへ、あやこが超機械で練成弱体を掛けた。一時的に防御が落ちたキメラに、一同が一気に畳み掛ける。
「どちらかが滅びるまで終わらん! そしてこちらが滅びるつもりはない」
「これが俺の本気のシュートだ!」
「フェンサーの本領発揮といきましょうか!」
巨鳥も羽をばたつかせ激しく抵抗したが、シンの二丁銃撃、ジェットの急所蹴り、夕貴の遠心力を加えた渾身の斬撃を受ければ、完全に力尽きその動きを止めた。
「これで最後です!」
残った猛獣キメラを蒼依の刀が切り裂く。痛みをものともせず暴れまわった凶暴キメラも、ついに退治されるのだった。
「んー、あんまりバレンタイン関係無い普通の戦闘になっちゃいましたねぇ」
「それでも、カカオの被害は最小で抑えられたと思います。あ、シンさんに、銃を返しに行かないと」
戦闘が終わり、覚醒が解けて再び飄々とした口調に戻った蒼志。その言葉に返しながら、ハミルはあわててシンに銃を返しにいった。
「まだまだ、修行が足りません‥‥。この体たらくでは目指す頂に到底たどり着けませんね‥‥」
「いやいや、ウチは蒼依ちゃんがんばったと思いますよぅ。それにしても、キメラがカカオを狙った理由も、あそこまで凶暴になったのもわからずじまいやねぇ」
蒼依は今回の戦いを振り返り、少し残念そうに肩を落とす。それを励ましながら、チコは疑問に首をかしげるのだった。結果的に、予想よりもカカオの被害は少なく、無事に出荷されることになり。依頼は無事に終了したのだった。