●リプレイ本文
土蜘蛛退治の依頼を受けた一行は、生息が確認されている山へと向かった。
「静かな山ね。‥‥なんて綺麗なのかしら」
二台の車に分かれて山へと入る一行。運転席に座った白雪(
gb2228)が、車を運転しながら小さく呟いた。
「静かというよりも、どちらかというと寂しいといった感じだと思うが」
「あら、その寂しさもまた、風流というものですよ」
その呟きに、アズメリア・カンス(
ga8233)が感想を漏らすが、白雪は気にした様子もなく笑みを浮かべた。山はほとんど紅葉も終わり、木々に葉はほとんど残っておらず、地面に降り積もっている。秋の終わり、冬の始まりを象徴するその光景は、見るものを寂しくさせた。
「冬‥‥か。あっちじゃ、もう降ってるかな‥‥」
「すっかり冬といった感じですねぇ。おや、龍太さんの地元の話ですか? たしか、北海道だとか」
「ええ、まぁ‥‥。この風景を見てつい」
車の中から外の風景を眺めながら、花柳 龍太(
ga3540)が地元の事を思い出す。その呟きに、古河 甚五郎(
ga6412)が興味深そうに話を聞いた。
「土蜘蛛〜。土雲の方じゃなくて良かったです」
「あら、それはどのように違うのですか?」
「土蜘蛛は妖怪の名称で、土雲は古代日本で朝廷に従わなかった土着民族を蔑んで呼んだ名だそうですよ。この二つを読み分けずにどちらも土蜘蛛と言う場合もありますが」
「なるほど、蛮族を妖怪と見立てて退治していたわけですねー」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)が運転している別の車では、すでに妖怪好き少女とも呼ばれている小川 有栖(
ga0512)が妖怪講座を行っていた。その話を聞いて、オリガ(
ga4562)が関心したように何度も頷いている。
「それで、なぜ土雲じゃなくて良かったの」
「え、それは、土雲の方は一応人間ですしぃ‥‥」
「人間だとしても、敵であれば倒す。そうでしょう?」
「そ、それはそうですけど‥‥」
「ほら、ケイ、あまり苛めると有栖が困ってますわ。有栖はあなたと違って、やさしいんですよ」
「あら、ひどい言われようね」
「そんなことないですよぅ、あはは‥‥」
ケイの問いに、困ったような表情を浮かべる有栖。そこへ、オリガが助け舟を出すが、ケイは気にした様子もなく微笑を浮かべた。
「なぁ、山に入ってしばらく経つけど、まだ最初の目的地に着かないの? いい加減、枯れ木ばっかで見飽きたよ。動物もいないしさぁ」
そんな中で、キメラの警戒も兼ねて外を眺めていた朔月(
gb1440)がぼやき声をあげる。山に入って、かれこれ一時間ほどは道を登ってきているだろうか。くねくねと曲がった道を何度も行き来し、ゆっくりと登っていく様子に、いささか飽きてきたようだ。
「地図によると、もうそろそろ着くみたいですよ」
手元の地図を確認する有栖の言う通り、道の先、少し見上げた場所に建物らしきものが見える。そして、一行を乗せた二台の車は、その建物へと向かって走っていくのだった。
「なぁ、この建物ほんとに大丈夫かな? いきなり崩れてきて生き埋めとかにならないよな」
「さぁ? さすがの私でも、この建物をガムテで補強するのは難しいですからねぇ」
「この程度なら、崩れてきてもそうそう生き埋めにはならないだろう」
民宿跡の中へと入った、朔月、甚五郎、龍太。エントランスを抜け、廊下を進むが、建物の軋む音と今にも崩れそうな天井に少し不安になる。
「この建物は二階建てで、部屋数は客室が20室、その他事務所や宴会場があり。温泉はやや離れた場所にあるようです。とりあえず、一階を見て回りましょう」
エントランスで拾った建物の見取り図を確認して、甚五郎が探索のルートを決める。二人も異論は無いらしく、薄暗い廊下を甚五郎を先頭に進んでいった。
「ここが宴会場ですが‥‥」
「これは‥‥」
「なんだこりゃ、随分とひどい様子だな」
一通り一階を見てまわった三人は、次に二階の宴会場へと向かった。だが室内には巨大な蜘蛛の糸が張り巡らされており。広い空間が、糸によって分断させられているようにも見える。
「ここが、土蜘蛛の巣なのか?」
「さぁどうでしょう。今のところ何もいないようですが」
「下手に糸には触らない方がいいな」
三人は、十分に警戒しながら中を調べてみるが、肝心の蜘蛛はいないようであった。その後、他の部屋も調べてみたが、時折蜘蛛の糸が掛かっている以外にこれといったことは無かった。
「ここが温泉ですね」
有栖、オリガ、アズメリアの三人は、民宿跡の周囲を回って温泉へと向かった。
「あら素敵ですわね。こんな露天の岩場にお湯が沸いてるなんて。ロシアではあまり見ない光景ですわ」
「随分荒れてるみたいだけどね。ロシアに温泉は無いの?」
「無い事はありませんけど、このように露天のお風呂になってる場所はあまり見ないですね。基本的に温泉は医療施設ですから」
「そうなんですかぁ」
温泉は、岩で囲んだ浴槽に、源泉かけ流しの温泉が満ちており、白い湯気がもうもうと立ち上がっている。その様子に、ロシア人のオリガが感激した様子で目を輝かせ。日本に長いアズメリアと日本人の有栖は、その姿を意外そうに見る。
「これは、依頼が完了したあとが楽しみですわね」
「怪我しているんですから、無理しないでくださいねー」
珍しく期待にワクワクしているオリガに、有栖は苦笑するのだった。
「それで、付近に怪しげなものは無いみたいだけれど‥‥」
アズメリアは周囲を見渡し、不審なものが無いか探すが、これといって怪しいものは見つからない。
「みなさん、こちらへ来ていただけますか?」
そこへ、反対側から周囲を探索していた白雪が声をかけてきた。何事かと向かった先には‥‥。
「これは?」
「見ての通り、穴よ。いまさっき見つけたの。まだ中は調べてないわ」
ケイが言うように、地面にぽっかりと開いた穴。モグラが土を掘り起こしたような地面に斜めに延びた穴だが、その大きさは、幅2メートル以上、高さ3メートルはありそうである。
「明らかに不自然な穴ですね。もしかして、土蜘蛛がこの中に?」
「それは、入ってみないとわからないわね。あなた達を呼んだのも、危険に対処できるように、なるべく大勢で行きたかったからよ」
「私とケイさん、それとアズメリアさん一緒にお願いしますわ。オリガさんと有栖さんは、何かあったときのために外で待機を」
有栖の問いに、ケイが答え、白雪達が中に入って調べてみることになった。白雪とケイが暗視スコープを付け、先頭で穴へと入っていく。
「‥‥もぬけの空ね」
「ですがこれは‥‥。巨大な何かがここにいた事は間違いありませんね」
しかし、穴の中には何も居らず、ケイがつまらなそうに呟く。ただ、白雪が何かの生物がいた跡を発見し、それは土蜘蛛の可能性が高かった。
その後、ひとまず合流した一行は、別の場所を探索するために車に乗り込んだ。そして、頂上付近までたどり着くと、車を降りて別ルートの探索へと向かう。
「ここが、地元の人しか知らないという洞窟ですね」
途中で再び三班に分かれ、滝から少し向かった先にある洞窟へと着いた甚五郎達。地元民しか知らないというその洞窟は、暗い穴をぽっかりと開けて彼らを待ち受けていた。その大きさは、十分大型のキメラがいておかしくないもので、一同は警戒を強めながら中へと入っていく。
「‥‥誰かいませんかっと」
ランタンを持った朔月が、洞窟内を照らす。すると、中からは何者かの気配が。
「気をつけろ、何かいるな」
その事に気づき、すぐに戦闘態勢に入る龍太。その身体が、赤い光に包まれて、周囲も微かに明るくなる。と、それと同時に、洞窟内の気配がうなり声をあげて襲い掛かってきた。
「グルルル‥‥グガァ!」
「クモ! ‥‥じゃないですね」
「名前は似てるけど‥‥クマだね」
「どちらにしても、倒すしかないな!」
彼らの前に現れたのは、巨大な蜘蛛、ではなく熊の姿をしたキメラであった。熊の頭に、鎧のような甲殻の身体を持っている。キメラは凶暴そうな雄たけびをあげながら三人へと向かって突っ込んでくる。そして、それを正面から迎え撃とうとする龍太。
「っ!」
だがとっさに、何かを感じた龍太は、その場から飛び退いた。すると、勢いあまったキメラは、洞窟の壁に体当たりしてしまう。
「‥‥これは、まともに受けたらただではすみませんねぇ」
小さな地響きと共に、洞窟の岩壁が砕け散った。キメラの甲殻は予想以上に硬く、その体当たりは岩も簡単に破壊する威力である。その様子に甚五郎は苦笑しながらも、素早い動きでキメラの背後に回りながら、鋭い爪で攻撃を行った。
「天狼!」
朔月が天狼と呼ばれる黒い和弓を取り出し、素早く矢を番えて放つ。矢は寸分たがわずキメラの目に突き刺さり、キメラが苦しげな咆哮をあげた。そして、その隙を狙い、龍太がキメラの首へと大剣を振り下ろす。
「うおぉぉぉぉ!!」
気合一閃、ひときわ大きく赤い光を発しながら、龍太の大剣がキメラを切り裂いた。そして、キメラの頭部が切り離され、その巨体は音を立てて倒れ伏すのであった。
一方その頃、山小屋へと向かったオリガ達は。
「すっかりボロボロですわね。私と一緒」
今にも崩れそうな小屋の様子に、冗談を言うオリガ。小屋は思ったよりも大きく、物置というより民家に近いが、長く放置されていたため、所々穴が開き、板壁が腐っている部分もあるようだ。
「では、私達が中を確かめますね」
白雪とケイが中を調べることになり、オリガ、有栖、アズメリアは外を警戒することにした。ドアを開けて、警戒しながら中へと入る白雪とケイ。中はかなり暗く、暗視スコープで慎重に中をうかがう。
「‥‥これは」
最初に目に付いたのは、糸が張り巡らされた天井であった。巨大な蜘蛛の巣が張られており、このどこかにキメラがいるのではないかと慎重に見渡す。
「‥‥っ!?」
「ケイさん!」
だが、攻撃は意外な所から来た。天井へと意識を向けたケイに、足元から糸が巻き付いてくる。白雪が素早く巻きついた糸を切り払うが、危うくそのまま地面に引きづり込まれる所であった。どうやら、地面の見えづらい所に穴が開いてあり、そこからの攻撃だったようだ。
「やってくれたわね‥‥。ふふ‥‥あたしは、縛られるより縛るほうが得意よ?」
「姉さん、ここは穴からひきづり出したほうがいいわ。そうね、相手の有利な場所で戦うのは愚の骨頂だわ。ケイさん、一度下がりましょう」
ケイはお返しとばかりに、穴へと向かって銃撃を行う。それを受けて、奇声をあげる黒い影。白雪は誰かと相談するように独り言を呟くと、ケイを促しつつジリジリと出口に退いていく。
「今の音は!?」
小屋の中の異変に気づいたオリガ達。やがて、小屋から飛び出してきたケイ達を追うように、巨大な蜘蛛が小屋を破壊しながら現れた。
「これはたしかに、話に聞く土蜘蛛そっくりですね」
現れた蜘蛛は、3メートル近い巨体に、虎柄の紋様、そしてその頭には鬼のような顔がついている。有栖はその姿を感心するように見上げる。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
そう言いながら、アズメリアが前に出て刀を構える。ケイは後ろに下がり、白雪とアズメリアが前衛に立った。土蜘蛛は、醜悪な顔を二人に向けすぐにでも襲い掛かろうという態勢だ。と、そこで土蜘蛛が突然、口をあけて二人に向かって何かを吐き出した。
「糸!? いえこれは!!」
「くっ‥‥」
あわてて飛び退く二人。しかし、霧状に噴出されたそれに、二人は触れてしまう。すると、痛みと共に身体が急激にだるくなってしまった。
「土蜘蛛の毒‥‥」
攻撃を受けた二人の様子に驚く一行。有栖がすぐに練成治療を行うと、なんとか元に戻ったが、ほうっておけばかなり危険なのは間違いない。
「一気に仕留めますわよ」
「それじゃ、土蜘蛛退治と行きましょうか」
回復した白雪とアズメリア。二人の攻撃にあわせるように、ケイとオリガが射撃で援護する。
「同じ手は受けないわ。はっ!」
再び、不審な行動をする土蜘蛛に、白雪が哭刀と呼ばれる投擲刀を投げつける。それが、土蜘蛛の顔に突き刺さりその動きを止める。
「試し切りよ。八葉流弐の型改‥‥流し双葉」
「タァ!!」
そこへ、白雪とアズメリアの渾身の一撃。白雪の二刀と、アズメリアの両断剣が蜘蛛の胴体を切り裂く。
「これもついでです‥‥えい」
「ああ、お酒がもったいない」
追撃とばかりに、有栖が99度のアルコールを土蜘蛛に投げつけ、超機械で着火。火はつかず狙い通りには行かなかったが、超機械の電磁波だけで十分だった。そして、土蜘蛛はなぜか仰向けにひっくり返ると、何度か痙攣を起こしてついに動かなくなる。
その後、無事に土蜘蛛を退治した一行は、再び温泉に戻る。
「はぁ‥‥いいお湯ですわねぇ。‥‥イタタ」
「オリガ、怪我をしてるんだから、無理はしない方がいいんじゃない?」
水着に着替えて、温泉へと入るオリガとケイ。怪我が沁みている様子のオリガに、ケイは呆れた様子だ。
「いえいえこの程度、温泉に入る事と比べたら‥‥。それよりケイ‥‥」
「なにかしら?」
「年下の癖に、けっこう‥‥いえ、いえ、まだ私のほうが‥‥」
「ふふ、どうしたの? そんなにジロジロ見て」
なにやら、自分とケイの身体を見比べるオリガに、ケイは不敵に笑ってみせる。
「勝った‥‥」
だがそんな二人の横で、有栖が足湯をバシャバシャさせながら、小さく呟いたのを二人は気づかなかった。
「こちらスネー‥‥違った朔月。敵地潜入に成功した‥‥」
どこから見つけてきたのか、ダンボールに身を隠しながら、朔月がこっそりと温泉を覗こうとしていた。
「くく、美女の入浴を覗くのは永遠のROMANだよな」
「おんやぁ? こんな所に悪い子がいますねぇ」
「ぐぇ」
そんな朔月を見つけた甚五郎。彼も、水着着用で温泉へと入る所だった。甚五郎に捕まった朔月は、そのまま温泉へ。
「さぁ、朔月さんも一緒に入りましょー」
「ちょ、俺、一応これでも女だから!」
「大丈夫! ポロリは阻止しますよ、ガムテで!」
「そういう問題じゃないから、ぎゃー!!」
ともかく、温泉に入った者はリフレッシュして錬力が回復したようだ。
「‥‥あっちは随分と楽しそうだな」
「ふふ、そうですね。こちらはとりあえず、危ない事がないように見張りましょう」
「みんな物好きね」
朔月の悲鳴を聞きながら、龍太が呆れたように言う。白雪とアズメリアも、同じように苦笑しながら、三人は温泉組のためにキメラへの警戒をしていた。
「ですが、これぐらいはいいわよね」
そして、危険が無いと判断した白雪は、笛を取り出して奏で始める。龍太とアズメリアは、その音色を静かに楽しむのだった。こうして、一行は無事に依頼を達成し、帰還した。