●リプレイ本文
「さて、事前に貰った情報だと、この辺りがルートみたいね」
荒野の真ん中、岩山が点在し、遙か地平線まで見通すことができるなにも無い土地で、地図を広げながらメアリー・エッセンバル(
ga0194)が、確認するように呟いた。彼女達は、暴走しているキメラが通るルートを調べ、罠を仕掛けるべく調査を行っていた。
「見渡す限り、岩以外なにもないな。来る途中も思ったが、こんなだだっ広い土地に、何も無いというのは随分と寂しいものだ」
「そうですね。日本にはこんな見渡す限り荒野なんてそうそうありませんから。何だってこんな何もなさそうな所で暴走しているのやら。まあ、原因が何であれ、止めないことには始まりませんね」
榊兵衛(
ga0388)の呟きに、新居・やすかず(
ga1891)が同意するように頷く。
「そうだね。こんな、バグアにとってもたいした価値のない土地で、キメラは一体何のために走っているのかしらね。まぁ、それはともかく、今度はあっちへ行って見ましょう。数十キロ先に水場があるみたいよ」
「数‥‥十キロ先‥‥ですか」
地図と睨めっこをしていたメアリーが、道の彼方を指差す。もちろん、見える範囲にそれらしいものがあるはずもなく、やすかずは少し呆れたように苦笑する。
「という、ことだそうです。移動お願いできますか」
「‥‥‥」
やすかずの声に、道端に止めた車の運転席に座っている烏莉(
ga3160)が無言でコクリと頷いた。
「‥‥‥」
荒野にある高台の一つ、御影・朔夜(
ga0240)が銜え煙草で双眼鏡を覗きながら、周囲を見回している。その場所は大変見晴らしが良く、地平線の先まで見渡すことができた。
「朔夜ちゃ〜ん、キメラ見つかった?」
高台に上ってきたハルカ(
ga0640)が、朔夜に声をかけた。スレンダーな体型に、ふくよかな胸、本職はグラビアアイドルらしい。
「あ! こらぁ! 子供が煙草なんて吸っちゃだめでしょ!」
「‥‥っ」
ハルカは朔夜の銜え煙草に気がつくと、つかつかと近づき、銜えている煙草を奪い取った。朔夜は一瞬不機嫌そうに顔を顰めるも、双眼鏡から目を離さない。外見から見れば、朔夜は17歳程度に見え、ハルカの言うことももっともなことだった。
「それで、どう? 見つかりそう?」
「いや、まだわからない。そっちのほうは?」
「セージくんが足跡見つけたって言ってたから、兎萌ちゃんと一緒に調べてるけど。たぶん、ルートは合ってると思う。ただ、いつくるかわかんないよね」
ハルカは朔夜の隣で、地面に座り込むと、遠くを見通すように額に手を当て、キョロキョロと周囲を見渡した。
「ねぇ、朔夜ちゃん。キメラ‥‥なんで走り続けてるんだろね? 虫歯が痛いのかなぁ‥‥」
「そんなわけないだろう。それより、その朔夜ちゃんってどうにかならないか?」
「え〜、なんで? 私、名前で呼ぶのが好きだし、年下の女の子だから『ちゃん』。いいでしょ?」
「‥‥そもそも、私は男なのだが」
「あららぁ?」
長い髪と、中性的な容貌のため、朔夜はよく女性と間違えられる。ハルカは間違えたことを悪びれた様子もなく、ほんの少し首を傾げただけだった。
「‥‥来た!」
そんな話をしていると、地平線の向こうから大きな砂埃が上がっているのを見つける。双眼鏡で眺めると、たしかに数匹のトカゲが道沿いを爆走しているのが見えた。
「あ、ほんとだ。私からじゃ、砂埃が酷くてよくわからないけどね」
朔夜の声に、ハルカもその方角を眺める。肉眼では砂埃しか見えないが、たしかに車などではないことはわかった。そして、その砂埃は徐々に朔夜達の方角へと近づいてきている。
「おい‥‥あいつらなにやってるんだ‥‥」
そこで、ふと視線を変えた朔夜は眉を顰めて呟いた。その視線の先には、人影が二つ。ハルカもそれに気づいたようで、少し驚いたように声を出した。
「あっ! セージくんと兎萌ちゃん!」
「間違いなく、これはトカゲの足跡だな。しかも、この大きさ、キメラのものに違いない」
朔夜達が見張っている高台から少し離れた場所、セージ(
ga3997)が地面に顔を近づけて、足跡を調べていた。その足跡は、間違いなくキメラのもので、しかもつい最近、一日以内に付けられたものであった。石の地面には、その足跡が先までくっきりと残っており、走っているルートと共にその脚力の強さも物語っている。
「まぁ、とりあえずこれで、ルートのほうは確定できたな。やつらは、道沿いにぐるっと一周している」
「ねぇねぇ、セージさん。あれって、なんでしょうね」
「ん?」
そこへ、一緒に付いてきていた武蔵・兎萌(
ga4208)が、道の先を指差してセージに声をかける。セージは訝しげにその指差す先を見つめ。
「おいおい、あれって‥‥」
それは、いつのまに起こっていたのか大きな砂埃。それが、ぐんぐんとセージ達の所へと近づいてきている。
「あれが、噂の暴走キメラですか〜。たしかに凄いスピードですよねぇ」
「おい、呑気なこと言ってないで、逃げるぞ!」
兎萌が砂埃を眺めながら感心したように呟くのを、セージが慌てて逃げるように言う。そんな話をしている間にも、キメラの群れはどんどん近づいてくる。
「それじゃ、よーいドン、で!」
「え‥‥?」
兎萌はそう言うと、左腕が仄かに発光し、一瞬のうちにその場から30m先に移動し、そのまま走っていく。あまりのことに、思わず呆然としてしまうセージ。
「ほらほらぁ、急がないとキメラに轢かれますよ〜」
「って、おい! 一人で逃げるな!!」
兎萌の声に、ハッとなったセージは、慌てて自分も走り出す。ドドドドドという地響きの音が、すぐ近くまで近づいてきていた。
「あはは、追いかけっこ楽しいですね〜」
「うぉぉぉぉ!!」
暴走キメラから全力で逃げる兎萌とセージ。道から横にそれればやりすごせることに気づいたのは、それから数分後であった。
「では、罠はこの位置。落とし穴完成後、襲撃班はここで待機して、キメラを追い立てる役、でいいよね」
一日を費やし一通り調査が終わった後、メアリーは地図に印を書いて、作戦を立てる。ルートは確定し、そこを走り抜ける周期もだいたい予想がついた。襲撃場所を決め、罠を仕掛ける準備も出来た。あとは、明日実際に実行するだけだ。
「だいたい、こんな感じでいいよね」
「あれだけの質量でスピードだ。簡単には止まれないだろう。それだけに原始的だが、落とし穴という罠は効果的だと思う」
確認をとるメアリーに、榊兵衛が頷く。他の仲間も、それ以上の意見もないようだ。メアリーはもう一度、一同を見回してニッコリと笑みを浮かべた。
「それじゃ、確実に勝ちに行きましょ」
二日目、暴走キメラを止めるために落とし穴を掘る一行。
「さて、張り切って掘ろうか。皆、サボるなよ? 俺がサボれなくなるからな」
「セージくんもサボらないように」
「わかりましたよっと」
セージの軽口に苦笑するハルカ、しかしセージも真面目に穴を掘っているようだ。
「兎萌ちゃんは、女の子なんだから無茶しないでね」
「大丈夫ですよ〜、ちゃんとお腹いっぱいご飯も食べたし。これも修行修行、わっとと!」
一緒に穴を掘っている兎萌にも声をかけるハルカ。その声にのんびりと返事をする兎萌だが、自分の掘った穴に躓きそうになっていた。兎萌はなにやら身体に錘を着けながらやっているようで、ハルカはちょっと心配になった。
「よし、これでだいたい完成だな。本当なら、地雷でも仕掛けておきたかったんだがな」
しばらくして、穴を掘り終えた榊兵衛は、少し残念そうに呟く。キメラには通常兵器は効き目が乏しく、地雷も大量に必要だったのだが、そういった兵器は高価なため用意できなかったのだ。
「皆、ご苦労。さ、俺の居た孤児院でとれた茶だ。遠慮せずに飲んでくれ」
「かたじけない」
セージが水筒に入ったお茶を榊兵衛に差し出す。労働したあとのお茶は喉にしみるようで、疲れが抜けるようであった。そこへ‥‥。
「大変です、朔夜さんから連絡があり、キメラがこちらに向かってきているようです」
「キメラがこちらに向かっている!? 予想よりも早いね‥‥」
朔夜から無線で連絡を受けたやすかずが、それを報告する。メアリーは予想よりも早いキメラの到来に一瞬表情を険しくした。
「予定より早いけど、作戦を決行しましょう。皆、所定の位置についてね!」
「了解!」
すぐにメアリーは作戦開始の指示を出す。一行は、それに頷き、自分の持ち場へと付くのだった。
「――アクセス」
呟きと共に、朔夜の黒い瞳は銀に変わり、赤い瞳は金色の輝きを放つ。そして、二丁の拳銃を両手に構えると、突っ込んでくるキメラに対し立ちふさがる。こちらに気づいていないのか、スピードを下げることもなく砂埃をあげながら猛然と駆けて来るホーンリザード達。もし、まともにぶつかり合おうとすれば大きなダメージを負うことは必須。
「莫迦が‥‥悪評高き狼を甘く見るなよ‥‥!」
しかし、朔夜はキメラがぶつかる寸前、横へと飛び退る、そしてそのまま二丁の拳銃を乱射。ギリギリまで狙いをつけ、銀の狼から放たれた魔弾が、キメラの胴体へと吸い込まれるように命中する。
「やはりこの程度では倒れないか」
だが、キメラはその攻撃をものともせずに走り続ける。朔夜もすでにわかっていたかのように呟き、身軽に一回転して地面に着地、そのままキメラを追いかけた。
「さて、俺達の出番か」
「セージくん、わかってる? 罠へと追い込むんだよ」
「わかってますって」
次にキメラの前に立つのは、セージとハルカ。セージは刀とナイフの二刀、ハルカは金属の爪ファングを両手に構える。
「我は世界と共に在り、世界は我と共に在る」
自分の覚醒を促す言葉を呟き、全身から青白い燐光が放たれその身体がより筋肉質になる。一方ハルカも、耳が長く尖り、豊満な胸はより一層大きくなる。
「わぁ。おっきいオッパイの前じゃキメラも子供のようですな」
「兎萌ちゃん、本当に女の子? いいから、早く所定の位置について」
「は〜い、っとと!」
ハルカの大きな胸に、近くにいた兎萌が興奮したように呟く。その様子に、ハルカが呆れたような表情を浮かべた。そして、兎萌はまた転びそうになっている。そうするうちにも、キメラはどんどんハルカ達のほうへと向かってきていた。
「敵を断つのは、斬ると決めた心の在りよう――即ち覚悟。この無神流、貴様に見切られるほど甘くは無い」
「ひゅぅ、セージくん、かっこいいね♪ っと!」
キメラがぶつかるすれすれで、セージは刀でそれを受け流すように回避しつつ、相手の脚を狙って切りつける。ハルカも、華麗にキメラを飛び越え、後ろ足を爪で切り裂いた。そのダメージに、体勢を崩すキメラ達、しかしそれでも止まる事はなく走り続ける。
「くっ、掠ったか。俺もまだまだ未熟だな」
「大丈夫?」
「この程度、かすり傷だ。行こう!」
「おっけー」
避けきれずにセージは胸元に傷を負うが、たいしたことはなかったようで、二人はキメラを追いかけだした。
「キメラ、こちらに近づいてきます。どうやらダメージを負っている模様」
「ここまでは作戦通りね」
双眼鏡で様子を見るやすかずが、石影に隠れた仲間達に報告する。その報告にメアリーが頷き、視線を罠に向ける。
「あとは、うまく罠に引っかかってくれるといいんだけど」
落とし穴は、すでにシートをかぶせてカモフラージュしてある。キメラがそこに足を踏み込めば、自分のスピードの勢いで転ぶことは間違いないはずだ。
「来ました!」
砂埃をあげながら、数匹のキメラが駆けて来る。見た感じ、ダメージを負って、より狂暴さを増したように、凄い勢いで走っている。やがて、落とし穴へとキメラが差し掛かり‥‥。
「掛かった!」
盛大な音を立てて、キメラ達は一斉に足を踏み外し、地面へと転がり込んだ。思わずメアリーは歓声をあげる。
「行くぞ!」
「わっかりました〜、錘も外して準備万端!」
榊兵衛の掛け声に兎萌が答え、一同は転んだキメラへと一斉に攻撃を開始する。まず、やすかずが投網をキメラに掛けて身動きを封じ、榊兵衛の槍が脚を突き刺す。その後は乱戦となり、走れなくなって狂暴になったキメラと激しい戦闘が繰り広げられる。
「あ! あれ、一匹逃げてる!」
しかし、そんな中で、砂埃に紛れて逃げ出すキメラが一匹。たまたま大きなダメージも受けていないようで、勢いよく駆け出していってしまう。
「‥‥乗れ」
そこへ、いつのまに準備をしていたのか、烏莉が車を運転して路上に止める。そして、短くそう指示を出した。
「烏莉さんがしゃべった!!」
「そこ、驚く所なんだ‥‥」
兎萌の驚きの声に、メアリーがおもわず呆れる。
「僕が行きます!」
やすかずが車に乗り込む。そして、車はキメラを追いかけるために急発進した。やがて、道を疾走するキメラの姿が見え始める。
「悪いですが、逃がすわけにはいきません」
「‥‥‥」
車の助手席から身体を乗り出し、キメラへと銃の照準を合わせるやすかず。鋭敏になった感覚が、確実にキメラの脚を撃ち抜いた。
「命中‥‥」
キメラは脚へのダメージに耐え切れず、再び地面に転びこむ。そこへ、烏莉の銃がキメラの頭部へと追い討ちをかけた。そして、ついにキメラは動きを止める‥‥。
その後、襲撃班も合流し暴走キメラは駆除された。キメラの反撃で少なからずダメージを負うことにもなったが、なんとか目的は達成されたようであった。