●リプレイ本文
「目標の地点はこの辺りのようですね」
アルヴァイム(
ga5051)が地図を確認しつつ、仲間達に現場に到着したことを伝えた。車で迎撃地点まで移動した一行は、準備を整えキメラを待ち構えることにする。
「くそあっちぃ〜!」
「日差しが強いな」
岩と土ばかりで、何も無い荒野。夏の太陽はカンカンに照りつけ、激しい熱気が辺りを包んでいる。砕牙 九郎(
ga7366)と御山・アキラ(
ga0532)は、眩しそうに太陽を眺めては、その暑さに顔を顰める。
「嫌だわ。こう暑いと、汗でお化粧が崩れちゃう。それにUVケアもしなくちゃ日焼けしちゃうわ。あなたはそんな服で大丈夫なの?」
「この程度の暑さ、問題ないわ‥‥」
ナレイン・フェルド(
ga0506)も暑さに嫌そうな表情を浮かべ、ケイ・リヒャルト(
ga0598)に声を掛ける。ケイは、この暑さでさえ、黒い服を着て汗一つ掻いていない、精神力のなせる業なのだろうか。それよりも、男であるはずのナレインが、化粧や肌のことにそこまで気にしているほうが驚きかもしれないが。
「水無月さんも大丈夫? 暑さで倒れちゃったりしないかしら?」
「太陽が苦手なので‥‥。少し暑いですが‥‥大丈夫です」
ナレインはもう一人暑そうな格好をしている水無月・翠(
gb0838)にも、心配の声をかける。翠はなるべく肌を露出しない服を着ており、はたから見ても暑そうだ。しかし、彼女は色素の薄い体質的に、直射日光は避けねばならない。
「熱中症になられても困るぞ。倒れても、面倒は見切れん」
「わかっています‥‥ご心配には及びません」
そんな翠に、アズメリア・カンス(
ga8233)が声を掛ける。それはいささか冷たいものに感じられるが、翠は気にした様子もなく頷いた。
「そろそろ、準備をしたほうがいいな。予定ではもうしばらくすれば、敵の姿が見えてくるはず」
双眼鏡を覗きながら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が全員に準備を促す。
「では、もうアレを撒きますか?」
「‥‥いや、この暑さではすぐに気化してしまう。アレを撒くのは、敵がもう少し近づいてからの方がいいだろう」
アルヴァイムの言ったアレとは、アルコール濃度99%のお酒『スブロフ』。彼らは、この酒を10本以上用意していた。これを撒いて火をつける作戦だが、ホアキンが言うように、高濃度のアルコール、しかもこの暑さではすぐに気化してしまうだろう。一行はスブロフを撒くのは後回しにして、武器などの迎撃の準備を行なうのだった。
「きたぞ!」
しばらくして、ホアキンが双眼鏡に映る黒い霧の姿を発見、全員に報告する。双眼鏡に映るそれは、霧というにはいささか粒子が粗く、どちらかというとテレビに映るノイズのようにも見える。それは徐々に一行の方へと近づき、やがて肉眼でもそれを確認できるようになった。
「報告通りなら、形は小さくとも、極めて危険な敵だ」
「数にモノを言わせるなんて‥‥無粋、ね」
ホアキンの言葉に、ケイが頷く。黒い霧は、一つの集合体のようにも見えるが、一つ一つが意志を持ち敵に襲いかかるキメラである。その威力は、事前の報告にもあり、危険極まりないことを一行は理解していた。
「小さくて破壊力が高くて大量、か。抜けさせる訳にはいかないわね」
「はい、ここで必ず食い止めます」
「風穴開けるような物騒な虫は、全部この場できっちり始末させてもらうってばよ」
「家が壊れれば生活に困るでしょう。人が傷つけば家族が悲しむでしょう。止めねばなりません」
アズメリア、アルヴァイム、九朗、翠もそれぞれ自分の心情を口にした。自分達の後ろには、守るべき人と街がある。資料で見た、凄惨な被害の様子はもう起こさせないと、心に誓った。
「さて、何匹くるか」
「あれは黒豆‥‥ただの黒い豆! くろい‥‥まめ、っ!?」
アキラが力を覚醒し、表情の無い顔で呟く。対して、虫嫌いのナレインは迫り来る蟲の群れから目を逸らすのを我慢しながら、自己暗示をするようにブツブツと呟いていた。逆に黒豆が食べられなくならなければいいが。
「そろそろ、作戦の準備を」
「ほら、始めましょう」
「わ、わかってるわ。これで近づいてくるの‥‥遅らせる事、出来るわよね?」
「さぁ?」
「さぁ? ってぇ、どういうことなのよぉ」
黒い霧との距離を測っていたホアキンの指示で、アズメリアとナレインがスブロフを、蟲と自分達の間にハの字に撒く。アルコール濃度と気温のせいですぐに気化し始めるが、大量に散布したのですぐには蒸発しきってしまうことは無いだろう。ナレインは、近づいてくる蟲の群れを気にしながら、スブロフを撒き終えてアズメリアに心配そうに問いかけるが、アズメリアがあっさりと首を振るのにちょっと泣きそうになった。この作戦、どちらかというと、近づくのを遅らせるよりも、誘き寄せる効果があるのではないか。
「準備は完了しました。戦闘を開始しましょうか」
アルヴァイムが、スブロフで作った火炎瓶に火をつける。アルコールを吸った布に火がつき、それをスブロフを撒いた地点に立てる。これでいつでも瓶を撃ち抜き、一帯に火をつけることができる。その準備が終わる頃には、黒い霧はすでに目前にまで迫っていた。蟲達も一行に気づいたのか、進路を多少変更し、一行へと向かってきている。
「‥‥削りきるしかなさそうだな」
「目標は当然、対象の全滅でいきましょうか」
ホアキンの左掌に磔の痕が、アズメリアは全身に炎のような模様が浮かび上がる。そして、全員が力を覚醒し、銃器を構えた。やがて、黒い霧が射程へと入る。
「攻撃開始‥‥」
「本物のブリットの味‥‥堪能させてあげる」
「こ、この羽虫の音‥‥いやぁ、こっちにこないでぇ!」
ホアキンの合図に、全員が一斉に射撃を開始する。ケイがサディスティックな笑みを浮かべながら二丁の銃を乱射。自己暗示を掛けていたナレインも、あの蟲が羽ばたく時の独特な振動音にやや半狂乱気味になりながら、銃を乱射する。
「行くぞ、貫通弾だ」
アキラが貫通弾を発射、高い威力を持った弾丸が、黒い霧を突き抜けていった。射撃による攻撃は、群がる蟲達を次々と潰していく。どうやら、攻撃力に対し、防御力はさほど高く無いようだ。しかしそれでも、蟲達はまだまだ数が多い、多少数を減らしながらも一行に向かって突っ込んでくる。
「点火する! 汝らは衝撃に備えろ!」
「っ!!」
アルヴァイムが仲間に警告しつつ、火炎瓶を撃ち抜く。砕かれた火炎瓶の火がスブロフに移り、と同時に気化したアルコールにも点火。大きな爆発音と共に、盛大に火が上がる。
「本当にビートル‥‥昆虫そのものの本能を受け継いでいれば、走性がはたらくはず。近い光源に向かって行ってしまう、正の走光性です。高校の生物で習いました」
「正の走光性‥‥やったような、やらなかったような‥‥」
燃え上がる火柱に、翠が期待を込めて理屈を述べる。そんな理屈の説明を、わかったようなわからないような顔で苦笑する九朗。
「熱いでしょう? もっとアツくなるわ。尤もアツいと思う暇も無いかもね」
「飛んで火に入る夏の‥‥っ!?」
ケイとホアキンが炎に集まる蟲達を撃ち抜こうと銃を構える‥‥しかし、蟲達は火を突き抜け、そのまま一行へと向かってくる。どうやら、蟲の本能よりも、人を襲うというキメラの本能の方が強かったようだ。フォースフィールドのおかげで、火をものともせずに、突っ込んでくる。
「そう簡単にはいかないか、っ!!」
武器を剣に持ち帰るアキラ。そこへ、小さな蟲の塊が飛び掛ってくる。まるで弾丸のようなそれは、咄嗟に回避するアキラの腕に掠り傷を残していった。
「アキラちゃん大丈夫!?」
「問題無い‥‥おまえこそ大丈夫か?」
「え、ええ‥‥。触りたくない‥‥けど、これ以上の被害は出すわけにいかないの!」
「ならば行くぞ」
心配するナレインに首を横に振るアキラ。周囲はいつのまにか蟲の群れに囲まれている。二人は背中を預けあいながら、近接武器を構えた。他の者達も、それぞれのパートナーと組み、近接戦闘に備える。
「『群体』に対しては、盾での攻撃は有効のはずですが‥‥くぅっ!」
「お、おい、大丈夫か!? くそっ!!」
翠が向かってくる蟲の群れを盾で攻撃し弾き返そうとする。しかし、元々SESを搭載していない盾では衝撃を与えることはできても、直接的なダメージを与えることは難しい。攻撃が失敗し、翠は蟲の体当たりを受けて苦痛の声をあげた。それに、コンビを組んだ九朗が慌てて彼女を庇う。しかし、動きの止まった二人に容赦なく蟲達の攻撃が集中した。
「私は大丈夫‥‥だから砕牙様は離れて‥‥」
「冗談! 俺の方が図体はでかいんだ! おまえを庇うくらい‥‥っ!」
翠を必死に庇う九朗。だが、二人のダメージは蓄積してしまう。
「はっ! ‥‥二人とも大丈夫?」
「こ、この程度、なんてことはねえよ」
「ここは、我らに任せ。汝らはしばらく休んでおれ」
「もうしわけ‥‥ありません」
そこへ、アズメリアとアルヴァイムが駆けつけた。二人は、九朗達に襲い掛かる蟲達を追い払い、二人の救出を行なう。だが、体力のある九朗はともかく、翠は結構なダメージを受けてしまった。アルヴァイムは翠を回復に専念させる。
「あまり時間をかけたくはないわね。手早く確実に仕留めていかないと」
二刀を構えたアズメリアは襲い掛かってくる蟲を叩き落すように刀を振るう。致命打撃になる攻撃だけ最小限の動きで避け、小さな裂傷はものともしない。そして、その背中はアルヴァイムが守り、後ろに回った敵をエナジーガンで撃ち落していく。
「くっ!」
しかし、蟲達の体当たりは四方八方から行なわれる。完全にそれを防ぎきるのは難しい。横からの攻撃にアズメリアの体勢を崩し、そこへ追撃とばかりに他の蟲も攻撃を行なってくる。体勢を崩したアズメリアは咄嗟に避けることができない。
「おっと! 俺を忘れんな!」
だがそれを、九朗が小太刀で受け止め、そのまま切り裂いた。
「ありがとう、でも水無月は?」
「私も大丈夫です‥‥ご心配をお掛けしました」
礼を言いつつ、翠の様子を心配したアズメリア。そこへ、翠が傷の治療を終えた姿を見せる。そして、再び九朗とコンビを組み、蟲の迎撃に入った。
「これで、心置きなく戦えるわね」
「うむ、我らも負けられぬな」
その様子に、アズメリアは無表情の顔に少しだけ笑みを浮かべる。それまで受けていた傷も肉体の活性化により見る間に癒え、アルヴァイムと共に再び戦闘を開始するのだった。
「舞うならもっと華麗に舞ったらどう?」
「羽虫のワルツ‥‥いやフラメンコか?」
ケイとホアキンがお互いに背中合わせで蟲の攻撃を華麗に避ける。息の合った動きは、さながら舞踏のようだ。二人は舞を踊りながら剣を振るい、次々と蟲を叩き落していった。ちなみに、ケイの台詞は蟲達に向けられた言葉である。
「ああ、もう、気持ち悪い! 早く帰ってお風呂に入る〜!」
「‥‥‥」
対照的なのはナレインとアキラ。半狂乱になりながらも、履に装着した爪で蟲を叩き落すナレイン。何故触るのも嫌なぐらい嫌いなのに体術武器なのだろうか。対してアキラは武器を剣と盾に変え、無表情のまま、時に盾で受け流し、時に剣で叩き落すことを、作業のように黙々と繰り返していた。
「ようやく数も減ってきたか」
やがて、蟲達も徐々に数を減らしてきた。すでにその数は、簡単に数えられるほどになり、一行の人数よりも少ない数となっている。もう霧などと呼ばれることも無く、ただの目障りな黒い点でしかない。このまま、殲滅も可能と思った一行であったが。
「こら、逃げんな!」
蟲達は、ようやく不利を悟ったのか、一行を襲うのをやめ逃げ出そうとし始めた。蟲に戦況を把握する知能があるとは思えないが、本能なのかもしれない。九朗が慌てて照明銃を撃ち、気を惹こうとするが、日中ではその効果も薄いようだ。
「逃がさん」
「逃がさないわ」
そこへホアキンとアズメリアが、剣から衝撃波を放った。命中した蟲は、その威力に砕け散る。他の仲間も、飛び道具で蟲に追撃を掛けるが、2、3匹ほど討ち漏らしてしまったようだ。そして、バラバラに分かれてしまった小さな蟲を、荒野で探し出すのはほとんど不可能だろう。
「‥‥殲滅はできませんでしたね」
「規定数以下までには減らしたし、問題ないと思うわ」
「全部‥‥いなくなった? もう戦わなくていい?」
覚醒を解き、少し残念そうに呟くケイ。だが、アキラが言うように、依頼としては十分に達成と言えるだろう。気を張っていたナレインはヘナヘナと地面にへたり込んでしまい、立ち上がるのも大変そうだ。
「いや本当に、弾丸甲虫とは良く言ったものだ」
「はい‥‥数の恐ろしさを知りました」
アキラが救急セットで仲間の傷の手当てをしながら小さくため息をつく。翠も先ほどの戦いを思い出し、表情を暗くした。銃弾の嵐に巻き込まれたような状況。もしも、蟲の数がもっと多かったら、彼らだけで食い止めることはできなかったかもしれない。
「ともかく、依頼は完了だ。さっさと帰ろうぜ!」
「そう‥‥だな‥‥」
九朗が元気に声を出して、一行に帰還を促す。しかし、ホアキンが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なんだ? なんか心配事でも?」
「いや‥‥。心配事ではなく、現状起きている問題なんだが‥‥」
「あ?」
「乗ってきた車が、大破している」
「‥‥‥」
ホアキンの視線の先、そこには一行が乗ってきた車が置かれていた。そして、戦いのせいで気づかなかったが、車はさきほどの蟲の攻撃で穴だらけのボロボロになっていた。どうみても修理も不可能の状態で、もちろん乗って帰ることなどできそうにない。
「歩いて帰るしかないわね‥‥」
「もう、虫なんて大嫌いよ〜〜〜!!」
アズメリアのその言葉に、ナレインは忌々しいほどの青空に叫ぶのであった。