●リプレイ本文
「ではお前達、よろしく頼んだぞ。正直、これ以上広がられると、対処が難しくなる」
現地へと赴いた一行は、UPCの駐屯地で現状の説明と、ジャングルに入るのに必要な物資を受け取る。
「物資はこれだけか‥‥。本当に最低限だな」
「すまないな。我々も補給が滞っていて、君達には最低限の援助しかできない」
「いや、気にしないでくれ。これだけあれば十分さ」
受け取った物資は、食糧や水、その他簡単なサバイバル道具だが、必要最低限の分しかない。神楽坂・奏(
ga8838)はついつい不満を口にしてしまうが、兵士に謝られると事情を察して、苦笑を浮かべて首を横に振った。
「カレー粉を所望する。密林戦での必須アイテムだ。無いか?」
「カレー粉? スパイス類ならあるが‥‥まさか作戦中にカレーを作ろうというのか?」
「いや、かければ大抵の物は食える」
「‥‥わかった、持ってこよう」
夜十字・信人(
ga8235)は、物資の中でも特にカレー粉を用意してもらうよう希望する。少し不審に思った兵士だが、真面目な顔で答えられると、苦笑を浮かべながらも用意してくれた。
「なるほど‥‥植えましたねぇ」
「この前は別件でいけなかったが、これは非常にまずい〜」
地図と睨めっこしているのは、古河 甚五郎(
ga6412)とドクター・ウェスト(
ga0241)。地図に描かれた植物キメラの繁殖地域の様子に顔を顰めながら、地図を指差してどのように駆除を行なうか相談している。
「ふぅ‥‥」
少しはなれたところでは、オリガ(
ga4562)が煙草を口にしている。クールな容姿と相俟って、とてもアダルトな雰囲気を醸し出しているのだが‥‥。
「‥‥げほげほ」
自分で吸った煙草の煙に咳き込んでいては台無しである。何故煙草も吸えないのに、彼女がそんなことをしているかといえば、煙草の灰を集めてヒル避けに使うためであった。
「ふぅ〜‥‥。うむ‥‥不味い」
同じく信人も煙草の灰のために煙草を吸っている。言葉の割りに、やけに満足そうなのがよくわからないが。ともかく、二人で二箱ほど煙草の灰を集めるのだった。ちなみに、実際吸ったのは最初だけである。
「あのぉ‥‥その格好でジャングルへ?」
「はい、やっと貯めたお金で買った甲冑とジャケットです」
ジャングルへと入る準備をしていたゼフィル・ラングレン(
ga6674)は、緑川 めぐみ(
ga8223)の姿に頬を引きつらせた。というのも、めぐみはメトロニウム製のアーマーの上に、金属を縫いこんだジャケットを着込んでいたのだ。これから、蒸し暑く足場も不安定なジャングルで、長時間の活動を行うにはいささか合わない服装なのは間違いない。そんな心配をよそに、めぐみはその防具を手に入れたことが嬉しいように笑みを浮かべている。
「で、でも、それって動きにくくありませんか?」
「回避できなければする必要はないです。最悪、楯となるのも戦術ですから」
「あ、いや、そうでなくて‥‥」
「?」
相当重量がある装備を着て動き回るのは大変だろうと心配するゼフィルの言葉に、勘違いして答えるめぐみ。結局、ゼフィルはどう言おうか迷ってそれ以上何も言えなかった。
「‥‥‥」
そんな二人を眺めているアズメリア・カンス(
ga8233)。その表情にはこれといった感情は浮かんでいない。しかし‥‥。
「可愛い‥‥」
ぽつりと呟くその言葉は、幼さを残す二人の少女(片方は男の子だが)の様子を楽しんでいるようであった。
こうして、駐屯地で準備を整えた一行は、植物キメラの駆除のためにジャングルへと向かうのだった。
「はぅ、お兄様と従兄弟からジャングルの凄さは聞いていましたけど、これは凄いです。まるでどこかのアニメの世界みたいです」
ジャングルの中を進みながら、めぐみが驚きと感動の声を漏らす。熱帯特有の低く曲がりくねった樹木、逆に高く伸び葉を広げて太陽を遮る樹木、その周りにはツル植物がびっしりと巻きついており、一面緑だらけである。そして、むせ返るほどの植物の匂いと、どこからともなく聞こえてくる野鳥の鳴き声。法則性の無い無秩序に生い茂った木々の様子は、まさに人の手の入っていない自然そのものである。
「あの、本当に休まなくて大丈夫なんですか?」
「はい、めぐはこれでも体力には自信があるんですよ」
「はぁ‥‥」
感激して周囲を見渡しているめぐみに、ゼフィルがまた心配して声をかける。だが、あれから結構歩いているのに、めぐみはさほど疲れていない様子であった。エミタ能力者とはいえ、その体力には驚くべきものがある。この女性らしい華奢な身体に(人のことは言えないが)どうしてこれほどの体力があるのかと、ゼフィルは感心を通り越して呆れるしかなかった。
「木々に紛れてるっていうのは厄介ね。見逃したりしない様にしないと」
アズメリアは木々の一本一本まで警戒するように周囲を見渡す。だが、どれもこれも同じような草に見えて判別しずらい。
「‥‥待て、空気が変わった」
と、そこで周囲を探っていた信人が全員を制止する。サバイバル経験豊富な彼は、ジャングルの中も慣れているようで、周囲の異変にもすぐに気づくことができた。信人の指示に、警戒を強める一行。
「っ!」
そこへ突然、草の蔓のようなものが鞭のようにしなって襲い掛かってきた。とっさにそれを回避する一行。
「どうやら囲まれているようだね〜」
ウェストの言葉通り、いつのまにか周囲は同じような蔓で囲まれており、こちらの隙を窺うように遠巻きにしている。そして、蔓達は一行に向かって一斉に襲い掛かってくる。
「はっ!」
「‥‥遅い」
「あらよっと」
いち早く覚醒したオリガ、信人、奏が襲い掛かる蔓を切り払う。切り落とされた蔓は、地面に落ちるとしばらくビチビチと跳ねてから、動かなくなる。
「ふむふむ、たいして動きは速くないようだね〜。不意打ちさえ気をつければ、さほど怖くはないな」
その様子を観察しながら、ウェストが相手の能力を分析する。蔓の動きは、捉えきれないほど早くはなく、エミタ能力者であれば簡単に対処できる程度であった。
「この程度でしたら、さほど苦労せずに倒せそうですわね」
「でも、数が多いですよ」
めぐみは両刃の剣を振るいながら、楽しそうな笑みを浮かべる。ゼフィルも両手剣で蔓を切り落としていくが、次々と襲い来る様子に苦笑を浮かべた。
「とりあえず雑草は根っこから取り除きませんとねぇ。放って置くと再生するみたいですし」
「再発生したら意味がないから、しっかりと処理しないとね」
そう言って甚五郎とアズメリアは、蔓の生えている根のあたりを抉り取るように切りつける。さすがにそこまでされれば、蔓も完全に動きを止めた。他の一同も、それに習って周囲の蔓の根っこを潰していき、やがて付近の処理を完了する。
「とりあえず、この辺りの駆除は終了したようだね〜。早速だが、ここにテントを張ろうと思うがいいかね?」
「わかりました、それでは私にお任せくださいな。きっちり、テントを張ってさしあげましょう。このガムテで!」
「いや、ガムテープは関係ないでしょ」
とりあえずの安全を確保した一行は、拠点となるテントを張ることにする。ウェストの言葉に、甚五郎がやる気満々の声をあげるが、奏は苦笑しながらツッコミを入れた。
「じゃあ、ここを拠点に植物キメラ駆除を行なうわね。長丁場なんだから、適度な休憩は取るようにしてね」
「‥‥了解」
やがてテントが張られ、アズメリアの指示に信人が頷く。一行はテントを拠点に、二班に分かれると、植物キメラの駆除を開始した。
それから一行は、テントを中心にキメラの駆除を行なう。駆除自体はさほど大変ではなく、とにかく現れては切り、現れては切るを繰り返すことになる。
「ふむふむ〜、植物というわりには、特別火に弱いということはないようだね〜。まぁ、おそらくはこの種類のみで、別の種類ではまた別の反応がありそうだが〜。ともかくサンプルを持ち帰ろうかね。イチゾー先生にもお土産として持っていくかな〜」
ウェストは植物キメラの調査の一つとして、各種の属性をもったナイフで蔓を切り裂いてみる。しかし、これといって効果に変化は無く、期待していた有効な属性というものはわからなかった。そんな調査をしながら、サンプルとして植物キメラの死骸を容器に詰めておく。
「あーでも、教師時代によく用務員の爺さんと雑草駆除してたよなー。てか何でこんなとこで傭兵やってるのか分からん。人生は不思議だ」
ウェストの考えに首をかしげながら、奏は襲いくる蔦を切り捨てていく。そんな単純作業に、かつての教師時代の経験を思い出しては遠い目をした。
そんな単純作業を長時間続ければ疲労が蓄積してくる。一行は夜になると一度テントに戻り、疲労を回復して次の日に備えることにした。
「さすがに疲れましたわ〜」
「そうですね〜」
テントで一息を着くめぐみとゼフィル。慣れない場所、たえず行なう警戒で、身体だけでなく精神も疲労を感じていた。
「もう少しで食事ができるから待ってて」
「あ、何かお手伝いしましょうか?」
「支給されたレトルトを暖めるだけだから大丈夫ですよぉ」
アズメリアと甚五郎が食事の用意をする。めぐみが手伝いを申し出るが、そのまま休んでいてと首を横に振った。そして、一行はUPCから支給された食料で腹を満たし、明日への活力を得る。
「南米のイナゴはイカン‥‥特にイカン。日本のイナゴを見習って米でも食っていればまだマシだったものを‥‥ソレに比べて、蜘蛛は良い‥‥奴らは何処ででも栄養満点だ」
「な、なにを食べているんですか?」
「蜘蛛の姿茹で‥‥蛇の丸焼きカレー風味‥‥ゼフィルも食べるか?」
「え、遠慮しておきます‥‥」
そんな中で、一人だけ別の物を口にする信人。サバイバルが身体に染み付いている彼は、ジャングルで調達した食材、と呼べるかも怪しいものを調理し、駐屯地で貰ったスパイスをまぶしてガツガツと食べていた。支給された食料があるのに、わざわざそういったものを口にする様子は、サバイバル名人というよりサバイバル迷人である。
「疲れたときには甘いものを、ということで‥‥皆で甘いお菓子食べましょうか♪」
「はい、和菓子にはやっぱり緑茶ですよね」
食事の後は、疲労回復にと甚五郎が紅白饅頭を取り出す。それに、ゼフィルがミネラルウォーターを沸かして緑茶を用意した。
「紅茶を持っていきたかった〜!」
「ありますよ紅茶」
「おお、素晴らしい〜」
紅茶派なのか、ウェストがそう叫ぶのを、奏が紅茶の葉を差し出す。ウェストはそれに喜び、紅茶を口にしては満足そうにため息をついた。そんな一行の様子を眺めていたオリガに、奏が問いかける。
「あなたは紅茶派? 緑茶派? ロシアだからやっぱり紅茶なのかな? 俺はどっちかというとコーヒー派なんですけどね」
「私はやっぱりこれかしら」
「って、それウォッカじゃないですか」
オリガが取り出したのは、瓶に入った無色透明の液体。一見水のようにも見えるが、瓶のラベルには『VODKA』の文字。ロシアで常飲されているという高アルコール度数のお酒、ウォッカである。
「あなたも一緒にどう?」
「いや、一応仕事中っすから‥‥」
「そう、残念ね。こんな劣悪な環境の任務でお酒がないなんて無理です無理」
「‥‥‥」
そう言いつつ、ウォッカをそのまま口に運ぶオリガ。彼女曰く、ウォッカは次の日に残らないので大丈夫‥‥らしい。しかし、作戦中に飲酒をするのはどうなのだろうか。ちなみに、オリガはこの数日の間、毎晩ウォッカを口にして二本の瓶を空にしたとか。まさに『酒豪』と呼ぶに相応しい女性である。
「でもこういうのって、キャンプみたいで楽しいですね」
「そ、そうなんですか」
そんな皆でわいわいとした様子に、めぐみが楽しそうに微笑む。ゼフィルは苦笑しながらも、緊張が抜けてリラックスしていく状況にフッと目を細めるのだった。
それから、一行は見張りを立てながら晩を明かして疲労を回復させると、再び雑草駆除へと向かうのだった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
それから数日、植物キメラの駆除は順調に進んでいたが、さすがに一行にも疲労のピークが来ていた。特に、重装備のめぐみや信人などはかなりの疲労が蓄積されていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫ですよ。このくらい、お兄様の行なっている鍛錬に比べれば‥‥はぁはぁ‥‥」
めぐみと同じ班のゼフィルが、心配で声をかけるが、めぐみは気丈な振る舞いで剣を振るい続ける。だが、はた目にも疲労で辛いのがわかる。ただでさえ、エミタで強化されているとはいえ若い少女なのだ、ジャングルなどという場所に長期間いれば精神的にもきついだろう。剣を振るう様子にも、初めの頃の精彩さが無くなっている。
「はっ!?」
「緑川さん!」
そんな隙をつかれ、めぐみの手足に蔓が絡み付いてしまう。そして強い力で締め付けられ、身動きが取れなくなる。ゼフィルが慌てて蔓を切り払ったので大事には至らなかったが、全体的に注意力が散漫になっているようだ。
「しばらく休んでなさい。残りは俺達に任せて」
「で、ですが‥‥はい、わかりました」
「よし、いい子だ」
奏の言葉に、まだ大丈夫と言おうとしためぐみだが、ポンポンと頭を撫でられて申し訳なさそうに頷く。それに、奏がニコリと笑った。
「はい、この辺りの駆除は完了と」
適当な樹木に、ガムテープを張って駆除が完了したことを示す甚五郎。何故、ガムテープなのかは聞いてはいけない。
「ほら、腕出して」
「‥‥この程度、自分で」
「バカ言わないの。人にやってもらった方が早いでしょ」
「‥‥すまない」
駆除中に軽い怪我を負った信人に、アズメリアが傷の治療をする。幸いたいしたことは無く、任務に支障はないが、アズメリアに叱られて信人は素直に頭を下げた。
「でも、さすがに疲れましたね。そろそろ休憩しますか?」
「そうですねぇ。といっても、予定の区域はほとんど駆除が終わりましたし。あとは、あちらさん次第なんですが」
オリガの言葉に頷きながら、甚五郎は地図にチェックをいれて確認する。そこには、今回予定されていた区域のほとんどは駆除が完了していることが示されていた。
「とりあえずこの辺で終了かな〜」
それからしばらくして、地図で予定区域を確認したウェストが終了を宣告する。実際の所、まだ残っているのかもしれないが、完全に駆逐するには人数が足りない。適当なところで終了しなければ、きりが無いのだ。
「あ、それじゃ、B班にも連絡しますね」
「あー、くったびれた〜‥‥」
ゼフィルがもう片方の班に作業の終了を連絡する。奏が大きな声で肩を落とすが、それは全員同じ感想であった。ともかくこれで、しばらくは植物キメラの繁殖も抑えられるだろう。一行は、任務を完了させ帰路につくのだった。