タイトル:説得 謎の逃亡者マスター:緑野まりも

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/16 03:33

●オープニング本文


「はぁ‥‥はぁ‥‥くっ‥‥」
 男は一人、傷ついた身体を引きずりながら進む。森を抜け、廃墟を進み、今は荒野を歩いている。それは、あの日何もかも失って逃げ出した日と同じ。ただ、今の彼にはあの日のような、生き残ろうとする執念が無かった。諦めが身体全体に広がり、弱った身体はいつ止まってもおかしくない。
「もう‥‥ダメなのか‥‥? 俺はここで‥‥何も出来ず‥‥」
 そしてついに、男は地に倒れ伏す。何も無いここで意識を失えば、そのまま死の眠りとなるだろう。何も残さず、誰にも看取られず、男は力尽きようとした‥‥。
「アイ‥‥ごめんな‥‥」

「マサキ兄さん、買い物に付き合ってよ」
「え? 父さんもデューイ兄さんも、忙しいって言って全然付き合ってくれないんだもん」
「うん、だからマサキ兄さんは好き!」
「もう、マサキ兄さんは一人じゃなんにも出来ないんだから。そんなんじゃ、いつまで経っても彼女なんてできないよ?」
「ふふ、じゃあ私が一緒にいてあげるね?」
「マサキ‥‥アイリーンは生きているぞ、この言葉の意味がわかるな?」
「マサキ‥‥兄さ‥‥たすけて‥‥」

「アイ!!」
「ひゃあ!?」
「夢‥‥か」
 マサキは叫びと共に目を覚ました。そして額に手を当てると、大きくため息をつく。夢で聞こえた妹の助けを呼ぶ声、それがまだ耳に残って離れない。
「ちょっと、驚かさないでよ!」
「アイ!?」
「アイ? ようやく起きたと思ったら、寝ぼけているんですか?」
 そこへ、突然少女の声が耳に入ってくる。反射的に妹の名を呼ぶマサキだが、少女は訝しげな表情で彼を見つめていた。
「アイ‥‥じゃないのか。ここは?」
「私はシェリル。ここは孤児院です。あなたがボロボロで街の外で倒れていたので、ここに運んだんです。もう何日も目を覚まさなかったんですよ?」
 見慣れない部屋の様子に疑問を口にするマサキに、少女は少し怒った口調で答える。
「俺は生きているのか‥‥」
「こんな時世ですから、何があったのか大体察しがつきますけど。身体が治ったら出て行ってもらいますからね」
「すまない、もうだいじょう‥‥うぐっ‥‥!」
「目を覚ましたばかりなんですから、無理しないでください!」
 マサキは身体を起こそうとするが、身体に力が入らずベッドから起き上がることさえできない。シェリルが慌てて止めに入り、崩れた布団をかけなおした。
「言ったでしょ、身体が治ったらって」
「しかし‥‥」
「怪我人をそのまま放っておくような教育は受けていません。あなたは、身体が治るまでそのまま寝ていてください」
「‥‥わかった」
 表情は怒った様子だが、その口調は優しく、人差し指で子供を叱り付けるようにマサキに話しかけるシェリル。マサキは一瞬きょとんとして、ただ言うことを聞くしかなかった。

 それから数日、マサキはシェリルの看病を受けるが、身体はなかなか回復しなかった。今まで酷使し続けてきたため、想像以上にダメージを受けていたのだ。
「シェリー、食事ぐらいは自分で‥‥」
「まだろくに身体が動かないくせにバカなこと言わないでください! 大丈夫ですよ、院長先生の看護で慣れてますから。はい、あーんしてください」
 いまだに世話されることに照れるマサキに、シェリルは慣れた様子で看病をする。どうやら、孤児院の院長も身体を壊しており、彼女が看病しているようであった。
「しかし、これ以上迷惑は‥‥」
「そう思うなら大人しくしてください。まったく、一人じゃなんにも出来ないんだから」
「っ!!」
「ん? どうかしましたか?」
「いや‥‥今の言葉がアイに似ていたから‥‥」
 シェリルの台詞に、ハッと彼女を見つめるマサキ。不審な表情をするシェリルに、ぽつりと呟くように答える。
「その名前、何度も口にしますよね‥‥恋人ですか?」
「いや‥‥アイは‥‥アイリーンは妹だ。君と同じぐらいの歳でつい‥‥すまない」
「そうですか‥‥」
 何かを察したのかシェリルはそれ以上なにも聞かなかった。少しの沈黙。
「はい! それじゃ、さっさと食べちゃってください!」
「んぐ!? ちょ、ちょっとシェリー!」
 その後は、いつものようにマサキに無理やり食事を食べさせるシェリル。マサキは目を白黒させながら食事をした。
「マサキにーちゃん、また話聞いてくれよ〜」
「あ、俺も俺も〜!」
 しばらくすると、孤児院の下の子供達がマサキの所にやってくる。賑やかな声をあげながら、マサキに色々な話をしてくるのだった。
「こら! マサキさんは、まだ身体が治ってないんだから、無理させないの!」
「いいじゃん! 話を聞いてもらうだけなんだからさ〜」
「ごめんなさい、騒がしくって。うちは上の歳の男の子がいないから‥‥」
「ああ、大丈夫だ‥‥」
 その様子に、マサキはしばらく忘れていた笑みを浮かべるようになっていた。
「‥‥もし、身体が治っても‥‥ずっといてもかまいませんから‥‥」
「え? 何か言ったかシェリー?」
「な、なんでもありません! それじゃ、私は院長先生の看病がありますので!」
「ああ‥‥」
 何かを呟いたシェリーだったが、首を横に振ってそそくさと部屋を出て行った。そして彼女が出て行った扉を、マサキはしばらく眺めていたのだった。

「マサキ・ジョーンズと思われる男が、競合地域近くの街に居るらしい。彼の持っている情報を手に入れたいが、兵士を派遣すればまた逃げられる可能性がある。そこで、以前に面識もあるだろう君達に彼の説得を依頼したい。我々は、彼の情報と引き換えに、今までの事件について不問にする用意もある。場合によっては拘束してもかまわないが、できるだけ穏便にことを進めてもらいたい」
 北米にある街の外れの孤児院に匿われているという、マサキを説得する依頼を受けた一行は、すぐに現地へと向かうことになった。

・依頼内容
 マサキ・ジョーンズの確保、および説得
・概要
 以前にメルス・メス社からKVを強奪し、バグアの攻撃を受けて失踪したマサキ・ジョーンズらしき男が発見された。すぐに現地へと向かい、本人であれば確保し、UPCに協力するように説得すること。
 場所は北米のバグアとの競合地域付近にある街。どうやら、街の外れにある孤児院に匿われているようである。この街は、以前にキメラに襲われたことがあるが、現在の所は安全である。
 説得はできるかぎり穏便に行なうことが望ましいが、逃亡の気配がある場合などは、拘束も止むを得ない。
 交渉材料として、情報の引渡しの代わりに、KV強奪などの件について不問にする司法取引も可能。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ジーン・ロスヴァイセ(ga4903
63歳・♀・GP
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
デル・サル・ロウ(ga7097
26歳・♂・SN
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA

●リプレイ本文

「結局、確約を得ることはできなかったか」
 現地への出発前、交渉材料としてUPC側によるマサキへの協力を要請した白鐘剣一郎(ga0184)であったが、返答は「考えておく」というものであった。
「とりあえず行きましょうか」
「それじゃ、あたしはもう少し資料を集めてから行くとするよ」
 ともあれ、一行はマサキが滞在しているという孤児院へと向かうことする。ジーン・ロスヴァイセ(ga4903)だけが残り、説得の材料となるマサキの事件や生い立ちの資料を集めることになった。

「ああ、ここか‥‥」
 しばらくして街の外れにある孤児院に着いた一行。見覚えのある場所にカルマ・シュタット(ga6302)は声を漏らした。どうやら以前に謎のマスクの男を調査した際、情報収集で訪れたことがあったようだ。
「すまない、誰かいないか?」
 剣一郎は玄関に立つと声をあげて呼び鈴を鳴らす。少し待つと、人の気配がして玄関のドアが開けられた。
「はい、どちら! ‥‥さまでしょうか?」
 ドアを開けたのは16、7歳ぐらいの少女シェリル。彼女は一行の姿を見ると、はっきりとした声がトーンを落とした。見ず知らずの人間が多く来て、警戒しているようだ。
「初めまして。俺は白鐘剣一郎、ULT所属の傭兵だ。マサキという青年がここに保護されていると聞き、伺わせて貰った」
「ULTの傭兵? あ、エミタの‥‥え? マサキさんですか‥‥?」
 剣一郎が挨拶をして用件を述べると、シェリルは戸惑った表情を浮かべる。
「この間はどうも。以前に話をお聞きした者ですが、覚えてますか?」
「あ、はい、たしか以前のキメラ騒動の時に助けてくれた謎の人を探していた方ですね? でも、何故マサキさんを‥‥あの人がなにか?」
「UPCが彼に協力を求めています。私たちは何度か彼と会っているので、彼を説得し、護送する依頼を受けました」
「UPCへの協力? 護送って‥‥」
 以前に会ったことのあるカルマが挨拶をして警戒を少しでも解こうとし、国谷 真彼(ga2331)は不安げに問うシェリルに説明をする。
「あの‥‥、マサキさんはいま身体を壊して動けない状態です。できれば後日にして欲しいのですが」
「俺達もあまり時間的余裕が無い。できれば今すぐにでも、彼をUPCに連れて行きたい所だ。それに、彼に拒否権はないはずだ」
「そんな!? それって、逮捕とかそういうのじゃ!!」
「逮捕、拘束というのは違うな。ここに来たのは彼に話を聞かせて貰う為だ。それが支障なく終われば俺たちは引き上げる」
「しかし〜、彼が人類のために地球を取り戻す手伝いをしてくれなかったら、捕縛も仕方ないね〜」
「!!」
 とりあえずお引取り願おうとしたシェリルに、デル・サル・ロウ(ga7097)が事務的に言い放つ。それに驚きと怒りをあらわにするシェリルに、剣一郎が穏便に説得しようとするが、ドクター・ウェスト(ga0241)ははっきりと捕縛の意志を示した。下手に拒否すれば、逆にマサキの立場を悪くすることを自覚させるためだろう。
「ともかく、今日はマサキさんと話に来たのです。彼にとっても悪くない話ですから、少しだけでも会わせていただけませんか? ほら、私たちはこの通り丸腰ですから」
 ウェストの言葉に、驚きの声をあげるシェリル。慌てて真彼が割って入り、敵意が無いことを示しながら、なんとかマサキに会わせてもらうよう説得する。
「‥‥わかりました、でもこんなに大勢で一度に会われるのは」
 しぶしぶとマサキと会うことを許可するシェリルだが、一行の人数に難色を示す。結局、会うのは剣一郎、ウェスト、真彼、デルの四人となった。

「ああ、シェリー、お客はなんだった‥‥」
 シェリルがドアを開け、マサキは優しい表情を浮かべながら声をかけようとするが、一同の姿に表情を引き締めた。
「あの、マサキさんにお客さんです‥‥」
「わかっている、入ってもらって構わない。みんな、すまないが少しだけ相手ができないみたいだ」
「え〜!」
「ほら、みんな! マサキさんにお客さんなんだから、外で遊んできなさい!」
 シェリル言葉に頷き、一同を部屋に招き入れるマサキ。人目見て、彼らが何をしに来たか察したようだ。部屋で遊んでいた子供達は、シェリーに追い出されるように部屋を出て行く。
「あんたも席を外してもらえるか?」
「‥‥私はマサキさんをこの家に置いて世話をしている者です! 私にも話を聞く権利はあると思います!」
 部屋に残るシェリルに、デルが出て行ってもらおうとするが、シェリルはガンとした態度で、部屋を出て行かないという強い意思を表す表情を浮かべて首を横に振る。
「シェリー‥‥すまないが、彼らだけにしてくれないか」
「マサキさん‥‥でも‥‥」
「悪い、事情はちゃんとあとで話すから」
「はい‥‥」
 だが、シェリルの強い意志も、マサキに言われてはしゅんと沈んでしまう。そして、しぶしぶといった様子で、部屋を出て行った。
「妹が恋をしたらこんな感じかね〜」
「妹‥‥ですか」
「いや、つまらないことを呟いてしまったね〜。聞かなかったことにしてくれてまえ」
 そんなシェリルとマサキの様子に、ウェストがポツリと呟く。過去に失った妹と、シェリルの姿を重ねたのかもしれない。それに、似たような境遇の真彼も言葉を漏らし。ウェストは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「早速だが‥‥。UPCに雇われた傭兵のデルというものだ。我々がここに来た理由は述べる必要は無いと思う。君には我々に是非とも協力して貰いたい。協力してもらえれば、これまでの問題行動を不問にし、身の安全も保障する。ひどい怪我をしているようであるが、君が望むなら必要な医療処置を受けられるように掛け合うことも約束しよう。もし自発的に協力が得られない場合は、直ちに拘束しろとの命令も出ている。我々は訓練された能力者だ。その体での逃亡は不可能と考えてもらいたい。猶予は3日。君の持つ情報は我々がバグアに対抗するために不可欠なものだ。良い回答を期待している。」
「俺は‥‥あんたらに抵抗する気はない。だが、協力する気もない。捕まえるなら、さっさと捕まえてくれ」
 用件を述べるデルに、そう答えるマサキ。ベッドから身体を起こした様子は、弱っており身動きが取れないようにも見える。抵抗する気が無いというのは本当だろう。
「何故協力しないのかね〜? 力を得て、復讐を遂げることが君の目的ではないのかね〜? 能力者として適正があれば、その体の延命も可能かもしれないし、ジョーンズ君やデューイ君の情報を得ることも出来るだろう〜」
「っ!!」
 ウェストに、父や兄の名を出され、一瞬表情を強張らせるマサキだったが、それでも何も答える気はないように顔を背ける。
「何か事情が? 時間がないと言った結果がそれですか? それで諦めるんですか? そして何も残さずに消えていくと」
「‥‥‥」
「‥‥ですが、君は多くの人に出会いすぎました。君がいなくなっても、君がいたという事実は確かに残るんです。時が経ち、忘れることはあっても、無かったことだけにはできません」
 力を失い、戦う気力も無くした様子のマサキに、真彼は自分の想いを伝える。今まで感じてきた、彼の痛みや悲しみ。そして、彼が戦わなくても、何も変わらないこと。消えても残り続ける想い。
「取り戻したいもの、護りたいものはもう無いのか?」
「‥‥‥」
「今日のところは帰ります。明日また来ますので、考えておいてください」
 剣一郎の問いにも口をつぐむマサキ。真彼達は、その日の説得はその程度にして、部屋をあとにするのだった。

「説得は上手くいっているでしょうか?」
「さあな、マサキってやつも複雑な事情を抱えているみたいだし、簡単にはいかないかもな」
 外で待機していた佐伽羅 黎紀(ga8601)は期待半分不安半分で呟く。それに、須佐 武流(ga1461)が肩を竦めて首を横に振った。
「それにしても〜、子供達が出てきませんね〜」
「お、どうやら出てきたようだぜ」
 少しでも警戒を解こうと、孤児院の子供達と遊ぼうと思った彼ら。しばらく、子供達が出てくるのを待っていると、ようやく子供達が出てくる。声を掛ける黎紀達だったが、様子がおかしい。
「こんにちは、お姉さん達と遊びましょ?」
「あ、このオバサン達、マサキにーちゃんを連れて行こうとしているヤツラの仲間だぜ!」
「お、おば!?」
「俺達でマサキにーちゃんを守るんだ!」
「へっ、元気なガキどもだな」
 マサキを守ろうと立ち向かってくる子供達に、武流は軽く相手をしながらニヤリと笑みを浮かべた。
「俺達はマサキ兄ちゃんの知り合いだよ。彼を助けにきたんだ」
「助けに? ほんと!?」
「ああ、彼は悪いヤツラと戦って、怪我をしたんだ。だから、それを治して、また戦えるように俺達の基地に連れて行くんだよ」
 その後、しばらくしてカルマが子供達に説明をして和解をする。そして、一緒に遊びながら、マサキは自分達と一緒に行くことが彼のためなんだと伝えた。
「皆さん出てきたようですよ」
「どうやら、まだ説得はできてねえようだな」
 外へ出てきた真彼達に気づく黎紀と武流。そして、その日の説得は終わりということになり、一行は孤児院をあとにするのだった。

「母親はバグアの攻撃で死亡。本人や父、兄、そして妹はバグアにさらわれた。そこで、強化手術を受け、マサキだけ逃亡。現在に至る‥‥と、こんなもんだね」
「兄はやはり強化されバグアの手先に。父と妹の行方は不明か」
「以前の彼らの会話から、ジョーンズ君もバグアの手先になっている可能性が高そうだね〜」
 孤児院をあとにしたあと、合流したジーンの資料を確認する剣一郎たち。
「正直彼が兄弟と争ってまで復讐をしようとしていたのは、今でも俺は理解できない。ただ、兄弟と争ってまで自身の復讐をしようとしていたことに俺は内心感心していたんだが、腑抜けているのなら正直がっかりだな」
「ともかく、明日はもう少し積極的に話をしてみましょう」
 カルマは実際に会った様子を聞いて肩を竦めた。自分に手痛い一撃を加えたマサキの変わりように残念がっているようだ。その後、相談を済ませて、次の日を待ってまた説得へと向かうことにする一行だった。

 二日目、これといった成果もなく。一日目と同じく時間が過ぎていく。
「御機嫌よう〜シェリルさん、少しいいですか〜?」
「え、私にですか?」
 そんな中、黎紀がシェリルに声をかける。驚くシェリルに、黎紀は柔らかい笑みを浮かべた。
「シェリルさんは、マサキさんのこと好きですよね?」
「ええ!? ちょ、ちょっと待ってください! 私は別に‥‥。マサキさんは、怪我して倒れていたのを助けただけで‥‥ただそれだけの関係です‥‥」
「隠してもシェリルさんの態度を見てればわかりますよ」
「うっ‥‥」
 黎紀にマサキに対しての気持ちを聞かれ、顔を真っ赤にするシェリル。
「シェリルさんはこのままでいいんですか?」
「?」
「彼が、このまま何もかも諦めてしまって‥‥。好きだから一緒に居たい気持ちわかります‥‥でも私なら好きだからこそ背中を押します。貴女はどうします?」
「‥‥‥」
 黎紀の言葉に、真剣な表情で俯いてしまうシェリル。たぶんマサキはシェリルの想いでなら動くのではないか、黎紀はそう思うのだった。

 その夜。
「マサキさん! そんな身体でどこへ行くんですか!」
「これ以上、君達に迷惑は掛けられない‥‥」
「そんな! だ、ダメです!」
 寝静まった後に孤児院を抜け出そうとしたマサキ。それに気づいたシェリルが、必至になってマサキを止める。マサキは立つのも苦しそうで、どこかへ行くのも難しそうであった。
「その身体でどこへ行くというんだ」
「あんたは‥‥監視されているというわけか」
「言ったはずだ、逃亡は不可能だと」
 そこへ、逃走を予期して監視していたデルが、マサキ達に声を掛ける。苦々しげに笑うマサキに、デルは険しい表情で答えた。
「兄弟を敵に回してまで戦おうとしたあんたの、今までに感じた意志の強さのようなものは俺の気のせいだったのか」
「あれは兄じゃない‥‥もうそんなことはどうでもいいけどな。どのみち、俺は長くない」
 カルマの言葉にも、諦めた表情で首を横に振るマサキ。
「まだやることがたくさんあるだろう‥‥。こんなところで腑抜けてる場合じゃねぇだろうが! いいか、テメェの家族の問題で、どれだけの人間が振り回されてるのかわかってるのか!? それがもう死ぬからもう戦いたくねぇだと? フザけてんじゃねぇぞ、おい!」
「や、やめてください! マサキさんが‥‥」
「まだ何も終わっちゃねぇだろうが‥‥どうせ死ぬなら‥‥何もしねぇで逃げながら腑抜けてくたばるんじゃなくて‥‥すべてにカタをつけて‥‥戦ってからにしろ!」
 そんなマサキの様子に、激昂したように胸倉を掴み思いのたけをぶつける武流。慌ててシェリルが止めに入るが、武流は険しい表情のままその手を離した。
「ウェスト、国谷などはずっとお前に関わってきた者だ。今のお前でも関係者は増えていくことは忘れるなよ。そして彼女もこの孤児院も‥‥。お前が全てを諦めれば、お前の関わってきた全てが意味を無くす」
「‥‥俺の関わってきた全ての意味‥‥」
 デルの言葉、そしていままでの彼らの言葉に苦悩するように表情を険しくするマサキ。それでもまだ答えは出ないようだった。

 次の日、マサキのもとにシェリルが訪れる。
「行ってくださいマサキさん」
「え?」
「妹さん、助けるんでしょ?」
「しかし、俺は‥‥」
「何をうじうじしてるのよ! 男らしくない! UPCに行けば身体が治るかも知れないんでしょ? だったら行って、それで妹さんも助ければいいじゃない! あの日、この孤児院を助けてくれたみたいに!」
「‥‥知ってたのか!?」
「あの人たちが来た時からうすうすわかってました! 関係ない私たちまで助けてくれたあなたなんですから、きっと妹さんも助けられます。がんばって!」
「よく‥‥わからない理屈だな。でも‥‥ありがとう」
 シェリルの激励に、マサキは苦笑しつつも、素直に感謝の言葉を述べる。不安はある、だが踏ん切りはついた。マサキはまた戦いの場へと赴くことを決める。
「俺の持ってる情報を引き渡そう、だがまた俺が戦えるようにしてくれるのが条件だ」
「わかった。だが、それはあんた次第だ。ともかく、UPCまで俺達が護送する」
「いいだろう」
 その後、最後の説得に赴いた一行に、協力することを告げるマサキ。彼の条件を、UPCが飲むかどうかはわからない、だが剣一郎は再度提言してみようと思うのだった。
 こうして、マサキはUPCへと向かう。この先に何が待っているか不安はあるが、もう諦めないとマサキは誓うのだった。
「マサキさん! いってらっしゃい!」
「ああ‥‥いってきます!」