●リプレイ本文
「ねぇねぇ、あれが依頼にあった桜の樹ね」
依頼があった街についた一行は、簡単に情報収集を済ませると、二台の車を用意して桜のある山へと向かった。途中、助手席に座ったナレイン・フェルド(
ga0506)が、車を運転している黒川丈一朗(
ga0776)に声をかけて、緑がかった山に一部だけ桃色になっている所を指差す。
「どうやらそのようだ。魅せられて近寄れば帰ってこれない謎の桜か‥‥。折角咲いてる桜だ、伐るのはあんまり気がのらないが‥‥まぁ仮にキメラだとしたら放っておく訳にもいかんな」
「桜は、終わりがあるから美しい‥‥と、思えるのよね。妖しげな美しさってのには、惹かれるけど‥‥今回のケースは違うわね」
離れた場所からもその姿がわかるということは、桜の樹は結構な大きさなのだろう。遠目から見える桜の樹を睨みつけて丈一郎が呟き。ナレインは新緑の中にぽつんと取り残されたような、その桃色に苦笑を浮かべた。
「淡い桜色って好みじゃないけど、これははっきりしたピンクですね」
「GWになっても咲き続けるだなんて気合の入った桜も在ったもんだな〜〜。まあ10中8、9はバグアの手に由る物で、残りの微かな部分がオカルトやホラーの分野だろうけど」
「誰も戻って来ないのだから、確実に何かが起きるはずです。見落としっこないですね」
後部座席の瓜生 巴(
ga5119)と九条・運(
ga4694)も、車窓から見える桜の樹に感想を漏らす。
「それにしても‥‥」
そう呟いて、チラリと前の席を見る瓜生。
「ねぇ、丈一郎さん。最近、香水を変えてみたんだけれどどうかしら?」
「さぁ‥‥俺にはわからんが、いいんじゃないか?」
「そう? じゃあ、丈一郎さんの好きな香りってどんなの?」
「あまり気にしたことがないな。拳闘ばかりで、汗臭いのには慣れているが」
「ダメよそんなんじゃ、もっと身だしなみにも気をつけなくちゃ。でも、そういうところも男らしくて素敵ね」
「‥‥あの二人って怪しいですよね」
仲が良さそうに(?)会話するナレインと丈一郎の様子に、瓜生が呟く。どうやら、美人のナレインと男らしい丈一郎の関係が気になるようだ。
「そうかぁ? でも、ナレインって男だぞ?」
「え? そうなんですか?」
「ああ、あんなところで鉢合わせしたときは驚いたけどな」
「どこで会ったのか気になるところですが。むむ‥‥でも、それはそれで」
「マジか!?」
そんな瓜生に、運がナレインは男であると答える。それに、少し驚いてナレインを見る瓜生だが、顔だけなら間違いなく女性と見分けがつかない。瓜生は二人の様子を眺めたあと小さく頷くのだった。
「散らずに咲き続ける桜‥‥ただそれだけの存在ならば、いつでも手軽にお花見やノダテを楽しめる場所になっていたでしょうに」
もう一台の車の方では、ナナヤ・オスター(
ga8771)が車窓から見える桜の樹にいつもの困った笑みを浮かべながら呟く。
「オスターさんはルーマニア‥‥でしたか? そのわりに野点とか随分と日本にお詳しいんですね?」
「ええ、ワタシはお茶が趣味でして。紅茶はもちろん、緑茶や抹茶など日本茶にも興味があるのです。日本のワビサビの心は素晴らしいです」
「なるほど‥‥、日本人より外国の方のほうが日本の心を理解しているといいますが、どうやら本当のようですね」
「本当に理解できているのかわかりませんけどね〜。今度ご一緒にいかがですか?」
「いいですね、是非に」
その呟きに助手席の大曽根櫻(
ga0005)が意外そうに問うと、ナナヤは好きなお茶の話を饒舌に語りだす。それを聞きながら、櫻は感心したように頷いた。
「桜か‥‥。日本人は何故そんなにも‥‥桜が好きなんだろう‥‥? 僕にはわからないや‥‥」
「そうですね。日本人の桜に対する想いはとても強いものがあります。鮮やかに咲き、そして淡く儚く散っていく姿が、日本人の心の琴線に触れるのかもしれませんね」
後部座席のリオン=ヴァルツァー(
ga8388)が小さく首を傾げる。それに四条 巴(
ga4246)が心の中にある桜の樹を思い浮かべて柔らかく微笑んで答えた。
「そのスカーフも桜だね‥‥。そんなに好きなら‥‥散らないほうがいいんじゃない?」
「はい、私の大事な人から頂いたものです。‥‥散らない桜は、確かに人の夢かも知れません‥‥。ですけど、私は桜を夢現の存在になどしたくありません‥‥。それに、桜は散っても次の年にまた会えるから‥‥」
「そうなんだ‥‥」
四条の答えに、リオンはわからないながらも、そういうものだと納得したように頷いた。
「そろそろ山道の入口に付きますよ」
しばらくして、車は桜の樹へと向かう山道へと辿りつく。一行は車を降りて、木と木の間にぽっかりと開いた山道へと入っていった。
一行は二列縦隊で並び、周囲を警戒しながら山道を進む。
「マスク‥‥つけないの?」
「はい、もし何かあったとき、下手に対策をして変に深入りしないようにしようと思いまして。黒川さん、もし私が踊りだしたら一撃で沈めてください」
「わかった、綺麗に一撃で決めてやる」
リオンが一番前を歩く瓜生に声を掛ける。ここからは何があるかわからない、一応花粉なども対策しようとリオンはマスクを持ってきたのだが、瓜生はそういった対策をあえて取らないようであった。何かあったときのために、丈一郎に止めに入ってもらうようお願いする。
「あ、間違っても、その斧でやるのはやめてください」
「ん? 拳闘馬鹿の俺がまともにこれで戦えるか、自信はないんだがな。まぁ一応念のためにな。ああ、もちろんおまえへの一撃はこいつだ」
ふと、丈一郎が斧を持っていることに気づき、一応忠告しておく瓜生。丈一郎は苦笑気味に笑って、空いている手で軽くジャブを繰り出して見せた。
「桜の元に行くまでに、何もないといいのですが‥‥そうも言ってはいられない‥‥かも知れませんね」
「後方もちゃんと私と櫻ちゃんが警戒してるから大丈夫よ」
「いきなり蔦のような物で攻撃してきたりしてきては怖いですしね‥‥」
四条の呟きに、一番後ろを歩くナレインと櫻が頷く。すっかりと新緑に彩られた山道だが、その植物がもしも襲ってきたらと思うと、ゆっくりと楽しむこともできなかった。
しかし、そんな彼らの心配を他所に、あっさりと桜の樹のある場所までたどり着いてしまった。山道の先は、ちょうど森が開けた場所になっており、そこから桜の太い幹が見える。
「お、見えてきたぜ?」
「結局、なにもないまま着いてしまいましたね」
運とナナヤが少し拍子抜けといったように口にし、一行は森を抜け桜の樹がある場所へと出た。
「こいつは‥‥」
「凄い‥‥」
先に出た丈一郎と瓜生が言葉を失う。眼前に広がるのは、大きく枝を伸ばし、満開の花を開かせた桜の樹。まるでそこだけが、まだ春先かと思うような驚くような光景が広がっていた。
「ほう、これが問題の桜ですか‥‥。確かに美しい光景です。ですが、これは‥‥少々妖しい。自然物でありながら不自然です。まるで血なまぐさい事の一つ二つをしてきたような‥‥」
ナナヤも桜の樹を見上げて、感嘆の声をあげる。しかし、淡い桃色というより、妖しいほどに朱に近いその花びらに、不信感を漏らした。と、そこに‥‥。
「皆さん! 足元に注意してください!」
「蔦が襲いかかってくるよ!」
「な、なんだこりゃ!?」
「これは困りましたね‥‥」
足元を注意していた四条と、探査の眼を発動させていたリオンが何かに気づき警告の声をあげる。気づけば、いつのまにか足元に蔦のようなものが伸び、足を絡めとろうとしていた。運は慌てて飛びのくが、ナナヤは避けきれずに縛られてしまう。
「なるほど、山道で何も無かったのは、ワザとここまで誘き寄せてから捕えるつもりなんですね」
「感心してないで助けてくださいよ」
瓜生が納得したように頷いた。ナナヤは困ったように助けを求めるが、いつも困ったような笑みなのであまり切羽詰った様子はない。
「桜に気を取られているうちに、足元からですか‥‥少しは考えてますね」
「綺麗な花にはっていう言葉があるけれど、不意打ちはいただけないわね!」
櫻とナレインが二人を助けるために前に出る。それぞれが覚醒し、櫻は黒い髪が金色へ、ナレインは白い肌が黒く染まった。刀と蹴り、鋭い一閃が蔦を切り裂く。
「いやぁ、油断大敵とはこのことですね」
そして、足を拘束していた蔦が切られ、ナナヤが自由になった。しかし、すぐに別の蔦があちらこちらから伸びて襲い掛かってくる。
「やだ、なにこれ、気持ち悪い〜」
「再生している?」
しかも、切られた蔦はすぐに新しく伸びて再生してしまう。切り取られた方の蔦が、ビチビチと跳ねている様子が少し気色悪い。
「風上は‥‥崖みたいだな。しゃあない、このまま迎撃するしかないな! 変身!!」
桜の樹の後ろは切り立った崖になっていた。運はそれを確認すると、掛け声と共にその姿を、二対の翼と二又の尻尾を持った黄金の龍人に変化させた。
「翼があるんですから、飛んだらいいのではないでしょうか」
「そう言ってやるな、色々問題があるんだろう」
運の姿を見て呟く瓜生に、丈一郎は苦笑を返す。二人とも覚醒し、それぞれが両手に光を宿していた。そして、しなる様に襲い掛かってくる蔦の攻撃を避けながら、反撃のチャンスを窺う。
「どうせ怪しいのはこの桜なんだ、こいつでぶったぎってやる!」
いち早く動いた運が、刀を構えて桜へと切りかかる。しかし‥‥。
「なっ、枝が!!」
そんな中、突然桜の樹が動き出した。太い枝が、まるで生き物のように動き、運へ向かって殴りつけてくる。突然だったため反応しきれず、運は枝を叩きつけられ吹き飛ばされる。それはほとんど太い棍棒かなにかで強く叩かれるようなもので、運は後方にあった森の木に叩きつけられるほど強い衝撃を受けた。
「こいつは‥‥けっこう効くぜ‥‥」
「やはり、桜の樹自体がキメラ‥‥ならばこれで!」
右手の甲が赤く輝き、左の瞳だけを青色へと変化させ、四条が弓を構え矢を番える。その矢の先には、火薬が詰め込まれていた。そして、甲の光が一層強くなった瞬間、勢いよく矢が放たれる。
「おお、爆発した! 特撮みたいですげえぜ!」
矢が桜の樹へと命中すると同時に、大きな音を立てて爆発が起きる。その衝撃に、桜の樹は身体を震わせ、まるで苦痛を感じているようであった。その様子に、運が歓声をあげる。
「また再生!?」
だが、吹き飛んだはずの樹の皮が、再生し瞬く間に傷口を隠してしまう。
「植物は再生力が強いといいますが、これは異常すぎです。ともかく、再生が追いつかないほどのダメージを与えれば」
瓜生が後方に下がり、エネルギーガンを発射する。襲い掛かってくる枝を狙い撃ちにして、相手の攻撃を鈍らせる作戦のようだ。
「色々と攻撃を予想してきましたが、枝で殴りつけてくるというのはシンプルすぎて予想外でしたね」
「ああ、だがシンプルなだけにやっかいだ。それに、この蔦も威力は低いが邪魔になる」
襲い掛かる枝を受け止めながら、櫻が苦笑を漏らす。丈一郎も周囲から襲い掛かる蔦のせいで、攻めあぐねている状態だ。
「蔦のほうは、私が引き受けるわ。丈一郎さん達は樹のほうへ」
そこへ、ナレインが蔦の気を引くように、丈一郎の周囲の蔦に蹴りつける。靴に取り付けられた爪が、蔦を切り裂き切断する。しかし、すぐに再生しナレインのほうへと襲い掛かってくる。
「大丈夫か?」
「心配してくれるの? 嬉しいけど‥‥私はあなたの背中を任されるようになりたいの」
「‥‥わかった、任せたぞ。俺はあの桜を叩き切ることに集中する」
「ありがと♪ さぁ、こっちにいらっしゃい。私が相手をしてあげる♪」
軽く言葉を交わす丈一郎とナレイン。そして、丈一郎はナレインに自分の背を任せ、斧を構えて桜の樹へ。
「お前を伐るために用意した斧だ。悪いがやらせてもらうぞ」
枝の攻撃を避けながら、幹へと近づく丈一郎。そして、そのまま渾身を込めて斧を幹に振り下ろす。
「結構硬いな‥‥、っ!? 抜けない!!」
「丈一郎さん危ない!」
力を込めた斧が幹に深くめり込む。しかし、逆に斧が抜けなくなってしまい、丈一郎に好きができてしまう。そこへ、再び枝が勢いをつけて襲い掛かってきた。
「!?」
と、枝に叩きつけられそうになったその時、突然枝が根元から吹き飛ぶ。折れた枝が、そのまま崖下に落ちていった。
「これこそ虎の子に翼、と言いますかね」
「すまない、助かった」
枝を吹き飛ばしたのは、ナナヤのライフルだった。虎の子の貫通弾に、スキルを上乗せして威力を高めたのだ。
「なるほど、枝が無くなってしまえば、攻撃の手も緩まるというわけですね。はぁっ!!」
枝と切り結んでいた櫻も、そう口にすると全身に炎のような赤いオーラを発し、渾身の力で枝を根元から叩き切る。
「枝だな、了解!」
「この前は東南アジアの木人キメラ、今日は日本の桜キメラ‥‥何だか最近、樹木キメラとやけに縁がある‥‥っ!」
運とリオンも刀で枝を切り落として行った。さすがにこれほどの大きなダメージは早々再生できないようで、攻撃が緩まった瞬間を狙い幹へと攻撃を集中させていく。
「こいつでどうだ!」
斧を引っこ抜き、何度も同じところへ切りつける丈一郎。次第に再生力も弱まり、やがて桜の樹の動きが止まる‥‥。
「桜の花が‥‥」
ふと気づけば、あれほど暴れても散ることの無かった桜の花びらが、ハラハラと舞い落ちてきていた。完全に動きが止まった桜は、どうやらついに力尽きたようだ。
「よっ、っと! こいつは結構いい運動になるな。トレーニングに取り入れてみるか?」
「さすがに、根から排除するのは無理ですね。もしも再生するとまずいので、あとでUPCに重機でも出すように言っておきましょう」
戦いの後、用心のために丈一郎達は桜の樹を切り倒した。瓜生は、残った切り株を調べながら、重機で根っこごと処分するよう伝えることにする。
「犠牲になった人達の骨を見つけたよ」
リオンが土の中に埋まった人間の骨を発見した。やはり、桜キメラに襲われ養分とされていたようだ。
「偽りの命で生き続けるなんて、悲しい事‥‥安らかに眠って頂戴‥‥」
「桜が散るのは‥‥別れの為じゃない。来年また出会う為です。私は‥‥祖母との『出会い桜』の為にも‥‥桜の守護者でいなければならないんです! ‥‥ゴメンね‥‥」
犠牲になった人達、そして桜の樹に対しても冥福を祈って手を合わせるナレイン。四条も花びらを散らしていく桜の様子に、想いを込めて言葉を紡ぐ。
「桜の花が‥‥」
ふと、崖下からの風が桜の花びらを空へと舞い上がらせた。まるで、ここで散っていった人達の魂が天に昇るように‥‥。