●リプレイ本文
「けひゃひゃひゃひゃ! イチゾー先生、きたよ〜!」
「‥‥またお前か。依頼内容はわかっておるじゃろう、さっさと取ってこんか」
けたたましい笑い声をあげながら、ドクター・ウェスト(
ga0241)が梶原一三に挨拶をする。梶原は研究器具から目を離さないまま、不機嫌な様子を隠そうともせずに、シッシッと手を振ってウェストを邪険に扱う。
「イチゾー先生、我が輩も実験用に生きたキメラが欲しいね〜! あと実験に協力してくれるノーマルの助手が欲しいね〜!!」
「誰かコイツをつまみ出さんか!」
しかし、そんなことも気にした様子もなく、ウェストは梶原に纏わり付いて、実験内容を盗み見ようと試みたりアレコレと物色しようとやりたい放題。梶原はイライラとしながら、声を荒げるが、周囲の職員達は困ったように苦笑する。
「その辺にしときな。追い出されて依頼を破棄されたら困るだろう」
「アホなことやってないで、さっさと用件済ませて、現場へ行くよ」
さすがにそろそろ警備員でも呼ばれそうになってUNKNOWN(
ga4276)が止めに入る。そんな様子に犬塚 綾音(
ga0176)が呆れたように言って、準備に必要なものを用意してもらおうとする。
「あ、檻はこれです。かなり重いですよ?」
「情けない男達が多くてねぇ。ま、いいさ、あたしが運んでやるよ」
メリルが用意した特殊合金製の檻はかなり重いのだが、綾音は苦もなくそれを持ち上げる。実際、一行の中で一番体力があるのは、ファイターである綾音なのだ。
「それで、捕獲用に使うために、台車が欲しいんだが」
「だ、台車‥‥ですか? あ、あの、でもそういうのはここでは用意できないと‥‥」
「なんじゃ、天下のドローム社がケチじゃのぅ。台車の100個や200個、ど〜んと用意できんか?」
「それは、さすがに無理なんじゃ。というか、あっても困るし」
藤田あやこ(
ga0204)が、捕獲に使うために台車を請求するが、メリルは困ったように首を横に振る。それに、ゴウケン(
ga5790)がわざとらしく肩を竦めて見せ、ジェレミー・菊地(
ga6029)がそれにツッコミを入れた。
「申し訳ありません、貴女の様な素敵なメッチェンを困らせてしまって。私は、緑川と申します、以後お見知りおきを」
「ひ、ひぇ〜、な、なにを!?」
オロオロとするメリルに、突然緑川 安則(
ga0157)がその手の甲にキスをした。彼流の騎士道を意識した挨拶らしいが、メリルは驚いて目を回すのだった。ちなみに、メッチェンとはドイツ語で女の子という意味らしい。
「ええい、うるさいやつらじゃのう! メリル、使っとらん台車が一台あったじゃろう。あれをくれてやれ!」
「は、はい〜、わかりました」
いい加減我慢の限界に近づいている梶原が、早く彼らを追い出したいとばかりに、一台の台車を一行に渡すようメリルに指示する。メリルはその指示に従って、台車を取りに行くが。
「あ、イチゾー先生。台車なんだけど、一台じゃなくて、五台欲しいんだよね〜」
「さっさと出ていかんか、このバカモンが!!!」
結局、ウェストの厚顔無恥な言葉に、梶原の堪忍袋がついに破け、一行は研究室を追い出されてしまうのだった。
「今回の作戦はゴムパイン鹵獲作戦だ。敵戦力は不明だが、こちらの目的はゴムパインだ。ほかは無視してもいい。邪魔になれば排除する」
ゴムパインの出没地域へと到着した一行。安則が依頼内容を確認し、各自が自分の役割を確認する。
「UNKNOWN、犬塚綾音は、私と周囲の偵察。ゴムパインの位置を確認する」
「了解さ。ボールの様に跳ねるキメラなんて面白そうだねぇ」
「悩める子羊達のために、私が道を作ろう」
安則の指示に、綾音が頷き、UNKNOWNはフッと微笑を浮かべる。
「わしとウェスト、藤田は捕獲用の台車作りを行なおう。ちと、材料が足りんがなんとかなるじゃろう」
「改造は得意だ。私に任せておけば、何の問題もないぞ」
「けひゃひゃ! 我が輩の理論はか・ん・ぺ・き! この設計図に沿って作れば、ロボットの模型よりも簡単に作れるよ〜!」
ゴウケンの言葉に、あやことウェストが各々自信満々に胸を張った。正直この面子だと心配だと誰かが呟く。
「いいねいいね、役割分担を決めて、お互いが協力し合う。仲間って感じだねぇ」
「では、私達は偵察へ行ってくる。後は頼んだぞ」
「任せておけ」
仲間の様子に、ジェレミーが顎を擦りながら楽しそうに笑う。そして、安則達は偵察へ出掛け、ゴウケン達は台車の改造を始める。
「あっれぇ? ところで、俺の役割‥‥は?」
そんな中で、一人取り残されたジェレミーが、笑みを浮かべたまま首を傾げるのだった。
「情報によれば、この辺りでよく出没するらしいな。二人とも、気をつけて行こう」
安則が武器を構え、警戒しながら廃墟となったビルへと入っていく。その後ろを綾音が、しんがりはUNKNOWNが務めている。
「足元には注意しろよ」
「わかってるわ、きゃっ!」
「随分と可愛い声を出すんだな」
「う、うるさいわね!」
ビルの中は、外からの明かりが唯一の光源で、かなり暗い。UNKNOWNが、綾音に忠告の言葉を掛けるが、綾音は何かにつまずいてしまう。その様子に笑いを漏らすUNKNOWNに、綾音は照れ隠しに怒って見せた。
「止まれ‥‥」
前を歩いていた安則が、何かを見つけて停止する。その視線の先には、赤く光る二つの丸い玉。
「キメララットか」
それは、大きなネズミ型キメラの目で、キメラもこちらに気づき警戒する様子を見せた。
「どうするんだい?」
「目的はゴムパインだ。それ以外のキメラは極力避けたいところだが」
綾音の問いに、キメラから目を離さずに答える安則。そこへ、突然何かが転がり込んでくる。
「!! 手榴弾だ! 伏せろ!」
「ちょ、ちょっと!」
転がってきたのは手榴弾。とっさに判断した安則は、綾音を庇うように地に伏せさせる。突然の事に抵抗できぬまま、安則に覆いかぶさられる綾音。
「‥‥爆発はしないな」
少し様子を見た後、結局何も起きないことに、UNKNOWNが立ち上がる。
「それって、あれでしょ、ほらあたし達の目的の」
「なるほど、これがゴムパインか。たしかに、手榴弾そっくりだな」
綾音の指摘に、安則が納得したように呟く。ゴムパインの見た目は手榴弾そっくりなので、軍人を目指す安則としては勘違いしてもしかたないのだ。
「って、いい加減どきなさいな!」
「これは失礼‥‥」
そして、綾音は覆いかぶさっている安則を、力尽くでどかした。冷静になれば、綾音のほうが力が強いのだ。
「それで、こいつはどうするんだい?」
「悩む前に行動、だ。行動する前に悩め」
「なんだいそれは?」
「動かぬ考えに意味は無い。考えのない行動は危険を呼ぶ‥‥というものだ」
「ふ〜ん、よくわからないね」
「驚かしてみるか」
「ちょっと、捕獲するなら傷つけたらダメなんじゃないのかい」
「威嚇射撃だ」
UNKNOWNの言葉に、綾音は首を傾げる。安則は銃を構え、ゴムパインに対し射撃を行なった。それに反応したのか、ゴムパインが突然飛び跳ねる。
「やはり、キメラか。どうやら情報に間違いないようだな」
「‥‥それはいいんだけどさ。なんか嫌な音が聞こえてこないかい?」
満足そうに頷く安則、しかし綾音はビルの奥から聞こえてくる音に顔を顰める。
「どうやら団体が来たようだな」
「偵察は終了だ、逃げるぞ」
UNKNOWNの指差す先には、いくつものゴムパインが飛び跳ねて来るのが見えた。安則達はそれを確認すると、素早くその場から撤退するのだった。
一方その頃、捕獲用台車作りを行なっていたメンバーは。
「材料はこんなもんでいいかの」
ゴウケンが一般家庭用のマットレスを持ってくる。本来特殊な低反発マットを用意しようとしたのだが、請求が却下されたため、廃墟で捨てられていたマットを見つけてきたのだ。
「無いものはしかたないねぇ、ここは我が輩の天才的頭脳でカバーするしかないのね〜」
「たしかに、その天才的頭脳というものが無いのだからしかたないな」
「ぐはっ!」
ウェストの言葉に、あやこは小さくため息をついて、マットを台車に括り付ける。そのツッコミに、台車につっかえ棒を取り付けていたウェストが、白い何かを吐き出して放心した。意外に、精神的に弱いのかもしれない。
「よし! これでゴムパインを捕まえてやるわい!」
「それ、早くしないと接着剤が乾きますよ」
「ぬぉぉ、たしかにその通りじゃ! ゴムパインはどこじゃ!」
ゴウケンはそれとは別に、網に接着剤をつけた捕獲用網を用意していた。しかし、あやこの指摘に、ゴウケンは慌ててゴムパインを探す仕草をする。
「よし! これなら確実にやつを捕らえられるぞ! 俺って天才だぜ!」
ジェレミーは一人で、なにやら工作らしきものを行なっていた。はたから見るとちょっと寂しいが、本人的には気にしていないようだ。
「お、偵察から帰ってきたようじゃの」
それからしばらくして、安則達が戻ってくる。
「ゴムパインの居場所はわかった。そっちの準備はいいか?」
「もちろん、すでに完成しているぞ! 名付けるなら『未来台車タオレー9』〜!」
「勝手に名付けるな。そうだな、『キャプチャーカートあやこカスタム』で、どうだ?」
「タオレー9だ〜!」
「あやこカスタム!」
「どっちでもいいよ、それにしてもずいぶんとちゃちな出来だねぇ」
「希望の材料が手に入らなかったからのぅ。ドローム社もケチじゃわい」
確認する安則に、ウェストが完成したばかりの捕獲用台車を見せる。ネーミングで口論するウェストとあやこに呆れながら、綾音が台車の様子に顔を顰めるのを、ゴウケンが苦笑しつつ肩を竦めた。
「獅子舞が静電気でズボンに張付くと危険なので今日は生脚です〜」
あやこがセーラー服姿を見せるようにクルリと一回転してから、持ってきた獅子舞の獅子頭を被る。
「うむっ! 成功を願って♪ 何、季節外れ? 安心しろ私は年中正月だ。キエー!」
何故獅子舞なのかツッコミどころいっぱいだが、仲間達はもう何も言わない。あやこは自分にツッコミを入れておいて、獅子舞らしきものを踊った。素人芸能なので特に見るべきものも無い。
「では行くぞ‥‥」
安則は、いつまで踊るのかわからないあやこを、早めに切り上げさせて、一行を連れ立ってゴムパインの生息するビルへと入っていくのだった。
「敵キメラ確認」
少し進んだ後、安則達は地面に無造作に転がっている手榴弾のようなキメラ、ゴムパインを発見する。ゴムパインの数は5つで、下手に刺激すれば一斉に襲い掛かってくるだろうことは、さっきの偵察でわかっている。捕獲班のあやこ、ジェレミー、ゴウケンは後ろに下がり、捕獲の準備を開始する。
「応戦開始。弾幕を展開する」
ゴムパインを引き寄せるために、安則達が銃を構える。しかし、その動きを察知したのか、ゴムパインが動き出し始めた。それは突然跳ね上がり、床、天井、壁と反射して、高速で飛び回りだす。
「なんて速さだい!」
「後ろには私がいる――自分のスタイルで貫け」
その動きに翻弄される綾音をフォローするように、UNKNOWNが声をかける。
「きたな‥‥目標ゴムパイン。一匹だけ隔離し、捕獲班のほうへ。残りは排除する」
「‥‥流石に痛いな」
飛び跳ね襲い掛かってくるゴムパインを盾でガードしつつ、銃の正確な射撃で数を減らす安則とUNKNOWN。しかし、楕円形の特殊な形は跳ねる方向を予測し辛く、受けそんじて苦痛に顔を顰める。
「いまこそ、我が輩のタオレー9の出番だ!」
ウェストが捕獲用台車を動かしてゴムパインを受け止めようとする。上手い具合にマットにゴムパインがぶつかりボスっと音を立ててとま‥‥。
「どわっひゃぁ! タオレー9が!」
ることもなく、ドガシャーン! と盛大な音を立てて、台車が破壊されてしまう。
「やはり、普通のマットでは、想定値の衝撃吸収能力を発揮できなかったか〜!」
「なにやってんだい!」
呆然とするウェストを、綾音がカバーしてゴムパインを弾き飛ばす。
「しかたない、SES搭載していないから効かないだろうが、鹵獲するならこれのほうがいいだろう」
安則が竹刀を取り出し、捕獲班の方へとゴムパインを弾こうとする。飛んでくる一匹のゴムパインに向かって、竹刀をフルスイング。
「ちっ、やはりフルスイングするなら金属バットのほうが良かったか」
しかし、竹刀はゴムパインに当たると、これまた盛大な音を立てて折れてしまう。いくら丈夫な作りになっているとはいえ、高速で飛んでくるキメラを、能力者が全力で打ち返せば折れるのは当然であった。それでもなんとか、ゴムパインを捕獲班の方へと誘導することに成功する。
「百獣を統べる獣の精よ我に慧眼を与えよ!」
あやこが謎の言葉と共に、獅子頭でゴムパインを掴もうとする。むしろ台詞が電波だ。
「あら、あらら!? ごっ! きゅぅ‥‥」
しかし、獅子舞などという動きづらいもので、しかも薄暗いビルの中、素早いゴムパインを捕まえられるはずもなく。たまたま勢いよく口の中に入ったゴムパインが、あやこの額に命中、その衝撃であやこは倒れてしまう。獅子頭が壊れなかっただけ、奇跡である。
「これでどうじゃ!」
次にタイミングを見てゴウケンが網をゴムパインに掛ける。もちろん接着剤はすでに乾いている。
「ぬぉ!?」
しかしそれも、勢いのついたゴムパインは網を破り抜け出てしまう。
「よっしゃー! こんなこともあろうかと、俺もトリモチ網を作っておいたぜ!」
そう言ってジェレミーが取り出したのは、一人で寂しく作っていた虫取り網にトリモチを付けたもの。それで、ゴムパインを掬い取るように捕まえるジェレミー。
「うぉ! これも破けただとぅ!」
しかし、やはりゴムパインの勢いに破けてしまうトリモチ網。ゴムパインはトリモチで床に粘着してしまうが、それも数秒で剥がれてしまうだろう。
「いまだ!」
だが、その数秒がチャンスだった。ジェレミーは、瞬天速で一瞬のうちにゴムパインの元へと向かい。両手でそれを捕まえる。ゴムパインは手の中で暴れるが、さすがに能力者の力なら簡単に振り払うことはできない。
「早く、檻の中に入れるんだ!」
「了解! ダーンク!」
「捕獲完了、撤収する!」
「やれやれ‥‥さて、諸君。我が家に帰ろうぞ」
ジェレミーはそのまま、檻にゴムパインを投げ込む。それを確認した安則達は、ほかのキメラが来る前に、急いでその場から脱出するのだった。