●リプレイ本文
●バスに揺られて
「あたしともあろう者が、お酒の銘柄の案が浮かばないなんて‥‥どーしたんかな‥‥」
「そないなこともあらぁね。やっとかめ!」
酒蔵に向かうロケバスに揺られ、悩める鷹代 由稀(
ga1601)の肩を叩いたのは米田時雄社長である。
ここでは怪しげな名古屋弁を使う兄ちゃんだが、れっきとしたアイベックス・エンタテイメントの社長だ。
「改めまして、コハルです。今日はスタッフとして参加するのでいろいろ教えてください!」
ロケバスで一緒にいるスタッフに律儀に挨拶しているのは葵 コハル(
ga3897)である。
新人アイドルIMPのメンバーでもあるが、カメラやメイクの仕事に興味があるのかスタッフと話をしていた。
「ああ、貴方が米田さんでしたか。いつも妹がお世話になっています」
由稀から離れ、自分の席に座った米田に対し、銀髪を揺らしてリディス(
ga0022)が一礼をする。
「べっぴんさんだけど、どちらさまだで?」
サングラスを光ら米田は答えた。
「ジーラの姉です。妹の職場を見てみようと思いましたら、幸運でしたわ。これでもお酒が好きなもので」
「まぁ、アイドルに酒の宣伝ってのも考えたんだぎゃ。大人の傭兵が多くて助かっただでよ。IMPバージョンはレア版として普通のCMとの二本取りのアイディアもいただきだぎゃ」
リディスの言葉にニヤリと米田は笑う。
もともと二本取りの予定ではなかったのだが、IMPバージョンを裏にしようというのだ。
前に出すだけが宣伝ではない。
【限定】【稀少】という言葉に人間が弱いことを知っているからこそのアイディアである。
「元気ないようだが大丈夫か?」
IMPメンバーの中で数少ない男性アイドルの小田切レオン(
ga4730)が隣に座って大人しい沢辺 麗奈(
ga4489)を心配していた。
「だ、大丈夫や〜」
日ごろの疲れか麗奈の顔色は少し悪かった。
「もうすぐ、酒蔵につくでよ」
米田の言葉どおり、ゆらりゆらりと揺れたバスはしばらくすると依頼主である巖島・蔵隆の酒蔵へと到着する。
●いざ、尋常に賞味!
「こら、別嬪に恰幅のいい男も! 大勢来てくれてわしは嬉しいけ! ささ、味を見て欲しいんじゃ」
蔵隆は大喜びで一同を向かえ、早速作りたての純米吟醸酒の味見をしてもらう。
「酒は俺の”心の栄養”だからな、機会を逃すには惜しいし傭兵代表として味わわせてもらおう」
無色透明な液体を杯に注ぎ、榊兵衛(
ga0388)はぐいっと酒を飲みほす。
辛口ではあるが、喉をすっと抜けて力が湧き上がってくるような酒だった。
「主殿、これは良い酒だ!」
榊は賞賛と共に二杯目を味わいだしている。
「おいしいお酒、私もいいよね?」
「実年齢が20歳ならいいと思いますよ、CMのときは写れないでしょうけれどね」
忌咲(
ga3867)が周囲に確認すると、秋月 祐介(
ga6378)が肯定し、チリチリと静かな音を立てて酒を味わった。
秋月は『電波増幅』によって味覚を研ぎ澄ましたのである。
許しをえた忌咲もくぴくぴと酒を味わった。
「ねーねー、お酒もいいけどCM取るならお料理もあったほうがいいよね?」
ミッシング・ゼロ(
ga8342)が秋月の後ろから抱きつき成長している胸を押し当てる。
「ちょ、ちょっとゼロさん!? 料理はあとで作りましょうね。一緒に手伝いますから」
眼鏡をずらしながら秋月は狼狽する。
「名前はどうするねぇ、飲んでもいいのが浮かばない‥‥」
由稀は酒好きであるにもかかわらずネタが出てこない事に困っていた。
ああだこうだ言い合ううちに、蔵隆の意見を聞いて『バグア殺し』ということで意見がまとまった。
普通のアイドルには似つかわしくないが、傭兵であり戦うアイドルならコレもありだろう。
「バグア殺し‥‥確かに強そうだね。『バグア殺しのんで、バグアなんか倒しちゃえ!』って傭兵むけの宣伝にも使えそう」
コハルがネーミングに笑いながら宣伝文句を考え出す。
「ぜひ、ラストホープに取り寄せしてみたいですね‥‥」
「まだ、わしの酒蔵は小さいからのう。そのために宣伝をしてもらいたかったくらいじゃけん。じゃけんど、詳しい話は米田社長さんとして欲しいんじゃ」
蔵隆はすまなそうな顔で取り寄せを希望したリディスに言った。。
「あれ、そういえば米田はんどこいったん?」
ふと、麗奈が米田を見失っていたので部屋を見回す。
すると、試飲もせず米田は酒蔵の窓から近くを流れる川の方をじっと見ていた。
気になった麗奈が顔を出してみてみると、ふわふわとした雰囲気でサンダルを手に持ち麦藁帽子をかぶったInnocence(
ga8305)がいる。
春先の川の冷たさを感じるかのように可憐に振舞う彼女に米田も麗奈もしばしみとれいた。
●CM撮影Ver.IMP
ロケシチュは酒を飲んで元気を取り戻した由稀の案にそって酒蔵の近く、桜並木のある小川で行われる事となった。
ゴザき、秋月とゼロが作った簡単な宴会料理が並ぶ。
のどかなBGMが流れ出し、撮影の始まりを告げだした。
まずはカメラが景色をとり、次第に宴席へ近づく。
「やっぱ、今は花見よね」
一升瓶を片手に由稀がフレームの中に入っていく。
すでにゴザにはレオンと麗奈が待っいてましたとばかりに一升瓶から注がれる透明な液体をコップで受け、こぼれるかこぼれないかのところでとめて飲み干した。
「くーっ! 美味い!」
コップを強く握り、目をつぶって頭を振るレオン。
「そんなにおいしいならあたしも欲しいよー」
オレンジジュースを飲みおわったコハルが子供のように駄々をこねだす。
「少女が大人への階段を上る一歩やね〜、ほらうちがついでやるさかい」
麗奈が空いたコップに一升瓶をもってコハルに近づいた。
「んなことしたら、だめでしょうがっ!」
由稀の突っ込みに麗奈が倒れ、カメラの前に一升瓶のラベルででかでかと出てくる。
【純米吟醸 バグア殺し】
「カットー! 社長、どうです?」
「うーん、もうちょい! こだわっていくだち、レア映像だで」
米田は取り直しを要求した。
「鷹代はんひどいで、本気でどついたやろ」
起き上がった麗奈は後頭部をさすりつつ由稀に詰め寄った。
「あはは、ついね。ごめんごめん」
由稀自身もやりすぎと思っていたのか頬を掻きつつ謝る。
「コハル。言っておくが、本当に飲むなよ」
「わ、わかってるって」
そーっと一升瓶に手を伸ばしかけたコハルを目ざとくみつけたレオンが、しっかり釘を刺した。
彼女の言葉が真実かどうかはさだかではない。
その後、米田の細かい注文のため何回か取り直しCMは完成したのであった。
●CM撮影Ver傭兵
「んむぅ? この辺なんて良さそうじゃない?」
撮影の終わったコハルがぽてぽてと大人版の撮影場所を探していると、大きな桃の木が立っている公園にたどりついた。
「確かに見事な木だ」
「そうですね、ここで白身茶漬けを食べるのはどうでしょう? 白身魚の上に出汁と酒を沸騰させたものをかける料理なのですけれどね」
大木を見上げて圧巻とする榊に秋月が自慢の一品を教える。
「バグア殺しで魚を食べますか。ヘルメットワームもエイとかそういう魚介類に見えますし、いいと思いますよ」
共にいたリディスも微笑みながら賛同した。
「それじゃあ、支度してきますね」
「今度はボクもCMでたいなぁ、皆に白身茶漬けを出す給仕さんとかどう?」
ゼロがいつの間にか着替えたのかミニ和服姿でくるりと回る。
「どこかの妙な店っぽいが、監督さんはどうよ」
「はしゃぎ過ぎなければいいんじゃないかな‥‥」
不安そうな榊の視線がが撮影監督、そして撮影監督の視線が米田に回ってきた。
「まぁ、当人もIMP希望いうとるだでだしたげるで。ただし、こっちは普通のCMとしてとるんやから大人しくするだでよ」
「社長さんありがとう〜。それじゃあ祐介君の手伝いにいってくるね!」
しばし考えた米田は答えをだし、ゼロは米田に抱きついてぐるりと回ると酒蔵のほうへ駆け出していった。
「台風のような子ね」
リディスは妹の職場環境が少し心配になりだす。
「まぁ、ああいう子ばかりじゃなきゃ。妹さんはうちでようがんばっとるでよ」
そんなリディスを米田は笑顔で励ました。
「こ、こんなかんじですか?」
そうそう、見た目より力あるんだね。
カメラマンに驚かれながらもコハルはハンディカメラの使い方を習っていた。
覚醒していなくてもコハルの体力は常人に比べれば遥かに高い。
動かすのも一人でらくらくであった。
「白身茶漬けの準備できましたよ」
「給仕衣装もばっちり♪」
秋月に続き、メイクを終えたゼロも現場にやってきた。
「よーし、二本目取るぞ!」
BGMはIMPバージョンと同じなだらかなもの。
コハルがカメラを動かし、IMPバージョンと同じ川の景色からゆっくりと桃の大木へと流れた。
「はーい、お待たせしました」
給仕の格好をしたゼロがフレーム入りつつリディス、榊、秋月の3人に白身茶漬けを出した。
湯気が立ち上がり、葱がご飯の上で踊っているアップが映る。
「極上の酒、極上の肴、それをあわせれば怖いものなし」
「鬼に金棒、傭兵に日本酒ですね」
そういって3人がおいしそうに白身茶漬けを食べる。
食べきったあと、秋月が一升瓶をちらりとみ、そこがアップされる。
「純米吟醸【バグア殺し】恐るべし味わいですね」
「カットー。こんなものでいいでしょうかね?」
「こっちは宣伝主の意見だぎゃ」
監督が米田をみると、米田は蔵隆を押した。
「わしにはよくわからんが美味そうなのは伝わってきたけん。よかよか」
がははと蔵隆も豪快に笑い、CM撮影は終了。
あとは編集で『お酒は20歳になってから』や『IMPメンバーの名前テロップ』などが入れられることになった。
「ひとまずお疲れさんだで。せっかくのいいとこだでよ、俺の驕りでIMPバージョンとったところで花見でして帰るとするだがや」
米田の一声にスタッフともども湧き上がったのはいうまでもない。
●お花見と謎の少女
「うーん、辛くておいしい」
CM撮影中は飲めなかったお酒を忌咲は堪能していた。
コンビ二で仕入れたものではあるが、つまみも出され桜舞い散る中の打ち上げが広げられる。
「ねぇねぇ、君も一緒にあそぼ?」
ゼロが木に向かって話しかける。
不審に思ったレオンがみると、木の陰にはInnocenceが顔を覗かせていた。
子犬のような愛らしさを持った女性にレオンがしばしみとれる。
「いいのでしょうか?」
「かまわないよ〜、もしかして貴方も傭兵?」
「‥‥はい」
戸惑うInnocenceの手をひっぱりゼロがくるくる回る。
桜舞い散るなかで回る二人は花の妖精のように思えた。
「傭兵で、一緒にやっていきたいならIMPにはいるか? おまえみたいなタイプは丁度いないから」
レオンが酒を飲みつつInnocenceに声をかけた。
「あたしは葵 コハル、貴方の名前は?」
「わたくしは‥‥Innocence(イノセンス)です、コハル様」
楽しそうに回る二人に近寄り、コハルがInnocenceに声をかけると、彼女はか細い声で名前を名乗った。
「無垢とか、純粋とかそういう意味の英語だな。偽名っぽいが芸名としておけばいいんじゃないか?」
レオンがそういいつつ近寄りInnocenceの肩を叩く。
「俺は小田切レオンだ。よろしくな」
「あのねー、この人の本名はー」
「それをいうかっ!」
コハルが小田切の本名を言おうとすると小田切が必死に止めだす。
Innocenceもその光景が楽しくフフと笑い、ふわふわとした足取りで米田の前に正座した。
「貴方様が一番上の方とわたくしは感じました。IMPというものに所属させていただけませんか?」
「俺はかまわにゃーでよ。聞きたいことあったあったら、聞いとくりゃー」
その後、Innocenceは米田に質問の嵐をぶつけつづけていく。
「祐介さーん、ボクの谷間で温めたお酒のんでー」
酔っ払っているのか地なのか、ゼロが秋月に絡みだす。
キスをしたりと大盛り上がりだった。
打ち上げは夕暮れで終わり、仕事は成功であった。
IMPメンバーの知名度もじわじわと上昇中である。
余談ではあるが、バグア殺しは参加者のうち未成年者以外の希望者には米田から『今後ともIMPをよろしく』というメッセージカード付で一升瓶で送られた。
がんばれIMP、負けるなIMP。