タイトル:希望の風に乗せる告白マスター:橘真斗

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 14 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/14 01:52

●オープニング本文


「もうすぐバレンタインか‥‥」
 ライディ・王は次の企画を徹夜でまとめ、スタジオで寝泊りをしていた。
 突然のパーティなどあって最近忙しい。
「打ち合わせしていたし、ここまでは仕上げないとな」
 ふぅといきをついて企画書をとんとんと整理する。
『海の見える丘での告白公開録音』
 ラストホープをよく知ってもらうために、都市部ではないところを案内しようとライディは常々思っていた。
 そして、バレンタイン企画でチャンスがきた。
 能力者たちのリクエストで海が見たいや、駅にいきたいなどの要望。
 それらをかなえる場所をライディは知っている。
「ラストホープに初めてきたとき、よくそこから故郷の方を眺めていたっけ‥‥」
 懐かしさに身を寄せて、椅子に深く腰をかける。
 海の見える丘、そこにひっそりと建つ喫茶店。
 人のよいマスターにずいぶん助けられた。
 マスターへの恩返しもかねて、その店に人をいっぱい連れていこう。
 すべての希望をバレンタインにかけて、ライディは動きだした。

●参加者一覧

/ 煉条トヲイ(ga0236) / 愛紗・ブランネル(ga1001) / 赤村 咲(ga1042) / ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416) / エマ・フリーデン(ga3078) / アッシュ・リーゲン(ga3804) / 葵 コハル(ga3897) / 夕凪 沙良(ga3920) / リン=アスターナ(ga4615) / 風(ga4739) / 智久 百合歌(ga4980) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / レーヴェ・ウッド(ga6249) / ルミナス(ga6516

●リプレイ本文

●複雑なお年頃
「菓子作りの講師として参加、なんだけどな‥‥手のかかる生徒がいなくてブッちゃけツマらん」
 アッシュ・リーゲン(ga3804)はタバコを吸うと称して雑居ビルの外に出てつぶやいた。
 口から紫煙が飛び上がり、アッシュは壁にもたれかかる。
 バレンタイン前、先ほどまでいた雑居ビル内の『Redio−Hope』でチョコレート作り講座が開かれていた。
 講師として参加したはいいが、材料以外は手際がよくて物足りなさをアッシュは感じている。
「まぁ、アドバイスひとつでもいってより美味いものになればいいか‥‥」
 つぶやきながらタバコをくわえ、空を見上げた。
「そうだ、材料もあまりそうだしいっそ趣味に走るか。講師として生徒になめられないような菓子をつくってやろうじゃねぇの」
 ふと、遊び心に火がついたのかアッシュは不敵に笑う。
「アッシュさーん、ちょっとクッキーの焼き加減を聞きたいのですが」
 そんなアッシュにライディ・王(gz0023)が同じようにフロアから出てきて声をかける。
「ああ、今行くぜ」
 アッシュは意気揚々とフロアへと戻っていった。

●場違い?
「ラジオの公開録音と聞いたが‥‥何か別の熱気を感じるのは俺だけなんだろうか‥‥そもそも、前もこんなことがあったような」
 バレンタイン当日。煉条トヲイ(ga0236)は一種のデジャ・ビュを感じながら、公開録音のある公園に来ていた。
 ふと周囲を見回せば花束をもっていたり、そわそわとしている女性がいたりと場違いな雰囲気が漂う。
「何も持ってないのは俺だけ? 俺だけなのか?」
 トヲイは項垂れながら、自らに問いかけた。
「おや、あんたも呼ばれた口か?」
 レーヴェ・ウッド(ga6249)がトヲイに声をかける。
「『も』というのはそちらもか‥‥知り合いによばれたのですが『ラジオの収録』以外聞いていなくて。何か持っていったほうがいいのでしょうか?」
 トヲイは年上のように見えるレーヴェに対して敬語を使いだす。
「まぁ、呼ばれた相手に似合うものを持っていけば外れはないだろうな‥‥」
「おーい、レーヴェ。待たせたのう」
 トヲイと話していたレーヴェに、褐色の肌と栗色の髪を輝かせたルミナス(ga6516)が駆け寄ってくる。
「待ち人が来たようですね」
「騒がしい相方さ‥‥」
「ほれ、レーヴェ。何をしておるか。 今日はわっちに付き合ってもらう約束じゃぞ」
 トヲイはレーヴェに視線を向けて確認すると、レーヴェのほうは憮然とした態度でルミナスを出迎えた。
 時計を確認したレーヴェが軽く会釈をしルミナスに腕を組まされながら、トヲイの前から公園のそばにある喫茶店へと足を向ける。
「相手に似合うものか‥‥」
 しばし悩んだトヲイは公園の中で、漂う香りに誘われて屋台に足を向けた。
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の臨時花屋を通り過ぎて、焼き芋屋台にたどりつく。
「親父、焼き芋二つ‥‥いや、10個くれ」
 トヲイは花より団子を選んだ。
 
●いつもの準備、そしていつもとは違う準備
「コハルが忙しいようだから‥‥パーソナリティを私がやっても‥‥いいかしら?」
「えっと、かまいませんけれど‥‥」
 リン=アスターナ(ga4615)はライディに普段しないような頼みごとをしだす。
 頼まれたライディの顔は意外そうという言葉が浮かんでいた。
「無理に‥‥とはいわないわ」
 苦笑して、やめようとするリンにライディがあわてて言葉を付け足す。
「すみませんっ! OKですよ。今回はスタッフ参加も少ないので助かります」
「原稿もらえる‥‥かしら?」
「一応こちらですね。生放送はいつもの時間ですから、それまではゆっくり原稿でも読んでいてください」
 リンが原稿を請求すると、さっと渡してくる。
 初めてラジオ局を立ち上げた時のことをリンは思い出し、その対応のよさにふっと笑った。
「昔に比べると‥‥、本当によくできるように‥‥なったわね」
「皆さんのおかげですよ。BGM担当の人がいませんので、店の音楽を使いましょうか‥‥」
 会話を進めながら、手際よく準備をしていく。
 普段とは違い、放送のこととなるとライディの行動は機敏になっていた。
「ねぇねぇ、ライディ君。この格好どう? 似合う?」
 風(ga4739)が喫茶店のウェイトレスの格好でライディやリンの前に現れた。
 フリルの多いドレスではあるが、柄が黒や茶など控えめな色合いでシックな印象を強める。
「あらあら、風さん! とってもお似合いですよ」
 いつのまにやらハンナ・ルーベンス(ga5138)がでてきて、風の格好をほめだす。
「ハンナもどこから‥‥」
「あははは、似合っていますけれど‥‥その姿はホアキンさんに見せるのが先だと思いますよ」
「えっと‥‥、その‥‥ケナには‥‥」
 風の恋人の名前がでたとたん風の言葉が詰まりだす。
「ライディ君、余計なこと‥‥いわないの‥‥そうだ‥‥ホアキン君のところへ花をもらいにいって?」
「え、ええいいですけれど? 少し席はずしますね」
 リンは風の気持ちを悟ってか、納得いかない顔のライディを外にだした。
「ありがとうリンさん、助かったよ〜」
 ライディが出て行ったのを確認した風がリンに抱きつく。
「なんとなく‥‥ね、準備中のメールが気になっていたから‥‥仲直りするなら、早いほうがいいわよ」
「うん、そうするね。それでちょうどいいから別件の相談なのだけど‥‥」
「あ、『あの話』ですね? リンさんにも協力してもらいましょう」
 リンは風に忠告をし、風自身もそれを受け止める。
 そして、風とハンナがリンに対して、ひとつの提案を持ちかけた。
 希望の風に希望を届ける提案を‥‥。
 
●あおぞら花屋で思い出を
「王の注文は赤ミニバラのハート型アレンジだったな? テーブル数は10と」
 ホアキンは『あおぞら花屋』にやってきたライディに注文の品を籠に入れて渡した。
「あ、どうもです。籠まで用意していただいて感謝します」
「今回は直接スタッフとして参加しないが、がんばって欲しい」
 ライディが礼をするとホアキンは微笑みながら答えた。
「すみません‥‥アマドコロの白と薄紫シオンの花束をもらいに来ました‥‥」
 二人が談笑していると朧 幸乃(ga3078)が花をもらいに来る。
「ああ、用意しているよ。しかし、意味深な組み合わせだな?」
「ええ‥‥と‥‥いろいろとありますから‥‥」
 花言葉を知るホアキンは朧の選び方に思うところがあるのか問いかける。
 朧のほうは苦笑して花を受け取ったら花屋から離れ、丘のラストホープ外周側へ向かっていった。
「外周のほうか‥‥」
「どうした? 王」
 朧の行く先を見て、ポツリとつぶやく王にホアキンは首をかしげた。
「いえ、僕もあそこから海を見ていたので‥‥皆さんとあうもうちょっと前ですけれど‥‥」
「なるほどな‥‥」
 そこまで聞き、ふとホアキンは思った。
 ライディの過去について自分達は知らない。
 気にすることではないと今まで思ってはいたが、彼に恩返しをしたいと思うホアキンにとってその過去に興味があった。
「はぁ、はぁ‥‥ホアキンさん、花っ! もらえますか」
 ホアキンは決意して、王に過去のことを聞こうと思ったがその言葉は走りこんできた赤村 咲(ga1042)に消される。
 咲は息を切らしていた。
「どうした? まずは落ち着いて欲しい。単に花といわれても困るよ」
 目の前で息を切らす年上の友人に対して、ホアキンは苦笑しつつ声をかけた。
「お邪魔のようですので、僕はこれにて‥‥ありがとうございました」
 ライディが一礼をして、その場を去る。
(「聞きそびれたな‥‥気にすることではないかもしれないが‥‥」)
「ふぅ‥‥それで花の注文なのですが青紫の矢車菊をいただきたいです」
「なるほど‥‥。呪文の効果というやつかな?」
「その辺はまた後日」
 咲とホアキンは意味深な会話をしつづけていく。
(「次は王に呪文をかけたいものだな‥‥」)
 その間にもホアキンは王に対して、何かをしてやりたいと思い続けていた。
 
●とある喫茶店で夕食を
 各テーブルにミニバラのアレンジが並び、雰囲気のいい喫茶店は生放送を前にカップル達でいっぱいになっていた。
 もちろん、カップルでない人もいる。
「おじちゃん、これ愛紗が作ってきたの。今日の限定メニューにどうぞ♪」
 愛紗・ブランネル(ga1001)は喫茶店のマスターに自作のぱんださんクッキーを渡した。
「可愛いクッキーだね。お金をとるからと食べてもらえないのも勿体ないから、サービスで皆に配ろうか?」
「うん!」
 マスターの提案に愛紗は思い切り元気に頷いた。
 カウンター席にジャンプしてすわる。
 椅子を回転させながら足をプラプラと揺らし、愛紗は周囲を見回した。
「緊張するなぁ‥‥告白上手くいくかな? どうかな?」
 愛紗の視界に緊張した面持ちでハンナの手をぎゅっと握る葵 コハル(ga3897)が入りこむ。
「葵さん‥‥貴女の素直な想いを伝えれば‥‥きっと通じます。だって、今日は特別な日ですもの‥‥」
 ハンナがそんなコハルを元気付けていた。
「バレンタインって、女の子が緊張する日なのかな?」
 くるりと一回転したのち、愛紗はぽつりとつぶやく。
「それはあっていますね。けれど、まさかこの年でそのような気分を味わうとはおもっていませんでしたけれど」
 愛紗の隣に智久 百合歌(ga4980)が白いスイトピーとマーガレットを片手にすわり、つぶやきに答えた。
「男の人だけ、チョコを食べてずるいーって思っていたけど、愛紗は勉強して感謝する日だってわかったよ。ダディにもチョコ贈りたいな〜」
「うふふ、それはよかったわね? えらいわ〜。あ、マスター。アールグレイをもらえます?」
 にぱーと笑う愛紗に対して百合歌は微笑みながら頭をなで、アールグレイを頼んだ。
 アールグレイの紅茶とセットでパンダ型のクッキーがついてくる。
「あら、このクッキーは頼んでないですけど‥‥」
「お隣のお客様からですよ」
 マスターがにっこり笑い、愛紗もつられて笑顔になる。
「可愛いプレゼントね。私も負けてはいられないかも‥‥マスター、お持ち帰りでケーキを詰め合わせてもらえないかしら?」
 決意を瞳に浮かべ、百合歌がマスターに注文をする。
「おねえちゃんも大切にな人にプレゼント?」
「そう‥‥ね、うん。大切な人よ」
 愛紗は純粋な思いで聞く。
 百合歌がそれに静かに、はっきりと答えた。
 そんな二人の会話をテーブル席で聞いていた夕凪 沙良(ga3920)は窓の外でこちらに向かってくる咲を見て深呼吸をする。
 それぞれが結論を出す告白のときは近づいてきた。
 
●ON AIR!
「ライディ・王の『Wind Of Hope!』」
 ジングルを流し、番組は始まった。
「皆さん、こんばんは。今宵はいかがお過ごしでしょうか? ライディ王です。今日は新しいパーソナリティを紹介します」
「初めまして、リン=アスターナです。本日がパーソナリティとしてのデビューとなります。お聞き苦しいところもあるかもしれませんが、番組終了までお付き合い下されば幸いです」
 リンの普段とは違うはっきりと穏やかな口調で番組は進んでいく。
「本日の特別放送は『海の見える丘での告白公開録音』と題してお送りします」
「――お世話になっている方に普段言えない『ありがとう』を」
「――思い人へ伝えたくても伝えられない『愛してる』を」
「今宵、聖バレンタインの夜、ほんの少し勇気を出して。『希望の風』に思いを託し、貴方の思いを伝えてみませんか――?」
 リンの考えた原稿にギリギリで入れ替え、ライディとリンが交互に一文ずつ読み、最後をリンが締めた。
「まずはメールで寄せられた【告白】からお送りしたいと思います。そのあと、この放送現場である喫茶店にいらっしゃる方からも告白を聞く流れになります」
 ライディが概要を説明している間にリンがノートパソコンを動かしメール文の確認をする。
 多少ノイズがでるが、公開録音らしい臨場感をあえて出すためだ。
「では、はじめのお便り読ませてもらいます」


『今日は昔から思ってたことを告白するのじゃ

 バレンタインデーといえば、東洋ではギリと言う物を配って相手に興味が無い事を知らせたり
 
 ホワイトというギリに対する報復の祭りがあると聞いたのじゃが、他の国にも奇妙な風習はあるのじゃろうか? 
 
 RN:恋する血だまり』

 
「少し物騒なラジオネームですね」
「傭兵としては、よくありそうな感じではありますが‥‥私の国はロシアですが、ロシアでは好きな人とすごすのが一般的でしたね」
 やや退き気味のライディとは裏腹にリンはしっかりとした言葉を返した。
「次のメールに行きましょう」


『海に帰った一人の少女へ‥‥

 一人の幼い少女とその御両親へ‥‥
 
 そして、一人の、私たちとは別の道を選択した少女と、彼女が護りたかったものへ‥‥
 
 花束と、レクイエムを捧げさせていただきます‥‥

 私は今も、これからもずっと、あなたのことを忘れません‥‥
 
 だから、どうか元気でお過ごし下さい‥‥
 
 RN:なし』

 
「ラジオネームのない方のようですが、心にくる一文ですね」
 ライディが何か思いつめるような顔になる。
「能力者としては、こういう出会いは多いですね‥‥いいことばかりではなく、別れも多いものです」
「一期一会を大切にしていきたいですね‥‥皆さんと今日出会えたことを感謝します」
 リンの少し暗い発言をライディが明るくフォローをする。
「次のお便りいきますね」
 リンは心の中で感謝しつつ、次に進めた。

『そこそこウマい料理とデザートが出せる家政夫一名漂流中

 誰か拾ってくれると半端無く嬉しい

 RN:女を泣かせる遊びはしません』


「シンプルですね‥‥」
「ふふ、これを出したのはたぶんあの人じゃないかしらね‥‥」
 ライディが関心していると、リンが微笑を浮かべる。
 その態度に喫茶店の手伝いとばかりにデザートをだしていたアッシュがドキリとなる。
 頭を振って、気持ちを落ち着けたあとアッシュは再びウェイター業に戻る。
 そんなアッシュを見て、リンはさらに微笑んだ。
「リンさん、何か楽しそうですけれどどうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。次へいきましょう」


『‥‥大切な人へ

 メールで悲しい思いをさせてしまってごめんなさい
 
 あなたに悲しいと言われて、初めて自分の言葉の酷さに気付きました

 ‥‥あたしはまだ、あなたの横に居られるでしょうか?

 失う可能性が出て、初めて実感しました

 ‥‥あなたを、愛しています
 
 RN:青空にそよぐ風』


「失う可能性がでて、初めて実感する‥‥そういうことはこの時代ありますね」
 珍しくライディが語りだす。
 リンはその言葉をじっと聴いた。
「バグアとの戦いが始まって、こちらに来るしかないとなったとき‥‥はじめて平和というものが護られてきたものだと気づきました」
「そうですね。平和というものが一番失いそうになったとき怖くなるものかもしれませんね」
 ライディの言葉をリンは肯定した。

 
『親愛なる大空の鷲へ

 この度色々と赤くなる事態が発生しました

 釈明(?)は後日‥‥あなたの呪文、確かに効きましたよ

 RN:空飛ぶ狐』
 
 
「空飛ぶ狐さんは正月のときに相棒を求めていましたが、この様子ですと何か進展があったのでしょうか?」
「いい報告を次回聞きたいものですね」
 ライディの疑問に対して、リンは意味深な笑みを浮かべて答えた。
「それでは最後のお便りを読みます」


『一人ぼっちだった俺に勇気を与えてくれた皆にありがとう

 故郷を追われ、力がなくて荒れていた俺を励ましてくれた友人にありがとう
 
 道を示してくれた、ラジオのパーソナリティーへありがとう
 
 RN:ラジオボーイ』
 

「感謝でいっぱいなメールですね」
 リンは答えるも、何か引っかかるものがある。
 それが何なのかはわからなかった。
「希望の風が伝わって、こうして感謝してくれる方がいるのならそれはありがたいことですね」
「そうですね。えっと‥‥それでは、ここで一曲。バレンタインにあわせた〜」
 ライディも普通に進め、リンはすっきりしないまま番組を続けていった。
 
●海を眺めて思うことは‥‥
 ホアキンと別れた朧は崖のようになったラストホープの端に立つ。
 そして、購入した花束を眼前に広がる海へと投げ込んだ。
(「依頼の中で出会った方たち‥‥海を見たいという願いをかなえ、眠りについた方。両親をバグアにのっとられ失ってしまった方‥‥」)
 風に吹かれ、ばらばらになっていく花束を見下ろしながら、朧は自分の受けた依頼のことを回想する。
(「私よりも若い、傭兵の先輩。ある理由で、能力者として生きるのをやめる決断をされた方‥‥貴方達すべてにささげます、私の葬送曲(レクイエム)を」)
 手ごろな岩に腰をかけて、朧はフルートを吹き出す。
 その音色は悲しくも暖かで、愛想の無いようで情熱的な音色だった。
 音色に誘われるかのように一組のカップルがやってくる。
 咲と沙良の二人だ。
 二人を見かけると、朧は演奏の手を止め思わず隠れる。
「沙良さん、寒くないですか?」
 咲がマフラを沙良にかけ、少し抱き寄せる。
 そんな行為でも沙良の表情は変わらない。
 けれども、沙良の頬はほんのり赤い。
「この辺で‥‥結構です。あのこれ‥‥」
 沙良が咲に事前に作っていたカップケーキを差し出す。
「これをボクに? 嬉しいなぁ、女性からのプレゼントなんて‥‥」
「ただのプレゼントでは‥‥ありません」
 咲は受け取り、相変わらずのおどけ調子を続けた。
 そんな咲に対し沙良は少し屈んで上目遣いに咲を見ながら気持ちを伝える。
「私は‥‥貴方の事が‥‥好き‥‥です‥‥」
 白い沙良の頬がさらに赤くなった。
「ボクは今まで自分の気持ちがよくわからなかったけれど‥‥やっと、わかった気がするよ」
 沙良の表情は変わらないが、瞳はずっと咲の瞳を見つめ続ける。
「ボクも沙良さんの事が好きだ‥‥ずっと‥‥側にいてほしい」
 二人はぎゅっと抱きしめあう。
 これ以上の言葉はいらないと伝えているかのように‥‥。
「せっかくのバレンタインをこれ以上しんみりさせるわけにはいけない‥‥海とラジオを通して私の気持ちが伝わってくれればいいな」
 一人で朧は呟くとその場をゆっくりと立ち去った。
 抱き合った影は一度離れ、今度は咲から沙良へと花束のプレゼントをする。
 贈った花は『矢車菊』だ。
 花言葉は『信頼』である。
 
●それぞれの告白
「やれやれ、お前の悪戯には毎度驚かされるよ」
 ラジオのCM中。
 ルミナスと相席にすわりコーヒーを飲んでいたレーヴェは珍しくうっすらと笑顔を見せた。
「よ、余計なお世話じゃ! それにまっすぐに誘ったらぬしは来なかったじゃろ?」
 いつもは興味なさげなレーヴェの意外な笑顔に驚いたのかルミナスが声を荒げる。
「それもそうだな‥‥とりあえず、再会を素直に喜ぶとしよう」
 10杯目のコーヒーをレーヴェは飲んだ。
「そうじゃ、これをぬしにやろう‥‥いっておくが、ぬしだけ‥‥じゃぞ」
 後半にいくごとに勢いの落ちる声でルミナスがレーヴェに和紙でラッピングされたチョコボンボンとネクタイを差し出した。
 ルミナスの顔は赤い。
 しかし、レーヴェはその告白に対して気づかないのかチョコボンボンとネクタイを受け取り「ありがとう」と述べるだけに終わる。
「CMも終わりましてので、次のコーナーです。会場の皆さんから告白を聞きたいと思います」
 ライディの声が響く。
 ルミナスがじっとレーヴェを見ていた。
「ああ、そういえば俺からもお前に渡すものがある」
 レーヴェが取り出したのはプリザーブドフラワーを使ったコサージュ。
「綺麗じゃな」
 そのプレゼントにルミナスの顔が笑顔になる。
「女は花がすきなんだろ? 身につけられるものがいいと思ってな‥‥遭難してもすぐにお前が捜せるように‥‥」
 コサージュをルミナスにつけながら、レーヴェはぶっきらぼうな口調で告白した。
「ぬぁ!? あ、ありがとうなのじゃ‥‥。その‥‥今のをもう一度聞かせてはくれぬか?」
「男に二言はないものだ‥‥」
 告白を受け止めたルミナスが心臓を両手で押さえつつレーヴェにコサージュをつけられる。
 そして、今一度聞きき返すも、レーヴェはかわした。
 でも、それが二人の関係として一番かもしれないとレーヴェは思った。
「えっと、愛紗ちゃんの告白を聞かせてもらおうかな?」
 ライディが席を離れて一人一人に聞いていた。
「えっと、大切にしていた土偶を壊してごめんなさいっ!」
 愛紗の告白に喫茶店が暖かな笑い声で包まれる。
「次は百合歌さんですね。告白お願いします」
 マイクが百合歌に向けられる。
 百合歌は困ったような顔をするも、深呼吸をしたあとマイクに向かってしゃべりだす。
「私しかいないと思った、と言ってくれて嬉しかったです。31歳でもOKなら、喜んでお味噌汁お墓に入れちゃいます!」
 大胆な発言におぉという歓声が上がった。
「意味が分かった貴方。今から花束とケーキ持って行きますから、直接返事お願いします! ラジオネーム、お留守番係の元楽士でした!」
 マシンガンのように告白を終えると、いそいそと席を立って百合歌は駅へと駆け出した。
「ああぁっと、今日は嬉しい機会をありがとうございました! 皆さんにも希望の風がありますよう祈らせていただきます」
 百合歌は立ち止まり、微笑みながらお辞儀とエールを贈る。
 拍手が巻き起こり、百合歌の旅立ちを皆で祝った。
 そして、そんな百合歌を祝福するかのようにハンナの告白が続く。
「主よ、感謝いたします‥‥エミタ適性をお与え下さった事に‥‥今この地で友人達に巡り逢えた‥‥その奇跡に‥‥そして今‥‥ひとときでも安らぎをお与え頂いた事に‥‥私は彼等の為に戦います」
 
●ためた気持ちとその答え
 番組も終盤に差し掛かろうとしていたとき、偶然にも咲と沙良が抱き合っていた場所では二組のカップルが告白をしていた。
 カップル同士の距離は離れているため、お互いが告白しているとは気づかない距離である。
「えっと、呼び出してごめんね‥‥まずはこれ、あたしの手作りクッキー。上手い人に教わったから食べられない事はないと‥‥思う」
 コハルはクッキーを思い人であるトヲイに渡した。
「あ、ああ‥‥ありがとな」
 突然の告白に驚きを隠せないといった顔をトヲイはしている。
「この間、取り残された人たちを救出する任務があったでしょ? もしかしたら死‥‥んじゃうってこともあるかもしれないし、後悔だけはしたくないから‥‥」
 元気がとりえといわれるコハルの表情はくらく、声にも覇気がない。
 トヲイはそれをじっと聞いている。
「だからね‥‥告白したかったんだ‥‥。あたしはトヲイ君の事が好き‥‥大変なこと、つらい事があったら支えたい」
 コハルはうつむきながら告白し、自分よりも背の高いトヲイを見上げる。
「俺みたいな朴念仁の事を好きだと言ってくれるのは、とても有難い事だ。俺も応えられるものなら、応えてあげたい‥‥」
 視線をいろいろと動かしつつ、トヲイは一語一語選ぶように答えた。
「じゃあ!」
 コハルの声が跳ね上がる。
「いや、だが‥‥俺には『愛』とか『恋』が今一良く判らない。『好き』と言われても、現実味が伴わない‥‥。俺にとって今はバグアとの戦いが優先なんだ。二つを同時にできるほど器用でもないからな」
 顔を輝かせるコハルの頭をそっとなで、なだめる様にトヲイはいった。
「じゃあ‥‥めいわくだったね‥‥あはは、ごめんね。一人で舞い上がって‥‥あれ、おかしいな涙が止まらないや」
 精一杯の笑顔を向けながら、あふれる涙をコハルはぬぐった。
「待ってくれ‥‥コハルが許してくれるなら、俺にもう少し時間をくれないか? もっと、お互いを知る時間が欲しい。勝手な言い分なのはわかっている。駄目なら‥‥」
 そんなコハルの涙をトヲイもハンカチで拭き、背をかがめてコハルと目線を合わせた。
「駄目‥‥じゃない‥‥よ、嫌わないでいてくれてありがとう‥‥戦友として今は側にいて‥‥いいカナ?」
 コハルは何度も何度も涙を拭く。
 今は悲しさよりも嬉しさのほうが大きかった。
 けれども、涙はあふれてきて‥‥。
「ここは冷える‥‥喫茶店のほうに戻ろうか。それまでこれで暖をとろう」
 トヲイがほくほくな焼き芋を割ってコハルに渡した。
「うん、トヲイ君。本当にありがとう‥‥」
 暖かな焼き芋はコハルには本当にありがたいものに感じた。
「ケナ。あの、あのね‥‥メールではひどいこといってごめんなさい」
「気にしてはいないよ‥‥」
「あたし‥‥ケナの事、あ、あい‥‥大好き、です」
 愛しているといえず、大好きと言い換えてしまう風。
 そんな風をホアキンはいとおしく思い抱き寄せる。
「うわぁぅ‥‥あの、これ初めての手作りチョコ。クリスマスからずっと練習してたんだよ」
 抱き寄せられて耳まで真っ赤になった風がおずおずとチョコと黄色いヒヤシンスとナズナを合わせた花束を差し出す。
 チョコはハート型でクリスピー・ホワイトチョコ・ラズベリーソースで3層の手の込んだ物だ。
「ありがとう、俺も好きだよ」
 ホアキンは微笑んで答えた。
「えへへ‥‥あっ、もうすぐ番組終わっちゃう! 急がなきゃタイミング逃しちゃう」
 ふと見た腕時計の時間を確認すると、風はあわてて駆け出した。
 風がある程度進んだのを見計らってホアキンは胸ポケット部に仕込んでいたバラを海へと投げ込んだ。
「憧れの海よ‥‥チャオ!」
 己の未熟な心とも別れを告げ、ホアキンは帰るべき場所に向かって一歩踏み出した。
 
●最後のサプライズ
「番組ももうおしまいとなりました。皆さん楽しんでいただけたでしょうか?」
 ライディの問いかけに喫茶店に拍手と歓声が響き渡った。
「次回の予告‥‥」
「の前にメールを一通読ませていただきます」
 次回の予告に行こうとしたライディをリンがさえぎった。
「え、打ち合わせとちが‥‥」
「ラジオネーム、青空の闘牛士さんからです」
 驚くライディを無視して、リンは番組を進めた。
 
 
『雪に閉ざされし真冬に、春を思う希望の風へ

 青空よりそよ風が雪の雫を贈る
 
 俺達の希望であり
 
 慰めであり
 
 ‥‥そして、まさかの時の友である、あなたに
 
 ありがとうの思いを込めて』
 
 
「え? これって‥‥」
「ふふ、ライディさん。貴方の想いに‥‥主の祝福あれ」
 ハンナが喫茶店に訪れた客にも配っていたハンナの民族衣装の写真と共に手作りチョコを渡す。
「はーい、風の贈り物だよ。スノードロップの花束とケナとは形違いのチョコだよ」
 間に合った風がウェイトレス衣装のままプレゼントを渡す。
「風さんまで‥‥あ、ありがとうございます」
 受け取りながら戸惑うライディ。
「ありがとう、ライディ君。これからも『希望の風』がもっと大きな風になるよう、頑張りましょう」
「リンさんも‥‥本当に、本当にありが‥‥うぅ」
 ライディは言葉につまり、泣き出してしまう。
 クリスマスのときのように、感動で動けなかった。
「また泣いちゃうのね‥‥ほら、最後の締めはライディ君がしなきゃだめよ」
「はい、本日も聞いていただきありがとうございました。皆さん‥‥See You Again!」
 番組の終了を宣言したがその後ライディは帰ることができなかった。
 心が暖かいものでいっぱいになったからである。
(「本当に皆にあえてよかった‥‥本当によかった‥‥」)
 泣きながら、強く強くライディは思い続けるのだった。