●リプレイ本文
●今日という日
「約一年間依頼や作戦から離れていたけれども再び戦場に戻ってきた‥‥あの頃描いていた一年後の私はもっとベテランになっていたはずなんだけどな」
少し早めに温泉につかり、ミンティア・タブレット(
ga6672)は夜空を見上げる。
「先客がいるみたいね、こんばんわ」
ほぼ同時といってもいいタイミングで冴城 アスカ(
gb4188)が燗をもって姿を見せた。
「こんばんわです」
アスカの後ろから雪待月(
gb5235)が顔を覗かせながら少し恥ずかしそうに挨拶をする。
「はじめまして‥‥一年も立つと依頼でも知らない人と合うことが多いわね」
眼帯に覆われた顔にミンティアは苦笑を浮かべた。
「私はアスカよ。よろしくね? こっちは雪ちゃん」
アスカはミンティアの苦笑をさして気にした様子も泣く、後ろの雪待月を紹介した。
「最近どう? 元気ないみたいだけど何かあった?」
近頃元気の無い雪待月を心配してアスカが声をかけるも雪待月は温泉に顔を鎮めて黙り込む。
「何があったかわからないけれど、時間が解決してくれることもあるから急がなくてもいいとおもう‥‥過ぎた時間が戻らないのもあるから難しいけれどね」
二人のやり取りを気にしたミンティアが静かに呟いた。
同じ月の下では予約により貸しきられた家族風呂でアルヴァイム(
ga5051)と百地・悠季(
ga8270)が互いの背中を流し合っている。
「お互い痕を残さない怪我をしたいところだが‥‥こればかりは、なんともな」
挙式を向かえ、公言しない新婚旅行としてアルヴァイムは今回の京都に来ていた。
今もまだ世界は混乱しているが、こうしたひと時の幸せを味いたいと思っている。
以前よりも傷の増えた悠季の背中を流しながら呟くとそっと背後から抱きしめた。
「今まで有難う。これからもよろしくな」
「もちろんよ、けど‥‥これから宴席もあるんだから変なところに手を回しちゃだめよ」
抱きしめられた悠季は言葉でたしなめたあと風呂へと先に入る。
苦笑しながらもアルヴァイムはその後を追って湯船につかるのだった。
●生まれた日に感謝
「はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーとぅーゆー」
ラウル・カミーユ(
ga7242)が手拍子して率先して歌うと幾人かの能力者も加わり合唱となって山戸・沖那(gz0217)を迎える。
「あ‥‥う‥‥なんだろう、涙が止まらない‥‥ありが‥‥とう」
手作りケーキを前に沖那は涙をとにかく拭いた。
「さぁ、おっきー。火を吹き消すのダ!」
ラウルのコールで火が吹き消され、更に大きな拍手が起こる。
「いや〜いいですね〜。でーもー、ラウル君も今日が誕生日じゃありませんか〜」
明かりをつけたラルス・フェルセン(
ga5133)が笑顔で沖那とラウルのいるところへ近づき突っ込みを入れた。
「なんと、そちも七夕が誕生日かや。めでたいのう、まとめて祝うのじゃ」
ラルスの言葉を聴いた主催の平良・磨理那(gz0056)は扇を舞わせて喜ぶ。
「沖那さん。お誕生日おめでとう‥‥ところで懐は大丈夫? ここ高そうだけれど」
「お嬢の支払いだよ、こんなところ今の稼ぎだとあっという間になくなるって‥‥」
祝いがひと段落すると、シュブニグラス(
ga9903)が沖那の前にあるケーキを切り分けながら意地悪く笑った。
料亭に合わせて着物姿な彼女を沖那は直視できずに顔を背けながら答える。
「去年のこのくらいの時期に大阪のイベントでおごったこともあったわね。もう一年と思うと懐かしいわ」
「私からは誕生日プレゼントがありますよ。誕生日が祝祭日なのはいいですね。何となく皆から祝われている気になりません?」
シュブニグラスが磨理那にもケーキを渡していると佐伽羅 黎紀(
ga8601)が沖那の前に来て箱を手渡した。
沖那が中身をあけると黒曜石が球状にカットされたものを埋め込んだ腕輪が入っている。
「ありがとう、大切にする」
「つけていても不自然ではないからいいと思います。あ、あとこれは磨理那さんにです」
黎紀は沖那の喜んだ顔を見て満足そうに微笑むと、少し屈んで手回しオルゴールを差し出した。
「うむ、ありがとうなのじゃ。そろそろ渡すものが終わったのなら料理を運んでもらうかの」
笑顔でオルゴールを受け取った磨理那が宴を始めようとしたとき、ぱたぱたと階段を駆け上がる音が聞こえ、乙(
ga8272)が襖を開けて入ってくる。
「沖那さん、お誕生日おめでとうなの」
『おめでと〜』
乙に続いて挨拶をするのは彼女のいつも持ち歩いているテディ・ベアの癸だ。
「これ、お誕生日祝いなの。七夕にちなんでお素麺なの‥‥薬味も『狩って』来たから安心するの」
「買ってきたのか、ありがとう」
微妙なイントネーションの違う受け答えを沖那がすると、癸がすかさず突っ込みをいれる。
「長ネギキメラと、山葵キメラの残骸だから、食べずに捨てちゃった方が良いと思うよ」
「どっちでもいいよ、多分食べれるさ」
そんな二人(?)の様子を見て沖那は逆に嬉しくなる。
言葉で祝ってもらい、プレゼントを貰えた今日を沖那忘れまいと誓うのだった。
●飲んで食べてまた呑んで
宴が始まった頃に入り口からミイラ男のような姿の鬼非鬼 つー(
gb0847)が姿を見せる。
「やぁ、磨理那さん元気だったか? お土産のみったんジュース」
自分の姿のことなど気にもせず平然とつーは可愛い女の子の絵柄の入った瓶ジュースを磨理那にあげた。
「人のことよりも自分のことをどうにかしたらどうじゃ? 祝いに来るのはよいが、肝試しかと思うたのじゃ」
つーからジュースを受け取った磨理那はじとーっと見上げる。
「宴席とあれば俺が来ないわけにもいかないからな。大丈夫、湯冶して帰るから」
視線を交わすようにつーは動き、抹竹(
gb1405)のいる方へ移動した。
「相変わらずですね。その体で普通呑もうとか思いませんよ」
口ではそういいながらも抹竹は猪口に酒を注いでつーへと渡す。
「まーくん‥‥呑み過ぎちゃダメだから‥‥」
返杯を受けてグイっと器を傾ける抹竹の隣では七夕をイメージした浴衣「七々夜」を着たルチヤ・チルティア(
gb5608)がじっと様子をみていた。
「二人も来ていたのか‥‥」
「おや、光さんは奥方がいないようですが‥‥」
「義弟の様子を見に来たぶんだからな、1人だよ」
沖那の義理の兄である麻宮 光(
ga9696)が挨拶を終えて席に戻ろうとしたところを抹竹は呼び止め近くのほうへと招く。
「そうですか、京都が似合う方なのに残念ですね‥‥ささ、一杯」
光が座ると遠慮なく抹竹が酒を注ぎだした。
美味い酒をこうして知り合いとゆっくり飲めるということは抹竹にとってこの上なく楽しい時間である。
「これも美味しいですわよ♪ はい、あ〜ん」
「あ、あーん‥‥今日は大胆だな」
抹竹の視線の先ではとソフィリア・エクセル(
gb4220)とザン・エフティング(
ga5141)が隣あった席で仲睦まじくしていた。
「ザンさんにも一杯注ぎにいきましょうか‥‥」
立ち上がろうとした抹竹の手をルチヤがぎゅっと掴んで見上げた。
「まーくん、お酒‥‥3杯までの約束」
黒髪によく似合う浴衣姿の恋人に見つめられ、抹竹はいくことを断念する。
「そうですねぇ、せっかくルチヤと一緒に息抜きに来ていますから一緒にいましょうか」
座りなおすとルチヤからウーロン茶が注がれそれを飲みながら抹竹は酒からではない酔いを感じはじめるのだった。
●浴衣美人ぞろい
「この浴衣‥‥胸がきつい‥‥。こんなのでよく歩きまわれるわね‥‥」
サーシャ・ヴァレンシア(
ga6139)は着なれぬ浴衣に身をつつみ、プレゼント用の小箱を横に置きながら沖那から離れた席で食事をとっている。
ちらちらと沖那を確認しながらも、どこか動けないもどかしさをサーシャは感じていた。
「理解不能な気持ちだわ‥‥」
「沖那にプレゼントあるなら‥‥渡してくる。フィーも‥‥今‥‥ケーキ渡してきた」
ため息をついて金団を口に入れるサーシャにミニスカート丈で背中に悪魔の羽のついている変わった浴衣を着たフィー(
gb6429)が隣に座る。
「おー、フィーたまは今日も可愛いねー。どこかであっているからフィーたまでいいよね?」
可愛らしい姿のフィーに背中から抱きついて魔風(
gb5102)はフィーの顔を覗いた。
「ん‥‥問題ない‥‥サーシャも渡してくる?」
「あ‥‥僕はいいよ、うん」
一瞬あっけに取られていたサーシャは再び誤魔化すようにお茶を飲む。
「ロシアン大福を、余興用に‥‥作ったぜ、イェー」
玖堂 暁恒(
ga6985)がタイミングよく怪しげな大福を片手に姿を見せた。
3人をはじめとし、宴の様子を獅子河馬(
gb5095)は襖の外からビデオカメラにコッソリと収めていた。
●二人の時間♪
「ザンさん、一緒にお風呂に入りましょう。あ、家族風呂を借りていますから安心していいですわ♪」
そう言われるがままについてきて今、ザンはソフィリアと一緒の湯船につかっている。
なお、二人とも水着であり温泉のマナーではないがそこは恥らう乙女心というものだ。
「夜空が綺麗だな‥‥ミルキーウェイが続いているぜ」
照れ隠しなのかソフィリアの顔をみず、ザンは天の川を見ながら酒を傾ける。
「空のお星様よりも‥‥目の前の星を見て欲しいです‥‥わ」
一緒の湯船につかれただけでも進歩といえば進歩なのだが、肩を寄せ合い二人きりという雰囲気がソフィリアの背中を押していた。
「あ、ああ‥‥」
ザンは言われるがままにソフィリアの方を見ると顔を赤くする。
ソフィリアの方も顔を赤くして俯いた。
少しの時間のはずだが、二人には長く感じる沈黙の後、ザンが口を開く。
「ソフィリア。今日は誘ってくれてありがとうな。愛しているぞ」
目の前の自分の星を見ながらザンはそっと口付けをした。
家族風呂と反対側、旅館の庭にあたる場所に立つ大きな笹に磨理那が自分の短冊をつけると、一緒に来ていたつーも短冊をつける。
「【磨理那さんが幸せでありますように】ちゃんと書いたぞ?」
磨理那に達筆な筆文字で描かれた短冊を見せて、見やすい位置につーは結んだ。
「妾の幸せか‥‥難しいものじゃの」
つーの問いかけに扇を口元に持っていきながら磨理那は呟く。
「七夕の天の羽衣うちかさね寝る夜涼しき笹風ぞ吹く‥‥と、以前にいっていた許婚と一緒じゃ幸せじゃないのかい?」
「まだ会ってすらおらぬからの。そろそろ会うことになるじゃろう‥‥ますます自由がなくなるのじゃ」
沈む磨理那の頭を上から見ながらつーは言葉を続けた。
「幸せじゃないのなら、遠慮せず呼んでくれ。いつでも攫いに行こう」
「そちに攫われないよう幸せにならねばの。妾の将来にはこの京都市の民の人生もかかっておるのじゃからの」
「人間は嘘吐きだからな。言葉は要らない、行動で示して欲しい」
つーは屈んでクスリと笑う磨理那と視線を合わせる。
「ならば、指きりをいたそう。幸せになると誓うのじゃ」
つーの目を見つめ返し、すっと小指を磨理那は差し出した。
大きさの違う指同士が絡み合い、契りを結ぶ。
そんな二組の男女を夜空の月がそっと見守っていた。
●ザ・余興
「カラカラからぁぁいぃぃっ!」
暁恒の用意したロシアン大福を一つ食べたアスカが大声を上げて悶絶する。
引きの悪さを自認していたが、京都の名産山葵入り大福が直撃したようだ。
「一発ハズレがあるならあとは大丈夫だよな?」
「そう思うのなら食べてみるといい」
「アニキは先に食べて大丈夫だったもんな‥‥」
悶絶するアスカとおいしそうに大福をほお張る光りの姿を見比べながら沖那は大福を選ぶ。
「くくくっ‥‥ハズレが一つだけとはかぎらねぇぜ? さぁ、あと何人犠牲者がでるかな?」
選ぶ沖那を脅すように暁恒が後ろに立ってクククと笑いだした。
「あ、アスカさん大丈夫ですか? 辛いのはわかりますけど、あまり大きく動くと、はわ」
浴衣姿で悶絶するアスカの着乱れを心配して雪待月が近寄る。
「おや、大変ですね。お口直しにこちらをどうぞ」
アスカが落ち着いた頃に黎紀が新聞紙にくるまれたラムネを持ってくる。
「ありがとう、助かった‥‥うわぁぁぁ」
黎紀のもってきたラムネを一本飲んだアスカが激しく苦しんだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「ゴメン雪ちゃん‥‥私、今までの絡み酒の罰がきたのかもしれない」
ラムネの味が何だったのかアスカはいわないが、どよんと沈むアスカからそうとういけないものであることが読めた。
「何だよ、このうすーいシュークリームのような味は‥‥」
大福は無事すんだようだが沖那が手にしたラムネはほんのりカスタードの甘さ漂うラムネだった。
「中当たりのシュークリーム風味ですよ。京都らしい紫蘇味もあるんですけど‥‥もう一本いきます?」
「‥‥やめとく」
新聞紙に包まれた謎のラムネを見て沖那は一歩退きながら断る。
「じゃあ、これとこれもってね、おっきー♪」
後づさった沖那の両手にリンゴを持たせると、京御膳を食べ終えたラウルは頭にもリンゴを置いて距離をあけた。
周囲に固まっていた人間も一気に間合いを取る。
「ウィリアム・テルですね〜。それではー目隠しをしましょー」
湯水のごとく酒を飲んでいたラルスが吸盤つきの玩具の矢と弓を用意しているラウルの目を隠した。
「おっきー、動いちゃダメだからネ」
「動くなって方が方が無理だろう」
頭のリンゴを落とさないように体を揺らす沖那は不安定である。
「答えは聞いてナイ」
ヒュッヒュッと矢が放たれ、頭と両手に持っていたリンゴが吸盤の付いた矢によって落とされた。
「で、何で俺のおでこにまであるんだよ」
放たれた矢は三本ではなく四本であり、一本は沖那のおでこにくっついてビヨヨンと体を揺らし衝撃を消している。
「ワザトジャナイヨ? ささ、こっちで一緒にノモウジャナイカ」
拍手が巻き起こる中、唇を尖らせて抗議の視線を送る沖那をラウルはラルスのいる席へと連れて行き酌攻撃の餌食とした。
余興が一通りすみ、落ち着いた空気が戻る。
「悠季はさっきソフィリアと何を話していたんだ?」
浴衣姿で酌を受けるアルヴァイムは尋ねた。
「いろいろとね? 一緒に温泉に入って着たようだから心配はいらないかも」
アルヴァイムの問いには悠季は少しはぐらかして答える。
「ソフィリアさんが何かたくらんでいるような気がしましたが、そういうことでしたか‥‥」
悠季とアルヴァイムの話を聞いていた抹竹は1人納得した。
「抹竹はなにか余興はやらないのか?」
「恋人とやりたいことはあるんですが準備ができたようですね‥‥ルチヤさんいいですか?」
抹竹に顔を向けられたルチヤはこくりと頷くと、扇を手に立ち上がる。
手を握りあいながら二人が中央のスペースへ移動すると、磨理那が三味線を弾きそれに合わせて二人は緩やかな舞を踊り始めた。
夏の暑さを忘れるような涼しげな音色と共に浴衣姿の男女が織り成す舞がいっそう涼しさをかもし出す。
磨理那が曲を弾き終えると舞も終わり、拍手が二人を迎えた。
「ルチヤさん、凄く舞がお上手でしたよ。いろいろとそのお話聞かせてもらえませんか? あの、未成年でお酒も飲めないから一緒にいたいっていうのもありますけど」
一際感動を顔目一杯に表した雪待月がルチヤの傍に寄り照れ隠しに誘いをかける。
「いいよ‥‥まーくん、少し離れるけどお酒飲んじゃダメだからね?」
雪待月からの誘いに顔を緩ませて答えたルチヤだったが、すぐあとに抹竹に釘を刺すことは忘れなかった。
●一息ついて
「ふぃ‥‥気持ち‥‥いい」
「本当に足が伸ばせるっていいよね」
宴会も終わり、短冊をつける前にと魔風とフィーは温泉に遣っている。
「のんびりとつかる可愛い子を見るっていいわぁ‥‥」
「まったくもって本当ですね。成長具合を見れることもありますから、それがまた‥‥」
シュブニグラスと黎紀は酒を交しながら、次々と入ってくる若い子を湯船の奥から眺めていた。
宴会も終わって短冊に願いをつづる催しの前にと多くの能力者が温泉につかり始めている。
風呂上りに浴衣に着替えたり、逆もしたりと都合がいいのだ。
「考えることは皆同じようじゃな」
シュブニグラスの隣で温まっている磨理那も次々と来る人に満足そうに頷きだす。
「話はかわるけど平良さんは一日警察署長とか一日巫女とかそういう社会勉強とか地域貢献とかはしないの?」
「公務というものでもないが、これから増えていくかもしれぬの‥‥父上からはやるように言われているところじゃ」
素朴な疑問に答えはあっさり返ってきた。
許婚の件といい今年はいろいろと急がしそうである。
(「吾平さんと話をしてこうして息抜きできる口実を作ってあげるようにしようかしら?」)
「まりなちゃんは偉いんだね〜。マカゼも相棒の恋風をがんばって探さなきゃな〜」
そういいながらマカゼは湯船に口を沈ませてブクブクと泡を吹きだした。
「ほどほどに‥‥頑張る‥‥今日は何も起きなさそう」
湯船に浮かびながらも周囲を警戒していたフィーは怪しい気配が起きないことに安堵する。
見上げる空では月が真上に来るほど高い位置にあり、夜も更けていることを示していた。
●今までとこれからと
「ようやく筋肉がーついてきましたか〜? ちゃんと食べて鍛えなくちゃダメですよ〜?」
「うるさいなぁ‥‥」
ラルスに背中を流されいる沖那は反抗期らしい抵抗をする。
男湯でも似たような状況で皆一汗流していた。
「平和な光景だな‥‥俺は本当に平和となったら何をしているんだろう‥‥」
「どうなんだろうネ? 今は今やるべきことをやっていこうヨ」
湯船の中でお酒を飲みながらラルス達を眺めるラウルが光の呟きに答える。
「何だ、俺を見て笑ってたのか?」
ラルスから解放された沖那が湯船の中に入りながら疑いの目を向けた。
「微笑ましいなぁって思っていただけだヨ」
「そういうこと‥‥だな。おっと‥‥ここの酒を飲むんじゃねぇぞ? お子様はこっちだ」
「生暖かいジュースなんか飲めるかよ‥‥気持ちだけ、貰っとく」
沖那が入ると暁恒とつーも近づいてきて、湯船の上に浮かぶ酒を味わう。
「この先‥‥どうなるか分かんねぇが‥‥お前が酒を呑める年になったら‥‥ちゃんと飲もうや」
「その台詞は私が言おうとしたんだけどな。続けてになるけど、美味い酒を一緒に呑もう、この約束が私からの誕生日プレゼントということで‥‥」
「じゃーあー、私も便乗させてもらいましょーかね〜? あと4年先ですか〜?」
ラルスまで混ざりだし、まだ見えない未来での約束を結びだした。
「どうなっているだろうかじゃなくて、どうしたいかか‥‥今のを見ていて俺もなんか掴めたような気がするな」
静かに見守っていた光には沖那を中心に未来を目指す能力者が眩しく見える。
「先のことばっかり言いやがって‥‥わかったよ、そのときは俺がここの料亭でおごってやるよ」
半ば自棄になりながら沖那は高らかに未来の目標を宣言したのだった。
●星に願いを
「ちょっと、沖那! 何で中々1人にならないのよ!」
風呂上りに浴衣で歩く沖那をようやく捕まえたサーシャが着慣れぬ浴衣を少しはだけさせて息をつく。
「な、何だよ‥‥つーか、もっとちゃんと着ろよな」
乱れ姿のサーシャから目をそらしながら沖那は立ち止まった。
「こんな胸のキツイ仕様なことがすでに愚の骨頂よよよよっ!?」
拳を握って力説するサーシャだったが、露に濡れた草に足を滑らせ沖那に抱かれるようにぶつかる。
「意外とドジだよな、サーシャって‥‥」
「えっと‥‥沖那、誕生日おめでとう。沖那の好みがわからなかったけど科学的観点からボクとお揃いのSASウォッチにしたんだけど‥‥どうかな?」
ぶつかった拍子に潰れてしまった箱からSASウォッチを出したサーシャは沖那の腕に巻いた。
「ありがとうな。大事にするぜ」
黒曜石の腕輪とは反対の腕につけられたSASウォッチを眺めて沖那は微笑む。
沖那の笑顔に自分の胸が熱くなるのを感じたサーシャだったが、足音が聞こえてきた為にばっと離れた。
「短冊のある竹の方にいきましょう」
サーシャが沖那の腕を引っ張って料亭の庭に向かうと、そこに立つ大きな笹竹にはいくつもの短冊が飾られている。
「これでよしと‥‥」
そこでは笹に【アクティブサイエンティスト希望】と書かれた短冊をミンティアが結んでいた。
「沖那も早く飾るのじゃ」
「お嬢に言われなくてもわかってるよ‥‥」
その場にいた磨理那にせかされ、沖那は【友人を護れるように強くなる】とシンプルな願いの書かれた短冊を吊り下げる。
「よっしょと、これでいいですね」
【皆が笑顔でいられる世になりますように】という短冊を雪待月が飾った。
「ゆきちゃぁ〜ん、ここにいたのね〜。もっと高いところにつけよ〜かぁ〜?」
「いえ、いいです。アスカさんの短冊はいいんですか?」
「いーのいーの、私のことよりもねぇ〜、ゆきちゃんのことが心配でぇ〜」
見上げる雪待月の柔らかい表情をみたアスカは自分の短冊のことは誤魔化してぎゅっと抱きしめる。
「アスカさんお酒臭いですよっ」
抱きしめられた雪待月はぐでんぐでんに酔っているアスカから漂う匂いに困りながらも彼女の優しさに感謝した。
「まーくんの願い事は?」
「これですよ」
隣にいる恋人に見える高さで結んだ短冊をルチヤに見せる。
【願いは星に流せど、この想いは永劫流れ往くことなきよう】と書かれた短冊を見てルチヤは恥ずかしさに頬を朱に染めた。
抹竹の短冊の近くには【あなたと共にずっと歩めます様に】と書かれている悠季の短冊が見える。
裏面にも何か書いてあるが見るのは無粋だろうと思い、竹から離れた。
「ルチヤは短冊何処に結びました?」
「‥‥秘密」
照れくささを隠したルチヤは抹竹の手を引く。
抹竹の浴衣の袖には【無事でありますように、大好きな人】と書かれた短冊が結ばれていた。
『ねぇねぇ、乙はどうして余興をやらなかったの?』
「芸なんてできないの」
黒の落ち着いた色合いの浴衣を着た乙はお揃いの浴衣をきている癸を手に【今年も、美味しいキメラがたくさん出ますように】と書かれた短冊を飾っている。
『僕達よく漫才見たいって言われているじゃないか、きっとできるよ』
「漫才じゃないの。いつも真面目にやってるの」
ぬいぐるみを片手に会話をする姿は癸がいうように漫才をやっているようにやはり見えた。
「出し遅れたけれど、磨理那お嬢にはこれを‥‥」
次々と短冊をつけていく様子をみていたミンティアがはっとなってポケットの中から【賢のイヤリング】を出す。
「何じゃ?」
「今年渡せなかった誕生日プレゼントです。能力者はこれをつけると頭が冴えるみたいです。実際使っていたモノですので効果はなくてもお守り代わりにはなると思います。科学的根拠は皆無ですけどね。お勉強頑張ってください」
首を傾げる磨理那へミンティアは自分の使っていたイヤリングを小さな手に握らせた。
「しかと受け取ったのじゃ。この京都市を良くするために妾もがんばらねばならぬの」
ぎゅっと渡されたイヤリングを握り締めると磨理那はにぱっと笑顔を向けて答える。
(「シェイドが健在だったりしているけど、またこうして守るものを確かめられたことをプラスに考えよう」)
磨理那の笑顔を見てミンティアはここに誓った。
「ラー兄も短冊飾り終えた?」
「はい、できてますよ〜」
湯上りで浴衣「青天」に着替えたラウルがラルスと共に短冊を竹に飾っている。
【大切な人達が、幸せでありますように】とラウルの書いた短冊とは離れた場所に【愛すべき家族を、これからも守っていけますように】と【愛しい者達が、幸せでありますように】と二つのラルスの書いた短冊がぶら下がっていた。
ラルスの短冊の傍には【彼女が幸せでありますように】と書かれた短冊がぶら下がっていた。
「皆、仲間思いでよいの」
短冊の願いを見ながら磨理那は満足そうに頷く。
「私も【更なる友愛】で短冊飾っているわよ。平良さんともっと仲良くなりたいもの」
シュブニグラスは微笑を浮かべて短冊を飾った。
「月並みだがやっぱり書かないよりはマシだよな‥‥」
【少しでもみんなが平和に過ごせる時間が増えますように】と書きあげた短冊を光も沖那の短冊の隣に飾る。
「よーし、マカゼが最後かな? 【世界中が良くなっていく事を望んでくれますように】っと、世界平和万歳!」
マジックで大きく書いた短冊を魔風は人が見やすい位置に飾った。
ここに来る人から希望を失わないようにと願いを込めて‥‥。
「じい、最後に記念写真をとるのじゃ!」
磨理那が色とりどりの短冊の飾られた竹を見上げると、吾平に指示を出して記念撮影を指揮した。
誕生日の主役である沖那と磨理那を中心に集合写真よろしくまとまって取られた写真には参加の殆どが顔を合わしていない裏方一筋だった獅子河馬の姿が映っている。
一部では幽霊かもしれないとか噂されたそうだが、事実は不明だ。
●更けていく夜に
「祭りの後見たいね‥‥宴会であんなに騒いでいたのが嘘みたい」
コーヒーを飲みながら悠季はアルヴァイムに声をかける。
用意された二人部屋は行灯の明かりだけで二人を照らしていた。
「新婚旅行として十分骨休めになった‥‥ありがとう」
アルヴァイムが悠季に礼をいうと悠季は浴衣の帯を緩めて脱ぎ、下に着ていた湯裳着姿でアルヴァイムへと近づく。
「口だけじゃない答えを聞きたいの」
悠季の成熟したからだのラインが白い湯裳着姿で暗い部屋にぼぅと浮かんだ。
瞳が潤いを帯びて何かを訴えているのは明らかである。
「わかった」
短く答えるとアルヴァイムは行灯の火を消し悠季を抱きしめた。
時を同じくして別の部屋ではザンとソフィリアがお互いを見詰め合っている。
「ソフィリアは、IMPを離脱してザンさんだけのアイドルとして、これからを過ごしますわ」
強い決意にザンは驚くと共に、自分に対してそこまで思ってくれるソフィリアに感謝をした。
「ありがとう、どうもソフィリアの希望にこたえられなかったりして悪い‥‥だが、家族風呂で言ったとおり愛しているぞ」
赤くなった顔で恥ずかしくてそらしたくなる目をソフィリアに向けたままザンは決意と共にソフィリア自身を受け止める。
並んだ布団に手をしっかりと握りあいながら横になった。
手の平から互いの温もりが広がりお互いの心を暖める。
夏の夜でも暑くないいい気持ちを味わいながら、二人はゆっくりと目を閉じた。
京都の夜は更け、一日が終わろうとしている。
月明かりの下で1人の少年が携帯電話から母親に向かって誕生日の報告をしていた。
一年という時間の中で成長を遂げた少年の新たな一年が始まった。