●リプレイ本文
●サンタが遅れてやってきた
「すまん‥‥飛ばしてくれ」
「いわれなくても向かうさね」
UNKNOWN(
ga4276)は出発ぎりぎりに滑り込むようにして高速移動艇へと乗り込み、ベルディット=カミリア(gz0016)にウォッカを渡す。
(「エルドラドを忘れてはいかんな‥‥間に合ったようでなによりだ」)
エルドラドからの依頼であることに気づけなかった自分をUNKNOWNは悔いるも帽子を被りなおし、高級タバコを咥えた。
一息ついている間に高速移動艇はラスト・ホープより飛び立つ。
「この赤い衣装を身に着けた時点で俺達は夢と希望の使者です! 頑張りましょう!」
高度が安定しだしてからレールズ(
ga5293)はベルディットから借りたサンタの衣装を大切に握りしめ気合をいれた。
「子供達には笑っていてほしい。こんな時代だからこそ余計にそう思えてしかたないよな」
アダム・シンクレア(
gb4344)もこれから向かう先で待っている子供達に思いをはせる。
子供達の笑顔のためにアダムは自腹でアンプやベースをレンタルしてきたのだ。
「夢は必ず現実になる。そういうことを信じさせてあげたいね」
ベルディットより聞き及んだ人数分のプロミスリングを確認していた榊原 紫峰(
ga7665)が静かに言葉を漏らす。
「荷物が‥‥かなり多く‥‥なりました。でも、子供達のため‥‥ならば‥‥」
終夜・無月(
ga3084)は座席のすぐ裏につんであるコンテナの量を見直した。
育ち盛りの子供達に振舞う料理や、南米では殆ど見ることのできない雪を作るためのドライアイスなどがつまれている。
すべて、傭兵が自腹を切って用意したのだ。
ひとえに子供達へ『夢』を届けるため‥‥。
プレゼントを積んだ鋼鉄のトナカイはサンタを乗せてエルドラドに向かって一直線に駆け出した。
●準備開始
「良い子のみんな、こんにちわ〜サンタさんに頼まれてクリスマスの準備をしに来たよ〜」
キョーコ・クルック(
ga4770)はいつものメイド服に伊達眼鏡をかけた姿でエルドラドの首都ジャックシティへ降り立つ。
手には電飾機材や料理の食材などが一杯詰まった箱を抱えていた。
「ありがとう‥‥ございます。皆、サンタさんに頼まれてきた人達ですよ」
ジャックシティにできた名もなき人工池のそばにある広場にいたユイリーは子供達に傭兵達を紹介する。
「サンタさんはー、笑顔でいっぱいの楽しい場所が好きなんです〜。皆で一緒にー、楽しくお迎えの準備をしましょうか〜?」
ラルス・フェルセン(
ga5133)もにっこりと笑い、広場にあるテーブルにスポンジケーキとロールケーキ、さらにデコレーション用の生クリームなどを広げた。
「ユイリーおねえちゃん、ケーキだよ! すごい、久しぶりだよっ!」
「うわー、フルーツがおいしそう〜」
「これはーまだ未完成なのでー。皆さんと〜飾りつけをしたいとー思います〜。手伝ってーくれますか〜?」
目を輝かせ、純粋に喜んでくれる少年少女達にラルスの笑みも輝きだす。
「料理が得意じゃない子はお姉ちゃんと一緒にあの木を飾ろうか? クリスマスツリーはサンタさんを迎える目印でもあるんだよ?」
オーナメントなどを持ち出してきた戌亥 ユキ(
ga3014)はケーキの広がっているテーブルの様子を外からみようと精一杯背伸びをしている子供達に声をかけた。
ユキが指し示したのは池のほとりにある3mほどの木だ。
「手の届く範囲からやっていこうね?」
「うん、俺‥‥がんばるよ」
「私も私もー」
「じゃあ、僕もー♪」
エルドラドの子供達に混ざり、水理 和奏(
ga1500)が両手をあげてアピールする。
「じゃあ、あっちにいこー♪」
楽しそうな子供達を引き連れ、ユキは木の方へと向かった。
「ん、あの子は‥‥」
普段の糸目をさらに細めていた赤村 咲(
ga1042)が一人ぽつんと立っている少年を見つけて近づく。
「どうしたんだい?」
「皆、だまされてるんだ。サンタなんて父ちゃん達だもん‥‥父ちゃん達も死んじゃっているし、来るわけないよ」
10代に差し掛かったであろう少年はボソリと言葉を漏らした。
夢が失われかけていることを感じた咲は少年の肩に手を置き、身をかがめて視線を合わす。
「大丈夫、絶対にくるよ。だから、もっと夢を信じてほしいな。電飾の飾りつけ手伝ってくれるかい?」
「‥‥ふんっ」
一瞬、迷いを見せた少年だったが、咲の手を振り払うと広場から崩れた町の方へ駆け出した。
●この先目指すべきこと
夕方までには準備を終わらせようとユイリーは子供達にはっぱをかけて能力者達と一緒に飾りつけや料理などを作らせる。
サンタとなる能力者達の着替えを目立たせないためでもあった。
「これで、うまくいくと‥‥いいのだけれど」
静かにプレハブ小屋に入るとユイリーは『独り』で呟く。
机と椅子とお手製の住民帳やら土地の資料などを集めた棚だけの小さな小屋でもユイリーにはとても広く感じた。
「こんにちわ、少しお話をしてもいいですか?」
白い髭を蓄え、詰め物をして小太りになったサンタのレールズがプレハブ小屋を訪れる。
「ええ‥‥どうぞ、そちらの椅子におかけください」
「立ったままで結構です。あなたのことは五大湖やエルドラドの報告書で拝見しています」
「そう‥‥ですか」
ユイリーはさらに俯き、表情を眼鏡によって隠した。
「今の地球で平和を手にしたいなら大きな犠牲が必要です。‥‥それが自分達の命じゃないなら‥‥他の大勢の命になる」
レールズの言葉にユイリーの胸がちくりと痛む。
「あなた方はそれを見落した。その結果がこれです」
レールズが小屋の窓から復旧しきっていない町並みを見ながら言った。
ユイリーは反論のしようがない。
周囲に流されるままに人々を先導し、そして今この状況に立たされているのだから‥‥。
「己の平和しか見えなかった事が罪ならこれは報いでしょう。‥‥罰が下ったならどこかで憎しみの連鎖を断ち切らなきゃ」
それだけ言い残してレールズはプレハブ小屋を後にした。
「報い‥‥か‥‥」
多くの人が犠牲になったことをユイリーはレールズの言葉で思い出す。
元首であったジャック、市民を守るために犠牲となったリズィー‥‥どちらも国のために命を捨てていた。
「そんな覚悟が‥‥私にはあるのかな‥‥」
市民代表から国の代表になったユイリーだが、迷いが生まれはじめる。
「ちょっと、KVのぬいぐるみを持ってきたんだけどさ。苦手な子とかいないか確認とりたくってさ」
「俺も今までエルドラドで歌っていたクリスマスソングとかあったら教えてほしくてよ」
ユイリーが考え込んでいるとキョーコとアダムが最後の詰めのために小屋に入ってきた。
「わぁ!? え、えっと‥‥そうですね‥‥首都の子はKVが苦手のようで、歌は‥‥」
ユイリーは驚いてずれた眼鏡を直し、二人の相談に乗り出す。
今はただ目の前のことをやるしかないと自分に言い聞かせて‥‥。
●メリークリスマスは突然に
「もう日も暮れてきましたから〜まずはキャンドルをー飾りましょうか〜?」
「火を使うからね、やけどしたりしないように気をつけなきゃだめだよ」
直径10mくらいの池を囲うようにポツポツと明かりがともりだす。
数こそ少ないが、揺れるともし火が池に反射し幻想的な空間を作り出していた。
「料理も間に合いましたね。久しぶりの割には良くできた方でしょう」
殺風景だった木はコサージュをはじめとした飾り付けがなされ、またテーブルの上にはキョーコの指導の下にテーブルクロスがひかれている。
白いクロスの上には咲とラルス、無月の作った料理やケーキ、アダムの作ったサルガードスをはじめとするお菓子が並んでいた。
「ねぇ、サンタさんはまだ来ないの?」
一緒に作業をしていた懐いたのか服の袖を引っ張り少女がラルスを見上げる。
「まだ、暗いですからね〜。明かりをつけてーサンタさんたちに知らせてあげませんとね〜?」
「きれいに飾りつけもできたから、明るくなればきっとサンタさんは道に迷わず君達のところへ来てくれるよ」
ラルスが少女の頭を撫で、榊原も同意するように少女へ声をかける。
「さぁ、よいよ点灯式を始めます。皆、カウントダウンを一緒にね。10‥‥9‥‥」
先がイベントのMCのような口調で両手を上げ、指を折ってカウントダウンを始めた。
子供達もそれに合わせて元気に声をだす。
「3〜‥‥2ー‥‥1!」
少し間伸びたラルスの声がカウントに加わった。
「「ぜろ〜!」」
エルドラドの中央にそびえ立つ軌道エレベーターから供給された電気を使って、ツリーが光り輝いた。
「ほほほ、メリークリスマス! みんな良い子にしてたかな?」
すると、闇の中から完璧な仮想で老人になったレールズサンタをはじめ、覚醒して外見のがらりと変ったベルディットサンタガールなどが子供達のいる広場へとやってくる。
「私はスニェグーラチカ。君達が呼んでいるサンタクロースの娘だよ。プレゼントが一杯あるから手伝いにきたのさ」
ベルディットサンタはそう名乗り、ウィンクを飛ばす。
ユイリーから聞いたロシア風のクリスマス演出なのだ。
「ほほ、よしよし、では良い子にはプレゼントをあげよう」
レールズサンタは少年達に真新しいシューズを渡していく。
「うわー、サンタさんありがとう!」
「僕からはこの本ともうひとつ、素敵なプレゼントがあるんだよ」
無月サンタはわかなの自作コピー同人誌『中佐おじさんと僕』を一人一人に渡した。
「てへへ‥‥喜んでくれるといいんだけどな」
一歩はなれてプレゼントを渡す光景を眺めるわかなは頬を少し染める。
わかなの子供らしい視点で書かれた本はUPC軍に対していい印象を持たない子供達にも受け入れられているようだった。
「サンタさんの素敵なプレゼントってなになに?」
ごそごそと発砲スチロールの箱をいくつもUNKNOWNと共に無月サンタは持ってくる。
「ふたを開けてごらん?」
子供達が蓋をあけると中には『雪の結晶』ができていた。
凍結防止のためにドライアイスをいれかえたりと維持が大変だったため、料理を作っている最中はUNKNOWNが協力している。
「これな〜に?」
「私知ってる、『ユキ』って言うんだよ」
南米では珍しい本当の雪に子供達の反応はさまざまだった。
(「僕は『志を託された者』としてちゃんとできているよね?」)
子供達を眺めていたわかなは亡き君主に問いかけるが答えは返ってこない‥‥。
●Let’s Dance!
プレゼントを配り、食事も一緒にとった傭兵と子供達。
デザートの前にとアダムサンタはベースとアンプを持ち出してきた。
「”見習いサンタ”アダムからのプレゼントはクリスマスソングだ。来年もみんなに会えるように一緒に歌ってくれるかな?」
「サンタさんが皆とうたって踊ってくれるって! お姉ちゃんと一緒に覚えようか」
ユキがユイリーに集めてもらったタンバリンや鈴を持ち出して子供達に持たせる。
「それでは私も演奏に協力しようか、赤いの」
UNKNOWNがサックスを持ち出し、ベースを調整するアダムサンタとベルディットサンタの横に立った。
「ワン・ツー・ワンツー」
アダムが指示を出し、タイミングを揃えた3人によるクリスマスソングの演奏が始まる。
子供達は聴きなれない曲を一生懸命に聴き、ユキのタンバリンに合わせて鈴を鳴らした。
「そうそう、もっと元気に踊ろうよ♪」
ユキと一緒にわかなも見本になるよう元気に踊る。
ダンスも手をつないで回ったりと子供達が真似しても安全なように気を使っていた。
「皆、いい子じゃのわしはこんな楽しいクリスマスは初めてじゃ」
レールズサンタは座りながら子供達を眺め拍手を送る。
能力者達でさえ本物と見間違えるかのような演技だ。
ジャーンと曲がフィニッシュを迎えるとサンタ達も子供達もいっせいに拍手を送りあう。
「いい夜をありがとう。来年はもっと早くここにつくようにするから、いい子にしていてほしいのう」
一人ずつ子供を撫でてレールズサンタは微笑んだ。
「サンタさん、僕達が作ったケーキも食べていってよー」
子供達に引っ張りだこのレールズサンタだったが、すでに眠りかけている子供達もいるためユイリーが帰るように目配せをしている。
「そうしたいのも山々じゃが、わし達は他の国の子供達にもプレゼントを渡さなければいけないのじゃ。ここでお別れじゃのう」
「私達は皆のサンタなんだよ。だから、また来年ね?」
キョーコサンタも子供達をハグして離れていった。
「皆、サンタさんにありがとうとまたねだよ」
ユキが寂しがる子供達に優しく教える。
「「サンタさーん。ありがとうーまたねー!」」
子供達が声をだすと、一瞬ツリーの電飾が消えた。
そして、再びついたときツリーには子供達の名前を入れたプロミスリングが飾られている。
「また来年、必ず会おう。だから、夢をあきらめないでいい子にいるんだよー」
榊原サンタの声が闇の中いつまでもいつまでも響いていた。
●夜はこれから
「皆さんありがとうございました」
「礼はいいよ。あたし正体ばれちゃったからね‥‥でも、秘密を守る約束をしてくれて嬉しかったよ」
ユイリーの礼にキョーコは少し照れながら答える。
子供達を寝かしつけたあと、広場を片付け軽い慰労会のようなものが開かれていた。
キョーコは礼を言いにきていた子供の親達にも発泡酒を振舞う。
「自分の手料理を喜んで食べてもらえたのは嬉しかったですね。久しぶりに暖かい気持ちになれました」
洗いものを済ませた咲が頬を緩ませて戻ってきた。
逃げ出した少年と一緒に踊ったりできたのである。
「おっと、忘れるところだったよ。メリークリスマス、ユイリー」
付け髭にサンタ衣装に着替えたUNKNOWNがユイリーに香水をプレゼントする。
背中には自前で用意したプレゼントとキョーコのKVぬいぐるみの入っ白い袋を抱えていた。
「17人分なら用意できた。地方の子供達にこれから配ろうじゃないか。夜はこれからなのだからね」
「本当に‥‥ありがとう‥‥ございます」
震える声でユイリーは礼を述べて頭を下げる。
涙が眼鏡を伝いボロボロと地面に零れた。
「では、いこうか」
UNKNOWNが静かに立ち上がり、移動しだす。
他の能力者達も片付けなどを再開しだすが、一人無月だけは深いマリンブルーの金属の板をもって池の縁にたった。
「ジャック‥‥此処で見守っていて下さい‥‥貴方の大切な物を‥‥」
無月は静かに金属の板を池に沈めていく。
「‥‥メリークリスマス」
マリンブルーが見えなくなったあと、無月は池からそっと立ち去った。