タイトル:ラジカル・トラブルマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/28 15:08

●オープニング本文


 白衣を纏い眼鏡を掛けた若い女性が、不満げな顔で溜め息を吐いた。
 整った顔立ちをしているが化粧っ気はあまりなく、髪もしばらく美容室には行ってなさそうで若干不揃いだ。
「‥‥満足なデータが揃わないなぁ‥‥」
 卓上には所狭しと資料が広げられ、パソコンのディスプレイ上では多数のウィンドウが展開している。その全てが数字や記号の羅列、様々な画像などで埋め尽くされていた。
「似通った結果ばっかじゃ意味ないしなぁ」
 ふぅ、と嘆息しながら腕を組み、目を閉じて考え込む。一五〇センチあるかないかの小さな身体を預けられた椅子の背もたれが、キィ、とささやかな抗議の声を上げた。
「──やっぱ、こんな所での実験じゃ限界があるよね」
 ぱっと目を開けてそう呟いた後、腕組みを解いて素早くマウスを操作する。
 画面いっぱいにキメラの画像が表示され、それを次々と切り替えて、やがてとあるキメラのところで止めた。
「‥‥よーし、こいつで試すか」
 データにざっと目を通し、彼女は満足そうに唇の端を持ち上げた。

 時刻は夜半。
 地上に出ると、外は真っ暗だ。
 周囲に誰もいないことを確認し、彼女はエレベーターからケージを引きずり出してきた。中には、研究所から運び出した研究用のキメラが眠っている。それをケージから引っ張り出すと、すぐにその場を立ち去った。
「どんなデータが取れるかなぁ。楽しみ楽しみ」
 帰りのエレベーター内で、彼女の頬は込み上げる期待感によって緩みっぱなしだった。

   ※   ※   ※   ※   ※

 日常茶飯事と言えば日常茶飯事なのだろう。
 さりとて、一大事といえば一大事だ。
 学園でちょっとしたキメラが暴れている光景というのは。
 地下研究施設や科学部、研究部などの管理不行き届きで、実験キメラがぎゃーすかと騒ぎを起こすのは珍しくはなかった。とは言え、迷惑な話には違いない。しかし中には、退屈凌ぎや鬱憤晴らしなどの格好の相手として、歓迎している者もいるとかいないとか‥‥

 それはさておき、今日も今日とて、とある問題が持ち上がっていた。
 近頃、寮の近くで生徒が正体不明のキメラに襲われる事件が頻発しているという。時間は深夜から明け方にかけて。単独行動中に限らず、二人や三人の時に襲われた例もあるらしい。被害者はそれなりの怪我も負わされており、珍しく割と強力なキメラであるようだった。
 この件について生徒会が問い合わせたところ、当初は該当する所すべてから「心当たりがない」との返答があったのだが、数日の時をおいた今日、研究所から報告が上がってきた。
「どうやらうちの施設から逃げ出したキメラのようなので、捕獲してほしい」と。

   ※   ※   ※   ※   ※

 その前夜。
 白衣を纏い眼鏡を掛けた若い女性が、満面の笑顔で感嘆の息を零した。
 頬が仄かに紅潮し、心なしか肌の艶も良く見える。
「やっぱ外で得られるデータは面白いわぁ」
 ディスプレイに釘付けになって、彼女は映像や数値、グラフなどを見比べて恍惚としている。
 しかしその表情がすっと引き締まり、眉根が寄せられた。
「でもそろそろ新しい刺激も欲しいわねぇ。手応えのある学生に当たって欲しいところだけど‥‥」
 一旦立ち上がった彼女は、椅子の上に正座して背もたれを掴むと、机を押してその場で椅子ごとくるくると回り始めた。
 しばらくそうやって一人で自転運動を楽しんだ後、
「依頼、出すかな」
 と呟いたのだった。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ジャンガリアン・公星(ga8929
27歳・♂・JG
アレイ・シュナイダー(gb0936
22歳・♂・DF
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
ユーミル・クロガネ(gb7443
12歳・♀・DF
瀬上 結月(gb8413
18歳・♀・FC
紅桜舞(gb8836
14歳・♀・EP

●リプレイ本文

「はい、あーん」
 瀬上 結月(gb8413)が、バトルスコップを手に穴を掘るアレイ・シュナイダー(gb0936)にお菓子を差し出していた。
 作業の手を止め、困ったように結月を見るアレイ。
 その隣では、ユーミル・クロガネ(gb7443)が黙々と穴を掘っている。
「アレイ、お菓子いらない? ──あ、ユーミルさん、穴掘り代わりましょうか?」
「年寄り扱いするなっ! 穴ぐらい掘れるわい!」
「と、年寄りだなんて思ってないですよっ」
 なにせ見た目だけならユーミルの方が年下なのだ。
 お菓子の差し入れが不発に終わった所で、結月も真面目に作業に取り組むことにした。
 ハンモックの強度を高めるために、ワイヤーで補強をする。加えて、長めに切ったワイヤーを繋げて、遠くから引っ張り出せるように工夫した。

 三人はキメラを捕獲するための罠作りに励んでいる最中だった。
 依頼主の要望により無傷で捕らえなければならないことを踏まえて、落とし穴と捕獲ネットを設えているのである。
 白昼堂々やっているので周囲の視線も熱かったが、そこはカンパネラ、皆勝手に解釈して通り過ぎていく。

 他のメンバーはと言えば、各々が情報収集に当たっていた。
「ケガはまだ痛む? 早く治るといいね」
 腕に包帯を巻いた女子生徒に、ジャンガリアン・公星(ga8929)は心配そうに声を掛けた。
 その親身な態度に、少女は照れくさそうにもじもじとしている。
 被害者たちは皆、事情を訊ねられるのを嫌がっていた。確かに喜んで話せるような内容ではなかったが、それで引き下がっていたのでは埒が明かない。
 リアンは決して無理強いはせず、落ち着いた口調と相手を慮る態度で、なんとか情報を引き出していた。
 話を終えた後も気遣いは怠らずに、
「貴重な情報の提供、感謝するよ。仇は必ず取るから」
 と微笑みながら言い残していくのだった。
 それらの聞き込みで、事前に幾つかの情報を得ることができた。しかしそれは、量としては不十分だった。
 というのも、依頼主側が「開示するほどの情報がない」と返答したが故である。生徒からの情報だけでは、判断材料として少なすぎたのだ。
 以上のことから、彼らは直接一戦交えて、相手を知ることにした。
 なるべく無傷で捕獲というハードルの高さを考えると、避けられない結論だろう。

 そして夜──

 真夜中のカンパネラ学園は、日中の喧騒とは正反対の静けさの中に沈んでいた。
 今宵の空は快晴で、真円に近い月が皓々と地上を照らしている。外灯の光と併せれば、かなりの明るさだ。
 そんな中を、ランタンを手にした鹿島 綾(gb4549)と紅桜舞(gb8836)が歩いていた。
 一見すると散歩のような風情だが、二人とも感覚を研ぎ澄まし、周囲を鋭敏に警戒していた。
 物陰に注意を払い、互いに死角を補うように視線を巡らせる。

 ガサリ──と音がした。

 即座に注意を傾ける二人。
 すると突然、視界一杯に煙幕が広がった。しかしそれは、予想通りの奇襲だ。
 二人は慌てることなく飛び退り、煙に巻かれるのを避ける。
 先制したにも拘らず回避され、意表を突かれたキメラは戸惑ったように二人の姿を探す。
 煙を避けて回り込み、キメラの姿を確認する綾。
 依頼通りの、一見してそれと判るハリネズミとスカンクを足したような形態だ。
「キメラの釣り出しに成功した。情報収集の為の交戦に入る」
 無線で仲間へと報告し、綾は油断なくバトルスコップを構えた。
 舞が手にした剣で攻撃のそぶりを見せると、キメラは体毛を逆立てて、飛ばしてきた。
 心構えがあったお陰で、それを落ち着いた動きで捌く舞。避け切れなかった毛針のひとつが腕を掠めたが、大した傷ではない。
 だがその隙に、キメラは自らが作った煙幕の中へと飛び込んでいた。
「あら、やっかいですね」
 舞は足を止めた。
 なるべく煙幕の中には入らない。それは事前情報からの判断だった。
 そこへリアンとアレイが駆けつけてきた。
「獲物は?」
 リアンの問い掛けに、綾は顎をしゃくって煙の中を指し示す。
「なるほど。そういう使い方もするわけか」
 アレイは呟き、巨大ピコハンを肩に担ぐと「どうする?」とリアンを見た。
「今の目的は情報収集だしな。俺が飛び込んで叩き出すよ」
「OK。任せた」
 アレイの言葉を背に受けて、リアンは巨大ハエタタキを手に煙幕の中へと突入して行った。
 その間に、どこからキメラが出てきてもいいようにと、煙幕を囲い込むメンバー。
 そこへ、別々の方向からユーミルと結月、石動 小夜子(ga0121)と新条 拓那(ga1294)も合流した。
 待機メンバーから話を聞き、彼らも囲い込みに参加する。
「オナラにまかれてフルボッコ‥‥ってのは確かにあまり言いたくないよね。被害者の口が重いのも納得だ。でも臭いわけじゃないんだな」
 拓那のほっとしたような呟きに、小夜子が「良かったですよね」と微笑み返す。
 とそこへ、煙幕を突き抜けて何かが飛び出してきた。
 小夜子へと向かってきていたそれを、彼女は手にしていたバトルモップで咄嗟に叩き落した。
「痛っ」
 あまりの固さに、モップを持つ手が痺れたほどだ。
 叩き落したそれは、キメラの丸くなった姿だった。その形態から瞬時に元に戻り、毛を激しく逆立てる。
「気を付けて下さい、毛針を飛ばしてきますっ」
 普段のおっとりとした口調とは違い、鋭く警告をする舞。
 直後に、キメラの毛針が全方向へと射出された。
 SES搭載の道具を持つ者はそれで身を守り、そうでない者はその場を飛び退いた。
「随分と剣呑な攻撃方法じゃの‥‥どこへ行った?」
 針の雨を凌いだ後のユーミルのぼやきは、途中で疑問へと変わった。
「逃げた‥‥ってわけでもなさそうだな」
 避けるついでに掴み取っていた毛針を投げ捨て、綾は目を凝らし、感覚を研ぎ澄ます。
 気配は感じるが、姿が見えない。
 いくら明るくとも真夜中だ。闇はいくらでもあるから、どこに潜んでいるか知れたものではない。
 消えたキメラの姿を探し求める一同。
 そこへ、風を切る音が鳴った。
 結月が動いたのは、殆ど勘と反射だった。それは経験則、と言い換えても良い。
 半身をかわした空間を、何かが通った。
 そしてその動きから、キメラの所在の予測がつく。しかし同時に、再び煙幕が吐き出された。
「吸い込むな!」
 リアンの警告を受け、全員が煙幕から充分と思える距離を取る。
 しばし待ったが煙幕に動きはなく、中にキメラが閉じ篭っているのは明白だった。
「攻防一体か、面倒だな‥‥」
「全くだね」
 アレイの台詞に同意を示した後、拓那は「この辺で退こうか?」と皆に提案してみた。
 ある程度の情報は得ることが出来たし、膠着状態になりそうだったからだ。
「そうですね。一旦退いて、具体的な作戦を練りましょう」
 小夜子の賛同に、皆も異論はないようだった。


「じゃあ、情報を整理しようか」
 口火を切ったのは綾だ。
 飲み物を片手に、一同は男子寮のロビーでテーブルを囲んでいた。テーブルには襲撃地点が描かれた紙と、情報を纏めたメモが置かれている。
「煙幕と針は概ね予想通りじゃったな」
 ユーミルが確認するように口にする。
 それは被害者への聞き込みで得られた情報だった。特に針攻撃については、リアンの調査の賜物だ。
 彼の被害者への親身な聞き込みと観察眼がなければ、いくら警戒していたとは言え、こちらの被害が掠り傷で済むということはなかっただろう。
 その掠り傷は数人が負っていたが、既に応急処置を済ませているので問題なかった。
「新たに判ったのは、カモフラージュっぽいのと、なんか打撃系っぽいのだな」
 お菓子を頬張りながら、結月が言う。
「打撃系っぽいのは、多分舌による巻き取りだね。煙幕の中でやられたから」
「成程な。それで煙幕の中に引きずり込むって寸法か」
 リアンの補足を聞き、アレイは半ば感心したように呟いた。
「あとやっぱり、あの煙幕には催眠か麻痺かの効果があるな。長く吸い込むと危険だと思う」
 身体を張ったリアンの行動によって得られたものは大きかった。
「となれば、借りてきたあれが役に立つか」
 そう言って、綾は視線を寮の外へと向ける。玄関脇に、台車に載せられた大型の送風機の姿があった。
 煙幕の情報が得られたあとで、綾が研究所から借りておいたのだ。その横には、捕獲後のキメラを閉じ込める為の檻も置いてあった。こちらはアレイが借りてきたものだ。
「罠への追い込み方はどうしましょう?」
「丸めて転がそう」
 舞の問いに拓那が答えると、
「いいね。球技は割と得意なんだ」
 任せてくれとばかりに、綾が笑みを浮かべた。
「作戦決まりだ。じゃあ、張りきって節子を捕まえるとするかね」
「‥‥節子?」
 結月の発言に、不思議そうに小首を傾げる小夜子。
「そ、節子。キメラの名前」
「そうなんですか?」
「いや、勝手に付けた!」
「──さ、行こうか」
 拓那の促しに、息の合った動きで席を立つ面々。置いていかれる結月。
「や、ちょっと待ってよ!」
 なんだかんだ言って、カンパネラは平和である。

 そして、本番──

「さっさと終わらせたいもんだ‥‥」
 巨大ピコハンを手に呟くアレイに、
「全くじゃな」
 腰に手を当てながらユーミルが深く息を吐く。
「それにしても、ハリネズミとスカンクを合わせようなんて、バグアってのは悪い意味で斬新だよね」
「ほんとめいわくです」
 呆れ混じりの拓那の感心に、しきりに頷く舞だった。
 さて、キメラを再度見つけ出せるかが唯一の心配事だったが、それは現場に着くなりあっさりと杞憂に終わった。
 どうやら無闇に好戦的な性格のようで、こちらを見るなりなんの躊躇いもなく襲い掛かってきたのだ。
 馬鹿の一つ覚えのように、噴射される煙幕。巻き込まれないように、一同は散開する。
 その中で、一際早く疾走する姿があった。
 結月だ。
 彼女は『迅雷』を使い、煙幕の向こう側にいるキメラの真横にまで一瞬で移動していた。
 結月の存在に気付き、キメラは慌てたようにカモフラージュを始めた。体毛が変色し、周囲の闇に同化していく──直前、結月の放ったペイント弾がキメラに着弾した。
 こうなると、あと警戒すべきは煙幕だけである。
 合図を交わし、メンバーは二手に分かれた。
 一方はキメラを追い込み、一方は罠にかかったキメラを捕獲する為だ。
 『疾風脚』を使った拓那がキメラの注意を引きつけるように立ち回り、隙が生じるやいなや、小夜子がバトルモップで足払いを仕掛ける。
 だが敵も動きは素早く、転がされながらも器用に跳ね起きて、反撃とばかりに尻を向けて尻尾を持ち上げた。
 におい云々は別としても、最悪の絵面である。
 噴射される煙幕──小夜子も回避行動を取るが僅かに間に合わない──その時拓那が、小夜子を抱きかかえる様にして走り抜けた。
「──ありがとうございます、拓那さん」
「どういたしまして」
 息を呑み、顔を真っ赤にして照れる小夜子に、爽やかに微笑んでみせる拓那だった。
 その直後、

 ズガンッ!!

 と凄まじい破壊音が響き渡った。
 まるで突っ込みのようなタイミングだが、そうではない。
 形勢不利と見たキメラが逃げ出そうとしたのを、ユーミルが遮っただけだ。
 キメラの眼前で地面に拳を叩きつけ、亀裂を生じさせた、ただそれだけである。
「お前もこの地面みたいになりたいのか?」 
 言葉は通じないだろう。だが言語を超えた意思は通じたようだ。
 しかしそれで屈しないのは、腐ってもキメラと言ったところか。反転し、別の逃走経路を探しはじめる。
 そこへ立ち塞がったのは綾だ。『両断剣』を使用した脚甲が赤く輝いていた。
 彼女はその足で、力一杯に踏み込んだ。
 ボコンッ! と陥没する地面。
 それを目にしたキメラの怯む様子が、手に取るようによくわかる。ユーミルの威嚇も活きた形だ。
 そこですかさずバトルスコップを振りかぶると、キメラは明らかに早すぎるタイミングで丸くなった。
 会心の笑みを浮かべる綾。
 仲間に目配せをし、バトルスコップのSESを切って、彼女はキメラを思いっきりぶっ叩いた。
「うわわわ」
 飛んできたキメラの勢いに若干慌てながら、舞が『パス』を受け取る。剣の平で巧みに転がしながら、キメラが防御を解かない程度の衝撃を与えて、罠の側に先回りしていた小夜子へと最後のパスを送った。
 弧を描いて飛ぶ丸まったキメラ。さすがに異変に気付いたのか、防御形態を解こうと顔を上げた瞬間──小夜子のバトルモップのフルスイングが炸裂し、落とし穴の底へと叩き落されたのだった。
 「やった」と喜ぶ舞。別に放っておいても落ちたのだろうが、鬱憤晴らしには丁度良かったのかもしれない。
 罠に嵌めたというよりは捻じ込んだ形になったが、ともあれ、待機していたアレイと結月が素早くハンモックを閉じた。
「フッ‥‥ハンモックにはこういう使い方もあるんだよ‥‥」
 ワイヤーで補強しているとは言えキメラなら破れそうなものだが、アレイが上手く絡めた為、力を発揮するほどの満足な身動きはとれなくなっていた。
 状況を理解したキメラは、最後っ屁とばかりに煙幕を立て続けに噴出する。しかしそこは準備万端、綾が送風機のスイッチを入れて拡散し続けると、やがてガス欠になったのかすっかりと大人しくなった。
 頃合を見計らって引き上げると、キメラは体毛を逆立てて必死に威嚇をしていた。
「これじゃ手が出せないな」
「うむ」
 合金の軍手をしているものの、さすがに危険すぎると拓那とユーミルが躊躇する。
 そこへドカッと、モップが押し付けられた。
「綺麗にしてあげますね」
 小夜子の笑顔がどこか怖い。

 しばしの後‥‥

 体毛の毛針を根こそぎ落とされ、なんか惨めな生き物に成り下がってしまった哀れなキメラの姿が、そこにあった。


 そして、夜明け後の研究所。

 檻に捕獲したキメラを引き渡すと、依頼主は腹を抱えて笑いだした。
 笑うのも無理はない姿だったが、綾は気になっていたことを口にした。
「なぁ、あんたどっかで見てたんじゃないのか?」
 目尻の涙を拭い、依頼主が笑いを収めながら「なんで?」と問い返す。
「キメラを見る前から、笑いを堪えてただろ」
 その通りだった。部屋に入るなり、彼女はクツクツと笑い声を洩らしていたのだ。
「聞き込みに来た時の態度も怪しかったし、まさか──」
「まさか、でしょ? 危険なキメラを使って、まさか、なんてことするわけないじゃない?」
 綾の言葉を遮り、彼女はふてぶてしくそう言ってのけた。
 誰もがこの時、悟っただろう。
 あぁ、こいつわざとやったな、と。
 そして、何を言っても無駄なタイプだな、とも。
「なんにせよ感謝してるわ。ありがとう」
 満面の笑顔で、
「そうね、『もしまたなにかあったら』、よろしくね?」
 彼女はそう言ったのだった。