●リプレイ本文
「レディースえ〜んどジェントルメーン! 新歓フードバトル対決、開幕だ!」
巨大なハリセンを手に、竜の着ぐるみを着た大槻 大慈(
gb2013)が食堂に声を響かせた。まだ硬さの残る新入生の緊張を解そうと、大慈は軽快にトークを続ける。
「実況は俺こと、ハリセン持たせりゃ学園一、大槻大慈! そして解説は我らが先輩、元気美少女の!」
「紫藤 望(
gb2057)だよ、よろしくね! って、美少女は照れるなぁ」
紅潮した頬に手を添える、その照れた仕草でさえ可愛いから手に負えない。
「謙遜しなーい。さぁて早速選手紹介にいこうかっ。まずは在校生・聴講生チーム、略して在聴生チームからだ!」
大慈は巨大ハリセンを頭上でくるりと回転させ、ズビシっと選手たちを指し示した。
「常に全力、ちっちゃな姐御! 時枝・悠(
ga8810)!!」
「いつも通りとは言わないが、まあ頑張るよ」
ぱっと見テンション低目だが、本人は充分やる気に満ちている。
「ゆーちゃんはクール美少女ですからねー、豆板醤パン食べたらどーなるかな‥‥や、期待してないですよ?」
「目を惹く巨乳! クールビューティな藤堂 紅葉(
ga8964)!!」
「ボウヤには刺激が強すぎるかな?」
艶然と微笑み、開かれた胸元を強調する紅葉。対面のテーブルの新入生チームの男子は完全に動揺している。
「いいですねー‥‥ちょっと写メ撮っていいですか? 悶える姿とかも‥‥いや、なんでもないです」
「なりはチマいが胃はデカイ! 最上 憐(
gb0002)!!」
「‥‥ん。食べ物の。気配がしたので。私。参上」
台詞の後に湧き上がる「萌える!」との声。どうやら一部男子のハートを撃ち抜いたらしい。気持ちはよく解る。
「憐ちゃんは言わずと知れたLHの小さなブラックホールですね。在聴生チーム最強の大食い選手ですよ」
「ロリっぽいがこれでも大人! 新井田 銀菜(
gb1376)!!」
「全力で勝ちに行きますよ! 目指すはMVP! って私、ロリっぽいですか!?」
確かにそれほど幼くはないが、明るい笑顔の愛らしさと言ったら、えもいわれぬ程だ。そのせいだろうか。
「銀ちゃんはほわほわしててカワイーですよー。リアクションに期待しちゃいますねっ」
「身体は鋼鉄! 胃袋はどうだ?! 織部 ジェット(
gb3834)!!」
「ランチメイトの集いを広める為にも、気合入れないとな」
在聴生チーム唯一の男性である。ハーレム状態で羨ましい気もするが、競技的にあまり関係ないか。
「ジェットさんは事前にブラックコーヒーを飲んで、胃酸の分泌を促しているらしいです。かなり本気ですね!」
「剣術少女が刀を箸に持ち替える! 鳳凰 天子(
gb8131)!!」
「微力かもしれないが、貢献したいと思う。よろしく頼む」
緊張気味に応えた天子だったが、拍手を受けて表情を綻ばせた。その妙なる微笑みに、多くの観客が虜になる。
「天子ちゃんは凛とした優雅な佇まいが余裕を感じさせますね。熱々ラーメンの時の反応が楽しみです!」
「以上が在聴生チームだ! 対するは、初々しさがたまらない新入生チーム!」
「彼らは完全に勝つ気ですねー」
と、選手紹介が新入生側に移ったところで、銀菜が隣に座る紅葉に小声で訊いた。
「そういえば紅葉さん、さっき教官に怒られてたみたいですけど‥‥」
「ん? あぁ、ちょっとな。きみみたいな子は知らなくていいことさ」
そう言って、はぐらかすように微笑む紅葉。
答えてくれなさそうな気配を察し、疑問符を浮かべながらも銀菜は姿勢を戻した。
実は先程、紅葉は係員の懐柔を試みていたのだ。腕を取って胸に押し付け、唇を寄せて耳元で囁き、パンの当りを聞き出そうとしたが、あと一歩の所で教官に見咎められてしまったのである。形式的な注意だったので、反省の振りだけでやり過ごせたのは幸いだった。
「さぁ本番だ! 第一種目は生か死か、当りゃ天国ハズレりゃ地獄! DEADorALIVEパン!!」
選手紹介で温まったのか、新入生も盛り上がり始めていた。
「これ、『探査の眼』で判るんじゃ‥‥え? スキルは禁止? ですよねー」
「さぁ各々方、食べるパンを選ぶがいい!」
皆が多かれ少なかれ悩んでいる中、悠は真っ先に左のパンを手に取った。その無造作かつ自然な動きは、それが当りだと解っているかのようだ。
「あれ、トッキーもう選んだんですか? なにかヒントでもありました??」
んーんー言いながら迷っていた銀菜は、不思議そうに問い掛ける。
返ってきた答えは、実に簡潔だった。
「いや、左利きだから」
「えーっ!?」
あまりの理由に、驚くしかない銀菜であった。
「さー全員選んだか?」
直感だったり運任せだったり大きさだったりと、各基準で選んだパンを全員が手にしている。
「では実食!」
大慈の号令で、一斉に袋を開けてパンに齧り付く一同。
一瞬の沈黙。
「‥‥〜〜っ!!」
声にならない悲鳴を上げ、銀菜が口を押さえて身悶えする。
彼女だけではない。
「直感を信じた結果がこれか!! タバスコの方がまだマシだ!」
ジェットもまた苦悶の表情で絶叫していた。
「にゃー‥‥これは見てるほーまで口が痛くなってきますねー」
まるで我が事のように、望は眉根を寄せている。
「この程度ではめげませんよ、私は!」
目に涙を溜めながら健気に頑張る銀菜だったが、見ている方が辛くなる。
結局、在聴生チームで当りを選んだのは悠と紅葉だけだった。
‥‥実はこの時、紅葉は本当は豆板醤パンを食べていたのだが、ポーカーフェイスの完璧さに審判が騙されたというオチがある。判明したのがレク終了後だった為、彼女は見事に二点を獲得していた。
外れを引いた他のメンバーも、根性で食べきっていた。
「意外と豆板醤が合うじゃないか。少し辛いけど」
とは天子の談だが、額にうっすらと浮かぶ汗がきつさを物語っている。
一方の新入生チームは当りが三人で外れが三人、その内の二人が完食していた。
「そーいえばフードバトルって大食いじゃないんですね」
パン対決終了後の休憩中、望がぽつりと零した。
「大食いだとシャレにならないってんで、この形になったらしいぜ」
「そっか。確かに憐ちゃんが本気出したら笑えないや」
妙に納得の表情で頷く望。
ふと視線を憐に向けてみれば、
「‥‥ん。ちょっと。購買で。カレーパンを。買い占めて来る」
などと言っているから凄まじい。
「さぁて次いってみよー! 零すなよ? 火傷するなよ? ラーメン目隠し早食いだ!!」
大慈がハリセンを突き上げると、観客も拳を突き上げる。ボルテージは鰻登りだ。
「目隠しで熱々のラーメン食べさせて悶えさそうなんて、考案者の顔を見てみたいですねー」
何気ない望の発言だが、教官がピクリと身体を震わせていた。
それはさておき、係員が選手達に食べるラーメンの希望を聞いて回っていると、
「ネギスタミナラーメン、ニンニク大盛り生卵つきだ!」
というジェットの声が周囲をどよめかせた。
皆が四種類から無難に選んでいる中で、わざわざハードルを上げる勇者っぷりに驚いたのだ。
そんな余興も挟んだ後、選手に熱々のラーメンが用意された。高温のスープから立ち上る湯気の量が凄い。
「準備はいいか? ──よーい、スタート!」
大慈の小気味良いハリセンの音が、開始の合図となった。
直後、
「憐ちゃん、丸ごと飲んでるよ!?」
望の驚愕が、観客の視線を憐に集中させた。
なんと憐はどんぶりに直接口をつけ、火傷に注意しつつ、それでも尋常ではない速度で嚥下していた。
ぶっちぎりのトップで平らげて、減点もなしと判定される。
「‥‥ん。カレーは飲む物。飲み物。ラーメンも。飲み物」
「憐ちゃん、それはきみだけだ!」
ちょっと満足そうな顔の憐の呟きに、思わず突っ込む望であった。
さて、二位以降だが、普通に食べている面々は相応の時間を要していた。
悠、紅葉、天子の三人は、大慈が「実は見えてるんじゃないか?!」と驚くほど、綺麗な食べ方だ。
一方で銀菜は手こずっていた。熱さに悩まされ、冷まそうとするも息を上手く吹き掛けられずに苦労している。
その仕草が望のツボにハマったらしく「もー銀ちゃんカワイー! エロい!! 貴重だから写メ撮っておこーね」と言いながら、携帯電話を取り出して撮影していた。
とそこで、黙々と食べていたジェットが、スープを飲み干して器を空にした。かと思いきや。
「おぉっと!? ジェットが器を舐めている! これは一見アレだが、綺麗に食べるという点では評価されそうだ! それはそれとして、息が滅茶苦茶ニンニク臭そうだぞ!」
大慈の言葉でジェットの動きが一瞬だけ止まる。目隠しの下で涙が滲んでなどいない。決して。
「強くなりたければ食うもんさ」
気丈に言い放つジェットであった。
その後、彼に続いて天子が食べ終わり、無事に判定もクリアして決着となった。
新入生の奮闘も空しく、上位は在聴生チームの独占だ。
「豆板醤食べた人や火傷した人にとってこの休憩は重要ですよー」
望の言うことは尤もだ。
辛い物の後に熱い物というコンボは、口内に大ダメージを与えていることだろう。味噌汁対決では、具はともかく味噌も当てねばならないのだから、少しでも舌の回復を図りたい。
「トッキー、大丈夫ですか?」
ぼーっとして考え事をしていた様子の悠へ、銀菜が笑顔で話しかける。
「うん、平気。熱さに強いし。銀菜こそ大丈夫?」
友人の気遣いに、嬉しそうに頷く銀菜。
その遣り取りを見ていた紅葉が、
「ふむ。銀菜くんの唇が少々熱さにやられているように見えるな。どれ、おねーさんに見せてみなさい」
実年齢はともかく、外見では完全に紅葉の方が年上だ。しかもこの個性。
唐突に艶っぽく迫られた銀菜は「だ、大丈夫ですよ〜」と顔を赤くしながら紅葉の手から逃れた。
そしてその一瞬のシャッターチャンスを逃さず撮っていた望であった。
「さて、いよいよ最後だ! 三つ目は、日本人の心の故郷! 利き味噌汁対決っ!」
観客は大慈の言葉を復唱しながら、いつの間にか行き渡っていたハリセンを打ち鳴らす。
「この勝負は重要ですよー。味噌汁の味も判らない人は結婚できないですからね」
「いや、望ちゃん、それはないと思うよ!?」
しれっと凄いことを言った望に、反射的に突っ込む銀菜。
「あはははは、まぁそれはおいといて。日本人の多い在聴生チームは有利ですよね、オフクロの味ですから」
その言葉にはジェットが大きく頷いている。
そうこうしている内に再びアイマスクが配られると、騒がしかった食堂が静かになった。
「目隠しばっかりではないか」
天子がぽつりと呟く。言われてみれば確かにそうだ。考案者に妙な趣味があると疑われても仕方がないだろう。
味噌汁が全員に行き渡ったのを見計らって、大慈が「実! 食!」と気合いの入った合図を出した。
直後、一気飲みする憐。
「ちょっ、憐ちゃーん!?」
慌てる望。
「一口で飲んだぞ! 当てられるのか?!」
驚く大慈。
皆が注目する中、憐は──
「‥‥ん。味噌汁。おいしかった。おかわり」
どこかで誰かが派手に椅子から落ちる音がした。
「‥‥違う? 当てるの? 具を? ‥‥ん。‥‥ジャガイモ。ニンジン。肉。カレールー」
盛大な溜め息と爆笑が混在し、憐は不思議そうに首を傾げるのだった。
「思わず順番が違っちまったが、いいとしよう!」
ずれた着ぐるみを戻しながら、大慈が仕切り直す。
全員が味噌汁の吟味を終えた所で器を下げ、目隠しを取り、手元の紙に答えを書いてもらう。
「自信の程を聞いてみようか! 悠、どうだった!?」
書き終えた選手に目をつけ、大慈はハリセンの矛先を向けた。
「私? んと、大根と油揚げとワカメ。‥‥好みは聞いてない?」
「貴重な情報ですねー。メモっておこう」
「メモってどうするんだ望?! まぁいい、次、天子!」
「多分大丈夫。自信がある」
落ち着いた表情で言ってのける天子。地元の慣れ親しんだ味が功を奏したと言ってもよかった。
「これは期待できそうだ! さぁて、全員書いたかな?」
書き終えた紙を係員が回収し、採点した後、大慈と望の元へと届けられる。
二人は「お?!」や「あちゃー」など、一枚一枚に反応して実に楽しそうである。
「う〜、あんまりわからなかったです‥‥」
「私も味噌は完全に勘だったな。そう落ち込むな」
しょんぼりしているところに紅葉から軽くフォローを入れてもらった銀菜は、そうですねっ、と微笑を返した。
「待たせたな! それじゃあ結果発表だ! 一気に行くぜ!?」
紙を手に、大慈が立ち上がって全員を見渡す。
「まずは二つ正解の一点! 在聴生チーム、銀菜! 新入生チーム、マロールと水上!
続いて三つ正解の二点! 在聴生チーム、悠! 新入生チーム、小鳥遊!
そして、全て正解の三点!」
とここで、もったいぶった様に間を置く大慈。
歓声と拍手を引っ込め、息を呑む一同。
たっぷりと溜めを作り、大慈は告げた。
「──在聴生チーム、紅葉! 天子! 新入生チーム、ティルト!」
おぉー! というどよめきと、すげぇー! という賞賛。
小松菜とナメコはともかく、シジミと合わせ味噌も当てるのはなかなかのものだ。
周囲からの賛辞に対して紅葉は余裕たっぷりに、天子は戸惑いがちに応えるのだった。
「じゃあ次は、いよいよ勝利チームの発表だね」
皆が落ち着くのを待って、望が切り出した。
大慈は頷き、椅子の上に立ち上がる。
深呼吸をひとつ挟み、ゆっくりとメモを読み上げた。
「三種目のチーム得点を合計し、勝利したのは‥‥二十二対十五で──在聴生チーム!」
賛辞と落胆。両極端の声が食堂中に響いた。
「やりました〜!」
満面の笑顔で喜ぶ銀菜。
「‥‥ん。勝った。勝利。賞金より。ラーメン。頂戴。大盛りで」
物足りないと言わんばかりに、厨房へ向かう憐。
「当然の結果だな!」
ニンニク臭い息を吐きながら、ジェットは笑う。
「歳の功という奴さ」
ふっ、と微笑みながら、紅葉は新入生へウィンクを贈った。
「うん。楽しかった」
表情には出ないが、嬉しそうに悠。
と、それぞれが喜びを表す最中、割り込むように大慈が声を張り上げた。
「そして!!」
否が応にも集まる注目。
そう、発表すべきはもう一つある。
「栄えあるMVPは──鳳凰! 天子だー!!」
一瞬の静寂の後、この場にいる全員の拍手が、歓声と共に天子へと降り注がれた。
「凄いですねっ!!」
手を取って絶賛してくれる銀菜に、天子は驚きながらも手を握り返す。
「勝てるとは思わなかった‥‥」
そう呟き、天子は皆に向かって、仄かに微笑んだ。
「賞金よりも、いい思い出ができて良かった。ありがとう」
再び、割れんばかりの拍手。
負けた新入生も観客も、皆満足げな様子だ。
こうしてフードバトルは、盛況の内に幕を下ろしたのだった──