●リプレイ本文
「次期ボス猫の私に任せなさい!」
最初に名乗りを上げたのは、黒猫の弓亜 石榴(
ga0468)だった。
衝撃の宣言だが、反対の声は上がらない。というか、皆大して聞いていない。しかし石榴はそれを認められたのだと解釈し、満足そうにヒゲをピンと張った。
「さぁ、一緒に退治に行こ!」
「一緒にたたかうにゃ〜!!」
石榴の呼びかけに応えたのは、アメリカンショートヘアーの相澤 真夜(
gb8203)だ。
勢い余って虎太郎の腹に突っ込み、驚いた虎太郎の反射的な猫パンチを三発ばかりお見舞いされるが、真夜は腹の毛と肉の気持ち良さに恍惚として全く気付いていない。実に幸せそうだ。
続いて、少し太めでモッフモフな茶トラの猫、新条 拓那(
ga1294)が悠然と縁側に上がった。
「人の安眠を邪魔してくれるのはいただけないねぇ。ぐっすりお昼寝のためなら、俺もひと毛皮脱ごうじゃないか」
泰然とした出で立ちながら、惰眠の邪魔になるものは捨て置けない、と言外に語る雰囲気を感じさせる。実に勇ましい姿だが、上った縁側がぽかぽかで心地よいことに気付くと、ふにゃけた顔で寝転がってしまった。台無しである。
その彼にずっと寄り添っていた、白い首輪をつけた茶黒のキジトラの石動 小夜子(
ga0121)は、ふと気が付いたような顔で、辺りを見回しだした。
どうやら状況を把握していない様子で、不安を紛らわす為に毛繕いをてちてちと始めたが、拓那が唐突に寝転がったのを見て、彼女も一緒に丸くなった。それで万事解決、と表情が物語っている。
「ホラホラ二人とも、あんまり見せつけないでよねー」
そんな二人を石榴が冷やかすと、拓那はバツが悪そうに尻尾を揺らした。
次に縁側に上がったのは、全身真っ白な短毛で尻尾が長く、赤いリボンを首に巻いた朔月(
gb1440)だ。
まだ成猫の一歩手前といった顔立ちの彼女は、ちょっと消極的な足取りだった。
「寝床を荒らされたくないからね」
呼び掛けには渋々応じた、といった態ではあるが、そんな彼女を虎太郎は満足げな表情で見ている。
ぴょん、と縁側に飛び上がる、赤毛のもふもふ。長毛のソマリレッドであるラルス・フェルセン(
ga5133)は、しばしの思案と毛繕いの後の登場だった。
「ならず者の支配下で、兄弟達が辛い思いをするのはまっぴらゴメンですからね。微力ではありますが、お供したいと思います」
と頼もしい宣言をする一方で、虎太郎の揺れるしっぽに気を取られて手を出してしまうのは、仕方がないと言えなくもない。
「‥‥あ、申し訳ありません」
我に返って手を引っ込めるラルスに、虎太郎は寛容な表情で頷いていた。
「え〜と‥‥隣町の猫と喧嘩するんですか?」
遠慮がちにぽてぽてと歩み寄ってきた、足先と鼻からお腹まで白いトラ猫の小笠原 恋(
gb4844)は、訊ねたすぐ後にふわぁと欠伸をした。
縁側で日向ぼっこをして寝ている内に、いつの間にか集会が始まっていたのだ。
「その通りにゃっ」
虎太郎の腹からずぼっと頭を引っこ抜き(誇張あり)、真夜が元気よく肯定する。
「わかりました。ご一緒します」
のんびりとした鳴き声でそう答え、恋も虎太郎の近くへと座った。
それら一連の遣り取りを、少し離れた位置から達観した目で眺めている猫が一匹。
美しいグレーの毛並みのロシアンブルーである鯨井起太(
ga0984)は、エメラルドグリーンの瞳に悠然とした余裕の表情を湛えていた。
(「ふ、これ位のことで大騒ぎとはな。まぁここまで事が大きくなっては仕方がない。僕も出てやろうじゃないか」)
胸中で呟きながら、起太は最後の一匹として優雅な足取りで縁側へと上がった。
こうして八匹の勇者による、バグニャ追い出し隊が結成された。
‥‥寝ていたり、尻尾にじゃれていたりと、いまいち緊張感に欠けてはいたが。
虎太郎が率いる主力が、バグニャ軍団に正面から喧嘩を売って注意を引き付けるとのことなので、八匹は奇襲の準備をすることにした。
一旦散り散りになり、道具の調達や作戦の立案、偵察などを経て、ボスバグニャが拠点とする公園近くの空き地で、再集合する。
調達してきた戦利品、もとい、作戦道具は以下の通りだ。
拓那は魚、ラルスはビニール袋、朔月はマタタビ、真夜はプラモやぬいぐるみ、小夜子は野球のボールに焼き魚、である。
それらを一望し、起太がおもむろに口を開く。
「みんな、まだまだだね。発想が普通だ」
集まる視線を受けて、起太はゆらりと尻尾を動かした。
「偉そうになんにゃー」
「喧嘩するのは構わないが、毛並みが乱れるのはみんなだって嫌だろう?」
真夜の抗議に、起太はそう問い返した。
「それはそうですね」
ちらちらと魚やプラモデルなどを横目に見ながら、同意する恋。
「こういう時は、アレを利用するのさ」
起太は物陰から顔を覗かせ、アレが何かを視線で示した。ひょいひょいひょい、と仲間達が次々に顔を出し、その方向に視線を向ける。
「あ、あれは‥‥!」
誰ともなく、驚きの声を上げる。
そこにはブランコで遊ぶ人間の子供達の姿があった。
「そう、ニンゲンのコドモだ! いくらバグニャと言えど、あの破壊王にかかれば雑魚も同然」
「お、恐ろしい‥‥」
猫に取っては天敵とも言える人間の子供を利用しようとは、確かに並の発想ではない。
「僕くらいの名猫なら簡単なことさ。みんなはそこで見ていてくれたまえ。ささっと片付けてくるよ」
制止や反論をする間もなく、起太は颯爽とした足取りで子供達の下へと走って行く。
その後姿を見つめて、石榴がぽつりと零した。
「アンタの勇気‥‥無駄にしない」
「なんか死亡フラグっぽいね」
拓那のツッコミににゃははと笑い、誤魔化す石榴であった。
子供達が遊ぶブランコは手前側にあり、標的であるバグニャたちは奥側の木陰に固まっているようだった。
息を呑んで、物陰から成り行きを見守る一同。その視線の先で、遂に起太が子供達の前まで辿り着いた。
尻尾をふりふりしていると、子供たちはブランコを降りて起太の元へと駆け寄る。
(「計画通り‥‥!」)
起太の勝ち誇った表情が目に浮かぶようだ。
そして、彼の高らかな号令が、皆の所にまで聞こえてきた。
「にゃにゃ! にゃにゃーん!!(ゆけヒトのコドモよ。バグニャを蹴散らすのだ!)」
それは軍師さながらの凛とした勇ましい鳴き声だった。
が、無視された。
びし! っと格好つけた姿勢のところをがしっと子供に掴まれ、わしゃわしゃされ始めてしまったのである。
「ですよねー‥‥」
ラルスの残念そうな感想が、皆の心情を代弁していた。
「バグニャに完全に気付かれる前に、突撃しましょう」
苦笑を浮かべながらの小夜子の言葉を受けて、各々が道具を銜えて散開した。
奇襲作戦開始である。
朔月はマタタビの袋を前足で踏むと、端を銜えて器用に袋を破り開けた。
途端に漂う、魅惑的な香り。
袋の端を銜えて、朔月はタタタッと手下猫たちの前を走り抜けた。
奴等は何事か、と起き上がり、耳を立て目を大きくしてきょろきょろとする。鼻をひくつかせ、マタタビの匂いに気付くと、ふらふらと朔月の後を追いかける手下猫が数匹。
そこへ今度は、プラモを銜えた真夜が姿を現した。
マタタビには釣られなかった手下猫が、真夜の銜えるプラモを見て目を輝かせる。
「来たにゃ! 逃げるにゃー!」
ダッと飛び出す手下猫。サッと駆け出す真夜。
一見すると手下猫を引き付けることに成功したようにも見えるが、
「あんた追いかけっこが楽しくなってないー!?」
石榴のツッコミが全てを物語っていた。
笑い声と共に、真夜と手下猫の姿が見えなくなっていく。
手下猫たちの動揺は広がっていた。そんな中で、ボスバグニャだけは堂々とした佇まいを保っていた。
茂みの中からその様子を見ていた小夜子は、上半身を低くしてお尻を高く上げた狩りの姿勢でじっと潜んでいた。
そしておもむろに、足元の野球のボールを鼻先で勢い良く突っつく。
てんてんてん、と転がるボールに、一匹の手下猫が獲物に飛びつく勢いで襲い掛かった。自身もボールでじゃれたい衝動を必死に抑え込む間に、手下猫は自らボールを転がしながら何処へともなく去って行く。
作戦の成功に、ふふっ、と小夜子は静かに微笑んだ。
異常事態に、いよいよ浮き足立つ手下猫たち。
その中の一匹が、好物の匂いを嗅ぎ取って周囲を見回した。するとちょっと離れた場所の木の下に、魚が落ちている。彼は深く考えず、欲求のままにダッシュで魚に食いついた。
「ふふふ、釣れた釣れた。ぃよぉいしょぉ!」
勝ち誇った鳴き声と掛け声。
次の瞬間、手下猫の頭上に影が差した。
避ける間もなく「ぶにゃっ」と押し潰される手下猫。落ちてきたのは拓那だった。手下猫はじたばたと暴れるものの、逃げ出すことはできない。
「観念したかい? 大体だね、特に何もないのに他猫様の縄張りを荒らすなんてダメだろう」
拓那の説教が始まり、乗っかられたままの手下猫は苦しそうに悲しそうに、うにゃぁ〜と鳴いた。
残る手下猫は二匹。しかし彼らはすっかり戦闘態勢だ。
そこへ登場したのは、ビニール袋を銜えたラルス。
そのラルスへと猛然と飛び掛る二匹の手下猫。牙を剥き、爪を出し、正に獲物を狩らんとする肉食獣の形相。人間の子供だったらちょっと泣いちゃうかもしれない。
しかしラルスは、臆することなくビニール袋を放り投げる。
ガサッ! バササッ! ズサーーー!
ビニール袋は一瞬で満席となった。
すかさずそのひとつに飛び乗り、ラルスはてしてしと猫パンチをお見舞いする。
「参ったと言いなさい。そうしたら許してあげます」
「ま、まいりました〜〜〜」
「あれ、その声は‥‥」
聞き覚えのある声に、ラルスは攻撃を止めて袋から退いた。袋から出てきたのは手下猫ではなく恋だった。
「あんたが掛かるのかよ!」
「こらこら、貴女が入っちゃダメでしょう〜?」
石榴とラルスからのツッコミに、ふにゃふにゃと寝転がってしまう恋だった。どうやら袋だけでなく、マタタビにもやられているらしい。
その時、ふわっと風が吹き抜け、恋が入っていた袋が動いた。瞬間、ガサッと音を発てて、誰かが飛び込む。
「あぁ、落ち着きます‥‥って、そういう場合じゃなくてっ‥‥あら?」
「今度はあんたかよっ!」
石榴のツッコミを受け、思わず突撃してしまった自分を恥じるラルスだったが、ほんの少しだけくらっとした。恋にまとわりついていたマタタビの匂いが、ちょっとだけ袋にこびりついていたらしい。
手下猫が袋で遊んでいる間にやっつけなければ、と思いそちらに顔を向けると、なんと恋が頑張っていた。
「あなたに恨みはありませんが、虎太郎さんには何時も縁側を借りている恩があるんです!」
そう言って袋の上から手下猫を抱え込み、果敢にネコキックを繰り出している。
しかしなんだかそのキックも、楽しげにじゃれてるようにしか見えないのは気のせいだろうか。
そんなこんなで手下猫を一掃したところで、ようやくボスバグニャも重い腰を上げた。
「うわ〜でっかいです‥‥」
恋の感想は、全員に共通のものだった。
寝転がって丸くなっていても充分な威圧感だったが、起き上がると見上げるような大きさだ。そのサイズは拓那よりも三回り以上は大きい。黒と赤茶の交じり合った体毛に覆われた身体には、歴戦の傷跡が所々に見て取れる。
その迫力に、一同は気圧されそうになったが、
「お前さんが親分かい? 悪いこたぁいわねぇ。怪我する前にこの辺から出ていきな!」
拓那が『フシャァー!』と、皆を鼓舞するように腹の底から響く威嚇をした。
それを皮切りに、仲間達も素早く散開する。
と思いきや、朔月だけが拓那の少し後ろでうとうとしていた。
そこに轟く、空気を震わせるほどの唸り声。
「小童どもめがぁぁぁぁぁ!」
バグニャの怒声が辺り一帯に響きわた「うるさ〜いっ!」る途中で、朔月の激昂した怒鳴り声と猫パンチが炸裂した。
気持ちよく寝かけていたところを邪魔されて、どうやらキレたらしい。
正に出鼻を挫かれた形になったバグニャだったが、怯んだのも一瞬で、すぐに大暴れを始めた。
木や遊具を利用して、巧みにヒット&アウェイを繰り返す小夜子。
背後から飛びかかろうとして、何故か尻尾にじゃれつく真夜。
てちてちと、一生懸命にパンチを繰り出す恋。
遊具の上から飛び掛り、バグニャに噛み付いてキックや引っ掻き攻撃をするラルス。
頭を集中的に狙う、勇猛な拓那。
完全に周囲が見えてない勢いで暴れまくる朔月。
「必殺の猫歩き!」と言いながらバグニャの目の前を横切ったり、「セクシー雌猫アタック!」と言いながら真夜をずずいっと押し出したり、バグニャの矛先が向きかければ雑草にじゃれて他人の振りをする石榴。
みんな頑張った。すごい頑張った。多分。でもバグニャはでかいだけあって強かった。
数では勝っても、なかなか決定打を打てずにいた。
しかし、疲労が蓄積し、いい加減に喧嘩にも飽きて段々どうでもよくなってきた頃、彼は現れた。
破壊神を、従えて。
「やぁ諸君、待たせたな!」
鯨井起太が、夕日を背に立っていた。
否。
子供の頭の上に、乗っていた。
美しかった毛並みは乱されて、傍目にもくたびれた様子がよく分る。
でもそのエメラレルドグリーンの瞳には、勝利への確信が満ちていた。
「ま、まさか‥‥」
キレ疲れて寝の体勢に入っていた朔月が、驚きのあまり身震いした。
「手懐けたと言うの‥‥?」
拓那の毛繕いをしてあげていた小夜子が、愕然と呟いた。
そして今再び、あの命令が発せられる。
「にゃにゃ! にゃにゃーん!!(ゆけヒトのコドモよ。バグニャを蹴散らすのだ!)」
起太を頭に乗せたまま、子供たちはバグニャへと歓声を上げて走り寄って行った。
いかに大きいと言えど、所詮は猫。そして今や、七匹の猛攻に晒されてすっかり疲労困憊。
無限の体力を持つ子供の前では、今のバグニャでは為す術もなかった。
揉みくちゃにされた挙句、なんだかよくわからない流れで連れ去られていった。
「す、すごい‥‥」
呆然とその様子を見ていたラルスが、無意識にそう零した。
「ふふん、だから言っただろう? 僕くらいの名猫になれば、このくらい缶詰前なのだよ」
とか言いながら足取りは不確かだし、見た目は誰よりもぼろぼろな起太であった。
「終わったにゃ〜」
ふにゃん、とその場に倒れる真夜。
「私、役に立ったでしょうか?」
不安顔で、謙虚な恋。
疲れを癒すように、喉を鳴らしながら眠りにつく朔月。
拓那と小夜子は寄り添って、乱れた毛並みを互いに繕いあっていた。
そしてジャングルジムの頂点から、夕焼けの空に向かって、石榴が高らかに鳴いた。
「大・勝・利ー!」
赤く染まった空に、その声は遠く高く響いたのだった。