タイトル:荒喰マスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/17 19:49

●オープニング本文


 最初に『それ』を目にした者たちは、後に語る時に表現に困ったと言う。

 曰く──空中に、黒いシミのようなものが突然滲み出てきた。
 曰く──微かに耳障りな音が聞こえていた。
 曰く──黒いシミのようなものは、気がつくと大きくなり、数も増えていた。

 あり得ない光景、見慣れない現象、理解出来ない状況。
 そういう物事に遭遇した時、混乱するのは当然だろう。
 ある者は呆然と眺め、ある者は気味悪そうに後退り、ある者は物珍しそうに写真に収め、またある者は好奇心に駆られ──
 興味本位で伸ばされたその男性の手が近くづくと、空中に浮かぶ『黒いシミ』はぞわり、と僅かに揺れた。
 そして、小さかった耳障りな音が、一気に拡大した。
 周波数の合わないラジオのノイズのような。
 否、もっと不愉快で不気味な。

 それは、
     ギチギチと、
                        ザァザァと、
  ジリジリと、
                  脳を侵し、
          精神を冒し、
                         身体を犯す、
    呪詛の声(おと)──

 そして手を伸ばした男性は、
 呑み込まれた。
 黒いシミに。
 群がられ。
 一瞬で。
 喰われ。
 荒らされていた。

 数秒間の空白。
 後に、悲鳴が爆発した。
 人々は我先にと逃げ惑い、進路上にいる人を押し退け、蹴り飛ばし、踏みつけ、とにかく走った。
 その背中に、手近な人間に、黒いシミは襲いかかった。
 人が全力で走るよりも、遥かに速く。
 空を滑り、むしゃぶりつき、喰い荒らした。
 上半身だけ、下半身だけ、頭だけ、腕だけ、足だけ、腹だけ。
 無差別に無選別に無闇に無造作に無茶苦茶に無慈悲に。
 全てを喰らい尽くすこともあったが、多くは喰い散らかされるだけ。
 息絶えるまでの間を、気が狂うほどの痛みと恐怖に苛まれ続けた犠牲者も少なくなかった。
 辺りには血臭が立ち込め、苦悶と悲鳴と泣き声と叫び声と、届かない命乞いの言葉が響いていた。

 後日、判明した犠牲者の数は、実に三十数名にも上った。
 但し、黒いシミによる純粋な犠牲者の数は、その半分以下とも言われている。
 人々が逃げ惑う際の混乱に巻き込まれ、怪我をして動けなくなったり、亡くなってしまった者もいたからだ。
 人が集まっている場所をキメラが選んだのか、はたまた偶然だったのか。
 どちらにしろ、この事件が大惨事であることには変わりがない。
 そして黒いシミ──無論キメラだったのだが──は一度は退治されたものの、数日後に再び同じ街に現れた。
 惨劇の余韻も消えぬ内であったから、犠牲者の数は最初の時より少なくて済んだのがせめてもの慰めであった。

 突如として街の中に現れ、人々を喰い荒らす、黒いシミ。
 その異質さ、凶悪さから、そのキメラはいつの間にかこう呼ばれるようになっていた。

 ──荒喰(あらはみ)

 と。

  ◇ ── ◇ ── ◇

「なんだかこの街も物騒になっちゃったわね。なんだっけ。あらまき?」
「母さん、それを言うならアラハミだよ」
「そうそうそれそれ。まだひと月も経ってないのに、この間ので四回目でしょ? 怖いわよねぇ‥‥」
「っつーか、呪われてるんじゃねーか? この街」
「お兄ちゃん、それを言うなら『狙われてる』の方が正しいんじゃないの?」
「こんな何の変哲もない場所がなんで狙われるんだよ」
「そんなの知らないわよ。バグアにでも聞いたら?」
「聞けるわけねーだろ。馬鹿かお前」
「こらアンタたち。早くご飯食べちゃって」
 母親に注意された兄妹は、声を揃えて返事をする。
 惨劇の舞台になっている都市の住人にしては、些か呑気な会話だった。
 無論、出来事自体に心は痛めているし、危機感も持ってはいる。
 だが先日までの過去四回のキメラの出現。
 その全てが此処とは反対の、北部なのだ。
 田舎とも都会とも言えない地方都市ではあるが、土地だけは無駄に広いので面積はそこそこある。
 故に同じ都市の出来事でも、住んでいる場所が遠く離れた上に、出現場所が偏っているとなれば、今ひとつ現実感に欠ける部分があるのも事実だった。
 これまでが他の場所に比べて平和だったせいもあるのかもしれないが。
 加えて、二回目の被害の後にはUPC軍が駐在し、警戒に当たるようになった。
 そのお陰で三回目、四回目の被害はかなり抑えられている。
 それもまた、不安を和らげる材料となっている面も否定できなかった。
「それじゃお母さん先に出るけど、お弁当持っていくの忘れないでね」
「わかってるって」
「あと、登校中、もしも黒いシミ見つけたら逃げるのよ?」
「それこそわかってるってば。っつーかシミじゃなくて小さい虫型のキメラの群れだってば」
「まあその辺はお母さんはよくわからないけど」
「はいはい。んじゃ行ってらっしゃい」
「もう、あんたは‥‥行ってきます」
 年頃の男の子ともなれば、母親への態度がぞんざいなのはよくある光景だろう。
 仕事に行く母親を見送った息子は、靴下のまま玄関に降りて、鍵をかけた。
 どうせ数十分後には自分も出るのだが、既に習慣なのだ。
「‥‥ん?」
 鍵をかけた時、少年はふと何か妙な音を聞いた気がして動きを止めた。
「外‥‥かな?」
 片目をつぶり、覗き穴から外を窺う。
「‥‥ん?」
 何が目に映っているのか、よくわからなかった。
 目を凝らし、よく観察する。
 ドアから数歩先の地面が赤い液体に汚れ、その中に、膝から下の足だけが二本、転がっていた。
 そのすぐ横に、見覚えのあるバッグ。

 気が付くと、いや、気がついてなどいない。
 ただ無意識に、彼は鍵を開け、家から飛び出していた。
 何かの間違いだと。
 確かめたくて。

「お、母、さん‥‥!」
 まともに声が出ず、喘ぐように呼びかけた。
 きっといるはず。塀の向こうに。
 曲がったばかりのはず。
 呼べば戻ってくるはず。
 はず。
      はず。
            はず。

                       ギチギチと

                       ザァザァと

                       ジリジリと

                      ノイズのような

                        ──音。

                   振り返った少年の視界一杯に。

                        黒い霧。

                        黒いシミ。

                        黒い塊。

                       悪意の群体。

                        ──荒喰。

 ぞぶん、と。
 自分が喰われる音。
 それが、少年が最期に聞いた、音だった。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 閑散とした住宅街に、エンジン音が鳴り響いていた。
 日常を感じさせる音は、他には何一つとして聞こえてこない。
 廃墟等とは別種の、不気味な静けさだった。

 愛梨(gb5765)はバイク形態のAUKVを停めると、周囲に耳を澄ませた。
 気になる物音は特に感じられない。
(この辺には誰もいなさそうね‥‥)
 軍が送ってきた住民の情報は、少々曖昧なものだった。
 彼女が頼んだ時の対応が芳しくなかったので、矢張りと言った所か。
 避難場所が複数ある為、住民の確認が間に合っていないのだ。
 状況的に、しばし混乱が続くのは仕方ないだろう。
 ──それにしても、と愛梨は目を細める。
 事件現場の近くだからか。
 走っている途中、血痕や『人だった物』が目についた。
(許せないわね‥‥)
 奥歯を噛み締めて、込み上げる怒りを抑える。
 と、愛梨は近づいてくるエンジン音に気付いて振り返った。
 鈍名 レイジ(ga8428)のジーザリオが視界に入る。
 車は彼女の側で停まり、
「首尾は‥‥聞くまでもないか」
 表情で察し、レイジは軽く肩を竦めた。
「捜索を続けましょう。あたしは少し路地に入ってみるわね」
「了解。──さて、じゃあもっかい発声練習と行くか」
 車を発進させ、腹の底から響く声で周囲に呼びかける。
 もしキメラが寄ってくるのであれば、好都合だ。
 愛梨も再びAUKVを駆り、入り組んだ住宅地の方へと進路を向けた。
 彼女も同様に、呼びかけを行う。
 細身ながらもよく通る声は、辺りへ響き渡っていった。

  ◇

 能力者達は三手に別れて捜索を行なっていた。
 愛梨とレイジが避難地区の中央部、朧 幸乃(ga3078)と刃霧零奈(gc6291)は東部、西部をエレナ・クルック(ga4247)とエイミー・H・メイヤー(gb5994)、といった具合だ。

 幸乃と零奈の二人は、それぞれSE−445Rとサビクを駆っている。
 しかし一向に住民の気配もキメラの影もなく、目に付く物と言えば事故車が精々だ。
 反応のない呼びかけを繰り返す二人の元に変化が訪れたのは、捜索範囲を半分以上も消化した頃だった。
 幸乃の聴覚が、微かに声を捉える。
 SE−445Rを停め、エンジン音を消す。
「‥‥子供の声! 刃霧さん!」
 振り返り、大きく手を振る。
 零奈は幸乃の様子から事態を察し、即座にサビクから飛び出した。
「どっち!?」
「二時の方向です」
 交わす言葉は最低限に、互いに超人的な速度で駆け出す。
 塀を越え、屋根を走り、電柱の天辺を蹴る。
 二人の視界に映ったのは、泣いている子供だった。
 お母さんと繰り返しながら、無防備に道を歩いている。
 二人は素早く周囲に視線を走らせるが、キメラの姿は見当たらない。
「おーい」
 余計な警戒心は抱かせないように、零奈が少し離れた所から声を掛けた。
 気づいた幼い女の子は、不安そうな表情で振り返った。
「お母さんとはぐれちゃった? 大丈夫、あたし達に任せて。すぐに連れてってあげるよ」
 零奈は優しい声で微笑む。
 しかし女の子は、迷うように視線を揺らした。
 外見から、二人が能力者であることは子供でも理解できる。
 だがまだ心細さの方が大きいのだろう。
(あ、そうだ)
 ふと思い出した幸乃は、パーカーのフードを被った。
 もっふもふのうさ耳が、ふわりと頭上で揺れる。
 すると女の子の表情が、ぱっと明るくなった。
「大丈夫、怖くないから‥‥ね?」
 しゃがんで視線の高さを合わせ、幸乃は柔らかく微笑む。
 数秒間の逡巡はあったが、やがて女の子は小走りに寄ってきた。
 幸乃が抱き留めて背中をぽんぽん、と叩いてあげ、零奈はそっと頭を撫でて上げながら、
「よし、じゃあ車に戻って、あとは軍に救助要──」

 ざわり、と。
 空気の震える、異様な音。
 耳障りな雑音。
 羽音。

「‥‥お出ましですね」
 それは、視界の端から滲み出てきた。

 じわり、と。
 空間に広がる、異質な黒。
 目障りなシミ。
 荒喰──

  ◆

 エレナがランドクラウンを停めるよりも早く、エイミーは助手席から飛び出していた。
 アスファルトの路面につま先が接地すると同時に、粉塵が弾け飛ぶ。
 地を走る姿は、正に【迅雷】。
 彼女の直線上には、背中をこそぎ喰われて倒れかけている男性がいた。
 『一口』で喰らい損ねた『黒い塊』が、再度襲いかかろうとするその寸前で、男性を掻っ攫う。
 棚引いていた彼女の髪の毛先が数ミリ、数匹の羽虫に喰われた。
 獲物を見失ったキメラは僅かに動きを止めたが、すぐにぞわり、と揺れ動く。
 そこへ、
「あなた達の相手はこっちですっ!」
 エレナが駆けつけ、天狗ノ団扇を振るった。
 巻き起こる激しい旋風が、黒い群を掻き乱す。
「今の内に車へ!」
 エイミーは頷く動作すら省き、車へと走った。
 エレナはキメラの前に立ち塞がり、紅に染まった左目で鋭く荒喰を見据える。
 散り散りになっていた黒い粒が見る間に集合し、再び群を形成する。
 そして寒気を催す雑音と共に、視界を覆い尽さんばかりの勢いで襲いかかってきた。
 自身を喰い荒らそうとする羽虫共を、彼女は避けようとしなかった。
 小さなキメラの一匹一匹がはっきり見える程の距離。
 耳元で数十数百の蚊が羽ばたいているような不快音。
 広がっていた荒喰が、愛くるしい少女を無残な肉片に変えようと、殺到する。
 その瞬間──少女を中心に、風が荒れ狂った。
 風の刃は彼女自身も切り裂いたが、同時に、キメラの群をも引き裂く。
 半分ほどが吹き散らされて、力なく地面に落ちた。
「うぅ‥‥成功、です‥‥だいぶ‥‥痛かったですけど‥‥」
 相手の性質と武器の特性を考慮した咄嗟の判断だったが、少々無茶が過ぎたかもしれない。
 痛みに涙を浮かべながら、僅かによろめく。
 その華奢な肩を、しなやかな手が支えた。
「エレナ嬢、彼の治療を。かなりの深手です。それと、ご自分も」
 エレナは頷き、痛みを堪えて車へ急ぐ。
 残党が再集合した羽虫がその後を追いかけようと動くが、当然、
「行かせません」
 エイミーが阻む。
 言うが早いか放たれた銃弾は、群に着弾すると同時に蛍光塗料が広がった。
 虫がはぐれようとも、見落とす危険性は格段に下げられる。
 エイミーは続けざまに【制圧射撃】を見舞う。
 面を意識した射撃ではあったが、数が減っていることもあり、効果は牽制程度か。
「全く、忌々しい蟲ですね」
 金色の愛くるしい大きなつり目を細め、淡々と。
 彼女は流れるような動作で、シエルクラインから『ビスクドール』へと持ち替えた。
 
 ◇

 紅眼の竜が、炎の塊を噴き飛ばした。
 灼熱の弾丸は羽虫の群の一部を焼け焦がし、穿つ。
 しかし穴は見る間に塞がり、再び不気味に蠢き出した。
 個の集合体であるが故に、奴らには『致命傷』が無い。
「ウンザリするな──つっ」
 吐き捨てると同時に、レイジは首筋に微かな痛みを覚え、咄嗟に左手で首を叩いた。
 彼の視界に直接は映らないが、赤い光が弾ける。
 手応えでそれを察すると、逃げる羽虫を即座に見つけ出し、すかさず炎弾を放った。
「くそ、厄介な小虫だぜ‥‥」
 キメラ共は個々が小さい上に素早い。
 愛梨がペイント弾で着色していなければ、更に面倒だっただろう。
 着実に数を削れてはいるが、如何せん焦れる相手だった。
「エイミーや幸乃たちも煩わされていそうね」
 ふぅ、と一呼吸つき、愛梨は『ザフィエル』を構え直す。
 他班がキメラと交戦中なことは、無線連絡で知らされていた。
 気になるのは、そのタイミングが、
「殆ど同時ってのがな‥‥」
 偶然かもしれないが、なんらかの意図も否定できない。
「だがまずはその耳障りな羽音‥‥止めさせてもらうぜ!」
 レイジの左目が赤銅色に強く輝き、オーラが火花の如く弾けた。

 二人は代わる代わるに攻撃を繰り返し、黒い群体を徐々に削っていく。
 数々の戦場を共にした経験からか、レイジと愛梨の連携には無駄がない。
 だが虫は、数が減るほどに狙いをつけ難くなっていく。
 炎弾をするりと躱し、レイジとの距離を詰める荒喰。
(回避は──微妙だな)
 瞬時に判断したレイジは、喰らいついてくる寸前に一撃を返してやろうと、剣の柄に手をかける。
 コンユンクシオ全体が、彼の左目の色に呼応するように赤く輝く。
 単純な速度ならば、間に合わなかっただろう。
 しかし【限界突破】したレイジの行動速度は、後手に回る局面を覆した。
「潰れやがれ!」
 【豪破斬撃】をのせた渾身の一振り。
 剣の面は群を捉え、薙ぎ払った。
 無数の赤い光が弾け、多数の手応えが伝わってくる。
 逃した虫共は、残り僅か。
 あとは面倒だが地道に潰していくしかない。
 と思いかけた直後。
「‥‥マズい!」
 羽虫がこれまでのように集合せず、散らばったまま飛び去ろうとしていた。
(どうする!?)
 追いかけながら逡巡する。
 その背中に、
「レイジ、退いて!」
 愛梨の凛々しく透き通る声。
 レイジは反射的に真横に飛び退いていた。

 まるで砲弾だった。
 否、小型の台風とでも言うべきか。
 レイジが一瞬前までいた空間を、暴風の塊が貫く。
 周囲の物をも吹き飛ばし、龍の顎(あぎと)が直線上の全てを飲み込み、噛み砕く──【騎龍突撃】。
 それが例え、豆粒ほどの羽虫だろうと。
 キメラだろうと。
 関係ない。
 全てを引き千切らんばかりの、衝撃波の渦。

 拭き上げられた粉塵によって煙っていた視界が晴れた時、虫の姿はいなくなっていた。
「派手に仕留めたな」
 剣を肩に担ぎ、レイジが感心半分に声をかける。
「手っ取り早く済んで良かったでしょ?」
 愛梨はしれっと答えると、AUKVから降りてぐるりと周囲を見回した。
「討ち漏らしがいないか確認しましょう」
「だな」
 首肯したレイジは愛梨と共に、その辺の土や小石などを拾い、勢い良くばら撒き始めた。

 ◇

 何度目の爆発か。
 零奈の戦い方は、常に爆炎と爆煙を纏っていた。
 子供には幸乃がついているので心配ないが、キメラの矛先が向かないよう、零奈は群に身を晒し、突っ込み、引っかき回していた。
 そして程良く集められたと見るや、手持ちの弾頭矢を軽く放り、斬りつける。
 羽虫の群どころか、自身をも巻き込む爆発。
 強引な方法故に爆破の威力は本来の性能通りとはいなかったが、攻撃と囮を両方兼ね備える方法としては抜群と言えた。
 幸か不幸か、爆破を連発させたその派手な戦い方は、もう一つのキメラの群をもおびき寄せていた。
 西と中央の班の元に、群がひとつずつ出現している報告は受けている。
 事前に発見されていたキメラの群は出揃ったことになる。
「っと、さっきのが最後の一本だったみたいだね」
 弾頭矢を使い果たしたことに気付き、零奈は小さく息をつく。
 身を挺した攻撃は彼女自身も疲弊させいてたが、それ以上に荒喰共を削っている。
 ふたついた群は、気がつけばひとつになっていた。
 ひとつを壊滅させたのか、はたまた補いあうように合流したのかは定かではないが。
「もうひと踏ん張りだね‥‥」
 鴉羽の柄を握り直し、零奈は呼吸を整える。
「胸糞が悪い蟲だよ、全く‥‥今回は悦に入れないね。さっさと、消えちまいな!」
 黒色の太刀を手に、羽虫の群に突撃する零奈。
 幸乃はやや離れた場所で警戒心を研ぎ澄ませつつ、『ミスティックT』で援護をする。
 ──巻き込んでも構わない。
 そう告げた零奈の覚悟を受け取り、囮となって立ち回る彼女に群がるキメラに、苛烈な電磁波を浴びせかける。
 線や点の攻撃では埒が明かない虫共も、広がりの有る攻撃には脆弱だ。
 電磁波は的確にキメラの群を削ぎ落していった。
 しかし生き残っている個体が減ると、レイジ達の時と同様に、散開して逃走に転じた。
「ちぃっ! 逃げようたってそうはいかないよ!」
 追いかけながら道路脇の植え込みの土を一掴みし、思い切り投げつける。
 パパパッと赤い光が散り、そこへすかさず幸乃が電磁波で追い討ちをかけた。
 殺虫灯に小虫が触れる時にも似た音が、連続で弾ける。
 やがて静かになり、
「逃したキメラは‥‥いないみたいですね」
 幸乃はほっと、肩から力を抜いた。

 ◆

「あーいーりー嬢ー!!」
 愛梨の姿を見るなり、エイミーは満面の笑顔で駆け寄った。
 抱きついて親愛の情を伝えようとするも、
「はいはい」
 と、愛梨はつれない態度だ。
 そんなやり取りに、誰にともなく自然と笑いが溢れた。

 陽が沈み始め、空は鮮やかな橙色に染まっていた。
 彼らはキメラの殲滅後も警戒と捜索を続け、ようやく一段落ついた所だった。
 逃げ遅れていた住民は各班で数人ずつ発見しており、既に軍への受け渡しも済んでいる。
 他の荒喰がいる様子はなかったが、帰宅許可が出るにはもうしばらく時間がかかるだろう。

 今彼らがいるのは、戦場となった住宅地と、避難区域の境界線上だ。
 エレナは両方の場所を交互に見つめ、ぎゅっと手を握った。
「もっと早く来て、もっと早く見つけられていたら‥‥」
 思い出されるのは、血痕や、損壊した遺体の数々。
 悔しさからか、悲しさからか、彼女の頭が小刻みに揺れる。
「嘆く必要はないよ。あたし達の役目はきっちりと果たしたさ」
 撫でやすい位置にある頭をくしゃりと撫で、零奈が笑った。
「そう‥‥ですね」
 くりっとした大きな翡翠色の瞳で零奈を見上げ、頷く。
「とは言え、まだ安心もできねぇけどな」
 厳しい顔つきのまま、レイジが零した。
「これだけ同じ所に湧いてんだ。巣があるか、でなけりゃ放ってるヤツがいるハズだ」
「同感だな。残念ながら、それらしい情報は得られなかったが‥‥」
 愛梨とのじゃれ合いを中断し、エイミーも同意する。
 住民の捜索がてら、プラントや強化人間等の存在にも留意していたが、目ぼしい収穫はなかった。
 だからと言って、偶発的な訳がない。
 ──また、この悲劇が繰り返されるのか?
 そんな考えが一同の脳裏をよぎる。
「‥‥どこから、なんのために来てるんでしょうね‥‥」
 沈痛な面持ちで、幸乃が呟く。
 空気が重苦しくなり、達成感も霧散しかけた折、彼らに近寄ってくる親子が視界に入った。
 母親の方に見覚えはなかったが、手を引かれている女の子を幸乃と零奈は知っていた。
「お母さんに会えたんですね‥‥」
「良かったよほんと」
 ほっとする二人の所に、母親の手を離れた女の子がとてとてと駆け寄ってきた。
 なんだろう? と思った矢先、女の子は幸乃を指さしてニコっと笑い、
「うさみみヒーロー!」
 と元気な大きな声で呼んだ。
「‥‥うさみみ?」
 微妙な沈黙の後、誰かがぽつりと不思議そうに呟き、視線が自然と幸乃の背中に集中する。
「ぷっ‥‥確かに」
 気づいた愛梨が思わず吹き出すと、皆もつられて声を上げた笑った。
 女の子も楽しそうに、嬉しそうにニコニコと、彼らを見上げている。
 それは疲れも痛みも吹き飛ばす、最高の笑顔だった。