タイトル:【CF】Judgment egoistマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/25 17:11

●オープニング本文


「あ‥‥」
 少年は不意に立ち止まった。
「ひっ」
「どうした?」
 声を上げた少年の後ろにぴったりと張り付いていた少女は、彼が急に立ち止まった事に反応できず、ぶつかった驚きと何が起きたのだろうかという恐怖で、小さく悲鳴をあげた。
 どうしたと訊ねたのは、その少女の数歩後ろを歩いていた背の高い少年だ。
「いや、そういえば学校に入る時、玄関の鍵を締め忘れちゃったなぁって思って」
「なんだそんなことかよ‥‥いいじゃねぇか別に。帰る時にまた通るんだし」
「まあそうなんだけど。誰か入ってきたらまずくない?」
「このクソ寒い時期に学校で肝試ししようなんて酔狂な連中が、オレら以外にいるってか?」
「んーまあ‥‥いないかな」
「だろ? さっさと行こうぜ」
 長身の少年の促しにこくりと頷き、先頭の少年は再び歩き始めた。
 懐中電灯をふらふらと動かしながら、暗闇を切り取るように、廊下の床、壁、天井などを適当に照らす。
「ま、政臣くん‥‥あ、あんまり明かり、揺らさないで欲しいなっ‥‥」
 先頭を歩く少年──政臣の上着の端をちょん、と引っ張り、少女は泣きそうな声で懇願する。
「ん、あぁ、ごめんごめん」
 軽く謝りつつ、ぴたり、と前方に固定させる。
 途端、長身の少年が身体を硬直させた。
「──!?」
「どうしたの? 裕貴君」
「今‥‥なんか見えなかったか?」
「いや別に‥‥彩華ちゃんと真君じゃなくて?」
「いやそれなら向こうから声かけてくるだろ。ってかルートが全然違ぇよあいつらとは」
「用務員さん‥‥は宿直室にいるか」
「どっちにしろ黙ってる理由がねぇよ‥‥って、桜花!?」
 少年二人が会話する内に、恐怖が限界に達したのだろう。少女の身体がふらりと揺れた。
 反射的に少年たちは手を伸ばして、桜花の身体を支える。
「ご、ごめんなさい‥‥ありがとう‥‥」
「無理なら戻ろうか?」
 心配しているというよりは、どこか淡々と事実だけを確認する口調の政臣。
「だ、大丈夫‥‥頑張る‥‥」
「ん。そっか。じゃあ行こう」
「‥‥お前、意外と鬼だよな‥‥」
 恐れ入るぜ、と呟く裕貴を、政臣は不思議そうに見たが、軽く首を傾げただけで、前へと向き直った。
 真っ直ぐに前を照らす懐中電灯の白い輪には、今は何も不審な影は見えていなかった。

  ◆ ── ◆ ── ◆

 ──なんなんだあのガキ共は‥‥。
 男はうんざりとした心境で溜め息を吐いた。
 運良く正面玄関の扉が開いていたと思えば、こういう事だったのかと、眉間に皺を寄せる。

 男は逃亡犯だった。
 追手に捕まりかけたもののなんとか退けたが、負わされた傷と疲労は軽視できない程に深かった。
 既に傷は癒えつつあるが、内部に残る損傷と疲労を取り除くには、安静にする必要があった。
 痛む身体に鞭を打ち、人気のない場所を求めて走り回る途中、ふと目に留まったのが学校だ。
 当直だか宿直だかがいる可能性もあるが、どうせ一人だろう。
 見つかったところで始末すれば済むし、他に騒がれる心配もない。
 朝までは安全を確保できるはず。
 そう考え、侵入した。
 彼は、とにかく休息を取りたくて堪らなかったのだ。
 しかし実際は、学生が季節外れの肝試しの最中だったという訳だ。
 ──冗談じゃねぇぞ、全く‥‥けどどうするよ、実際‥‥。
 彼の中で、取るべき選択肢は三つ。

 隠れてやり過ごす
 学校から立ち去る
 ガキ共を黙らせる

 ──いや、三番目はねぇな。
 三人だけでも多いというのに、他に二人もいるらしい。
 おまけに宿直の人間もいるとなれば、相手が一般人でも面倒だ。
 うっかり悲鳴を上げる隙でも与えてしまえば、ややこしいことになる。
 男は呼吸すら休みたいほどに疲れていた。
 ──仕方ねぇ。奴らが来なさそうなトコに隠れてやり過ごすか‥‥。
 肝試しといえば理科室、音楽室辺りが定番だろう。
 準備室が安全そうだが、鍵がかかっている可能性が高い。
 動き回るのが得策とは言えない以上、無駄足は踏みたくなかった。
 向こうは足音を忍ばせる事もなく喋りながら歩いているから、鉢合わせする危険性はないが、慎重になるに越したことはない。
 億劫ながらも考えた結果、男は家庭科室を選んだ。
 肝試しとは無縁と判断したのだ。

 それが間違いだった。

 扉を開ける時、指にかかる抵抗がやけに軽いと感じた。
 と同時、頭の中で警鐘が鳴り響く。
 だが遅い。
 目の前に、少女と少年の二人がいた。
 三者共に、唖然とする。
 男と少女の格好は、鏡写しのようだ。
 殆ど同時に、ドアを開けたのだろう。
 何故、と疑問が浮かぶ。
 何故無音だった。何故無言だった。何故気づかなかった。
 そんな事を考えながらも、いち早く動いたのは男だった。
 しかし、殺すかただ黙らせるかで迷った。
 普段なら迷う余地もなく殺したが、疲労が彼を鈍らせた。
 それが仇となる。
 少女が短く息を吸い込むのがわかった。
 とにかく黙らせるのが先だと思い、男は手を伸ばす。
「──きゃ」
 間に合わなかった。
 ──殺す。
 右手は少女の口を塞いだ。
 その右手に、男は力を込めようとする。
 が、少女の斜め後ろにいた少年が動いた。
 男の右側に。
 左手は届かない。
 右手を使おうと思えば少女を離すことになる。
 ──阿呆か、俺は!
 そして予想外な事は更に続いた。
 少年はこちらを殴ろうとしている。
 一般人の素手の殴打など、避ける意味もない。
 そう考えていたから、焦りはしても身構えはしなかった。
 だが、

「能力者ぁ!?」

 覚醒変化した少年の拳が、男の顎を正確に捉えていた。
 FFの、赤い光が弾ける。

  ◆ ── ◆ ── ◆

 大して広くもない宿直室の中に、二人の大人と五人の子供達がいる。
 しかし一人の大人だけが悠々と空間を占拠し、残りの六人は縄で手足を縛られ、布切れで猿ぐつわをされて、部屋の隅に転がされていた。
「今は殺さない。だが後で殺す。精々そこで怯えながら少ない余生を嘆いてろ」
 男の声は怒りと苛立ちにささくれ立っていたが、同時に深い疲労感も滲ませていた。
 能力者の少年との戦闘で、力の殆どを使い果たしたのだ。
 相手が素手でなければ勝てたかどうかも怪しい。
 その少年は、生命維持ぎりぎりの状態で意識を失っている。
 殺されなかったのではなく、余力がなくて殺しきれなかったのだが、それが普通の人間にわかるはずもない。
 残された者たちは、ただただ恐怖に震えるしかなかった。

 と、思いきや。

(‥‥え、寝た?)
(寝ちゃった‥‥)
(寝たね)
(アホか)
 声は出せないが、子供たちは目配せで互いが何を言いたいか簡単に解った。
 四人は音を立てないよう目で言葉を交わしながら、時間がかかったものの、どうにか一人のポケットから携帯電話を取り出すことに成功した。
 そして更に数十分の苦戦をしたが、能力者の少年の親宛に、一通のメールを送ることに成功する。

『たすけてがっこうばぐあにつかまったいまねてる』

●参加者一覧

椎野 こだま(gb4181
17歳・♀・ER
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN
羽柴 紫(gc8613
17歳・♀・ST

●リプレイ本文

 動き出したのは、誰が一番早かったのか。
 警戒し、身構えていた分、傭兵達の方が初動は早かった。
 しかしアドバンテージは、コンマ数秒。
 その猶予もまた、相手の俊敏さによって埋められ、越された。
 平岡は速かった。
 彼の手が電撃を帯びる。
 間合いはほんの4m程。
 近接も遠隔も、両方の攻撃が可能な距離。
 人質も含めた、全員が射程内。

 迷う余地はなかった。
 迷う者もいなかった。

 半ばまで突き出された平岡の手。
 【瞬天速】を使って飛び込んだシクル・ハーツ(gc1986)が、如来荒神でその手を斬りつける。
 FFの赤光が弾けるのとほぼ同時に、刃霧零奈(gc6291)が人質と平岡の間に【瞬天速】で入りながら、薙刀を鋭く繰り出す。
 絶妙な一撃を、平岡は間一髪で避けた。
 だが無理やり身体を捻った勢いで、体勢は大きく崩れる。
 生じる隙。
 絶好の機会。

 そこに──銀色の弾丸が炸裂した。

 正体はエリーゼ・アレクシア(gc8446)だ。
 彼女は零奈の薙刀の下をくぐり抜け、やや斜め下方から突き上げるように、【瞬天速】を用いた超スピードで平岡に体当たりをぶちかました。
 突進の勢いは止まらず、二人の足は床から離れた。
 そして夜の静寂に、硝子の破砕音が鳴り響く。
 二人の身体は校舎の外に投げ出され、蛍光灯の光を浴びた硝子の破片と、エリーゼから舞う銀色の光の粒子が、暗闇の中に煌めいた。
 と、次の瞬間。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
 苛立ちと憤怒に滾った、平岡の怒声。
 同時に、夜の闇を引き裂いて、窓の外に雷が落ちる。
 直後。
 絹を裂くような、と表現するのも生やさしいほどの、エリーゼの悲鳴。
 シクルと零奈は窓際に駆け寄り、窓の下を見た。
 そこには──

  ◇

「‥‥タイミング、悪」
 通報の内容を知った時の、羽柴 紫(gc8613)の率直な感想だ。
 確かに間が悪いにも程がある事件だろう。
 紫は嘆息しながら、やや離れた場所の校舎を見た。
 暗く、静かだ。
 あの校舎内の何処かに、子供達がいる。
 紫は内心で彼らの無事を祈り、その為に全力を尽くす事を決意した。
「しっかし、往生際が悪い上に人質取るとは‥‥許しがたいねぇ、全く」
「子供達が危ないから、急がないと、ですね」
 零奈の怒り混じりの呟きに、椎野 こだま(gb4181)が神妙な面持ちで応える。
 一刻も早く救出に行きたい所だが、まずは集まった情報の整理が先だ。
 子供たちの人数、名前、平岡の状況、校舎内の見取り図などを確認し合う。
「犯人は今、寝ている可能性が高いです‥‥中でも外でも出来うる限りは、音や気配を殺して‥‥行動しましょう」
 こだまの言葉に、五人は頷きを返した。
「手分けはどのように致します?」
 メシア・ローザリア(gb6467)の発言を受けて、六人はクラスや能力を考慮してざっと話し合った。
 一分とかからずに班分けを終えた後、彼女らは迅速に行動へと移る。
 救出の為に必要な準備には時間をかけた。
 あとは一秒でも早く、子供たちの所へ行くだけだ。
(待ってて下さいね。すぐに助けますから‥‥)
 ぐっと拳を握り、エリーゼは心の中で強く誓った。

 捜索は思いの外、あっさりと手掛かりを掴んだ。
 尤も、明かりの点いた部屋があるのだから、外から見れば一目瞭然である。
 校舎外を捜索していた三人は、校舎内の三人に無線でその事を伝えた。
 すると丁度、不審な部屋がある階と同じ二階の廊下で、シクルが血痕を見つけた所だったと言う。
 これはほぼ間違いないと判断し、彼女たちは再び集合した。
 無事に合流した所で、改めて明かりの点いていた部屋の場所を確かめる。
 廊下の先。校舎の角にある部屋の扉の隙間から、細く白い線が伸びていた。
 六人は、【探査の眼】と【GooDLuck】を使っているローザリアを先頭に、じりじりと近づいて行く。
 やがてその部屋──宿直室のすぐ横に辿り着く。
 ローザリアは最大限に意識を集中し、部屋の中の気配を探った。
 五人が固唾を呑んで見守る中、
 ──大丈夫ですわ。
 彼女は確信を持って頷いた。
 エリーゼが音にならない息を吐く。
 続けてローザリアは、ドアに耳を当てた。
 小窓があれば中を覗けたが、無い以上は仕方がない。
 中は‥‥静かだった。
 衣擦れの音は、恐らく人質のものだろう。
 明らかに複数の音だった。
 それ以外に目立った音はない。
 いや、微かに‥‥規則正しい、深い呼吸音が聞こえる。
 寝ている。
 ローザリアからそう伝えられ、一同は僅かに安堵した。
 ──今の内に救出しよう。
 シクルが素早く唇を動かす。
 異論があるはずもない。
 ローザリアは決して急ぎ慌てることはなく、音を立てないようにドアノブを捻り、
 ──鍵、ですわね‥‥
 開かなかった。
 ──私が取ってきます。職員室にマスターキーがあると思いますし。
 そう唇を刻むなり、エリーゼは抜き足差し足に、その場を離れた。
 程なくして鍵を手に戻り、ついでに彼女が鍵を開けた。
 開錠する音が鳴る際には酷く緊張したが、幸いにも平岡が起きた様子はない。
 余計な音を立てないように、ゆっくりと扉を開ける。
 僅かな隙間から中を覗くと、確かに平岡は寝ているようだった。
 部屋の奥、窓の横にある机の前の椅子に腰掛け、腕組みをして背もたれに体重を預けて俯いている。
 更にドアを開けると、子供たちと目が合った。
 こだまが唇の前に指を立てると、子供たちは小刻みに頷いて応えた。
 と、一人大人も混じっている。
 恐らくは元々宿直室に居た用務員だろう。
 エリーゼはそのまま扉を押さえることにし、まずはこだまが中に入った。
 部屋の隅に集められた六人の中で、一人だけ倒れている少年がいることに気づく。
 一目見て判るほどの満身創痍で、すぐに治療が必要だと見て取れる。
 彼をまず運び出そうと、こだまはローザリアから借りていた担架を使うことにした。
 静かに組み立てるのに些かの時間を要したが、未だに平岡は寝たままだ。
 一人では持てないので視線を仲間に送ると、すっと紫が歩み出た。
 互いに担架の端を握り、慎重に持ち上げる。
 ゆっくりと。着実に。
 あと数歩。

「──なにしてんだ?」

 ◇

 シクルと零奈の視界に映ったのは、平岡に喉を鷲掴みにされて地面に押し付けられているエリーゼの姿だった。
 全力で抵抗しているようだが、そこに再び激しい電撃が見舞われる。
 二度目の悲鳴。
 いや、それは最早絶叫だった。
 無論、ただ黙って見ていたりなどしない。
 既に零奈とシクルは窓から飛び降りていた。
 そして二人が窓枠を飛び越えた直後には、ローザリアが窓から身を乗り出していた。
 平岡を視界に捉えると、即座に【呪歌】を歌う。
 真っ赤なドレスを纏う彼女が、白く淡い光に包まれると同時、平岡にも同じ光が生じた。
 しかし平岡は不快そうに顔を顰めただけだ。
 抵抗されたと見るや、ローザリアは直ぐ様、意識を切り替えた。
 ばさり、とスカートの裾を派手に翻し、照明銃を取り出し、放つ。
「閉じて!」
 その一言で下の二人には通じた。
 流れるような動作で撃たれた照明弾は、平岡の目前で弾けた。
 意表を突かれた平岡は、夜に咲いた小さな太陽に目を焼かれ、苦悶の声を上げる。
 この隙にローザリアも窓枠を越えて、宙に身を躍らせた。

 嵐の様な一瞬が過ぎた後の部屋に残ったのは、こだまと紫だ。
 早急に運び出す必要がなくなったので、紫はまず少年の治療に当たることにした。
 【練成治療】を施すと、ほんの少しだけうめき声が上がる。
「‥‥痛い? でも‥‥男の子だから、あとちょっと我慢して」
 励ますように声をかけるが、しかしこれには反応がない。
「真くん、大丈夫ですか!?」
 今にも泣きそうな声に振り返ると、こだまに拘束を解いてもらった少女が、心底不安そうにこちらを見ていた。
「‥‥大丈夫。心配、いらないから」
 気休めかもしれないとわかっても、紫はそう言った。
 すると少女は、ほっと安心した表情を浮かべる。
「他に怪我人はいない? 皆大丈夫?」
 全員を拘束から解放したこだまの問いに、人質だった者たちは大丈夫と答えた。
「‥‥キミたちと一緒に学校に来た子は、これで全員? 他に、誰か見なかった?」
「オレ達だけです」
「‥‥わかった。ありがとう」
 気丈な表情の長身の少年の肩に、ぽんと手を置く。
「それじゃあ、君たちはここで少し待っててもらえる?」
 こだまはヴィアを取り出しながら、
「あの悪い奴を、さくっと懲らしめてくるから」
 青い目で、ぱちん、とウィンクを飛ばした。

 金色の刃が風を切り裂く。
 FFの赤い光が弾け、平岡は大きく吹き飛んだ。
 ──いや、自分から跳んだのか。
 冷静に分析し、シクルは間髪入れずに追撃しようとして、踏みとどまった。
 彼女より一瞬早く動き出していた零奈が、シクルを追い抜いて平岡に飛びかかる。
 シクルは一拍だけ待ってから、やや迂回して平岡の横へと回る。
「はぁぁっ!」
 裂帛の気合を吐き出し、零奈は薙刀を振り下ろす。
 銀色の光は体勢を崩したままの平岡を強襲したが、
「なぁめぇるぅなぁぁぁぁぁぁ!!」
 怒声と共に突き出された右手によって、真っ向から受け止められた。
 刃はFFを突き抜けて右手に食い込んだが、平岡は委細構わず電撃を放つ。
 零奈の全身を、引きつるような痛みが貫いた。
「くぅっ」
 飛び退く零奈。
 それと入れ違いに、シクルが飛び込む。
 鋭い突きが平岡を捉えた──かに見えたが、片耳を横に真っ二つにするに留まった。
「調子づくなよ小娘共がっ!!」
 迸る電撃。
 しかし既にシクルは退いており、平岡の手は空を切る。
「──大丈夫?」
 心配するシクルに、
「はっ。このくらいなんともないよ。それより、このギリギリのスリル‥‥堪らないねぇ」
 電撃のせいで痙攣する左手を力づくで黙らせ、零奈は嬉しそうに微笑んだ。
「楽しむのはご自由ですが、どうか程々に──ふっ」
 忠告めいた言葉を残したローザリアが、気合の声を置き去りにして平岡に肉薄した。
 イキシアを装着した彼女の美脚が、流麗な動作で繰り出される。
 近接距離は平岡に取って望む所なのだが、キックやムエタイとは異なる独特の間合いのサバットによる蹴撃は、平岡に苛立ちを募らせた。
「くっ、そっ、がっ!」
 消耗した身体でよくぞここまで、という程に平岡は躱し続ける。
 しかしシクルと零奈が見計らったタイミングで攻撃を繰り出す為、確実にダメージは蓄積されていった。
 更にこだまと、こだまの【練成治療】を受けて立ち上がったエリーゼ、それに紫も戦列に加わる。
 とは言え、六人が広い場所に平岡を誘い込んで包囲してしまおうとするのに対し、平岡は数的不利を極力抑えようと立ち回る為、なかなか決定機を作ることができずにいた。
「‥‥てめぇら、群れて恥ずかしくねぇのかよ!」
 攻防の最中に平岡が叫ぶ。
「どの口が言ってるんだ」
 零奈の指摘は正しいなんてものじゃない。
「畜生が‥‥俺は神に選ばれた審判者だぞ‥‥神の雷を操る審判者だぞ‥‥」
 唐突に意味不明なことを言い出した平岡に、一同は呆れを覚える。
「‥‥頭、イカれた?」
「元からおかしいのだろう」
 言葉を交わし合う紫とシクルを、平岡は血走った目で睨みつけた。
「死刑だ! てめぇらから死刑だ!!」
 激情に任せた猪突猛進。
「見苦しい方だこと。わたくし、美しさの無い方、無粋な方は嫌いなの」
 冷え切った美声を転がし、ローザリアは側面から強烈な蹴りを食らわせた。
 平岡は勢い良く地面を転がりながらもそのまま立ち上がり、
「ってぇーなクソが! 畜生‥‥なんか弱そうなてめぇからだ!」
 蹴りをくれたローザリア、ではなく、こだまに標的を切り替えて襲いかかる。
「うちのこと、なめないほうが‥‥いいよ」
 侮られたならば、目に物を見せてやればいい。
 こだまは決して取り乱すこと無く、落ち着いて平岡の猛攻を捌く。
 防戦に追い込まれたように見せかけながら、【練成弱体】をかけ、仲間に視線で合図を送る。
 応えたのは零奈だ。
「もっと楽しませて欲しかったんだけどねぇ!」
 こだまを攻める事に夢中になっていた平岡の死角から、薙刀を繰り出した。
 銀の刃がFFの赤い光を突き破り、鮮血の赤が弾け飛ぶ。
「ちっ! くしょう‥‥がぁぁぁ!」
 ぐるり、と身体を捻り、平岡の右手が電撃を帯びる。
「悪足掻きは頂けないねぇ?」
 するり、と攻撃を躱し、零奈は冷静に右手を叩き切る。
 ぐらり、と身体が傾き、平岡の両手がだらりと下がる。
「さあ、そろそろ跪くがよろしいわ!」
 ふわり、と身体が舞い、ローザリアの左足が弧を描く。
 舞踏さながらの華麗な蹴撃は、正確に平岡の顎を捉えていた。
 ローザリアの宣告通り、地面に膝をつく平岡。
 その彼に、
「降参、して頂けますね?」
 エリーゼが穏やかに声を掛けた。
 全身に雷撃を浴びる程の酷い目に遭わされながらもそう言えるのは、彼女の強さだろうか。
「‥‥、‥‥‥‥」
 平岡は何か呟いたようだが、聞きとることはできなかった。
「なんですか?」
 聞き取るために近づこうとするエリーゼ。

 シクルが動くのと、平岡が顔を上げるのは、殆ど同時だった。

「──道連れだ」

 ◇

 救急車の回転灯が、暗闇の中を赤く照らしている。
「ありがとうございました」
 担架に乗せられて救急車に運び込まれる途中の真少年が、弱々しいながらもはっきりと告げてきた。
 傭兵たちの応急処置の甲斐があり、取り合えず大丈夫と言える程度にまでは回復していたのだ。
 シクルは「いいのよ」と首を横に振り、
「お姉さん達が早くあの人を見つけられなかったばっかりに、怪我させちゃってゴメンね。それと、皆を守ってくれてありがとう」
 微笑みかけながら、少年の頭を撫でた。
 続いて、
「まあ、これに懲りたら、危ないコトはしないようにね?」
「好奇心旺盛なのはよろしいけれど、自衛の手段も考慮にいれましょうね」
 零奈とローザリアは優しく諭し、
「一日も早く元気になってね」
「‥‥安静に、するんだよ」
「肝試しは夏にしましょうね」
 こだま、紫、エリーゼは思い思いに励ましを送った。

 遠ざかる救急車の後ろ姿を見送り、彼女たちもようやく一息をつく。
「やっと片付きましたね」
「片付きましたね、じゃないわよ?」
 すっかり緊張感をなくしたエリーゼの頭を、シクルがこつんと軽く小突く。
「あはは‥‥すみません。ありがとうございました」
 深々と頭を下げるエリーゼ。
 理由は、強化人間の自爆から助けてもらったからだ。
 シクルが警戒していたお陰で、巻き込まれずに済んだのである。
 平岡は、跡形もなくなっていた。
 エリーゼはそれを、少し悲しく思う。
(みんな仲良くできるのが、一番なのにな)
 その思いは言葉になることはなく、ひっそりと夜の静けさの中に、溶けていった。