●リプレイ本文
撮影係の女性に声を掛けられる、少し前。
「節分時に鬼型のキメラか。どこのバグアか知らないが、よくやる」
咥えた煙草をくゆらせて、鳳 勇(
gc4096)はキメラがいる廃村の方向を睨むように目を細めた。
吹き抜ける凍てついた風が、立ち昇る紫煙をかき消す。
「三年前の強化人間よりマシだね〜」
そう応えたドクター・ウェスト(
ga0241)は、自身が請け負った過去の依頼を思い出していた。
一方で、
「何だと、もうセツブンの時期か?! く‥‥最近やたらと時間が経つのが早くなった気がするな‥‥」
ルーガ・バルハザード(
gc8043)は、キメラとは関係ない事で動揺していた。
(と、年を取ったせいだとは考えたくないが‥‥ッ)
内心での発言だが、苦悩が表情に出てしまっている。
時の流れとは、一歳に取っての一年は当人の人生における一分の一だが、二十歳になれば二十分の一だ。
感覚として、短く早く感じるのは道理だろう。
それが『老い』と直結するかは、また別の問題だが。
「セツブンか〜、恵方巻もソウだったがジャパンの行事だよね〜」
「そうだな。まあ、厄払いや縁起かつぎはどこの国でもあるものだが」
ドクターの台詞に応じる鳳。
この時期の日本は何かと行事が立て続いていたりもするが、やはり新年度を迎えるに当っての事なのだろうか。
といった所で、撮影係の女性がこちらを振り返った。
声をかけられ、袋に入った豆を渡される一同。
依頼内容は当然把握しているが、いざ目の当たりにするとなんとも滑稽である。
しかし仕事は仕事だ。
気を引き締めつつ、彼らはいよいよ撮影─もとい、キメラ退治へと臨む。
「さて、エキスパートはキャバルリーと違うからな。肩慣らしには丁度いい」
虹色が入り混じった緑のオーラを纏い、金色だった髪が漆黒に変化した鳳が、好戦的な笑みを浮かべる。
渡された豆を、片手で簡単に取り出せるように腰の後ろに縛り付けながら、
「我は赤い方を仕留める。青いのを宜しくな。ウェスト氏」
眼球を強く輝かせ、楕円形のディスプレイのような紋章を自らの周囲に浮かべたドクターへと声をかけた。
「任されたよ〜」
口調は普段と変わらないが、眼光は冷たく鋭い。
「──相手が鬼なら私も鬼に成りましょうか‥‥」
そう呟いたのは、それまで静けさを保っていた終夜・無月(
ga3084)だ。
ゆらりと流麗な物腰で、先陣を切る一歩目を踏み出した。
美少年だった外見は美少女へと変容し、その傍らには煌羅の狼と鎧を携え、
「まぁ‥鬼は鬼でも鬼を喰らう鬼‥羅刹ですが‥‥」
うっすらと冷たい微笑を浮かべて。
三人に数歩遅れたが、ルーガも続く。
遅れたのは撮影係の女性と、アングルや撮影ポイントについて軽く打ち合わせていたからだった。
気合を入れ直すように愛用の『烈火』の柄を握り締め、
「それじゃあ、オニ退治といこうか」
真っ白な雪面に、足跡を刻み込んだ。
◇ ── ◇ ── ◇
雪山の起伏や建物によって姿が見えなくなっていたキメラだが、村に近づけは探すまでもなかった。
奴らが発生源であろう騒音が、否応なしに聞こえてきたからだ。
咆哮と破壊音。
無人の廃墟を相手に、暇な連中である。
ルーガは手近な建物の屋根に登ると、まだ破壊されていない家屋を選びつつ、屋根伝いに騒音の方向を目指した。
すぐに二体のキメラを視界に捉え、仲間へと仕草で合図を送る。
左側に赤鬼、右側に青鬼。
瓦礫や家屋の位置関係上、回り込めば挟み討ちに出来る状況だった。
ルーガと共に赤鬼を担当する鳳は迂回する形で左側へ向かい、青鬼を受け持つドクターと無月はそのまま直進。
鳳とのタイミングを合わせる為に、二人は一旦、建物の影に身を潜める。
やや遅れて鳳も配置についたのを横目で把握し、ルーガは【先手必勝】を発動させた。
そして間髪入れずに、赤鬼を目掛けて【ソニックブーム】を放つ。
音速の衝撃波が、完全な奇襲となって、赤鬼の巨躯を切りつけた。
この攻撃を皮切りに、傭兵たちの猛攻が始まる。
物陰から飛び出したドクターは、仲間全員を視界と射程内に収めたことを確認し、【錬成強化】を放った。
ドクターの支援を受け、全員の武器が淡く光り輝く。
続いて自らに【電波増強】を施し──青鬼へ向けてエネルギーガンをぶっ放した。
注意がルーガに向いていたこともあり、その一発は不意打ちとなって青鬼を捉えた。
直前で気がついたキメラの咄嗟の回避行動で、直撃こそ避けられたが、初撃にして膝をつかせるほどの大きなダメージが入る。
機先を制するには、絶好の一撃だった。
鳳はルーガの攻撃を受けて体勢を崩した赤鬼の、真正面へと大胆に踏み込んだ。
相手の背後にいる青鬼の位置を確認させないよう、驟雨で攻撃を加えて注意を引きつける。
猛然と振り下ろされる金棒を巧みに【弾き落とし】、キメラの意識が青鬼に向く気配があれば、わざと隙を見せて攻撃を誘うか、執拗に斬撃を浴びせることで自身へと視線を集中させた。
やがて頭に血が昇った赤鬼が、苛立ちも露わに大振りの一撃を繰り出す。
そんな見え見えの攻撃を食らうはずもなく、容易に躱し、すかさず反撃。
するりと透明な軌跡を描いた驟雨が、キメラの顔面を浅いながらも斜めに切り裂く。
怯む赤鬼。
ルーガはその隙を待っていた。
「ふはははは!」
高らかに笑い声を上げ、
「魔を滅するから──豆まき!!」
屋根の上から飛び降りながら、彼女は大量の豆を一気に投げつけた。
少々の勢いをつけた所で、豆は豆。
普通の人間でもかすり傷ひとつ負わない程度であるから、キメラのFFが発動することもない。
豆は見事に、ピシピシと鬼に浴びせられた。
(これはいい画が撮れたわ!)
と撮影係が内心で小躍りしたとか、しないとか。
だが良い演出を決めた立役者本人は、
「‥‥ただのオッサンジョークではないかああああッ!!」
着地と同時に頭を抱えて、自らの発言を激しく後悔していた。
ちょっと可愛い。
無月は一足飛びに、ドクターの攻撃で膝をついた青鬼の懐へと潜り込んだ。
雪面に膝をついたままの、手頃な高さにあるキメラの顎を、敢えて拳で殴り上げる。
確かな手応えと共に跳ね上がる鬼の頭。
続けざま、巨躯をぐらつかせるキメラの側頭部へ流れるような回し蹴りを食らわせる。
衝撃の強さに吹き飛ぶ青鬼。
そこへすかさず、無月は【豪力発現】を用いて、渾身の力で豆を投げつけた。
もはや、到底豆まきとは言えぬ一投。
それは既に銃撃──否、砲撃。
たかが豆、されど豆。
音すら置き去りにしそうな勢いで投げられた豆は、キメラに当たると同時、赤く光る皮膜に弾き飛ばされた。
「あれだけの速度だと、FFも反応するんだね〜」
多少感心した表情を浮かべたのはドクターだ。
ならば試しにと、エミタエネルギーを豆に込めようと念じ、力をいれるが
「まあ、当たり前だよね〜」
当人も予想していた通り、爆ぜ散ってしまった。
「FFを張れなくなるまで弱らせようか〜」
「了解」
魔剣と魔狼を構える無月と肩を並べ、ドクターも機械剣αを構える。
半瞬の呼吸。
雪煙が立つほどに雪面を蹴り、二人はキメラへと肉迫した。
「さて、こちらの誘いに乗ってくれたようだな」
牽制と誘導を巧みに織り交ぜ繰り返す鳳の戦略に、赤鬼は完全に翻弄されていた。
「後はルーガ氏が決めてくれれば、そこが狙い目か」
徐々に弱ってきたキメラの動きは、当初の素早さも失われつつある。
青鬼も無月とドクターが手玉に取っているし、大分余裕を感じられるようになってきていた。
ならばと、鳳は驟雨を右手に持ち替えて、
「では節分らしく‥‥鬼は、外っ!」
空いた左手で赤鬼の顔へと、豆を投げつけた。
キメラに取っては蚊に刺されるよりもささやかな刺激だが、小馬鹿にされた感が物凄い。
それを鳳が攻撃の合間に繰り返すものだから、赤鬼はただでさえ赤い顔を更に真赤にさせて、怒り任せの攻撃を繰り返すようになった。
単調だが勢いがあると、少々厄介だ。
しかしそこで調子づかせるほど、こちらも甘くはない。
炎の刃紋が、赤い鬼を切り裂いた。
ルーガが振るう刀の軌道に合わせて舞う火の粉のような光に、キメラの鮮血が混じる。
返す刀で、ルーガはキメラの胴体を逆袈裟に斬り上げた。
浅い──が。
本命は、次の一撃。
気勢を削がれ、半歩下がったキメラに対し、ルーガは大きく踏み込んだ。
「失せろ!」
振り上げた大上段の烈火を、満身の力で振り下ろす。
「鬼は──外ぉ!!」
会心とも言える一撃は、キメラの巨体を大きく吹き飛ばした。
キメラは雪山に突っ込み、盛大な雪煙が巻き上がる。
実に映像に映えるシーンだ。
「まあ、もう外に出ているような気もするがッ!」
自分でツッコミを入れつつも、よろめきながら立ち上がろうとするキメラに、追い討ちのようにシャワーのごとく豆を浴びせかけるルーガであった。
そしてこの絶好の機を、鳳は逃さなかった。
キメラが立ち直る前にと全速力で駆け寄り、跳躍。
狙いは、首元。
【紅蓮衝撃】による炎のようなオーラが彼の身体を包み、裂帛の気合を込めた【瞬即撃】の一撃。
「鳳隼流・紅覇瞬刃!」
凛とした声。
跳躍と、刀を振るった勢いの余韻で、鳳はキメラからやや離れた位置に着地する。
キメラは立ち上がりかけの中途半端な姿勢のまま硬直していたが、やがて──
ずるり、と。
胴体と泣き別れした頭部が、雪面にごろりと転がる。
噴き上がる血は真っ白な雪面を不気味に染め、その自ら彩った赤い絨毯の中へと、鬼は崩れ落ちた。
ドクターと無月が相手取る青鬼は、ともすれば見てる方が同情を覚え兼ねないほどに満身創痍だった。
無月の驚異的な身体能力と攻撃技術に手も足も出ず。
ドクターの冷静な分析による立ち回りに翻弄され。
赤鬼に比べて中途半端に知恵があるせいで、彼我の実力差をより絶望的に感じ取っていた。
だが、逃走する隙すらもありはしない。
的確に急所を狙う無月の攻撃は、キメラの運動性能を着実に削っていた。
もはやキメラが満足に動かせる箇所は皆無とさえ言える。
「そろそろ仕上げに入ろうか〜」
瀕死も目前なキメラの様子を見て、ドクターが無月に呼びかける。
「そうですね‥‥ひとつ、派手に締めくくりましょうか」
無月の合意を受けて、ドクターは撮影係がいる方向に軽く手を振って合図を送った。
その次の瞬間には、無月は雪面を蹴り、青鬼へ接近する。
そして壁のような巨体に、渾身の【天地撃】をぶち当てた。
水平でも垂直方向でもなく、緩い放物線を描くように、打ち上げる。
そこへ、無月は再び豆の砲撃を炸裂させた。
【天地撃】が決め手になったのだろう。
今度はFFに弾かれることもなく、キメラ自身の皮膚にぶつかって粉々になった。
映像的にはこれで抜群だが、無月の行動はまだ終わらない。
落下し始めたキメラを追うように跳躍し、既に息絶えている相手に──【剣劇】。
舞う魔剣は、正に電光石火。
切り裂かれたキメラは、その巨体が落下し切る時、既に原型を留めておらず、バラバラの肉塊となって散らばっていた。
返り血ひとつ浴びること無く、無月は涼しい顔をして魔剣についた血を振り払う。
「いい映像、撮れたかね〜」
少々過激ではあるが、実に見栄えする映像にはなっていることだろう。
ドクターが振り返って目を凝らせば、遠く安全な場所でカメラを構えている撮影係が、興奮している様子が見て取れた。
「撮れたみたいだね〜」
◇ ── ◇ ── ◇
のんびりとした足取りで戻る四人を、撮影係の女性が手を振って出迎える。
その表情を見るに、どうやら問題なさそうだが、
「あんな感じでよかったのか?」
鳳は念のためにと確認しておく。
「想像以上だったわよ。もっとふざけた感じになるかと思ってたけど、凄い迫力だったわね」
興奮冷めやらぬ、といった様子だ。
女性はハンディカムのディスプレイを見直しては、感嘆を漏らしている。
その彼女に変わり、長身の青年が「お疲れ様でした」と労いを口にする。
「如何でしたか?」
「まあ、大したことはなかったね〜」
自らの荷物を整理しながら、ドクターが答える。
「些か手応えに欠けました‥‥」
物足りなさそうな無月だが、彼の実力で手応えを感じる相手というのも、そうそういないだろう。
「実力差があったから、画に拘れたっていうのもあるけどね〜」
確かにドクターの言う通りだろう。
これで能力が拮抗していたら、演出どころの話ではなかったはずだ。
「ま、なんにせよ無事に終わってよかった」
戦闘後の一服を吸いながら、鳳が肩を竦めた。
「しかし、お偉いさんも丁度良いキメラが出たからといって、こんな命令を下すとはな」
「申し訳ないです‥‥」
「あんたが謝ることじゃないさ」
畏まる青年に、鳳は笑いかける。
「たまにならこういうのもいいだろう」
尤も、珍奇なキメラ自体は色々と存在していたりもするが‥‥。
撮影したものをひと通り見返して満足したのか、女性が「さて」と場を仕切った。
「それじゃあ帰りましょうか」
こんな場所に居続ける理由もない。
特に異議もなく、一同は車両に向かおうとして、
「──失礼」
はっ、とした声で、ルーガが足を止めた。
「忘れ物だ。すぐ戻る。先に車に戻っていてくれ」
訊ねる声が飛ぶより早く、廃村の方へと走るルーガ。
残された者たちは軽く顔を見合わせた後、彼女が言う通り、先に車に戻っておくことにした。
して、ルーガが何を取りに廃村に戻ったかと言えば。
「‥‥18、19」
豆を拾っていた。
どうやら律儀に、自分の年分を食べるつもりらしい。
「27、‥‥28」
拾い終わり、
「‥‥はああぁぁ」
と、深く大きな溜め息。
二十五歳の曲がり角はとうに過ぎた。
俗に言う『アラサー』だ。
悲哀の篭った目で、自らの拾った豆を見つつ。
彼女は待たせている仲間たちの元へと、足を急がせた──