●リプレイ本文
「バグアを罠に掛けたつもりが、自ら罠に嵌ってしまったか。皮肉なもんだ」
しかめつらしく言いつつも、誰よりも早く準備を始めた杠葉 凛生(
gb6638)。
「仲間を助けたいと思うのは当然のことです。俺達に任せて下さい」
レライエ救出を懇願してきた男の肩に手を乗せ、頼もしく応じる木場・純平(
ga3277)。
「武士は決して仲間を見捨てん!」
男の手を固く握り、熱く答える堺・清四郎(
gb3564)。
「まぁ、放っといたら寝覚めが悪いしな‥‥もう一仕事、頑張るとするか」
地図は本作戦前に記憶済みだが、念の為に再度確認しながら呟くレイヴァー(
gb0805)。
「予想外の事は起こるものですよ、アル。お互い頑張りしましょう」
レイヴァーと共に地図を見ながら、レライエの隠れていそうな場所を推測するトリストラム(
gb0815)。
「ですが、少々シビアですね。あの中から人一人を探せというのは」
レライエの担当区域を聞いてきた日野 竜彦(
gb6596)は、柔和な顔を曇らせて呟く。
「しかし猶予は少ない。迷っている暇はないな」
淡々と告げ、皆の覚悟を確認するように視線を巡らせるホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。
「する事は‥‥一つ、だね‥‥」
一同を代表するようにリュス・リクス・リニク(
ga6209)は小さく頷き、静かに呟いた。
「時間が無いとは言え、無策で突っ込むわけにもいきません」
トリストラムの尤もな発言に、全員が首肯した。
レライエの予定撤退ルート上を遡るように捜索することを得策と考え、進路上の建物で隠れられそうな場所にあたりをつけておく。
要の救出班には、レイヴァー、トリストラム、竜彦の三人。
彼らが迅速に捜索できるように、キメラを引き付ける囮班として純平、リニク、清四郎。
ホアキンと凛生は救出班がレライエを発見後、安全に撤退できるように道の確保を務める。
各々の特性を考慮した上での班分けだ。
あとは各自が最善を尽くす他に打つ手は無いだろう。
「残り時間は?」
清四郎の問いに、UPCの軍人は「一八五秒です」と答える。
「よし、時計を合わせるぞ。三‥‥二‥‥一‥‥」
ホアキンの掛け声で、全員が秒針を揃えた。
「退路の確保は任せろ。レライエを頼むぞ」
凛生の言葉を受け、救出班は頷き返す。
「幸運を」
台詞に合わせて『GooDLuck』を発動させたトリストラムは、皆に向けて優雅に微笑みながら親指を立ててみせた。
「──では行きますか」
そう告げて純平は、地を蹴り先陣を切って死地へと飛び込んだ。すかさず続くリニクと清四郎。
残された時間は約三分。
貴い仲間を救うための作戦(カウントダウン)が始まった。
キメラとの擦れ違いざま、パイルスピアで斬りつける純平。キメラは怒りの咆哮を上げて純平を追いかける。
その一体に留まらず、進路上に立ちはだかる邪魔なキメラを、純平は続け様に斬っていく。
複数のキメラとの距離を絶妙に保ちながら、建物やドラム缶の影に入るなどして僅かでも隙を作り出すと、深く息を吸い込んでレライエに大声で呼び掛ける。これで救出が来たことが彼女に伝われば御の字だし、届いてなくともキメラの注意が引けるだろう。
一方、純平が開いた突破口に突入したリニクと清四郎は、彼に興味を示さなかったキメラ共へとそれぞれ狙いを定めた。
「ふふ。さぁ、爆炎のダンスに付き合ってください」
弾頭矢を構えた弓を引き絞り、リニクはスキル全開で大型の甲虫型キメラへと攻撃を放った。そして間、髪を容れずに次々と弾頭矢を放つ。
都合三発。
機先を制された甲虫キメラはかわすこと能わず、直撃を受けて爆炎に塗れた。轟音が響き、やや離れたところでUPC軍と対峙していたキメラ共の注意が、自身へと向けられるのを感じる。
清四郎の方は、キメラの群へとアサルトライフルの弾雨を浴びせていた。
子供ほどの大きさの魚に人の手足をくっつけたようなキメラ共が、不快な雄叫びを上げて清四郎へと矛先を向ける。
弾切れになったアサルトライフルからデヴァステイターへと持ち替え、清四郎は更なる銃撃を浴びせた。
魚人キメラが怯んだ隙に、アサルトライフルの銃身を膝の裏で挟み、弾倉を器用に交換する。
二人は互いの死角を補うように動きながら、多くのキメラを引き付けて場所を移して行った。
囮班の派手な陽動により、近場のキメラは姿を消していた。見える範囲では支障となりそうなキメラはいない。
双眼鏡から目を離したホアキンは凛生と頷き合うと、慎重且つ迅速に進入を開始した。
物陰などにキメラが隠れていないか確認した後、救出班へと合図を送る。
救出班と擦れ違う時、二人は彼らと拳を軽くぶつけ合った。
口には出さず、思いを込めて。
まずは順調に第一段階をクリアーしたと言えるが、二人の本番はここからだ。
囮班の騒ぎに釣られて、遠くにいたキメラ共が徐々に集まり始めている。
無言でハンドサインを交し合い、互いの姿が視認できる場所に、それぞれ身を隠した。
息を潜め、キメラが姿を現すのを待つ。
ホアキンがサインを送る。凛生は頷き返す。
凛生は足元に転がる手頃なサイズの瓦礫を拾い、近付いてきたキメラの側へと放り投げた。牛頭人身のキメラの注意が、物音の方へと向けられる。
がら空きの背中へ、ホアキンは容赦なく『先手必勝』と『急所突き』を発動させて飛び込んだ。
しかし奇襲に気付いたのか、キメラは身体を振り返らせようとしている。
そこへ凛生の銃撃がキメラの顔面へと浴びせられた。
再び注意が逸れる。
次の瞬間、人間であれば頚椎に当たる部分に、ホアキンの刀が突き立てられていた。
掠れた悲鳴を上げ、宙を掻くように何度か手をばたつかせ、地面へと倒れ伏すキメラ。
ホアキンは素早く物陰に戻り、凛生へ『GJ』と親指を立てる。
ふっ、と口の端を綻ばせるだけの微笑を浮かべ、凛生も同じ動作を相棒へと返した。
「キメラがいなくて捜索が楽なのはいいんだけどさぁ」
不満そうな声のレイヴァーに、
「見つかりませんね、レライエさん」
トリストラムは難しい表情で応じた。
無論、話す間も捜索は続けている。
一見するとただ走りながら建物の中を通っているだけの三人だが、覚醒時の能力者の五感は知覚できる情報量が一般人とは桁が違う。大人一人を探すくらいなら、走りながらで充分だった。
良く言えば順調に、悪く言えば成果なく、捜索は進んでいく。
変化が訪れたのは、予定ルートの三分の二を消化した辺りだった。
数匹のキメラが、何かを探すように徘徊しているのを竜彦が発見した。
「状況的に、レライエさんを探してるのが妥当かと」
竜彦の言葉に二人とも異論はなかった。となれば、この近辺の建物に潜伏している可能性が高い。
「速攻で片付けるべきだろうか?」
「四匹いますね。三匹は雑魚のように見えますが、残りの一匹は手強そうじゃありませんか?」
問いかけてきた竜彦に、レイヴァーがかしこまった口調で答える。
「時間がありません。こうしましょう」
そう言って、トリストラムは作戦を提案した。
雑魚を思しき三体を各々が担当。理想は瞬殺だが、倒せなくとも竜彦とレイヴァーの二人は即座に離脱。残ったキメラをトリストラムが受け持ち、二人はその間にレライエを探し出す。
代替案を検討している余裕もない。
二人は首肯し、トリストラムと拳を打ち交わし合った。
「少々引き付け過ぎてしまいましたか?」
周囲に群がるキメラの数を見て、リニクはやや眉を顰めたが、
「問題ない!」
清四郎は力強く断言した。
リニクが要所要所で放つ弾頭矢は効果抜群で、多くのキメラを集めることに成功していた。
囲まれそうになれば清四郎が突破口を開き、決して足を止めることなくキメラの群を翻弄する。
中にはすばしっこいのもいて、銃撃と矢を掻い潜って接近してくるキメラもいたが──
「あいにくこっちの方が得意でね!」
気合一閃。
刀に持ち替えた清四郎の『紅蓮衝撃』が、猪口才なキメラを一刀の元に切り伏せる。
その時、無線に通信が入ってきた。
リニクにキメラの牽制を任せ、応対する清四郎の耳に飛び込んできたのは朗報だ。
『レライエの救出に成功。今から離脱する』
「そうか! 早く脱出してくれよ? こちらもそろそろキツイ!」
「ではもう少しの間だけ、キメラのお相手をいたしましょうか」
艶然と微笑み、弓に弾頭矢をつがえるリニク。
飛び掛ろうとしていたキメラの頭部へ見事命中し、炎が爆ぜた。
二人とは離れたところで陽動を行っていた純平も、救出の通信を受け取っていた。
「了解です。ではもう暫く、気張るとしますか」
それまでは出口付近でキメラを引き寄せていたが、今度は一転して奥地へと誘導する。
間合いに気を配りながら、ヒット&アウェイを繰り返して巧妙にキメラを引きずっていく。距離を詰められることもままあったが、その際には『疾風脚』を使って急場を凌いでいた。
徐々に数を増すキメラを捌きながら、充分に距離を稼いだと判断したところで、純平は一気に離脱へと転じた。
追い縋るキメラの鼻っ柱に一撃を加え、後続のキメラ共へと渾身の力で蹴り飛ばす。
建物の間を縫うように疾走する純平を、見失わずに負い続けられるキメラはいなかった。
レライエを抱え、竜彦は退路を全速力で走る。
爆破までの猶予が無い以上、急ぐのは当然だが、他にも理由があった。
ひとつはレライエの状態。彼女の左脚は、太腿の半ばから下がなかった。
発見時、彼女は自身で止血処理をした姿勢のままで気絶していた。
もうひとつは、後方に迫るキメラ共。
当初に遭遇した四匹の内、三匹は予定通りに片付いたが、残りの一匹が想像以上に厄介だった。
トリストラムが抑えている間にレライエを救出することはできたものの、あろうことかそのキメラは仲間を呼んだのだ。
今竜彦の後ろでは、レイヴァーとトリストラムの二人が必死に牽制をしている。
異様な速度で地を這う大蛇キメラへと、レイヴァーはアーミーナイフを投擲した。頭こそ外したが、胴体を貫き地面へと縫いつける。
「申し訳ありませんが、貴方達の相手をしている余裕は御座いませんので」
しかし追撃はそれだけに留まらない。
小型犬サイズの鼠型キメラが、次々とレイヴァーに向かって飛び掛る。
迎撃の構えを取るレイヴァーだったが、その必要はなかった。
トリストラムの放った黒色のエネルギー弾が何体かのキメラを捕らえ、黒球が発生する。黒球は周囲のキメラをも巻き込み、一体たりともレイヴァーへと届かせなかった。
「アル、先に行きなさい」
反論しかけた言葉を、レイヴァーは咄嗟に飲み込んだ。
竜彦の前方に燃え盛るたてがみの馬型キメラが立ち塞がっている。レライエを抱えて両手が塞がっている竜彦の代わりに、彼が退かさなければならない。
「了解、トリス」
レイヴァーは蛇剋を構え、『瞬天速』を使って突っ込んだ。そして勢いもそのままに短剣をキメラの脚に突き立て、切り裂く。
絶叫めいたいななきを上げて倒れるキメラ。
その隙に駆け抜ける竜彦。
だが今度は横合いから奇襲めいた形で、複数のキメラが竜彦に迫る。
さすがにレイヴァーにも反応は無理だった。
回避できない──そう判断した竜彦はレライエを守るように背中を向けた。
鉤爪が彼の背中に届く、その直前、キメラ共が物凄い勢いで吹っ飛んだ。
「間に合ったな」
「この先のキメラは掃討済みだ」
見れば、剣を振り下ろした姿勢のホアキンと、拳銃を構えた凛生がいた。更にその向こうでは、純平、リニク、清四郎の三人がキメラを仕留めているところだった。
「ありがとう。助かった」
微笑む竜彦に「気にするな」と答えながら、凛生は立ち上がろうとするキメラに止めの銃弾を浴びせる。
そこへ『あと三十秒だ』と通信が入った。邪魔さえ入らなければ、充分間に合う時間だ。
「よっし! こんなキメラの坩堝からは、とっとと逃げ出すぞ!」
ホアキンが景気づけるように高らかに言い、合流を果たした八人は全速力で離脱を再開した。
『あと十秒!』
いよいよカウントダウンが始まった。
敷地の外まで、数秒の猶予を持って到達することができる。
だがそれで終わりではない。後ろにはまだキメラが迫ってきている。
殿を務めていた囮班だった三人は、一旦足を止めてキメラに反撃を加えた。
純平の豪槍がキメラの足を薙ぎ払い、
リニクの狙い澄ました一撃がキメラの額を射抜き、
清四郎の裂帛の気合いがキメラを押し返す。
「今です!」
純平の掛け声で、三人は後ろに目もくれず走り出した。
その様子を確認したホアキンとトリストラムは、同時に閃光手榴弾のピンを抜く。
「さて、魔術をご覧に入れましょう」
不敵に微笑み、優雅に一礼するトリストラム。
息を合わせて、二人は閃光手榴弾を投げ込んだ。
駆け抜けた三人と入れ違うように、放物線を描いてキメラ共への眼前へと転がり、激しい光と音が炸裂した。
追い縋るキメラ共の足が一瞬止まる。
その直後──
大気を振るわせる爆音が轟いた。
土煙が盛大に立ち上り、彼らの目の前で地面が一気に陥没する。
響き渡る怒号と悲鳴と崩落の音。
苦労が報われた瞬間だった。
「様子はどうだ?」
レライエに応急処置を施す凛生に、純平が心配そうに声をかける。
救助ヘリの到着までもう少しだが、いかんせん状態が悪い。
「命に別状はないだろうが‥‥」
苦い表情で、凛生は言葉を濁した。
傭兵としての生活が無理なのは当然として、失血量によっては他の障害が出てくる可能性もあるだろう。
彼女の傍らには、救出を依頼した傭兵が寄り添っていた。レライエの手を握り、祈るように額を重ねている。
「‥‥ありがとう。君達のお陰で、命は助かりそうだ。俺が不甲斐ないばかりに、申し訳なかった」
搾り出すような掠れた声で、男は言った。
「気にしないで‥‥それよりずっと‥‥一緒にいてあげて‥‥」
リニクの気遣いに、男はありがとうを繰り返し、深く深く頭を下げた。
そこへ、見回りに行っていたメンバーが戻ってくる。
「辺りを見てきたけど、逃げ延びたキメラはいないな」と竜彦。
「穴底のキメラの処分はUPCがやってくれるし、これで俺達の任務も完了ですかね」とレイヴァー。
ようやく肩の荷を降ろすことができて、皆の表情も緊張から解放されて幾分か柔らかい。
「早く帰って風呂に入りたいな」
「ははっ、同感だ」
清四郎は軽快に笑いながら、ホアキンの背中を叩いた。舞い上がる砂埃の量が、爆発の規模を物語っている。
「さて、じゃあ最後に、キメラに一発ぶち込んでから帰りましょうか」
『いいねそれ』
穏やかな微笑みで述べたトリストラムの提案に、誰ともなく言葉が重なった。
一瞬の静寂の後、賑やかな笑いが弾ける。
こうして命がけの落とし穴作戦と救出任務は、無事に幕を下ろした。