タイトル:【共鳴】tumultuosoマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/18 22:45

●オープニング本文


「‥‥いないじゃない」
「いねぇなぁ」
 琥珀色の髪の少女と、絵の具のパレットをぶちまけたような色彩の散切り頭の少年。
 無人の家屋の中をぐるりと見回し、少女は困ったように呟いた。
「大分前からいないみたいね‥‥」
「なんだよ、ったく、めんどくせぇ」
 身体を投げ出すようにしてソファーに座り、少年は天井を仰ぎ見る。
 向いのソファーに腰掛けながら、少女は問い掛けた。
「‥‥アルはさ、今回のこと、どう思ってる?」
「あ? 別にどうも思ってねーよ。先生が『フィディエルたちが裏切った』って言ってんだから、そうなんじゃねーの」
「あんたはお気楽でいいわね‥‥」
 嘆息する少女。
「オレらが眠ってる間に色々あったんだべ」
「まあ、それはそうなんだろうけど」
「元々オレらはバグアに忠誠誓ってるわけでもねーしよ。特にフィディエルなんかは裏切ってもおかしくねぇしょ」
「そうだけど‥‥でも、変だと思わない?」
「べっつーに。つーか、ルナは先生が嘘吐いてるって言いてぇのかよ」
「命の恩人だし、そうは思いたくないけど‥‥」
「だろ? ならいいべそれで」
 投げやりな少年の言葉に、少女は沈黙した。

 少女の名は、アウカ・ルナ。
 少年の名は、アル・マヒク。
 二人はハーモニウムである。
 彼らが今いるのは、フィディエルとウィルカが拠点としていた家屋だった。

 ハーモニウムが個別に活動を開始する以前の、『課題』中の出来事だ。
 彼らは気心の知れた仲間たち──フィディエル他数名と、人間の物資輸送車襲撃の課題に臨んだ。
 護衛の傭兵を難なく殺害し、車両を強奪したことで目的を達成したかに見えたが、それが罠だった。
 物資ごと車は爆砕。
 車に乗っていたルナとアルは重傷を負った。
 加えて、伏兵として潜んでいた能力者たちの追撃をも受けた。
 他のハーモニウムたちは、身を守るのが精一杯で二人を助けることができず、死の淵から救い出したのは『先生』だ。
 ──と、治癒と機能回復の為の眠りから覚めた時に、二人は教えられた。
 そして同時に、フィディエルらを初めとする、彼らと仲の良かったハーモニウムたちが次々と人類に寝返った、とも。

「見つけ次第、抹殺かぁ」
 少女は長く深い溜息を吐く。
「──憂鬱そうなフリしてんじゃねーぞ、ルナ」
「う、わかる?」
 アルの指摘に、ルナは上目遣いで視線を返した。
「たりめーだろ、戦闘狂いが。あいつらとガチでヤリあえんのが楽しみでしょーがねーってツラだぜ」
「なによ。そういうあんたこそ、殺(ばら)したくてしょうがないって目じゃないのさ」
「はっ、ズイブン長いこと殺してねぇしな。あいつらを殺(や)る前に準備運動でもしときてぇわ」
「みんなを殺すのは、ちゃんと話を聞いてからよ?」
「いちいちっせぇーなおめーはよ‥‥わかったよ」
「よろしい。でも準備運動には賛成ね」
 ソファーから立ち上がったルナは、
「まずはウィルカを探しながら、人間の基地を潰して行きましょ」
 実に明るく言う。
「んだな。久々の皆殺しだぜ」
 沸き立つ興奮も露に、アルは瞳の奥を禍々しく光らせた。


 ウィルカは困っていた。
 ウィルカは戸惑っていた。
 自分の置かれている状況が理解できないからだ。
 彼が今いる場所は、グリーンランドのUPC軍駐屯地。
 どういう状況かと言えば、歓待されている──人間に。

 数刻前のことだ。
 何の因果か、ウィルカは人間の軍隊がキメラと戦っている場面に居合わせた。
 そしてウィルカは助けてしまった。
 キメラを、ではない。
 人間をだ。
 我が身の正気を疑う思いで一杯だった。
 無視するべきだった──と、彼は激しく後悔している。
 しかしその一方で、胸中に名状し難いむず痒い何かが存在しているのも事実だった。
 彼は気づいていない。
 人間を殺すという考えが沸かなかった、自分の変化に。

 結局ウィルカは、助けた部隊の隊長にいたく気に入られ、基地にまで連れてこられて饗されている。
 軍人たちは、ウィルカを能力者と勘違いしていた。
 無理もない。
 十五歳前後の若造が小剣程度でキメラを蹴散らすなど、人間ならば能力者にしかできない芸当だ。
 攻撃を受けない限りは、外見上は人間と変わらないのだから。
 それにまさか、バグア側の兵士が人間を助けるなどと夢にも思うはずがないだろう。

「そういや坊主一人なのか?」
「え? えぇ、まぁ」
「そっか。俺ぁてっきり依頼を受けた傭兵なんだとばかり思ってたぜ」
「依頼‥‥?」
「あぁ。最近キメラの数が増えてよ。合同で掃討するってんで、傭兵に来てもらうんだよ」
「‥‥いつ?」
「ん? 今日だよ。そろそろなんじゃねぇかな?」

 ──不味い。非常に不味い。
 ウィルカは内心で相当に焦った。
 ここの軍人たちはウィルカの顔を知らないようだが、傭兵となれば別だ。
 話して解ってもらえる相手とも限らない。
 厄介事になる前に立ち去るべきだと判断し、ウィルカは立ち上がった。
「すいません、先を急ぐので、失礼します」
「なんだぁ? 冷てぇこと言うなよ! あとで車で送ってやっから、もちっとゆっくりしていけ!」
「いえ、本当に急いでいるので──」
 引き止める男の手を、なるべく穏便に振り払おうとしたその時、

 敵襲の報せがスピーカーから響き渡った。

 談笑していた兵士たちは、一斉に反応した。
 ウィルカはその迅速さに思わず感心する。
 訓練され、常に前線で実戦を積んできた兵士たちの力強く洗練された動きに、ウィルカは驚きを隠せなかった。
 踏みにじるだけの時は、そんなこと気づきもしなかったのに。
「隊長、指揮をお願いします!」
「あぁ! おい坊主、悪ぃがまたちょっと手伝ってくれや!」
「え? ──えぇ!?」
「おっとそうか。傭兵ならタダ働きってわけにゃいかねぇな。報酬も弾むからよ! 頼むぜ!」
 ばしん、と背中を叩かれて、ウィルカは軽くよろける。
 冗談ではなかったが、押し問答をしている状況でもない。
 仕方なくその場では頷いておいて、ウィルカは兵舎の外へと走った。
 このまま混乱に乗じて逃げてしまえばいい。
 基地を攻撃したのが誰か、何かは知らないが、利用させてもらうだけだ。
 そう心に決めて、門を目指して駆け出す。
 建物や車両の間を縫うように走り、無事に門まで辿り着く。
 そしてさあ出て行こうとするその背中に、

「──おい、あれウィルカじゃね?」
「あ、ほんとだ」

 聞き覚えのある、懐かしい声。
 ウィルカは足を止めざるを得なかった。
 反射的に振り向き、ウィルカは目を丸くする。
「‥‥アル‥‥? ルナ‥‥!?」
 思わぬ再会に、ウィルカは呆然と立ち尽くした。
 喜びよりも先に、様々な疑問が頭の中で浮かび渦巻く。
 そんな彼に、アルは笑顔を向けた。

「よぉウィルカ、久しぶり」

 肉食獣の、

「死ね」

 笑みを。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
旭(ga6764
26歳・♂・AA
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
過月 夕菜(gc1671
16歳・♀・SN
夏子(gc3500
23歳・♂・FC
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF

●リプレイ本文


 開きっぱなしの駐屯地の門の傍。
 エミタ適性を持たない兵士は臥せったまま信じ難い光景を見ていた。
(どうなってる‥‥?)
 数十分前まで一緒に宴を囲んでいた銀髪の少年が、二人の強化人間と戦っているのだ。
 絵の具のパレットをぶちまけたような色の髪を持つ少年と、華奢な体躯の、琥珀色の髪の少女。このニ人が敵であり、脅威なのは間違いがなかった。
なぜなら彼──兵士は、少年の大剣で斬られて、動けなくなったのだから。
 解せないのは、銀髪の少年だ。そう、キメラの群れから部隊を救った少年だ。
「真面目にやろうぜウィルカ、面白くねーべさ?」
「あンたが草食系なのは知ってたけど、あたしたちも本気よ?」
 2人の『敵』の攻撃が、少年の腕を脚を捉えるたびに淡い輝きが立ち上る。
「アル、ルナ、頼む僕の話を!」
 兵士は知っていた。キメラから強化人間、ゼオン・ジハイドに到るまで全てのバグアが纏う『フォースフィールド(FF)』の存在を。
 だとすれば。
(あいつは、バグアなのか?)
 出血と痛みで薄れる意識の中、兵士は二文字、零した。
 何故、仲間割れしている?
 何故、我々を助けた?
 何故──?

 累々と転がる兵士達を横目に、ウィルカは焦っていた。
 アルとルナが剣を振るう理由が、彼にはわからなかった。彼の中ではアルとルナは『守りきれなかった』という借りがある、大切な仲間のままだ。
 だから、得物は抜けなかった。どんなに攻められても、防戦一方にならざるを得なかった。
「剣を下ろしてくれ! 僕らには戦う理由なんて」
「てめーになくても俺らにはあるっつーの!」
「何で!?」
 哂いとともに振り下ろされた大剣が、ウィルカの髪を散らし頬を斜めに裂く。
 凍土に散る新しい赤に、アルの瞳が禍々しい色を帯びた。
「さァな?」
 振り抜いて、弐の太刀。今度は、横に!
「っ」
 跳んで避けたウィルカの足首に、琥珀色の何かが絡まる。ルナの髪だ。
 正体に気づいた時には既に遅く。
「!?」
 ウィルカの身体は、凍土に叩きつけられていた。
「ゲームセット♪」
 ルナの小銃が持ち主の弾んだ声と共に、乾いた炸裂音を立てる。
 「──っ!」
「やだ、外しちゃった」
 弾がウィルカの急所を僅かに外れたことに唇を尖らせながら、アルとともにゆっくりと傍に歩み寄った。止めを、さすために。
「‥‥う」
 仰向けに倒れたウィルカは、もはや動く力を失くしていた。残っているのは諦めと無力さの再認識と
(終わりか、ここで‥‥ごめん、助けにいけなくて)
 想い。
「‥‥フィディ」
 それらも全部消えてゆく忘れてゆく。自覚をしたその時に。
「!?」
 名を呼ぶ声が、彼の耳朶を打った。
「ウィルカは俺の仲間だ! お引き取り願おう!」



 麻宮 光(ga9696)は、血塗れで倒れている『仲間』を呼んで、瞬天速を発動した。
「なに?」
「んだテメェ!?」
 2人の強化人間が振り向き、驚愕と敵意を顕にするのが見える。
 同時に顔だけ向けたもう一人の強化人間が、『仲間』と違わぬことも確かめた。
「ヒカ‥‥ル?」
 驚いた表情を浮かべるウィルカに顎でつい、と後方の綿貫 衛司(ga0056)を示す。
「26、27‥‥」
 利き手に丸い塊を握ったエースアサルトは口の中で数を数えながら、投げ込む場所を見定めていた。保護対象と迎撃目標は、あいにく思いの外近い。
「28、と」
 倒れて動けない少年からなるべく遠い位置‥‥すなわちアルの背後を狙って、手の中のものを放る。
 放物線を描いて、それは氷土の上に落ちた。そう、閃光手榴弾は。
「ウィルカ君、目を閉じなさい!」
 光に続いて瞬天速で駆けて来た風代 律子(ga7966)の声が短く響く。
 ウィルカは反射的に、目を覆った。
 ひとりの強化人間の本能が、傭兵の言う事を信じた瞬間。
「──!?」
 アルの足元で、小さな太陽が炸裂した!
 其処を中心に、耳を潰す高音がやかましく鳴き喚く。
「行くわよ!」
 白く塗りつぶされた世界の中、ゴーグルを下ろした律子がウィルカに向けて真っ直ぐ走った。
「きゃあっ!?」
 強すぎる光に苦悶するルナを弾き飛ばし、ウィルカの右腕を肩に担ぎ上げる。
「久しぶりね、ウィルカ君。大丈夫?」
「おまえ‥‥は」
「詳しい話は後。ここは私達に任せて貴方は一旦下がりなさい」
 有無をいわさず地面を蹴り、目指したのは少し離れた兵舎の影。
 閃光手榴弾の光も、アルとルナの攻撃も及ばない位置に陣取っているのは、旭(ga6764)と春夏秋冬 ユニ(gc4765)だ。
「旭君、ユニさん。彼を頼むわ」
「ええ、風代さんも無事で戻りなさいな。怪我はいけませんよ」
 律子の背中を見送ったユニは、背中の旭とウィルカを護るように立った。
「‥‥ハーモニウムさんは、仲間意識が強いと聞いたのですが? 随分まぁ、危険なじゃれ合いですわね?」
 ちらりと肩ごしに振り向き、やるせなさげにつぶやく。
「全くだよ‥‥大丈夫かい?」
 旭はウィルカを抱き起こし、錬成治療を試みる。
「‥‥ぅ」
「ちょっとだけ我慢して」
 皮膚こそ容易に繋がりはしたが、身体に留まった銃弾は、錬力2倍を以てしても厄介なようだ。
「‥‥何故」
 僕を助ける?
 ウィルカが発した疑問符の後半は声にならなかった。だが意図は2人には伝わったようで
「誰かを助けるのに、敵だから、味方だからとかは理由になりませんよ?」
「ありがとう。助けられる人を助けてくれて。だから今度は、僕達が君を護る」
 答えが、異口同音に返る。
「ああそうだ、僕は旭、こちらは春夏秋冬さん。こんな状況でなんだけど、よろしくね」
 敵兵の傷を塞ごうとエミタの力を駆使する旭を、ウィルカは改めて見上げた。明るく振舞ってはいるが、彼に消耗を強いていることは、額の汗から容易に見て取れる。
(これが‥‥人間)
 キメラに襲われていた分隊を助けてしまった理由が、少しだけ分かった気がした。
「僕はウィルカ。『ハーモニウム』だ」
「そうか、君が‥‥何があったんだい?」
『部外者』に問われて、ウィルカは口ごもる。
「わからない‥‥」
 わからないよ。
(先生たちにとって『ハーモニウム』って、何だ?)

 閃光手榴弾の光と音が収束した時。
 アルとルナは数mの距離をおいて、それぞれ傭兵に囲まれ多対一の戦いを挑まれる立場となっていた。
「舐めた真似しやがって!」
 光の中疾走ってきた夏子(gc3500)のリンドヴルムに跳ね飛ばされたアルは、苛立ちを隠そうともしなかった。
 既にアーマーモードに変形させたそれを身に纏うドラグーンと、彼が運んで来た過月 夕菜(gc1671) に、憎悪の目を向ける。もっとも二人はルナと対峙しており
「おまえが何者かは知らないが」
 彼の目の前にいたのは光、それに黒瀬 レオ(gb9668)の2人だった。
「ウィルカに、この基地に。これ以上手を出すことは許さない」
 気の短い狂戦士に、光が詰め寄る。
 イオフィエルがその手に握られていた拳銃を叩き落すと、アルは激昂した。
「許さない、だとォ? 尾立つなよ人間風情が!」
 背中に括りつけていた大剣を抜き、爪ごと叩き落とさん勢いで振り下ろす。
「‥‥ぐぁ!」
 体重を乗せた一撃を腕一本で受けた光が、耐え切れずよろめく。
「死ねや!」
「麻宮さん!」
 光を屠らんとする弐の太刀を止めたのは、レオの紅炎。紅い刀身の動きに合わせ、ゆらりと陽炎が揺らめく。
「‥‥どういう事情かわからないけど、お前にこれ以上好き勝手はさせられない!」
 覚醒反応で髪を銀に染めたエースアサルトが、受け止めた刃を押し返し、振り抜いた。
「なまらむかつくべ、お前!」
 すぐさま繰り出される三の太刀を、鼻先で受け止める。
 闘いを楽しむ表情を間近にして、レオは嘆息した。
「‥‥また、こんなことしなくちゃならないのか!」
 憐れみではない。見下しでもない。ただ疼いた。哀しさが。
 拮抗する炎の刃と氷の刃。──破ったのは、炎!
 紅蓮衝撃の発動で赤いオーラを纏ったレオが体格差で勝るアルを押し返し、膝を付かせたのだ。
「やるじゃねえか人間!」
 すぐさまレオに足払いを仕掛けつつ、立ち上がるアル。
「面白い、か」
 凶気の瞳は、レオの感情など知る由もない。
「何故ウィルカを狙う!?」
 体勢を立て直した光が、たたみかけるように機爪を繰り出した。
「あァ? 課題だべさ、裏切り者だべさ!」
 目にも止まらぬ手数の多くをFFで弾きながら、剣を振り回すアルは吐いて棄てる。
「殺んなきゃ、俺らもやべえんだよ!」
 身を、守るために。



 一方ルナも、今までの『敵』と異なる、律子、夕菜、夏子に戸惑いを隠せないでいた。
「ねえお嬢さん、教えて欲しいことがあるんだけど」
 例えばそれはナイフ1本で間合いを詰めようと舞う律子であり
「煩い!」
 発砲しても難なく避ける能力の高さであったりだ。
 そして何より癪に障るのは
「貴女達、ウィルカ君と同じハーモニウムでしょう? 何故ウィルカ君を襲ったの?」
 行動に理由を求めることである。
「はぁ? 先生の指示だから、それだけよ!」
 ちょこまか動く律子の脚を狙って発砲するが、苛立ちは照準を狂わせる。氷が立て続けに音を立てて弾けるが、律子は無傷だ。
「そんなのヘンだよ! ウィルカちゃんは仲間なんでしょ? 喧嘩にしては本気すぎだよ! 怪我したらすっごく痛いんだよ!」
 可愛らしいソプラノで、夕菜も異を唱える。彼女が矢で、後方の衛司が銃で足元を牽制している故、ルナは刀が抜けないでいた。
「仲間? 人間に寝返ったウィルカもフィディエルも、ハーモニウムの面汚しよ!」
「寝返ったのか、あの少年?」
 律子と夕菜を護るように方天画戟を構えて立つ夏子が、ヘッドギアの中で首を傾げた。
 琥珀色の髪を変形させて防御を取るルナに、律子が肩をすくめて見せる。
「連れて帰るのではなく命を奪おうとするとは、穏やかじゃないわね。そんないけない事を考えたのは誰なのかしら?」
「先生の考えることに、間違いなんてないんだから!」
「本当に? 『先生はオバカさんじゃない』って言い切れる? 仲間を殺すように命じる人を、貴女は信じられるの?」
「ねえルナちゃん。カンパネラでルナちゃんの撮ったビデオを見た時からお話してみたかったのよね。今まで今までどんな映像を撮ってきたの? どんな食べ物が好き? ウィルカちゃんともお話すれば、仲直りできるよ。もうやめようよ、こんなこと」
 鋭い律子の問いと、寄り添おうとする夕菜の親しさ。一見相反するが、根本は同じだ。
 息づくのは、『関心』
『先生』が絶対に寄越さなかったこころを、掛値無しで傭兵が差し出している。
 敵、なのに。
 混乱したルナは叫んだ。
「なんなのあんた達! おかしいんじゃない!?」
 拳銃を捨て細身の剣を抜き、がむしゃらに前に出る。口を塞ぎたい。黙らせたい。その一心で。
「実に否平和的、だねぇ」
 AU−KVを纏った夏子が2人の前に立った。
 如何に強化人間とはいえ、AU−KVの装甲を剣で破るのは至難だ。
 ドラグーンが槍で振り下ろされる一撃を払い、横に薙ぐ。ルナの腹部を掠めた刃先が、赤い雫を凍った地にまき散らした。
「‥‥くっ!」
「勝負あり、ですね」
 駐屯地の敷地を囲う塀まで吹っ飛んだルナを確保しようと、衛司が走る。
「ルナ!」
 遮るように、アルが叫んだ。
「どけ!」
 光の爪に己の肩口を抉らせながら突破口をこじ開け、ルナの元に走る。
 ルナまでの距離は衛司より遥かに近かったゆえ、到達は彼が先だった。
「んのバカが!」
「‥‥ごめ」
 悪態をつきつつも肩にルナを担ぎ上げ、大剣を地面に突き立てる。柄を踏み台にして、大柄な強化人間が宙に舞った。
 高い塀の上に降りたアルが、吼える。
「──今日はこのへんで勘弁しといてやる! 忘れんなよ、次会った時がてめぇの死ぬ時だ!」
 彼の目に、兵舎の影に居たウィルカのが見えたかどうかは定かではない。
 だが、ウィルカは叫んだ。
「アル! 待っ──」
 とはいえ願いが、聞き届けられることはなく。
 塀の上から2人が飛び降りてすぐ、生体バイクの駆動音が高く響いた。



「ひとまず、追い払ったか」
「‥‥だね」
 アルと対峙していた光とレオが息を付いた。
 爽快感など欠片もないが、危機は脱した。そんな思いで、視線を交わす。
 と、そこに。
「いたぞ! 強化人間だ!」
 生き残りの正規兵が、ばらばらと駆け寄ってきた。兵舎の影で蹲るウィルカを見つけ、一斉に銃を向ける。
「ちょっと待って、皆さん」
 レオが間に割って入った。そんな銃で拘束出来る訳ないじゃないかと内心突っ込んだが、口には出さない。
「彼をどうするつもりですか? まさか処分するとでも? 敵対の意思がないのはあなた達も知っている筈だ」
 光も静かだが、有無を言わせない調子で言葉を継ぐ。
「この調子では、基地に留めおくことはしないほうが無難でしょうな」
 衛司は瞑目した。
 強化人間が、人間にとって脅威なのは動かしようのない事実。アルとルナの諦めが悪ければ、基地は再び襲撃されるおそれもある。
 そうなった時、疎まれるのは誰か。考えるまでもなかった。
「僕たちはウィルカさんの意思を尊重したいと考えています。どうか理解を」
 ウィルカの治療に全力を注いだ旭が、立ち上がって正規兵たちに頭を下げる。
「任せようじゃねえか。俺らは二度、救われた身だ」
 不安と戸惑いを顕にする兵卒を宥め銃を下ろさせたのは、ウィルカを拾った小隊長だった。
「皆を代表して礼を言う。ありがとよ、小僧」

 カンパネラに来ないか。
 傭兵たちが異口同音に寄越した誘いに、ウィルカは首を横に振って答えた。
「お仲間がお待ちですのに‥‥」
 ユニが残念そうに俯く。
「ありがとう。でもルナとアルを放ってはおけない。‥‥ヒカル、フィディをもう少しだけ、頼む」
「ああ」
 短く頷きながらも、光はウィルカにある種の覚悟があることを悟った。彼にとって『全て』である少女を託すことが、如何なる意味を持つのか。想像は、難くない。
「何処に、行くんでゲスか?」
 夏子がわざと、おどけた調子で聞いた。ウィルカも釣られて、少しだけ笑う。
「チューレへ。先生に会わなくちゃならない。ルナとアルはフィディや僕が裏切ったと聞かされているようだけど、先生が何故そう言ったのか。先生にとって『ハーモニウム』とは何なのか、確かめようと思う」
 恐らくウィルカが得る真実は、彼にとって幸せなものではないだろう。厭な推測を飲み込んでレオは左手を差し出した。
「また会えることを、楽しみにしてる。‥‥そういえばまだ挨拶してなかったよね、初めまして。僕はレオだよ」
「ん、ああ」
 ウィルカは面食らったような顔をして、手を伸ばしかけた。
「?」
 が、指先が触れる寸前、すっと引っ込めた。
「握手は、フィディを迎えに行く時に」
「そ、か」
 曖昧に笑い、強化人間は背を向ける。
 最後に振り向いて、肩ごしに一言のこした。
 
「ありがとう」

(代筆 : クダモノネコ)