タイトル:【共鳴】bedeutendマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/05 16:39

●オープニング本文


 ぱちんと、暖炉の火が小さく爆ぜる。
 グリーンランド北部。バグアの支配地域に飲み込まれ、とっくの昔に滅びた廃村。
 その中に唯一、生活感を残した家屋がある。
 居住者は、少女と少年──だった。
 今、少女の姿はなく、少年が一人、所在無げに佇んでいた。

 フィディエルが愛用していたロッキングチェアに座り、ウィルカは家の中を眺める。
 記憶に蘇るのは、二人で過ごした夢のような時間。
 ウィルカに取ってはフィディエルが世界の中心だ。
 フィディエルが居る場所が楽園であり理想郷だ。
 その彼女が、今は人間の手に落ちている。
「‥‥違う」
 彼は、自らの判断で、彼女を預けたのだ。
 敵である人間に。
「‥‥それも違う」
 敵。
 敵なのか?
 本当に?

 そもそもハーモニウムである彼らに取って、『記憶』とは何の拠り所にもならない。
 何が事実で何が真実で、何が虚構で何が残像なのか。
 その判断ができない。
 自分たちが元々何者なのか。
 本当は何なのか。
 それを知る術は無い。

 だが今までそれを疑問に感じることも不満に思うこともなかった。
 楽しかった。
 基地での学友との日々も、ここでのフィディエルとの日々も。
 それで良かった。
 人間は敵で、殺して当然だった。
 植えつけられたからか、教え込まれたからか、元からなのか。
 判らないが、どうでもよかった。
 
 でもそれは、隣にフィディエルが居たからだ。
 仲間たちが居たからだ。
 拠り所があったからだ。
 心と身体の帰る場所があったからだ。

 バグア?
「そんなのどうでもいいんだ」
 フィディエル。
「彼女さえいれば」
 Q、ノア、Ag。
「彼らさえいれば」
 J・B、ディアナ、サルヴァドル、ファルコン、シア、ヘラ。
「皆さえいれば」
 もう一度、集まって。
 再会して。
「そうだ‥‥ルナとアルも、忘れちゃいけないや」
 ハーモニウムの皆と、もう一度、楽しかった日々を取り戻す。
「その為に、やれることをやろう」
 ロッキングチェアから立ち上がり、ウィルカは大きく息を吸い、吐いた。
 背筋を伸ばし、家の中をぐるりと見回す。
 恐らく、ここに戻ってくることはもうないだろう。
 眼を閉じて、思い出の全てを刻み込んで。
 ウィルカは、家を発つ。


 じゃらり、と鎖が重い音を鳴らす。
 手足を拘束するメトロニウム合金の枷を鬱陶しく重いながら、フィディエルは足を組み替えた。
 暗灰色の壁を、無気力に眺める。
 取り留めのない思考が、彼女の頭の中を渦巻いていた。

 ──なんで私生きてるんだろ。
 ──結局、人間には敵わないのね。
 ──昔みたいに、みんなと一緒に戦えたら負けないのに。
 ──Qは元気かしら。
 ──ウィルカに会いたい。
 ──ウィルカ、全部確かめてくるって言ってたけど、大丈夫でしょうか‥‥
 ──ノアとAgには会えるのかな。

 輸送機は、カンパネラへと向かっていた。
 ゴットホープの基地にて、処分されるはずだった彼女は、とある能力者たちの説得により処分保留となった。
 同胞や地元の住人を殺された軍人たちにしてみれば、生かしておくことなど考えられない。
 だが彼らでは打つ手なく、全てを解決したのは能力者だ。
 加えて、ゴットホープ所属の軍人が洗脳されており、前回のフィディエルの計略の一端を担った事実もある。
 結果、軍側は能力者との押し問答が鬱陶しくなったこともあり、フィディエルはカンパネラに移送(おしつけ)られる運びとなったのだ。
 前回の事件で犠牲者が出ていないことと、これまでの鬱憤は以前に基地で拘束していた時にある程度まで晴らしていたことも、後押しの要因になっていた。

 かくして、グリーンランドの妖精(あくま)は、カンパネラの地へと降り立った。

「カンパネラへようこそ。ハーモニウムのお嬢さん」
 カンパネラ学園地下研究所第三キメラ研究室主任、羽住秋桜理は臆すること無くフィディエルの正面に立った。
 無遠慮な視線で少女を上から下へと睨めつける。
「ふーん‥‥噂に違わぬ美しさね。ま、今はどうでもいいわ。さて」
 カツン、とヒールを鳴らして振り返る秋桜理。
 そして、
「それじゃ早速、彼女の調査に協力してもらうわね、能力者諸君」
 にやりと笑いながら、実に楽しげに告げるのだった。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ロジーナ=シュルツ(gb3044
14歳・♀・DG
過月 夕菜(gc1671
16歳・♀・SN

●リプレイ本文

「あら、見ない顔だね」
「仕事で来たので」
 購買部のおばちゃんに話しかけられた麻宮 光(ga9696)は、微笑みながら答えた。
「そうかい。ならおまけするから、しっかり頑張りなっ」
 にっと笑うと、おばちゃんはレジの横に置いてあるブラウンサンダーというチョコ菓子を掴み、商品を詰めたビニール袋に入れて、光に差し出した。
「──ありがとうございます」
 ちょっと迷ったが、折角の厚意だ。
 光は素直に受け取った。
 丁寧に一礼をして、差し入れで満載の袋を手に、光はフィディエルのいる部屋へと向かった。


「お待たせ。入っていいわよ。あ、装備はなるべく外してね」
 応接室から出てきた依頼主の羽住秋桜理が、部屋の前で待つ傭兵達に声を掛けた。
「うにゃん!」
 愛らしい声と共に、過月 夕菜(gc1671)が勢い良く立ち上がる。
「ハーモニウムの人とは是非とも話してみたかったのよね〜♪ どんな人なのかなぁ〜♪」
 弾む声で先頭を切る彼女に続き、傭兵達は部屋の前で待機している研究員に武装を預けて、中へと入っていった。
 応接室の中央には革張りのソファーが一対。その間に木製のテーブル。
 フィディエルは奥側のソファーに座っていた。
 一見可憐な少女に、メトロニウム合金製の無骨な鎖による手足の拘束と囚人服という組み合わせはいかにも痛々しいが、彼女の所業を考えれば当然、いや、まだ甘いとさえ言える。
 そんな彼女を、ロジーナ=シュルツ(gb3044)はまじまじと見つめていた。
 フィディエルもなんとなく視線を返す。
 しばし見つめ合った後、ロジーナは懐から機械剣を取り出して秋桜理に差し出した。
「いらない。だって全然ぶんぶんしてないし黄色くもないし」
「え? あぁ、そう?」
 秋桜理は不思議な表現に首を傾げつつも、受け取った機械剣を部屋の外の助手に預けた。
 ロジーナはその間に部屋の隅へ行き、体育座りをしてヘッドホンを付ける。
 ヘッドホンからは、ワーグナーの曲であるジークフリートが漏れ出していた。
 変わった子ねぇ、と秋桜理は胸中で呟いた後、小さく肩を竦めて気持ちを切り替えた。

 ソファは三人掛けなので、秋桜理の指示で女性二人と光が座った。
 綿貫 衛司(ga0056)とシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)には、折り畳み式のパイプ椅子を手渡す。
「悪いわね。それで我慢してもらえる? じゃあ、始めて頂戴」
 秋桜理に促されて、まずは風代 律子(ga7966)が口を開いた。
「今日は、フィディエルちゃん」
 冷めた視線が無言で返ってきた。
「フフ、そう硬くならないで。今日は貴女と友達になりに来たのよ」
「友達ねぇ‥‥」
 表情が僅かに変わる。
 苦虫を噛み潰したような──否、戸惑うような表情だ。
 以前なら冷笑するか、鼻で笑い飛ばすかしただろう。
「にゃーん! 次は私! 始めまして〜♪ 過月夕菜だよ〜♪ よろしくね〜♪」
 元気一杯の夕菜に、フィディエルは軽く目を見開いた。
「本当に綺麗な人だね〜♪ ちょっと羨ましいよ!」
「そ、そう‥‥」
 気圧されるとは珍しい。
 今までにないタイプで、反応に迷っているようだ。
 続いて、シンと衛司が挨拶をした。
 初対面のシンには素っ気ない。
 衛司は何度も煮え湯を飲まされた相手だが、この間のグリーンランドで会話した影響か、多少は柔和な態度だった。
 最後に光が、気軽に言葉を投げかける。
 フィディエルは微妙な表情を見せた。
 その変化に、秋桜理が目を光らせて、ペンを持つ手に力を込めた。
「よっぽど暇なんですね、ヒカルは。まあ、貴方だけじゃなくて、リツコとエージもよく見ますけれど」
「暇なわけじゃないさ。皆、世界中を飛び回ってるよ」
 光の返答に、フィディエルは無関心そうに「ふぅん」とだけ言った。
 しかしそれは、『装ってる』気配を感じさせるものだった。
「それはそうと、差し入れがあるんだ」
 脇に置いていた袋から、光は次々にお菓子や飲み物を取り出す。
「羽住さん、コップとお皿、貸りられますか?」
 頷いた秋桜理は、部屋の外の助手に食器の用意を言いつけた。
「うにゃ、美味しそうなお菓子がいっぱい‥‥私も食べていい?」
 目をキラキラさせる夕菜に、光は微笑む。
「ありがとー♪ あ、ミルク飴がある! いただきまーっす♪」
 嬉々として飴を頬張る夕菜。
 その横に座っていた律子はソファから立ち上がって、フィディエルの隣に移動した。
 秋桜理が一瞬、止めようとする素振りを見せたが、考え直して成り行きを見守ることにする。
「‥‥なによ」
「綺麗な髪ね。フフ、女の子はお洒落が大切よ」
 訝しげな態度を受け流し、律子はフィディエルの翡翠色の髪を、借りておいた櫛で梳き始めた。
「おい、なにしてんだ?」
「悪いようにはしないわ、安心して」
 戸惑うフィディエルに、律子は優しく微笑みかける。
 困惑を紛らわすように吐息を零し、フィディエルは組んだ脚の上で頬杖をついた。
 髪については好きにさせることにしたらしい。
 捕虜となってからはロクに手入れしていないから、有り難くはあった。
 以前ならウィルカの役割だったのだが。
「──うん、可愛いわ。今の貴女を見たらウィルカ君も驚くわよ。すごく綺麗になったねって」
 髪を梳かし終え、律子は柔らかく笑いかける。
「‥‥ふん。見え透いたお世辞を。それならウィルカに会わせて欲しいですわね」
「いずれ会えるわ。あの子が貴方達を救いたいと思ってるいるのなら、ね」
「はいはい、そうですか」
 淡泊な反応ながら、フィディエルは満更でもなさそうだった。
 髪を梳かされるのが心地良かったのもあるし、光の用意したお菓子の物珍しさに気分が高揚していたのもある。
 彼女の知るお菓子と言えば、人類の物資輸送車を襲った時に入手した物に限られる。
 あとは稀に、ウィルカが作っていたクッキーやケーキなどだ。
 味で言えばウィルカのお手製が彼女のお気に入りではあったが、新鮮な驚きと好奇心は良い刺激となっていた。
 律子に髪を委ねている間、傭兵達と他愛もない会話していたことが、その証拠だろう。
 打ち解けたと言っては大袈裟過ぎるが、昔に比べれば雲泥の差と言える。

「──さて」
 空になったコップをテーブルに置き、頃合いを見計らって、衛司が口火を切った。
 雑談がぴたりと止まる。
「そろそろ質問させてもらいましょうか」
 ちらりとフィディエルを見る。
 『酢タコ三太郎』という駄菓子を囓っていた彼女は、酸っぱそうな表情のまま衛司を見つめ返してきた。
 妙な絵面ですね、と思いながら衛司は報告書へと視線を落として、ページを捲る。
「強化人間は定期的にメンテナンスを行わなければ死に至る、先に捕虜となった二人はそろそろその『時期』だ、と以前におっしゃっていましたよね?」
「言いましたわね、多分」
 フィディエルの返答を受けて、衛司は報告書を閉じた。
 真っ直ぐに彼女を見て、告げる。
「率直に申し上げましょう。──ノア君が倒れました」
 変化は劇的だった。
 フィディエルは勢い良く立ち上がり、衛司に詰め寄ろうとした所で鎖が大きく鳴り、手足の動きを制限された。
 邪魔な存在に、彼女は酷く苛立った調子で舌打ちをする。
 解けていた緊張が、再び彼女の中できつく結ばれていくのが眼に見えて解った。
「座って下さい。今此処で暴れても、誰の得にもなりませんよ」
 諭すような口調に、逡巡した結果ではあったが、意外にもフィディエルは大人しく従った。
 以前の彼女を知る者なら驚くだろう。
「続けますよ? 公に捕虜の処遇となっている貴女方を、只生命の危機だからと敵に返す事は出来ません。ジレンマですが、こればかりは承知していただきたい」
「‥‥そんなこと、うんざりするくらい、解ってる」
「助かります。ですから、貴女方のメンテに関する事項について教えていただきたい。何もない所から手探りで進めるよりは、ヒントがあった方が実現までは早いでしょうから」
 フィディエルは答えなかった。
 理由は、彼女自身でさえ明確ではない。
 既に、彼女の中の価値観が揺らいでいるからだ。
 軸がブレている。
 迷っている自覚がある。
 悩んでいる自分がいる。
 今の彼女には、進むべき道が、見えていなかった。
 ‥‥いや、少しだけ違う。
 選ぶべき道を、決めあぐねているのだ。
「僕からもいいですか」
 シンが、静かに口を開いた。
「僕には絶対に果たしたい約束があります。ディアナとの約束です」
 俯いていたフィディエルが顔を上げた。
「まさか、ディアナも捕まっているのですか?」
 信じられないと言いたげだ。
「彼女は、生きる為に自ら投降しました。僕はその選択を後悔させない為に全力を尽くす事を、彼女に約束しています。僕は彼女の命を救いたい。ひいては、その心も」
 青年の切に真摯な眼差しが、少女を射抜く。
 フィディエルの動揺は誰の目にも明らかだった。
 ディアナの強さを彼女は知っている。
 その彼女までもが敗北を喫しているのは、信じ難い事実だった。
「‥‥Qは?」
 ぽつりと。
 零した。
 沈黙。
「Qは?」
 反応に不自然さを感じたのか、やや強い口調で問いを繰り返す。
「うにゃん‥‥ごめんよぉ‥‥その事は私、詳しくは知らなんだよ‥‥」
「‥‥そう」
 夕菜の返答を受けて、フィディエルは落胆と安堵の混ざった複雑な溜息を吐いた。
「──教えてもらえませんか? 調整とは何をするのか。必要な道具は何か。技術的に人類にも可能か。あと、Qの研究についても、なにか知っていれば」
 シンは僅かに身を乗り出す。
 フィディエルは再び口を閉ざす。
 だが迷っているのは明白だった。
「ハーモニウムの子達を救うのに、貴女の力が必要なの。お願い、一度だけで良いから私達を信じて」
 膝の上で握り締められて震えるフィディエルの拳に、そっと手を重ねる律子。
「お願いします」
 立ち上がったシンが、あろうことか、フィディエルに頭を下げた。
「な‥‥にを‥‥?」
 フィディエルが目を丸くする。
 ──人間が、私に、頭を下げて、頼み込んだ‥‥?
 その事実に、彼の覚悟を思い知る。
 否応なく、胸に刻みつけられる。
 想いを。決意を。
 その強さを。
「人間とかハーモニウムとかはどうでもいい。ボクは大事な人を護る為に戦ってる。きみもそうなんじゃないの?」
 部屋の隅から、眠たそうな目のロジーナが、抑揚の薄い声で言った。
「助けたい気持ちに、敵とかハーモニウムとかは関係ない。今までの俺の、俺達の行動を思い出してみてくれ」
 光が真っ直ぐにフィディエルを見つめ、
「少しでも信用に足ると感じてくれているならば、仲間を助ける為にも、知っている範囲で教えて欲しい」
 その心に問い、語りかける。

 フィディエルは、意を決したように、大きく息を吸い、静かに吐き出した。

「‥‥悪いけど」
 一瞬、落胆の思いが全員の胸中を過った。
「私が知ってることなんて、大して役に立たないからね。そこは覚悟しておいて」
 転じて、歓喜となった。
 張り詰めた空気が、一気に和らぐ。
 それでも構わないと、皆が口々に言う。
 心底呆れたように、もう一度だけ吐息を漏らして、フィディエルは話し始めた。

「場所はチューレ基地よ。内部の、多分、結構深い所だと思う。
 カプセルに入れられたり、ヘルメットみたいな物を付けられたり、機械や方法は色々です。
 具体的にどんな調整がされているかは、正直解らねぇ。その間は意識がないし。
 でも頭も身体も、色々と弄られてるのは間違いないと思うわ。
 だから、私の記憶に根拠なんてないのさ。
 心って物にもね。
 ハーモニウムは多分、皆そうです。
 好き勝手にされてるから。
 所詮下っ端だし。

 調整の道具は、人間に作れるとは思えないわね。
 お前らの技術力がどの程度かは知らないけど。
 だからノア達を救うには、チューレに運ぶしかないわよ。
 どう考えても。

 Qの研究って、人間とキメラの合成?
 興味がなかったから、特に何も知らないよ。
 ただ、彼は飛び抜けて優秀だから、私達に秘密で何かを研究してる可能性はあるかな。
 ‥‥もし貴方達の誰かがQに会ったら、伝えてくれる?
 私の心配はしないで、って。
 ──以上。
 私が知ってることなんて、こんなものよ。
 がっかりだろ? でも、謝ったりはしないからね」


 紙にペンを走らせながら、秋桜理はふぅと息を吐いた。
(こうして見ると、歳相応ね)
 柔和な雰囲気の中で歓談する一同を見て、思う。
 そこそこの収穫を得られた満足感もあり、彼女は小さく口元を綻ばせた。

「ねぇ、フィディエルちゃんって、昔はどんな生活してたの?」
 隣に移動した夕菜が、気さくに訊ねる。
「覚えてないのよ、私は。記憶は、ハーモニウムになってからだけ」
「そうなんだ。じゃあ趣味とか好きな食べ物とかある?」
「趣味はウィルカ苛め。食べ物は甘い物が好き」
 答えてから、皿に盛られた菓子を手に取る。
「初めて食べたけど、このブラウンサンダーってのが気に入ったかな」
 意外と安上がりな好みに、思わず光が小さく吹き出す。
「あら、失礼な反応」
「ごめんごめん」
「ふん、物好きだと思った? 何の得にもならないのに、私を助けようとするヒカルの方が物好きよ」
「俺が君を助けるのは損得じゃない。仲間の為に命を賭けられる。そんな君が好きだからだ」
「‥‥相変わらずね、ヒカルは」
「褒め言葉だと受け取るよ。それより君からは何かないのか? 約束して欲しい事や叶えて欲しい事は」
「‥‥言っても無駄よ」
「できるかもしれないだろ?」
「‥‥その内、ね」
 その言語の意味を、光は正しく受け取れただろうか。

「いいコマンドになりますよ、貴女とウィルカ君は」
 以前戦った時の事を話している最中に、衛司が不意に口にした。
「それが幸か不幸かは判断しかねますが」
「ふーん? よく解らないわね」
 フィディエルは首を傾げる。
「貴方達の戦術センスが称賛に値する、ということです」
「悉く負けたけどね」
 ぶすっとした顔でフィディエルは言う。
「場数の違いかもしれませんね。ところで」
 一拍を置いてから、衛司は続けた。
 何気なく発した問いかけなのかもしれない。
 いや、彼のことだ。
 相応の意図を含んでいるのかもしれない。
 どちらにしろ、その問いは、フィディエルの心に深く突き刺さるものだった。

「もし戦争が終わったとしたら、あなたは何がしたいですか?」

「‥‥は?」
「私は、慎ましい家庭を持って、家族を守りながら後進を育成したいと思っています」
 穏やかな笑顔を浮かべて、衛司は語る。
 一方のフィディエルは、狐につままれたような顔で、黙り込んでいた。
「フィディエルさん?」
「え? あ、あぁ、そうね‥‥わから、ない、わね‥‥」
 光を見る。
 律子を見る。
 ウィルカの事を、考える。
 仲間の事を、想う。

 ──戦争が、終ったら‥‥?
 それは彼女に取って、考えたこともない、未来(せかい)だった。