●リプレイ本文
「かんぱーい!」
野宮 音子(gz0303)が音頭を取り、九つのグラスが掲げられた。
小気味良く打ち合わせる音と共に、皆が乾杯を交し合う。
そわそわと挙動不審だった音子も、ようやく腰を落ち着けて笑うようになった。
音子のそんな態度を、皆が訝しく感じていた。
そもそも、これだけの人数に対して奢りで飲み会を開くというのも、変な話だ。
早速料理を平らげ始める最上 憐(
gb0002)を見て、リヴァル・クロウ(
gb2337)が、
(まさか最上氏が居る事を解って奢る‥‥などと述べたのか)
と内心で驚愕するのも頷ける。
部屋は和風の個室で、周囲の視線を気にする必要がなく、皆が思い思いに寛いでいる。
テーブルに並べられた様々な料理をつまみながら、和やかに談笑。
そんな中、
「音子さん! お誘いありがとう〜!」
椎野 のぞみ(
ga8736)が、後ろから音子に抱きついた。
座る音子と膝立ちののぞみ。元々の身長差もあり、包みこむようなハグだ。
音子はだらしなく頬を緩めて、嬉しそうに笑う。
「こちらこそ、来てくれてありがとねっ」
とそこに、
「‥‥ん。音子。コレ美味しいよ。あーん。して」
何故かウサギの着ぐるみ姿の憐が、一口餃子を音子に差し出した。
「えっ? どうしたの? 自分で食べていいんだよ?」
あの憐が食べ物を勧めるなんて──と、音子は目を丸くしている。
「‥‥ん。今日は。音子を。接待する。ウサ。サービス。ウサ」
音子の胸の中で『きゅん』と音がした。
「んにゃぁ〜かわいいなぁもぅ!」
思わずぎゅっと抱き締め、頬擦り。
憐は顔色ひとつ変えずにされるがままだ。
ひとしきり堪能した後で音子は、憐が改めて差し出した餃子を嬉々として頬張った。
味わった後に「うん、美味しいねっ」と憐に言い、次いで、お猪口の日本酒をくいっと飲み干す。
するとすかさず、隣に座る諌山美雲(
gb5758)が徳利からお酒を注ぎ足した。
「え、え、いいのに、自分でやるのに〜」
戸惑う音子に美雲は、
「いいんだよ、ネコ姉ぇ。それより、今日は誘ってくれてありがとうね♪」
と微笑む。
「そんな、美雲ちゃんこそ、大変な時期にごめんね」
見れば彼女のお腹は、服でも隠せないくらいに大きくなっていた。
「性別はわかったの?」
「女の子だろうって」
「そうなんだっ。名前は?」
「鈴の音、って書いて『すずね』にしようと思ってるの♪」
「素敵な名前だねっ。予定はいつ頃なんだっけ」
「11月中旬だよ♪ 産まれたら、抱っこしにお見舞いに来てね?」
「行く行く!」
「ありがと♪ あ、お腹、触ってみる? 今、起きてるみたいだから蹴るかもよ?」
「え、いいの? わー‥‥なんかちょっと緊張するかも‥‥」
そーっと、遠慮がちに手を伸ばす音子。
音子の背中から離れたのぞみも、興味深そうに見つめている。
「もしもーし‥‥‥‥ぅわっ、なんか動いたっ」
感動するのは結構だが、なんかとは失礼である。
そんなやりとりの一方で、
「お料理はこっちで大丈夫ですかー?」
届けられた料理の皿を手に、新井田 銀菜(
gb1376)が皆に声を掛けている。
「食べたい物とかあったら言って下さいねっ。まとめて注文しちゃいますから!」
本来の幹事は音子だが、あの有様なので、銀菜が代わりにまとめ役を買って出ていた。
「では日本酒を頼む。冷やで」
静かに頼むリヴァル。
そんな彼とは正反対に、
「これ、頼んでみてもいいですかっ?」
はじめての居酒屋に、橘川 海(
gb4179)は大はしゃぎだ。
見慣れない目新しい料理を、きゃっきゃと選ぶ。
「あ、これもお願いしますっ!」
「はいっ。ひとつでいいです?」
「ふたっつ!」
訊ねる銀菜に、海は元気よくVサインを突き出した。
見ている方の口元も綻ぶほどに、楽しげな様子だ。
その横では、鹿島 綾(
gb4549)がゆっくりと梅酒のロックを嗜んでいた。
多種多様な料理を味わいつつ、合間に一口、二口。
「あら、美味しい、これ‥‥」
何気なく食べてみたサラダの予想外な味に、思わず感嘆を漏らす。
「へぇー、どれどれ?」
綾の反応を見たた弓亜 石榴(
ga0468)が、ひょいっと箸でつまんで一口。
「あ、ほんとだ、美味しい」
「でしょう? ──ところで、あんまり人前でスカートなんて捲ったりしたらダメですよ?」
「音子さん隙だらけだからさー、ついね」
綾に嗜められて、石榴は悪戯っぽい表情を浮かべる。
石榴は今回も、音子の下着チェック(上下)を達成していた。
音子もいい加減、石榴に対して警戒心を持つべきだろう。
ちなみにのぞみも巻き添えになっていた。
自分の下着を露にされたことより、のぞみの下着を見れたことに喜ぶ辺り、音子はもうダメかもしれない。
(さて、そろそろか)
開始から一時間が過ぎて、場も程よく落ち着いてきたのを見計らい、リヴァルは店員にさり気無く合図を送った。
ややあってから、店員がホールサイズのケーキを持って来て、リヴァルに渡す。
「音子」
リヴァルの呼び掛けに振り返った音子の目に映る、大きなケーキ。
彼女はきょとん、と首を傾げた。
ケーキにはロウソクが立てられており、それはさながら──
「つい先日はお前の誕生日であったと記憶している。──誕生日おめでとう」
そう、バースデーケーキ。
リヴァルが事前に店側へ話をして、用意してもらっておいたのだ。
皆が一斉に、拍手とお祝いの言葉を音子に贈る。
ぽかんと呆ける音子。
徐々に状況を把握していく様が、ゆっくりと変わる表情から伝わってきた。
「あ‥‥ありがとぉ‥‥」
涙を溢れさせ、音子は顔をぐしゃぐしゃにして喜んだ。
どうやら誕生日のことなど完全に頭になかったらしい。
しゃくりを上げる音子の背を、銀菜と美雲が優しく撫でていた。
ケーキだけでは終わらない。
次に音子を待っていたのは、プレゼント攻撃である。
石榴からは、
「これ、音子さん本人を対象にしても良いから♪ 大事に使ってね♪」
彼女お手製の『ステキな指向性地雷券』。
のぞみからは、
「家事限定だからね?」
『好きな日に家事限定メイドになる券』。
憐からは、
「‥‥ん。この券を。使えば。音子の。嫌いな食べ物を。私が。食べて。助けたり出来るよ?」
『何でも言う事を聞いてあげるかもしれない券』。但し、言う事を聞くかはその時の気分次第。
美雲からは、
「あまり、えっちぃのは困るからね‥‥?」
『何でも言う事を聞く券(当日のみ有効/回数無制限)』。
海からは、
「はい、ねこさん! プレゼントですっ!」
優しい色合いの天然石のビーズで紡がれた、彼女の手作りアクセサリー。
綾からは、
「誕生日おめでとう。似合うといいのだけど」
美しく繊細な意匠の施された【Steishia】ゴールドブレス。
銀菜は、
「今日は私も言う事を聞いてあげちゃいますっ。あ、でも、あんまり恥ずかしいのは嫌ですよー!?」
にっこりと微笑み、そう言った。
実は彼女は既に、音子の誕生日に渾身の贈り物を渡している。
プレゼントの価値はそれに籠める気持ち、と考える彼女は、数を重ねるようなことはしたくなかった。
だから音子も、ここでまた何か貰えるとは思ってので、まさかの申し出に頬を紅潮させていた。
皆から最高のプレゼントを受け取り、音子は感極まってまたも泣いた。
ありがとうと繰り返す言葉が掠れ、言葉を詰まらせている。
「もぉ‥‥どんな風にお礼したらいいかわからないよ‥‥」
「いいんですよ、そんなの。みんな、ネコちゃんが好きで、ただお祝いしたいだけなんですから」
銀菜の柔らかな声に、音子は「うー‥‥」と唸って、喜びに胸を締め付けられるのだった。
サプライズバースデーパーティが終わった後は、再び元の飲み会へ。
と言いたいところだが、憐と綾が切っ掛けで、途中からちょっと様相が変わってきていた。
「‥‥ん。ウサを。脱皮。第二形態は。メイド。音子‥‥じゃなくて。ご主人様に。奉仕するよ」
その言葉通り、憐自身は愛らしいメイド姿に着替え、音子にマッサージを施している。
これだけならば微笑ましい話なのだが──
綾は梅酒が6杯目を越えた辺りから柔和な態度が消え、飲酒量が加速するのと併せて様変わりしていった。
ふにゃんとした笑みが絶えなくなり、常に陽気。
周りに積極的に絡むようになり、スキンシップの具合が妖しい感じを漂わせていた。
挙句、
「えへへ‥‥鹿島、ぬぎまーす♪」
などと言い出して、本当に脱ぎ始めたから大変だった。主に音子の状態が。
加えて、脱ぎだす綾に憐が目をつけた。
「‥‥ん。丁度。ココに。偶然。衣装がある。音子の為に。生け贄になって貰おうかな?」
そう言って取り出したるは、ずらりと並ぶ多種多様な衣装の数々。
細かいことを気にしてはいけない。
アリス服とかはまだコスプレとして有りだろうが、ブルマとかは色んな意味で危険だ。
主に音子的な意味で。
そしてそこを見過ごす音子ではない。
『言う事を聞く』状態の美雲と銀菜に、早速お願いをする。
かくして、体操服にブルマ姿の綾と、アリス服の美雲に、セーラー服の銀菜という楽園が築かれた。
音子のテンションはメーターを振り切って、酔いの勢いもあって綾に襲いかかり、抵抗されないのを良いことに調子に乗ろうとして、銀菜に叱られてしょぼんとする──そんな賑やかな光景が繰り広げられるのだった。
海が船を漕ぎ始めた午後九時半頃。
未成年もいることだし、そろそろ締めに入ろうかという雰囲気に。
とそこで音子は、はっと何かを思い出した表情を浮かべ、にわかに挙動不審になった。
「‥‥ん。音子。トイレなら。あそこだよ。一緒に。行こうか?」
普段の音子なら猛然と首を縦に振るところだ。
──いや待て、それは不味い。
まあ、さておき。
音子は「それは大丈夫」と微笑みながら答えた。
しかし、当初から音子の様子がいつもと違うことは、皆が一様に感じ取っていたことではある。
「音子さん‥‥何か抱えてない?」
のぞみが、そっと優しい声で訊ねた。
「何かあるなら、ボクじゃ役不足だろうけど、皆には話したほうが良いと思うよ」
「ネコ姉ぇ、悩みがあるなら聞くよ?」
美雲は音子の手に、自分の手を重ね合わせた。
それはどこか、母親としての愛情さえ感じさせる仕草だ。
「そうだよ〜言っちゃえ〜」
音子にしな垂れかかっている綾が、頬をぷにぷにつつきながら蕩けた声で促す。
「不安や迷いがあるなら、一緒に考えれば良い。そうだろう?」
リヴァルの言葉に、音子は迷いながらも頷いた。
「どんなことでも、ネコちゃんのことならみんなちゃんと聞きますよっ」
銀菜の笑顔には、見る人を明るく元気にする力がある。
皆の言葉とその笑顔に力をもらった音子は、
「‥‥わかった。みんなありがとう。じゃあ‥‥言うね」
深呼吸を、ひとつ、ふたつ。
何を言うのかと、皆も真剣な面持ちで待つ。
ごくりと緊張で喉を鳴らし、音子は目を瞑り、恐る恐る口を開いた。
「実は‥‥こ、告白、しようと思ってるのっ。お、女の子に‥‥! で、でも私って『こんな』だし、それに同性だし、言ったら相手に迷惑かなとか、気まずくなっちゃったらイヤだなとかって──あれ‥‥?」
一気に捲し立てかけて、音子は場の雰囲気が微妙な感じになってることに気づいた。
各々の胸中は計り知れないが、多分、以下のような感想が渦巻いていることだろう。
誰に?
女の子に?
一人に絞るとか無理だろう。
何を悩んでるかと思えば。
全く以てその通り。
それでも、茶化す人などいない。
「──そうか。ふらふらしないと決めたのなら、良いことだ。相手が誰だろうと、俺は応援する」
生真面目に、真正面から音子を見据えて、リヴァルは告げる。
「ありがとうございますっ。でも、ダメだったらと思うとやっぱり怖くて‥‥」
不安な気持ちは当然だが、言い出せばキリがない。
「言わないで後悔するより、言って悔やんだ方が絶対に良いよー」
いつになく真剣に、石榴が助言をする。
「きっとね、自分が『やりたい』って思った事は、どんなに苦しくても不安でも、やりきらなきゃいけないんだよ」
自身の経験から紡がれる言葉には、確かな説得力が込められていた。
「ボクもそう思う。誰かを好きな気持ちは、ちゃんと本人に伝えなきゃだめだよ!」
のぞみも、過去に生半可ではなく辛い体験をしている。
伝えたい気持ちを言えなくなってからでは、遅いのだ。
「好きって難しいですよね」
静かに聞いていた海も──ちょっと眠かったからなのだが──目を閉じて想いを口にした。
「私の中の大きな誰かに取って、私は点景なのかも知れません。それでも、私は負けませんよっ? 応援してくれる仲間がいるからっ。だからねこさんのこと、応援しますっ!」
「そうそう。みんなの言うとぉり」
酔いが回ってる綾も、ちょっとふらふらしながら言葉を続ける。
「やりたいと思うことならなぁ、まずはやればいいと思うの。失敗したら、明日の糧に。成功したら御の字。そういうものでしょ?」
皆からの励ましを、音子は自身の心に刻みこむようにして受け取った。
確認するように胸に手を当てて、目を閉じて頷く。
「‥‥ありがとう。今度、気持ち、伝えてみるね」
一言ずつ、噛み締めるように、紡ぎ出した。
みんなからの優しさを、ひとつずつ、確かめるように。
「──ごめんね、変な話しちゃって! 気を取り直して、最後にあとちょっと、ぱっと楽しもう!」
海の電池が切れかかっているので、丁度潮時だ。
ラストオーダーとして飲み物と雑炊を頼んで、彼らは締め括りまでの時間を堪能した。
ちなみに会計だが、音子が伝票に手を伸ばした瞬間、リヴァルが素早く強奪。
瞬天速を使ってまで先行し、手早く全額を支払った。
今日の憐は驚く位に加減して食べていたので、金額は思ったよりは大分低かった。
きっと、音子の財布の中身を慮ったのであろう。
それはそうと、支払いの件で詰め寄る音子に彼は、
「今日は俺が出そう。誕生日と、新しい門出の祝いだ。お前のしっかりした姿が見れれば、奢りはその時に受ける」
そうまで言われたら、厚意を無碍にできるはずがない。
恐縮する気持ちもあったが、音子は素直に甘んじた。
こうして、音子主催で奢る予定だった飲み会は、リヴァルの粋な計らいで幕を閉じた──
──帰り道。
「今日はとっても楽しかったですねっ」
「そうだね。みんなのおかげだよ〜」
銀菜と、音子。
「ネコちゃんと会うの、なんだかとっても久しぶりな感じでしたよねー」
「この間まで、長いこと泊まってもらってたからかも」
「きっとそうですねっ」
そして分かれ道。
「──銀菜ちゃん。また今度、連絡するね。近い内に」
「はい。楽しみに、待ってますよ?」
いつもと変わらず、彼女は笑う。
花のように。太陽のように。
それを見て、音子も笑う。
淡く微かに、月のように。