タイトル:【共鳴】amarevoleマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/19 14:27

●オープニング本文


 グリーンランドには、UPC軍の駐屯地が点在している。
 周辺地域の状況によって規模は異なるが、いつキメラ共の襲撃があるともしれない環境であるから、兵の練度や緊張感は相応に高い傾向にあった。

 その日、比較的バグアの支配領域から遠い位置にあるその駐屯地は、久しぶりの大雨に見舞われた。
 歩哨にとっては厄介な天候だ。
 視界が利かない上、音も掻き消されてしまう。

 ずぶ濡れになって巡回から戻ってきた兵士の一人が、合羽を脱ぎながら、
「今日はもう見回りはいいんじゃねぇか?」
 と辟易した口調で提案した。
「あんま雨の日とかにキメラが襲ってくるって話も聞かねぇしよ」
「この辺ではそうだが‥‥もしも、ってこともある」
「真面目だねぇ」
「誰か一人の油断で、大勢が犠牲になったりしたら悔やんでも悔やみきれないだろう?」
 正論だ。
 言われた兵士も、「確かにな」と肩をすくめてみせた。
「じゃあ行ってくる」
 そう告げて詰め所を後にする仲間二人の背中に、兵士はストーブで暖を取りながら「気をつけてなー」と声をかけるのだった。
「‥‥あの先輩、渋いっすね」
 合羽を干し終えた後輩兵士が、ストーブを挟んだ真正面に座りながら言う。
「ん? あぁ、まぁな。真面目なのはいいことだしな。お前もあーゆー奴を見習っとけ」
「うっす。でも、真面目なのって案外損だったりするっすよね」
「このタイミングで言うか、そーゆーことをよ‥‥」
 先輩兵士はあからさまに呆れた表情を作り、「けどまぁ」と続け、
「実際そういうところあるからなぁ。世の中不公平だぜ、ほんと」
 雨の降り続く外を眺めながら、しみじみと呟くのだった。

 そして『それ』は、狙ったかのように現れる。
 かの真面目な兵士は、どんな時でも油断してはならないことと、真面目さは時として損であることを、自らの命を以って証明することになった。

 ──気がついた時には、胴体の中心からほっそりとした腕が『生えて』いた。
「‥‥え?」
 兵士の口から、無意識に漏れる言葉。
 次の瞬間には、風景が猛スピードで流れた。
 つまり、腹から『生えた』腕に、力任せに投げ飛ばされたのだ。
 激痛などというレベルではない。
 意識が飛ばなかったのは、奇跡なのか悪夢なのか。
 泥濘と化した地面に叩きつけられ、勢いもそのままに転がる。
 捨てられた人形のようになりながら、無意識に顔を動かした。
 霞む視界の中で、背中に淡い光を放つ翅を持つほっそりとしたシルエットの、真っ赤なワンピースを着た少女が、腰を抜かす相方の元へ歩み寄っていくのが見えた。
 彼の身体を貫いただろう腕を染める血は、激しい雨によってあっという間に洗い流されていく。
 陶磁器のように白く、美しい腕。
 薄れ行く意識。彼は既に、指先の感覚すら定かではなかった。
 そんな状態であっても、相方の兵士を逃がそうと、そしてせめて一矢を報いようと、自動小銃に手を伸ばす。
 懸命に藻掻く。
 貫かれた身体の中心から、大量の血が溢れ出ているのが分かる。
 それでも必死に意識を繋ぎ止め、意地を総動員して引き金に指を掛け、力を込めた。
 ‥‥もう少し‥‥もう、少し‥‥‥‥!

「無、駄」

 ぐちゃり、と音がした。
 ぶちり、と音がした。
 指の感覚が、消えた。
 辛うじて映る視界──右の手首が、少女の細い足に踏み抜かれていた。
 もはや痛みすら感じられなかった。
 死は目の前。
 だが、それでもまだ、彼は今度は左手を動かそうとする。

「呆れた往生際の悪さね」

 吐き捨てるような少女の言葉も、彼の耳には届いていない。
 ただ一心に左手を動かし、兵士としての己を全うし──

「さて」

 何気ない仕切り直しの言葉。
 少女はその台詞と共に、無造作に、兵士の頭を踏み抜いた。
 殺す、という意図すら感じさせない動作。
 ただそこに、単に地面に、足を下ろしただけにしか見えなかった。
 つまりはそういうことなのだろう。
 路傍の小石程度の価値すら、否定したのだ。
 敢えて。
 人間一人を殺すことなど、この程度のことだと、誰かに知らしめるかのように。

「もうちょっとだけ殺しますか」

   ※   ※   ※   ※   ※

 近頃、グリーンランドのUPC軍の間では、ゲリラ的な襲撃が頻発している件ついて、酷く頭を悩ませていた。
 一件一件の被害は、そう深刻なものではない。
 否、人死が出ているのだから深刻なことのだが、数値的な規模として、戦時中という観点からは微小であると言わざるをえない、ということだ。
 そして、被害の累計を見れば、充分に深刻なレベルだった。
 兵士が二十三名、民間人が五十八名。
 一週間での被害者数だ。
 キメラの集団の仕業ではなく、組織だった襲撃でもない。
 確認されたのは──最近、傭兵たちの活躍によって情報がもたらされた──フィディエルというハーモニウムただ一人。
 常に傍らにいると思われていたもう一人のハーモニウム、ウィルカの存在は、今の所は確認されていない。
 たった一人を相手に、この被害。
 原因は、ひたすらに素早い撤退だった。
 撤退と言うか、数人殺したらさっさと引き上げてしまうので、軍や傭兵を呼ぶ暇すらないのだ。
「費用の面は度外視して、傭兵を大量に雇って辺り一帯を警備させるか?」
「カンパネラに、課外授業として組み込んでもらえば無償で済むのでは?」
「それならばアジトを突き止める為に労力を費やしたほうが有意義だろう」
「そもそも目的はなんだ? こちらの戦力的被害は、正直皆無に等しい」
 議論に決着は見えない。

 やがて疲労からか、投げ遣りな意見が多くなり、その中で一つの提案が採用された。
「取り合えず少人数の傭兵を、次に襲撃のありそうな地域に警備として派遣しよう。それで様子見だ」
 というものだ。
 そしてそれはそのまま、ULTへの依頼として提出されたのだった。

   ※   ※   ※   ※   ※

「真正面から‥‥戦って‥‥敵わないのは‥‥解った‥‥私も‥‥馬鹿じゃ‥‥ない」
 独り言だと自覚しながら、敢えて声に出し、フィディエルは自らに言い聞かせる。
「だからと言ってウィルカを傷付けたことは赦せません」
 引き金を引く。
 立て続けに引く。
 倒れる兵士。民間人。
「憂さ晴らしの対象は誰でもいいんだ。雑魚を殺せば、連中も腸(はらわた)が煮えくり返るよな。ざまあみろだ」
 痙攣する民間人の首を踏み抜く。
「戦って勝てない相手とは、戦わなければいいのです。殺して逃げて、殺して逃げて、殺して逃げて、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ延びながら殺し続けてやりますわ」
 鈴の音のような声を転がし、幻想的な美を放つ少女は、うっとりと拳銃に舌を這わせた。

 殺戮は、今日も繰り返させる。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA

●リプレイ本文

「北北西の方角にハーモニウムと思しき少女を確認。α班は戦闘準備を」
 ウラキ(gb4922)が無線で全員に通達した。
 連絡を終えると、彼はすぐに梯子を降りた。
 β班として、オルカ・スパイホップ(gc1882)と共に住民の避難誘導に当たる為だ。
 村一番の高所から双眼鏡で監視をしていた甲斐があり、フィディエルの到達までは猶予がある。
 それに加え、事前に村長と避難方針を計画していたお陰で、誘導は容易だった。
 住民の協力も得て、村唯一の避難シェルターたる教会の地下室へ。
「慌てないでね〜。まだ大丈夫だよ〜」
 オルカは住民達の不安を払うように、笑顔で皆を元気づける。
 完了の目処が立った辺りで、ウラキは村長に無線機を渡した。
「良いと言うまで、シェルターの扉は開くな。万が一の時は、すぐに駆けつける」
 そう告げると、オルカに後の事を任せ、α班と合流する為に走った。
 任されたオルカは、住民が一通り地下室に入った所で人数を確認。
 点呼を取った村長の大丈夫という答えを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった〜。僕が外で護衛してるから、安心しててね〜っ」
 最後に会心の笑みを浮かべて、オルカは重い鉄扉を閉めた。
 内側から施錠される音も確認。
「さて、と」
 身体をほぐしながら、オルカは呟く。
「報告書を読んだ限りだと二人組だけど、どうして今回は一人なんだろ〜。こないだの戦闘の無理が祟って、死んじゃったのかな?」
 ぐっと腕を伸ばし、空を見上げる。
 晴れていた空には、いつの間にか暗灰色の雲が広がっていた。
「雨‥‥降るかも?」

(ウラキさんが先んじて発見してくれたのは僥倖でしたね)
 綿貫 衛司(ga0056)は大きく迂回しながら、フィディエルの後方に回り込んでいた。
 発見時の方角と距離、彼女の歩速を計算し、慎重に足を進める。
 彼女の正面には一人だけ。
 麻宮 光(ga9696)が、まずは一人でフィディエルを迎える。
 四人で一塊になっていては、見つかるなり逃げられるだろう。
 身を潜める策もあったが、光が彼女の注意を引きつけるならば、退路を断つ意味では大差ない。
(寝返りは期待できそうにないですから、説得は難しいとは思いますが)
 それよりも彼は、フィディエルの兵士としての成長に興味を持っていた。
 短絡的に襲撃するだけだった彼女が策を弄するようになったのは、傭兵を相手してからだ。
(敵であることが、少々惜しいですね)
 そう。敵なのだ。
 その認識を、胸に刻む。

 萩野 樹(gb4907)は『パイドロス』の中で、微かな不安を感じていた。
 ハーモニウムと初めて戦う彼は、今までとは違う印象の敵に戸惑いを覚えていたのだ。
 丘陵の影に身を潜め、敵である少女の訪れを待つ。
 光がいる地点まで距離は少々あるが、走輪走行で駆けつければ遅れることはない。
(上手く戦えるかな)
 掌を開閉しながら、胸中で呟く。
「それでも、戦わないと」
 迷っていても仕方がない。
(俺ができる事を、しないと)
 強く拳を握り、樹は静かに決意をした。

 樹と対になる位置取りの岩陰に身を潜める風代 律子(ga7966)。
 彼女は強い想いを胸に、この地に赴いていた。
 少女がこれ以上の業を重ねるのを止める為に。
 己の信念を心に据えて、その時を待つ。

 そして、邂逅の時──

「やあ。久しぶり」
 歩哨所として設置した天幕から外に出て、光はフィディエルに声を掛けた。
 馬鹿正直に正面に突っ立っていては、見つかった瞬間に逃げられてしまう可能性もあるから、当然と言えば当然だ。
 彼女は完全に油断していたようで、面食らった表情で咄嗟に飛び退いていた。
 衛司の張った天幕が巧みに隠蔽されており、パッと見には気付かない設営だったのも効果的だったのだろう。
 少女は無骨な拳銃を抜き、即座に発砲する。
 迷いも遅滞もない、人を殺すことに躊躇いなど微塵もない動きだ。
 しかしそれ位の洗礼は予測済みだったのか、光は未覚醒のまま弾道を先読みして避けた。
「待った。話を聞いて欲しい」
 少女は構わず引き金を引くが、当たらない。
 そこでようやく、彼女は攻撃の手を止めた。
「──君は、この間の能力者か」
 今日の第一声は、どうやら少年的な人格らしい。
 警戒心を剥き出しに、少女は周囲を見やる。
「一人‥‥なわけないですよね」
「今は一人だ。仲間は他の場所にいる」
 嘘は吐いていないが、全てを語ったわけでもない。
 どちらも裏切らないぎりぎりのライン。
「ふぅん‥‥言っとっけど、和解とか考えてるなら、無駄よ」
「俺はそうは思わない」
 鼻で笑って小馬鹿にしたのに対して断言を返され、さしものフィディエルも微かに怯んだ。
「何を世迷言を──
「今まで戦ってきたバグアの中にも、話の通じた奴はいた。おまえ達には『仲間を思いやる』心がある。俺達だって仲間を失えば悲しむし、好き好んで失いたいと思う奴もいない。できる事なら互いが傷つけあわずに、戦わずに済む方法を探したいんだ」
「無駄だって──
「人間全部を信用する事は難しいだろう。だからまずは、俺を信用して欲しい。その為に俺は、君を信用する。腹の底から。君達とは、きっと解り合えるから」
 敢えて彼女の言葉を遮り、被せ、光は強く強く、言葉を紡いだ。
 吐き出すように、訴えかけるように。
 そこには真摯な想いしかない。
 彼自身の良心と信念の命ずるままに。
 しかし──溜め息。
 腹の底から信用すると言った彼に返されたのは、心の底から呆れ返った溜め息だった。
「‥‥馬鹿じゃないの?」
 眉間に皺を寄せて、フィディエルは言う。
「あんたそれ、私達に死ねって言ってるのと同じだって気づいてる?」
「どういう意味だ?」
「強化人間である私達が人間の手に堕ちたら、メンテ受けられずに死ぬってことよ。ノアとAgだって多分そろそろよ? よくそれで解り合おうとか言えるわね。片腹痛いわよ。侵略者と原住民が和解しようってだけでも噴飯ものだっていうのにさ。大体、何の手土産もなしに交渉しようとか、おかしいんじゃないの? 信用して欲しいならノアとAgを連れてきなさいよ。でもどうせ無理でしょ?」
 全てを静かに受け止めてから、光はゆっくりと口を開いた。
「確かに無理だ‥‥でも違う。解り合うことはできる」
「──もういい、死ね」
 感情の消えた瞳で、フィディエルは地面を蹴った。

 だが、直後にもう一度地面を蹴り、無理やりに方向転換をした。
 光への攻撃を遮ったのは、横からの律子の斬撃だった。
「久しぶりね、強い相手からは逃げるだけの弱虫さん」
「っ!」
 自覚があるだけに、返す言葉もない。
 悔しそうに歯噛みし、フィディエルは退路を探す。
 しかし、遅かった。
 彼女が光と話している間に、包囲は完成していたのだ。
 樹と衛司が、適度な距離を取って武器を構えている。
「こういうことですか‥‥」
 睨みつける少女の視線から目を逸らさず、しかし光は否定も肯定もしなかった。
 無言で覚醒し、武器を構える。
 彼もやるべき事を、見失ってなどいない。
(‥‥なんとかして逃げないと‥‥村に入って、人質でも取る‥‥?)
「村人達を襲いたいの?」
 フィディエルの目線を察し、律子が言った。
「じゃ、こちらは貴女のお友達を探しだして始末させてもらうわね。貴女がやってきた事なんだから別にいいわよね? どうせ貴女の友達なんて生きている価値もない存在なんだから」
「てめぇ!」
「逃げたければ逃げなさい、貴女だけは生かしてあげるから。その代わり、貴女の友達は全員始末させてもらうけれど。それが嫌なら私を殺す事ね」
「あぁそう‥‥見なさいよ」
 後半の言葉は、光へ。
「あなたの仲間ですら、この有様じゃない。よくもこんなので解り合えるなんて言えたわね。笑っちゃうわよ」
 それは、どこか悲しそうにも見える、眼差しと声だった。
「フィディエル、俺は──」
「煩い!! 死ね!!」
 飛びかかる。
 今度こそ。
 『光』を、殺そうと。
 その瞬間──
 フィディエルの右の太股を、一発の銃弾が貫いた。
 痛みと衝撃にぐらつく身体を辛うじて支え、左足で思い切り飛び退く。
 だがその先には樹が回り込み、『カデンサ』を突き出していた。
 『竜の爪』と『竜の息』で強化された一撃が、少女の脇腹を抉る。
 引き裂かれたワンピースと、鮮血が宙に舞った。
 倒れそうになりながらも、フィディエルは引き金を引こうとした。
 けれどその寸前で銃身が叩っ斬られた。
 刀を振り下ろしたのは、衛司。
 握りしめた『驟雨』を柄を回転させ、もうひと太刀お見舞いする。
 仰け反って躱すフィディエル。
 ブリッジしそうなほどの姿勢から足を跳ね上げ、衛司の腕を蹴ろうとするが、今度は軸足を撃ち抜かれた。
 倒れるも、すぐに身体を転がして傭兵たちからは距離を取る。
 勢いで包囲を脱せないかとも考えたが、衛司が巧みに退路を断つ位置に立ちはだかっていた。
 舌打ちし、両足から血を流しながらも膝立ちになり、彼女は見えない狙撃手を睨みつけた。
 無論、居場所などわからないから銃弾が来たであろう方向を勘で見たに過ぎない。
 二度の射撃で正確にフィディエルの機動力を削ったのは、『アンチシペイターライフル』を手にしたウラキだ。
「狙手は‥‥蛇のように静かに‥‥敏速であれ‥‥」
 サプレッサーにより、銃声すらしない。
 不可避の一撃。
「蛆虫共が、寄って集って鬱陶しい!」
「貴女が憎しみを捨てないのなら‥‥私だけを憎みなさい。そして私を殺しなさい。気が済むまで相手をしてあげるわ」
 口汚い罵りに、律子は正面から呼びかける。
「出来るならやってんだよ!!」
 激昂するフィディエル。

 その時、ポツリ──と、雨粒が落ちてきた。

 雨か、と思う間もなく、一気に降り注ぐ水滴。
 それはグリーンランドには珍しい大雨だった。
 無論、雨が突然降り出したくらいで気が逸れる彼らではない。
 膝立ちのフィディエルに追撃をかけようと、四人は連携を維持しながら攻め立てる。
 だがそこで、異変が起きた。
 最初に察知したのは衛司だ。
 彼女の背中に注意を払っていた衛司は、虹色の翅が微細ながらも激しく震動していることに気づいた。
 何かが起きる。
 そう思い、『先手必勝』を発動させて、『天地撃』を使った渾身のひと太刀を振り下ろす。
 避けられる間合いではなかった。
 にも関わらず、『驟雨』の切っ先は少女を叩き伏せることはなかった。

 雨粒が、刀を受け止めていた。

 衛司の刀だけではない。
 律子の小太刀も、樹の槍も。
 雨粒が盾となり、少女を守っていた。
「‥‥私の名前の由来を、教えて上げるわ」
 ゆらりと立ち上がり、彼女は言った。
「『フィディエル』ってのは、スコットランドの邪悪な水の妖精のことよ──!」
 水滴が弾丸となり、傭兵たちを襲った。
 一発一発は軽くとも、それは避けようのない攻撃だった。
 無論、雨粒全てが武器ではない。
 少女の周囲から撃ち出される水滴のみだが、それでも事実上の全方位だ。
 傭兵たちは少女に圧され始めた。
 しかしこの場において、唯一、樹だけは前に進んだ。
 AUKVが彼の全身を隈なく守っているからだ。
「甘く見るな──!」
 果敢に繰り出した一撃は、意外にも防がれることなく少女に届いた。
 辛うじて身を躱すフィディエル。
 その一瞬、水滴の弾丸が止まる。
 この機を逃すまいと、律子は『疾風脚』で少女に迫った。
 と、眼前に現れる水の槍。
 やられると思うより先に、律子は『回転舞』を発動し、空中に『刺した』ナイフを支点に、水の槍を紙一重で回避した。
 千切れた髪が一房、地面に落ちる。
 頬を伝う血は、すぐに雨で洗い流された。
 連携がほつれたのは、ほんの僅かな間隙のみ。
 でもフィディエルは見逃さなかった。
 豪雨の弾丸を撒き散らしながら、傭兵たちの包囲を突破する。
「しまった──!」
 少女の背中に向けて引き金を引いた衛司だが、銃弾は全て水の盾に遮られてしまった。

 村に到達したフィディエルは、周囲に素早く視線を巡らせる。
 覚悟はしていたが、やはり住民の姿はない。
 だが振り切れる相手ではない以上、人質を取るしか方法がなかった。
「何処に居る──!?」
 焦る彼女に、
「此処にいるよ〜」
 応える声。
 
 土砂降りの中でその少年は、二振りの刀を両手に、少女の前に立ちはだかった。

「いっくよ〜!」
 互いに問答無用なのは承知の上。
 泥濘に怯むこともなく、オルカは全速力で地面を疾る!
「馬鹿が!」
 繰り出される雨粒の弾丸。
 初見のはずのオルカは、しかし難なく回避する。
 無線で知らされていたお陰だ。
 だが、厄介なのは全方位で攻防をカバーできることで、意識を逸らさなければ彼の攻撃が届くことも、またない。
「甘いのよ!」
(──お前がな)
 胸中で呟き、引き金を引いたのは、ウラキだ。
 雨で塞がる視界をものともせず、彼の弾丸は再び少女の足を貫いた。
 ただでさえ無理をしていた少女の足に、それは決定打を与える一撃だった。
 認識していない方向からの攻撃は、防御できないらしい。
 崩折れる少女に、オルカは遠慮することなく『二連撃』を叩き込んだ。
 ワンピースが裂け、白磁の肌に無残な傷跡がつくが、知った事ではない。
 それでも尚、彼女は抵抗の意思を見せた。
 範囲を広げた水滴のマシンガンが、オルカの全身を叩く。
「痛いけど──へっちゃらだ!」
 顔の前で腕を交差させて地面を蹴り、再度少女に飛びかかる。
「これで、倒れろ〜!」
 あらん限りの力を込めて、オルカは『二連撃』で少女に斬りつけた。
 水の盾を切り裂いて、刃が肩から腰へと、少女を切り裂く。
 倒れるフィディエルを見下ろすオルカ。
「そこまでにしてくれ!」
 そこに、光の叫びにも似た声が届いた。
 駆け寄った光は、少女の傷を見て息を飲んだ。
 咄嗟に彼女を抱え上げ、近くの民家へと運びこむ。
 ベッドを無断で借りることを内心で侘びながら、光は彼女の治療に当たった。
 その最中、
「‥‥馬鹿ね‥‥‥‥でも、ありがとうと‥‥言っておくわ‥‥」
 それは、フィディエルが初めて浮かべる、人間への笑顔だった。
「喋るな」
 動揺を押し殺し、光は治療に集中する。

 集まった仲間たちは、その様子を無言で見つめていた。
「‥‥捕獲成功、ですかね」
 複雑な心境で、樹が呟く。
「どうですかね‥‥」
 衛司は迷っていた。
 彼女の行動に腑に落ちない点があったからだ。
(まさか、ね)
 深手を負わされた上、捕獲されてしまえばFFは無力化される。
 最早、あの少女に打つ手はないはずだ。
「これで、彼女の憎しみの連鎖も終わるかしらね‥‥」
「どうかな〜」
 沈痛な面持ちの律子に、オルカも複雑な表情で答える。
「だが、役目は果たした」
 ウラキの言葉に、皆が頷いた。

 降りしきる雨は、いつ止むとも知れぬ程に激しさを増していた。
 空は、彼らの心中を表すかのように、暗く重たい灰色だった──