●リプレイ本文
むせ返るような濃厚な『自然』の臭気。
ジャングルは人を圧倒し、塗り潰さんとする。
所詮、人間など矮小な存在だと言わんばかりに。
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藤村 瑠亥(
ga3862)とアンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)は、鬱蒼と茂る草木の合間に身を隠していた。
うだるような蒸し暑さに、とめどなく汗が滴り落ちる。
そろそろ、基地への『偵察』を試みた部隊が、敵に『発見』される頃だろうか。
息を潜め、気配を潜め。
二人はただ、『その時』を待つ。
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殺到するキメラ共の攻撃を、霧島 和哉(
gb1893)はその身を盾にして防ぎきる。
──否。
盾では生温い。
彼は『壁』、もっと言うなら『鉄壁』だった。
単身? 小柄?
そんな事は、ハンデにならない。
複数のキメラの攻撃を受け持ち、顔色ひとつ変えない。
「この程度じゃ‥‥僕は‥‥崩せない、よ」
呟きながら、和哉は『竜の咆哮』を用いた一撃を繰り出す。
弾き飛ばされるキメラ共。
体勢の崩れた一体のキメラへ、仲間が攻勢を仕掛けた。
アリエーニ(
gb4654)、フェイト・グラスベル(
gb5417)、愛梨(
gb5765)。
各々の武器を手に、虎型キメラへ必殺の一撃。
巨体が絶叫を迸らせ、弛緩した。
「よし! 次!」
バイク形態のAUKVに跨る愛梨が、次のキメラへ小銃を発砲する。
既に何体ものキメラを仕留めていたが、敵の数は減る様子がなかった。
基地から。周囲から。
次々に出てきている。
「無理無理無理無理! 『偵察』も『強襲』も『失敗』です! 『撤退』しますよー!」
無線機に向かって声を張り上げるアリエーニ。
基地を『偵察』していた彼らは、敵の警備に『発見』されてしまい、やむなく基地への『強襲』を敢行。
最初こそ大暴れして敵を切り崩したかのように見えたが、基地の『堅牢』な戦力に押し切られ、撤退戦を『強いられて』いた。
アリエーニの「撤退」の言葉を聞きつけたのか、敵の動きが更に活発になった。
量産型のキメラでは埒が明かないと判断したのか、基地から三体の小型レックスキャノンとゴーレムが一体、迂闊な傭兵たちを始末せんと出撃してきた。
『こっちも人間共は四匹か‥‥囲んで潰すか。退路を断つように回りこめ』
ゴーレムの中のバグア兵士が、レックスキャノンのAIへと指示を飛ばす。
レックスは木々の間をすり抜け、邪魔ならば砲撃で樹木を吹き飛ばし、突き進んだ。
ゴーレムは巨大なサーベルを振るい、木々を切り飛ばしながら傭兵たちを追撃する。
「ふふ。予定通りですね」
木々が密集する中であっても、長大な斧を巧みに操り、フェイトは敵の動向を注意深く観察した。
「このまま‥‥敵を引きつけて‥‥指定地点まで‥‥後退、だね」
牛頭キメラの斧を軽々と防ぎ、咆哮で弾き飛ばす和哉。
和哉が殿を務めて皆の『壁』となり、愛梨とアリエーニがバイク形態による高速移動で包囲の輪を崩し、生じる死角や隙はフェイトが全力でカバーする。
一丸となったハイドラグーンの四人は、完璧な『演出』を以て、初手を成功させた。
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「敵主力の出現を確認しました。『別働隊』と合流して、指定地点を目指しましょう」
基地の方角から視線を外し、アルヴァイム(
ga5051)が冷静な声で皆に告げる。
「了解、だねぃ!」
襲い来るキメラの攻撃を、赤銅色に染まった身体で受け止めながら、ゼンラー(
gb8572)が威勢よく応えた。
「ここからが本番ですね‥‥。成功させましょう、絶対!」
獅月 きら(
gc1055)は薄紅梅の長い髪を星屑のような細やかな光と共に舞わせ、両手の『ジャッジメント』を連射する。
きらの射撃に追いやられ、樹上から襲いかかってきた大蛇キメラの顎を槍で貫き、エレシア・ハートネス(
gc3040)は身を翻した。
「ん‥‥頑張って、役に立つ‥‥」
規格外な胸のサイズとは反対に、態度は控え目だ。
四人は敵を振り切らぬよう、巧みに後退を始める。
だが緻密な連携を取り、集中力と緊張感を最大限に保っても、敵の攻勢を完全に封殺するのは難しい。
きらの盾になっているゼンラーのダメージが蓄積し始める。
アルヴァイムが遮蔽物を利用する位置取りを徹底し、『バラキエル』の銃声(らいめい)を轟かせて敵の攻勢を削ぐ。
反転し、後退方向の敵には『雷遁』を浴びせ、進路を確保する。
敗走に見せかける演出も忘れない。
単純なキメラ相手には、単純な芝居で充分だ。
やがて、彼らとは別の、もうひとつの戦いの音が近づいてきた。
砲撃の音。木々がなぎ倒される音。
断続的な地響き。
そして、エンジンの排気音。
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「ぬっはっは! 斥候を見つけたからと調子に乗りおってぇ。拙僧ら本隊が地獄を見せてやるよぅ!!」
合流するなり、ゼンラーが大音声を響かせた。
敵がゼンラーに気を取られる。
その隙に、七人は素早く陣形を整えた。
「拙僧の魂の名はゼンラー、通称大僧正! ゼンラの神様の御元に送り届けてやるよぅ! 拙僧を止めたくばゴーレムでも連れてくることだねぃ!!」
勇ましく敵を挑発すると共に、悪魔的な形相に相応しくない可愛らしい武器を掲げる。
超機械『SG』が作動。
今まさに砲撃をぶっ放そうとしていたレックスを、強力な電磁波が襲った。
『大言壮語を! 偵察も満足に出来ぬ能無しが‥‥!』
ゴーレムのコックピットの中ではバグア兵士が嘲笑し、木々を薙ぎ払いながら一気に踏み込んだ。
「ぬっほ! 本当にワームが来るとはねぃ‥‥あばよぅ、とっつぁん‥‥!」
先程の威勢は何処へやら、ゼンラーはあっさりと踵を返す。
「お見事な‥‥演技です‥‥」
すれ違い様、和哉がゼンラーの演出を賞賛する。
唇の端を吊り上げて答え、ゼンラーはヒーラーへと回った。
AUKVをアーマー形態にして装着、武器を薙刀に持ち替えた愛梨は、乱立する樹木に構わず刃を振るった。
闇雲に振るったのではない。
敵を牽制しながらも、切り倒した木が相手の足止めになることを狙った。
押し寄せる敵の数は二桁を超えている。
基地から引っ張り出したキメラとワームに加え、基地周辺の警備に当たっていた戦力も集まっていた。
「覚悟してたとは言え、きついわね‥‥!」
ぼやくその横を、フェイトの身体が吹っ飛んでいった。
大木に激突する直前で身体を捻り、着地。
『ベオウルフ』を構え直し、フェイトは短く息を吐いた。
牛頭キメラの一撃を避け損ねたが、咄嗟に跳んだお陰でダメージは少ない。
「よし、まだまだやれます‥‥!」
気合に応じるかのように、背中の光の翼が輝きを増した。
アリエーニはオフロードセッティングしたAUKVを駆り、その高機動性を活かして敵を巧みに翻弄する。
仲間に追撃を加えそうなキメラに苦無を投擲し、牽制。
隙を見せた敵がいれば、『竜の咆哮』を使用して上空に跳ね上げ、無防備なところへ集中砲火を浴びせる。
「ふふん♪ どうしたの? この程度?」
淡く発光する瞳にからかいの色を滲ませ、アリエーニは不敵に微笑んだ。
仲間の後退状況、敵の進行具合、後退方向の確保、奇襲への警戒。
ありとあらゆる項目に注意を払いながらも、味方の支援と敵の撃破を続けてきたアルヴァイム。
レックスの背中の砲台へ、『バラキエル』の弾丸をぶち込む。
一部が弾け飛ぶが、破壊には至らない。
しかし彼は気に留めた様子もなく、常に周囲の状況を観察する。
「‥‥ここですね」
視界に『目印』を捉えた彼は小さく呟き、すかさず仲間たちへ手信号を送った。
気づいた者が別の者へ即座に伝達。
数秒のラグもなく、全員に意思が伝わる。
「ふふ‥‥『倒してしまってもかまわんのだろう?』です!」
可愛らしく勇ましく、きらの『制圧射撃』が炸裂する。
それを皮切りに、全員が反撃に転じた。
押し返され、弾き飛ばされ、怯むキメラ共。
その隙に、遠隔武器を持つ者たちの集中砲火が、ゴーレムに浴びせられた。
『フハハハ! その程度で退けられると思ってるのか!?』
バグア兵の声が傭兵たちに聞こえることはないが、そう言ってるだろうことは容易に知れた。
こちらの攻撃を嘲笑うかのように、ゴーレムがサーベルを振り下ろす。
全力で散開する傭兵たち。
地面へ叩きつけられるサーベル。
盛大な地響きと共に土や泥が跳ね上がり、木々がなぎ倒される。
視界が埋まる。
敵味方共に。
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疾(はし)る──
この瞬間の為に、全ての力を引き絞ってきた。
放たれた矢のように一直線に、一点を目指してアンジェリナが走る。
追随するのは、瑠亥。
ゴーレムの背後から、二人は一気に奇襲を仕掛けようとしていた。
仲間たちが命を賭して用意した、この一瞬。
「必ず‥‥成功させる!」
瑠亥の二刀小太刀が鮮やかな軌跡を描く。
気づく間もなく切り伏せられるキメラ。
しかしその状況が続くほどキメラも間抜けではない。
アンジェリナの存在に気づき、進路を塞ごうとする。
だが彼女は目もくれない。
一直線に、ゴーレムを目指す。
ならば、露払いは瑠亥の役目だ。
「邪魔はさせん‥‥どけ!」
『迅雷』で彼女を追い抜き、カマイタチのごとく刃を乱舞させてキメラを切り刻む。
舞う血飛沫の中を、アンジェリナが駆け抜ける。
礼の言葉は必要ない。
互いに、果たすべき役目を果たすだけ。
「‥‥要は、コレを斬り捨ててしまえば良いのだろう?」
銀のオーラをその身に纏い、翡翠色の瞳でゴーレムを見据え、金色の太刀を優雅に構えた。
たどり着く、ゴーレムの足元。
狙うは、脚の関節部。
「耐えられるものならば‥‥耐えてみろ‥‥!」
静謐な裂帛の気合を込め、
全身全霊をかけた正真正銘の渾身の一撃を、
叩き込む──!
弾ける光。
響き渡る轟音。
『何が起きた!?』
コックピットの中で、バグア兵士が驚愕する。
ゴーレムが突如正常な動作をしなくなったことを、彼は理解できていなかった。
「Ace Assault‥‥? 生温い。私の突き進む道は‥‥Ace strikerだ」
一刀の元にゴーレムの脚を切断しておきながら、誇るでもなく淡々と、アンジェリナが告げる。
そして機動力を奪うだけに留まらず、彼女はコックピット目がけてゴーレムを駆け登る。
『なんの冗談だコレは!』
ようやく状況を把握したバグア兵士。
脱出せねばとコックピットを開いて──
「‥‥愚か者が」
黒髪の美しい死神を網膜に焼き付け、絶命した。
アンジェリナがゴーレムを片付けたことを確認した瑠亥は、レックスの元へと走った。
脚の速いあいつらに基地に戻られては、全てが台無しになってしまう。
目を凝らし、体色が赤いことを確認。
『迅雷』で距離を詰め、『スマッシュ』を使用した斬撃をお見舞いする。
狙いは砲身。
「これでも‥‥くらえ!」
甲高い音を立てて食い込む刃。
キィィ‥‥ンと小気味良いとさえ言える音が鳴り、瑠亥の小太刀は砲身を切り飛ばしていた。
一瞬遅れて、レックスが瑠亥を振り落とそうとする。
飛び退く瑠亥。
そこへレックスは牙をむき出しにして噛み付きにかかった。
主力のプロトン砲を無力化されてしまえば、原始的な攻撃に頼るしかないだろう。
だがそれが通用する相手ではないのだ。
交錯する瞬間、その名の如く、疾風迅雷の速度で振るわれる刃。
レックスの下顎が、頭部から切り離された。
●
ピィィィィィ‥‥‥‥
それは遠く響く、笛の音だった。
どんな騒音の最中であっても、傭兵たちは誰一人として聞き逃すことなどあり得ない。
敵基地内で作戦中だった仲間たちの、作戦成功の合図。
「任務完了ですね。撤退しましょう」
アルヴァイムの号令の元、傭兵たちは陣形を組み直す。
殿には瑠亥、和哉、ゼンラー。
「さて、時間稼ぎか‥‥おあつらえ向きだな、霧島?」
「そう‥‥だね」
不敵に微笑み合い、異変を悟った敵の猛攻を全力で受け止める。
「ぬはははは! 拙僧の練力は三百式まであるよぅ‥‥! 拙僧を落さん事には、仲間はやれんぞぅ!!」
和哉が『竜の咆哮』を連発して敵を弾き飛ばす傍ら、ゼンラーは回復に挑発に支援にと尽力する。
『ダリア』から『スコール』に持ち替えたエレシアは、彼らのやや後方から『制圧射撃』を繰り返した。
「ん‥‥撤退支援する‥‥」
追い縋る敵を牽制し、着実に離脱の時間を稼ぐ。
だがそれでも、数が数だ。
掻い潜って接近する敵もいる。
樹上を伝って頭上から襲いかかる大蛇型キメラ。
人間など丸呑みだと言わんばかりに大口を開けたそこへ、
「こういうのは慌てちゃ駄目なんですよ」
悪戯っぽく微笑むほどの余裕を見せて、アリエーニが弾頭矢と閃光手榴弾を放り込んだ。
すかさず下顎をかち上げて口を閉じさせる。
凄まじい破裂音と爆音が轟き、キメラの頭部が吹っ飛んでいた。
中距離から砲撃してくる鬱陶しいレックスは、アンジェリナが切り捨てた。
「REXとは言え、所詮小型か‥‥他愛ない」
これで主力はあらかた撃退したことになる。
だが、雑魚の数が彼らの撤退を阻んだ。
「このままじゃ埒が明かないねぃ‥‥閃光手榴弾を使うから、ちょっと間、頼めるかぃ?」
「任せて」
「ん‥‥了解です‥‥」
応じた愛梨が、『竜の咆哮』でヒル型キメラを弾き飛ばす。
エレシアも『制圧射撃』を駆使し、ゼンラーの抜けた壁の穴を必死に補う。
その一方で、
「フェイト、上です」
全方位に目があるのだろうか。
アルヴァイムがノールックでフェイトに警告を発し、彼女は反射的に『ベオウルフ』を振るった。
確かな手応え。
猿型キメラの首が地面に転がる。
「ありがとうございます」
「礼なら後で」
『雷遁』の電磁波を迸らせ、アルヴァイムは全員の死角に常に注意を払い続けた。
「そろそろ行くよぅ‥‥!」
ゼンラーの合図を受けて、全員が一斉に敵から距離を置く。
機を見計らい、ゼンラーは閃光手榴弾を投げた。
身構える一同。
閃光。轟音。
生じる間隙に、全員が一切の遅滞なく、全速撤退を始めた。
そこへ、ふらつきながらも追いすがろうとする牛頭キメラ。
「ふふ、それじゃあね」
気づいたきらがにこやかに笑い、『ジャッジメント』の引き金を引いた。
そして素早く転身。
愛梨のバイク形態のAUKVの後部座席に飛び乗り、仲間と共に戦場を離脱した。
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帰りのリッジウェイの中──
汗と泥と血と疲労に塗れた一同。
だが彼らは、満足気な心地に浸っていた。
完遂と言っていいだろう。
一つの落ち度もなく、彼らは完璧に役割を果たした。
しかしただ一人、ゼンラーだけは神妙な顔をしていた。
不意にORゼンラ教特製脱着装置を使って一瞬で装備を脱ぎ捨てると、彼は散っていった命に黙祷を捧げた。
「まだまだ拙僧も未熟だねぃ‥‥」
「‥‥いや、そんなことより、こんな狭い中で脱がないで下さい!」
我に返ったきらの悲痛なツッコミが、リッジウェイの中に響き渡った──
─mission complete!─
─and─
―Go! Perform your operation”BD”!!―