●リプレイ本文
「──煙が上がってますね」
目的地の方角に、綿貫 衛司(
ga0056)は不穏な黒煙を見た。
「‥‥不味いわね」
前方に目を凝らしながら、風代 律子(
ga7966)が呟く。
「キメラの侵入を許したのか?」
目を細めて黒煙を睨み、麻宮 光(
ga9696)は警戒を滲ませた。
「繋がりました」
衛司は煙を見るや、すぐさま基地との交信を試みていた。
「──了解です。すぐに着きますので、それまで持ち堪え‥‥ハーモニウムですか?」
基地からの報告を受け取る衛司の反問に、車内の緊迫感が一気に増した。
「ハーモニウムだって? 前に何機か墜としたことがあるが、その仲間か?」
にわかに色めき立つ翡焔・東雲(
gb2615)。
「この戦力では分が悪いかもしれませんね」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)が硬い声で言った。
「守備隊の装備じゃ、そう長くは‥‥」
「急ぎましょう!」
歯噛みする愛梨(
gb5765)と、焦る黒瀬 レオ(
gb9668)。
「へっ! 相手が誰だろうとぶっ飛ばすだけだぜ!」
「あぁ、そうだな」
空言 凛(
gc4106)の頼もしい言葉に、衛司は思わず口元を綻ばせた。
「しっかり掴まってろ! トばすぞ!」
不安を振り払うように声を張り上げて、翡焔はアクセルを踏み込んだ。
視界に防壁が捉えられる。
堅牢そうな防壁の一部が、無残に崩れて穴を開けていた。
通信ではキメラが自爆で破壊したと言っていたが、相当な威力だ。
「横付けするぞ」
翡焔は破砕部の手前で一旦停車させ、仲間たちが基地の中に入るのを確認してから、穴を塞ぐ位置にまで車を動かした。
「逃がすわけにはいかないからな」
聖痕の浮かび上がる左手を握り締め、翡焔は運転席を飛び出した。
「もうボロボロじゃねぇか」
凛の言う通り、中は酷い状態だった。
兵士の死体がいくつも転がっており、施設は殆どが破壊されている。
通信設備が生きていたのが奇跡に思えるほどだ。
視界内にキメラはいないが、銃声や悲鳴は多方面から聞こえてきていた。
急がなければ。
互いに死角をカバーし合いながら行動を開始した一同。
さして広くもない敷地に施設が詰められている為、目の届かない場所が至る所にある。
いくら警戒しても過分になることはないだろう。
しかしその心構えは、すぐに不要となった。
「ようこそ。意地汚い蛆虫諸君」
頭上から降り注ぐ侮蔑の言葉。
声音だけならば、透き通る鈴の音のようだ。
傭兵たちは瞬時に、視線と共に武器を向けた。
その先に居たのは──
倉庫の屋根から傭兵たちを見下ろす、妖精の如き幽玄の美を放つ少女だった。
背中の翅が、陽光を浴びて虹色の色彩を帯びている。
「‥‥あの風体、ノア君のお仲間で間違いなさそうですね」
目を細め、衛司が呟く。
人類側で『保護』したキメラ型ハーモニウムの話は、傭兵の間でも話題になっていた。
「──」
口を開きかけた光。
だが彼の言葉を、複数の銃声が掻き消した。
愛梨とナンナが、少女に向けて引き金を引いたのだ。
けれど銃弾は、少女に届く直前で全て叩き落とされた。
突如現れた褐色の肌の少年が、両手に構えた刃をくるりと回転させる。
「迷いのない、良い判断だね。仲間にすると心強そうだ」
「ウィルカの仰る通りですわね。予定通り、拉致らせて頂きましょう♪」
柔和に語る少年に、少女が弾む声で賛同する。
パン、と手を叩く少女。
引きずるような音と共に、四体のキメラが傭兵たちを囲む形で現れた。
ゴリラ並に体躯と、先端が瘤状の長い腕を持つキメラだ。
「‥‥誘い込まれたって訳ね」
「地の利はあちらにありましたからね」
武器を構え、愛梨とレオはキメラへと注意を払う。
一触即発の空気の中、
「あの二人は任せてくれ」
光がハーモニウムの少女を見つめたまま言った。
「私も行くわ」
律子がそれに続く。
「わかりました。その間に、私たちはキメラを片付けてしまいましょう」
快諾したナンナに、光は「ありがとう」と告げる。
「じゃあ俺は、彼女の方を」
「了解」
頷き合い、大地を蹴り、二人はハーモニウムの元へ走る。
その様子を少女は鼻で笑いながら、キメラへと指示を下した。
「オラオラオラァ!」
キメラの懐に飛び込んだ凛が、天拳を連打する。
決して軽い攻撃ではなかったが、キメラは僅かによろめくのみ。
キメラが反撃に転じ、剛腕を振う。
スウェーで躱すのは難しいと判断し、凛は咄嗟にバックステップ。
それを見計らったように、無数の銃弾がキメラの胴体に叩き込まれた。
「真正面は危険です。自爆に巻き込まれますよ」
衛司の忠告に、凛はちょっと困った表情を浮かべた。
あの瘤が爆弾のはずだ。
どんな切っ掛けで爆発するか判らないが、壁を壊す為に自爆するような連中だ。
掠ることすら避けるべきだった。
「注意を引きますから、隙を突いて下さい」
「──オッケー!」
気は進まなかったが、我侭を言う状況ではない。
気持ちを切り替えて、凛は軽やかなフットワークでキメラの死角に回りこんだ。
「生存者確認の前に、こっちを片付けないとな」
二刀小太刀を手に、翡焔は一息にキメラとの距離を詰めた。
振り回される瘤を避けるように『流し斬り』で側面に回り込み、腕の付け根を斬りつける。
強烈な攻撃だったが、一撃で切り落とすにまでは至らなかった。
素早く飛び退き、隙を見てまた接近する。
再度腕の付け根へと斬りつけ、手応えを感じる。
これならば切り落とせる、そう思った矢先、キメラは瘤を頭上に振り上げ、振り下ろした。
見え見えの攻撃だ。
飛び退こうとして、瞬間、翡焔は踏み止まって小太刀を振り上げた。
瘤を避けて上腕部に刃をぶつけ、振り下ろされる腕を止める。
足が地面に沈んだかと錯覚するほどの重い衝撃が身体を貫く。
──危なかった。
もしあのまま避けて、振り下ろされた瘤が地面に叩きつけられたら、自爆に巻き込まれていただろう。
「くっそう‥‥このゴリラ、やりづらい!」
力任せに腕を弾きあげ、翡焔は一旦後退した。
追いかけようとするキメラに、愛梨が銃弾を浴びせる。
瘤を避けた射撃は的確に相手を捉えたが、足止めにはなっても効果的なダメージとはいかないようだ。
「強敵ってほどじゃないけど、厄介ね」
「一方向に戦力を集中させて包囲を突破し、安全圏まで離れてから瘤を狙撃した方が早いかも知れませんね」
キメラの接近を阻む牽制射撃をしながら、方針を提案するナンナ。
「ヤツら足も早くて、距離が取れないですしね」
包囲を縮めようと動き回るキメラの足止めに銃を乱射し、レオが賛同を示す。
「ならば一点突破を仕掛けましょう」
三方向へのキメラへ牽制を続けながら、衛司の指し示した一匹へ向けて、傭兵たちは陣形を整えた。
その時だ。
激しい爆音が空気を震わせた。
「なんだ!?」
身構えた凛が振り返ると、彼らが入ってきた方向から黒煙が立ち上っていた。
「車を破壊されたんですかね‥‥」
呟く衛司。
だが、誰が?
答えはすぐに判明する。
頭を切り替え、当初の作戦を実行しようとした彼らを囲むように、新たな『敵』が姿を現したのだ。
その数は六人。
思わぬ事態に、驚愕が傭兵たちを包み込む。
動揺は抑えこんでも、戸惑いを感じずにはいられなかった。
「‥‥駐屯地が要請した傭兵は八人以下だったはず。貴方達は『誰』ですか?」
向けられる殺気を考えれば問うまでもない。
しかしレオは、口に出さずにはいられなかった。
『敵』とは言っても、その風体は人間そのもの──こちらと同じ、傭兵の姿だったからだ。
「さあ、『誰』だろうねぇ?」
AUKVを身に纏った者から発せられる少年の声。
「大人しく投降するなら、痛い目だけは見ずに済むが?」
爪状武器を手にした青年が、渇いた口調で問いかけてきた。
こちらを不意打つことが可能だったことを考えれば、危害を加えないと言う台詞にも信憑性はあるのかもしれない。
だが、
「面白い冗談ね」
愛梨の琥珀色の眼光が、相手を射抜く。
自爆上等なキメラに加え、正体の見えない敵の増援。
状況は切迫している。
しかし、
「思い通りにはさせません!」
ナンナは毅然として言い放った。
そう。この程度で心が折れる者など、いるわけがないのだ。
場面は変わり、時間は少しだけ戻る。
銃弾を見切って接近し、光は月詠を一閃させた。
ハーモニウムの少女はひらりと躱す。
光の攻撃は手抜きではないが、殺意が欠如していた。
少女もそれを感じ取り、訝しげに相手を睨む。
「なんのつもり?」
「流石に鋭いね」
言葉を交わしながらも、攻防は止まらない。
「まあいいや。俺は麻宮光。よろしくね」
「は?」
「君の名前は?」
大量の疑問符を浮かべる少女。
やがて合点がいったように唇を歪めた。
「あーそういうことか。ノアを捕まえたからってなんか勘違いしちゃってるわけだ」
「違う違う。前から君たちのことが気になってたんだよ」
「あっそ。あたしはキミにキョーミなんかないよっ!」
光の刀に怯む様子も見せず、少女は接近戦を挑む。
格闘技と呼べる型もなく、身体能力に任せた拳と蹴りの連撃が光を襲う。
並の傭兵なら避けるどころか防ぐことすら難しい連打を、光は的確に見切る。
『疾風脚』を用いているのもあるが、並外れた回避能力だ。
めげずに繰り出される、光の側頭部を狙ったハイキック。
これも躱す。
髪の毛の先だけが千切れ飛ぶ。
少女は空振りの勢いもそのままに軸足を交換し、後ろ回し蹴りで再度光の頭部を刈らんとする。
翻るワンピースの裾。
その奥、しなやかに伸びる足の付け根──などには目を奪われたりはせず、光は冷静に蹴り足を弾いた。
「──態度だけじゃないってわけか」
一旦距離を取り、少女は舌打ちをしながら忌々しそうに顔を歪めた。
「まあね」
「‥‥フィディエル」
「え?」
「名前訊いたのはお前だろーが!」
「あぁ、ありがとう。フィディエルね。覚えたよ」
微笑む光。
その場違いさに、少女は酷く苛立を感じていた。
「人間は‥‥そーゆーところがワケわかんないのよ!」
怒鳴るついでに引き金を引く。
型のない体術ですら見切る光に、真正面からの銃撃など当たるはずもない。
躱し、弾き、光は再びフィディエルへと接近する。
「さっき、俺たちを拉致るとかって言ってたよね」
「五月蝿いゴミ虫ね‥‥」
喋りながらも間断なく斬撃を繰り出してくる光を、フィディエルは心底鬱陶しそうに睨む。
「ここを襲ったのは俺たちを誘き寄せる為ってのは解ったけど、拉致の目的は?」
「てめぇらみてぇなカスに、教えてやる義理なんかねぇんだよ!」
激しい怒気と共に、フィディエルの攻撃が勢いを増した。
威力よりも手数を重視したことで、流石に光も捌き切れずに後退する。
数メートルの距離をおいて、対峙する二人。
「得意なのは接近戦?」
「さっきからごちゃごちゃと‥‥」
「よければ付き合うよ」
副兵装のシャドウオーブを使わないと言っているわけだ。
「‥‥あまり図に乗るのはおよしになっては?」
苛立を通り越し、呆れ返った声でフィディエルは言う。
「小蝿如きが勘違いする様は、哀れですわよ!」
吐き捨てるように言って、フィディエルは銃弾を放った。
一方、律子とウィルカは──
先手を取られても対応できる距離で、律子は足を止めた。
迎え討つ構えだったウィルカは、少しだけ怪訝そうな顔をする。
律子はすっと息を整え、はっきりとした声で告げた。
「単刀直入に言うわ。これ以上命を奪う行為は止めなさい」
「‥‥なに?」
我が耳を疑う心情で、ウィルカは聞き返した。
毅然とした態度のまま、律子は続ける。
「憎しみの連鎖を増やせば、貴方達も取り返しのつかない事になるわ。それは、貴方の仲間が殺められても文句は言えないと言う事。友達の事も少しは考えなさい。ノアちゃんは友達の事を考えていたわよ」
「何を言うかと思えば‥‥」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、ウィルカは吐き捨てる。
「敵軍の中で孤立してるノアが、まともな思考なんてできるはずがないだろ? 弱味に付け込めば、お前ら言いなりにもなるだろうさ!」
激昂するウィルカに、律子は静かに首を振る。
「ノアちゃんは大事にされているわ。あの子の為に、体を張っている人間たちがいるもの」
「だろうね。命を懸けて確保した、貴重な情報源だもんね」
「違う。ノアちゃんは、人間と貴方たちとの架け橋になれるかもしれないのよ?」
「侵略されるだけの人間風情が、随分と吼えるじゃないか」
これ以上は聞く耳を持たない。
態度で示すかのように、ウィルカは両手の刃を構え直した。
律子は怯むことなく、尚も言葉を紡ぐ。
「戦いではなく、互いを解り合う事‥‥それが今の貴方たちに、一番必要な事よ」
真摯に、信念を込めて。
だが、ウィルカは一笑に付した。
「言葉が通じれば解り合えるとでも? おめでたい思考だね。ならなんで人間は、僕らっていう明確な脅威がいながら、人間同士で争ってるのさ。同族でさえその有様で、侵略者相手に和解を求めるとか、笑っちゃうよね」
月並な反論だ。
つまりそれは、月並に成り下がるほどに、繰り返された問答とも言える。
もはや話すことなどないと、ウィルカの表情が如実に物語っていた。
そこへ丁度、
「ウィルカ。お喋りはお終いよ!」
フィディエルの声が聞こえてきた。
宙を舞った妖精が、くるりと弧を描いてウィルカの隣に着地する。
「こんな頭のおかしい連中の戯言に付き合う必要はないわ。調子が狂うったらないわよ‥‥」
「フィディエル?」
「なんでもないわ。さあ、張っ倒すわよ!」
苦々しげな表情のフィディエルに違和感を覚えたウィルカだが、疑問を追求することはさせてもらえなかった。
敵勢力との戦いは、苛烈さを極めていた。
キメラの行動は単純で読み易いが、そこに六人の敵傭兵の連携が加わると非常に厄介だった。
キメラに一撃必殺並の威力があるせいで意識が分散し、歴戦の傭兵たちであっても防戦に追い込まれざるを得なかった。
「どうして人間同士で戦わなくちゃ‥‥くそっ!」
レオがやり場のない怒りを露にする。
最初こそヨロシロや強化人間のことも考えたが、攻撃を当てた際にFF特有の赤い光りが見えなかったことで、その可能性は消えた。
ならば彼らの風体や言動、戦闘能力からして、能力者が洗脳された線が濃厚になる。
それが判った時点で、傭兵たちの間に微妙な齟齬が生まれたのも、僅かな歯車の狂いを生んでいた。
手を抜かなくとも、殺意の有無によって行動の差異は生じる。
認識の違いが、連携にほんの微かなラグを与える。
通常の任務なら無視できる程度だが、今は状況が悪かった。
翡焔は接近と後退を繰り返しながら、敵をこちらの射線上に誘き寄せようと苦心していた。
無闇に飛び込めば孤立させられる。
それを避けながら敵を削るには、前衛が囮になるしかない。
敵傭兵の動きは連携が正確な分、予測が当たることも多い。
だがそこに何も考えていないキメラが割り込んでくることで、ノイズが混じるのだ。
「鬱陶しいにも程がある!」
せめて動きを止められないかと足を狙って斬りつけるが、頑丈な表皮と筋肉に阻まれて深手には至らない。
決定打が与えられない。
打開策が見えない。
その間にも傭兵たちはじりじりと削られていく。
前衛と後衛の連携が成立しているお陰で、未だほとんどが軽傷で済んでいるが、それも積み重なれば致命傷になる。
「あーっ! うざってぇー!」
銃弾を避けた隙に、敵ファイターの斬撃を受けて後退させられた凛。
辛うじてガードしたものの、腕からは血が滴っている。
「タイマンやろうぜ! タイマンをよぉ!」
不満をぶつける凛だが、敵は歯牙にもかけてくれない。
「くそ!」
「腐ることないですよ。良い案です」
苛立つ凛に、衛司が穏やかな声を掛ける。
切羽詰った状況にも関わらず、実に落ち着いていた。
「じゃあ一人ふん掴まえてきていいか?」
「いえ、まだ早いです。いずれ最適なタイミングが訪れますから、それまで辛抱してください」
「お、おう‥‥」
凛を安心させるように微笑む間も、衛司は抜かりなくSMGの弾をばらまき続けていた。
攻められなくてもいい。
攻めさせなければいい。
敵の動きの全てを冷静に捉えながら、衛司の中では戦略が練られていた。
その様子を敏感に察知し、ナンナはより一層、集中力を増した。
前衛がカバー仕切れない敵への牽制を怠ることなく、隙あらば敵の連携をも阻害する。
少しでも構わない。
銃弾一発分でもいい。
コンマ一秒でもいい。
敵の足を止め、視線を切り、注意を散らす。
それをひたすらに忍耐強く続ける。
鋼の心が、それを支える。
傭兵側のジリ貧に思える状況が続く中、先に焦れたのは敵傭兵の方だった。
一方的に攻め続けているのに、一人も倒せない。
数の優位が余裕を生み、攻勢が続くことで慢心になり、膠着が長引くことで集中力が途切れたのだ。
「ちっ。面倒臭いな‥‥一気に仕留めようぜ」
ファイターの浅慮な提案に、反対する者はいなかった。
迂闊と言わざるをえない。
アサルトライフルも持つ二人の援護を受けながら、近接武器持ちの四人が一気に踏み込んだ。
その瞬間を、待っていた者がいる。
愛梨の全身を包む『ミカエル』が、ここぞとばかりに電流を迸らせた。
「ああぁぁぁぁぁ!!」
美しい声が、勇ましい雄叫びを上げる!
『竜の咆哮』を纏った薙刀『清姫』の一撃を、愛梨は渾身の力で敵のファイターとドラグーンへ叩き込んだ。
間合いを制され、カウンター気味に浴びせられた薙ぎ払いを、二人は避けることができなかった。
防御されるのも構わずに、全力で振り抜く一閃。
重く鋭いその一撃は、二人を敵の援護射撃の射線上へとぶっ飛ばした。
途切れる支援射撃。
残る敵前衛二人が、格好の餌食として孤立する。
「今です!」
衛司に言われるまでもなく、凛は飛び出していた。
矢の如く。
否。
弾丸の如く!
「ちょいと失礼っと!」
グラップラーの懐へ、凛は一足飛びに潜り込んでいた。
動揺する隙すら与えずに、そいつを掴んで投げ飛ばす。
両陣営のどちらからも離れた場所へと。
膝をついて着地したグラップラーに、凛はいっそ爽快とすら言える笑みを向けた。
「よう! タイマンしようぜ!」
「‥‥愚か者め」
爪状武器を握り直し、グラップラーは不敵に笑う。
罵りつつも、歓迎している気配が漂っている。
対峙はほんの数秒だった。
先に飛び出したのはどちらか。
土煙が上がると同時に、激しい衝突音が響く。
互いの武器が、互いのガードの上にぶち込まれる。
笑う凛。
唇を歪める青年。
交錯する拳。
飛び散る汗と血。
闘争心が迸り、せめぎ合う。
「人間と肉弾戦とか、久々だぜ!」
心底楽しそうに吠える凛の天拳が、相手の腹を捉えた。
と同時に、相手の金属の爪が凛の肩を引き裂く。
「やるなぁアンタ!」
「‥‥感心してられるのも今の内だぞ」
互いにバックステップ。
そして激突。
激烈な一騎打ちは続く。
孤立したフェンサーに、後退を許さなかったのはレオだ。
すかさず放った『ソニックブーム』は惜しくも避けられたが、体勢を崩した敵へレオはすぐに追い打ちをかける。
陽炎のように揺らめく紅の軌跡が、相手の二刀のガードを崩す。
「目を覚ましてくれ!」
悲痛な表情で、レオは紅炎の斬撃を繰り出した。
逆袈裟に身体を斬られたフェンサーは、よろめきながらも飛び退いた。
逃すまいとしたレオだが、流石に連携を取り戻した敵傭兵の牽制に足を止められる。
敵傭兵六人の内、五人が再び集合した。
傷は負ったものの、優位性自体はそれほど変わっていない。
奴らはそう考えていた。
勇み足を認め、冷静に追い詰めようと考え直した。
だがその判断すら、既に遅かったのだ。
──衛司は、敵の連携が乱れた隙を見逃さなかった。
愛梨がファイターとドラグーンを弾き飛ばし、凛がグラップラーを投げ飛ばした時。
彼は数手先の為の行動を始めていた。
衛司はまず、最も近くにいたキメラの腕に集中砲火を浴びせた。
そいつは、翡焔の度重なる斬撃によって腕を半ばまで抉られているキメラだった。
ピンポイントの銃撃に耐えられず、腕が吹き飛ぶ。
「翡焔さん」
小さく、鋭く名を呼ぶ。
目配せと、その声で意図が伝わった。
地面に転がる瘤へと、翡焔が走る。
痛みと怒りに狂ったキメラはと言えば、衛司を目掛けて突進してきていた。
弾幕を張るが、キメラは止まらない。
(それでいい)
内心で呟く。
元より、注意を引き続けるための銃撃だ。
やがてキメラの攻撃範囲に衛司が捉えられた。
振り下ろされる巨大な瘤。
触れれば爆発し、彼自身はおろか、近くにいるナンナたちまで巻き込まれる。
衛司は目を逸らすことなく、SMGを左手に持ったまま、体を捻って右手で刀を抜き放った。
轟音が衛司の鼓膜を叩く。
すれ違う勢いもそのままに、キメラの上腕部へ刀を叩きつけ──切り飛ばした。
宙を舞う瘤を、衛司はすかさず掴みとる。
翡焔とナンナと、アイコンタクト。
頷き合う。
この時、丁度敵傭兵の五人が合流し直していたところだった。
鋭く息を吐き、翡焔は瘤爆弾を敵へと投げつけた。
「喰らい、やがれぇ!」
叫ぶ。
敢えて。
注意を引き付けるように。
「っ!?」
驚愕する敵傭兵。
声を上げたの誰だったのか。
しかし硬直は一瞬だけだ。
着弾を待つほど愚かではない。
だがこちらとて、好きに散開させたりはしない。
ナンナの掃射が、敵の逃げる方向を限定した。
建物と銃弾に阻まれ、立地的に更に追い込まれる敵傭兵。
気づいた時には手遅れだった。
衛司は『豪力発現』を使って、瘤を投げつけていた。
猛スピードで飛来する瘤に対し、ヤツらが咄嗟に出来たのは防御行動くらいのものだろう。
敵傭兵の足元で、瘤爆弾が炸裂した。
凄まじい爆音と空気の振動に、ハーモニウムの二人と光、律子も一瞬立ち止まった。
「‥‥遂にボマーの餌食になったのではなくて? 貴方がたのお仲間さんは」
嫌味たっぷりに言うフィディエルは、さも愉快そうだ。
まさかと思いつつも、二人は仲間たちの元へと引き返した。
ハーモニウムたちの追撃に注意を払ったが、奴らは悠然と追いかけてきている。
「くそっ」
「大丈夫よ。皆がやられるはずがないわ」
「‥‥そうだよな」
律子の励ましに、頷く光。
事実、その通りなのだ。
二人が駆けつけた時、キメラは四体とも四肢をもがれて転がされ、敵傭兵は六人ともが意識を断たれた状態だった。
凛だけが、結局は劣勢に追い込まれて仲間の手助けを受けざるを得なかったのが不満で、浮かない顔をしているが。
「──そんな」
息を飲む声が、光の背後から聞こえてきた。
振り返れば、ウィルカが驚愕の表情で立ち尽くしている。
「みんなが‥‥フィディエル、みんなが!!」
縋るように、少女の腕を取るウィルカ。
フィディエルは、無表情にさえ見える顔で、ぽつりと呟いた。
「‥‥よくも‥‥」
握る拳が、小刻みに震える。
「よくも‥‥仲間たちを‥‥害虫共が!!」
蹴り足で地面が抉れるほどの勢いで、フィディエルが飛び出した。
向かう先は衛司たちの元。
一瞬遅れて、ウィルカが後に続く。
それを阻む律子。
「貴方の相手は私がするわ。投降するなら‥‥今の内よ」
「ほざけ!」
「律子さん!」
ナンナの呼び声に、律子は咄嗟に身体を伏せる。
頭上を無数の弾丸が通過し、ウィルカを真正面から捉えた。
褐色の肌が抉れて、赤い血が飛び散る。
(駄目だ‥‥このままじゃ負ける‥‥!)
考えなしに突っ込んだフィディエルも、勢いに任せて暴れたところで程度が知れている。
致命打こそ浴びないが、見る間にワンピースが裂け、翅に穴が空き、美しい肌に傷が増えていく。
翡焔が振るう二刀小太刀の片方を銃身で弾き、もう片方は剣の腹を拳で叩いて軌道を逸らす。
しかし間断なく愛梨の薙刀が突き出され、身体を捻るも音を立てて裾が裂け、太ももに浅くない傷を負う。
反撃を試みれば前衛は引き、衛司とレオの銃撃に身動きを封じられる。
「人間風情が‥‥調子に乗りやがって‥‥!」
真正面から殴りかかってきた凛の拳を、フィディエルは敢えて両腕でブロックした。
腕の皮膚が裂けて鮮血が飛び散るが、凛の身体を足場にし、殴られた勢いを利用して後ろに跳んだ。
「っとぉ! 味なマネしやがるぜ‥‥!」
凛は足蹴にされても何処か楽しそうだ。
だがここまで来てむざむざと逃がすつもりなど、誰にもない。
直ぐ様追いすがり、ハーモニウムたちに体勢を立て直させる時間など与えなかった。
愛梨が繰り出す斬撃を、ウィルカは両手の刃で弾く。
二人は常に後退しながら防御に徹し、包囲されるのを避けるので精一杯だった。
「フィディエル、どうしよう!?」
「‥‥使いましょう」
「やっぱり、それしかないよね‥‥」
「背に腹は変えられないわ。私たちだけなら逃げられるけど、あの六人も助けないとだし」
「じゃあ、車の調達は任せるね。人間たちは、僕が止めるから」
「ウィルカ」
傭兵たちの攻撃が偶然に途切れた、ほんの一瞬。
フィディエルの唇がウィルカの唇を掠める。
「必ず『戻る』のよ?」
「‥‥約束するよ」
静かに、だが瞳の奥には炎を滾らせて、ウィルカは頷いた。
何事か囁き合ったらしき後に、ウィルカの元からフィディエルが大きく離れるのを見て、傭兵たちは訝しんだ。
息のあった連携を見せる二人だからこそ、こちらの猛攻を凌げていたというのに。
だが向こうから分散してくれるのなら、付け入らない手はない。
光はすぐにフィディエルを追いかけようとして、
──吹っ飛ばされた。
気がついたら、意識が明滅するほどの衝撃を食らっていた。
そしてその攻撃に、誰も反応できていない。
『瞬天速』よりも遥かに早く、ウィルカは突撃していたのだ。
それは最早、瞬間移動とも言えるほどの速度だった。
「あり得ないだろ!?」
眼では到底追い切れない。
レオは悲鳴に近い叫びを上げた。
「こんな力を隠していただなんて‥‥」
ぎりり、と奥歯を噛み締めるナンナ。
その間にも、文字通りに目にも留まらぬスピードで縦横無尽に跳び回るウィルカが、次々と傭兵たちをぶっ飛ばしていく。
ガードすらままならず、翡焔が、凛が、愛梨が、衛司が、レオが、ナンナが、律子がピンボールのように弾け飛ぶ。
逃げることも叶わない。
「冗談よね‥‥?」
絶望すら匂わせる口調で、律子がよろめきながら声を絞り出した。
そして次の瞬間にはまた、超高速の鉄球をくらったかのような衝撃を食らう。
「‥‥出鱈目ですね」
策を立てる余裕すらない与えてもらえない。
諦めこそしなくとも、衛司は打つべき手の無さに無力感を噛み締め始めていた。
しかし、ウィルカの蹂躙は、始まりと同じ唐突さで、終りを告げた。
不意に訪れた静寂に、傭兵たちは事態を飲み込めずに呆然とする。
そこへ車のエンジン音と走行音が近づいてきた。
「ウィルカ!」
ハーモニウムの少女の声。
反応はない。
さっきまであれほど暴れ回っていたというのに、声ひとつ聞こえない、仕草ひとつ見えない。
我に返ったナンナが、フィディエルの乗る車に向けて引き金を引く。
「鬱陶しい!」
フィディエルは怒鳴りながらドアを蹴り開けて飛び出し、抱えていた瘤をナンナたちの方へと投げつけてきた。
「しまっ──!」
最後まで叫ぶ前に、フィディエルの放った銃弾が瘤を貫く。
幸い頭上のやや高い位置で爆発した為、直接的なダメージこそなかったものの、閃光手榴弾を食らった時に似た症状を、全員が味合うこととなった。
フィディエルはその隙にウィルカを探し当てた。
全身が焼け爛れ、ごく浅い呼吸しかしていない。
「なんでもっと早く『戻ら』なかったの!?」
抱き起こす少女の腕すら、火傷させるほどの熱をウィルカの身体は発していた。
フィディエルの呼びかけに答える力は、今のウィルカには残っていなかった。
意識すら定かではない。
「早く連れて帰らないと‥‥!」
全速力で車に戻り、気絶したままの六人の仲間たちと一緒に、荷台に寝かせる。
アクセルを目一杯踏み込むフィディエルの表情に、余裕など欠片も存在していなかった。
目眩と耳鳴りが過ぎ去った時、既にハーモニウムたちの姿はなかった。
「逃げられちまったか‥‥」
凛が、悔しそうに拳を打ち合わせる。
「けど、連中を撃退し、基地もなんとか守れたじゃないか」
埃に汚れた顔を拭いながら、翡焔が言う。
「それに、随分収穫もあったと思うよ。ハーモニウムに関してね」
去ってしまった美しいハーモニウムのことを頭の片隅で考えながら、光が微笑む。
「上に報告すれば、今後の大きな進展に繋がるかもしれませんね」
「あいつら、見た目はあんなだけどバグアだしね。きっちり滅ぼしてやらないと」
衛司の言葉の後に、愛梨は意思の強い眼差しで続けた。
「なにはともあれ、全員が無事でよかったです」
戦闘中の厳しい表情が和らぎ、ナンナが優しく笑った。
「あいつらも、助けてやりたかったな‥‥」
ハーモニウムと一緒にいて、最後にはハーモニウムに回収されていった能力者たち思い、レオは俯く。
「私たちに出来ることはやり遂げたわ。彼らまで救おうとするのは、現状じゃ無理よ」
律子の口調はやや淡々とていたが、その気遣いは充分レオに伝わっていた。
そうですね、とレオも頷く。
「さて、それじゃ急いで生存者の確認と負傷者の手当をしましょう」
「そうだったな。まだ忙しいや」
衛司の促しに、苦笑する光。
戦うだけが、彼らの役割ではない。
朱色に染まり始めた空の下、能力者たちはもう一頑張りの為に走りだした。