●リプレイ本文
車両から降り立つと、目の前には地下へと伸びる洞穴が口を開けていた。
グリーンランドの大地に張り巡らされた広大な地下通路。
その全容はいまだ明らかではなく、何処に何が在るか、または何が居るかも分からないような場所だ。
「これだけの、メンバーが、揃うと‥‥流石に‥‥負ける気が、しない‥‥ね」
AU−KVを装着し終えた霧島 和哉(
gb1893)が、静かに微笑んだ。
「あぁ、まさか図らずもこの四人が一緒になるとはな。心強いぜ」
「馴染みのメンバーだものね。頼りにしてるわよ」
カンタレラ(
gb9927)はアレックス(
gb3735)の胸を軽く小突き、艶然と口元を綻ばせる。
「強化人間相手でも、遅れを取ることはないですね」
可憐な声で、ナンナ・オンスロート(
gb5838)が勇ましく告げた。
それぞれが浅からぬ関係であり、幾多の戦線を経て紡いだ強い絆で結ばれた四人からは、自然と一体感のようなものが生み出されていた。
得体の知れない相手が待ち構えているだけに、この安心感は頼もしいところだろう。
「それじゃ、迷子のオトコノコを探しにいきましょうか」
暗闇の奥を見据え、カンタレラが僅かに昂りを感じさせる声で促した。
「急ぎましょう。ヴィーリヤさんも寒い思いしてるでしょうし」
眠たそうな半眼の御守 剣清(
gb6210)だが、決してやる気がないわけではない。
すっと伸びた背筋が、静かな闘志を言外に物語っていた。
足を進める度、ランタンの光が暗闇を押し退けていく。
地下に潜ってから数十分が過ぎていた。
異様な静けさと、息詰まるような閉塞感。
そんな中を襲撃への警戒もしながら歩くのは、楽な作業とは言えなかった。
それでも程なくして、ヴィーリヤが拉致されたであろう場所まで辿り着く。
「血痕が続いてますね」
地面を検分していた新居・やすかず(
ga1891)が、ランタンで奥を照らしながら告げた。
「跡を辿れば迷うこともなさそうやね」
冴木氷狩(
gb6236)の言葉に、やすかずは首肯する。
「それにしても、不気味なくらい何も起きませんね」
殿を務めている優(
ga8480)が、逆に不安だと言わんばかりに零した。
確かに道中、襲撃の気配は一切感じられなかった。
もしこの後もキメラと出くわさなければ、強化人間と一緒にいる可能性が高い。
「それはそれで、全力で粉砕すれば良いだけです」
一番可憐な者が一番勇ましいことを言う。
ナンナの台詞に頼もしさを感じつつ、彼らは再び歩みを進め始めた。
それから更に十数分後。
一行はようやく目的地に着いたことを感じ取った。
分岐の先をしばらく進んだところ、明らかな人の気配と物音、声、光が漏れてきている。
その様子からして、待ち伏せや罠ということもなさそうだ。
逆に言えば、不意打ちを掛けることもできないが。
気を引き締めて、八人はその部屋へと踏み入った。
圧迫感のある狭い通路が唐突に途切れ、大きな空間が開けていた。
奥の方には、若干の生活感を匂わせる品々が転がっている。
そこに、彼女は居た。
三匹のキメラと、どこかカンパネラの制服にも似たデザインの服を着た一人の少年を従えて。
もし今が平和な世の中で、ここが西洋の森で、その容姿だけを見たならば、恐らく信じたであろう。
その少女が、妖精だと。
端整で儚げな美貌。細くしなやかな手足。透き通るように白い肌。エメラルド色の髪。アイオライトの瞳。
背中には虹色に煌めく翅。清楚な白のワンピースと、花の髪飾り。
「ようこそ──」
鈴を転がしたような美声。
「──ウジ虫共」
花咲くような笑顔から零れた暴言。
そして、地下水脈が溜まって池のようになっている場所に、カンパネラ学園戦闘服を着た少年が頭を水の中に沈められていた。近くには大破したAU−KVが転がっている。
少女の可憐な素足は、その少年──ヴィーリヤの頭を踏みつけていた。
周囲の水面は激しく泡立っている。
「てめぇ! なにしてやがんだ!!」
氷狩の怒声が広間に木霊する。
「見てわかれよ」
しかめっ面の低い声で、吐き捨てる少女。
「‥‥話し合う余地、ありますかね」
「厳しそうですね‥‥」
囁きかける優に、剣清は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
少女が足をどけると、すぐさまヴィーリヤは水から這い出し、激しく咳き込んだ。
それを見下ろす少女の表情は、極上の愉悦を感じているように見える。
「‥‥フィディエル、自己紹介はいいの?」
ウィルカに促され、はたと我に返った表情で、少女は再び能力者たちの方へと視線を向けた。
微笑みだけならば清らか、仕草だけならば雅び。
「初めまして、ドラグーンとその他の方々。私、フィディエルと彼、ウィルカは『ハーモニウム』の生徒です。以後お見知りおきを」
ワンピースの裾をつまみ、愛らしくすら見える所作で一礼する。
「この度は突然の招待にも関わらず、こんなにも大勢の方々にお集まり頂いて、大変嬉しく思いますわ。特に、カンパネラの生徒が三人もいるなんて、ね」
アイオライトの瞳が、和哉、アレックス、ナンナを捉える。
「じゃあその三人だけ捕まえて、あとはもう殺しちゃってオッケー。行けー、キメラ共ー!」
数秒前の落ち着いた口調はどこへやら、一転して子どもっぽい言葉遣いで拳を突き上げるフィディエル。
しかしそんなことに気をかけている場合ではない。
八人の元へ、異形の化け物共が襲いかかって来た。
「行け! ここは俺達が引き受ける!」
氷狩の声が、救出班を促す。
そう。目的は敵の殲滅ではない。ヴィーリヤを助けだすことだ。
「頼んだぜ」
告げるアレックスを先頭に、和哉、ナンナ、カンタレラの四人がヴィーリヤの元へ向かった。
主の方へ向かう敵を見逃すつもりはないようで、虎型が矛先を変える。
救出班の背後に襲いかかろうとする虎型だが、やすかずの放った一撃が横っ面に炸裂した。
これで再び、虎型の意識は戦闘班へと向けられる。
キメラとの戦いは熾烈を極めた。
虎型も水牛型も動きが速く、しかも一撃が重い。
迂闊に受け止めようものなら体勢を崩しかねないほどだ。
しかもそこに、こそこそと味方を盾にして動き回る猿型が射撃をしてくるので、非常に立ち回りにくい。
それでも能力者たちは、戦局を終始有利に進めていた。
決定打は、弱点の目星がついていたことだ。
前足を大きく振り上げる虎型。
それが振り下ろされた直後、やすかずの放った絶妙な一撃が足を弾いた。
まるでそこに攻撃がくるとわかっていたかのようなタイミングだ。
その隙を見逃す優ではない。
渾身の力で月詠を叩きつける。
斬り飛ばされて宙を舞う前足を一瞥すらせず、苦悶の声を上げる虎型の、残る前足へと『凄皇』の斬撃を浴びせた。
重い感触の一瞬後、すっと軽くなる。
両方の前足を失い、崩れ落ちる虎型。
それきり動く様子は感じられない。
「最大の武器が弱点だったってことか。となれば‥‥」
氷狩は冷静に水牛型を見据える。
前面が甲殻を持つということは、甲殻その物、ないしはその下が弱点ということだろう。
四対二になれば、もはや大勢は決したも同然だ。
猿型は優に任せ、三人で水牛型を仕留めにかかる。
やすかずが敵の攻撃を阻害し、その隙に、氷狩と剣清は甲殻の隙間に刃を差し込んだ。
化物の反応が、他の場所を斬りつけた時とは明らかに違う。
確信は得たがしかし、弱点を知られたことに気づいたのか、水牛型は狂ったように暴れだした。
狙い所がシビアな為、動き回られると厄介極まりない。
「ちっ、ただでさえすばしっこいってのに!」
「俺が引きつけます」
言うや否や、水牛型に真正面から斬りかかる剣清。
その行動を無駄にはできない。
剣清が作ってくれた一瞬の隙に、氷狩は甲殻の間に刀を差し込み、テコの要領で思いっきりひっぺがした。
そしてそこへ容赦なく斬撃を叩き込む。
「オラ! 余所見してんじゃねぇよ!!」
剥き出しになった箇所は画用紙一枚分ほどだったが、彼らに取ってはそれで充分だ。
決定機と見た剣清は、『迅雷』と『刹那』を使用し、氷狩と入れ替わりで渾身の刺突をぶちかます。
更にそこへ、
「避けて下さい!」
やすかずの声。
刀を引き抜いて跳び退くと同時、『強弾撃』と『即射』を用いた連撃が、剥き出しの一点を貫いた。
それが決め手となり、水牛型は地響きを立てて倒れ伏す。
その時には優の方も片付いており、触手を全て失った猿型が地面に転がっていた。
念の為に、全てのキメラの頭部と手足を切り落とす優。
これで、万が一死んでいなかったとしても、文字通り手も足も出ないだろう。
キメラを無視して自分の元へ向かってきた四人を見て、フィディエルは不快そうに眉をしかめた。
「困りますね、そういうことをされては」
理知的に呟きながらも、その細腕には不釣合いな大口径のハンドガンを構え、口元を歪める。
ウィルカの方は華奢な体躯に似合った短刀を、両手に構えた。
戦端が開かれる。
「行くよ‥‥擁霧」
切りかかってくるウィルカの前に、和哉は敢然と立ちはだかった。
凄まじい速度で振るわれる短刀を、盾と装甲で全て防ぎきる。
少年の舌打ちが聞こえてきた。
その次の瞬間、和哉の顔面を狙って短刀を投擲。
と同時に、ウィルカはフィディエルと戦っているアレックス目掛けて地面を蹴った。
だがそう思い通りにはいかない。
ウィルカの誤算は、和哉が短刀を避けもしなかったことだ。
防御は装甲の強度に任せて、自身は敵の突破を阻止することに集中する。
AU−KVの全身にスパークが生じ、和哉はウィルカを盾で思い切り殴りつけた。
『竜の咆哮』を乗せた一撃を食らい、少年は転がるように地面を吹っ飛ぶ。
「‥‥気安く‥‥触ろうと、しないで‥‥貰える‥‥かな?」
「ちくしょう!」
苛立しげに吐き捨てるそこへ、ナンナのSMGとカンタレラのエネルギーガンが浴びせられる。
数発の銃弾を浴びながらも飛び退り、辛うじて難を逃れながらも、ウィルカの表情は厳しい。
自身の相対した『盾』が、あまりにも分厚いことを思い知る。
「いーなー、ナンナちゃん‥‥」
ナンナの重火器を羨むカンタレラの呑気な呟きすら、ウィルカには苦しい重圧となっていた。
三メートルもある長大なランスを巧みに操り、アレックスはフィディエルと渡り合っていた。
まずはヴィーリヤからこの少女を離さなければならない。
「とりあえず、俺達の仲間は返してもらうぜッ!」
スキル全開で、アレックスはフィディエルへと挑んだ。
舞うように跳び回る少女を捉えるのは困難だったが、フィディエルの方も上手く狙いを定められずにイラついているようだ。
弾倉が空になるとリロードするのももどかしくなったくのか、投げ捨てて素手で殴りかかってきた。
これにはアレックスも僅かに意表を突かれ、対応が一瞬だけ遅れる。
少女の拳と、アレックスのランスの柄が相手を捉えたのは、ほとんど同時だった。
AU−KVの装甲が軋む音と、布の裂ける音が響きわたる。
ランスの柄は少女の腹部を殴打しつつ、ワンピースを引き裂いていた。
飛び退くフィディエル。
アレックスは間を詰め、その背後にヴィーリヤを庇った。
すかさずカンタレラが駆け寄り、朦朧としている少年の頭を撫でつつ、安心させるよう笑みを浮かべながら治療を始めた。
「怖かったよね。もう大丈夫、貴方は助かる‥‥悪い夢は終わりよ」
ウィルカの方は和哉がしっかりと押さえ込んでいるし、フィディエルもおいそれと近づけはしないだろう。
「ふふ。相変わらず頼り甲斐のある『矛盾』、ね」
治療を続けながら、カンタレラは感嘆を漏らした。
その様子を見て、フィディエルはあからさまに忌々しそうな表情をしている。
形勢は明らかに不利。
キメラ共に見れば、今にも片付けられそうな有様だ。
ウィルカも完全に押さえ込まれている。
「くそ‥‥っ」
唾棄するように呟くと、少女は「ウィルカ!」と呼びかけた。
「退くわよ!」
これは、誰もが予想外だった。
あまりにも引き際が良すぎる。
だが元より彼らを殺す気がなかった能力者達は、妨害したり追い打ちをかけたりはしなかった。
二人は身を翻すと、広間の壁際にある池へと走り、飛び込む。
「待て! ハーモニウム、お前等は一体何者なんだ!?」
アレックスの声が届いたのか、少女が振り返る。
「‥‥カンパネラの敵‥‥」
「カンパネラの?」
その反問に答えはなかった。
とそこへ、キメラを片付け終わった四人も駆けつける。
「ドラグーンを狙ったのも、その理由からですか?」
問いかけたのは優だ。
襲撃を受けた四人の内、さらわれたヴィーリヤだけがドラグーンだった。
「そうだよ。『課題』でもあったしね」
「誰から?」
「言うと思うか?」
問いを重ねる優に、フィディエルは嘲りを返した。
「なんで奴らの仲間なんかやってんだ?」
進み出た剣清は、祈りにも似た思いを込めて、訊いた。
だがそれは、一笑に付されてしまう。
「はっ、なに言ってんの?」
少女はさも呆れたように、水中で器用に肩をすくめる。
「そっちこそ私たちの仲間になろーよ♪ 可愛がってあげるよ?」
「‥‥お断りだな」
「だろ? だから力づくで仲間を増やすのさ」
可憐な声のまま男口調で告げる少女。
「退くのは、今回だけなんだからねっ。次は絶対、負けないんだからっ」
ここだけ聞いたならば可愛げのある捨て台詞を最後に、フィディエルとウィルカは水中に潜っていった。
「なーんか、微妙にすっきりせぇへんなぁ」
帰り道の途中、氷狩がぽつりと零した。
「どうにかしてやれないんですかねぇ、あいつら」
わだかまりを抱えているのは、剣清も同じようだ。
「外見がどうであれ、敵は敵ですよ」
やすかずの言葉に、幾人かが首肯する。
「普通のバグアとは少し違う目的を持っているのが気になりますが‥‥」
思慮深げに、優は呟く。
「諦めて‥‥ない、みたい‥‥だしね」
「ドラグーンである以上、また戦うことになるかもな」
「しつこいようなら、仕留めるまでです」
和哉、アレックス、ナンナの三人は、もしかすると縁深いことになる、かもしれない。
「まぁ今回は無事にこの子も助けだせたし、よしとしましょう」
そう言ってカンタレラは、隣りを歩く少年に突然抱きついた。
「ちょ、おねえさん‥‥っ」
思春期真っ盛りの少年には、ある意味で酷だろう。
そして、顔を真っ赤にして興奮したものだから、体力の戻りきらない彼は足元がふらついて、余計にカンタレラにしがみつくことになる。
「羨ましいのか可哀想なのか‥‥」
剣清の感想に小さな笑いが咲いたところで、ようやく出口の明かりが見えてきた。
「お疲れ様、やね」
氷狩の言葉と吹き込んでくる外気の清涼さが、無事にひと仕事終えたことを全員の身に染み渡らせるのだった。