●リプレイ本文
カンパネラ学園の特殊施設エリアに建つ特別授業棟には、料理設備つきの教室がある。
今そこでは、カレー作りの最中だった。
如月(
ga4636)をメインに、皆で一緒に手伝いをしている、かと思いきや。
「あっ、このおねーちゃんにんじんたべたっ」
つまみ食いを子供に見つかったのは、当然、最上 憐(
gb0002)だ。
「‥‥ん。大丈夫。新鮮だった。生でも。美味」
「最上さん、『‥‥ん。世話は。任せて』って言いませんでしたっけ?」
「‥‥ん。その後。『食べるのも。任せて』とも。言った」
口では勝てないと悟って、溜め息を吐く如月。
「食欲があるのはいいことだ。でなきゃ、強くも大きくもなれん」
立派な体格の木場・純平(
ga3277)が言うと、抜群の説得力だ。
「‥‥ん。沢山。食べるのは。大事。私の。目標。身長二メートル」
遥か頭上の純平を見上げ、力強く宣言する憐。
「あまり実現してほしくないな‥‥」
ボウル一杯のじゃがいも片手に、思わず想像して身震いする紅月 風斗(
gb9076)であった。
料理班が賑やかな傍ら、手伝えない幼い子や、じっとしてられない子もいる。
その子らは、残りのメンバーが面倒を見ていた。
自らの武勇伝を披露する弓亜 石榴(
ga0468)は男の子に人気だ。
話の内容は、
「百体の並み居るキメラをちぎっては投げちぎっては投げ──」
とか、
「敵に囲まれ絶体絶命のその時、私の必殺技、正義の鉄拳で一発逆転を──」
だのと、いささか正確さには欠けているが、子供にはウケている。
もっとも、派手な身振りを交えているので、マセた男の子は石榴のスカートに釘付けなのだが‥‥それも意識した動きを魅せるのは、さすがと言ったところか。
離れた場所では、綾河 零音(
gb9784)がフルートを奏でていた。
柔らかな音色に、皆静かに聴き入っている。
曲を終える度に、子供たちは全力で拍手した。
「まるでハーメルンの笛吹き男だな」
と苦笑交じりに零音は言うが、
「とっても綺麗な音色で、すごく素敵ですよ」
冴木美雲(
gb5758)が純粋に褒めるものだから、零音は照れて、それを誤魔化そうと次の曲を吹き始めるのだった。
子供たちの中には新井田 銀菜(
gb1376)と野宮 音子(gz0303)も混ざっていた。
音子は両隣に銀菜と美雲を、膝の上に可愛い男の子を座らせている。
銀菜は音子が不埒な真似をするならばツネる気満々だったが、零音の奏でる上品な旋律が、音子に邪な気持ちを起こさせない。
だが良い雰囲気にもなるので、
「ネコ姉ぇ‥‥」
ふと美雲が音子を見る。
その頬は朱に染まり、自らの唇を指でなぞる。
何かを思い出している風だ。
それに音子が触発されない訳がない。
「美雲ちゃ──いたたっ」
「ネコちゃんっ、子供たちの前ですよっ」
美雲に顔を近づけていた音子を、現実に引き戻す銀菜。
GJ。
膝の上の男の子が、純粋無垢な目で見上げているのに気づき、猛省する音子だった。
カレーの仕込みの次に、如月はケーキ作りに取り掛かった。
作るのは二種類のイチゴショート。
男女別のチョコ人形も用意する。
女の子用はお姫様。
見とれる美しさをテーマに、服や装飾品も細かく仕上げる。
男の子用は騎士。
凛々しさを意識した表情と、鎧も丁寧に作り上げる。
出来上がった二つの人形は、お姫様が微笑みながら左手を胸に、右手を前に伸ばし、騎士は小さく笑いながら右手を胸に、左手を前に伸ばしている。
つまり、合わせると手と手が重なりあう仕組みだ。
ケーキ作りに参加した子供たちは大喜びで、食べたらもったいないとの大騒ぎだ。
如月も満面の笑みで、子供たちの賞賛の嵐を浴びていた。
その間、他のメンバーは各々の行動に移っていた。
中でも目立ったのは純平だ。結構な量のダンボール箱を運び込んでいる。
好奇心旺盛な子供たちはすぐに集まり、期待に満ちた眼差しを純平に向けた。
少し緊張しながら、
「喜んでもらえるかわからんが‥‥」
とだけ前置きして、もったいぶらずに箱を開ける。
途端、弾けるような歓声が沸き上がった。
「お洋服だー!」
「サッカーボールだー!」
「おにんぎょうさんだっ」
テンション急上昇の子供たち。
喧嘩にならないようにと子供たちを落ち着かせながら、仲間たちの手も借りて平等に行き渡るようにする。
「大喜びだな」
「そうだな‥‥」
肘で軽く小突いてきた零音に、照れくさそうに笑う純平だった。
そうして盛り上がってる最中、カレー鍋の前に小さな人影。
憐である。
「‥‥ん。味見。任せて。任せて」
「‥‥最上さん?」
カレーを皿に盛る手がピタリと止まる。
銀菜がいつの間にか、憐の背後に立っていた。
「つまみ食いは、だめですよ?」
小声だったのは、憐の名誉を思ってのことだろう。
「‥‥ん。手が勝手に。きっと。バグアの仕業」
そっとおたまと皿を置き、さっと離れる憐。
そんな彼女の背を見送りながら、まったくもう、と腰に手を当てて、銀菜は楽しげに微笑んだ。
純平からの贈り物が行き渡った後は、いよいよ食事の時間である。
料理を手伝えなかった子たちは、ここで食器の準備と盛り付けを行った。
全員が着席したのを確認し、見本となるべく、能力者達が両手を合わせて「いただきます」をする。
『いただきまーす!!』
子供たちの元気な声が、教室中に木霊した。
子供用に甘口ではあるが、皆で作った料理には格別の旨みがある。
舌鼓を打ちながら、誰もが大満足の様子。
勿論、ただ食べるだけではない。
スプーンの扱いが覚束ない子の世話をしたり、マナーを守れない子の注意をするのも彼らの役目だ。
そしてもうひとつ、如月と銀菜は、それぞれが気にかけていた男の子の隣に座っていた。
輪に入ってこない子たちだ。
距離を縮めるのに、ご飯時はもってこいだろう。
それとなく会話を促しつつ、二人はひねくれっ子と一緒に時間を過ごした。
食事が終わって一段落。
次は腹ごなしの運動、かと思いきや、子供たちはケーキコール。
よほど楽しみだったのだろう。
カレーの前には美雲が作ってきた恵方巻きも食べているのに、大した食欲である。
苦笑を浮かべつつも嬉しそうに、如月はケーキの切り分けに取り掛かった。
その間に、食器の片付けだ。
「まだ結構残ってるんだな。どうしようか」
カレー鍋を覗き込み、零音が言った。
「‥‥ん。残り物は。私が。責任を。持って。処分するよ」
そう言って憐は、自身の胴体ほどもある鍋をひょいと持ち上げると、そのまま口を付けて鍋を傾けた。
「なっ‥‥!」
零音が驚くのも無理はない。
一体誰が、カレーを鍋から直接飲み干すなどと思うだろう。
数人分のカレーは、瞬く間に憐の胃袋へと収まった。
「最上殿の胃は、ブラックホールか‥‥?」
呆気にとられる零音の呟き。
今ここに、新たな称号が誕生した。
最上憐──『black hole−stomach』。
デザートの時間も恙無く終えて、食後の一休み。
お腹も落ち着いた頃、体育館へと移動する。
折しもその日は節分。
となれば、豆まきをやるしかない。
事前に申請しておいたので、体育館は貸切だ。
がらんとした広い空間に、子供たちの歓声が響く。
とそこで、音子が「あ‥‥っ」と呟いた。
スカートの裾に手をやり、目を泳がせる。
石榴の目が怪しい光を放ち、にじり寄って耳元で囁いた。
「走ったら見えちゃうかもね♪」
そう言って、両手のエアーソフト剣とぴこハンで音子をつつく石榴。
何故か石榴に逆らえない音子は、今回もまた下着の着替えをさせられているのだ。
(「子供たちには絶対に見せられない‥‥!」)
スカートの中身の死守を誓う音子であった。
ちなみに石榴のなまはげの扮装は、割と本気で子供たちに怖がられている。
その一方で美雲が、やにわに制服を脱ぎだした。
驚く皆の前で、虎縞で統一したニーソックス、鬼の腰巻風ミニスカ、ヘソ出しタンクトップ、そして鬼角カチューシャとエアソフト棍棒を装備した鬼っ娘が姿を現す。
「えへっ♪ 実は、こんな衣装を用意してみました」
照れ笑いしながらも猫のポーズ。
あまりの愛らしさに卒倒しかけた後、すかさずガン見する音子。
「は、恥ずかしいからあまり見ないで下さい」
音子、ガン見。
「ネ、ネコ姉ぇ、目が怖いですよ‥‥?」
音子、ガ──我慢が臨界点突破で理性が弾け飛び覚醒さながらの勢いで飛びかかるのをすかさず羽交い絞めしたのは、零音だった。
素晴らしい反応速度。
「なんて力だ‥‥!」
引き摺られる零音。
「今の内に逃げるんだ!」
なんだか趣が変わってしまったが、
「え、えっとじゃあ‥‥私達が鬼役をやるから、みんなは、豆をぶつけながら追いかけてね♪」
一連の茶番を傍観していたメンバーが子供たちに豆を配って、豆まき開始である。
(「あれ、もしかして私、ずっと押さえてないとダメ?」)
零音の背筋を寒いものが走る。
「野宮殿、冷静になるんだ!」
鼻息荒い音子に、零音の必死の訴えは届かない。
鬼ごっこは能力者達の巧みな演出もあり、大いに盛り上がった。
ウサ耳をつけた憐は逃げ回りながらも、投げつけられた豆を口でキャッチしたり、『瞬天速』で子供が持つ豆を強襲したりなどして、子供たちを驚嘆させまくる。
石榴は「悪い子はいねがー」と子供たちを追い回してハンマーと剣でぴこぴこ叩くが、子供たちが反撃してくれば、大げさに痛がって逃げに転ずる。
しかしあんまりしつこく追われるので、零音に羽交い締めにされてる音子に目を付け──
「零音さん、音子さんパス!」
零音は言われるがまま、猛獣をリリース。
つんのめる音子を、石榴は背後からキャッチして盾にする。
「音子バリアー!」
子供たちも本能的に危険を察知していたのか、割と本気で豆をぶつける。
「ちょ、痛い痛い! 意外と痛いよっ」
でも止めない子供たち。
石榴の楽しげな笑い声が、体育館に響き渡った。
さて、全員が鬼ごっこに興じているわけでもない。
興味のない子だっている。
その子らを引き受けたのは純平だ。
子供たちから見れば、八人の中では彼が最も頼もしく見える。
能力者に格別の憧れを抱く子たちが、彼の元に集まっていた。
強くなりたい。
家族の仇を討ちたい。
誰かを守りたい。
子供たちの真摯な思いの数々を聞き、純平もまた、真剣に答える。
時に言葉で、時に行動で。
「強い人間とは、弱い人間を守ってあげられる者のことを言うんだ」
ただ力が強いだけではダメなんだと、彼は教える。
「俺たちが強くいられるのは、弱い立場の人たちを守ることができるからだ」
この時の子供たちの眼差しを、純平はきっと忘れないだろう。
また一方では、どちらにも混ざらない孤立した子たちもいる。
鬼ごっこから抜け出した如月と銀菜、音子を石榴に任せた零音は、そんな子供たちの元へ歩み寄る。
三人は急がず焦らず、限られた時間の中でも、言葉と想いを伝えることに心を注いだ。
ここは、銀菜に焦点を当ててみよう。
「本物のヒーローは、エミタなんて無くたってヒーローなんですよ?」
銀菜の言葉に、子供は首を傾げる。
「勇気も、覚悟も。能力者になったからって、手に入るものじゃありませんから」
それは子供でも納得できる理屈だった。
「一番大切なのは、貴方が楽しくて、貴方の周りも笑顔でいられる事‥‥それだけだと、思いますよ」
「そっか‥‥」
憂いを含んだ銀菜の笑顔に、言葉以上の説得力を感じ取り、その子は頷いた。
「ほら、皆楽しそうですよ? 一緒に遊んできましょうよ!!」
男の子の手を取り、いつもの晴れやかな笑顔で促す。
躊躇いがちだったが、その子は一歩を踏み出し、鬼ごっこに混ざって行った。
見れば、如月と零音に声をかけられた子たちも、笑顔で走り回っている。
様々な経験をしてきた能力者だからこそ、癒せる傷もあるのだろう。
一頻り遊び回った後には教室に戻り、そこでおやつ第二弾が振る舞われた。
鬼ごっこを途中で抜け出して、風斗が和菓子とお茶を用意しておいたのだ。
和風ならではの上品な味に子供たちが感動している間、彼はハーモニカの演奏を披露する。
一同が賑やかな傍ら、一人静かに音楽を紡ぐ彼の元に、女の子が歩み寄ってきた。
和菓子作りに抜け出した時もついてきた子だ。
演奏を止めて頭を撫でながら、
「俺と遊びたいのか?」
と聞けば、ふるふると首を振る。
視線はハーモニカへ注がれていた。
「もっと聴きたいのか? それじゃあ、引き続き吹かせてもらおう」
一緒にいて気づいたが、その子は声が出せないようだった。
風斗の前にちょこんと座り、女の子は安らかな旋律にじっと耳を傾けていた。
教室に差し込む西日が、別れの時を知らせていた。
淋しげな表情を浮かべ始める子供たち。
そこで銀菜は、満を持しての切り札を取り出した。
「じゃーん!」
掛け声と共に、ポーチから大量のぬいぐるみを取り出す。
四次元か? という勢いだ。
「ジャンケンに勝った方にプレゼントですよっ」
女の子は当然のことながら、KVのぬいぐるみもあるので男の子も大喜びである。
白熱するジャンケン大会。
チャリティーは最後の盛り上がりを見せて、締め括られた。
そして遂に、院長が迎えに来る。
「短い時間でしたが、ありがとうございました」
深々と頭を下げる院長。
子供たちがどれほど楽しんだかは、一目瞭然だ。
皆それぞれお気に入りの『英雄』に群がって、別れを惜しむ。
涙ぐむ子さえいるほどだ。
「負けないで、がんばれよ。絶対、私たちが守ってやるから」
すがりつく子の頭を撫でながら、零音は優しく告げた。
「いつか戦い方を教えて下さい!」
「ああ。それまでしっかりな」
少年の決意を、純平はしっかりと受け止める。
「‥‥サングラス、サンキュな。大事するぜ」
「うん。似合ってるぞ」
ぶっきらぼうな男の子に、微笑む如月。
「これやるよっ」
憐に和菓子を押し付ける少年。
それは風斗がおみやげに持たせた物だ。
「‥‥ん。ありがと。食べ物。くれる人は。好き」
火を噴く勢いで、少年の顔が真っ赤になるのだった。
「ぼくも、いつも笑うからね」
銀菜の裾を握り、男の子は言った。
「それが一番ですよ」
心の底から嬉しそうに、彼女は頷く。
「おねえちゃん、もうだいじょうぶ?」
女の子に心配されているのは美雲だ。
実は鬼ごっこの最中に音子に捕まり‥‥
「う、うん、大丈夫だよっ?」
声を裏返しては、説得力がない。
「ハーモニカが気に入ったのか?」
風斗の言葉に、こくりと頷く少女。
「そうか。じゃあ、いつか一緒に吹こう」
ほのかに笑顔を浮かべた少女は、大きく頷いた。
一通りの別れを終えて、帰路につく子供たち。
「また会おうね!」
不確かな約束でも、それはきっと心の支えになる。
石榴の願いに、子供たちは思い切り手を振って、応えた──