タイトル:油断の代償マスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/22 09:05

●オープニング本文


「今回の依頼は楽勝だな」
 口ではそう言いながらも、入念な準備体操を怠らないファイターの青年。
「キラーロリスの群だものね。でも油断はしないようにしましょう」
 口ではそう言いながらも、台詞の後に欠伸をしているグラップラーの女性。
「僕は初陣だから、腕試しに丁度良くて助かりますよ」
 口ではそう言いながらも、緊張で表情が強張っているフェンサーの少年。
「頼もしいな、少年。活躍を期待してるぞ」
 口ではそう言いながらも、にやけた表情と口調のダークファイターの男性。
「さて、じゃあ片付けに行くか」
 気負いの無い掛け声に各々が頷きを返し、四人の能力者はキメラ退治へと取り掛かった。

 ──そして帰ってきたのは、フェンサーの少年、ただ一人だった。

 集中治療室の外で、医師とUPCの軍人が言葉を交わしている。
「話は聞けそうか?」
 今は無理ですね、と医師は首を振る。
「外傷は殆どありませんが、混濁した意識が戻る様子はありません。恐らく毒のせいでしょうが、未知のものなので血清が出来るのもいつになるか‥‥」
 軍人の男性が忌々しそうに舌打ちをする。それは決して医師に向けたものではなかったが、医師は申し訳なさそうに俯いてしまった。
(「手掛かりになりそうなのは、あのうわ言だけか‥‥」)
 少年が繰り返すうわ言には、「爆発」「霧が」「動けない」「食われる」といった単語が含まれていた。
 爆発とは、キメラの攻撃によって何かが爆発したのだろうか。
 それともキメラ自身が爆発したのだろうか。
 キラーロリスが爆発するといった報告例はなかったが、改造されたタイプという可能性もあるだろう。
 ガラス越しに眠る少年の苦痛に歪んだ顔を、男は決意に満ちた眼差しで見つめた。
「必ず仲間の仇は取ってやるからな」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
天龍寺・修羅(ga8894
20歳・♂・DF
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
ランディ・ランドルフ(gb2675
10歳・♂・HD
ユーミル・クロガネ(gb7443
12歳・♀・DF

●リプレイ本文

■四国某県山中
(「──目が見えない‥‥耳が聞こえない‥‥頭がグラグラする‥‥何が、あった‥‥?」)
「‥‥! ‥‥っ!!」
(「何かが聞こえる気がする。よく聞こえないが、切実な響きなのはわかる。必死に呼び掛けているような──」)
「‥‥きろ! しっかりしろ!!」
(「聞こえた。これは‥‥仲間の声だ。そうだ、俺は‥‥」)

 意識が朦朧としたままの天龍寺・修羅(ga8894)を背後に守る形で、ランディ・ランドルフ(gb2675)は眩暈を堪えながら、敵の猛攻を凌いでいた。
(「予想外、っていうかあれは反則だろ!? 初見殺しにも程があるぞ!!」)
 内心で毒吐きつつも、修羅を狙ってくるキメラを弾き飛ばすランディ。
 万全の状態の者は一人もいなかった。誰もが不確かな足取りのまま、ぎりぎりのところでキメラ共を食い止めていた。
 防御を突破されるわけにはいかない。円陣の中央にいる修羅とユーミル・クロガネ(gb7443)は、まだまともに行動できる状態ではない。
 とにかく今は、全員が立ち直るまでの時間稼ぎが必要だった。

   ※   ※   ※   ※   ※

 ──時間は少々遡る。

■高速移動艇乗船所:出発前
「とりもち、ですか?」
「解り易く言えばね〜」
 可愛らしく小首を傾げる石動 小夜子(ga0121)に、右手の資料をヒラヒラさせながらドクター・ウェスト(ga0241)は答えた。
 生還した能力者の装備品から採取された付着物を分析した結果、かなり粘着性の高い物質が含まれていることがわかったのだ。
「これで『動けない』の、一応の答えは出たな」
 納得した表情で、新条 拓那(ga1294)が言う。他にも『動けない』要因はあるのかもしれないが、一因であることは確かだろう。
「問題は、それがキメラの仕業かどうかってことですね‥‥」
 瓜生 巴(ga5119)の呟きに、神妙な面持ちで修羅が、
「トラップ等の可能性も考えられるな」
 と続けた。
「ですね。警戒だけは、常に怠らないようにしましょう」
 情報の少ない敵を相手しなければならないのだ。ランディの言葉に、改めて皆は気を引き締める。
「色々調べてみたが、他に目新しい情報もなかったからの。慎重すぎるくらいで丁度よかろう」
 腕組みをして壁に背を預けていたユーミルが喋り終えたところで、高速移動艇が到着した。
「それにしても、こんな不審な状況でまたすぐ部隊を投入って‥‥」
「ん?」
 巴の呟きに、拓那が疑問符を浮かべる。
「いえ、傭兵って安いなぁ、って」
「そんなもんだろう、俺たちは」
 割り切ったような修羅の言葉を受けて、巴は軽く肩をすくめて答えた。

■四国某県山中
 現地に着いた一行は、打ち合わせ通りの班に分かれて事件現場へと向かった。
 A班に小夜子、ランディ。B班にドクター、拓那。C班に巴、ユーミル。そして少し距離をおいて修羅が続く。
 今のところ霧は無く、警戒を怠らなければ不意打ちを受けることはなさそうだった。
「この辺りですね」
 立ち止まり、小夜子が皆に告げた。
「付近一帯はなだらかな斜面で、岩肌が多い──」
「しっ!」
 地図を頭に入れてきた小夜子の説明を、ドクターの鋭い制止の声が遮った。
「‥‥なにか、聞こえますね」
 耳を澄ませ、巴が呟く。
 それは小さな爆発音、金属製の何かを破壊する音。
 全員が警戒態勢から戦闘態勢へと移行した。

 急なカーブを曲がった先、数十メートルのところで、一台のトラックが横転している。車体は燃え盛り、黒々とした煙を立ち上らせていた。周りには十数匹の、キラーロリスに見えるキメラの群。そして壮年の男性の死体が二‥‥否、まだ一人は生きている。一人の身体は無残に切り裂かれているが、もう一人は必死にもがいていた。
 誰も何も言わずとも、全員が一斉に飛び出していた。
「交通管制は敷かれてたはずだろ!? なんでこんなところに‥‥!」
 走りながらの拓那の悲痛な呟きに、小夜子が辛そうに表情を曇らせる。
「班毎に敵を分散させて、まずはあの男の安全を確保するとしようか〜」
 ドクターの言葉を受け、各班が適切な間合いを取る。
 見える範囲でのキメラの数は十二匹。車体に隠れていたとして二、三匹程度。前衛の三班が、それぞれ五匹程度の受け持ちになる。
 油断も慢心もない。準備も考えられる限り、万全に近いだろう。毒の対策もしてある。粘着物の情報も得た。
 あと警戒すべきは、爆発だけだ。
「まず最初は様子見、じゃな」
 ユーミルが確認の意味で告げ、皆もそれに首肯した。

 キメラが鋭く鳴く。
 恐らくそれは仲間に警戒を促す声だったのだろう。だが遅い。班毎の巧みな連携で、キメラ共の戦力は一瞬で分散されていた。その隙に修羅が重傷の男性を抱え上げ、即座に引き返す。
 開始早々にして、能力者側が完全にペースを握った、と言いたい所だったが、
「む、すまん、一匹逃した」
 ユーミルが、二体のキメラによる上下から同時攻撃を避けた直後だった。
 口から吐き出された、濁った緑色の液体。これが恐らく粘着性の物質だろう。余裕を持って身体を捌く。
 やはり口から吐き出された、赤黒い霧状の塊。これが恐らくは、毒性の攻撃だろう。ゴーグルとハンカチで一応の対策はいているが、飛沫すらも浴びないように上体を反らす。
 その背後を、トラックの影にいた一匹のキメラが走り抜けていった。
 しかし修羅との距離は、余裕が充分にある。加えて遮蔽物のひとつもない道路だ。
 修羅は男性を下ろして銃を手にすると、足元の石を拾い、キメラへと無造作に投げ付けた。反射的に横へ飛び退るキメラ。そこをすかさず、一点の曇りも無い集中力で撃ち抜いた。爆発する可能性を考慮し、前衛と後衛の丁度中間地点で。
 飛び退っている途中の、地面から脚を離していたキメラが、銃弾を避けられる道理などない。
 そして、キメラは銃弾に貫かれ──爆発した。
 予想を遥かに上回る、理不尽とさえ言える規模で。

 それは辺り一面を覆いつくす、閃光と爆音。

 声にならない悲鳴が、全員の口から迸った。
 例えるなら、閃光手榴弾を数十個分、まとめてくらったようなものだった。能力者でなければ視聴覚共に、永遠に失われていただろう。
 幸い前衛は、背後での爆発だったお陰で聴覚の被害だけで済んだ。でなければ、一気に壊滅していたかもしれない。能力者たちが朦朧としているというのに、キメラ共は平然と攻撃を続けてきていたのだから。
 前衛の中で唯一ユーミルだけが、振り向いていてしまったせいで閃光の被害にも遭っていた。
 壁となっていた彼らの動きが鈍れば、突破してしまうキメラが出てくる。
 声を張り上げたところでコミュニケーションが取れないため、目配せと簡単なジェスチャーで遣り取りが行われた。
 小夜子とランディは目の前のキメラを弾き飛ばすと同時に身を翻し、修羅へと向かうキメラを全速力で追いかける。
 ドクターと拓那が頷き合い、ふらつく身体に喝を入れてキメラの攻勢を跳ね返す。
 その隙に巴がユーミルを抱え上げ、ドクターらと共に小夜子たちの後を追いかけた。
 とにかく今は、時間が必要だった。
 昏倒した二人が回復する時間と、敵を分析する時間が。

   ※   ※   ※   ※   ※

 ──全てを思い出し、修羅は跳ね起きた。‥‥が、すぐに足下がおぼつかなくなる。頭の中を引っ掻き回されたような不快感が、絶えず押し寄せてきていた。
「気がついたか! よかった!」
 頬袋を膨らませて何かを吐き出す体勢のキメラをぶん殴って吹き飛ばしながら、ランディが安堵の声を上げる。
「‥‥これは少々、困ったことになったの」
 続いてユーミルも起き上がったが、斧を杖代わりにして立つのがやっとのようだ。
「あの閃光と爆音はいただけないよね〜」
 吸気防護マスクの下で、ドクターがうんざりした調子でぼやいた。キメラの攻撃を軽やかに捌きながらも、その目は鋭く観察し続けている。
「どうせうわ言を言うなら、あれを言うべきだったんじゃないの? 全く‥‥」
 多方向から吐き出された粘着液。巴はそれを軽々と避け、盾で突き飛ばすように押し退けてキメラの突破を防ぐ。
 見た目だけならキラーロリスのようなこのキメラ。確かに基本能力は既存のキメラと殆ど差がない。よって、仕留めようと思えばいつでも仕留める事ができるのだが‥‥
「倒したらあんな爆発するんじゃ、接近戦だとどうしようもないじゃないか!」
 拓那は長大な両手剣を力一杯振り回し、固まっていたキメラを剣の腹で思い切りぶっ飛ばす。
「光はともかく、音は防ぎようがないよ、な!」
 喋り終えると同時に、刀を握ってる方の拳でキメラを殴り飛ばすランディ。覚醒時は勇猛果敢な戦い振りを発揮する彼だが、決定打を打てない現状ではストレスが溜まるばかりだった。
「博士! なんか有効な戦闘方法を頼む!」
 ランディの懇願に、ドクターは難しい顔で応えた。
 自分に向かってくる複数のキメラを相手しながら、他の全てのキメラもずっと観察している。違和感はあるのだ。なにか引っかかっている。
 ドクターが考える余裕を作ろうと、修羅とユーミルも戦線に復帰した。まだ万全とは言えなかったが、防御に専念する分には問題ない程度にまで回復している。
 粘着液を吐き出したキメラを、修羅は峰打ちで退ける。
 毒霧を吐き出したキメラを、ユーミルは柄の部分で弾き飛ばす。
 鋭い前歯で噛み付こうとしたキメラの攻撃を、拓那が剣で易々と防ぐ。
「──あ、わかったかもしれないな〜」 
「わかりました!」
 ドクターと小夜子の声は、ほぼ同時だった。
 小夜子もまた、ずっとキメラの観察を続けていたのだ。
 思わず二人が顔を見合わせると、ドクターが軽く肩を竦めた。解説は譲る、と言っているようだ。頷き、小夜子が言葉を継いだ。
「恐らく、毒も粘着液も吐かず、耳が短い個体が爆発するタイプです」
 一同の視線が素早くキメラに通される。該当するキメラは、一体だけだった。
「なるほど、そういう仕掛けか」
 拓那がすっきりとした表情で呟く。
 それぞれ役割が設定されていたというわけだ。爆発しない個体の耳が長いのは、仲間の爆発時に耳を保護するためで間違いないだろう。
「分かっちまえば、後は確実に仕留めるだけだ。同じ手が通用するほど、俺達は甘くないぜ!」
 裂帛の気合と共に、拓那は両手剣を存分に振るった。迷いの吹っ切れた彼の攻撃を、キラーロリス程度がかわせるはずもない。複数のキメラが物も見事に一刀両断される。
 そして勿論、爆発もしない。
「やれやれ、手こずらせおって。大人しくしてもらうぞ」
 キメラが粘着液を吐き出す予備動作に入った瞬間、素早く真横に踏み込むユーミル。がら空きの胴体へと振り下ろされた紅の斧の一撃は、回避の間を与えずにキメラを仕留めた。
「分の悪い戦いは嫌いではないが、それもここらで幕引きだ!」
 水を得た魚、とは正にこのことだろう。左手の小銃、右手の直刀を思うが侭に操り、ランディが瞬く間に五体ものキメラを始末する。獅子奮迅と言うに相応しき姿だった。
「こんな単純なことで煩わされてたなんて、不愉快ですね」
 淡々としながらも、巴から繰り出される流麗な斬撃は、次々とキメラを屠る。キメラが攻撃するより早く、反撃の暇も与えず、返り血すらも浴びはしない。
「犠牲になったみなさんの無念、晴らさせてもらいます!」
 その足運びは、雅とさえ言えた。小夜子の踏み込む一歩ごとに、キメラの屍が横たわる。
「借りは返させてもらう」
 静かな死刑宣告の後、修羅の蛍火が煌く。飛び掛ってきた二体のキメラを、銀の閃光が貫いた。
「これでチェックメイトだね〜」
 そしてドクターが、レーザーブレードで非爆発タイプの最後の一匹を、事も無げに切り捨てる。
 途端、それまで果敢にこちらに歯向かってきていた爆発タイプのキメラが、一転して逃走を始めた。
 虚を突かれた一同だが、いつまでも放っておくわけがない。ランディと拓那が反応して追跡を始めようとする。ところが「拓那君」と、ドクターが不意に呼び止めた。釣られて立ち止まりかけたランディに、ドクターは、
「いや、君は追いかけて、その手で捕まえてくれ」
 と指示を出す。
 一瞬だけ不可解そうな表情をランディは浮かべたが、すぐに「わかった」と答えて『竜の翼』を発動させた。
「なにか考えがあるんだな?」
 問いかける拓那に、鷹揚と首肯するドクター。
「ランディ君がキメラを捕まえたら、君に向かって思いっきり投げてもらう。それを拓那君は、その剣の腹で上空へ全力で打ち上げてくれ。最高点に達したところで、修羅君に狙撃してもらおう」
「なるほど。あとは俺らが目と耳を塞げばいいだけか」
「まぁ、他にも方法はあるんだけど、最後は派手な方がいいかと思ってね〜」
 マスクを外し、キメラの死体から細胞を採取しながら、ドクターは少々歪んだ微笑を浮かべた。
「博士ー! 捕まえたぞー!」
 キメラの尻尾を掴んで、ぐるんぐるんと振り回しながらランディが声を張り上げている。
「よっしゃー! ランディ、それを俺に向かって思いっきり投げろー!」
 野球の打者よろしく、拓那が随分と様になっている構えを披露した。修羅も銃を構えなおす。
 ドクターの話を聞けていなかったランディも、二人のその姿を見てすぐに閃いたようで、にやりと笑う。
「いっくぞー! 刃に当てんなよー?」
 その時は大惨事である。
「振りかぶって、第一球、投げましたー!」

 そして四国の空に、風情も情緒もない、無粋な花火が咲いた。

■病院
「仇は取ることができましたよ」
 小夜子の報告を聞き、フェンサーの少年は嗚咽を漏らして涙を流した。お礼と謝罪を繰り返しているようだが、感極まっているためか言葉になっていない。
「泣くな、見苦しい。それに君も能力者なら、一つでも多くのバグアとキメラを倒してから死にたまえ」
「ちょ、おい、ドクター。それは言い過ぎじゃないか?」
 拓那は冷徹なドクターの台詞に、困惑した様子で咎めるが、
「──‥‥はい」
 泣き腫らした目でドクターを見る、力強い、決意を秘めた少年の声が、空気を静かに震わせた。
「‥‥さて、と。年寄りは一足先に、休ませてもらおうかの」
 ぐぐっと伸びをして、晴れやかな笑顔を残してユーミルは踵を返す。
「万事解決。めでたしめでたし。それにしても面白いキメラだったなー」
 頭の後ろで手を組んで、ランディは戦いの余韻を楽しむような口調だ。
「男性も一応、一命は取り留めましたし、無事に任務達成、ですね」
 抑揚に欠ける声ではあったが、ちらりと微笑を覗かせて、病室を後にする巴。
「ではまたな、少年。次は任務で会おう。──仲間として、な」
 長い髪を艶やかに翻し、修羅は少年に向けて一度だけ、小さく手を振った。
 静かに、扉が閉じられる。
「はい‥‥!」
 背筋を伸ばして答えた少年。
 その瞳は、凛々しい輝きを宿していた──