●リプレイ本文
怪獣たちを肉眼で視認できる距離で、『七人』は待機していた。
スピーカーを下げたキメラからも遠いが、海からの風に乗って例のBGMが能力者達の元へ届いている。
「思わず口ずさみたくーなりますねぇ〜」
ワイバーンの操縦席でラルス・フェルセン(
ga5133)がのんびりと呟くと、
「血湧き肉躍る、と言う類のものでしょうか? 私はもう少し雅な曲のほうが好みなのですが‥‥」
ロビンに乗るキャンベル・公星(
ga8943)は、柳眉をひそめて感想を口にした。
「なんだか映画みたいですが‥‥これは現実ですし、被害が出ない内になんとかしないと、ですね」
「幸い戦い易い立地です。ここで片付けましょう」
シュテルンのコックピットで気を引き締めるリゼット・ランドルフ(
ga5171)に応えたのは、ヘルへブンを操るアルティ・ノールハイム(
gb9565)だ。
「‥‥ん。カニは。任せて」
最上 憐(
gb0002)を乗せたナイチンゲールは、カニ怪獣を凝視している。
その眼差しは機械越しでも、ちょっと特殊な感じだ。
「‥‥ん。大きい。カニ。食べたら。食べ応え。ありそうだね」
「アレは多分食べられないと思うよー」
破暁の操縦桿を握る弓亜 石榴(
ga0468)の的確なツッコミ。
「‥‥ん。決して。カニが。おいしそうに。見えたから。カニの相手を。するのではない」
誤解だと言いたげな憐だが、普段と直前の言動を鑑みるに、仕方のない認識だろう。
とそこで、シュテルンに乗るソード(
ga6675)がレーダーの信号に気づいた。
「夏目が来たみたいだな」
八人目の夏目 リョウ(
gb2267)は、一人だけ海側から回り込んでいたのだ。
「さて、それじゃちょっと種類が違うけど、南海の大決戦っぽい面子を楽しもう♪」
楽しげに声を弾ませる石榴の髪が、燃えるように鮮やかな赤に染まる。
「怪獣VSメカとー参りましょう〜」
ラルスのおっとりとした口調もここまでだ。
額に青白く光るエイワズのルーンと、ダークブルーに変化した瞳がそれを示す。
他のメンバーも覚醒状態に入り、いよいよ進軍を開始した。
そしてリョウの方はと言えば。
『これでもか!』という空の青さを水面に映す海上を、リヴァイアサンの巨躯が風を切る。
「徳島に平和を取り戻したばかりだというのに、今度は怪獣軍団か‥‥だが、何度来ようとも、バグア達の好きにはさせないぜ!」
愛機『蒼炎』の操縦席で、勇ましく宣言する。
敵の背後を取る形で上陸し、『蒼炎』を停止させて熱く雄叫んだ。
「奴らを市街地に入れてはいけない‥‥行くぞ『蒼炎』、大武装変だっ!」
後光が差すような演出──は流石にないが、華麗な変形を遂げて、リョウは浜辺へと降り立った。
●対ゲコゴン(蛙)
(「この辺かなー」)
遮蔽物のない地形での不用意な接近は、大亀のプロトン砲の良い餌食になってしまう。
距離を見計らい、石榴は息を吸い込んだ。
「いっくぞー。──あーはっはっはっはぁー!」
高笑いと共に展開される煙幕。
勢い良く吹き出した目眩ましは、瞬時に辺り一帯を包み込む。
まるで悪役の登場シーンのようだが、効果は抜群だ。
密かに標準を定めていたタートルワームが、戸惑っている。
そしてそれを機に、仲間たちが一斉に散開した。
石榴自身も破暁を加速させ、一気にキメラへの接近を試みる。
彼女と行動を共にするのは、ロビンを駆るキャンベルだ。
互いに適度な距離を取り、煙幕を突き抜けた先には、気色悪い巨大なカエルキメラ。
「食用のを見慣れてるから、別に不気味じゃないけど‥‥不味そうな肉付きだね」
と、余裕綽々の石榴に対し、キャンベルは、
(「アレには足があります。大丈夫!」)
胸中で気合いを入れ直していた。
彼我の距離は数十メートル。
近接武器が届く間合いではなかったが、先に仕掛けてきたのはキメラだった。
ばかん! と勢い良く開いた口は、下顎が地面にまでつきそうなほど。
そしてその大口から、途轍もない速さで舌が伸びてきた。
「ちょっ、はやっ!」
石榴に動揺が走る。
警戒していたが、それを上回る速度だった。
咄嗟に回避行動を取らせるが、間に合わない。
破暁の胴体にぬめぬめとしたキメラの舌が巻き付く。
「石榴様っ」
手順は違ってしまったが、想定外ではない。
キャンベルのロビンは『月光』を構え、舌の切断に向かった。
「サブロー君、頑張って!」
愛機を励まし、懸命に踏み止まらせる。
舌が巻き戻ろうとする力は意外と強く、機体が悲鳴を上げ始める。
「遠慮はしません。お覚悟を!」
駆けつけたキャンベルが、『月光』を振るった。
淡く白い煌めきが、宙を走る。
轟くような低音の悲鳴が響き渡り、ガクン、と破暁の態勢が崩れた。
突然解けた拘束に、石榴は素早く姿勢を制御する。
モニターには、切断された舌がキメラの大口へと戻る様が映っていた。
「よぉっし。反撃だ! 必殺のヤギ鎌を食らえー!」
石榴は口元を綻ばせ、ヤギの飾りがついた『レオなるどスケイル』を振りかざし、破暁を突撃させた。
挟撃するキャンベルが正面に回り込むのを確認し、背後から後ろ足に斬りつける。
機械越しでも分かる確かな手応えが、相手の機動力を奪ったことを伝えてきた。
前後右左に立ち回る二機に翻弄されるキメラ。
闇雲に振り下ろした前足の攻撃を空振らせて、キャンベルは一気に懐へと入り込んだ。
『月光』が再び白銀の軌跡を描く。
カエルのぶよぶよした腹に、×印が刻み込まれた。
ロビンを飛び退かせた後に、どばぁっとキメラの体液が吹き出す。
「ふふふ、ずんばらりんです!」
最大の武器である舌を失ってしまったゲコゴンは、『サブロー君』と『ケルヴィム』の手によって、なます斬りにされていくのだった。
●対ヒドラン(ヒドラ)
注意を引くために正面から近づくラルス。
背後のリョウに気づく様子もなく、五本首がラルスの迎撃の為に動いた。
吐き出されたのは、五種類のブレス。
「回避型ではないですが──」
ワイバーンのマイクロブーストを起動し、
「簡単に当たるつもりもありません」
華麗なステップでブレスを掻い潜る。
「面倒なその首、潰して差し上げましょう」
隙だらけの首のひとつに狙いを絞り、スナイパーライフルD−03が火を噴く。
着弾。
絶叫を上げながら、ヒドラの首が苦悶にのたうつ。
そしてそこへ、
「大海原を二つに裂いて、学園特風カンパリオン、蒼きヨロイでただいま参上!」
二振りのヒートディフェンダーを抜き放ち、リョウの操る『蒼炎』がヒドラに踊りかかった。
不意をつかれたヒドラは、リヴァイアサンの斬撃をまともに浴びる。
痛みと怒りに我を忘れたキメラは、リョウに攻撃を集中させた。
繰り出される鉤爪や多方向から襲いかかる牙。
だが、リヴァイアサンの装甲をうっすらと傷つけることしかできない。
リョウは敵の攻撃をよく見て回避していた。
そして不用意に大口を開けて噛み付いてくるのを見るや、
「お前はこいつでもくわえてな」
敢えて噛み付かせたそこは、アクティブアーマーによって覆われた部分。
無防備な喉元を晒すキメラへ、渾身の一撃を叩き込む。
重い手応えと、鈍い破壊音。
五つある首のひとつが落ちた。
更に、
「くらえ、カンパリオンスーパーメーサーキャノン!」
ブレスの態勢に入っていた首のひとつへ、カウンターの一発を浴びせる。
絶叫にも似た咆哮が轟く。
「私も負けてられませんね」
呟いたラルスは、ガトリング砲を暴れさせた。
唸りを上げて叩きつけられようとしていた尻尾が、弾幕に弾かれて軌道を逸らされる。
その隙を逃すラルスではない。
すかさずマイクロブーストを発動──突撃。
ソードウィングの刃が、ヒドラの巨体を舞うように切り刻む。
「巨体だけあって、斬り甲斐はありますね」
まるで肉食獣が獲物をじっくりと料理するかのような動きを見せる、ラルスのワイバーン。
残る首が必死に動きを追いかけるが、常に夏目の位置を意識した立ち回りに、完全に振り乱されていた。
「ふふ‥‥ワイバーンが小さいからと、侮るなかれです」
呟きは、首を跳ね飛ばしたことで、証明された。
くるくると宙を舞うヒドラの首。
もはやデカイだけの死に体と化しつつある怪獣に、リョウが慈悲を告げる。
「そろそろ止めだ!」
ヒートディフェンダーが灼熱を帯びた。
一気に懐へと踏み込み、
「蒼炎、フャイヤークロスエンド!」
×字に刃を振るう。
焦げ付く臭気。
刃はヒドラの身体を灼き切っていた。
砂煙を巻き上げて倒れるキメラだが、健在な首が悪あがきをして暴れる。
「鎮まりなさい」
冷徹な宣告。
ワイバーンの刃が、最後の首を、斬り飛ばした。
●対カニバブラ(蟹)
「‥‥ん。行こう。挟み込んで。動きを。止める」
「了解です」
憐のナイチンゲールとリゼットのシュテルンが煙幕を突き抜けた。
接敵するまでは、少し距離がある。
憐はすかさずハイマニューバを展開。敵の遠距離攻撃に備えた。
そしてリゼットと別れ、カニを左右から挟みこむように展開する。
と、射程に入るや否や、憐のファランクス・アテナイが火を噴いた。
けたたましい轟音と共に、凄まじい量の弾丸の嵐がカニバブラへ炸裂する。
先制攻撃としてはこの上ない効果だ。
「‥‥ん。カニ。逃がさない。絶対。逃がさない‥‥おいしそう」
思わず本音が零れる所が可愛らしい。
弾幕の効果もあって、二人は易々とカニを挟撃する。
飛び出た目が忙しなく動き回り、どちらを標的に絞るべきか迷う愚を犯している。
「‥‥ん。おいしそう。だけど。倒させて貰う」
再び空気を引き裂くアテナイの弾雨。
敢えて殻を狙った攻撃は、硬さを確かめるためのもの。
「やはり硬いようですね‥‥ならば」
無数の銃弾を浴びても、衝撃に怯んだ程度のカニバブラ。
リゼットは冷静に見極め、狙いを鋏へと絞った。
スパークワイヤーが宙を滑り、鋏へと絡みつく。
行動を制限したところで、機槍ドミネイターを構えて突撃した。
切っ先は的確に関節を捉え、次の瞬間には斬り飛ばしていた。
しかしカニもただやられるだけではない。
無作為に吐き出された泡の一つを、シュテルンは回避しきれずに触れてしまった。
途端、衝撃が操縦席のリゼットを襲う。
泡が爆ぜた場所の装甲が抉れている。
所詮掠り傷だったが、一度に大量に浴びるとまずそうだ。
一方で憐は、足に狙いを定めていた
意外と機動力があることを危惧したのだ。
「‥‥ん。その。カニ足。頂く」
真ツインブレイドが、軌跡を描く。
鋏を躱し、脚を躱し、泡を躱して──斬撃を叩き込んだ。
一本、二本とまるで皿の上の茹で蟹を食べる為に解体するかのような鮮やかさで、脚を切り落として行く。
機動力を削ぐのは憐に任せることにし、リゼットは重機関砲を作動させた。
五本の銃身を持つ巨大なガトリングガンが、怪獣さながらの咆哮を上げる。
一点集中される四〇〇発の弾丸。
殻の破片が吹雪のように辺りに飛び散る。
弾雨はやがて殻を突き破り、内側の柔らかな肉を抉った。
激痛でカニは暴れようとするが、解体を続ける憐のせいでそれすらもままならない。
脚が減って小回りが効かなくなったカニを、リゼットの機槍の矛先が狙いを定めた。
狙いは、装甲の破壊された一点。
「おやすみなさい」
蝶を象った文様が浮かび上がる左手に、リゼットはそっと力を入れた。
飛び込み、突き出す機槍。
貫き、突き抜ける矛先。
引き抜き、飛び退るシュテルン。
憐がついで、とばかり左側の最後の脚を叩き折ると‥‥
カニキメラは砂浜へと崩れ落ちるのだった
「‥‥ん。倒した‥‥カニ味噌が。見える。見える」
●対タートルワーム
敵主力に向かうアルティとソードの二人は、慎重に相手へと接近した。
開幕の煙幕によって狙いを逸らされたタートルワーム。
再び標準を定めようとしているが、全員が亀の動きを警戒しているために、それもままならない様子だった。
その隙に、まずはソードが先制攻撃を食らわせた。
M−181大型榴弾砲が大気を貫く。
着弾と同時に地面が震えるほどの威力。
亀の甲羅から無数に突き出た武装のいくつかが、使い物にならなくなっていた。
プロトン砲の射線に注意しながら、砲撃を二度三度と加えながら、間合いを詰めて行く。
距離を詰めたところで、局面は接近戦へ。
まずはアルティが仕掛けた。
「えとっ、取りあえず‥‥突撃!」
狙いは右前足。
メトロニウムハルバードを構え、『チャージ』をぶちかます。
強靭な体表を持つ亀であっても、深く肉が抉られるほどの一撃。
甲羅から生える大量の兵器がヘルヘブンを狙うが、火線を浴びる前に素早く退避した。
入れ替わるように、ソードのシュテルンが斬りかかる。
『フレイア』の斬撃が甲羅を叩き割り、『エニセイ』の砲撃が敵の武器を吹き飛ばす。
亀は二人の速度についていけず、闇雲に攻撃を撒き散らす。
当たれば脅威となるが、冷静に操作すれば恐れるほどのものではない。
亀の間隙を突き、アルティは再び『チャージ』をお見舞いさせた。
右前足のダメージが深刻になり、亀が自重に苦しむ。
そこへ間髪おかず、足元を狙って強化型ショルダーキャノンを撃ち込んだ。
傷ついた足の接地面を狙われ、踏ん張り切れずに亀が態勢を大きく崩す。
この機を逃す手はなかった。
ソードの澄んだ蒼色に輝く右腕の光が強くなり、鋭い目付きがタートルワームを見据える。
「PRMを知覚に割り当て――作動開始。ブースト起動」
瞬時に詰められる間合い。
「シャイニング・ペンタグラム!」
錬剣『雪村』が甲羅を五芒星に切り刻み、
「浄化!!」
女神剣フレイアが、深く深く突き刺さり、そこから光が溢れ出す。
遠吠えにも似た断末魔の叫びが、長く、か細くなっていく。
フレイアを引き抜き、くるりと背を向け、穢れを払うように一閃させる。
それが終幕の合図であるかのように、タートルワームは砂浜に伏した。
●仕上げ
怪獣全てが倒されるのを見届けると、スピーカーを下げていた翼竜キメラは飛び去ろうとした。
だが、それを見逃す能力者達ではない。
アルティのヘルヘブンが強化型ショルダーキャノンをぶっぱなし、ラルスのワイバーンもスナイパーライフルで狙撃する。
スピーカーと翼竜それぞれを撃ち抜き、これでようやく浜辺に静寂と平和が戻ってきた。
「あのBGM。バグアも映画、観たのでしょうか〜?」
覚醒を解いたラルスが、普段のまったりした声で口にする。
「かもねー。だから、これが最後だとは思えない。いずれは第二第三の──」
「‥‥ん。カニを。みたら。お腹が。空いて来た」
締めの台詞を遮られ、ちょっとコケる石榴。
「それなら、この後皆で飯でも食おうぜ」
ソードの提案に、誰も異論はないようだった。
海岸線。
沈み始めた太陽を背に、一同は街へと引き返して行った。