タイトル:【初夢2】Stir Clusterマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/19 12:17

●オープニング本文


『※ このオープニングは架空の物になります。このシナリオはCtSの世界観に影響を与えません』

 とある国のとある温泉旅館に、一行は慰安旅行で訪れていた。
 バグア共と戦う日々の疲れを少しでも癒してくれとの、UPC軍からの粋な計らいだ。

 ほとんどの人は慰安旅行の名目通りにのんびりとしていたが、そんな中で忙しく動き回る姿があった。
 雑事の担当に定評のあるカンパネラ学園生徒会事務部雑用係の笠原陸人くんである。
 皆が温泉やら卓球やらマッサージチェアやらカラオケやらなんやらで寛いでいる間でも、彼はなんやかんやの雑事であっちこっちを行ったり来たりだ。
「笠原くーん、こっち来てよー」
 女の子からの甘い声でのお誘いも、
「ごめんなさいっ、ちょっとやることがっ」
 と断らなければならないほど。
「陸人くぅ〜ん、おねーさんの肩揉んで〜」
 女性からのあまーいお誘いも、
「今忙しいんですよーっ」
 と無下にしなければならない。
「笠原くんっ、一緒にお風呂はいろー!」
 ‥‥なにか違和感が。
「あとでねー」
 慣れた様子で断る陸人くん。
(あぁもう、モテすぎるのも困っちゃうなぁ〜)
 どうやらそういうことらしい。

 とまぁ、そんな風にして温泉宿ではほのぼのとした時間が流れているのだが、そこにある脅威が迫っていた。
 それは──野宮音子軍団。
 音子の命令ひとつで人におそいかかる凶暴な意思を持った、無数のゆるキャラ、癒し系キャラたちを率いて、彼女は一行が安らぐ温泉宿へと向かっていた。
 音子の目的は、この世の全てのかわいいものを手に入れること。
 その為には、かわいこちゃんを虜にしている笠原くんが邪魔だった!
 彼から女の子を奪い取るべく、音子は邪悪な魔の手を伸ばしたのだ!

 果たして一行は、音子軍を追い返して平和を取り戻せるのか。
 それともみんな、音子のコレクションにされてしまうのか!?
 今ここに、温泉宿を舞台にした、人類の存亡をかけた戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた!

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 弓亜 石榴(ga0468) / 鯨井起太(ga0984) / 新条 拓那(ga1294) / 如月(ga4636) / 百地・悠季(ga8270) / 白虎(ga9191) / 最上 憐 (gb0002) / 新井田 銀菜(gb1376) / 大槻 大慈(gb2013) / 橘川 海(gb4179) / アーク・ウイング(gb4432) / 鹿島 綾(gb4549) / 諌山美雲(gb5758) / 知世(gb9614

●リプレイ本文

 いきなりだが、場面は数時間前──

「温泉とくれば覗き。ならば、覗き対策は必須だよね」
 と呟きながら、温泉周辺になにやらパッと見に物騒そうな物を設置するのは、大人を血迷わせそうなほどの可愛らしさを持つ、アーク・ウイング(gb4432)だ。
「これでよし、と」
 ぱんぱん、と手を叩き、満足そうに頷く。
 一体、何を埋めたのだろうか‥‥
 それがわかるのは、まだまだ先のことだ。

 では、場面を通常へ戻そう。

「ここね‥‥あのにっくき笠原 陸人(gz0290)少年の『はぁれむ』は‥‥」
 ファンシーなぬいぐるみ軍団を率いる野宮 音子(gz0303)は、遂に旅館の前へと到達していた。
 その傍らには、音子好みなふんわりワンピース姿の新井田 銀菜(gb1376)と、竜のきぐるみとハリセン装備で、何故か身長が六〇センチほどの大槻 大慈(gb2013)の姿もある。
「ぱぱっとやっちゃいましょう!」
 音子にぴったりと寄り添いながら、銀菜が元気よく気合を入れた。
 大慈の方は、
「皆の者良く聞け! 我々はこれから陸人をやっつけ、ネコ姉ぇに楽園を献上するのだ!!」
 ぬいぐるみたちに勇ましく指示を出していた。
 ぬいぐるみたちからは、『キュー』だの『にぅにぅ』だのと合いの手が上がる。
「兵の士気も充分だなっ。ささ、ネコ姉ぇ、ここで訓示を!」
「え? く、訓示?」
 思いも寄らないことを求められ、戸惑う音子。
 銀菜を縋るような目で見ると、「がんばですっ」と励まされてしまった。
 引くに引けなくなり、仕方なく咳払いをして間を整える。
「じゃあえっと‥‥怪我とか、しないようにねっ」
「さすがネコ姉ぇ‥‥」
 バカ丸出しな台詞にも、何故かうっとりする大慈。
「さあ武士(もののふ)ども、行くのだ〜っ!」
 彼の号令を受けて、ぬいぐるみたちがいよいよ侵略を開始する。

 しかし、そんな彼女たちを待ち構える者がいた。

 旅館の屋根に仁王立ちし、浴衣の上に羽織ったマントを風にはためかせ、腕組みをして眼下を愉快げに見下ろすその人物は──弓亜 石榴(ga0468)。
「ふっふっふ。音子さん、そんな格好じゃあいけないね♪」
 愛らしいながらも、妖しげな笑み。
「私が音子さんにぴったりの衣装を着せてあげよう♪」
 音子をロックオンした石榴は、浴衣の裾が盛大に翻るのも構わず、高々と跳躍した。
 音子たちが頭上を過ぎる影に「ん?」と思うも、既に遅い。
 音子の背後に着地した石榴は彼女を羽交い締めにし、そのままズダダダーっと連れて行った。
「ね、ネコちゃーん!?」
「ネコ姉ぇ!!」
 まさかの奇襲と目にも留まらぬ早業に、銀菜と大慈の二人は置いてけぼりだ。
 慌てて追うものの、完全に見失ってしまっていた。

 そして物陰では──
「さぁて音子さん、私が用意した衣装に着替えましょうねー♪」
 怯えた表情でいやいやと首を振る音子へ、石榴は手をわきわきとさせながら詰め寄る。
「もしも抵抗したら‥‥」
 そう言って音子にするりと身体を密着させ、
「ここをこうしちゃうぞっ♪」
 音子の敏感な所へ手を滑り込ませて、むにむにする。
「ちょっ、そこはダメ! き、着替えますーっ」
 音子、陥落。
 と言うわけで私服姿だった音子が、あれよあれよという間にエロ虎水着姿へと着替させられる。
 他にエロバニーとエロ巫女があったのに、最も露出が多い水着だけは嫌だと言ったら、ならば敢えてと着せられてしまったのだ。
 しかもその前にちゃっかりバニーと巫女の格好もさせられて、あらゆるポーズと角度で激写されてしまい、石榴の好き放題に辱められた音子であった。
 合掌。
「──おっと、助けが来ちゃったか。じゃあまた後でねー♪」
 銀菜と大慈の声を耳敏く聞きつけた石榴は、素早く身を翻して走り去る。
 残された音子は、真っ赤な顔を手で覆ってしくしくと泣き崩れた。
 遅まきながら駆けつけた銀菜と大慈は、音子の格好を見て一瞬で全てを理解する。
「弓亜さん‥‥羨ま──許すまじ、ですね!」
「ネコ姉ぇ、元気出せっ。ぎゅーしてもいいぞ?」
 ぽてぽて近寄ってきた大慈を遠慮なくぎゅーっとして、音子は毅然と顔を上げた。
「何もなかった! 何もなかった! だから今から改めて、旅館襲撃開始だー!」
 殆ど自棄になっていたが、それでも命令は命令。
 銀菜は「はい!」と勇ましく拳を握り、音子の少々貧相な胸の中で大慈も「おー!」と応えた。

 と、襲撃開始のその前に、ちょっと旅館の中も見てみよう。

 売店のおばちゃんは、複雑な面持ちでその子を見ていた。
 年の頃は十歳くらい。
 旅館の浴衣を羽織ってるのは普通として、何故か赤いウサ耳を着けている。
 まぁそれは可愛いから別に問題ではない。
 問題なのは、おみやげが売り切れてしまそうな勢いでひたすら食べ続ける、少女の胃袋だ。
 あの小さな身体の何処に入ってるのか。
 質量保存の法則は何処へ行ったのか。
「‥‥ん。おばちゃん。同じの。頂戴」
 またひとつ空箱を積み上げると同時に、お金を差し出す最上 憐(gb0002)。
 これはもはや、『胃の中にもう一人いる?』レベルではない。
 いずれ機会があれば、『ブラックホール・ストマック』と名付けよう。
 そんなわけで、売店の在庫が枯渇するのも時間の問題だった。

 おばちゃんが危機に瀕してるのはおいといて、夢の中でも雑用に奔走する陸人。
「あ、陸人君だっ。やっほー」
 そんな彼を廊下で見つけ、湯上りの橘川 海(gb4179)は明るく声を掛けた。
「海さん、こんにちは──って、い、いつもと違いますね」
 色っぽいですね、と言いかけて止めた陸人。
「あはは、珍しいかな? 私、あんまり下ろすことってないからっ」
 いつもは結んでいる髪を、今はそのままにしていたのだ。
 男の子とは、湯上りと髪を下ろした女の子には、致命的に弱い生き物である。
 今の海はそのダブルコンボ。
 陸人が照れないはずがない。
「あー、なに赤くなってるのー? このこのー」
 すすすっと近寄って、悪戯っぽく陸人をつつく海。
 戸惑いながらも嬉しそうな陸人。
 らぶ米という名の稲穂が実りそうな、桃色満開の空気が広がっていた。

 そんなモテモテの陸人を、物陰からこっそり睨み据えるキュートな人影ひとつ。
「我が拠点内でモテモテを堪能しようとは‥‥いい度胸にも程があるにゃー♪」
 しっと団総帥の白虎(ga9191)である。
 愛らしいメイド服姿の彼女──もとい彼は、この旅館の『女将』だったりする。
 そう、実はこの旅館、しっと団が経営する『メイド旅館』だったのだ!
 そんな場所でイチャつこうものなら‥‥
「しっとポイント四十六億点追加だ☆」
 桁違いとは正にこのこと。
「白虎さん、いつ仕掛けますか?」
 おっと、もう一人いたようだ。
 白虎の後ろからひょこっと顔を出したのは、冴木美雲(gb5758)だった。
「そうだなぁ、いつ仕掛けようかにゃー?」
 愛くるしい顔に悪そうな表情を浮かべ、白虎はデレデレモテモテの陸人を睨みつけた。

 嫉妬の炎に燃える者は他にもいた。
 旅館の料理人としてバイト中の如月(ga4636)である。
 真面目に仕事しているように見えて、心の中は嫉妬の炎で真っ黒だ。
 食材を切りながら、陸人への妬み僻みを呟き続けている。
(「人が汗水流して料理作ってんのに、いちゃつきやがって‥‥! 食えるものなんか作ってやるもんか!」)
 胸中で叫び、陸人用のシチューに極上辛子を投入。
 食欲をそそる匂いと白さが、あっと間に凶悪な匂いと赤さに変わっていく。
 もうこんなのシチューとは呼べない。
 如月の口元は、邪悪に歪められていた。
 鍋をかき混ぜるその様は、魔法の薬を調合する森の魔女かなにかのようだ。
 男だけど。
(「ふ、ふふふ‥‥極上カラシ入りシュー、完成だ!」)
 しかし次の瞬間には表情をがらっと切り替え、今度は本気モードで取り掛かる。
 そちらは女性陣用だ。
 己の腕を存分に奮った、愛情たっぷりの料理。
 仕上がりは丁寧に、見た目と内容は豪勢に。
 うん、実に分り易く、清々しい姿勢である。

 そんなちょっとアレな空気が漂う一方で。
「綺麗なお庭ですね‥‥」
「風流ってやつだねぇ」
 浴衣姿の石動 小夜子(ga0121)と新条 拓那(ga1294)の二人は寄り添い合って、開け放った部屋の窓から庭園を見下ろしながら、湯上りの火照った身体を冷ましていた。
 外気は肌寒いが風は緩やかで、熱を持った身体には心地よい。
 穏やかな会話をしながら庭園の鑑賞を続けていた二人だが、不意に会話が途切れたところで、小夜子がおもむろに拓那をそっと抱きしめた。
「いつもお疲れ様です‥‥」
「‥‥うん、ありがとう」
 温かな心遣いを確りと受け止め、拓那は小夜子の頭を優しく撫でる。
 やがて、自然と見つめ合う二人。
 互いに吸い寄せられるように──といったところで、二人は異変を察知した。
 なにやら階下が騒がしい。
 気になって、取り敢えず外に視線をやってみれば、そこには目を疑う光景が。
「‥‥ぬいぐるみ?」
「でしょうか‥‥」
 拓那が呟き、小夜子が首を傾げる。
 沢山のぬいぐるみが、旅館に押し寄せてきていた。
 階下が騒がしい原因は、間違いなくそれだろう。
「お祭りかなぁ」
「かもしれませんね‥‥」
「ちょっと行ってみようか」
 拓那の提案に小夜子は頷き、二人は階下へと向かった。

 そのほんの少し前。
 浴衣姿の百地・悠季(ga8270)は、湯上りの色っぽさを振り撒きながら、旅館内を歩いていた。
 美味なる地元料理に舌鼓を打ち、解放感溢れる露天風呂を堪能し、次は陸人にマッサージでも頼もうかと、彼を探しているところだ。
 丁度ロビーに差し掛かった辺りで陸人を見つけ、声を掛けようとしたが、その姿を見て一瞬たじろぐ。
 彼は何故か、ウサ耳と半袖シャツにサスペンダー付きズボン、蝶ネクタイという格好をしていた。
 気のせいか、表情がちょっと虚ろだ。
「ど、どうしたの、その格好」
 恐る恐る訊けば、彼は消え入りそうな声で「さっき、石榴さんが無理やり‥‥」と答えた。
 海がいれば守ってくれただろうが、既に別れた後だったのでどうしようもない。
「なるほど‥‥」
 色んな意味で納得した、その直後──
 遂に時は訪れた。

「かわいこちゃんは私のもの! さあ、りっくんの虜にされたみんな、すっきりさっぱり目を覚ますのだ!」

 物凄く頭の悪い台詞と共に、旅館のドアをバーンと開けて入ってきたのは、言うまでもなく音子。
 もちろん、エロ虎水着姿のまま。
「‥‥ねこさん?」
 色んな意味でびっくりして目を丸くする陸人に、音子は高らかに告げる。
「早速りっくん発見! 倒ーす!」
「えぇー!?」
「ゆけー! わがしもべたちよー!」
 陸人の驚きは無視し、音子は腕を振り下ろした。
 とうとう始まってしまった。
 ちきう最後の戦いが!

 時を同じくして、旅館の前。
 慰安旅行ではなく、圧倒的な闇の気配を感じて旅館を訪れた人物が、そこには立っていた。
 僧衣を纏った神父スタイルのその人物は、鯨井起太(ga0984)。
 絶望的なまでの危機を察して、彼は端正な顔を憂いに曇らせる。
「──おそらくこのままでは世界は滅ぶ」
 低く抑えた声が、真剣さを物語る。
「おそらくこのままでは世界は滅ぶ!」
 拳を振り上げ、高らかに言い放つ。
 返ってくるのは、目の前の旅館からの喧騒だけ。
 もちろん、周りに人など一人もいない。
 何事もなかったように姿勢を戻すと、ぶわぁさと僧衣を翻し、起太は旅館を見据えた。
「これが終わりの始まりか……ならばボクも世界の選択に従うとしよう」
 仰々しく呟き、勇気を以て一歩を踏み出す。
 圧倒的な力を秘めた闇の尖兵たちがひしめく旅館へと、起太は覚悟を決めて突入した。
 自らの命を引き換えにしてでも、最大最強の敵である音子を封印すべく──

 飛びかかってきた闇の尖兵、もとい、饅頭みたいなぬいぐるみを、手刀で叩き落す悠季。
 訳が分からず混乱していた彼女だが、何か違和感を感じていた。
 それはぬいぐるみたちが発する、変な電波の影響か。
 そして不意に、閃くように思い出す。
 自分が人妻であることを。
 何故、陸人にほいほいついてきてしまったのか。
「何たる心外‥‥」
 悔しげに呟き、それとついでに、音子の親衛隊長だったことも思い出す。
 そうとなれば、自分の立ち位置はここではない。
「──悪いわね陸人、あたしは彼女に味方させてもらうわ」
 さっと陸人の元から飛び退き、堂々と宣言した。
「え、そんなぁっ」
 踵を返した悠季は、愕然とする陸人の嘆きを背に、戦闘服に着替えるべく自室へと向かったのだった。

 その頃、庭では──
「浴衣って意外と動きにくいですね‥‥」
 慣れない浴衣に戸惑いながら、知世(gb9614)はペットボトルに口をつける。
 ベンチに座る彼女の横には、空になったペットボトルが既に二本もあった。
 ジュースを飲みながら足をぷらぷらさせ、彼女は周囲を見回す。
「綺麗なお庭ですねー」
 造形もさることながら、ほんのりと雪化粧された様がまた一層の美しさを演出していた。
 心奪われるのも無理からぬ景色だ。
 と、巡らせていた視線がおかしな物を捉えた。
 それはもちろん、音子軍団のぬいぐるみたちである。
「なんですか‥‥この大量のぬいぐるみは‥‥」
 呆然とするのも当然だ。
 数が多いだけでも不気味だし、それに加えて自律的に動いているのだから。
 しかも傭兵としての勘が、危険を告げている。
 ジュースをぐいっと飲み干して、空になったペットボトルをぬいぐるみ目掛けて投げつけた。
 ぬいぐるみたちは避ける素振りを見せたが、動きが遅くてあっさりと直撃。
 するとなにやら、悲しげに『きゅぅ〜』と鳴いたりなんかして、可愛いやら不気味やら。
「それっ!」
 こっちくんな、という思いを込めて、残りの二本も投げつける。
 二本とも命中したが、ダメージは元より、ぬいぐるみたちが退く気配もなかった。
 それどころか、どんどん距離を詰めてくる。
「一旦下がった方が良さそうですね‥‥」
 武器も手元にないことだし、一度部屋に戻ることに決めた知世は、包囲される前に退避した。

 さて、このようにして音子軍団の旅館襲撃が始まったわけだが、ふと見上げてみれば、屋根の上に佇むずんぐりむっくりしたシルエットがあった。
 それは、妙におめでたい格好の雪だるま。
 カメラ(?)に背を向けていたそれは、不意に小気味良くクルリと振り返り、
「やぁ、よい子の皆!」
 と気さくな挨拶を投げかけてきた。
 よく見ればそれは、鹿島 綾(gb4549)。ゆきだるまの着ぐるみ姿の、鹿島綾だ。
「新年早々、元気に初夢を見ているかな? 綾お姉さんは、見ての通りに絶好調だ!」
 はきはきとした口調は、子供番組さながらのノリである。
「え、お姉さんは戦いに行かないのかって? 大丈夫、カオスの中に飛び込む準備は万端だよ」
 ふふりと不敵な笑み。
 どうやら美味しい所を狙うつもりのようだ。
 それにしても、一体全体誰と会話しているのやら。
 しかしそんな心配を余所に、
「さて、まずはあっちの様子でも見てみようか?」
 とウキウキした様子で、屋根の上を移動するのだった。

 こうして全ての役者が出揃い、いよいよ本当の混沌の幕が開ける。


「ネコちゃん、あっちにかわいいものが! あっちにも! ゆるキャラたちよ、行くのですー!」
 かわいいものを見つけては、次々に指示を出す銀菜。
 いくら大勢いるとは言え、あっちこっちに向かわせては本陣の守りが手薄になってしまう。
 しかし銀菜はそこに気付かず、標的を見つける度に指示を飛ばすのだった。
「ふっふっふ。いいよー銀菜ちゃんその調子その調子ー!」
 音子も音子で完全に頭悪い感じに仕上がっていた。
 その馬鹿さ加減すら、愛しそうに銀菜は微笑む。
 こっちもこっちで重症だ。
 大慈はと言えば、ぬいぐるみを率いて、階段を下りてきた拓那と小夜子の所へ行っていた。
「これまたなんというか〜。部屋に一つは置いておきたい感じのキメラ‥‥なのかな?」
 やや呆然としながら、足元を見下ろす拓那。
「どうしよう、これ」
 対処に困って小夜子を見る。
「聞こえてきた会話と、状況から判断すると、笠原さんを助けた方がよさそうですね‥‥」
「うーん、そっか‥‥でもなんか、見た目がこうだと、攻撃するのも躊躇われるよね〜」
 二人は取り敢えず武器を構える。
 そこへ丁度、大慈がやってきた。
「そこの綺麗なお姉さ〜ん。こっちに来たら、俺たちのことモフり放題だぜ〜」
 可愛さアピールのポーズを取りながらの、引き抜き作戦。
 しかし、
「いえ、結構です‥‥」
「俺も特に興味ないから」
 あっさりと断られてしまった。
 ショックでちょっと仰け反る大慈。
 だがすぐに気を取り直し、
「この可愛さがわからないとは‥‥えぇい、やってしまえー!」
 しゃごー、ときぐるみの竜の口から火を吐いて、大慈は命令を下した。
 一斉に飛びかかるぬいぐるみたち。
 一体ずつなら余裕で捌ける二人だが、見た目の緊張感の無さと数の多さで、意外と難儀した。
 それでも小夜子は冷静に、いつの間にやら手にした刀の峰でぬいぐるみを打ち払う。
 しかし拓那の方は、
「見た目も可愛いなら、攻撃も可愛いもんだ」
 ファンシーな外見から繰り出される幼稚な攻撃に、すっかり油断していた。
 ぺちぽこと、何発かもらってしまう。
「あはは、ぺちぺちって♪ ──って、あれ、何か今一瞬、意識が‥‥」
 ふっと目の前が白くなった気がして、頭を振る。
「拓那さん、大丈夫ですか‥‥?」
 近づくぬいぐるみを打ち払い、拓那を支える小夜子。
「うん、なんとか。どうやら、見た目に騙されない方が良さそうだね」
 冷静さを取り戻した拓那は、やはりいつの間にか何処からか手にした巨大ピコハンの柄を握り直し、気合を入れた。
 こうなれば二人は無敵である。
 完璧な呼吸の連携に、一息でぬいぐるみたちが蹴散らされる。
 大慈もこりゃだめだと瞬時に悟り、ぬいぐるみたちを捨て駒にして、すたこらさっさと撤退した。

 とは言っても、もはやロビーはごっちゃごちゃである。
 足元にはぬいぐるみたちがひしめき合い、旅館の各所にいた者たちが騒ぎを聞きつけて集まっている。
 具体的には、綾以外の全員だ。
 陸人を守るのは、拓那と小夜子の他に、海とアークと知世と、一応如月。石榴は物陰に身を潜めている。
 音子陣営には、銀菜と大慈とぬいぐるみたちに加え、キャットワンピースを基本とした魅惑の猫ファッションに着替えた悠季。
 あと、どっちの敵でもあるしっと団の白虎。と美雲。
 起太はこっそり音子の背後を取り、石榴同様に隙を狙っている。
 そして最後に、我関せずとひたすら食に邁進する憐。
「‥‥ん。気のせいか。何か。騒がしいけど。気にしない。おかわり」
 おみやげを手渡すおばちゃんが、キメラらしいけどいいのかい、と呑気な質問をするが、
「‥‥ん。槍が降ろうが。キメラが来ようと。食べるのが。大事」
 そう答えて、饅頭を食べるのに集中するのだった。

「随分とふざけたキメラですね‥‥」
 自慢の双包丁『料理人魂』を構えながら、如月は嘆息する。
 そしてまるでスイッチを切り替えたかのように、勢い良くばっさばっさと切り捨て始めた。
 何やらこれ見よがしにストレス発散しているように感じるのは、気のせいではないのだろう。
 だって、
「あはは、リア充は滅びろ! 滅びてしまえ!!」
 とかなんとか言っちゃってるんだから。
 その様子を見て、知世をも意を決した様子で剣を振るった。
「かわいいんですけど‥‥仕方ないですよね?」
 言葉の上では躊躇いがちでも、行動そのものは容赦ない。
 切り刻まれたぬいぐるみの綿が、まるで雪のようにそこら中へと飛び散らかる。
 その宙に舞う綿が演出のようなタイミングで、突然愛らしい声が響き渡った。
「この世で『萌え』を名乗って良いのはただひとり──世界一可愛いショタっ子、白虎きゅんのみ!」
 バン! と効果音がつきそうな勢いで、百トンハンマーをぶん回してぬいぐるみを蹴散らす白虎。
「他は全て下郎ッ!!」
 可愛い顔して言うことはどぎつい。
「お前達に、僕以上の萌えは許さないッッ!!」
 振り下ろしたハンマーが、ぬいぐるみをぺちゃんこに潰した。
 恐るべし、しっと団総帥。

「不甲斐なーい! でもまだまだいるわよー? どんどんいけー!」
 死を恐れない兵士たちは、音子の命令に即座に反応する。
 数の暴力という表現が、これほど相応しいこともあるまい。
「ごーごー! ですよー!」
 音子の隣で、銀菜が可愛らしく飛び跳ねる。
「やっておしおまい!」
 妙に様になった指揮官ぶりを発揮する悠季。
「突撃だー! ぶっとばせー!」
 竜の口から光線を吐きながら、ハリセンを振り回す大慈。
 離れた所からその様子を見ていた起太は、冷や汗が止まらなかった。
 邪悪な電波を放ち、屈強な精神と身体を持つ能力者を、徐々に追い詰めていくゴーレム(ぬいぐるみ)共。
 これを壊滅させるのは不可能だろう。
 そう考え、起太は音子一人に狙いを絞っている。
 この世界に生きる者であれば、誰もが感じているはずだ。
 悪夢のようなこの状況を、打破するための術を。
 逃げ出したくなる弱い心を気合でねじ伏せて、起太は息を殺して潜伏を続ける。

 実際、数の多さと変な電波による攻撃とで、陸人側は守勢に回りつつあった。
「あぶないっ」
 海が叫ぶ。
 防衛網をすり抜けて跳びかかってきたぬいぐるみから陸人を守るべく、咄嗟に彼の手を引く。
 そして代わりに彼女が、ぼふん、と攻撃を受けてしまった。
 ぺたんと座り込んで、涙目になる海。
「だ、大丈夫ですか海さんっ」
 ぬいぐるみを蹴っ飛ばし、陸人は慌てて海を助け起こす。
「うん‥‥でもなんか変な気分。何回か受けたら、危ないかも‥‥」
 その様子を見て、居ても立ってもいられなくなったのは、美雲だった。
「ネコ姉ぇ! もうやめてください!」
 高笑いして暴走する音子の前へ、果敢に立ち塞がる。
 しかし、
「邪魔したって無駄よ美雲ちゃん。大人しく私のものになりなさーいっ」
 言うが早いか、音子は『瞬天速』で一気に近づいた。
 美雲の真ん前で急停止して、驚く彼女に音子はなんと、『ちゅー』をかました。
 美雲は目を丸くし抵抗を試みるが、すぱんっと足を払われて、無駄に巧みな音子の体裁きによって抱きかかえられてしまう。
 立ち膝な姿勢の音子の、膝の上でのけぞるような格好だ。
 完璧に捕獲された美雲に、音子の本格的な攻撃が始まる。
「ちょっ、ネコっ、姉ぇっ! んっ、んぅ〜〜〜!! ん〜〜ん〜〜〜!!」
 具体的な描写は割愛するが、その甘美かつ熱烈な『ちゅー』攻撃に、美雲は最初こそ抵抗していたものの、数十秒も続けられる内に力が抜けて、目もうっとりしていった。
 音子は持てる技の全てを用いて少女の口内を蹂躙し尽くし、美雲がその手をこちらの背中に回して抱きついてくるまでに至り、そこから更にもうしばらく貪ってからようやく、
「っはー! ごちそうさまぁっ」
 と、いかにも満足げに美雲から離れた。
 唾液まみれで艶かしく光る互いの口周りをハンカチで拭って上げてから、美雲を立たせる。
「言うこと聞くわね?」
「はい、ネコお姉さまぁ……何なりとお申しつけ下さい……」
 こうして犠牲者が、また一人。

「案外大胆なことするわね、ねこねこも」
「はい。元々、頭の中はピンクな妄想でいっぱいの人ですから」
 驚嘆する悠季に、銀菜はうっとりとした笑顔で答える。
「‥‥あんたも今のされたかったりするわけ?」
「それはもう、ネコちゃんラヴですから!」
 まさかと思っての問いかけだったが、拳をぐっと握っての返答に、ちょっとたじろぐで悠季あった。

 音子軍団の陣営が増えたことで、陸人側に動揺が広がる。
 それを振り払うべく動いたのは、海だった。
 敵側にいる悠季を、きつく見据える。
「あんなの、ねこさんじゃ、ないじゃないっ!」
 涙ながらの呼びかけ。
 モップを振るう手には、あまり力が入っていない。
「お願い、私をねこさんのところに連れて行って」
 海は必死の思いで頼むが、それはなかなかに危険な行為だ。
「策もなしに突っ込むのは危険すぎるよ」
 拓那は優しい声で、冷静に諭す。
 項垂れる海。
 そんな海を見て平静でいられなかったのは、悠季だ。
 ぬいぐるみたちへの指揮に、迷いが生じる。
 それを察したわけではなかったが、海はもう一度、毅然と顔を上げた。
「悠季っ、戻ってきて!」
 心の底から搾り出すような、悲しげな声に、悠季は耐え切ることができなかった。
「‥‥ごめんね、ねこねこ」
 背後の音子を小さく振り返り、ふっと儚げに微笑んで、悠季は海の元へと走った。
 そのまま音子攻略に行っても良かったんだけど、夢にも都合というものがあるのだ。

「くっ、なんかよくわからんが、とにかく羨まけしからん!」
 包丁を振るいながら、如月は色んな怒りに燃えていた。
 陸人はこの際どうでもいいと、意を決して音子の元へと突撃を始める。
「ネコさん! ここまでにしましょう!」
「しません! かわいいこを全部手に入れるまで止めないんだからっ」
 悠季が行ってしまったことも、そこまで気にしてはいない。
 だってどうせ全部略奪するつもりだからっ。
「ほう、可愛い女子は全て自分のもの? よろしい、正座しなさい!」
「やーだよっ」
 ぬいぐるみを蹴散らしてこっち向かってきながら説教を始めようとする如月に、片目を瞑って舌を出す音子。
 如月の額に怒りマークが浮かび上がった。
「あなた‥‥何を戯けたことを言ってるいるのです!? 可愛い&綺麗な女子は皆で平等に愛でる権利があるのですよ!!」
 如月、包丁を振りかざして大力説。
 ちょっと間違うとただの危ない人だ。
 そして隙だらけ。
 こっそり背後に回り込んでいた大慈が、
「ハリセンスプラーッシュ!」
 ジャンプして大上段からハリセンを振り下ろした。
 後頭部を勢い良く叩かれ、「はぅっ」とよろめく如月。
「チャンス!」
 態勢を崩した如月に止めを刺すべく、美雲は走った。
 万事休す如月!
 しかし剣を振り下ろす直前、踏み込んだ足がぬいぐるみを踏みつけ、美雲の手元が盛大に狂う。
 矛先はあろうことか大慈のところへ。
「ちょっ、まっ!」
 美雲の渾身の一撃を受けて、派手に吹っ飛ぶ大慈。
 デフォルメされてるから、本当によく飛ぶ。
 そして突っ込んだ先は、売店。
 不幸にも丁度憐の前に広げられたおみやげ達が、見るも無残に散乱してしまった。
「いてててて‥‥この世界(夢)じゃなかったら死んでるよ‥‥はっ!」
 並々ならぬ殺気を感じ、大慈は咄嗟に身構えた。
 『ゴゴゴゴゴゴゴ‥‥』と背景に文字が出そうなほどの、静かな殺気を漲らせた──憐。
「‥‥ん。食べ物の。恨み。全力で。晴らす」
「ま、待て! 俺じゃない!」
「‥‥ん。じゃあ。誰」
「そ、それは‥‥」
 仲間を売るわけにもいかず困った大慈は、助けを求めようとして音子を見た。
 憐はそれを、首謀者を示す視線と受け取った。
「‥‥ん。音子。食べ物の。恨み。味わって。貰う」
「あれ? いや、ちがっ」
 止める間もなく、走り出す憐。
 飛びかかってきた憐の攻撃を、音子は真正面で受け止めた。
「ふふふ‥‥前から憐ちゃんのことは可愛いと思ってたんだよね〜」
 にやりと笑う音子。
「‥‥ん。音子。なんか。不気味」
 憐は退こうとしたが、手を掴まれていてはそれもできない。
「憐ちゃん、食べるのは好きでも、食べられたことは」
「今だ!」
 色んな意味でナイスタイミング起太!
 チャンスは、音子が身動きを取れない今しかない。
 起太は物陰から躍り出て、懐に潜ませていた魔導具──ヴェレッタ・オリムのフィギュアを音子の周囲にばら蒔いた。
 その数、なんと七体。
 音子の顔がひきつる。
 その隙に飛び退る憐。
「くらえ! ボクの切り札『最終結界・降夢陣(おりむじん)』だ!」
 告げて、印を結ぼうと構える起太。
 しかし、主の危機を黙ってみている音子軍団ではなかった。
 今まさに発動せんとするその直前、
「ネコ姉ぇ危ない!!」
 美雲は音子を救う為、横から思いっきり突き飛ばした。
 思いがけぬ衝撃をくらい、身体をくの字に折って吹っ飛ぶ音子。
 ゴロゴロととんでもない勢いで転がり、ロビーの片隅に不自然に積み上げられたダンボールへと突っ込む。
「うわっ、こっち来たっ」
 驚きの悲鳴。それは石榴のものだった。
「あ、でもチャーンス♪」
 目の前でぐったりと目を回す音子を、がしっと捕まえる石榴。
「よーっし。ほーら、降参しないと、たっぷり堪能しちゃうぞー♪」
 石榴の手が、怪しく音子の身体を這う。
「あぁっ、私のネコちゃんになんてことするんですかっ」
 憤慨するポイントがズレている気がするが、とにかく銀菜も迂闊には近づけなくなってしまった。
「ちょっと待てお前達! さっきからこの超絶可愛らしい僕のことはスルーかっ!」
 そこへ今度は、白虎が乱入してくる。
 陸人の守りが堅いため、彼への襲撃を諦めて矛先を変えたようだ。
「いえ、ネコちゃんの標的はかわいいもの全てですから、あなたももちろん含まれてますよっ」
 これ以上敵が増えては敵わないので、銀菜が即座に言い返す。
「‥‥あ、そうなの? それじゃあえっと‥‥生かしておけないのはあいつだー!」
 くるっと振り返った視線の先には、やはり陸人。
「えぇ!? ここにきてまた僕!?」
 陸人は今にも泣き出しそうだ。
「なんかもう、無茶苦茶だね‥‥」
「はい。収拾つくのでしょうか‥‥?」
 音子が囚われの身となったことでぬいぐるみの襲撃も収まり、のんびり呟く拓那と小夜子。
 気分的には傍観者だ。
「このままでは‥‥。ネコちゃん、少しの我慢です!」
 敗北の危機を感じ取った銀菜は、辛い決断をした。
 即ち、音子を石榴への生贄にすること。
「え? 銀菜ちゃーん!?」
「あれ? いいのかな? 色々まさぐっちゃうよ?」
 とか言いつつ、既にまさぐり始める石榴。
 悲鳴混じりに悶える音子を尻目に、銀菜はぬいぐるみたちに号令を下した。
「行くのですー!」
 とその時、
「そろそろ頃合かな」
 小さいながらも確かな呟きを、全員が聞いた。
 発言の主は、アーク。
 その手には、小さなスイッチ。
 誰にも有無を言わさず、アークはそのスイッチを押した。
 一瞬の静寂。
 そして、連なるいくつもの──爆発音。
 それは外からだ。
「たまやー」
 呑気な掛け声とは裏腹に、旅館の外では幾多の爆発によって、音子軍の待機戦力であるぬいぐるみたちは全滅していた。
「なんか、色々とすごい‥‥」
 剣を下ろし、知世は呆然と呟いた。
 やがて爆音も静まり、沈黙が訪れる──かと思いきや、妙な音と悲鳴が聞こえてきた。
 ──ズルッ、ドサッ
「あ゛ーーーーー!?」
 反射的に音の方へと振り向く一同。
 それは入り口の方向からだ。
 視界に映るのは、空から振ってきた雪だるま──のきぐるみ。
 より正確には、爆発で揺れる中で必死に屋根にしがみつき、収まったところ立ち上がろうとしたら足を滑らせてしまった結果、屋根の上を転がり落ちて、旅館の前庭へと落下したのだ。
 落下の衝撃で、きぐるみから中の人が放り出されていた。
 それは、ずぅーーーーっと出番の機会を伺っていた、綾だ。
「いたたたたた‥‥ぉぁぅっ!」
 痛打した尻をさすろうとして、ニットワンピースの裾が思い切り捲れていたことに気づく。
 慌てて裾を正したが、
「‥‥見た?」
「──黒!」
 はなぢを垂らした音子が、満面のグッと親指を立てていた。
「そ、そか‥‥まぁいいや!」
 立ち直りの早さに定評のある綾さんだった。
 ちなみに音子は、石榴が爆発に驚いてる隙に、彼女の急所を逆に攻め返して脱出していた。
 音子さんだってやられっぱなしではないのだ。
「それはさておき音子! 今日は徹底的に可愛がっ──もとい! 倒させて貰う!」
 言い直した意味がない。
「新年明けましておめでたく、羽子板で勝負だ。勝った方が膝枕を堪能できるって事でどうか!」
「望むところだー!!」
 どういう訳か胸元から板と羽を取り出した綾に、間髪入れずに応じる音子。
 それよりも、残存戦力で奮闘している銀菜ちゃんと大慈くんと美雲ちゃんはそっちのけですか音子さん。
「そういうバカなところも素敵なんですっ」
「バカなネコ姉ぇもかっこいいぞ!」
「ネコ姉ぇ、バカなりにがんばって!」
 音子は聞こえない振りをしています。
 勝負の羽根つき戦は、能力者らしく超高速で展開された。
 正に目にも留まらぬ攻防である。
 しかし、勝負は最初から見えていた。
 ぬいぐるみが発する変な電波は、覚醒を阻害する。
 数が減って効果は薄かったが、勝敗を決するには充分だった。
「‥‥とほほ」
「膝枕ゲーット!!」
 項垂れる綾と、諸手を上げて歓喜する音子。
「あとで死ぬほど堪能させてもらいます!」
 体を変な風に捻った珍妙なポーズでビシィっと指差し、有頂天な音子であった。

 とそこへ、悲痛な声が響き渡る。
「もうやめてっ」
 叫んだのは、手をぎゅっと握った海だ。
「ねこさんは、こんな風にキメラを使ったりする人じゃ、ないんだからっ」
 銀菜の、大慈の、美雲の手が止まる。
 場の空気が、一気に引き締まる。
「優しくて、キメラなんて倒せなくて、落ち込んでたりするんだからっ」
 海は覚束ない足取りながらも、音子の元へと歩いていった。
 そして音子に体当たりで抱きついて、大泣きしながら、
「ねこさんを返して! 返してよおっ‥‥」
 と訴えかける。
「海ちゃん‥‥」
 感じ入った様子で、ぽつりと零す音子。
「‥‥邪悪な気が、抜けていく‥‥」
 起太が音子の頭の辺りを見つめ、呟いた。
 立ち尽くす音子の背後に回った悠季が、音子の髪を優しく撫でる。
「もう、いいんじゃない?」
 悠季はさりげなく音子の背中に胸を押し付け、息がかかるほどの距離で耳に囁きかけた。
「んっ。‥‥うん、でも‥‥」
 どうしよう、とでも言いたげに、音子は味方になってくれた三人を見る。
「悲しむ人の姿は見たくないです。けど、私はネコちゃんの決断に従いますよ」
 暗に方向性を指し示す辺りが、銀菜は音子の舵取りをよく心得ている。
「俺もネコ姉ぇに任せるぞ。あとでギュッてしてもらえたらそれでいい」
 てほてほと音子の足元まで歩いてきて、遥か頭上を見上げて大慈は言う。
「私もネコ姉ぇには逆らえません‥‥」
 先程の出来事を思い出すように唇を指でなぞり、美雲は恥ずかしそうに答えた。
「みんながそう言うなら‥‥」
 俯き加減で手をもじもじさせながらではあったが、音子は敗北を認めた。
「よし。じゃあこれで一件落着ってことで、みんなもいいかしら?」
 何気にグルーミングを続けて音子の心を溶かしながら、悠季は皆の意見を仰ぐ。
「私は写真いっぱい撮れたし、別にいいよ。如月さんのミニセーラー姿もばっちりだしね♪」
「うぅ、まさかこんなのを着せられるなんて‥‥外道‥‥」
 カメラを構え、キュートな表情で片目を瞑る石榴。
 それに対し、よよよと格好だけは乙女風に泣き崩れる如月。
 憐れだ‥‥。
「簀巻きにして、川に流さなくていいのかな」
「いやいや、そこまでやる必要はないでしょう」
 物足りなさそうなアークを、拓那が笑いながら止めておく。
 内心、本当にやりかねないな、と恐れながら。
「私は、このあと拓那さんとゆっくりできれば、構いません‥‥」
 愛しい人の袖をそっと摘み、どこまでも奥ゆかしい小夜子。
「僕は疲れたので、どっちでもいいですー‥‥」
 ふわぁと欠伸をして、知世はいかにも眠そうだ。
「‥‥ん。私も。別に。どうでもいい」
 遠く売店から、憐もちゃんと答えてくれた。
「ボクは暴れ足りないなぁ。特に笠原君にお仕置きしたりないなぁ」
 すっかり傍観者気分に浸っていた陸人を、白虎はぎらりと睨む。
 小さく悲鳴を上げて、陸人は綾の背に隠れた。
「俺はなんでもいいぞ。なんにせよ、あとで音子には膝枕してやるしな」
 綾は快活に笑い、音子にウィンクしてみせる。
 期待と妄想で、音子の顔が赤く火照った。
「それならこれで終わりにしましょう。‥‥海?」
 ほっと一息ついた悠季が海を見てみれば、音子の腕の中で寝息を立てていた。
 泣き疲れて、眠ってしまったらしい。
 結論を聞く前ではあったが、きっと彼女の夢の中では、音子は元通りになっていることだろう。
「じゃあ仲直りの印ってことで、みんなで温泉に入りませんか?」
 名案とばかりに声を弾ませて、突然陸人が提案した。
「‥‥不純」
 アークが、ジト目で陸人を睨んでいる。
「い、いや、違いますよ!?」
「はっはっは! 陸人も男の子だなぁ!」
 背中をバシバシと叩きながら、綾は楽しそうに笑った。
「もー! 違いますってばぁ!」
 陸人の叫びが、夕暮れの空に遠く木霊した。

 その様子を、起太は少し離れたところから眺めていた。
「世界は救われたか‥‥ボクのお陰で」
 和気藹々とする一同を見て、安心したように呟く。
「ふっ。やっぱりボクに不可能はないな」
 にやりと自信たっぷりな微笑を浮かべると、ひらりと身を翻す。
 誰にも気づかれぬように、静かにその場を去る。
 自らがいた証の代わりに、足跡だけを、雪面に残して──