タイトル:ライオット・リミットマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/09 13:25

●オープニング本文


「どうしよっかなぁ、このあぶくぜに」
 カンパネラ学園の地下研究所のとある研究室にて、ぼんやりと呟いた羽住秋桜理(はずみしおり)は、腕を組んで天井を仰ぎ見た。体重を預けられた椅子の背もたれが、キシ、と呻く。
「どうしたんですか、主任。新年早々難しい顔して」
 大量の資料を抱えて部屋に入ってきたのは、エリック=デューレンだ。空いている机に資料の束を置き、赤くなった指先をぷるぷると振る。
「あ、ご苦労さん。いやね、こないだグリーンランドに出張したじゃん?」
「しましたね」
「そん時、現地のインスタントクジやったんだけど、それに当たっててさ」
「へぇ、良かったじゃないですか。でもなんで今頃? もう何日も前でしょうに」
「さっきやっと振り込まれたのよ」
「へー。で、いくら当たったんですか?」
「ひゃくまん」
 ぶほっ、と盛大な音を発てて、エリックはコーヒーを噴き出していた。
「‥‥あんたほんと色々とベタベタよね。そんなだからツラはいいのにモテないのよ」
「ほ、ほっといてください! 大体、他が濃すぎるんですよ!」
 恥ずかしいやら腹立たしいやらで顔を赤くしながら、飛び散ったコーヒーを懸命に拭き取るエリック。
 それを醒めた目で眺めながら、手を貸す素振りすら見せない秋桜理。
「まぁ他が濃いってのには激しく同意だけどね。にしてもどうしよっかなぁ、このお金」
「使い道に困ってるなら、僕に下さいよ」
「あ? なに? あんたお金に困ってんの?」
「何処かの恵まれたお嬢様と違って、安月給で自活してますからね」
「──それは皮肉のつもりか? エリック」
 赤いフレームの眼鏡の奥で、瞳が冷たい光を放った。
 コーヒーを拭う手を止め、たじろぐエリック。
 席を立ち、わざとらしくハイヒールで歩く音を発て、秋桜理は青年に詰め寄った。
 四十センチも下から見上げられているというのに、エリックはすっかり怖気づいている。
「い、いや、その、あれは‥‥」
 しどろもどろに言い訳を始めた、次の瞬間。
 白衣のポケットに突っ込まれていた秋桜理の手が、エリックの頬を目掛けて素早く振り抜かれた。
 しかし、平手打ちではない。
 ぱしぃ、っという、勢いの割には軽い音。
 それもそのはず。彼女の手には、札束が握られていた。
「‥‥これは‥‥予想外に気持ちいいな‥‥」
 若干恍惚とした、秋桜理の呟き。僅かに頬まで紅潮している。
 札束ビンタをかまされたエリックはしばし呆然とした後、浴びせられた仕打ちの酷さに気付いて、流石に頭に血を昇らせた。
「なにするんですか! 正気ですか!? 人として──」
「私の気が済むまで叩かせてくれるなら、全額やらんこともないぞ」
「──‥‥あ、悪魔ですか‥‥」
「言い得て妙ね」
 堕ちた天使がいることを踏まえれば、ではあるが。
「ま、それは冗談としても、人に上げるってのはいいアイディアかも。お年玉ってことで」
 がっくりと崩れ落ちたエリックの後頭部を満足げに見下ろしながら、悠々と考え込む秋桜理。
 誰に上げようか。どうやって上げようか。ただ上げても詰まらない。
「‥‥思いつかないわね。音子に訊こっかな」
 一分にも満たない思考で諦めて、人に頼ることに決めた秋桜理であった。

「──と、言うわけなんだけど」
「寄付したら? 孤児院とかに」
「Du bist echt schwer von Begriff?」
「‥‥何言ってるかは解らないけれど、ドイツ語っぽいのと、馬鹿にされたってニュアンスだけは、よぉっく伝わってきたわ‥‥」
 学食の隅っこで向かい合わせに座る二人。
 秋桜理の前ではコーヒー、野宮 音子(gz0303)の前では紅茶が、それぞれ湯気を立てている。
「あんたバカ? って言ったのよ。寄付なんて面白くもなんともないじゃないのさ」
「それなら、鬼ごっことかにでもすれば? 逃げ切るか捕まえるかしたら一〇〇万、って」
 ぱん、と手を叩く秋桜理。
「それだ!」
「‥‥本気?」
「あんたが言ったんでしょ」
「それはそうだけど‥‥」
「なので、あんたも手伝うこと。決定」
「え!? ちょ、やめてよ。女の子とデー、げふんっ、遊ぶ予定あるわよ私!」
「はい却下ー。早速参加者募集しなきゃ。準備が必要だから、うん、取り合えずついて来い!」
 自分よりも小柄な一般人に、半ば引きずられるようにして連れ去られていく音子。
 その光景を、暇を持て余した学生たちが、ぼんやりと見送っていた。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
新井田 銀菜(gb1376
22歳・♀・ST
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
冴木氷狩(gb6236
21歳・♂・DF
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER

●リプレイ本文

●顔合わせ
 カンパネラ学園大鐘楼の下に、十一人の男女が集まっていた。
 これから賞金一〇〇万Cを巡ったゲームを行う為である。
 主催側は野宮 音子(gz0303)、羽住秋桜理、エリック=デューレンの三人。
 残り八人は、賞金を狙う参加者たちだ。
 ダンボール箱を抱えたエリックが、箱の中身を各参加者たちに配って回る。
「‥‥ああ、寅年だっけか」
 手渡された虎耳カチューシャと虎尻尾付きベルトを見て、時枝・悠(ga8810)は思い出したように呟いた。
「そうですよー。トッキーは年賀状書きました?」
 楽しそうに虎アイテムを付けながら、新井田 銀菜(gb1376)はにこやかに友人に問い掛ける。
「そういえば書いてないな。まあ良いか。来年から頑張る」
「今年から頑張りましょうっ」
「‥‥うん、まあ、考えておくよ」
 面倒臭いと思いつつも、銀菜の笑顔につられる悠だった。
 そんなほのぼのとした会話の一方で、
「タイガー・イヤー・カチューシャ! タイガー・テイル! セットオーン!!」
 妙な迫力と共に、虎耳カチューシャと虎尻尾ベルトを装着するのは、強面なイケメンおにーさんの植松・カルマ(ga8288)だ。
「完・成! ワイルドタイガー俺!!」
 ポーズも決めて、背景に『ビシィッ!』の擬音が見えそうなくらいだ。
「あははははははは! さ、最高! 植松さん最高!」
 チンピラ風の外見にちょっと引いていたのが嘘のように、音子はお腹を抱えて笑う。
「恐縮っス! あと、俺のことはカルマでいいっスよぉ」
 右手の親指を立ててにやりと笑うその顔も、怖いんだかフレンドリーなんだかよくわからない。
「おっけー。じゃあ私のことも下の名前で呼んでね」
「うっす! 了解っス! あと俺、マジパネェんで、そこんとこ一つヨロシクっス!」
「うんうん、こちらこそよろしくねー」
 音子はなにやらものすごく楽しそうだ。
 そこへ、間を見計らってすっと近付いてきたのは、
「鹿島 綾(gb4549)だ。よろしく」
 赤毛の美女が、微笑みながら手を差し出した。
「‥‥よろしくねっ」
 手を握り返しながらも、目を逸らす音子。
「どこを見てるんだ?」
「いや、ちょっと、セクシーすぎて‥‥」
 綾の格好は、スリットの深い黒のチャイナドレスとニーハイブーツ。すらりと伸びる美脚と豊潤な身体のラインに加え、音子のツボを押さえた服装に頬を染めずにはいられなかった。
 効果ありと見て、綾は内心でほくそ笑む。
 次は、ちっちゃくて愛らしい最上 憐(gb0002)だ。
「やほー、憐ちゃん。意気込みはどう?」
 抱き上げたい衝動を笑顔の下に押し込めて、表面上はにこやかに声を掛ける音子。
「‥‥ん。賞金。手に入れて。新春。カレー。食べ放題の旅」
 朴訥とした口調ながらも、瞳の奥には静かな闘志が燃えている。
 萌えることすら一瞬忘れて、音子は息を呑んだ。
「‥‥ふふ、そう簡単には勝たせないからねー?」
「‥‥ん。カレーのために。全力で。頑張る」
「憐ちゃんが食べ物の為に本気出したら、すごそうやねぇ」 
 滑り込んできた言葉は、優美な柔らかさを持つ声だった。
 冴木氷狩(gb6236)が雅に微笑みながら、ニットワンピースの裾を摘まんで流麗な動作でお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。いつも妹がお世話になってますね。冴木の『姉』の氷狩(ひかり)どすぅ」
「あ、美雲ちゃんの。こちらこそ美雲ちゃんにはお世話になりっぱなしで」
 お辞儀を返すものの、氷狩の綺麗さに驚く音子の動きはぎこちない。その反応は確実に、魅力的な『女の子』を相手にしている時のものだった。
「ネコちゃん、その格好めっちゃ似合ってるやんか」
 そこへ不意打ちの褒め言葉。音子も勿論、虎耳虎尻尾を付けている。
 予期せぬ賛辞に本気で照れて「そんなことないよー」とか言うが、
「あは、目茶目茶可愛いやん♪」
 と重ねられると、真っ赤になって俯くしかなかった。暢気なものである。既に氷狩の罠に嵌められつつあると気付きもせずに。
 音子は深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻すと、次の参加者へ挨拶をする。
「こんにちは。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくです。この時期にこんな催しがあってくれて、助かりました」
 色々と物入りな年末年始。この機を逃すまいと、カンタレラ(gb9927)の意気込みは強い。
「楽しみながら頑張ってくださいね」
 エールを送りながらも、カンタレラのけしからん胸をちら見する音子。それを知ってか知らずか、彼女は腕組みをして胸を強調するポーズを取り、音子の視線を釘付けにしたのは、まぁ余談だ。
 そして八人目。
「どうも」
 礼儀正しく会釈する辰巳 空(ga4698)に、音子はにこやかに手を振る。
「どうもー。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。‥‥それでですね、参加者が負傷した場合に備えて、仕事道具を携帯させてもらいますので」
 そう言って、辰巳は救急セットを掲げて見せる。
「それくらいなら全然いいですよー。でも怪我人なんて出るかな?」と首を傾げる音子。
「万一に備えてってことでしょ」と素っ気無い秋桜理。
「‥‥僕、帰っていいですか」と怖気づきながらエリック。
『却下』
 こんな時は息が合う音子と秋桜理であった。

 全員の顔合わせと虎変化も終えて、準備万端。
 いよいよゲーム開始ということで、
「目一杯楽しみましょう!」
 銀菜が元気よく号令をかけると、皆それぞれの方法で気合いの声を上げた。
 周囲の視線を集めるほどの勢いだ。
「さてと。じゃあ私らは西広場へ行くから、きみらは東広場ね。丁度二時になったらゲーム開始。いい?」
 了承を促す秋桜理に、頷きを返す一同。
「それじゃ、また後で」
 不安を誘う不敵な笑みを残して、秋桜理は白衣の裾を翻し、その場を後にした。

●ゲームスタート
 男子寮と女子寮の間にある東広場へと移動した参加者たちは、打ち合わせの再確認をしていた。
 音子を担当する空、憐、氷狩、銀菜と、研究員二人を担当するカルマ、悠、綾、カンタレラ。
 それぞれ囮としての動きや奪取への段取りなどを話し合い、作戦をすり合わせておく。
 そうこうしている内に、ゲーム開始の二時が訪れた。
「音子ちゃんは頼んだっスよぉ」
 オールバックの金髪を撫で付けながらカルマが言えば、
「そっちこそ、ドジ踏まんよぉにね」
 氷狩が柔らかながらも凄みを感じさせる笑みを浮かべる。
 息を呑み込み、「っパネェっス‥‥」などと呟くカルマであった。

 開始早々、散開する一同。
 まずは相手を見つけないことには始まらない。
 取り合えずスタート地点に行ってみるか、と西広場を目指したのはカルマ。
 彼の狙いは秋桜理だ。
 理由? おっぱいが大きいかららしい。音子涙目。
 西広場まで走ってきたカルマも、着いてからは歩きに変えた。しかし不意打ちを警戒するでもなく、ある意味堂々と言える足取りで広場を捜索する。
 すると、数十メートル先の噴水近くで、ベンチに腰掛けて読書している秋桜理の姿があった。
 隙だらけを通り越して、怪しさ満点の状況だ。一体どんな罠をしかけているやら。
 それでも一応不意打ちを狙うか、と死角に回り込もうとしたところ、
「あ、羽住さーん、植松さん来ましたよー!」
 あろうことか、その辺をただ普通に歩いていた生徒が、大きな声で報告したではないか。
「ちょっ、なっ」
 流石に動揺を隠し切れないカルマ。チクった生徒を睨むが、脱兎の如く秋桜理の方へと逃げて行く。秋桜理も既にベンチから立ち上がり、白衣のポケットに手を突っ込んで、余裕の笑みを湛えていた。
「チッ、しょーがねぇ‥‥トゥアッ!」
 ぼやいたのも束の間、助走を付けて秋桜理の十数メートル手前で跳躍し、適度な間合いで着地する。
「フッフッフ、ワイルドタイガー植松参上ッス。さーあ美味しく頂こうとしようか」
 手をわきわきとさせながら、ちょぉーっといやらしい笑みを浮かべるカルマ。
 対して秋桜理は、怯む様子もなくハイヒールの踵を鳴らして、足を肩幅に開く。
「私を選ぶとは、いい度胸ね」
「まぁね。あと先に一つ言っておくッス。俺はさっきエリックサンをやった時に覚醒とスキルを使ってるッス。だから安心して身を委ねるといいッスよ?」
「そうなの?」
 との問い掛けは、目線を横に向けて。誰も居ないが‥‥?
「──無事だって言ってるわよ?」
 よく目を凝らせば、髪の隙間からヘッドセットのマイクとイヤホンが見える。
「ぐぬぬっ」
 用意周到さに歯噛みするも、後の祭りだ。
 余裕の表情で、秋桜理は泰然と構えている。
「まぁいいッス。男なら正面突破ッスよぉ!」
 気合と共に、地を蹴るカルマ。
 非覚醒状態と言えど能力者の身体機能は常人の比ではない。普通に考えて、研究員程度が対抗できるはずもないのだが──
「まずは、実験体第一号ね」
 不穏な台詞を吐き出して、秋桜理は白衣のポケットの中でリモコンのスイッチを押した。
 直後、噴水の中から陸ガメのようなシルエットの物体が飛び出す。高さ一メートルほどのそいつは、秋桜理を守るように立ちはだかった。
「んなぁっ」
 カルマは急には止まれない。驚きながらも、蹴り足に更に力を込める。
「上等ッスよぉ!」
 そいつは機械だった。陸ガメ型四足走行で、甲羅に当たる部位には様々なキメラ捕獲道具が詰め込まれている。尤も、あまり真面目に研究した代物ではなく、半ば冗談で作ったような機械なので一体しかないし、実際に配備される予定もない。
「やっておしまい!」
 まるでどこかの悪役のような秋桜理の命令を受けて、陸ガメカの甲羅が開いた。出てきたのは数本のアーム。それらが、突撃してくるカルマを捕らえようと次々に伸びた。
 カルマは集中力を高めて、
 一本目──右手で弾く。
 二本目──左手で叩き落す。
 三本目──かわし切れないと判断し、覚醒。
 眼球が赤く染まり、肌が鈍色に変化する。瞬時に跳ね上がった身体能力に物を言わせ、身を捻ってかわした。
 四本目──体操選手のような跳躍で避け、空中で身を捻り、秋桜理の背後に着地。
「──!?」
 驚愕に彩られた表情の秋桜理が、尻尾を守ろうとして振り返る。
 その判断は秋桜理に取っては凶となり、カルマに取っては大吉となった。
 着地後、地を蹴った勢いでカルマは秋桜理のたわわな胸に顔面を突撃させ、尻尾を狙った両手は尻を鷲掴み。
(ぃよっしゃぁ! 役得ゲットッスよぉ!)
 カルマ、胸中にて勝利の雄叫びを上げるが──直後。
 脇腹に物凄い衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
 もんどり打って地面を転がるカルマ。
「エリーック!! 遅い!!」
「す、すいませぇ〜ん!」
 うつ伏せに倒れたカルマが苦悶しながら顔を上げれば、茂みの中でバズーカのような筒を抱えたエリックと、近くに転がる直径三十センチほどのボールが視界に入った。
「てめぇ‥‥ほんのちょっとだけど痛かったぞ‥‥」
 唸りながら睨みを利かせ、立ち上がろうとするカルマ。しかしそれは叶わなかった。例の陸ガメカが誰かさんのように手をわきわきさせて、体を押さえ付けてきたからだ。
「あ、てめぇっ」
「きみはもうちょっと回りを警戒した方が良かったわね」
 カルマの視界に影が差す。見上げれば、勝ち誇った笑みの秋桜理が立っていた。
「ちょっ、待っ、これ反則じゃねぇーッスかぁ!?」
「最初に言ったでしょ? 私とエリックは、道具の使用は無制限だって」
「いくらなんでも汚ぇーッスよぉ!」
「はいはい、男の子なら愚痴らない」
 投げ遣りに言い捨てて、さっさと虎耳を取ってしまおうとしゃがみ込む秋桜理。
 カルマ、地味に役得二回目。
 とは言え、結局耳も尻尾も奪われてしまったわけだが。
「じゃあ、悪いけどしばらくそのままでいてもらうわね。一〇分くらいしたら、解放したげるから」
 秋桜理は戦利品のカチューシャを指先でくるくると回して、背中越しに台詞を残していった。
「ちくしょー!」
 カルマの叫びが、衆人環視の中、虚しく響いた。

 その様子を、途中からだが物陰から見ていた者たちがいる。
 綾、悠、カンタレラの三人だ。
「‥‥とんでもない物を持ち出したな、あのお嬢さん」
 半ば呆然と呟いたのは綾。
「あれで反則じゃないのが、既に反則だな」
 少々憮然として悠。
「まぁスポンサーですから、多少の無茶は目を瞑るしか」
 殆ど諦めたようにカンタレラ。
「それもそうだな。それより、やっぱりあの二人はペアか」
 エリックを従えて歩く秋桜理の背に視線を送りながら、綾が呟いた。
「連携されると厄介だし、分断するべきかな」
「そうですね。この先、どんな罠を張ってるかわかりませんし、仕掛けるなら早いほうが」
 悠の言葉に頷き、カンタレラは注意深く二人の後をつける。
「堂々と歩いてるのが気に入らないが‥‥エリックが隠れる前に仕掛けた方が良さそうだな。俺が秋桜理をやるよ。二人はエリックを頼む」
 綾の提案に異存はなく、簡単に打ち合わせをして作戦開始となった。

 まずは綾が、回り込んでから秋桜理たちの正面に姿を見せた。
「よぉ」
 軽く手を上げて挨拶をする綾に、秋桜理は若干顔をしかめた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに笑みを浮かべる。
「どーも」
 と言いながら、いきなり走り出す秋桜理。一瞬遅れて、エリックも続く。方向は体育館だ。
 すぐに追いかけながら、そこで綾は勘付いた。
(「体育館まで持ち駒がないんだな?」)
 大掛かりな罠をそうそうその辺に設置してもいられないだろう。その割に随分暢気に歩いていたようにも見えるが、単に走りたくなかっただけなのかもしれない。その推測を証明するかのように、まず足が遅いし、ハイヒールだから走り難そうだし、嘗められているかと思うほどだ。
 といったところで、悠とカンタレラの二人がエリックに奇襲をかけた。
(「──獲った」)
 タイミング、間合い、相手の反応。悠は胸中で確信を得た。
 泡を食ったエリックだったが、転びながらも白衣の内ポケットから何かを取り出す。
 しかし覚醒済みの悠から見れば、その動きは鈍重にも程がある。手刀で容易く弾き飛ばし、あっさりと虎耳を奪取。回り込んでいたカンタレラも、尻尾を引っこ抜いて奪取に成功していた。
 その瞬間。
 目も眩むほどの閃光が弾けた。
(「閃光手榴弾!?」)
 動揺するカンタレラだが、鼓膜を叩く音はない。ただ光だけのようだった。
「っ‥‥さっき叩き落したやつか」
 耳と尻尾を奪われぬようにしっかりと手で押さえながら、真っ白い闇の中で悠は周囲を警戒した。
 無関係の人々の悲鳴に混じり、走り去る足音は二つ。
 一つは甲高い音からして秋桜理だろう。もうひとつは綾だとして、エリックは?
 と疑問に思い、視界の回復を待っていると──エリックは二人の足元で気を失っていた。
 どうやら、自分で使った道具で気絶したらしい。
「‥‥どう思う?」
 遠慮なく指をさし、問う悠。
「ヘタレですね‥‥」
 遠慮なく溜め息をついて、答えるカンタレラ。
 なにはともあれ、耳と尻尾ゲットである。
 カンタレラはエリックの白衣を脱がせると、縄代わりにして彼の手足を器用に縛り、茂みの中に転がしておいた。
「ゲームが終わるまで、大人しくしてもらいましょう」
「よし、じゃあ鹿島の援護に行こうか」
「了解です」
 体育館へ行ったであろう二人を追いかけて、悠とカンタレラは足を速めた。

 秋桜理は胸中で激しく毒吐いていた。
(「あ・の・役・立たずがぁ〜っ」)
 相手は能力者なんだから不意打ちには気をつけろと口を酸っぱくして言っておいたにも関わらず、あの体たらく。不意打ち要員兼時間稼ぎとして使う気でいただけに、何気にピンチな秋桜理であった。
 光のみの閃光手榴弾が炸裂している間に距離を稼いだが、振り返れば見えるところに綾の姿がある。
 カルマを拘束していた陸ガメカを呼び寄せているが、間に合うかは微妙なところだ。
「ほらほらどうした? 運動神経も性格並みに悪いのかな?」
 囃し立てる声が聞こえるほどにまで、距離が詰められていた。
 やむなし、と判断し、秋桜理は足を止めて振り返った。
 意外そうな表情で、綾も間合いを取って立ち止まる。
「追いかけっこはもういいのかい?」
 言い返そうにも、乱れた息の整わない秋桜理。ぜーはーぜーはーと肩で息をしながら、額に張り付いた髪を振り払う。
「こんなに、走ったのは、久し振り、だわ‥‥」
「らしいな」
 綾は呆れたように肩を竦める。
「いくら研究職って言っても、健康の為に少しは運動した方がいいぞ」
「ご忠告痛み入るわ」
 すぅっと大きく息を吸い込んで、秋桜理は背筋を伸ばした。
「かかってこないの?」
「なにを仕込んでるのやら」
「さぁね」
 そらとぼける秋桜理に、不敵な笑みを見せて、綾は力強く地を蹴った。
 周囲に罠を仕込んでいそうな物は見当たらない。グラウンドであるからスポーツに興じる人々は大勢いるが、皆遠巻きに見ているだけ──と思ったら、人型の何かが不自然な勢いで突っ込んできた。
 それは、一言で表すのなら案山子。
 但し、外観は人型ながらも、内部にはキメラをも捕らえる強力な粘着物質が詰められている。尤も、今回詰められているのは──胡椒。
 警戒して飛び退いた綾だったが、爆発して拡散する胡椒の煙からは逃げ切れなかった。
 しかし既の所で息を止め、逆に胡椒煙幕の中を突っ切った。胸元に浮かぶ紅い輝点が、覚醒を示す。
 意表を突かれたのは秋桜理の方だ。
 身構えるが、遅い。
 目の前にいたはずの綾の姿が忽然と消え、死角に回り込まれていた。
 そして一瞬で尻尾と耳を奪われてしまい、挙句お姫様抱っこまでされる始末。
「よっと」
「ちょ、ちょっと!」
「いやなに、奪った勢いで転ばせて、怪我なんかさせないようにと思ってね」
 男前に言い放ち、ぱちりと片目を瞑る綾。
 柄にもなく赤くなった自分に、秋桜理は戸惑いを隠せない。
 そこへ丁度、悠とカンタレラも駆けつけてきた。
「あら、もう片付いちゃいましたか」
 心なしか残念そうにカンタレラが呟く。
「これで、あとは音子だけだな。羽住はどうする?」
 綾の腕の中でなにやらもじもじしている秋桜理を見やり、悠が訊ねた。
「大人しくしててくれるかな? お嬢さん」
「するって言って、信じるの?」
「まさか」
 全く期待していない口調で秋桜理が訊けば、綾も笑いながら当然とばかりに答える。
「でしょうよ。縛るなりなんなり、好きにして頂戴」
 とは言え、さすがにエリックのようにその辺に転がすのはかわいそうということで、白衣を縄代わりに街路樹に繋がれる秋桜理であった。

●決戦
 時間は少し遡る。
 音子はあっちこっちを適当にふらふらしていたのだが、北広場に差し掛かったところで参加者チームに発見されていた。
 打ち合わせ通りに、まずは氷狩が音子の前に姿を見せて、他の面子は身を隠して様子を窺う。
「‥‥ん。潜伏する。‥‥お腹。空いて来た」
「お菓子でも食べますか?」
 悲しそうに呟く憐に、銀菜はスティックタイプのチョコスナックを差し出した。
「‥‥ん。ありがとう。いただきます」
 素直に受け取り、早速頬張る憐。
 そんな遣り取りをしている間にも、氷狩の作戦は始まっていた。
「おっと。最初は氷狩さん?」
 と音子が声を掛けるが早いか、氷狩は儚げな吐息を零し、具合が悪そうに蹲る。
「ちょ、ちょっと?」
 蹲る際の仕草にどきりとさせられながらも、警戒する音子。まぁ、さすがの音子でも罠だと思う。
 しかし咳き込んだり眩暈を覚えているらしき仕草があまりにも色っぽいのに加え、見れば見るほど演技には思えない雰囲気がある。
 それとは別に、鎖骨やうなじ、ふとももに視線が吸い寄せられ、そして視線だけでなく体もいつの間にか吸い寄せられていた。
(「なんか、ほんとに具合悪いっぽい‥‥?」)
 念のため、覚醒する音子。
 罠なら罠で、力づくで突破すればいいとの考えだ。
「大丈夫?」
 と声を掛け、手を差し伸べる。
 氷狩は「おおきに‥‥」と弱々しい微笑みを見せながら、その手を取り──四方投げをかましていた。
 流れるような動きで手首と肘を捻られては、力づくで引っこ抜くわけにもいかない。
 為すがままに転がされ、あっという間に耳と尻尾を奪われてしまっていた。
 奪った耳と尻尾を、氷狩は憐へと放り投げる。
 そして脱兎の如く逃げ出した。
「ネコちゃん、堪忍え〜」
 だが無論、音子も黙ってやられたままではいられない。
 即座に起き上がると翡翠色の猫眼を見開き、『瞬天速』と『二連撃』を用いて氷狩に背後から飛び掛った。
 正に、猫が獲物に飛び掛るかの如く。
 受け流していなすつもりだった氷狩だが、そこを巧く掻い潜られて尻尾を奪われてしまった。
 再び取り返されぬよう、音子は全力で飛び退る。
「流石に逃げられへんかったねぇ。本気のネコちゃんの相手は、しんどかったみたいやわぁ」
 離れてしまった音子を見て、氷狩はおしとやかに笑った。
「ほんならここは残りのメンバーに任せて、他の二人からパーツ頂きにいきますわ」
 一個取られても二個取ったのだから、気分的には余裕綽々である。
 では音子は放置かと言えば、そんなわけもない。
 今度は憐が飛び出した。
 氷狩が尻尾を奪われたが、音子は両方取られている。残りはひとつ。畳み掛けるなら今しかなかった。
「‥‥ん。今が。チャンス。一気に。奇襲」
 音子の死角から、憐は『瞬天速』で突撃する。
 しかし音子も警戒は解いていなかった。
 奇襲に動揺はしつつも、掴みかかってきた憐の手から尻尾を死守する。
「‥‥ん。音子。カレーの。為に。倒させて貰う」
「負けないにゃよー!」
 覚醒時にテンションが高くなると、変な言葉遣いになる音子だった。
 そんなことは気にも留めず、憐は渾身の台詞を呟く。
「‥‥ん。あっ。音子。あんな所に。ネコ耳。メイド服の。巫女さんが」
「にゃんですと!?」
 ばっと物凄い勢いで、憐が指差す方向へ振り向く音子。
「‥‥ん。隙だらけ」
 すぱーん。
「あー!?」
 見事に尻尾を奪われる音子。
「かくなるうえはー!」
 このタイミングで秋桜理たちがもし奪われたら負けになってしまう。
 音子はコートのポケットから、ある物を取り出して「ていっ」と放り投げた。
 憐の目が鋭く光る。
「‥‥ん。あれは。華麗屋パン工房。限定五十個の。絶品極旨カレーパン」
 放物線を描くカレーパンに飛びつく憐。
 そしてそこへ襲い掛かる音子。
 カレーパンしか目に映っていない憐に、音子の魔の手から逃れる術はなかった。
「ふっ‥‥召し取ったりにゃ」
 尻尾を取り返し、おまけに憐の耳と尻尾も奪い取ることに、音子は成功していた。
「‥‥ん。凄く。巧妙な。罠だった。全然。罠だとは。気が付かなかった」
「うん、せめて、パンを食べるの止めてから言ったほうがいいと思うな」
 耳と尻尾を取られたことを気にした素振りもなく、パンにかぶりついている憐であった。
 さて、その一連の様子を建物の陰から見ていた銀菜は、ぐぬぬ、と唇を結んでいた。
「流石ネコちゃん‥‥っ。こうなると、ネコちゃんから奪い取るのは難しいかもしれませんが‥‥だからこそ、私は挑戦するのですよ!」
 誰にともなく宣言し、銀菜はぐっと拳を握り締めた。
 ちなみに、音子に立ち向かう前に、憐が氷狩から渡された耳と尻尾を、憐が音子に飛び掛る前に預かっていた銀菜は、物陰にその耳と尻尾を隠しておいた。
 そうしてから、勇ましく足を踏み出す。
「──さあ、次は私が相手ですよっ」
 いつになく凛々しい声に、のんきに憐を愛でていた音子も我に返る。
 しかし銀菜の姿を認めるや、覚醒を解いた。
 万が一にも痛い思いはさせられないなぁ、との考えだったが、そんなことは逆に銀菜が許さない。
「耳と尻尾、両方を奪った方が一ヶ月間、相手の言う事を聞くというのはどうでしょうか!」
「‥‥‥‥本気で?」
 あまりの衝撃の大きさに、却って静かに問い返す音子。
「もちろんです!」
 音子の表情の変化は百面相ばりだった。なにを妄想しているか、容易に想像がつく。
「のった!」
 証明するかのように、再び覚醒する音子。
 誰かさんのように手をわきわきさせ、臨戦態勢ばっちりである。
 銀菜が狙うのは、本気であるからこそ、生じる隙。
 ちなみに銀菜はこっそり覚醒済みである。外見上の変化がないので、気取られないのだ。
 ふっ、と音子の姿が消える。
 『瞬天速』だ。
 と同時に、銀菜は尻餅をつく。
 掠め取られたのは耳のみ。尻尾はお尻の下で無事だ。
 すぐには立ち上がらず、音子が止まるのを待つ。
 覚醒は無制限でも、スキル使用には限界がある。
 姿を見せた音子をじっと見据え、銀菜は立ち上がる。
 半歩引き、再び音子が『瞬天速』を使って姿を消した瞬間──
「銀菜さんを‥‥侮らない事ですっ」
 半身を捻り、銀菜は背後に飛びついていた。
 予測は完璧な的中をしていた。
「うそっ」
 しっかりと抱きつかれ、振りほどけない音子。
「ふふふふ、私の勝ちですね」
 満面の笑みで勝利宣言をし、音子の身体の色んなところをはぐはぐもふもふして悶えさせて脱力させながら、隙を見て耳と尻尾を取ってしまう。
 そして最後、コートのポケットに詰め込まれた耳と尻尾に手を伸ばしたとき、どうにかこうにか身をよじった音子の指先が、銀菜の脇腹に届いてた。
「やっ」
 くすぐったさに短い悲鳴を上げたその隙に、音子はするりと抜け出す。
「あっぶなかったー」
 ふいーと息を吐きながら、色んな意味でかいた汗を拭う音子。
 憐から取った尻尾と銀菜から取った耳を装着し直し、乱れた衣服を整える。
 そうして一息ついて気が緩んだところへ、猛烈なプレッシャーを感じて、音子は本能的に飛び退っていた。
 刹那の差で、音子がいた場所を腕が空振った。
「‥‥今のをかわしますか」
 少々呆れた口調で呟いたのは、機を窺っていた空だ。
 覚醒を示す真紅の瞳と二対の牙が、ひしひしと圧力を感じさせる。
「偶然ですけどね」
 油断なく構えながら、音子は答えた。
「ちなみに、武人に手加減を期待しないで下さい」
「あはは、いいですよ、どんとこいです! ガチでやるのも面白いですしねっ」
 殴りあうわけではないが拳を構え、音子は楽しそうに言った。
 睨み合い──静寂。
 先制は、再び空。
 音子は受けに回る。
 突き出す手を弾き合うその応酬は、息を呑むほどの真剣さだ。
 防戦一方の音子が徐々に押され始め、空の手を捌ききれなくなっていく。
 そして遂に大きく腕を弾かれた隙に、背中をぶち当てられて体勢が大きく崩れた。
 空は身体を縮めるようにして背後に飛び込み、締め技を試みるが、決められてはお終いなのは明白とあって、音子も必死に身体を転がしてかわす。
 だが一度傾いた形勢は覆し難く、音子は見る間に追い込まれていった。
(「このままじゃ負けちゃうー!」)
 内心で泣き言を叫ぶが、秋桜理やエリックの助けは期待できない。
 これは負けかなと覚悟し始めた、その時──
「ちょぉーっと待ったぁー!」
 響き渡ったのは、カルマの声。
「トゥアッ!」
 何故か銅像の上に立っていたカルマは掛け声と共に跳躍し、着地場所を見誤って、
 ──ドシッ!
「あ」
 音子の代わりに、空の一撃をもろにくらって吹っ飛んだ。
 呆然とする一同。
 いちはやく我に返ったのは、空。
 音子がぽかんと口を開けてカルマを見ている隙に、ぱぱっと耳と尻尾を取って──
 ゲームは終了となった。

●エンディング
「あ、気がついたみたいですよ」
 受け取った封筒の中身を確かめてほくほく顔のカンタレラが、目を開けたカルマに気付く。
「‥‥あれ? 俺‥‥あれ?」
「聞いたわよ、馬鹿」
 ふとももの上のカルマの頭を、ぺしんと叩いたのは秋桜理だ。
「ぃてぇっ。ってか、なんでこんなことになってんスか?」
 目が覚めて女性に膝枕をされていれば、それは当然の疑問だろう。
「あんたが余計な横槍入れて、勝手に気絶したんでしょ」
 秋桜理の言葉を聞いて、ぽん、と手を叩くカルマ。
「いやあれは、遊びの度を超えてそうに見えたから、止めようと思ったんスよ。俺、紳士なんで!」
 誇らしげに親指を立てるが、
「あれは私が受けて立ったから、別に良かったのに」
 音子が笑いを堪えながら指摘する。
「私も不注意でした。申し訳ありません」
「いいッスよぉ。なんかお陰で美味しい思いもできたんで!」
 礼儀正しく頭を下げる空に、カルマはにやりと笑いかけた。
 確かに太腿の感触といい、見上げる胸の景色といい、実に役得である。
「私も誰かに膝枕されたかったな‥‥」
 秋桜理にされたいわけではなさそうだが、物欲しそうに音子が呟くと、綾がちょいちょい、と手招きした。
 ベンチに腰掛け、
「ほれ」
 ちら、とチャイナドレスの裾を捲る。
「うはっ」
 まぶしい太腿に、悶える音子。
「い、いいんですかっ、そこに寝転がってっ」
「や、冗談だよ」
「そんなー!」
 本気で絶望したように地面に膝をつく音子の肩を、氷狩が慰めるように優しく叩く。
「そんなに膝枕して欲しいなら、ウチがしてあげてもええよ?」
「ほんとに!?」
「えぇ、男でもええんやったらね」
 希望の光を見出した音子を、一瞬で叩き落す氷狩の一言。
「お、男の、人‥‥?」
 艶かしい笑顔で頷く氷狩。とてもそうは見えないが、事実だ。
「望みは絶たれた‥‥」
「‥‥ん。音子は。女の人が。好きなの?」
「‥‥あ、そういや私、かわいいけりゃどっちでもいいんだった」
 憐の素朴な疑問で、自らのアイデンティティを思い出す音子。
「大丈夫なのか? この人」
 悠が銀菜の耳元で、声を潜めて囁いた。
 心配ではなく、単に心底呆れている口調だ。
「うーん‥‥どうでしょうね」
「まぁ、銀菜も気をつけてな」
「大丈夫ですよー。一ヶ月は私の言いなりですし」
「そ、そうなのか‥‥」
 あっけらかんとした友人の言葉に、なんとも反応に困る悠であった。